今回は第七話ではなく、一旦便利屋の話をしようと思います。ここまで全くアルちゃんが関わってきてないので…。
いわゆる六・五話です。
アルちゃんってホント可愛いですよね。頑張って見栄を張ろうとしているところとか特に。
頑張れアルちゃん。負けるなアルちゃん。
プルルルルル プルルルルル…
事務所の一室で、黒電話が大きな音を響かせている。
何度も鳴り響くその音は、もはや耳障りを通り越して心を揺さぶる爆音のように響いていた。
一向に鳴り止む気配のないそれを前に、私…陸八魔アルは深いため息をついた。
「アルちゃんどうしたの? 電話出ないの?」
ソファに座ったムツキが、面白がるような、でも少しだけ心配そうな顔で問いかけてくる。
「………。」
私は何も言わず、ただ電話を睨み続ける。
「もしかして……クライアント?」
カヨコのその一言で、私は思わず眉をピクリと動かしてしまった。
「うわ…そりゃそんな顔にもなるわ。『失敗しました』の報告しないとじゃん?」
「アル様……。」
私の名を呼ぶハルカの声は、どこか震えていた。
ムツキたちの視線が集まる中、私は観念するように、ゆっくりと受話器を取った。
「…はい、便利屋68です。」
『…私だ。先日の依頼の結果を聞かせてもらおうか。』
受話器の向こうから、低く、感情のこもらない声が響いてきた。
「えっと……少し予想外の……その……」
『言い訳はいらない…。』
静かに、だが明確に遮られる。
胸の鼓動が早まり、背筋にぞわりと悪寒が走る。
言葉に込められた怒気はゼロ。それが逆に恐ろしかった。
「わ、私たちは予定通りアビドス高校を襲撃…。その際にアビドス生徒と戦闘を行い……」
喉が震える。でも、ここで嘘を吐くわけにはいかない。
「は、敗北しました。」
一瞬、沈黙が訪れる。
『……そこに、“死神”はいたのか?』
「し、死神……?」
初めて聞くワード。
誰かを表しているものだと考えたけど、それが誰かは分からなかった。
『…お前たちの言う、“黄泉”のことだ。』
「黄泉先生ですか……?いえ、彼の姿はどこにも……確認できませんでした。」
『ふむ…。それは、興味深い話だな。』
相変わらず感情の読めない声。だけど、何かを確信したようにも聞こえた。
『ところで、実戦はいつ行うんだ?』
「じ、実戦……!?」
思わず声が裏返る。心臓が跳ねた。
『あれはアビドスの力を探る、言わば練習だったのだろう? 違うか?』
「あっ、いや、も、もちろん実戦はすぐにでも……!えっと……」
脳が真っ白になる。視界の隅で、ムツキとカヨコが「え?」という顔をしてこちらを見ている。
でも、もう後には引けない。
「い、1週間以内には……!」
「!!」
「!?」
二人が露骨に驚いた顔をする。けれど私は、ただ電話口の沈黙が破られるのを待っていた。
『……結構だ。楽しみにしている。』
その一言だけを残して、ガチャン、と通話は切れた。
私は震える手で受話器を置き、椅子に沈み込む。
頭がぐらぐらする。肩もガクガク震えている。
「…やつれたねぇ、アルちゃん。」
ムツキが、椅子にもたれかかった私の顔を覗き込むように言った。
軽口のようでいて、その目はどこか本気だった。
「社長……まさか、また戦うの?」
隣で控えめに座っていたカヨコも、信じられないというように私を見つめていた。
それも当然だと思う。私自身、信じきれていないのだから。
「…あのクライアントは私も詳しく知らないけど、超大物なのよ。この依頼、失敗するわけにはいかないわ。」
私は気丈にそう言った。震えそうになる声を押し殺しながら。
「…だけど、アビドスの連中、思ったより強かったじゃん。それに『シャーレ』の先生が一緒にいるから、私たちだけじゃ無理だよ。」
ムツキの静かな指摘が刺さる。
「ましてやあの時は黄泉先生もいなかったし…。あの人が戦闘に加わったら、それこそ勝ち目ゼロだよ?」
「…お金も使い果たしちゃったんでしょ? そんな状態で、アビドスとどう戦うの?」
静かに、でも確実に胸の内を突き崩していくような言葉たち。
分かってる。分かってるの。ムツキもカヨコも、私を心配してくれているって。責めてるわけじゃないって。
でも――
「……方法なら、いくらでもある!」
気づけば私は、机を勢いのまま叩きつけて立ち上がっていた。
バン、と音が鳴った瞬間。ムツキがビクッと肩を震わせる。私の声は、もはや張り裂けそうだった。
「方法は作ればいいのよ…! だって私は…!」
私は……何?
言葉が途中で詰まり、喉が焼けつくように苦しい。
だけど、今更逃げることもできない。
重く張り詰めた空気の中、私は踵を返す。
「…ごめんなさい。少し外の空気吸ってくるわ。」
そう言い残して、私は静かに部屋を後にした。
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夕暮れが陰り、街の喧騒から取り残されたような場所に、ひとり腰を下ろしていた。
吹き抜ける風が冷たい。コンクリートに背を預けながら、私はぼんやりと空を見上げる。
「どうして私は…失敗ばかりなのなしら…。」
ぽつりと、声がこぼれた。
私たち便利屋68は“何でもやる”を売りにしているけれど――その実、私は何ひとつ“やり遂げられた”ことがないのかもしれない。
自分の実力も、判断も、運も、お金も―
全てが、足りない。
社長であるはずの私が、みんなに心配されて…助けられてばかり。
胸の奥に、鈍く重い痛みが広がっていく。
「アウトロー…ね。」
自分に言い聞かせるように口にしてみるけれど、どうしても現実の自分とはかけ離れている気がして、思わず小さく笑ってしまう。
「何にも縛られない、“自由なアウトロー”…。そんな存在に、私はなれないのかしら…。」
小さくつぶやいたその言葉に、また胸がきゅっと締めつけられた。
でも――
「……それは、ちがう。」
私は、膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
「自分で自分を疑うなんて……しちゃいけない。」
どうせ無理だと投げ出すのは簡単。でも、それだけは絶対にしたくなかった。
今も依頼は続いている。期限は1週間。
だったら、やるしかない。どうにかしてやってみせる。部下を率いる“社長”が、立ち止まっているわけにはいかない。
私は立ち上がる。ゆっくりと、でも確かに背筋を伸ばして。
もう、風は冷たく感じなかった。
「見てなさい、アビドス。このままじゃ終わらせないんだから。」
誰に言うでもなくそう呟いて、私は事務所に向かって歩き出した。
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翌日。私はオフィスにムツキたちを呼び出し、今後の動きについて説明した。
「――というわけで、まずは融資を受けるわ。」
私がそう告げた途端、部屋の空気が一気にどんよりと重くなった。
「…あのさ、アルちゃん。」
ムツキがやたら不安げな目を向ける。
「アルちゃんってたしか…ブラックリスト入りしてなかった?」
「違うわよ!」
即座に立ち上がってツッコむ。
「私は“指名手配されて口座が凍結された”だけ!」
言い方の問題じゃないと思うんだけど、とでも言いたげにムツキは口を開きかけた。
「……風紀委員会にやられたんだよ。」
カヨコがボソリと補足する。
私は机に肘をついて頭を支えながら、重い声で呟いた。
「風紀委員会め……ここまで痛めつけられるとは思わなかったわ……。」
「でもさぁ……そんな状態で、どこの銀行も貸してくれないでしょ?」
ムツキが呆れたように言う。
「う、うるさい!あるのよ、ちゃんと方法が!」
思わず語気を強めた私に、3人の視線が集中する。
「その方法って……?」
「……ブラックマーケットの銀行よ。」
静かにそう告げると、途端に部屋の空気が止まった。
カヨコの目が丸くなり、ムツキは「えぇ〜〜…」と息を漏らし、ハルカは何かを言いたそうで言えなかった。
「あそこ、貸す時はやたら親切だけど…返済が遅れると“取り立て”がえぐいって話だよ?」
「…貸してもらえるかも分からないけど。」
「分かってるわよ……でも、他に選択肢なんてないの。」
私の言葉に3人とも黙り込む。
その沈黙が、何よりも答えを示していた。
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昼下がりの銀行内。冷たい空調が微かに耳を撫でる。
私はロビーの長椅子に腰を下ろし、手をぎゅっと握り締めていた。
あちこちで聞こえる事務的な声とキーボードの音。
受付番号の呼び出しベルが、どこか遠くに響いている。
「……はぁ。」
ため息が自然に漏れた。
今、私は“便利屋68代表・陸八魔アル”として――
つまり“借金を申し込む側”として、この銀行に来ている。
その理由は、単純明快。
お金がなければ始まらないから。
新たな戦力の雇用から装備の補充まで。
ムツキやカヨコ、ハルカに無理をさせず、自分が責任を背負うなら――資金は必要不可欠だった。
「…絶対に回収できる。ううん、させてみせる。」
この依頼、成功すればかなりの額が手に入る。
その見込みがあるなら、いま少しだけ“未来”を前借りするくらい、どうってことないはず。
ふと、ガラス窓から差し込む昼の陽光が机に反射して、まぶしさに目を細めた。
頭の片隅では「これで本当にうまくいくのか」と何度も問いが巡っていた。
でも、考えても仕方ない。立ち止まる余裕なんて、もうないのだから。
隣に視線を向ければ、いつの間にか眠ってしまった部下たちが。私はそっと、ムツキのおでこを撫でてみた。
彼女は「むにゃ…」と小さく反応する。その姿が、なんだか愛くるしかった。
「…大丈夫。必ず私が何とかしてみせるから。」
私は深呼吸をひとつして、今度は受付票に目をやる。
もうすぐ、呼ばれる。
社長として、責任を背負う者として。
私は、立ち上がる準備をしていた。
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『番号札68番のお客様、1番の席へどうぞ。』
無機質なアナウンスに肩をすくめながら、私は番号札を握りしめて立ち上がった。
目の前に座る銀行審査員は、ぺらぺらと書類をめくっている。ロボットだからというのもありそうだけど…とにかく無愛想。
「お待たせ致しました、お客様。どうぞおかけになってください。」
こちらに気づいた審査員は指を揃えて手のひらを上に向け、座るように促した。
隣の席との間に設けられた仕切りの壁には「顧客第一」とかかれたポスターが貼ってある。だけど、そこに描かれた笑顔はどこか歪んでいるように見えた。
「では、順に確認させていただきます。お名前、陸八魔アル様。ゲヘナ学園の2年生──現在は“便利屋68”の代表者でいらっしゃると。」
「え、ええ。そうよ。」
「……ただいまのところ、こちらの便利屋は“書類上、財政破綻”という扱いになっておりますが?」
「ち、違うわよ! ちゃんと稼いでるわ! ただ…その……依頼料の回収が、まだで……!」
審査員は淡々と首を傾げる。ペン先で欄をトントンと突きながら、言葉を続けた。
「従業員数は社長を含めて4名ですが、室長に課長、そして平社員……。このあたり、肩書の無駄遣いでは?」
「そ、そんなことないわ! 肩書があると、それっぽく見えるじゃない……依頼も入りやすくなるし!」
「そして事務所の賃貸料。月額換算であなたの全資産の……六割を超えていますね。」
「し、仕方ないじゃない! ちゃんとしたオフィスじゃないと信頼されないし……!」
「では、その“信頼”は、これまでに何件の仕事に結びつきましたか?」
「………………。」
審査員は液晶の奥で小さく目を細める。
しばらく沈黙が流れた後──彼は、そっと書類を閉じた。
「……結論として、本審査では、融資は不可と判断させていただきます。」
「そっ、そんな…!」
「現状の財務体質と業務実績、信用状況を鑑みれば、当然の判断です。…なお、これ以上の再申請は意味を成しません。」
乾いた声でそう告げられた瞬間、胸の奥がズシンと重く沈んだ。
「お引き取りを。」
番号札が、指の間でくしゃりと折れる。
あまりに呆気なさすぎた。
わかってる。ぜんぶ私が悪い。ちゃんと稼げなかった。頼れる人もいない。無理だって、最初から分かってた。
でも。
でも――
(ムカつく…。もう大暴れして銀行のお金を持ち出しちゃおうかしら…。)
心に浮かんだその考えは、“本音”だった。
(……いや、それはダメね。)
冷静な自分が制止をかける。そう、そういう無謀が1番まずいことはよく理解している。
(ここからお金を持ち出せたとしても、ブラックマーケットから抜け出すのは至難の業……逃げ場なんて、ない。)
分かってる。分かってるのよ。
(……でも、もしかしたら案外大したことないかもしれない…。私たち、4人でなら……)
…違う。そんな希望、幻想よ。
(……やっぱ無理。ブラックマーケットを敵に回すなんて、できない……。)
ぐしゃ、と手で髪を握る。
指の先に触れる感触が、今の自分の弱さそのもののようで、やりきれなかった。
(何よこれ、情けない……。)
あの時、私は確かに誓った。
“キヴォトス1のアウトローになる”って。
悪党に怯えない、どんな理不尽にも正面からぶつかる、格好いい存在になりたかった。
銃よりも重たい“覚悟”を背負って、誰にも媚びずに、自由に生きる。
だけど現実の私は、融資だの資金繰りだのに頭を悩ませて、ペラペラの書類で門前払いされて、部下にさえ心配されて……。
「……ああ、もう……私、なにやってんのよ……。」
声が震えた。悔しくて、泣きたくなるほど。
そのときだった。
突然、視界が――真っ暗になった。
まるで停電のように、周囲の明かりが一瞬で落ちる。
銀行員や客のどよめきが聞こえ、次に響いたのは銃声。
何かが割れる音と誰かの短い悲鳴が聞こえた。
わけも分からず、私は慌てて地面に伏せた。
少しして、銀行内に光が戻る。そこにいたのは―
「全員、その場に伏せなさい!持っている武器は捨てて!」
覆面を被った、完全武装の……”生徒たち”だった。
(……え?)
声が出ない。
今、目の前にいるのは――私の理想を、そのまま体現したような存在だった。
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マーケットガードは既に倒れており、強盗を制圧しようとする者はいなかった。さらには外部への通信も遮断しているらしく、銀行側は完全にお手上げの状態。
しかし彼女たちは至って冷静。
まるで、全てが“予定通り”とでも言うかのように。
目の前で展開される、完璧な連携。
…その時、私の中の何かが爆発した。
(や、ヤバーーい!!この人たち……なんなの!? ブラックマーケットの銀行を、正面から襲うなんて――!)
この地下社会の奥底にある金融機関に、こんな大胆な手口で挑むなんて。そんなの、聞いたことない。いや、普通は考えもしない。
それをやってのける人たちが――今、目の前にいる!
(ど、どう逃げるつもりなの……!?それ以前に、こんな大胆な計画を立てるアウトローが、まだ存在してるなんて!!)
覆面の少女たちは手際良く銀行を支配したかと思えば、すぐにバッグを銀行員に渡し、お金を入れるよう指示している。
動きに一切の無駄がない。感情も乱さず、それぞれが何をすべきかを完全に把握している。
(めちゃくちゃ手際いいし、超プロフェッショナル!!まるでこのためだけに生まれてきたみたい!!)
口元が自然と緩む。興奮で手が震えてきた。
(カッコいい…! シビれる…!これぞまさに――”真のアウトロー”!!)
バクバクと胸が高鳴る。
まるで初めて“夢”を見つけた時みたいに、心が熱くなる。
(私の目指していたのは、まさに彼女たちそのもの!自由で、怖いもの知らずで、誰にも縛られない存在!)
何者かなんて関係ない。彼女たちは、すでに“伝説”の領域に足を踏み入れていた。
「ブルー先輩!ブツは手に入った!?」
「うん、確保した。」
「それじゃあ逃げるよー!全員撤収!」
受け取るものを受け取った生徒たちは、風のように銀行を後にした。
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「絶対に逃がすな!マーケットガードに連絡しろ!」
銀行員の怒声が飛び交い、警報のランプが回り出す。
…だけど、私は立ち尽くしていた。
視界が真っ暗になってから、わずか数分で銀行は完全に制圧された。
全てが夢のようだった。短い時間の中で、彼女たちは完璧にやってのけたのだ。
ブラックマーケットの銀行を襲撃して、たった五分で撤収という、とんでもない強盗劇を。
「なに、あれ……夢?」
呟いた自分の声さえ、遠くに聞こえた。
「アルちゃん!」
「社長、しっかりして!」
「アル様!」
ムツキ、カヨコ、ハルカの声が聞こえる。
肩を揺らされて、ようやく現実に引き戻された。
「……あ。いけない、早く……!」
「えっ、どこ行くの!? 危ないよ!」
「行かないと……!お礼言わなきゃ!」
言い残して、私は駆け出していた。
ただ、追いかけたかった。
あの“伝説”の正体に、少しでも近づきたかった。
だけどその途中で、私は異変に気づいた。
「……!」
路地の一角で、銃声がこだましている。
(まさか、さっきの強盗たちが…!?)
建物の影に隠れ、気づかれないように覗き見る。
そこでは、マーケットガードの兵士たちを相手に、ひとりの男がナイフ1本で立ち向かっていた。
銃撃が飛び交う中、彼はただ静かに動いている。
無駄のないステップ、鋭い腕の軌道、
息すら殺すような空気の中で、弾丸を避け、ナイフで弾き返している。
(な、何者…!? あの人も強盗の仲間なの…!?)
声にならなかった。
このタイミングでマーケットガードとやり合っていることから、強盗の仲間だと考えたけど…。彼の強さは尋常じゃない。
なんで銃に対してナイフ1本で渡り合えるの…?
ふと、ナイフの男がこちらに視線を向けた気がした。
「やばっ…!」
後ろ髪を引かれる思いで、私はその場を離れる。
あの人はただ者じゃない。けど、それを確かめている時間はない。
急がないとあのアウトローたちが行ってしまう。
私は、ブラックマーケットの出口へと急いだ。
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「はぁっ……はぁっ……!」
息が切れそうだった。
でも足は止まらない。だって、絶対に追いつきたかったから。
(この道で合ってるはず……!)
角を曲がった、その時だった。
「……!」
前方にさっきの“強盗”がいた。異なる色の覆面を被っているため、分かりやすい。よく見ると、隣には黒い服を着た人がいる。
間違いない、あの人はさっきマーケットガードと戦っていた人だ。…私のほうが先に出口に向かっていたのに、なんでここにいるんだろう?
言いたいこと、聞きたいことが色々あるかど、あちらはそれどころじゃない。勢いのまま近づく私に、青い覆面の子が即座に反応する。
銃のトリガーに指がかかるのが見えた。
「ま、待って!私は敵じゃない!敵じゃないから…!」
慌てて両手を上げて、全力で首を振る。
ブルーはほんの一瞬だけ銃を構えたけど、すぐに解除してくれた。
よかった……撃たれるとこだった。
そして私は、呼吸を整える間もなく言葉を吐き出した。それだけ、早く伝えたかった。
「ブラックマーケットの銀行をたった五分で制圧して、見事に撤収…。もう……稀に見るアウトローっぷりだったわ!!」
みんなの動きがピタッと止まる。
「正直、すごく衝撃的だったというか、感動的だったというか…!」
「私、ずっと憧れてたの。誰にも縛られない、自由な魂――真のアウトローってやつに!」
覆面の少女たちは何も言わない。少しハイテンションすぎたかしら…? だとしたら恥ずかしい!
私は一度、コホンと咳払いをして、間を作った。
「そういうことだから…な、名前を教えて!」
そう言ってまっすぐ彼女たちを見つめる。
「組織っていうか、チーム名とかあるでしょ?正式な名前じゃなくてもいいから、私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!」
「…分かりました!」
これまで黙っていたアウトローたちだったけど、ついに口を開いてくれた。
「私たちは人呼んで……覆面水着団!」
グリーンの覆面を被った生徒が誇らしげに答える。
「覆面水着団!? 超クール!カッコ良すぎるわ!」
「うへ〜、本来はスクール水着に覆面が正装なんだけど、緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだ〜。」
ピンクの生徒がケロッとした声で補足してくれる。
「普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです!」
「そして私はクリスティーナだお♧」
「だお♧…!?キャラも立ってる!」
ああ、私の知ってるアウトロー像を全部飛び越えてる……!
この世界に、”本物”がいたんだ!
そんなふうに感動していた私だけど…気になっている存在が1人。それは…
「……。」
黒い服に身を包んだ男の人。なんというか――闇夜そのもの。全身黒いからかもしれないけど、静かな威圧感がある。
そしてなにより……圧倒的にカッコいい。
私は彼に視線を向けたが、何も言わず背を向ける。そして、そのまま立ち去ろうとしていた。
「……あっ、待って!」
思わず私は声をかけた。
気づけば、さっきの興奮がまた胸の奥から湧き上がっていた。
「ごめんなさい、フードを被ったあなたにも聞きたいことがあるの。」
彼は無言のまま首を傾けた。
肯定として受け取り、話を続ける。
「さっき…マーケットガードを、たった一人で相手にしていたでしょ?しかも、銃じゃなくて、あの小さなナイフ1本で…!」
「あなたは…いったい何者なの?」
彼は少しの沈黙のあと、何かを言いかけて――
「この人は、私たちを育ててくださった師匠だよ〜。」
ピンクの方が、どこかニヤニヤしながら答えた。
「し、師匠!?」
「そうです!あの”黄泉先生”とも対等に渡り合える、とてもすごいお方なのです!」
グリーンの方も続いて答えてくれる。
一瞬、何かの冗談かと思ったけれど、あの動きは人の域を遥かに超えている。彼女の言っていることは本当かもしれない…。
「そんなすごい人が、キヴォトスに…!?」
正直言って、私はもう、興奮と混乱でわけが分からなくなっていた。だけど、続く言葉は確かに自分の意思で言ったものだった。
「私を弟子にしてください!!」
その声は、我ながら少し震えていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……顔を上げろ、陸八魔アル。」
「えっ……わ、私の名前を……?」
驚いたように目を見開く私に、男は静かに言葉を重ねる。
「お前の噂は前から耳にしている。依頼に失敗しても腐らず、何度でも立ち上がる――アウトローにしては珍しい努力家だとな。」
「……そ、そんな……私は……」
師匠である彼の評価が、深く胸に刺さった。
そして私は小さくかぶりを振る。
「私は……努力家なんかじゃありません。ただのポンコツです…。いつも依頼は失敗続きで、部下にまで迷惑をかけてばかりで…。」
「だけど…便利屋の”社長”として、あの子たちの前で情けない姿は見せたくない……見せられないんです!」
目を伏せながら、私は必死に声を震わせた。拳を握り、ぐっと唇を噛む。
「どうか、あなたの下で学ばせてください!私に――真のアウトローの生き様を、教えてください!」
風が吹いた。
夕暮れ前の空気に、彼の服が静かに揺れる。
「……お前の気持ちは、よく伝わった。」
彼の言葉に、心が飛び跳ねたのを感じた。
だけど…
「だが、断る。」
「えっ……?」
彼は遠慮することもなく、きっぱりと答えた、
「そもそも、お前はアウトローに向いていない。」
「ど、どうして…!?」
「理由は単純だ。お前は悪事を働くことに抵抗を感じている。違うか?」
図星だった。
私は何も答えることができず、俯く。
思えば、前のアビドス襲撃でもそうだった。
私たちはアビドスのラーメン屋さんを訪れた際に、アビドスの生徒と出会った。まさか彼女たちがアビドス生徒だとは知らず、仲良く話してしまった。
それが頭をよぎり、本気で攻めることができなかった。
「…そんな中途半端な奴を弟子にはできないな。」
そう言われた時…私の目から、涙が零れ落ちた。
夢を否定されたみたいで、とても悔しかった。だけど、それが事実だった。
…やっぱり、私はアウトローにはなれないんだ。
そう心で考えてしまった、その時―
「……1つ、教えてやる。」
低く落ち着いた声が、胸の奥に響いた。
「アウトローとは、すべてが“悪”というわけではない。」
「……え?」
思わず聞き返す。
「先程グリーンが言っていたが、俺たちは“悪”を葬るために悪事を働く怪盗。世間からすれば決して良い集団とは言えないが……それでも、俺たちは俺たちなりの方法でキヴォトスのために戦っている。」
その言葉に、私はハッとする。
なんていうか…まるで、心の奥底を見透かされていたみたいで。
「お前は…その道の方が合っていると思う。」
彼の言葉に、胸が熱くなった。
まるで、私の可能性を――誰よりも信じてくれてる気がした。
「…まぁ、お前の好きな方を選べ。他人の進む道に、俺がとやかく言う権利はない。」
その背中は遠く、だけどたしかに導いてくれていた。
ああ、この人は……やっぱり“先生”なんだ。
たとえ名乗らなくても、正体を明かさなくても。
私はもう、心で理解してしまった。
この人が、他の誰よりも“先生”であることを。
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「あっ、いた!」
覆面水着団たちが太陽に向かって走り出して少し経った頃。振り返ると、ムツキとカヨコ、それにハルカがこっちに駆け寄ってくるのが見えた。
「…アル様? どうして泣いてるんですか?」
ハルカがそっと顔を覗き込んでくる。涙を拭ったつもりだったのに、どうやら見られてしまっていたらしい。
「ちょ、もしかして……さっきの覆面どもに何かされた!?」
ムツキがぐっと眉を寄せて、苛立ちを見せる。
「落ち着いて、ムツキ。」
私は静かに首を振った。
「違うの。あの人たちは――敵じゃない。」
3人はきょとんとした表情でこちらを見ていた。私は少しだけ息を整えてから、ぽつりと呟いた。
「ねぇ、みんな…。どうしてクライアントは、アビドス高校を襲撃しろって依頼してきたと思う?」
「へ?」
「…?」
さすがのムツキとカヨコもピンときていない…というよりも、私の質問の意図を理解していないようだった。
「わ、私たちは言われた通りに動いただけで…深くは考えてなくて…。」
ハルカもそっと言葉を添える。
「私の予想だけど…この件の裏には大きな“闇”があると思ってる。」
3人は目を丸くした。ムツキなんかは、あからさまに「何言ってんの?」みたいな顔をしてた。
「…ごめん、社長。何の話してるの?」
「クライアントの依頼を断ろうって話よ。」
そう言ったとき、自分の中の何かが決定的に変わったことを、私は確かに感じていた。
一方、不意に放たれたその言葉に、ムツキがぽかんと口を開ける。
「…そりゃまた、どうして急に?」
一拍の沈黙の後、私は微笑んで答える。
「”先生”…いや、”師匠”の言っていた事を信じてみようと思うの。」
“悪”を葬るために悪事を働く。
あの人が教えてくれた、新たな生き方。
あの話を聞いて、私もそうありたいと強く思った。
もう、“金のために何でもやる”なんて生き方はしない。それでもアウトローでいることは、きっとできる。
そう信じられるくらいには――私は、変われた気がした。
「…そっか。」
その空気を感じ取ったのか、ムツキはふっと笑った。
「アルちゃんがそう言うなら、そうしよう。」
「うん。社長の言うことは絶対だもんね。」
カヨコもいつもの落ち着いた声で言い、ハルカも隣で小さく頷いた。
誰も問い詰めるようなことはしない。誰も笑わない。
ただ、私の決断を信じてくれる。
「ありがとう、みんな。」
胸の奥で、何かがふっと軽くなった気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕暮れ時。みんなで事務所に帰ろうと話していた時だった。
「あ、あの…。」
ふと、ハルカが小さな声で私たちを呼んだ。
「どうしたの?」
カヨコが問いかけると、ハルカはそばにあった大きな黒いバッグを指差す。
「えっと…たぶん、覆面の人たちが置いていったみたいなんですけど…。」
「すごく大きいね。何が入ってるんだろ?」
パンパンに膨れ上がったバッグのファスナーを、ムツキが慎重に開ける。その中にあったのは―
「!?」
「ひょええ!?」
「これって…!」
その中に入っていたのは……大量の札束だった。
「えええーっ!?」
まさか、覆面水着団の忘れ物?
でも、こんな大金を盗んだのに忘れるわけ…。
「…取りに来る気配もないんだし、もらっちゃえば? 拾得物ってことでさ。」
そんな事を考えていると、ムツキが言った。
確かにこれは落とし物。ムツキが言うように、覆面水着団も取りに戻る気配が無い…。
「ま、まさか、私たちの事を思って…!」
「それはないと思う…。」
私の考えはカヨコによって一瞬でかき消された。
再び私はバッグの中をじっと見つめ、唇を引き結ぶ。
「とは言え、こんな大金…私たちじゃ、扱いきれない…。」
学生が持つお金にしてはあまりに多すぎる。それが逆に不安になって、どうすれば良いのか分からなくなった。
その時だった。
「……もしかして、もう食事抜かなくてもいいんですか?」
ぽつりとハルカが呟く。
その一言が、やけに胸に響いた。
全員の視線がバッグの中に向けられる。
そして私は深くため息をつき、決心した。
「……ありがたく、いただきましょう。」
「え、ホントに…?」
カヨコが不安そうな表情を浮かべる。
「これは、神様が私たちの新しい出発を祝ってくれているに違いないわ。それに、ここで怯んでたらアウトローの名が廃るもの!」
私は静かに、だけど力強く笑った。
ムツキとカヨコも、少しずつ笑顔を取り戻していく。
「よーし、今夜は焼肉よ!特上カルビ、霜降りロース、なんでも好きなだけ頼みなさい!」
「やったー!」
「わ、私…レモネードも頼んでいいですか…?」
「ええ!好きなだけ飲みなさい!」
私たちは仲良く笑いながら、バッグを抱えて路地を抜けていく。
その背中には、ほんの少しだけ、”運命を変える追い風”が吹き始めていた。
つづく
そう言えば、原神で新キャラが発表されてましたね。
ちょっと名前は忘れてしまいましたが、恐らくナド・クライのキャラでしょう。
どことなくメカ感があって良いと思いました。
ゼンゼロでは、チーフーフーが来ますね。
お試しとかで何度も登場している彼女ですが、僕はイマイチ性能が分かってないです。しかし、可愛いので引きます。
最後に、次回こそ第七話を投稿します。
僕自身も、どうなるのかワクワクしてます。どうぞお楽しみに。
誤字脱字があったら、ぜひ教えてください。