この度、お気に入り数が50を突破しました!
こんなパッと思いついただけの小説を読んでくださり、本当にありがとうございます!
これからも皆さんに楽しんでいただけるよう、頑張ります!
『アコ…。今、どこ?』
通信端末の奥から聞こえてくる声。
それは間違いなく、我らが風紀委員会長――空崎ヒナの声だった。
「わ、私は…その…ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを…!」
ホログラムのアコ行政官の声は、明らかに動揺していた。
焦りを抑えきれず、早口になっている。
ここまで狼狽する彼女は…初めて見たかもしれない。
「い、委員長こそ、出張は…!?」
『さっき帰ってきた。』
ヒナ委員長の返答は静かで短い。けれどその一言一言が、アコ行政官の誤魔化しを正確に削り取っていく刃のように感じられた。
「そ、そうでしたか…! その、私、今直ぐに処理しなければいけない用事がありまして…!」
彼女は必死に繕おうとしていた。だけど…それはもう手遅れだった。
『…パトロール中なのに? 何かあったの?』
「そ、それは…!」
委員長の声が、一層鋭くなる。
そして――
『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?』
「………え?」
アコ行政官の口から洩れた間の抜けた声が響く。
その瞬間、まるで冷たい風が吹き抜けるように、私たちの前に一人の人物が現れた。
白銀の髪、鋭い視線。そして、あの独特の気配。
――ヒナ委員長が、目の前に立っていた。
「…ねぇアコ、これはどういう状況?」
ヒナ委員長がアコ行政官に問い詰めようと、一歩踏み出したそのときだった。
「――やはり、ヒナだったか。」
落ち着いた声と共に黄泉先生が現れた。彼の隣にはイオリの姿も。
傷ついた様子はない。むしろ、やりきったような顔で、どこか清々しい表情を浮かべていた。
「…って、委員長!?」
委員長の姿にようやく気づいたのか、イオリが驚きの声を上げた。
だけどその動揺も一瞬だけ。
ただならぬ雰囲気を感じたのか、無言で一歩下がり、黄泉先生の背に視線を預けた。
まるで、「あとは任せた」とでも言いたげに。
「久しぶり、黄泉先生。」
「…挨拶は後だ、ヒナ。まずはこの戦いを終わらせる。」
「それもそうね。」
2人の間には、長年積み重ねてきた信頼のようなものを感じた。会話は必要最低限――けれど、それで充分だった。
「戦闘終了。すぐに武器を下ろせ。」
「全隊、攻撃中止。」
それぞれが指示を伝えると同時に、さっきまで響いていた銃声が、嘘のように消えた。
混沌と化していた戦闘を一言で終わらせるなんて。
さすがは委員長。そして――黄泉先生。
その静寂の中、委員長がアコ行政官の方に向き直る。
「…さて、アコ。」
「は、はいっ…。」
「この状況、きちんと説明してもらう。隠し事はするだけ無駄よ。」
その声は淡々としていたけれど――瞳の奥に浮かぶ怒りの色は、隠せていなかった。
これぞ、ゲヘナ風紀委員会を束ねる“鬼”の顔…。
そしてその横には、黄泉先生も立っている。無言で、だが確かな威圧感を放ちながら。
アコ行政官――この2人の前に立つ今、どんな気持ちなんだろう。その心境を想像しただけで、少しだけ同情してしまいそうになった。
「せ、説明させてください、委員長! これはあくまでも便利屋の逮捕が目的でして…。」
「…その便利屋はどこにいるの?」
委員長の声は静かだった。でも、それだけに重い。
アコ行政官が思わず言葉を詰まらせたその時だった。
――ザッ。
「……!」
風に砂が巻き上がる音とともに、アビドスの生徒たちとハルト生徒、そして――便利屋68のメンバーが姿を現した。
逃げも隠れもせず、堂々と――。
彼女たちはもう逃げない。
敵に背を向けるのは終わりにしたと、その瞳が語っていた。
「……嘘ではないようね。」
ヒナ委員長がポツリと呟いた。その視線は便利屋に向けられたまま、まるでその”在り方”を見ているようだった。
「だけど、アコ。」
そのまま、今度は明確な問いが放たれる。
「便利屋を逮捕するだけのために、ゲヘナ風紀委員会の全隊を出動させたの? それも、他校の自治区に。」
その瞬間、冷たい風が吹いた。
「…本当の目的は何?」
沈黙が、場を支配する。
「そ、それは……」
アコ行政官は口を開き、何も言わずに閉じた。
ハルト先生を人質に取ろうとしていたことが知られたら、反省文どころの話ではなくなる。
そのことが頭をよぎり、躊躇ったのだろう。
「…いや、やっぱりいい。」
委員長が目を瞑って言った。
「だいたい把握したから。」
その声は、冷たくも強くもなかった。ただ、明確な”終わり”を告げる響きを持っていた。
「便利屋の逮捕は建前。真の目的は…ゲヘナにとっての不安要素の確認とその排除。そういうことでしょ?」
アコ行政官の唇が小さく震える。
それでも彼女は、逃げなかった。
「……はい。」
俯いたままそう返す姿に、私は言葉を飲み込んだ。
少しでも誤魔化そうとしたなら、委員長の機嫌がさらに悪化していたかもしれない。
「……はぁ。」
ヒナ委員長が、小さく息を吐いた。
「……あのね、アコ。私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃないの。そういう大義名分つきの政治的な問題は、”万魔殿”のタヌキたちに任せておけばいい。」
その言葉にアコ行政官は目を見開き、すぐに目を伏せた。委員長はそれ以上は言わなかった。
「詳しい話は後で。……通信を切って、校舎で謹慎してなさい。」
「……はい。」
そのまま、彼女のホログラムは静かに揺らめき――スッと、消えた。
「……はぁ。」
委員長が、また小さくため息をついた。
それは、アコ行政官に対する失望のため息ではない。彼女を止められなかったことへの無力感に近いものだった。
そして委員長は、無線に手を伸ばす。
「即時撤退を開始。非戦闘状態に移行しなさい。ただし、中央部隊はその場で待機していなさい。」
その一言だけで、風紀委員たちは動き始めた。
私たち中央部隊は待機…。おそらく、便利屋の処遇について話し合うのだろう。
アビドスは「便利屋の処遇は私たちが決める」と主張していたけど…どうなるのだろう。
ふと顔を上げると委員長は静かにその場に立ち、アビドスと便利屋の面々をまっすぐに見つめていた。
「さて……色々と聞かせてもらいたいのだけど、いいかしら?」
その声は、穏やかだけど決して軽くはなかった。
風紀を守る長として、本音を探る時間が始まろうとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
薄曇りの空の下、荒れたアビドスの大地に、静かな緊張が走っていた。
向かい合う二つの陣営――
その中心に立つのは、ゲヘナ風紀委員長・空崎ヒナさん。そして、その隣には黄泉先生。
対するは、便利屋の四人とハルト先生。さらにその背後には、私を含めた4人のアビドス生徒の姿があった。
柴大将は被害を受けた店の様子を見に向かった。
また、ホシノ先輩も未だに姿を現す様子はない。
「……揃いも揃って、妙な組み合わせね。」
ヒナさんの低く澄んだ声が、乾いた空気を震わせた。
その視線は真正面、便利屋たちに向けられている。
「説明してもらえる? どうしてアビドスと便利屋、それに……シャーレの人間が一堂に会してるのかしら?」
その一言に、場の空気がわずかに張りつめた。
「…現在、シャーレはアビドスと一定の協力関係を結んでいる。」
「協力関係……?」
ヒナがわずかに眉をひそめる。
「アビドスは人手も資源も足りていない。だがそれ以上に、無視できない”何か”がこの地にある。」
「シャーレは、その『不確かな脅威』を調査・管理する立場として関与している。もちろんアビドスの了承の上でだ。」
「つまり、シャーレはこの街における”治外法権の立場”ではなく、正式な関係者……ということ?」
「その認識で構わない。」
黄泉先生が落ち着いた声で返すと、すっと横に視線を送った。その視線の先にいたのは、便利屋のひとり――アルさんだった。
アルさんは深く息を吸い、はっきりとした声で続けた。
「ここにあるお気に入りのラーメン店で食事をしていた時に、風紀委員会が現れた。その後にアビドスのみんなと合流して、共通の敵ってことで一緒に戦った。ただそれだけ。」
ヒナさんは言葉を返さず、黙ってアルさんを見据えた。まるで、その真意を計るように。
少ししてヒナさんは一歩前に出る。
そして、冷ややかな声でこう告げた。
「…私としては、このままあなたたちを逮捕したいところだけど。」
その一言で、場の空気が一気に張り詰めた。
便利屋のみんなはわずかに身構え、セリカちゃんも無意識に拳を握っていた。
私は一度深く息を吸ってから、一歩前に出た。
「それは、認められません。」
ヒナさんがわずかに目を細める。私はその視線に耐えながら、続けた。
「便利屋の処遇は、アビドス対策委員会――そしてシャーレの判断で決めさせていただきます。」
一拍の沈黙の後、ヒナさんが低く言った。
「……へぇ。」
彼女は目線を逸らさず、じっとこちらを見据える。
「今回の件、確かにアコの判断は軽率だった。こちら側の落ち度も認めるわ。でも…」
彼女は少しだけ表情を崩し、わずかに声の温度を落とした。
「あなたたちが、風紀委員会の公務を妨害したのは事実。たとえそれが正義だと信じていてもね。」
正論だった。私はすぐに言葉が返せず、何かを探すように便利屋のみんなの方を見た。
その時、セリカちゃんが私の隣に並び、はっきりとした声で言った。
「それがどうかしたの?」
「私たちの意見は変わりませんよ。」
セリカちゃんとノノミ先輩が前に出る。
どちらも主張を譲らない。私はその間に挟まれながら、心の中で小さく震えた。
でも、それでも――言わなきゃいけない。
これだけは、きちんと、はっきりと伝えなければならない。
「…どうしてそこまで、便利屋を庇うの?」
ヒナさんの問いは、責めるというよりも、ただ真実を求めるものだった。
だけど、私は言葉を詰まらせてしまった。
私たちが一緒に戦っていたのは、風紀委員会という共通の敵がいたからだ。その敵が去った今、便利屋と一緒にいる意味もない。
だけど、それはできなかった。この短時間の戦闘のなかで、私たちの間には、確かな絆ができていた。
一緒に戦い、アビドスを守ってくれた便利屋を見捨てるなんて、できない。
「それは――「俺たちが、便利屋を信じているからだ。」」
私が話そうとした時、黄泉先生が言葉を遮った。
黄泉先生は私に視線を送ってきた。まるで「俺に任せろ」と言っているような気がした。
「少し前のことだ。アビドスの”地域安全訓練”の一環で、“銀行防衛シミュレーション”に挑んでいた。俺たちは銀行強盗の役としてだ。」
「まぁ…正確には訓練というより、こいつらが地域の自警活動の延長でやっていただけなんだが。」
一瞬、何の話か分からなかったけど、すぐに理解した。
おそらく黄泉先生は、ブラックマーケットの銀行を襲った時の話をしている。私たちが本当に強盗したことを悟られないように、噛み砕きながら。
「銀行強盗自体は成功という流れに終わった。だが、偶然その場に居合わせたアルが、“あなたたちの下でアウトローの生き様を学ばせてほしい!”と、飛び込んできた。」
「聞けばアルは、失敗続きで部下に迷惑ばかりかけるのが悩みのタネだったらしい。」
「そこで言ってやった。お前は”悪事を働く”のではなく、”悪を葬るアウトローになれ”とな。」
「そう言った後のアルの目は確かな決意を持っていた。もうこれまでの過ちは繰り返さないと、俺は考えた。」
黄泉先生の話に、私たちは何も言えなかった。正直、かなり強引だなとは思った。
しかし、一気に語りきった黄泉先生の横顔は、まるで最初からこの瞬間のために準備していたかのようだった。
「……そう。」
ヒナさんは目を瞑り、考える様子を見せる。
少しして目を開けた彼女は、真っ直ぐ黄泉先生を見つめた。
「先生は優しい人だから、便利屋を信じるって気持ちになるのも分かる。だけど、彼女たちの過去の罪は消えない。」
彼女の言葉は穏やかだったけれど、そのまなざしは真っすぐで、鋭い。
「その点、どう考えているの?」
問いかけられた黄泉先生は、わずかに目を細めた。
しばらくの沈黙。
けれどその沈黙の先に返ってきたのは、決して曖昧な答えではなかった。
「…罪を犯した生徒は学園の監視下に置き、奉仕活動をさせるのがルールだったな?」
「? ええ、そうよ。」
「ならば――便利屋は、シャーレの監視下に置く。」
「!?」
「えっ!?」
「せ、先生!?」
ヒナさんだけでなく、私たちも耳を疑った。黄泉先生以外、誰もが一様に驚いた表情を浮かべていた。
でも、黄泉先生の目は揺るぎない決意に満ちていた。
「この場合、管理責任は俺とハルトにある。便利屋は俺たちと共に行動し、これまでの罪を償いながらキヴォトスのために活動する。そして、自分の意志で新たな未来を歩んでいく。」
まるで、最初からそのつもりだったように。
「……なるほど。」
ヒナさんは一度目を閉じ、息を吐いた。
その後、静かに一言だけ口にした。
「“奉仕活動”の一環として…シャーレとの任務協力。規約違反ではないわね…。」
そうして考え込むこと数分。
ついにヒナさんが目を開けた。
「…黄泉先生のことは元から信頼してるし、ハルト先生もチナツを通して話は聞いてる。」
ヒナさんはそう言って、静かに視線を移す。
その目線の先――それは、便利屋のリーダー・アルさんだった。
「どちらも、生徒を疑うような先生じゃない。もし二人を裏切るような行動を取った場合…」
そこまで言って、ヒナさんの目が鋭さを増した。
「――分かってるわよね?」
一瞬、空気が張り詰めたように感じた。
でも、アルさんは怯むことなく、その視線を真正面から受け止めた。
「ええ。絶対にそんなことしないって、みんなに誓うわ。」
その声に、迷いはなかった。
ヒナさんはそれをしばし見つめてから、わずかに呼吸を整え、前に出る。
そして、静かに、でもはっきりと――深く頭を下げた。
「事前通達無しでの無断兵力運用、並びに他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。」
「これらについて、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナよりアビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する。」
その言葉はただの形式ではなかった。
心からの謝罪だと、私は思った。
「今後、風紀委員会がここに無断で侵入することはないと約束する。」
そして顔を上げ、視線を黄泉先生とハルト先生へ向ける。
「便利屋の4人を、よろしくお願いします。」
任せたわ、と言うように、ヒナさんは背を向け、静かに歩き出した。
その背に誰も声をかけなかった。
かけられる空気じゃなかった。
去っていくその一瞬、ヒナさんが黄泉先生に何かを耳打ちするのが見えた。
でも――それが何だったのか、私は聞かなかった。聞くべきじゃない気がした。
今日はもう、難しいことは考えたくなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夕暮れの風が頬を撫でた。
焼け落ちた瓦礫の匂いが、静かに町に満ちている。
もう、これ以上ここで話すことはなかった。
「みなさん、今日はこれで解散にして、また明日学校で話し合いましょう。」
アヤネの提案に、誰もが無言で頷いた。
長く、激しい戦いの後で、彼女たちには心にも体にも休憩が必要だった。
無用な対立は終わった。
今は、互いに整理すべきことが山ほどある。
アビドスの連中が「さようなら」と言って背を向ける。すると、便利屋の4人がこちらへ歩み出てきた。
アルが真っ直ぐに俺を見て、深く頭を下げる。
「…先生。あの日の言葉を信じてくれて、本当にありがとう。」
その声に、他の三人――ムツキ、カヨコ、ハルカも黙って頭を下げる。
ハルトは微笑んで頷き、俺は腕を組んだまま、少しだけ目を細めた。
「…お前たちが正しい道を選んでくれれば、それでいい。」
俺はそれきり言葉を閉じ、少しだけ間を置いて続ける。
「お前たちの部屋はこちらで用意しておく。明後日の朝、荷物を取りに行くからな。」
「はーい!」
シャーレの監視下に置くというのに、どこか嬉しそうなムツキ。いつでも明るいところはこいつの良いところだが、そろそろタイミングを覚えてほしいところだ。
「…では、また明日。」
”みんな、さようなら。”
そう言って背を向けると、便利屋の連中から「さようなら」と声が帰ってきた。
やがてその声は、夕焼けに溶けて消えていった。
それからしばらく歩き、シャーレに続く道に足を踏み入れた頃には、空に星が散りばめられていた。
俺とハルトは何も話さず、ただ足を動かす。
闇夜に足音が響く。
しばらくして、俺ふと足を止めた。
「…アビドス砂漠だ。」
”……え?”
突然の発言に驚いたハルトが、俺に顔を向ける。
「ヒナからひとつ情報を受け取った。カイザーコーポレーションが、アビドス砂漠で動いているらしい。」
”やはり、カイザーがアビドスを…?”
「それは黒で確定だろう。だが、奴らが何を企んでいるのかまでは分からない。」
それからハルトはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
”…明日にでも動きますか?”
その声音には、焦りと決意があった。
どちらも、生徒たちのためを想う心から来るものであり、アビドスを救いたいという強い思いが読み取れた。
だが――
「…そうしたいのは山々だが、他にやるべきことが山積みだ。」
「便利屋の受け入れもある。破壊された柴関ラーメンの店もなんとかしなければならない。ましてや、アビドスの連中にこれ以上情報を与えるのは悪影響だ。」
”……そうですね。”
ハルトの返事を聞きながら、俺は再び歩き出す。
夜の町は静かだった。
その静けさが、嵐の前の静寂でなければいいと少しだけ願いながら――俺は、前を見据えた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝の空気は、いつになく澄んでいた。
空は満天の青空で、私たちの新たな出発を応援しているようにも見える。
「よーし、あと少しで終わりね。」
私たちは事務所の荷物を全てまとめ、黄泉先生の到着を待っていた。
今日、私たちはシャーレに引っ越す。
そこでは黄泉先生とハルト先生の監視下に置かれるって話だけど、私たちの自由は保証してくれた。
私たちは主に先生の手伝いだったり、暴動の鎮圧のために動くことになるって先生から聞いた。
私たちに未来を見いだし、期待してくれている先生の思いに応えるために頑張らないと。
「ねぇアルちゃん。これどうするの?」
ムツキが持ってきたのは私が書いた習字の傑作品、”一日一惡”だった。
かつての私なら「絶対に捨てちゃダメ!」とか言ってたんだろうけど…今は違う。
「…それはもういらないわね。燃えるゴミでいいわよ。」
「はーい。」
悪事を働くのはもうおしまい。これからはキヴォトスのために頑張るって、黄泉先生やヒナ委員長に誓ったんだから。
「………。」
ふと、綺麗になったかつての事務所を見て、色々思い出す。ここで暮らして、もうどれくらいになるんだっけ。
便利屋としての仕事はトラブルばかりだったけど、それでも仲間と笑って過ごした日々が確かに、ここにあった。
「…今まで、ありがとう。」
みんなに聞かれたら恥ずかしいから、できるだけ小さな声で言った。
すると、白いトラックが1台、事務所の前で止まった。大きく描かれた「シロネコ急便」のロゴと、ピカピカに磨かれた車体が朝日に反射してまぶしい。
トラックが停まり、作業服姿のロボットが三体、テキパキと降りてきた。
「おはようございます! シロネコ急便です!」
明るすぎるその声に、私たちは一斉に目を瞬かせた。
「…なにかお願いしてたっけ?」
思わず首を傾げたそのとき――
「俺が頼んだ。」
聞き慣れた声が、
「荷物は全部まとめたか?」
「え、ええ。一応…。」
ちょっと気圧されつつも答えると、先生はロボットたちに視線を向けた。
「後は任せた。」
「はい! おまかせください!」
見る間に作業員たちは荷物を持ち上げ、まるで演舞のような動きでトラックに積み込んでいく。
私たちの服とか置物とか、色々まとめられていた段ボールの箱たちが、どんどんトラックの荷台に吸い込まれて行く。
その様子を、私たちはただ見つめることしかできなかった。
「シャーレでハルトが待っている。手続きを済ませたら、すぐに向かえ。」
そう言って黄泉先生は私たちに背を向けてどこかへ向かった。
その背中を見送りながら、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
ここがなくなるわけじゃない。だけど、ここに戻ってくることはもうない。
そう思うと、少し寂しくなる。
でも、シャーレに行ったらこれまでよりも楽しい事が待っているかもしれない。そう考えて、私は前を向いた。
「みんな、これから頑張るわよー!」
そう言って、天に向かって拳を突き上げる。
それを見たムツキたちも笑って――
「おーっ!」
「おー」
「お、おー!」
私と同じように、拳を突き上げた。
便利屋は、もう“逃げない”。
この先にあるのが、どんな未来であったとしても。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シロネコ急便のトラックが荷物を積み終え、便利屋の面々に指示をした後、俺は静かにその場を離れた。
向かう先は、かつて「柴関ラーメン」があった場所。今や、瓦礫と焦げた土の匂いしか残っていない。
到着してすぐに、そこにいた人影…いや、犬影と視線が交わる。
柴関ラーメンの大将、柴だ。
「お、黄泉先生じゃねぇか。」
大将がこちらに気づいて、小さく手を振る。年季の入った前掛けをまだ外していないところに、彼の気概が垣間見えた。
「…俺の生徒が、すまなかった。」
彼の前に立ち、静かに頭を下げる。
長年ここに店を構え、生徒の拠り所を作ってくれた彼に、心から詫びたつもりだった。
大将は目を細めて俺を見ていたが、次の瞬間、ぷっと吹き出した。
「おいおい、先生がそんな顔するなって。別に気にしちゃいねぇよ。」
「…そう言ってもらえると助かる。」
しばらく2人で会話を重ねた後、俺は少し声を落とす。
「風紀委員会には話を通しておく。賠償について、何らかの形で――」
「…気持ちはありがたいが、その必要はねぇ。」
大将は片手を振って遮った。
「もうそろそろ店を畳もうかって考えてたとこだったんだ。少し早いが、ちょうどいい引き際だ。」
「…そんな歳にも見えないが。」
「いやぁ、歳のせいじゃねぇ…。」
冗談混じりに返すと、大将は肩をすくめるように笑い返す。しかし、彼の目が少しだけ真剣になった。
「ちょっと前に退去通知を受け取ったんだ。」
その言葉に、胸の奥がわずかに波打つのを感じた。
「…退去通知?」
「この話はおそらく、セリカちゃんたちも知らねぇ話だが…。アビドスの建物の所有者は、アビドス高校じゃねぇんだ。」
「…カイザーコーポレーションか?」
もはや、何となく察せるようになってしまった。
「知ってんのかい? 確か、そんな名前のやつだよ。」
「……そうか。」
それ以上、俺は言葉を続けなかった。
ちょっと前…か。前にヒナが言っていたアビドス砂漠の話が関係している可能性が高い。
本格的に調査する必要がありそうだ。
「はぁ…。」
ふと、大将が俯き、深いため息をついた。
そのため息には、確かな後悔の色があった。
「昨日は“アビドスを守ってくれ”なんて大口叩いたくせに、もうこの街を離れるってのもな…。あの子たちに合わせる顔がないぜ。」
柴大将の言葉に、ふと胸がざらついた。
(アンタまで、あいつらのそばを離れるつもりか?)
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間、自分でも驚くほど、強く否定したくなった。
あいつらには、もうほとんど居場所なんて残されちゃいない。砂だらけの校舎、荒れた街、そして“見捨てられた”という現実。
それでも、それでもなお、前を向こうとしている。
そんな中で、柴関ラーメンは確かに“支え”だった。
あいつらが安心してラーメンを食べられて、笑って出迎えてくれる人がいる場所。
たとえ一杯のラーメンでも、あいつらには“ぬくもり”として届いていたはずだ。
それが――なくなる?
…巫山戯るな。
俺も先生としてギリギリで踏みとどまってきた。
“生徒たちの前では、絶対に背を向けない”――それだけは意地でも曲げずにやってきた。
大将はあいつらにとって、“背を向けない大人”だった。
そう、俺だけじゃない。あいつらを信じてくれる大人が、この街にはまだいたんだ。
その背中までいなくなってしまったら、何が残る?
だから――俺は言葉にした。
「…大将。この際、屋台でも何でもいい。柴関ラーメンを続けてくれないか。」
言葉は淡々としていた。だが、そこには確かな熱が込められていた。
「…あいつらにとってアンタのラーメン店は、もう1つの“居場所”なんだ。」
砂の街で、学校という名の瓦礫の中で、それでも立ち上がろうとする生徒たち。
俺たちが思っている以上に、あいつらはギリギリの場所に立ってる。
「金なら俺が出す。だから…頼むから、あいつらを裏切るようなことはしないでくれ。」
思わず、声が少しだけ低くなっていた。
生徒たちには見せない言い方だ。
だが、今のこれは“先生”としてじゃない。1人の“大人”としての願いだ。
大将は少しだけ目を見開き、そして…静かに笑った。
「…なんだよ、らしくねぇな。」
火も点けていない煙草を指先で転がしながら、ぼそりと呟く。
「あんた、けっこう喋るんだな。驚いたぜ。」
「…“先生”は生徒のために行動する。そのためならいくらでも話すし、頭も下げるさ。」
その言葉には熱も衒いもない。ただの、俺の“信条”だった。
大将は鼻で笑い、目を伏せたまま一拍の沈黙を挟む。
「……あいつら、本当に幸せ者だな。」
そして静かに、煙草をポケットに戻した。
「あいつらが腹減らしたなら、ラーメンくらいいつでも出してやる。」
そう言って顔を上げ、目の奥に灯を宿す。
「それでいいか?先生。」
大将の問いかけに、俺はほんの少し口角を上げた。
「…無論だ、大将。」
そう言って、自然に拳を差し出す。
大将も無言で拳を重ねてきた。
ガツンと乾いた音が響いた。
それはまるで、静かな約束の音のようだった。
つづく
俺はホヨバのスタンドを、ほんのちょっぴりだが体験した。い…いや…体験したと言うよりはまったく理解を超えていたのだが…。
あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!
俺はファイノンを迎えたと思ったら、目の前に鎌を持った女の子が立っていた…。
な…何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…。頭がどうにかなりそうだった…。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ…。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
誤字脱字があったら、ぜひ教えてください。