お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第29話 ブラウン

 

 ――三番乗り場に、電車がまいります。危ないですから、黄色い点字ブロックまで、お下がりください。

 

 ホームに響くアナウンス。

 電車が停まって扉が開き、何人かが降りて、それを見送ってから中へ。

 空いていた席に座り、大きく息をついて、罪悪感と共に視線を落とした。

 

「……酷過ぎるでしょ、あたし……」

 

 ひと様の実家にお邪魔して、勝手に取り乱して、賑やかな空気をぶち壊して。

 

 よりにもよって今日は、一月一日。

 めでたいお正月。

 

 一年に一回しかない大事な日を、あたしが台無しにした。その重大さに、ズキズキと頭が痛む。

 

「でも……っ」

 

 自分のやったことを正当化するつもりはない。

 あたしは最低の人間だ。

 

 ただ、あのまま何でもない顔で佐伯の前にいるなんて、そんなのは耐えられない。今まで自分がやってきたこと、その()()()()で、たぶん何を食べても吐く。

 

「終わりだなぁー……ははっ……」

 

 ここまで度を越した失礼をブチかましたのだ。

 流石の佐伯も、あたしに呆れ果てただろう。愛想を尽かしたかもしれない。嫌いになったかもしれない。

 

 ……悲しいけど、仕方がない。

 

 というか、その方がいい。

 これ以上あたしは、彼のそばにいない方がいい。

 

 

「――何が終わりなんですか?」

 

 

 声をかけられ、顔を上げ、息を呑む。

 一瞬、堪らなく嬉しくなって、と同時に身体が裂けそうなほど申し訳なくなって、電車の中なのに大きな声が出かける。

 

「な、何で、来たの……?」

「理由、いります?」

 

 言いながらコートを脱ぎ、「天城さん、足早過ぎでしょ」と苦笑しながら隣に座る。

 手の甲で額の汗を拭って、パタパタと服の内側へ空気を送り込む。

 

「この電車、帰り道と逆方向ですよ。帰るなら、次の駅で降りて引き返さなきゃ」

「……いい。佐伯一人で帰りなよ」

「じゃあ、僕も付き合います」

「終点まで行っちゃうけど、いいの?」

「いいですよ」

「……今日は、家に帰れないかもよ」

「終点近くの宿、探しておきますね」

「正月に宿とか、そんなすぐ取れないって」

「だったら、二人で野宿ですね」

 

 仕方なさそうに笑って見せて、それがあまりにも綺麗で、どう言葉を返せばいいのかわからなくなった。

 

 顔を伏せて、背中を丸めて、佐伯の温もりに悶絶する。

 彼は何も言わない。

 怒りもせず、優しい言葉も口にしない。

 

 ただ、ただ、隣にいてくれた。

 電車が完全に足を止めて、全ての乗客を吐き出すその時まで、ずっと。

 

 

  ◆

 

 

 二時間ほど電車に揺られて。

 初めて降りたそこは、自動改札機がポツンと佇むだけの無人駅。

 

 いまだ昭和の匂いが残るレトロな見てくれのクセに、改札だけはやけに新しくて、少し間抜けで面白い。

 

「ちょっと歩きます?」

 

 言葉はなく、数秒経ってから彼女は頷いた。

 

 駅前だというのに周囲にはこれといって何もなく、百人が見て百人が田舎だと回答するような景色がどこまでも続いてゆく。

 外灯はまばら。

 時たま通る車のヘッドライトに、生まれて初めてありがたみを感じた。

 

「一応調べましたが、宿が少ない上に予約とれなくて……これ、本当に野宿になりそうです。二十四時間やってる店とかあればいいんだけどなぁ……」

 

 一月。冬ど真ん中。

 気温は一桁台で、そんな夜に野宿は危険な気はするが……まあ、防寒具もあるし一晩くらいは大丈夫だろう。最悪、寝ずに朝まで過ごせばいいわけだし。

 

 あてもなく歩いて、歩いて、歩いて。

 しばらく経って、公園を見つけた。

 

 遊具がいくつかと、ベンチと自動販売機があるだけ。今はもうほとんど使われていないのか、駅同様、わかりやすく寂れている。

 

「これ、どうぞ」

 

 天城さんをベンチに座らせて、僕は自販機へ。

 ホットココアを二本購入し、彼女の元へ戻った。

 最初、彼女は俯いたまま受け取ろうとしなかったが、封を開けて半ば強引に押し付けると、渋々といった顔で手に取り口をつける。

 

「こういう缶のココア、久しぶりに飲みましたが美味しいですね」

「……ん」

「寒い中で飲むってのもいいですよね」

「……ん」

「もう少し歩いたらコンビニがあるっぽいので、これ飲んだら行きましょうか。お腹もすきましたし」

「……あの、さ……」

「はい?」

 

 しおれた目で、僕を見上げた。

 

「文化祭のあと、ママと話したの」

 

 顔にはまるで覇気がなく、心なしか髪から輝きが失せているような気がした。 

 

「あたし、自分のこと……ママに酷いことされてる被害者だと思ってた。自分は可哀想だって思ってた」

 

 「でも」と続けて、ひと呼吸して、強く唇を噛む。

 

「サイテーなのは、あたしの方だった」

 

 

  ◆

 

 

『ママね、有咲にはいい人生を送って欲しいだけなの。本当にそれだけなのに……ママ、バカで不器用だから、どうすればいいかわからなくなっちゃって。今まで酷いこといっぱい言って、ごめんね……っ』

 

 久しぶりに実家に帰って、ママと同じテーブルに着いて、最初に出てきたのは謝罪の言葉だった。

 

 正直、気分がよかった。

 やっとわかってくれた、と。

 ようやく自分の正しさが証明されたと、そう感じた。

 

 だけど、それと同時に。

 

 

 ――あたしはもっと早く、ママの真意に気づくべきだったんじゃないか。

 

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 だってあたしは、ママが勉強とか苦手で、話し合いも得意じゃないって知ってたから。

 小学校の算数のドリルからやり直して、でも全然わからなくて、一人で泣いてたことも知ってたから。

 そのせいで親戚たちから揶揄われて、子どものあたしと比較されて、鳶が鷹を生んだってバカにされてたことを知ってたから。

 

 なのに。

 

 いきなりあたしを否定し始めたことには何か深い理由があるんじゃないかって疑うべきだったのに、自分のやりたいこと優先でそれを放棄した。それっぽい理屈を並べて、言い返せないようにして、自分の思い通りにしようとした。

 

『有咲ちゃんの人生だし、あの子なら何でも上手くやっちゃうとは思うけど……もう少し、まともな道に進ませてあげたりできないの? あんただって、あの子が自分みたいになったら嫌でしょ?』

 

 しかもその過程で、お婆ちゃんを頼った。高校入学の手続きも、引っ越しの手続きも、お婆ちゃんをそれっぽく言いくるめて味方につけて手伝わせた。

 

 そもそもママに、あたしが真っ当な道から外れかけてるって忠告したのは、お婆ちゃんなのに。

 

 ……そりゃあ、ママがおかしくなって当然だ。

 あたしの身を案じてたお婆ちゃんが、いつの間にかあたしに協力してるんだもん。意味がわからなかったと思うし、心細かったと思う。その上、あたしから邪険に扱われて……苦しくて、どうしようもなかったと思う。

 

「それと今回のことが、どう関係あるんですか?」

「あるよ! あるに決まってるじゃん!?」

 

 黙って聞いていた佐伯が、不思議そうな顔で首を傾げた。

 あたしは一瞬声を荒げて、ハッとして、「ごめん……」と激情を飲み込む。

 

「前にね、クラスの友達と話したの。佐伯ってお兄ちゃん感あるよねって、面倒見いいよねって……」

 

 佐伯と出会って間もない頃。

 

『ちゃんと栄養まで考えてさ、佐伯君ってかなりマメだよね』

『前も有咲のことフォローしてたし、何かお兄ちゃんみたい』

『わかる! あんなお兄ちゃんいたら欲しいもん!』

 

 皆、口々にそう言っていた。

 あたしもそう思ったし、彼のそういうところが心底好きだ。

 

「でもさ、そりゃそうだよね。本当にお兄ちゃんなんだもん。たぶん、弟さんも妹さんも、お兄さんもお姉さんも、佐伯は皆の面倒見てたんじゃない? それがすごく大変だったから、一人暮らし始めたんじゃないの?」

 

 彼は何も言わなかった。

 だけどその顔には、どうしてわかったのかと、そう書かれているような気がした。

 

「高校生で一人暮らしとか、ちょー珍しいのに……あたしはその理由を聞かなかった。付き合いたいって、それだけしか頭になくて、どうしてそんなに一人暮らしにこだわるのか気にもしてなかった。佐伯が辛い思いするかもとか、全然考えてなかった……!」

 

 ボロボロと涙が湧く。

 

「大好きなママにも、大好きな佐伯にもこれって、あたし自分勝手過ぎるでしょ!? サイテーだよ!! どうしようもないよ、こんなの!!」

 

 拭っても拭っても、とめどなく溢れて落ちる。

 

「だから……だから、ね? もうあたしに構わないで? あたしみたいな自分のことしか考えられないやつが、自分勝手で傲慢な嫌なやつが、好きなひとと一緒にいようとか贅沢だよ。絶対いつか、取り返しがつかないくらい傷つけちゃうもん……!!」

 

 佐伯を惚れさせるためと言って、自分がこれまでにやって来たことが脳裏を駆けてゆく。

 彼はそれを、どういう気持ちで受け取っていたのか。

 照れ顔の裏で、どれほどの冷や汗をかいていたのか。

 想像するだけで、申し訳なさで吐き気がする。

 

「……あの、天城さん」

 

 ポツリと呟いて、あたしを見た。

 

 その視線はすぐに下へ落ちて、もう一度こちらを見て、何かを決意したように浅く頷く。両の瞳には熱が灯っており、あたしを映して輝く。

 

「すみません」

「……な、何で謝るの?」

「今から、すごく酷いことをするので」

 

 言うや否や、彼に手首を掴まれた。

 

 衝撃で、ココアが地面目掛けて落ちてゆく。

 宙を舞う暗いブラウン。その行く末を見届けるよりも先に、視界が彼で染まる。チョコレートがふわりと香り、温もりが襲う。

 

 

「――――――っ」

 

 

 冬の冷たい外気から、あたしの唇を奪った。

 彼の唇が。

 

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