お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第27話 反吐が出るほど

 

 メニューが確定し、クラスメート全員の承諾も得られた。

 その後も看板やポスターの制作を手伝ったり、揚げパンの材料の発注を行ったりと忙しい日々を過ごし、あっという間に十一月上旬。

 

 雲一つない晴天。だけど吹く風は冷たく、防寒具が欠かせない今日。

 ついに、文化祭本番。

 

 売れなかったらどうしよう。

 クラス全員の期待を裏切り、反感を買ったらどうしよう。

 何より、僕を推すきっかけになった天城さんにまで迷惑がかかったらどうしよう。

 

 ――どうしよう。

 

 そんな不安が昨夜一気に襲ってきて、睡眠時間もほとんど取れないまま、文化祭が始まった。

 頭痛に腹痛、そして眩暈。

 

 周囲から心配されながら、調理担当としてお客さんを待つ。

 だが、すぐに不安を抱く余裕すらなくなった。

 

「これ、今何人並んでるの!?」

「たぶん、三、四十人!」

「人手が足りないから、誰か手伝えそうなひと呼んで来て!」

「カセットコンロと鍋も足りないし、ちょっと家まで取りに行って来る!」

「この調子だと、コッペパンもすぐ無くなるって! 追加で用意しないと!」

 

 校庭の一角に設けられた、一年二組の揚げパン屋さん。

 開店一時間と経たず、他の追随を許さないほどの大盛況だった。

 

 調理スペースでは怒号にも近い声が飛び交い、皆せわしなく働く。あまりの忙しさに、頭痛や腹痛が吹き飛ぶ。

 

「うわぁ、この味懐かしいなぁ」

「おいしー!」

「ココア味もいけるね!」

 

 店の周辺で立ち食いをするお客さんたち。

 うちの文化祭は外部からもひとが来るため、子どもから大人まで、多種多様なひとが揚げパンを食べ笑みをこぼす。

 

 僕一人で作ってるわけじゃないけど……嬉しいなって、素直に思う。

 僕は自分に与えられた仕事をこなせたのだと、ようやく実感が湧く。

 

「あっ、佐伯! さーえーきー! 好きー!」

 

 揚げパンを買いに来た天城さんが、僕を見つけて手を振った。

 調理済みのパンが載ったトレイをレジへ持って行くついでに、「来てくれてありがとうございます」と軽く頭を下げる。

 

「そんなの当然じゃん! すっごい並んでるね。シフト、いつ頃終わりそう?」

「あと一時間くらいなんですが……でも、抜けられるかどうかわかりません。お昼時になったら、もっとお客さんが増えると思うので……」

「そ、そっかー……二人で色々回りたかったのになぁ……」

 

 同感だが、こればかりは仕方ない。

 今まさにシフトに入っていないひとを呼んで来ようとしているのに、自分の仕事が終わったからと抜けるのは薄情だろう。

 

「つまんねーこと言ってないで、お前は遊んで来いよ」

 

 と、クラスの男子に背中を叩かれた。

 わけが分からず振り返ると、彼は呆れた顔でため息をこぼす。

 

「そもそも、何でシフト入ってるんだ? 佐伯は準備でメチャクチャ働いてるからいいって、みんな言ってただろ?」

「い、いやだって……揚げパンって提案したのは僕だし、責任は果たさないと……」

「真面目か!? 天城が迎えに来てるんだから、さっさと行けよ! みんなもそれでいいよな!」

「うんうん。いやほんと、こっちが申し訳なくなるから休んでよー」

「今朝からすごい顔してるし、むしろサボってくれないと困る」

「天城さんと楽しんできてね!」

 

 皆口々に言って、半ば強引に僕からエプロンを剥ぎ取り、店から追い出した。

 バイバイとこちらに手を振って、各々の仕事に戻る。僕が入る隙間を無くすように、一層激しく働く。

 

「いいひとたちばっかじゃん! よかったね、佐伯!」

「で、ですね……」

「何その顔? 嬉しくないの?」

「いや……こういう特別扱いって慣れてないので、僕が仕事できないから追い出されただけなんじゃって不安が……」

「卑屈過ぎるでしょ!? もうちょっと素直になりなよ!!」

 

 素直……素直なぁ……。

 善意を抵抗なく受け取れるのって才能だと思う。たぶん僕は、一生かかっても無理な気がする。

 

「ってか佐伯のとこ、今の時点でこれってことは、昴ちゃんがお店に立ったらパンクしちゃうんじゃない?」

「そこは大丈夫っていうか……あいつ、今日は来てませんよ」

「何で!? せっかくの文化祭なのに!」

「仕事です。普段の授業は休むとまずいので、こういうイベントの時は日中の仕事入れることが多くて。中学の頃からそうですよ」

「そっか……人気者は大変だね……」

 

 と言って、どこか遠くを見つめた。

 その瞳には、寂しさとは違う光が宿っていた。

 

「……いいなぁ……」

 

 文化祭の喧騒の中。

 僕以外の誰にも届かない、羨ましさが凝縮された小さな声。

 

 別に忘れていたわけじゃないけど……そっか、天城さんは昴みたいになりたいんだ。あいつみたいな学校へ行く暇もないくらいに売れっ子の、モデルだけでご飯を食べていけるようなひとに。

 

 僕が知る限り、今の天城さんはそのラインにいない。

 

 でも、来年は? 再来年はどうか?

 もしかしたら、昴に迫り追い抜くようなモデルになっているかもしれない。

 

 彼女ならあり得る。

 その努力を、その能力の高さを近くで見ているからこそ、このひとならいつか成功するという確信がある。

 

「どうしたの? いきなり黙っちゃって」

 

 僕に勉強を教える余裕もなくなってしまうかもしれない。

 毎朝好き好き言いながら登場することもなくなって、顔を合わすことすら減って、もっといいところへ引っ越して。

 

 そのうち、誰か別のひとを好きになって……――。

 

「うりゃ!」

「っ!?」

 

 突然、天城さんの両手が僕の頬を包む。

 むにーっと圧し潰して、ぐにーっと引っ張って、スライムでも弄るように遊ぶ。

 

「あはははっ! 佐伯、変な顔ーっ!」

「ちょ、ちょっほ! やへてくらはいよ!」

「何言ってるかわかりませーん! うひひひひっ!」

 

 僕の顔を遊び倒して、飽きたのかパッと離れた。

 軽やかに後ろへ一歩、そしてくるりと一回転。陽の光を束ねて伸ばしたような髪が揺れ、以前にプレゼントしたブレスレットが輝く。

 

「あたしは仕事が忙しくなったって変わらないよ」

 

 いつものように笑う。

 赤い双眸は、僕の何もかもを見透かす。

 

「ずっと佐伯のこと好きだし、仕事があっても文化祭行く! 分身してでも行くよ! やりたいこと全部やらなきゃ気が済まないし!」

 

 そう言って、「遊ぼっ!」と僕の手を取った。

 

 前を行く華奢な背中が、何だかとても大きく感じる。

 たまに振り返って見せる笑顔がすごく可愛い。

 彼女の足跡を辿るのは、堪らなく楽しい。

 

 ――と、同時に。

 

 情けないと思った。自分が、心底、反吐が出るほど。

 

 僕が浮かない顔をすれば、天城さんが心配してくれる。

 モヤモヤを晴らしてくれる。

 全部解決してくれる。

 

 それをどこかわかった上で落ち込んでいる、自分がいる。

 

 せっかく彼女が日の当たるところへ連れて来てくれたのに、そのおかげで大勢から評価されているのに、いまだ自信がないことをアイデンティティにしている自分が恥ずかしい。

 

 もう少し、胸を張ろう。

 天城さんがもっと自慢できるような男になろう。

 

「ん?」

 

 声を漏らして、ピタリと立ち止まった天城さん。

 スマホを取り出し、手早く操作してすぐポケットに戻す。

 

「どうかしました?」

「……え? ううん、何でもない!」

 

 と言って、彼女は笑う。

 さっきとはうって変わって、どこか無理やりに。

 




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