お隣さんのギャルが僕を惚れさせたくて全力すぎる   作:枩葉松

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第9話 硬い

 天城さんが僕の膝に乗って、もう三分近くが経過した。

 

 その間、彼女は僕に何もしない。

 動くことも喋ることもなく、ただ僕を見つめている。

 

 チッ、チッ、チッ……時計の針の音が、やけに耳につく。

 うるささの権化のような天城さんが静かなことに、妙に緊張してしまう。

 

「あのー……」

「ん?」

「いや、その……」

「……何で喋らないのかな、って思ってるでしょ?」

 

 頷く。

 

 彼女は悪戯っぽく口角を上げて、しなやかな指で僕の耳を軽く弄る。

 くすぐったくて、熱い。

 

「顔、見てたの……佐伯の、顔」

「お、面白いですか……?」

「そりゃ面白いよ。あたしが乗っかって緊張している顔、いつ褒めてくれるのかなぁって期待してる顔、あたしが喋らなくて困ってる顔……ぜぇーんぶ、好き♡」

 

 遊ばれている。

 からかわれている。

 だけど、嫌な気はしないから困る。

 

 緊張と密着による熱で、額に汗がにじむ。頬を伝って、顎の先から滴り落ちる。

 それは天城さんのキャミソールに落ちて、じわりと染み込んだ。

 

 灰色の布が黒く染まる。

 凄まじく自己主張する健康的な白の胸元とのコントラストに、ゴクリと唾を飲む。

 

「……おっぱい、気になる?」

「へっ!? あ、いや!! ご、ごめんなさい!!」

「謝らなくていいよ。佐伯に見て欲しいから、この格好してるわけだし。っていうか……見てくれなきゃ、困るよ?」

 

 許しが出た。

 その気の緩みが、僕の視線を再び下へ落とした。

 

 大きくて、綺麗で、えろい。そんなバカな感想しかわかず、どうしたって見てしまう。

 

「触る?」

「は、はい…………いや違うっ、いいえ!! 触りません!!」

「うひひひ♡ 本音出てるぞー♡」

 

 まずいまずい。

 一瞬、思春期に脳みそを乗っ取られかけた。

 

 落ち着けよ僕。

 自分の意思で触ったら、それは流石にアウトだ。性欲に負けて、この生活を手放す気か。

 

「佐伯はえらいねー」

 

 言いながら、くしゃりと僕の頭を撫でた。

 

「一人暮らしのためにしたいこと我慢してさ、あたしだったら無理だもん」

「そ、そりゃあ、今の生活が快適なので……」

「勉強も頑張って、バイトもして、家事もこなして、本当にすごいよ。えらいえらい!」

 

 なでなで。よしよし。

 

 今度は優しい手つきで撫でて、朝日色の瞳を細めた。

 その後も天城さんは、今日の晩御飯も美味しくてすごいとか、部屋を綺麗にしててえらいとか、僕を丁寧に肯定しゆく。

 

 嬉しい。当然、そう思う。

 だが違和感というか、僕がそれを言われていいのだろうかという申し訳なさが腹の中で渦巻く。

 

「……天城さんだって、一緒じゃないですか」

 

 と、意図せず声が漏れた。

 

「っていうか、どう考えても天城さんの方が大変だし。勉強とか、僕の比じゃないくらい結果出してますよね。生活費も全部自分で稼いでるんですよね。その上でこうやって僕に構うとか、本当にすごいと思いますけど……」

 

 夢のために彼女がどれほどの犠牲を払い、どれほどの時間と労力を投資しているのか、僕には想像もつかない。

 

 一見何も考えていないように笑いながら、どれほど毎日を全力で生きているのか。

 きっと僕は、生まれ変わったって真似できない。

 

「うっ……も、もぉー! 不意打ちダメ! あたしが褒めてるのぃー!」

 

 怒りつつ、でも、ニヤけつつ。

 僕の頭をくしゃくしゃに撫でて。

 

 その余裕なさげな顔のまま、僕の前髪を両手でぐっと掻きあげた。

 

「そーやって自然に他人を褒めちゃうところ、本当にすごいなって思う! 今日の昼休みだって、ちょー嬉しかったもん!」

「昼休み?」

「モデルで全然稼げてないって話、あたしの友達が茶化してたじゃん! あたしのことイジる流れだったのに、佐伯ってば乗らなかったし! あんなの中々真似できないよ!」

「そう、ですかね……? ただすごいなって思ったので、そう言っただけですが……」

「みんながみんなできることじゃないよ! 本当に好きってなった! ありがとう!!」

「えーっと……どう、いたしまして?」

 

 自分の発言のどこが刺さったのかいまいちわからないまま、ひとまず返事をしておいた。

 天城さんは潤んだ瞳で僕を見下ろす。僕の首筋に鼻先を落として、マーキングでもするようにぐりぐりと押し付ける。

 

「……撫でてっ」

「は、はい?」

「あたし、佐伯のこといっぱい撫でたよ! あたしにもしてくれなきゃ不公平じゃん!」

 

 僕の首筋の顔をうずめたまま、そう声を張り上げた。

 不公平も何も、そっちが勝手にやっただけでは……と思ったが、口にしない。

 

「では、失礼します……」

 

 姉と妹以外の異性の髪に触るのは、いつぶりだろうか。

 しっとりとしていて、なめらかで、男のそれとはまるで違う。

 手のひらが心地いい。

 

 感触を堪能していると、天城さんの呼吸がどんどん荒くなっていくことに気づいた。顔は見えないけれど、それは彼女の感情をこの上ないほど表している。

 

「……可愛い……」

 

 思わず、心の声が漏れた。

 まずい――と、自分の口を手で覆う。

 

 だが、もう遅い。

 

 この距離で向こうに聞こえていないわけがなく、彼女はバッと顔を上げて僕を見る。その目は、喜びに満ち溢れ尋常ではない輝きを放っている。

 

「今、可愛いって言った!? あたしのこと、可愛いって言った!?」

「い、いやぁ……」

「もう一回!! もう一回言って!!」

「…………」

「あたし、佐伯のこといっぱい褒めたよね! 佐伯もあたしのこと、可愛いって褒めてくれていいんじゃないかなぁ!?」

 

 言わないと許さないぞと、目が語っていた。

 

 さっきのは、本当に無意識に口から出ただけ。

 元来僕は、異性に対して面と向かってそういうことを言える人間じゃない。

 

「……っ」

 

 息を飲み、視線を天井へ泳がせたのち、天城さんへ戻した。

 

 期待一色の表情。

 プレゼントを前にした子どもを思わす瞳。

 

 ……仕方ない。

 ここは、腹をくくろう。

 

「か、可愛い……ですっ」

 

 異性に対し、意識的にこういう言葉を投げかけたのは生まれて初めて。

 

 顔に熱が回り、恥ずかしくて天城さんを直視できない。

 なのに彼女が喜ぶ顔は容易に想像できて、だからこそ余計に熱くなる。

 

「あたしのどこが可愛い?」

「……仕草、とか?」

「顔は?」

「か、可愛いですっ」

「やった~~~♡ うひひひ~~~♡」

 

 可愛い。

 笑った顔が、特に。

 

 夏の太陽みたいに明るくて、ハイビスカスみたいに華やかで、ゴールデンレトリバーみたいに無邪気で、いつまでも見ていたいと思ってしまう。

 

「もう一回、可愛いって言って!」

「はいはい……」

「可愛いって言いながらなでなでして!」

「わ、わかりました」

「へっへー♡ 佐伯、だいしゅき♡」

 

 可愛い可愛いと、撫でながら繰り返す。

 

 一言いうたびに、一撫でするたびに、天城さんは身悶えして喜ぶ。

 しかし刺激に慣れてきたのか、爛々と輝いていた瞳は少しずつ落ち着き、代わりに蠱惑的な熱を帯び始める。

 

「背中も撫でて?」

「……あ、はい」

「手も、ギュッてして?」

「え、えっと……」

「あたし、可愛い?」

「……可愛いです」

 

 キャミソールの丈が短いため、背中は剥き出し。

 じんわりと汗ばんでおり、クーラーの風に当てられ冷えている。

 

 汗を拭うように手を動かして、もう片方で天城さんの手首を取った。

 しかし彼女は、そうではないとばかりに僕の手を振り払い、やや強引に指を絡める。

 

「これ……な、何か、まずくないですか?」

「……どこが? ただ、褒め合いっこしてるだけでしょ?」

「してるだけって……い、いや……」

「普通のことしてるだけなのに、佐伯はなにそーぞーしてるの?」

 

 細く綺麗な彼女の手が、僕の頬に触れた。

 指先で汗の粒を掬い取り、それを自分の口元へ持って行く。

 

 ちろりと、舐めた。

 躊躇なく、見せつけるように。

 

「あはっ♡ しょっぱい♡」

 

 小悪魔じみた声。

 湿り気のある視線。

 

 何だろう。この、凄まじい罪悪感は……。

 

 僕がやらせたわけじゃない。

 なのに、天城さんを汚してしまったという感覚が首を絞める。申し訳ないと、強く思う。

 

 そして何より。

 嬉しい、と思う自分もいた。達成感じみたものが、胸の中に芽生えた。

 

 ありていに言うと……何かもう、バカみたいに、意味がわからないくらいに、ドキドキする。

 

「あ、あのさ、佐伯」

「はい……?」

「……気づいてる?」

「何がですか?」

「いや、だから……」

 

 艶やかに、それでいてどこか初々しく頬を染める天城さん。

 ちょいちょいと下を指差して、にまっと笑う。

 

「さっきから……()()んだけど?」

「~~~~~~~~~っ!!」

 

 一瞬で言葉の意味を理解し、僕は天城さんを振り払って部屋の隅へ転がった。

 

 すぐさま体勢を土下座へと移行。

 下の階の住民の迷惑も考慮せず、ガンッと額を床へ打ち付ける。

 

「大ッ変ッ申し訳ございません!! ほ、本当に、僕は何てことを……!!」

「あ、あははー……仕方ないよ。男の子だもんねー」

 

 顔は見えないが、その声に怒気の気配はしない。

 

 おずおずと、視線を上げた。

 

 天城さんは顔を真っ赤にして、それでいて嬉しそうに笑う。

 白い歯が、艶やかな輝きを放つ。

 

「……そんなによかったなら、また舐めてあげよっか?」

「け、結構です!!」

 

 僕はしばらく、うずくまったまま身動きがとれなかった。

 

 

 ◆

 

 

 しばらくして、あたしは自分の部屋に戻った。

 

 テレビをつけて、ベッドに寝転がって、ボーッと眺める。

 好きな番組なのに、好きな芸能人が出ているのに、まるで内容が頭に入ってこない。ついさっきのことが、頭の中をチラついて。

 

「佐伯の……お、大きく、なってた……」

 

 そう独り言ちて、「うひゃ~~~!!」と右へ左でゴロゴロ転がる。

 

「あたしのこと意識してたってことじゃん♡ うれちーうれちー♡ でもちょっと怖い♡ ふふっ、ふひひひ♡ 何この気持ちぃ~~~♡♡♡ 変なのぉ~~~♡♡♡」

 

 ベッドから落ちて、ゴッと頭を打った。

 静かに悶絶して、落ち着いたところで息をつく。

 彼のが当たっていた箇所に軽く触れながら縮こまる。

 

「……っ」

 

 好きが溢れる。

 

 恋が、より紅潮する。

 嬉しくて、怖くて、だからこそ好きで。

 

 どうしようもなく。

 身体が、疼く。




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