トリフローラ ~華やかなるギルドの受付嬢たち~   作:裃 左右

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第11話 灰色の協定(前半)

 アリアーテの都市会館にその会議室はあった。

 威圧感すらある防御扉の向こう側は、息が詰まりそうなほどの硬質な緊迫感に満たされていた。

 普段は顔を合わせることも稀なギルドマスターたちが、今、一つのテーブルを囲んでいる。

 格式高い『至高の紋章(ソブリン・クレスト)』ギルドマスター、グラハム・モンタギュー。

 粗暴な風格を纏う『鉄の先兵(アイアンヴァンガード)』のギルドマスター、バルグルフ・ワルケンハイン。

 そして、飄々とした笑みを浮かべる『探究者の灯(シーカーライト)』ギルドマスター、イエバ・クローウン。

 議題は南西部の洞窟で発生している迷宮化の兆候と、それに対するギルド間の協力体制について。

 しかし、その場の誰もが、議題の裏に潜む真の駆け引きを感じ取っていた。特にグラハムの内心は、決して穏やかではなかった。

 数時間前、彼が送り込んだ精鋭パーティから、洞窟の奥深くで救難信号が発せられたという報が、まだ頭の中で木霊している。だが、この会議の場でそれを口にするわけにはいかなかった。プライドが許さない。

 

(くっ、奴らめ。なにをしくじったというのだ、失敗しようがないではないか。完全にイエバの裏をかいたというのに)

 

 怒りを込めて睨みつけたイエバは、まるで何も見ていないかのように、ただ悠然と腕を組み、会議の進行を見守っていた。

 後ろに控えるあどけない少女は、月白色の長い髪を所在なげに弄んでいて、たまにイエバが何かを囁いたかと思うと互いにくすくすと笑っている。その遊び半分で会議に来ているかのような態度が、いっそう苛立ちを煽った。

 

(なんだあれは、養女か? 余裕そうな顔をしおって)

 

 ただ、もう一人控えている銀縁眼鏡の女は、間違いなくブルーベルだった。そう、あの情報と地図の大本であるキーパーソン。

 なんだか、グラハムは嫌な予感がした。

 

「……さて」

 

 不意に、イエバが口を開いた。軽やかで落ち着いたその声は、会議室の重苦しい空気を切り裂くようによく響く。

 

「皆さん、議題に入る前に、一つ気になる報告が入りましてねぇ」

 

 イエバは、ゆっくりとグラハムの方へ視線を向けた。その眼差しは深淵を覗き込むようで、グラハムの心臓を鷲掴みにする。

 

「どうやらちょうど議題に上げる『南西部の洞窟』から、どうやら救難信号が上がったようで。それも、かなりの大規模な……おそらく相当整った複数パーティ編成なのでしょう。一体、どこのギルドの冒険者か、気になりますよねぇ」

 

 直接的な問いかけではない。

 だが、会議室にいる誰もが、その視線がグラハムに向けられていることに気づいた。

 バルグルフが訝しげにグラハムに目を向ける。グラハムの顔から、血の気が引いていくのが見て取れたから、なおさらだった。

 

(イエバは救難信号の発生を知っている!? そして、それが至高の紋章(ソブリン・クレスト)のパーティによるものだということも。いや、確かに警備の見習いどもを追い散らしはしたが、だからといって……)

 

 何を察したのか、バルグルフが唸った。

 

「ほほう、それはまた穏やかではないな。探究者の(シーク)イエバ」

「そうでしょ? 鉄兵の。僕としては、ここで素直に出し抜くとか、そういうことは一切なしで情報公開しようと思ってたからさぁ」

「都市に危険が迫っており、腹を割って道理を通そうとするさなか、功名心で抜け駆けとは感心はせんな。……下手に迷宮に吸収されれば、成長を促進させる」

 

 グラハムは冷や汗を拭い、無理やり笑顔を作ろうとするが、頬が引きつって失敗した。

 

「そ、それは……こちらの精鋭パーティが、そう偶然、偶然にも迷宮化の兆候をいち早く察知し、調査に赴いておりましてな」

「へえ、偶然ね。至高の。僕だけじゃなくて、アンタのところも気付いてたってのかい?」

「その通りだとも! まあ、些細なアクシデントでしょう」

 

 グラハムが取り繕ってそう話すと、イエバの隣の少女……エピフィラが不思議そうにまばたきした。

 くいくい、とイエバの袖を引っ張ると何やら耳打ちすると、とイエバはあえてリアクションを大きくしながら頷き、「ああ、やっぱり? なるほどねえ」とこちらに聞こえるように呟いていた。

 

(な、なんだ? この会議のさなかに、なぜあのような娘を連れてきている?)

 

 明らかに場違いだった。ギルドマスターの会議に連れてくる以上は、幹部か幹部候補なのであろうが、グラハムの眼にはそれほどの重役には見えなかった。

 

「まあ、いずれにせよ。安心してちょうだいよ、至高の」

「はあ!?」

「大丈夫、万全だから」

 

 含みある笑みを浮かべ、イエバは通信魔道具に視線をやる。そっと操作すると、聞こえてくるのは、次々に発信される救出報告。

 

「ここにいるブルーベルちゃんがさ、緊急対応用の部隊を編成してくれちゃったから、うちの教導隊責任者が指揮を執って、今、救援活動してくれてんの。タイミングよかったねえ」

「な、なんでそんなことを」

「迷宮化の進行が予想よりも早かったからさぁ、対処はもはや困難かなって思ったけど。それでも最悪の事態に備えて、動かせる人員を確保してたわけ。ほら、僕って準備がいいじゃない?」

 

 背後に立つブルーベルが静かに一礼した。なぜか、不機嫌そうにイエバをジト目で見つめていたが。

 

「ああ、でもやはり、単独での対処は難しいってことだねぇ。特に、不慣れな迷宮ではね。そうでしょ?」

「くっ。……じ、迅速な手配、痛み入る」

 

 イエバの言葉に、グラハムは血の気が引くのを感じた。探究者の灯(シーカーライト)が、自分たちの救援に動いている。まるで、最初から全てが見透かされていたかのように。

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