ブルアカはエデン条約編で引退した超にわかですが、ご容赦ください。
始まりは静かに紡がれる
「ここから見る夜景はね、私のお気に入りなんだ。」
ある建物の屋上。柵に寄りかかり、光の街を見下ろしながら彼女はそう言った。少しだけ寂しそうな声が、どこか懐かしく感じた。
「私はこの都市を…この夜景を守りたい。だけど、私1人じゃ限界がある。」
彼女はゆっくりとこちらに振り返る。何を言いたいのかは既に予想できていた。
「キミの力が必要なんだ。死をよく知るキミだからこそ、この世界で生を守ることができる。」
彼女は一呼吸起き、続ける。月夜に移る彼女の表情はとても美しく、そして悲しい。
「このキヴォトスで、私と一緒に戦ってほしい。」
そう言って彼女が手を差し伸べてきた所で、視界が真っ暗闇に包まれた。
「…夢、か。」
ゆっくりと上体を起こしながら目を開く。
見慣れた天井。そこは紛れもなく俺の部屋だった。
なぜこのタイミングであの夢を見たのか疑問が残るが…深くは考えないことにした。
ベッドから降り、整容を整え、朝食を作りに行く。窓を開けると小鳥の鳴き声がリビング内に響いた。
冷蔵庫の前に立つと、そこに貼ってあるカレンダーが目に入る。今日の日付の欄には☆のマークがあった。それを見た俺は、あの夢を見た理由が少しだけ分かった気がした。
「今日は ”新しい先生” が来る日か…。」
かつて彼女がいたあの場所に、他の誰かが立つ。特別な感情はない。なぜなら彼女は…俺の中にいるから。
朝食を済ませた俺は、再び寝室に戻る。机の上で淡く朝の光を反射する黄色のペンダントを手に取った。
無言でそれを首にかける。重さはないのに、確かな温もりが胸に伝わった。何でもない普通のペンダント。だが、それを身につけることが俺の出した”答え”、そして”決意”だった。
次に手を伸ばしたのは、冷たい鋼の刀。それは刀というより、“執行の証”だった。
そんな光と影の両方を身につけ、今日も青色の世界へと足を踏みだした。
目を開けると、そこは電車の中だった。窓の外には青空が広がり、眩しい日差しが目に飛び込んでくる。
視界が鮮明になってきてようやく、目の前に1人の少女がいることに気づいた。彼女が身を包んでいる白い服は学校の制服だろうか…。
刹那、私は驚きで目を見開いた。
少女は血を流していたのだ。慌てて動こうとするが、まるで座席に縛り付けられているかのように体が動かない。指先も、目さえも動かせない。さらには声も発せず、彼女に状況を聞くこともできない。
不思議な感覚だった。私は確かにそこにいるのに、テレビ画面を見ているような感じがした。
「……私のミスでした。」
しばらくして目の前の少女は口を開き、顔を上げる。まるで罪悪感に囚われたかのような目をしていた。
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況…。結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……。」
少女は冷静さを保っているように話しているが、感情を圧し殺しているのがすぐに分かった。
しかし…いったい何の話をしているのだろうか。重要な部分が欠けているために話が理解できない。唯一分かったのは、少女の選択が大きな問題を引き起こしたということだけ。
「……今更図々しいですが、お願いします。先生。」
先生…? 私を誰かと勘違いしているのだろうか。はたまた、少女に映る自分は ”自分” ではない誰かなのだろうか。
そんな私の疑問を他所に、少女は話を続ける。
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……。」
少女の言葉は他の誰かではなく、確かに自分に向けられたものだった。
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々。」
「責任を負うものについて、話したことがありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……。今なら理解できます。大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心延えも。」
少女が何を言っているのか全く分からない。まずここはどこだ? 君は誰だ? いったい何の話をしているんだ? 聞きたいことが山程あるのにたった1つの質問もてきない。
その時、私は眠気を感じた。微かに感じたそれはどんどんと強くなっていき、ゆっくりと瞼を下ろし始めた。
「ですから、先生。私が信じられる大人である、あなたなら。この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。」
「だから先生、どうか…。」
(”待ってくれ…。君に、聞きたいこと…が…”)
心の中でそう話しても何の意味もなかった。
少女の声は完全に消え、私の意識は眠るように落ちたのだった…。
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「ーーー!」
…誰かの話し声が聞こえる。いや…誰かを呼んでいる声だ。
「…先生! 起きてください! 」
その声はどんどん大きくなる。それも耳元に近づいてきているような…
「桐山先生!」
”ッ!?”
耳元で、大声で自分の名前を呼ばれ、両手を高く挙げながら勢いよく立ち上がった。驚きのあまり心臓が高鳴り、顔が、体が熱を帯びる。
「せ、先生…?」
そのまま固まっていると、自分を起こしたであろう少女が心配そうに声をかけてきた。一旦深呼吸をし、彼女に向き合う。
その見た目は青い目と長い紺色の髪、エルフのような尖った耳。そして頭の上には青い天使の輪のようなものが。
…いや、そんなことよりもここはどこだ? ロビーのようにも感じられるが、初めて見る場所だ。あれ、私はどうやってここまで来たんだっけ…? 自分の足でここに来てソファに座った記憶が無い。
やばい、疑問が次から次へと溢れてくる。脳内が『疑問』という名の波に呑まれて行く。
「混乱されるのも無理ないかと思います。」
青髪の少女が私を落ち着かせるかのように声をかけてきた。ピシッと姿勢を正し、自己紹介をする。
「私は学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会幹部、七神リンと申します。あなたは私たちがここにお呼びした先生……だと思うのですが。」
”思うのですが…?”
「…申し訳ありません。私たちもあなたがここに来られた経緯を詳しく知らないのです。」
じゃあ尚更どうやってここに来たんだ、という話になるがグッと堪える。今は無駄に疑問を増やすのではなく、彼女に従うのが正解だと感じた。
「まずは場所を変えましょう。私についてきてください。」
そうして私と七神さんはロビーからエレベーターに乗り、ビルの上階へと向かう。ドアの反対側はガラス張りになっており、外の景色が見える。ここが学園都市とやらの中心なのか、ビルがズラッ立ち並んでいた。
「ここが、学園都市『キヴォトス』です。」
彼女はそう言う。なるほど、まったく知らない場所だ。店の看板も見たことがない。というか…この建物、ビルにしては高くないか?もはやタワーと言える高さなんだが…。
そんなことはどうでもいい。今度はこちらから話を切り出してみる。
”ちなみに…私をここに呼んだ人って誰なの?”
突然とは言え、私に『先生』を任せようと考える人は恐らく、私を詳しく知っている人であり、最低でも私が知っている人のはず…。
「このキヴォトスのトップに立つ存在。連邦生徒会長です。」
ダメだ、ますます分からなくなってきた。
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七神さんが言うには、学園都市とは『幾千もの学校が集まってできた都市』らしい。幾千ってことは、総生徒数もそれそれは凄いことになるんだろうな。となると私はどこかの学校に配属されるということなのだろうか?
そんなことを考えていると、チーン!と音が鳴り、目的の場所に到着した。エレベーターが開くと、七神さんがジェスチャーと共に「どうぞ」と声をかけてくれたので先に降りる。
エレベーターを出て1番に目に映ったのは大きく書かれた『連邦生徒会』の文字とロゴマーク。いやはや、立派なものだなと平凡な感想を浮かべながら七神さんと歩いていると―
「ちょっと待って!代行!見つけた、待ってたわよ!今すぐ連邦生徒会長を呼んできて!」
怒りの混じった声がオフィスに響いた。青紫色の髪をした少女が七神さんの前に立ち塞がり、詰め寄る。彼女もまた、天使の輪のようなものがあった。
「………うん?隣の大人の人は?」
「主席行政官。お待ちしておりました。」
青紫髪の少女は不思議そうに私を見つめる。そんな質問を遮るかのように、今度は黒く長い髪の少女が七神さんに声をかけた。
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が納得のいく回答を要求されています。」
かと思えば淡い茶色の髪の少女も参加する。2人の頭にも、形は違えど七神さんや青紫髪の少女と似たような天使の輪が。この都市の人にはみんなついているのだろうか。
「ああ…面倒な人たちに捕まってしまいましたね。」
明らかに面倒くさそうな反応をしてみせる七神さん。それ、目の前で言っちゃうんだ…。
そんなことよりも…なぜこの子たちは背中に銃を背負っているんだ?この都市ではエアガンでも流行ってるのか…? どう見ても本物の銃なんだけど…。
「こんにちは。各学園からわざわざ訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。」
「こんな暇そ………大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」
見た目に反してかなり毒舌なんだな、七神さん。彼女は怒らせないように注意しないと…。
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ!連邦生徒会でしょ!」
青紫髪の少女が食ってかかる。
「数千もの学園自治区が混乱に陥っているのよ!?この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
へぇ、学校に風力発電所があるのか…凄いな。となると、彼女の学校は海か山に―
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱走したという情報もありました。」
「スケバンのような不良たちが登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も急激に高くなりました。」
「戦車やヘリコプターなど、出所のわからない武器の不法流通も2000%以上増加しています。」
………は? なんか今、とんでもない話があったような…。気のせいか…? 気のせいだよな…?
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの!?」
再び青紫髪の少女が声を荒げる。私を選んだのもその連邦生徒会長さんらしいが…姿を現さないどころか見せる気配もない。
そんな私たちの疑問に、七神さんはこう答えた。
「…連邦生徒会長は、行方不明になりました。」
「「「 ”えっ…………?” 」」」
私と少女たちの反応がシンクロする。
私を先生に選んでおいて自分は行方不明になるとは…ずいぶん身勝手なお嬢様だ。なんて冗談はさておき、行方不明なのはさすがに心配だ。キヴォトスのトップに立つ人のことだから恐らく理由があると思われるが、1日でも早く見つかることを祈る。
だが…なぜ私が来たのとほぼ同時期に行方不明に? あまりにもタイミングが良すぎるような気がするが…考えすぎか?
「はい。こちらの先生がフィクサーになってくださるはずです。」
”えっ?”
七神さんの話を聞いていなかった私は意表を突かれて素っ頓狂な返事をする。少女たちの視線が集まるが自分には何のことだか分からない。
「ちょっと待って、この先生はいったいどなた?どうしてここにいるの?」
『むしろそれは私が聞きたい』、なんてツッコミは野暮だろうか?
「キヴォトスではないところから来たようでしたが、先生だったのですね。」
「はい。こちらの桐山先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です。」
七神さんが私のことを軽く説明をしてくれたので、それに合わせるように自己紹介をする。
”はじめまして。今日からキヴォトスの先生を務めます、桐山ハルトと言います。どうぞよろしく。”
相手側は私が先生になるものだと考えている以上、今更断ることもできず。果たして私の何が目に止まったのかは分からないが、キヴォトスのトップの人間が直々に指名してくれた。私だって男だ。腹を括るしかあるまい。
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの………いや、挨拶なんて今はどうでもよくて…!」
「そのうるさい方は気にしなくて結構です。続けますと…」
「だっ誰がうるさいって!? 私は早瀬ユウカ! 覚えておいてください、先生!」
うるさい方と言われて腹が立ったのか、投げやりに自己紹介する早瀬さん。ゆっくりできる時に自己紹介したいという気持ちは分からなくもない。そして相変わらず七神さんは毒舌だなぁ…。
「先生が呼ばれた理由。それは、とある部活の顧問になっていただくためです。」
” 部活…? ”
「連邦捜査部、S.C.H.A.L.E(シャーレ)。」
おお、なんか秘密組織みたいでカッコいいな。『連邦』ってついてるし、生徒会関連の部活なのだろうか?そう聞こうとしたが、ほんの少し早く黒髪の少女が発言した。
「聞いたことがあります。過去に黄泉先生がいた部活ですよね。」
”黄泉先生…?”
私は思わずその名を繰り返した。その響きはどこか冷たく、しかしどこか惹きつけられるものがあった。まるで名前だけで背筋がぞくりとしたかのように。
「はい。 ”ある事件” により部停止となっていましたが、桐山先生を顧問、黄泉先生を副顧問とし、ゼロから復活させることとなりました。」
”あのー、黄泉先生っていったい…?”
七神さんが言った ”ある事件” や部としての活動についても気になるが、何よりも『黄泉先生』が気になって仕方なかった。
すると、みんなが口々に印象を述べていく。
「5年前からキヴォトスにいるもう1人の先生です。彼を一言で表すなら……”最強” 、でしょうか。」
「様々な暴動をたった1人で鎮圧される、すごいお方です。」
「ほぼ全ての生徒、キヴォトス人が信頼を寄せていると言っても過言ではありません。」
「銃弾が飛び交う戦場の中に生身で突撃されるのは未だに不安でしかありませんが…。」
”そ、そうなんだ〜…。”
彼女たちの反応からして、その人はかなりの強者でとても信頼されているらしい。それにこれからは一緒の部活で活動するのだから早く会ってみたい。会ってみたいのだが…
淡い茶色の髪で黒縁メガネをかけた子……間違いなく『銃弾が飛び交う戦場』って言ったよね? となるとその銃は本物か…。どうやらさっきの話は聞き間違いではなかったらしい。そんな場所で先生をやらなければならないとは…。
「…コホン。話を戻しますと…シャーレは単なる部活ではなく、一種の超法規的機関です。連邦組織のためにキヴォトスに存在する全ての学園の生徒を制限なく加入させることも可能で……各学園の自治区で、制限なしに戦闘活動を行うことも可能です。」
七神さんの言葉に私たちは息を呑んだ。部員数は無制限で、他人の管轄で勝手にドンパチやっても良しって…なんだよそれ。一歩間違えれば侵略者じゃないか。
何のためにこの部活が作られたのかがさっぱり分からない。私の周りで起きることのほとんどが連邦生徒会長関連の話ばかりで何一つ分からない。早く戻ってきて全部教えてくれよ…。
「シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今は建物の中には何もありませんが、連邦生徒会長からの命令で地下室に『とある物』を持ち込んでいます。」
「そこに、先生にをお連れしなければなりません。」
”とある物…?”
「桐山先生だけが扱える物、と言っておきます。」
私だけが扱える物…。同じ『先生』である黄泉先生だではダメだったのだろうか? 私の疑問を表情から感じ取ったのか、質問するよりも先に答えてくれた。
「もちろん黄泉先生にも何度か試してもらいましたが、全て失敗に終わりました。」
なるほど…それなら行かないわけにはいかない。早くもキヴォトスに来て初の仕事だ。
” 行こう、七神さん。”
「ありがとうございます。ではすぐにヘリを手配いたします。」
そう言うと七神さんは端末を操作し、どこかへ通話を繋げる。すると『ヴォン』と音が鳴り、お菓子を食べている少女がホログラムとして映し出された。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど…」
『シャーレの部室?…ああ、外郭地区の?あそこ、今大騒ぎだけど?』
「大騒ぎ…?」
ああ…既に嫌な予感がするのは私だけだろうか?
『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎをおこしたの。そこは今戦場になってるよ。』
「ちょっと待ってください。シャーレを守るよう事前に黄泉先生にお願いしていたはず…。 ……まさか…!」
『あー、10分程前に先生から「ゲヘナに向かう」って連絡があったんだよね。風紀委員会からの救援要請が止まらなかったみたいでさ。先生は「5分で戻る」って言ってたけど、とっくに超えてるね。』
慌てる七神さんとは裏腹に、通話相手のモモカさんは袋に入っているチップスを口に運び、パリッと鳴らしながら彼女は言う。
見れば、七神さんの手がプルプル震えている。加えて何かとんでもないオーラを放っており、私たちは揃って一歩後退った。
「……モモカ、どうしてもっと早くに教えてくれなかったんですか?」
『お菓子食べてたから気づかなかった。』
「「「「” ………。”」」」」
この返答には話を聞いていた私たちもドン引きする。恐らくモモカさんも連邦生徒会のメンバーなのだろうが…酷いな。
『あ、先輩。頼んでいたデリバリーが来たからまた連絡するね!』
そう言ってモモカさんはブツッと通話を切った。同時にホログラムも消え、私の目の前に残ったのは怒りに溢れる七神さんのみだった。
”七神さ… ”
何とか彼女を落ち着かせようと手を伸ばすが、慌てて引っ込めた。彼女が纏うオーラはまさに鬼神のそれであった。下手に刺激したらこっちに怒りが向けられると思わされるくらいに。
「……大丈夫です。………少々問題が発生しましたが、大したことでは…。」
頑張って笑顔を作る七神さんだが、逆効果すぎる。怖さが何十、何百倍も増している。
すると、彼女は何かを思いついたように早瀬さんたちの方に視線を移した。
「な、何?どうして私たちを見つめてるの?」
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです。それでは行きましょう。」
そう言って早足で歩き出す七神さん。冗談のつもりだったのに、本当に怒りが向けられるとは…。
「ちょっと待って!どこに行くのよ!?」
早瀬さんが慌てて七神さんを追いかける。
” えっと…私たちも行こうか…。”
「ですね…。」
「はい…。」
「分かりました…。」
困惑が残る中、私はフロアに残された3人に声をかけて七神さんを追いかけた。
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タワーを出た私たちは約30km先にあるというシャーレの部室に向かっていた。走りに走り続け、部室まであと少しときたところで、私は非現実的なものを目の当たりにした。
ドッカァァァァァァン!!!!!
瓦礫の山、ボコボコの道路、鳴り止まない銃声…。これら全て現実に起こっているのだが、夢なんじゃないかと疑わざるを得なかった。
「なんで私たちが不良と戦わなきゃいけないの!!」
騒ぎを起こした不良生徒たちに向かって怒りながら銃のトリガーを引き続ける早瀬さん。わけも分からず連れられ、30km近い距離を走らされ、挙句は戦闘…。彼女が怒りで顔を真っ赤にするのも無理はない。
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すには、部室の奪還が必要ですから…。」
「それは聞いたけど…!私これでも、うちの学校では生徒会に所属しててそれなりの扱いなんだけど!」
早瀬さんを宥めようとするのは淡い茶色の髪を持つ火宮チナツさん。しかし早瀬さんの怒りは収まることを知らない。と、その時―!
ダダダダダッ!
不良生徒の放った複数の弾丸が早瀬さんに命中した。普通なら致命傷になり得る状況だが…
「い、痛っ!!痛いってば!」
早瀬さんは血を流すどころか『痛い』という言葉で終わらせる。ここに来るまでに見慣れた光景だ。
生徒を含めたキヴォトス人たちは耐久力が異様に高い。今の早瀬さんのように弾丸を撃ち込まれてもあの程度で済ませてしまうくらいに。私のように普通の人間なら間違いなくお陀仏だ。
「あいつら違法JHP弾を使ってるじゃない!」
「伏せてください、ユウカ。それにホローポイント弾は違法指定はされていません。」
「うちの学校ではこれから違法になるの!傷跡が残るでしょ!」
黒髪の少女…羽川ハスミさんの言葉に文句を言う早瀬さん。むしろその程度で済むんだね…。
もはやカルチャーショックどころの話ではない。私の知る人間とは身体のつくりが根本から違うようだ。
「うう〜!黄泉先生が動かなければこんなことには!!」
文句を垂れながら射撃を続ける早瀬さん。『シャーレを守る』という指示を破った結果、戻ってこれなくなったところからあながち間違ってはないが…。そうせざるを得ないくらい、今のキヴォトスは混沌を極めているのだろう。一刻も早くシャーレへ―
「危ないッ!」
” っ!?”
私のすぐ横で射撃を行っていた白髮の少女…月守スズミさんが突然私を突き倒した。刹那、私と月守さんの間を弾丸が風を斬りながら通り過ぎて行くのが見えた。
衝撃的な出来事に背筋が凍る。月守さんが反応していなかったら、間違いなく私の頭に命中していただろう。
「先生!もっと頭を下げてください!」
月守さんが強く私に言う。悔しいが今の私は完全に足手まといだ。本来ならもっと後ろの安全な場所にいたほうが良いのだろう…。
だが、それだけは絶対にできない。私は先生だ。生徒が目の前で戦っているのに、自分だけ安全地帯にいていいはずがない!
何か私にできることがあるはず。考えろ…考えろ!
私ができて、みんなができないこと…!それは!
” みんな!”
私は大声を出して他の3人の注目を集め、こう伝えた。
” 私が指揮を執る!どうか私に従ってくれ! ”
「せ、先生が戦術指揮を?まぁ、先生ですし…。」
「生徒が先生の言葉に従うのは当然のことです。」
「先生、よろしくお願いします。」
最初こそ戸惑いの表情を浮かべていたものの、みんな大人しく従ってくれた。ありがとう、全力で応えてみせるよ!
「先生…。」
ふと、隣にいた月守さんが小さな声で私を呼んだ。彼女は不安そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。
” …ごめん、月守さん。私は、君たちが知る黄泉先生のように強くはない。だけど、生徒である君たちが戦っている中、安全な場所でただ待つなんてことは『先生』として死んでもできないんだ。”
私がそう言っても彼女はすぐに首を縦には振らなかった。銃弾1発が死に直結しうるくらいに脆い身体。ついさっきなんて危うく死ぬところだった。あんなのを見せられて即座に「お願いします」と言えるはずもないだろう。
だけど私にも引くに引けない時がある。それが今だ。私は月守さんの目をじっと見つめ、覚悟を伝える。それが伝わったのか、月守さんは折れてくれた。
「…分かりました。ですが、どうか無理はなさらないでください。」
” ありがとう!”
月守さんはリロードを行い、銃を構える。羽川さんと火宮さんからも戦闘の準備ができたと合図を受けた。
「先生!行けますか!?」
そして最後に前衛の早瀬さんがこちらにコンタクトを取る。私はそれに応えるかのように、大きな声で戦闘の開始を告げた。
”ああ、行こう!”
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ダダダダダッ!
「うわぁ!」
「ぎゃあ!」
「不良なんかに負けないわよ!」
早瀬さんが華麗な身のこなしで銃弾を避け、逆に銃弾を食らわせる。遮蔽物に身を隠す技術だけでなく素の身体能力も高い。だが全て避けられるわけでもなく、何発か掠って血が出ている。ならば…
” 早瀬さん一時後退!火宮さんは早瀬さんの治療!羽川さんと月守さんは早瀬さんの前線復帰まで不良たちを近づけさせないで! ”
「分かりました!/はい!/了解です!/了解!」
それぞれが素早く行動に移る。早瀬さんが下がったタイミングで不良たちも前に出ようとするが、月守さんと羽川さんが的確な射撃で近寄らせない。
振り返ると火宮さんの治療が終わろうとしていた。慣れた手つきで包帯を巻いていくのは多くの戦場を駆け抜けてきた証だろう。
包帯を結び終えるタイミングで早瀬さんと月守さんに新たな指示を出す。
” 早瀬さん、できるだけヘイトを稼いでくれ!月守さん、閃光弾の用意を!”
「分かりました!/はい!」
早瀬さんは前線に戻りながら端末を操作する。すると彼女を囲むように青いバリアが現れた。早瀬さんは弾丸を恐れることなく前に出る。
「先生、いつでもいけます!」
” 早瀬さん! ”
安全装置であるピンに指をかけ、投擲の体勢に入った月守さん。前で戦闘を続ける早瀬さんに確認を取る。いくらバリアと言えど、光を防ぐ能力はない。だが…
「ええ!いつでもどうぞ!」
早瀬さんはサブマシンガンを連射しながら返事をする。どうやら準備はとっくにできていたらしい。
” よし!投擲!”
「閃光弾、投擲!」
月守さんはピンを外し素早く投擲。投げられた閃光弾は上手く不良生徒たちの足元に転がった。刹那、爆発に加えて眩い光が放たれる。
「眩しっ…!?」
「め、目がぁ〜っ!」
早瀬さんに夢中になっていた不良生徒たちは転がってきた閃光弾に気づくことができず、モロに食らってしまった。
完璧だ。視力を失った彼女たちには悪いが、大人しくしていてもらおう。
” 早瀬さんを先頭に前進!残りの不良生徒たちを叩く! ”
「「「「 了解!! 」」」」
「「「「「「 ぎゃあーーーーッ!! 」」」」」」
私の初戦闘の結果は見事勝利。外郭地区には不良生徒たちの断末魔が響いたのだった。
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その後も私たちは進撃を続けた。嬉しいことに、私の指揮について早瀬さんたちから「普段よりも戦いやすかった」という評価を頂き、私は『役に立てて本当によかった』とホッとするのだった。
シャーレの部室が目前に迫った頃、七神さんから連絡が入った。なんでも、今回の騒ぎを起こした犯人の正体が判明したとのこと。その正体とは…
『ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険人物なので、気をつけてください。』
なるほど、これだけの不良生徒たちが集まっているのも理解できる。強い者の周りに群れるのは生き物ならではの心理だ。これまでよりも厳しい戦いが待っているのは間違いない。
「…! 見つけた!」
先頭を走る早瀬さんが何かを発見する。その先には1人の少女がいた。
月光を思わせる白に、血のような紅を帯びた装束。その少女は、狐面を傾けるようにこちらを見つめていた。
彼女を前に、私の直感が『ただの少女じゃない』と告げる。先ほどまでの不良生徒とは比べ物にならないほどの黒い何かを感じた。
「あら…。こんにちは、連邦生徒会の子犬たち。」
「ワカモ…!」
守月さんが名前を呼ぶ。やはりというか、彼女こそがワカモだった。
「せっかくなので遊びましょう…と言いたいところなのですが、今は急いでいるのです。ごめんあそばせ。」
「…このままみすみす見逃がすと思いますか?」
ワカモのふわふわした言葉とは裏腹に、羽川さんが冷たい言葉と共にライフルを向ける。ピリッとした重たい空気に包まれた。
「私にはやらねばならないことがあるので。では、後は任せます。」
そう言うとワカモはどこかへと走り去った。早瀬さんが背中を追いかけようとするが、建物の影から現れた不良生徒たちが行く手を阻む。それだけでなく…
ゴゴゴゴゴ……!
不良生徒たちの後ろから重く大きな音が近づいて来る。その正体は―
「気をつけてください、巡航戦車です!」
「あれは、クルセイダー1型…! 私の学園の制式戦車と同じ型です!」
火宮さんと羽川さんが説明する。こんな街中に堂々と戦車が現れるなんて…。ますますとんでもない世界に来てしまったようだ。
「戦車は私が引き付けるわ! スズミ!しっかり先生を守って!」
「了解! 先生、こちらへ!」
ゆっくりと迫り来る鉄の塊に呆然としていた私は月守さんに手を引かれ、近くの建物の裏に身を隠す。次の瞬間、轟音が街に響いた。
砲弾が着弾した瞬間、地面が跳ね、視界が揺れた。あれを、もし今、自分が受けていたら。そんな想像が脳裏をかすめたときには、額に冷たい汗がにじんでいた。
自分が守るべき生徒たちが、戦っている。
それを、ただ見ているだけの自分。
喉が渇き、拳が震える。
脳裏に浮かんだのは「先生」という言葉。
だが、それを名乗るには、自分はあまりに無力だった。
再び轟音が響く。早瀬さんを狙った砲撃は大きく外れた。が、その角度がまずかった。
” 月守さん!”
「!?」
私たちが隠れていた建物に砲弾が着弾。その瓦礫が雪崩のように私たちの頭上に押し寄せて来た。私は恐怖を振り切り、月守さんを抱えて道路の方へと飛び込む。コンマ数秒反応が遅れていたら間違いなく飲み込まれていた。
” 月守さん!ケガはない!? ”
「大丈夫です!ありが「先生!スズミ!逃げて!」
早瀬さんの声が響き、私たちは視線を前に戻す。その先では、戦車の砲身がこちらに狙いを定めていた。
”え ”
「しまっ―」
私たちが気づいた時には遅かった。砲身から轟音が響き、私たちの方へ砲弾が迫る。指を動かすどころか息をする間もない。迫りくる死に、思わず目を瞑った。
その時だった。
キィィィン…!
金属が斬れる鋭い音がした。
爆風や熱が来ることもなかった。唯一来たのは、ズドンと後方で何かが突き刺さる音だけ。
ゆっくりと目を開けたとき、私と月守さんは無傷でそこにいた。そして私たちの前には一人の男が立っていた。
白と紫の制服が風にはためき、彼の左手には異様に長い刀があった。刀は既に鞘に収まっているが、空気がまだ斬撃の余韻を震わせている。
そして次の瞬間、世界から音が消えた。
煙も、風も、銃声さえも――すべてが、彼の出現を境に凍りついたようだった。
誰もが彼を見ていた。
恐れと、安堵と、信じられないという目で。
「黄泉…先生…!」
そう言ったのは、私のそばにいた月守さんだった。
どんな暴動でも1人で鎮圧させる”強者”。
一言で言い表すなら、”最強”。
みんなが信頼を寄せている”もう1人の先生”。
それらは誇張でも何でもなく、確かに彼のことを表していた。
「予定では5分で戻るはずだったが…かなり遅れてしまった。」
彼が呟く。その声には怒りも焦りもない。けれど、深く静かな悔いが滲んでいた。
「俺がここから動かなければ、お前たちが戦う必要もなかった。すべては俺の責任だ。」
そう言いながら、ゆっくりと歩みを進める。彼は前線にいた早瀬さんのさらに前に立ち、その長い刀の柄に手をかけた。
「だから、ここから先は――俺に任せろ。」
つづく
はい、ここまで読んでいただきありがとうございます。
まさか第一話がこんなに長くなるとは。黄泉先生の登場が少しだけ…。まぁ演出上仕方ありませんが、やはり彼がメインなのでね…。
誤字脱字を見つけたらぜひ教えてください。