宇宙ステーションの高校には一人の女子高生と教師がいて、その周りを巨大な輪っかがぐるぐる回っている 作:わわ
消しゴムを回収した私は、天井を軽く押して床の方を目指す。慣性の法則でめくれそうになるスカートを押さえながら、ゆっくりと机の方に戻っていった。
「なんだ、落とし物を拾っていたのか」
「
「なら
この人、本当に誰なんだろう? 基本的にここに来る人間は私だけで、滅多に他の人が来ることはない。まあ、小型の清掃ロボットが出入りしていることはあるけど。
「あの……どなたなんですか?」
降下しながら単刀直入に尋ねてみる。不審者、というのがこの人に対する第一印象だ。だって怪しくない? 白衣着て眼鏡つけて無精髭で。研究所勤めの人が面白半分にやって来たのかな?
「ああ、自己紹介が遅れたな」
すると、男の人は黒い革靴ですうっと床を蹴った。少しだけ浮き上がった後、教壇に乗り上がって何かの生体スイッチを操作する。靴が教壇に引き寄せられて、あっという間に固定された。
「俺は
「えっ……?」
担任……? 聞き慣れない言葉に戸惑いながら、ゆっくりと椅子と机の間に足を潜り込ませた。腕時計を操作して、お尻の電磁石に再び電流を与えてやる。ようやく自分の身体が固定されて人心地ついたけれど、それどころじゃなかった。
「早速だが、始業式を始める」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
淡々と語る先生を慌てて制止した。担任? この分校に? 信じられない。僻地どころか「地」すらないようなこの場所に、新任の先生が赴任してきたってこと?
「ど、どういうことですか!? 私、去年はずっと本校の授業を映像で受けてて……」
「今年は俺が全科目を教える。臨時の教員免許は受けてあるから文句はあるまい」
「免許とかどうでもいいんです! なんでこの分校に先生が来たんですか!?」
「学校に教師がいなかったら変だろう。何がおかしい?」
どうにも話が噛み合わない! というより、私が疑問に思っていること自体を理解していないみたい。
「だって、その……この学校、今まで一度も先生が来たことないんですよ?」
「そうか。知らなかったよ」
「知らずに来たんですか!?」
「ここに来られる仕事なら何でも良かった。別に教師がやりたかったわけじゃない」
ここ……って、ユニステのこと? たしかに観光地としては人気だし、軌道エレベーターで毎日のように見物客がやって来るけど、職場としては最悪のはずだ。
無重力環境、食べ慣れない宇宙食、本土の物とはほど遠いトイレと風呂。毎日を過ごすには決して良い所じゃない。住めば都という言葉があるけど、少なくともこのユニステには適用されないと思う。
「あの……なんでユニステに来たかったんですか?」
「お前は知らなくていい。一年住んでいたなら、こんなとこに来たがる人間の動機がろくでもないことを知っているはずだろう」
「重力ないですよ?」
「磁力靴と慣性制御装置がある」
「宇宙食って飽きますよ?」
「別に、栄養があればなんでもいい」
「ウォッシュレットないですよ?」
「尻くらい紙で拭いたらどうだ」
須貝先生はいくつかの書類を挟んだバインダーとタブレットを教卓に置き、返事をしながらペンを走らせていた。私は口を開けたままその光景を見るしかない。
先生が来た理由……何も思いつかない。宇宙に来るのが夢だったから、結婚相手がここにいるから、星を見るのが好きだから。そんなありきたりな理由から包み隠す必要はないはずだもんね。
なーんか、微妙な気分。せっかくひとりぼっちの高校生活に新キャラ登場! ……とか思ったところだったのに、こんな変な人が来るなんて。だったら一人の方が気楽で良かったのになあ。
「おい」
「ひゃいっ!?」
急に呼びかけられ、慌てて声を出した。すると先生が真っ直ぐにこちらを見据えている。
「お前、今日の朝寝坊しただろう」
「えっ……?」
予想だにしない言葉に困惑する。たしかに、七時に起きるつもりが七時半に目覚めて慌てちゃったけど。どうして先生が知っているの……?
「去年の登下校ログと毎日の学習記録を確認させてもらった。入学当初は八時に登校していたのに、五月頃から登校時間が後ろ倒しになっていた。生活リズムが乱れたんじゃないのか?」
「そっ……そうですけど」
「授業で難しい内容を取り扱った日の翌日は特に遅くなる傾向にあった。復習に時間をかけていたんだろう」
「一日ごとの記録を全部確認したんですか……?」
「そう言ったはずだ。生徒を持つなら当然のことだ」
さも当たり前かのように、先生はそう言い放った。いくら一人しかいないからって、一年分の記録を詳細に確認するなんて……本土の先生でもそこまでしてくれるか分からない。
変な人かと思ったけど、もしかして根はかなり真面目な人なのかもしれない。というより……生徒思いなのかな。他人に興味がないような振りをしているけど、実際は違うのかもしれないな。
「どうした?」
「い、いえ! なんでもないです!」
先生は怪訝な顔を浮かべていたが、またタブレットに視線を落としていた。
人に言えない理由でユニステに来て、そのうえで教師の仕事をしっかりこなす。ちょっと面白い人なのかも。
私の中で、先生に対する興味が湧き上がってくるのを感じた。この日から、私と先生による二人きりの学園生活が始まったのだった。