お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第28話 佐伯家

 

「ここが佐伯の実家!? すっご、ちょー味あるね!」

「ひい爺ちゃんが建てたので、築年数は軽く八十年とかいくと思います。見た目は古いですが、今まで何回かリフォームしてますし、トイレやお風呂はちゃんと新しいやつなので安心してください」

 

 二階建ての日本家屋。庭と蔵付き。

 天城さんは興味津々といった顔で門を舐めるように見て、玄関に入ってからもキョロキョロが止まらない。

 

「家族が帰って来るまで、ちょっと時間あるんでしょ? あたし、佐伯の部屋見たいな!」

「僕の? いいですけど、別に面白いものじゃありませんよ?」

「好きなひとの部屋ってだけで面白いの! いいから見せてー♡」

 

 ということで、二階の僕の部屋へ案内した。

 四畳半の和室。二段ベッドと本棚、あとはテーブル。食べかけのお菓子や読みかけの漫画を片付け、押し入れから座布団を出す。

 

「じゃあ僕、下でお茶淹れてきますね」

「うん、ありがと!」

「……先に言っておきますけど、ここ、今も現役で使われているので。全部が僕の私物ってわけじゃないので、漁ったりしないでくださいよ」

「…………」

「漁るつもりだったでしょ?」

「ソ、ソンナコトナイヨ!」

 

 図星だったらしく、目が泳ぎまくっていた。

 

 ため息を一つ落として、一階へ。

 お茶とちょっとしたお菓子を用意し、部屋持って行く。

 

「……漁らないでくださいって、僕、言いましたよね?」

「ち、違うよ! 本棚にあったから……つ、つい、手に取っちゃって!」

「それを漁ったって言うんですよ」

 

 天城さんが広げていたのは、僕の中学の卒業アルバムだった。

 まあ、どうせ見たいって言うと思ってたから、別にいいけどさ。

 

「これ、中一の頃の佐伯? この時はまだ、そんなに大きくないね」

「あぁ、はい。中二になってから、一気に伸びたので」

「うわっ! これ、昴ちゃんでしょ!? オーラすごいなぁ、中学生に見えないよ……!」

「誇張抜きで、学校の全女子から告白されてましたよ。どっかの高校生が放課後に来たり、大人のファンが授業中の校内に侵入したり、色々なことがありました」

「やばっ! 普通に事件じゃん!?」

 

 昴のファンのあしらい方が上手くなったのか、ファン全体の民度が上がったのか、今は目立った事件は起きていないが、当時は本当に酷かった。

 

 卒業してから聞いた話だが、一部の親が昴を転校させろと職員室に乗り込んだこともあるらしい。それはちょっとどうかと思うが、自分の子どもの安全のため、災いの種を取り除きたい気持ちはわかる。

 

「んー? あれ?」

「どうしました?」

「体育祭も文化祭も……佐伯、全然写ってなくない?」

「え、えぇ、まあ……」

「ちょっと待って。修学旅行のページにもいないよ?」

「あはは……で、ですね……」

「もしかして、風邪とかで行けなかったの?」

「い、行けなかったというか、行かなかったというか……」

 

 ジッと、天城さんは僕を見つめた。

 両の瞳には薄い涙の膜が張り、酷く心配そうに小刻みに震えている。

 

「……体育祭や文化祭みたいな賑やかなのは、あまり得意じゃなくて。誰かに迷惑をかけるのが嫌で、極力目立たないようにしていました」

 

 誤魔化せない、黙っていても仕方ないと悟り、正直に白状した。

 

「……修学旅行は、その……」

 

 当時を思い出し、声が詰まった。

 喉に魚の骨が刺さったような不快感を咳払いで振り払い、彼女を見つめて唇を開く。

 

「昴が行かないっていうのもあって……僕、一人で浮いてて。先生に適当な班に入れられたんですけど、そこで『いらねえの来た』って言われて……」

 

 修学旅行。旅先で行動を共にする、大切な班決め。

 仲がいいひと同士で組めと言われクラスは盛り上がっていたが、僕にとっては死刑宣告にも等しかった。

 

 案の定あぶれ、まったく関わりのない男子グループへ。

 酷いことを言われたが、向こうだって理不尽な目に遭っているのだから、怒ったり恨んだりはしていない。

 

「だから僕……当日、行けなかったんです。班のひとに、何か言われるのが怖くて……」

 

 お腹が痛いとか頭が痛いとか、適当な理由を並べて布団に籠城した、あの日の朝。

 僕はそれ以外に何も言わなかったが、母さんは事情を察したようで、わりとあっさり休ませてくれた。結構な額の積立金、無駄にしちゃったのに……。

 

「修学旅行の写真がないのは、そういうこと――って! うわぁ!?」

 

 ドンッと、身体に衝撃。

 突然、天城さんが僕を抱き締めた。思い切り、痛いくらいに。

 

「高二の修学旅行は、絶対に行こっ! あたし、佐伯と同じ班になるからっ!」

「い、いやいや、同じクラスじゃないと同じ班になれませんって……」

「じゃあ、同じクラスになる! 先生に賄賂渡して、絶対にそうしてもらう!」

「ダメに決まってるでしょ!?」

 

 クラス替えのために賄賂とかバカな話だけど、天城さんならやりかねないよな……。

 そうじゃなくても、直談判くらいは平気でやりそうな気がする。余計な波風が立たないよう、今のうちに同じクラスになることを祈っておこう。

 

「次の修学旅行は、ちゃんと行きますよ」

 

 言いながら、僕をホールドする腕を優しく解いた。

 

「天城さんのおかげで、頑張ればみんな認めてくれるって身に沁みましたし。次のクラスで、仮に知り合いが全然いなくても、僕一人でみんなと友達になります。高校の卒業アルバムにはいっぱい写る予定なので、心配しないでください」

 

 家族と昴しかいなかった、僕のLINEの連絡先。

 

 だけど今は、クラスの半分以上が登録されていて、事務連絡だけじゃなくたまにどうでもいいメッセージが来る。雑談の相手がいる。

 これは僕にとって凄まじい進歩であり、天城さんがいたからこそ踏み出せた一歩だ。この歩き方を、進み方を、僕はきっと一生忘れない。

 

「うぅう~~~~~!! むぅう~~~~~!!」

「な、何ですか? そんな唸って……」

「佐伯が友達いっぱいなのは嬉しいけど、ちょっとやだっ! 佐伯がカッコよくて優しくて甘やかし上手だって、みんなにバレちゃう!! モテちゃうー!!」

「いやいや、モテませんって……」

「じゃあ、モテたらどうするの? あたしと入籍する?」

「何でそうなるんですか!?」

「目一杯譲歩して、婚約でもいいよ」

「ほとんど意味一緒ですからね!?」

 

 やれやれと肩をすくめて、嘆息を漏らして。

 天城さんの顔が本当に心配一色に染まっていることに気づき、そっとその頭を撫でた。

 

 わしゃわしゃと、少し乱暴に。だけど、卵の黄身を扱うみたいに優しく。

 彼女は顔を上げ、僕と視線を絡めて、嬉しさと悔しさが同居する笑みを咲かす。

 

「頭撫でとけば、あたしのご機嫌取れると思ってるでしょ? 佐伯め、生意気なことするようになっちゃって……!」

「じゃあ、やめますか?」

「……やめたら、泣く」

「泣かれちゃ困るので、続けますね」

「……えへへっ♡」

 

 ニマニマと、今にも溶けて落ちそうな口元。

 僕を見る目には愛おしさしかなくて、だからこそ、同じ空気を吸うことが堪らなく心地いい。ただのひと呼吸が、掛け替えのないものに感じる。

 

 そっと、天城さんは僕の手を取った。

 軽く握って感触を確かめ、頬擦りしてから鼻先を当て、猫みたいに匂いを嗅ぐ。そうやって僕の羞恥心をくすぐってから、フッと優しく口づけをする。

 

 濡れたマシュマロのような感触。むしょうに欲しくなってしまう温もり。

 気づくと僕は、彼女に好き放題されていた手に力を込め、後頭部に指を回し片耳を塞ぐようにして、その小さく可憐な顔を引き寄せていた。

 

「ちゅー、したいの?」

「……ち、違います」

「じゃあ、この手はなに?」

「……え、えっと……」

「佐伯、段々遠慮なくなってきたよね。最初はちょービビりながらあたしに触ってたのに、昨日とか寝てるとこ襲おうとして来たし」

「襲おうとした、わけじゃ……」

「でも、触ったよね?」

「……すみません……」

「謝らなくていいから、ちゅーして欲しいなぁ♡」

「ダメです! それは不純異性交遊だって何度も――」

「わぁー!! シロ兄ちゃん、彼女連れ込んでるー!?」

 

 部屋に響いた聞き知った声。

 コッソリと僕たちを覗いていたのは、うちの四男、小学六年生の蒼真(そうま)だった。

 

「か、彼女じゃない! ってか、何も言わずに覗くなよ! あと帰って来たら、ちゃんとただいまって言いなさい!」

「あはははっ! 彼女だぁー! 金髪の彼女ぉー!」

「こら、待てっ!」

 

 ダダダッと、遠慮のない足音を響かせながら去って行く。

 僕は嘆息を漏らし、「すみません……」と天城さんへ視線を移す。

 

「弟の蒼真です。まだ小学生のガキで、うるさくて……ん? あの、天城さん? どうかしました?」

 

 天城さんは、目を丸くして硬直していた。

 一体どうしたのかと呼びかけると、数秒置いてからピクッと身体を動かす。

 

「お、弟さん? この部屋、桜蘭ちゃんとの二人部屋じゃないの……?」

「いくら家族でも、流石に男と女で部屋は分けてます。あとここ、二人部屋じゃなくて三人部屋ですよ」

「……さ、三人? この部屋に……?」

「あぁはい、狭苦しいでしょ。その二段ベッドは弟二人が使ってて、僕はここに布団敷いて寝てました」

「弟さん……ふ、二人も、いるの……?」

「兄が一人と姉が二人、弟が二人と妹が三人。僕と両親と祖父母を含めて、うちは十三人家族なんです。この家の住人だけで、サッカーチームが作れちゃうんですよ」

 

 多いでしょ、珍しいでしょ、と言いたかった。

 わぁすごいね、と笑って欲しかった。

 

 

 ――なのに。

 

 

 天城さんの顔からはみるみると血の気が引いていき、額からは汗が噴き出し、その瞳は僕を見つめたまま危うく揺れ動く。

 

 呼吸の仕方を忘れたのか、薄っすらと開いた唇からは何の音も漏れてこない。

 今にも吐きそうな、そういう表情。

 パクパクと口が動く。声を紡ごうとして、だけどできなくて、空腹の魚のような間抜けな動きをする。

 

「天城さん……? 大丈夫ですか?」

 

 尋ねてからやや間があって、彼女は立ち上がった。

 コートを着て、荷物を持って、ニッコリと……何の魅力もない空っぽな笑みを僕に贈る。

 

「ごめん、佐伯。あたし、急用思い出した」

「……は、はい?」

「帰るね。ごめんねっ」

「いやいやいや! あ、天城さん!?」

 

 一方的に言葉を並べ、僕の制止を振り払い部屋を出て行った。

 追いかけようとして、足がもつれて転倒。額を打つがすぐに立ち上がり、「天城さん!」と廊下に出て階段を駆け降りる。

 

「あれ? 天城先輩、どうしたんです?」

「ご、ごめんね桜蘭ちゃん。あたし、帰らなくちゃ」

「天城さん、大丈夫? 顔色、すごく悪いけど……」

「大丈夫です、真白君のお母さん! 平気っ……あたし、元気なので!」

 

 ちょうど家族全員が帰って来たらしく、天城さんの登場、そして早々の退場にどよめいていた。

 僕が玄関の前に着いた時にはもう、彼女は外へ出て門へと向かう途中。

 妹と姉の間を割って入り、邪魔な兄を足場にして、外へと飛び出す。

 

「待ってください! 僕、何か気に障るようなこと言いました!?」

「違うよ! 佐伯は何も悪くないから!」

「だったら、どうしていきなり帰るとか言い出すんですか!?」

 

 返事はなく、勢いよく地面を蹴って門を飛び出した。

 追いかけようと二歩ほど走って、靴も防寒具も何もかも持っていないことに気づく。

 

「真白」

 

 後ろから父さんの声がした。

 振り返った瞬間、僕の腕の中へ靴が飛び込む。それを履いているうちに、コートとスマホを持ってやって来る。

 

「ありがと。じゃあ、行ってきます」

「んっ……気をつけて」

 

 軽く背中を叩かれ、それを推進力に駆け出す。

 空はもう、夜色に染まりかけていた。

 

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