お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第24話 朝日の昇る方向へ

 

「天城さん?」

「…………」

「おーい、天城さーん」

「…………」

「……あれ?」

 

 食事を早々に切り上げ、「私、漫画描かなくちゃだから」と昴は帰ってしまった。何やら天城さんに焚きつけられたらしい。

 

 その後、バイト先へ魚を届けに行って、年越しの瞬間にジャンプをしたいという天城さんと一緒にテレビを観ながら起きていたのだが、新年まで残り十分というところで彼女は寝てしまった。

 

 下半身はコタツに飲み込まれ、上半身は床に放り出した状態。

 無理やり起こすべきかどうか少し迷って、やめた。

 

 何で起こしてくれなかったの! とあとで怒られそうな気がするけど、でも……。

 

「ふふぅー……さえきぃ……んふふっ……」

 

 どんな夢を見ているのか、その寝顔があまりにも幸せそうで、これを無理やり起こすとか僕には無理だ。

 

 思い返すと、天城さんの寝顔をちゃんと見たの、これが初めてかも。

 文化祭の準備でうちに泊まった時は、女性の無防備なところを見るのは悪い気がして頑張って視界に入れないようにしていた。

 

 少し前にうちで寝落ちした時は、夜遅くまで二人で喋っていて、結果的に先に寝落ちしたのは僕という間抜けなオチだった。

 

 ……今更だけど、これってすごい状況だよな。

 一人暮らしの男の家で、女の子が何の警戒心もなく眠っている。僕に対して、絶大な信頼を寄せてくれている。家族でも何でもないひとに、そこまで僕という存在を許されていることが堪らなく嬉しい。

 

「可愛いなぁ……」

 

 呟いて、その顔をもっとちゃんと見たくて、まぶたにかかった髪を指で優しく払った。

 彼女の綺麗な瞳に蓋をする長い睫毛。整った鼻梁。艶やかな桜色の唇。

 いけないことだとわかっていながら、指の腹で軽く頬を撫でた。

 

 白磁の肌。

 すべすべとか、つやつやとか、もちもちとか、そういうオノマトペがこれ以上ないってくらい似合う感触。

 

 こうして見て、触れて、ただそれだけで胸の内側に日が差す。

 温かくなって、嬉しくって、心が爽やかに汗ばむ。

 

「んっ……ふふぅ……」

「……っ」

 

 身動ぎして、僕の手に頬を擦りつけた。瑞々しい唇が緩んで、また身体が動いて、ふっと手のひらに口づけをする。

 

 縋るように、甘えるように、他に何もいらないというように。

 中指の付け根あたりに、熱と湿り気を感じた。その独特な感触がトリガーとなり、サウナでの一幕が頭の中を疾走する。

 

 額に、頬に、耳にキスをされて、僕もして、彼女のバスタオルの内側を見た。

 二人で死にかけて、それで何となくうやむやになったけど……僕たち、とんでもないことしたよな。

 

 綺麗だった。

 神様が花弁を糸にして編んだみたいに、本当に美しかった。

 

 と同時に、僕の中の思春期が、男としての本能が、記憶を薪にメラメラと熱をもつ。彼女をそういう目で見たくないのに、どうしたって視線が身体に向いてしまう。

 

 あの服の下。

 布を一枚、二枚剥いた先。

 つい手が彼女の頬を離れ、鎖骨のあたりを指でなぞった。肩を通って肘へ、腕からお腹へ飛び、少し上へ行ったところで――パシッ、と自分の頬を叩く。

 

 ダメだろ。それはダメだって、僕……!

 天城さんが色仕掛けしてきた時は、そういうことを考えても仕方ないかもしれない。

 でも今はそうではなく、当の相手は僕を信頼して寝ているわけで……っていうか、これで触るのは最低だし! 言い訳の余地なく不純異性交遊だし!

 

「…………ん?」

 

 首を捻った。

 一瞬、天城さんと目が合った気がしたから。

 

「あのー……」

「すぅ……すぅ……」

「もしかして、起きてます……?」

「すぅ……すぅ……」

 

 しっかりと閉じたまぶた。穏やかな寝息。

 さっきのは何だったのかと眉をひそめて、ふと、ある台詞を思いつく。

 

「天城さん、もう年明けちゃいましたよ」

「マジで!? な、何で起こしてくれなかったの!?」

 

 凄まじい速度での起床。

 スマホで時間を確認し、新年までまだ三分あることに気づくと、僕を見てから気まずそうに視線をそらす。

 

「もしかしなくても、寝たふりしてました……?」

「さ、最初は本当に寝てたよ! でも佐伯に頬っぺた触られて……えっ、これ襲われちゃうやつ!? って思ったから、じゃあいいかなって……!」

「じゃあいいかな、じゃないでしょ」

 

 たははと後頭部を搔きながら笑って、その顔は途端に悪戯っ子の色に染まった。

 

「それよりさ……あたしの頬っぺ、何で触ったの?」

「えっ?」

「身体も触ったよね? やらしぃー手つきで、ねっとり」

「……す、すみません。出来心というか、その……っ」

「あたしに欲情してたんだ♡ 佐伯ってば悪い子だなぁー♡」

 

 これに関しては言い訳も反論の余地もなく、「すみませんっ」と再度謝罪して頭を下げた。天城さんはそんな僕の頭をわしゃわしゃと撫でて、楽しそうに喉を鳴らす。

 

「気にしなくていーよ♡ えっちなこと、今からする?」

「し、しません!」

「遠慮するなよー♡ ほら、おっぱい触って? 全部佐伯のだぞー?」

「ちょっと、手を引っ張らないで――って、時間! ほ、本当に年明けちゃいますよ!」

「わわっ!! やばっ!!」

 

 話している間に、年明けまで一分を切った。

 天城さんは素早く立ち上がり、僕の手を握ったまま玄関へ向かう。

 

「ど、どこ行くんですか!?」

「外っ! ジャンプするのに部屋の中じゃ、下の階のひとに迷惑じゃん!」

 

 至極真っ当なことを言われ、僕は黙って靴を履いた。

 隣人である僕の迷惑も考えずに大声で電話していたひとの発言とは思えないけど、まあそれはいいか……。

 

「もうあと十秒くらいですよ!」

「だいじょぶだいじょぶ! 行っくよー!」

 

 僕と手を繋いだまま、階段を二段飛ばしで降りていった。

 何の防寒具も着ずに飛び出したため、冬の夜風がモロに身体を刺す。だけど彼女の手は温かくて、それを手放すまいと必死についてゆく。

 

「ほら佐伯、ジャンプ!! 跳んで!!」

「えっ、ここで!?」

 

 まだ階段を降り切っておらず、五段ほど残っていた。

 躊躇する僕を放置して、先に彼女が跳び立つ。

 

 金の髪が舞う。

 毛の一本一本が、夜を纏って輝く。

 

 その後ろ姿が美しくて、おいでとこちらを一瞥した瞳が可憐で、僕も身体を冬空へ放り出した。

 

 階段をこんな風に跳んだのは、生まれて初めてだ。

 小学生の頃、同級生がぴょんぴょんと先生の注意も無視して跳んでいて、お前もやれよと言われたが怖くてできなかった。それをバカにされて、昴に庇ってもらったっけ。

 

 今こうして実際にやってみて、やっぱり怖いなと思った。

 だけど、目の前に彼女がいるだけで口元が綻ぶ。

 

 何だってできそうな気がする。

 理由もなく一歩踏み出せて、少しだけ強くなれる。

 

「おっとっと! うわぁっ!?」

 

 着地に失敗し、大きく体勢を崩した天城さん。

 一瞬遅れて降り立った僕は、彼女を助けようと思い切り引っ張った。しかしこっちまで身体が前のめりに傾き、二人一緒に倒れ込む。

 

 地面に寝転び空を仰いで、スマホで時刻を確認。

 年が明け、新しい一年が始まった。

 

「あけましておめでとうございます、天城さん」

「あけおめ、佐伯!」

 

 立ち上がって、二人で服の汚れをパンパンと払った。ちょうど帰宅した一階の住人に何だあいつらと変な目で見られて、軽く会釈してから天城さんと笑い合う。

 

「あの……今年はジャンプする時、階段からってのはやめてくださいね。普通にメチャクチャ危ないので」

「それ、今年の年末も一緒にいてくれるってこと?」

「天城さんが望むなら、まあ……」

 

 三百日以上も先の話。

 その頃まで天城さんが、僕のことを好きな保証はどこにもない。

 僅かな不安が心の端を濡らすも、その瞬間、ドンッと勢いよく抱き着かれた。こちらを見上げる瞳は輝いていて、熱くて、花火みたいに綺麗だ。

 

「すっきぃ~~~♡♡♡ 今年だけじゃなくて、ずっとずっと一緒にいようね♡♡♡」

 

 にまーっと、白い歯が覗く。

 嬉しくて、だからこそ少し恥ずかしくなって視線を逸らし、もう一度彼女を見て頷いた。

 

 二人分の白い息が、寄り合って、絡まって、夜風に乗って流れてゆく。

 脇目も振らず、真っすぐに。

 

 朝日の昇る方向へ。

 

 




 明日、書籍版第1巻発売です!!


 学校や仕事の帰りに、ちょろっと書店を覗きに行っていただけますと幸いです!
 電子書籍だと、日付け変わった瞬間に手元に届くかなと!

 ぜひぜひ、よろしくお願いします……!
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