お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第23話 無駄じゃないよ!!

 

「きゃぁ~~~♡♡♡ 佐伯、カッコいいぃ~~~♡♡♡ こっち向いてぇ~~~♡♡♡」

 

 バイト先で大量の魚を貰ったとかで、ユーチューブの動画を参考に懸命に捌く真白。

 執事服の上からエプロンを着て魚と格闘する様は少しバカっぽいが、有咲ちゃんには刺さっているようで全力で喜びながらパシャパシャと撮影している。

 

「ちょ、あの、今ものすごく集中しているので、話し掛けないでもらっていいですか!?」

「ごめんなさーい!」

 

 怒られてしまい、踵を返してこちらにやって来た。

 いそいそとコタツに入って、「カッコよ過ぎー♡」と白い歯を覗かせた。その無邪気な様に、自然と笑みがこぼれる。

 

「賑やかでいいね。二人はいつもこんな感じなの?」

「そだねー。まあ、あたしが一人で騒いでるだけだけど」

 

 言いながら、ピッとテレビを点けた。

 大晦日の特番。芸人がドッキリにかけられる様を見てワハハと笑う有咲ちゃんを尻目に、真白へと視線を映す。

 

 表情はわからない。だけど、包丁を片手に試行錯誤する様は確かにカッコよくて、少しでもいいからこっちを向いて欲しいなと思った。

 

 有咲ちゃんは、これを毎日見ているのか。

 ……いいなぁ。

 

「昴ちゃん……ってさ」

「……ん? あっ、ど、どうしたのかな?」

「えっと……実は、前々から聞こうと思ってたことがあって……」

 

 いつの間にか私の方を見ていた有咲ちゃんが、ヒソヒソ声でそう言った。

 やけに真剣な空気。

 

 あぁ……たぶん、仕事の話だな。

 彼女はこの見た目からは想像もできないほど、将来について本気で考え、本気で行動に移している。そういうひとは好きだし、尊敬している。

 

 だから業界の先輩として、頼られたからにはちゃんと応えないと。

 背筋を正し、咳払いをする。

 

 ジッと彼女を見つめ、「何でも聞いてくれていいよ」と仕事のスイッチをオンにする。

 

 

「昴ちゃん……実は佐伯のこと、好きだったりする?」

「ぶふぅっ!? ごほっ、ごふごふっ!! げほぉっ!!」

 

 

 人生最大にむせた。

 

「ん? 昴、どうかしたの?」

「な、ななっ、何でもない!! 何でもないよ!!」

「でも、明らかに様子が変――」

「そんなことより、ちょっとイヤホンをしてくれないかな!? 動画がうるさくて、こっちのテレビの音が全然聞こえないんだ!!」

「あ、あぁ……そっか、ごめん。気がつかなかったよ」

 

 真白がイヤホンをしたのを見届け、どっとひと息つく。

 そんな私を、有咲ちゃんは怪訝そうな目で見ている。

 

「ちょっと待ってくれ。私が真白のことが好き? 何がどういう理屈でそうなるのさっ」

「んー……だってさ、おかしくない?」

「何が?」

「田舎でもないのに、小学校から高校までずっと一緒って珍しいよ? しかも昴ちゃんくらい人気者だったら、もっと通う高校選ぶよね? なのに佐伯と同じとこにいるってことは、わかってやってるってことだし……それ、ちょっと変じゃない?」

「あ、あぁー……」

「でもさ、昴ちゃんが佐伯のこと好きなら納得なんだよ。あたしだったら、好きなひとと一緒の学校行きたいもん」

 

 「実際どうなの?」と赤い双眸が光を放つ。

 

 筋の通った指摘だな、と思った。

 言い方は悪いが、この見た目からは想像もつかない鋭さに気圧されてしまう。

 

 不安の色が浮かぶ、真剣な表情。

 当然だろう。この子は真白のことが好きで、大好きで、どうしようもないのだから。

 

 私みたいな真白を古くから知る人間が恋敵になるのは、彼女にとって歓迎できることではない。

 

「……恋愛感情はないよ。ただキミが指摘した通り、私は意図して彼と同じ進路を選択している」

「それは……な、何で?」

「話してもいいが、約束できるかな。これから言うことを、絶対に口外しないって」

「……もしかして、お、重い話なの?」

「重いというか、私の仕事に関わることだからね。頼むよ、私と私のファンのために」

「わ、わかった。約束する……!」

 

 有咲ちゃんはキリッと顔に力を入れ、背筋を伸ばした。

 おふざけのない表情を確認して、私はゆっくりと唇を開く。

 

「私と真白がどうやって仲良くなったのか、キミは彼から聞いたかな?」

「んー……一回気になって聞いてみたけど、忘れたって言われたよ」

「私に気をつかってくれたんだね。いいさ、教えてあげる。小学二年生の頃、私は家出したのさ。仕事が嫌で、辞めたくて」

「……えっ?」

「私の母親は、娘をどうしてもスターにしたいひとでね。私の何もかもを制限して、仕事以外のことをやらせてくれなかった。学校よりも歌や踊りのレッスン、食事は徹底管理、怪我をするからって外遊びも体育もやったことがない。キミもこの業界にいるんだから、そういう親がいることは知っているだろう?」

 

 少し迷って、おずおずと頷く。

 

 夢のある華やかな業界だ。

 上手くいけば、大金はもちろん名誉や権力が手に入る。親族親類単位で人生が変わる。

 

 それ故、悲しいことに珍しい話じゃない。

 

「ある時、私はクラスの新聞係になったんだ。クラス内のことを記事にして張り出すって係だよ。……と言っても、仕事のせいで取材とかはやってないんだけどね」

 

 昴ちゃんだけ何もしなくてズルい、と皆に言われたことを今でも思い出す。

 あれは地味に傷ついたなぁと、一人笑う。

 

「私抜きで新聞が完成したんだけど、どうしても埋まらないスペースがあってね。昴ちゃんは何もしてないんだから漫画でも描いて埋めてって、他の子から無茶ぶりされたんだ」

「描いたの? 昴ちゃんが漫画を?」

「うん。そしたら、これが大ウケでさ! 面白いって、すごいって、もっと描いてって、みんなからたくさん言われて……すごく、嬉しかった。お母さんに言われてやったこと以外で褒められたの、生まれて初めてだったから」

 

 どんな漫画だったかは、正直よく覚えていない。

 担任の先生をおちょくるような、子どもらしいチープなものだったと思う。

 今読めば間違いなく面白くはないだろうけど、あの時の熱は、今も鮮明に覚えている。

 

「それから漫画を描いてはみんなに見せて……段々楽しくなってきて、漫画家になりたいって思ったんだよ。それをお母さんに言ったら……ペンもスケッチブックも、全部捨てられちゃった」

 

 自分のこともみたいに絶望した顔をする有咲ちゃんを見て、本当にいい子だなと感心した。あまりにシリアスな顔をしていて、一周回って面白いまである。

 

「だから、何もかも嫌になって家出したんだ。と言っても頼れる友達とかいないし、公園の公衆トイレの裏で泣いてて、段々暗くなってきて……そんな時だよ。どうしたのって、真白が声をかけてくれたのは」

「……それで二人は、仲良くなったんだね」

「あぁ。んで、ここからがミラクルというか何というか、私を取り巻く問題の大半が解決しちゃったんだ」

「佐伯が何かしたの?」

「彼というか、彼のお爺さんさ。地元じゃ有名な元警察官でね。真白の家に招かれて、そこで洗いざらい全部喋ったら、うちのお母さんを呼び出して尋常じゃないくらいお説教してくれたよ。あれは痛快だったな」

 

 この出来事がきっかけで、お母さんは変わった。

 反省したのか、公権力が怖いのかはいまだにわからないが、私をガチガチに縛るようなことはなくなり今に至る。

 

「私が真白にくっついている理由だけど、単純に自衛のためさ。彼と一緒にいれば、うちのお母さんは大人しくしているんじゃないか……っていう、浅はかな考えだよ。キミが心配しているようなことは一切ない。安心してくれていい」

「そっかー……うん、教えてくれてありがと。変なこと聞いちゃってごめんね」

「いやいや、気にしなくていい。むしろ悪かったね、無用な不安を抱かせてしまって」

 

 ハハハと笑って、内心ため息をついた。

 

 改めて事の顛末を口に出すと、自分の情けなさが嫌になる。

 真白に助けられて、彼の家族の力を借りて、なのに嫌だった仕事はまだ続けていて。

 ファンの子たちにはキザなふるまいをしておいて、その裏ではずっとお母さんに怯えていて、真白の影の中から出られない。

 

 何がセイ様だ、バカバカしい。

 きっと有咲ちゃん、失望しただろうな。イケメン王子の正体が、ただの臆病者だって知って……。

 

 

「――でも、昴ちゃんにはガッカリだよ」

 

 

 やれやれ、と肩をすくめた。

 いきなりの歯に衣着せぬ物言いにギョッとして、だけど、悪いのは私だからとすぐに諦める。仕方がない。期待を裏切るってのは、それくらい重いことだから。

 

「漫画家目指してること、何でもっと早く教えてくれなかったの!?」

「…………えっ? そこ?」

「あたし、漫画ちょー好きだよ! 手塚治虫全集とか大友克洋全集とか持ってるし!」

「渋っ!? 普通、ワンピースとかじゃないの!?」

「漫画好きだってもっと早く言ってくれたら、一緒に漫画トークできたのにー! 格闘漫画で誰が最強かとか話すの好きなのにー!」

「悪いけど、格闘漫画はバキくらいしか知らないや……」

 

 私に気をつかっているのかなと思ったが、これはガチだ。お前と漫画の話がしたかったと、この上ないくらいわかりやすく顔に書いてある。

 

「わ、私の王子様キャラが……セイ様という存在が、ただのハリボテなことについては、どうとも思わないのかい?」

「ハリボテ?」

「親に言われたからやってる王子様キャラなんか、カッコよくとも何ともないじゃないか! だから、失望したとか、そういうのだと思わなかったとか……! い、色々あるだろう!?」

「誰かに言われたことでも、それを完璧にこなして人気を得てお金を稼いでるって、誰にでもできることじゃないよ。あたし的にはそーゆーの、プロフェッショナル過ぎてむしろカッコいいけどなー」

「…………」

「あっ! でも昴ちゃん、このお仕事好きくないんだっけ!? だったら、褒められても辛いだけかな? ご、ごめんね!」

「いやいや、謝らないでよ! 好きじゃない……わけじゃ、ないし。あと、褒められるのは嬉しいし!」

「そっか、よかったー……!」

 

 胸をなでおろして、ニコリと笑った。

 

 月並みな感想だけど、今更な印象だけど……いい子だなと、心底そう思う。

 彼女との時間には不安がない。肩の力を抜いて、呼吸することができる。気取らなくても落胆されないから。

 

 何だろう。よくわからないけど、彼女につられて私も笑ってしまう。

 真白以外の前で心から笑ったのって、すごく久しぶりな気がする。

 

「じゃあ、漫画読ませて」

「……えっ?」

「だから、昴ちゃんの描いてる漫画! 読みたいなぁ、読ませて欲しいなぁ♡」

「む、無理だって! だってもう、描いてないし……!」

「うっそだぁー? 文化祭でやってた揚げパン屋さんの看板の絵、昴ちゃんが描いたって聞いたよ? すっごく上手だったじゃん!」

「あれはただ、手伝えることがそれくらいしかなかったら軽く描いただけで……! ってか、イラストと漫画は違うし! ほ、本当に今は描いてないからっ!」

「じゃあ漫画家、もういいの?」

「……いいっていうか、今の仕事でそれどころじゃないし、描いたって無駄だし……」

 

 ゴミ箱に叩き込まれた、ペンとスケッチブック。ガンッというあの鈍い音が、今も鼓膜から剥がれない。

 

 描いたところで何になる。

 どうせまた捨てられる……気がする。わからないけど、そんな気がして怖い。

 後悔するくらいなら、最初からやらない方がいい。

 

 

「無駄じゃないよ!!」

 

 

 勢いよく立ち上がり、彼女は言った。

 部屋の照明を浴びて、その髪は向日葵みたいに輝いて、その瞳は夏が宿ったみたいに熱気を帯びていた。

 

 

「あたしが読みたいから!!」

 

 

 何か深いことでも言うのかと思ったら、あまりにも自分勝手な発言が飛び出し軽く噴き出した。

 

 あぁそうだ……そうそう、うん。

 有咲ちゃんって、こういう子だよね。知ってた。

 

「よしっ! あたしも描くから、完成したら読み合いっこしよう!」

「何でそうなるの!?」

「一方的に描いてって言うのも悪いし、それに読み合いっこならよくない? え、ダメ?」

「ダメとかじゃなくて、私の漫画の読むのに自分まで描く必要ある!?」

「さっきも言ったけど、あたしも漫画好きだからさ。そのうち描きたいとは思ってたんだよね。これもいい機会だ!」

 

 ただ言っているだけ……じゃない。

 この目は、本当にやる目だ。来月末くらいには読み切りを一本描き上げている目だ。

 この子の優秀さとバイタリティなら、それくらいやったって不思議じゃない。

 

「描いたら、一緒に持ち込みしてみよ! ジャンプとか行っちゃう!? 担当さんとか付くかもよ!」

「さ、流石にジャンプは無理じゃないかな……」

「やってみなきゃわかんないじゃーん! あっ、本にして売るのも面白いかも! コミケとか出してみようよ!」

「……コミケは二次創作がメインだし、オリジナルならコミティアじゃ……?」

「じゃあそこ出そう!! 決定っ!!」

「決定なの!?」

 

 キラキラとした瞳で、勝手に話を広げてゆく有咲ちゃん。

 結果は見えている。どうせ無駄だ。労力をかけたって何にもならない。

 お母さんから余計なヘイトを買って、面倒なことになりかねない。

 

 わかっている。

 わかっている、けど……。

 

「来年の楽しみ、一個できちゃったー♡ がんばろーね♡」

 

 彼女があまりにも綺麗に笑うから、何だか私まで楽しい気分になってきて、やってやろうかなという気になってきた。

 

 乗せられてるなぁ、私……。

 

 そうとわかっていながら自信が湧く。

 この子と一緒なら、何でもできそうな気がする。

 

「……ねえ、有咲ちゃん」

「んー?」

「私の話……聞いてくれて、ありがと」

「何言ってるの? 話してってお願いしたのはあたしだよ?」

「それはそうだけど……ありがとっ」

「変なのー。でも、どういたしまして♡」

 

 横から抱き着かれ、その温かさとやわらかさに頬が緩んだ。

 

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