今回はムツキの視点でお送りします。
「ん〜っ、さすがにちょっと疲れたなぁ。」
部屋づくりの途中、私はぷらっと廊下に出て背伸び。腕をぐい~っと上に伸ばして、肩をぐるんぐるんって回す。
「ふぅ~……ん?」
廊下の先、角の向こうに人影。白いコートを着た人が見える。
あれは…黄泉先生だ!
思わず声が出そうになるのを慌てて飲み込んで、ぴたっと壁に身を寄せた。
よく見ると黄泉先生の向かい側にハルト先生もいた。よく分かんないけど、なんか空気がピリッとしてる。
2人でコソコソ話なんかしちゃってさ。
そんなことされたら、こっそり聞くに決まってるよね!
そうして頑張って耳を澄ましてみたけど…よく聞き取れない。聞こえたのは黄泉先生の低い声だけで、なんだか背中がぞくぞくする。
すると、ハルト先生がすぐ近くの階段を降りていった。なんだか難しそうな顔してたけど、どうしたんだろ?
黄泉先生はと言うと、私に背中を向けたまま腕を組んで動かない。何か考え事をしてるみたい。
…あれ?これってチャンスじゃない?
今の黄泉先生は私に気づいていないだけじゃなく、背中を向けている。
こうなったらちょっとだけ、ちょおーっとだけ、ちょっかい出しに行っちゃおっかな!
気づけば足が勝手に前に出てた。音を立てないようにぬる~んと近づいていく。
ムツキちゃんの心はもうワクワクでいっぱい。
どんな顔するかな? びっくりする? それとも「またお前か」ってため息をつかれる?
無視されるのだけは勘弁してほしいな〜。
(よし、決まり!)
思いついたが吉日! 善は急げってやつだ!
私は黄泉先生の背中に向かって忍び足で進む。
小さな音1つ出してない。息もしっかり殺してる。…行ける!
私の射程範囲まで近づき、黄泉先生の反応にワクワクしながら、その背中に勢いよく飛びついた。
黄泉先生の背中に勢いよく跳びついた私の両腕が、ふわっと柔らかい布に包まれた。
私は「くふふ」と言いながら、それに体を押し付ける。
……あれっ?
がしっと抱きついたはずの「体」が、ない。
あるのはふわふわの、ちょっと冷えた感触だけ。
驚いて顔を上げると、そこに黄泉先生の姿はなかった。腕の中にあるのは黄泉先生の白いコートだけ。
「……え?」
思わず固まる私の背後から「ふっ」という微かな笑い声が聞こえた。
「引っかかったな。」
ひんやりした声が、すぐ後ろから聞こえた。
びくっ!と跳ねて振り返ると――
私の視線と同じ高さにしゃがみ込んだ黄泉先生が、こっちを見てた。
「ひゃあっ!!!??」
思わず、コートを抱きしめたままの姿で飛び上がりそうになる。
先生は相変わらず真顔だけど、その目の奥がちょっとだけ笑ってる気がした。悔しいけど、なんか、くすぐったい。
「油断しすぎだ、ムツキ。」
「な、なんで後ろに!? 間違いなく前にいたよね!?」
「お前が抱きつく瞬間に後ろに移動しただけだ。」
「ちゃんと気配消してたよね!?」
「あれで気配を消せたと思っているのなら、まだまだ甘いな。」
地味にショック…。でも、嬉しい。
先生がわざわざ避けて、いたずらを返してきたってことは――構ってくれたってこと、だよね?
そう思ったら、なんだか自然と顔がゆるんでしまった。
だって黄泉先生って、誰にでもこういうことする人じゃないもん。たぶん、すっごくレア。
「ずるいよ先生。イタズラ仕掛けてくるなんて。」
「…最初に仕掛けたのは、お前のほうだろう。」
「たしかに!」
思わず笑ってしまう私を見て、黄泉先生もわずかに口元を緩めていた。
その表情がまた嬉しくて、さっきまでの部屋の疲れなんてどこかに吹き飛んじゃったみたいだった。
「ねぇ先生。暇なら部屋づくり、手伝ってくれない?」
抱きしめてたコートをぎゅっと握ったまま、私は目を輝かせて見上げた。
先生と一緒に作業なんて、絶対楽しいに決まってる。
それに、ちょっとでも長く一緒にいられる理由ができたら、ラッキーだし。
「悪いが、今はやるべきことがあるんだ。」
黄泉先生は即答だった。
だけど、絶対に逃さないもんね!私は目をきゅるんとさせて可愛くおねだりする。
そうしてなんとか食い下がろうとしたけど、黄泉先生はゆっくりとこちらに振り向いた。
その横顔は、さっきまでとは打って変わって真剣そのもので――私は思わず「……っ」と口をつぐんだ。
…そうだよね。黄泉先生はキヴォトス中を走り回るすごい先生だもん。私のわがままで独り占めするわけにはいかないよね。
すると黄泉先生は私の頭に手を置いた。
「……午後は予定が空いている。目の前の仕事が片付き次第、お前に付き合おう。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぱっと明るくなる。
「ほんとに!? やった!」
私はぱっと腕を離し、ぴょんと一歩後ろに跳ねて笑った。
「じゃあ約束ね! 黄泉先生は終わったら、ムツキちゃんのとこに来ること!」
「…分かった。」
先生はそのまま何事もなかったように歩いて行ったけど、私はそれを見送りながら、なんだか胸のあたりがポカポカしているのを感じていた。
たった一言で、すごく嬉しくなれるなんて。
やっぱり、黄泉先生ってちょっとズルい。
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あーでもないこーでもないと頭を悩ませて棚を動かしたり机の向きを変えたり、カヨコちゃんに手伝ってもらったりしてようやくそれっぽい部屋になってきた。
「もうちょっと右! いや、左…?やっぱり右! 」
「ぬいぐるみくらい自分で置きなよ…。」
なんてやり取りをしているうちに、気がつけば時計の針は12を指していた。
「お腹空いたな」なんて考えていると――
コンコン、と軽くノックの音。続いてハルト先生が顔をのぞかせた。
”みんな、休憩室においで。お昼ご飯にするよ。”
「お昼ご飯!」
私の体が反射で反応した。
バッと立ち上がって、わくわくしながら部屋を飛び出す。
もしかして出前でも取ったのかな?
黄泉先生もハルト先生も料理できるようには見えないし、何を用意してくれたのかな?
休憩室に入ると、ふわっとめんつゆの香りが鼻をくすぐった。テーブルの上には人数分の――パスタだ!
「パスタの出前なんて、珍しいわね。」
アルちゃんがそう言う。
確かに、ラーメンとかピザならよく聞くけど、パスタはちょっと意外かも。
”あはは、出前じゃないよ。黄泉先生特製、和風パスタさ。”
「………へ!?」
思わず、みんなの声が裏返った。
黄泉先生が――料理を!?
淡々としてて、感情の起伏が読めなくて、戦闘において敵無しの、あの先生が……料理!?
「ちょっと待って、作ったって……えっ、先生が……?」
「…俺以外に誰がいる。」
そう言って、黄泉先生は黙々とお茶の入ったコップを人数分、トレーに載せて運んできた。
………え?
私は目を見開いたまま、ただ呆然と先生の姿を見つめていた。
エプロンをつけて、しかも全員分のコップを両手でバランスよく持って、すいっとテーブルに並べていく。
「あの黄泉先生が、お茶入れてる……。」
思わず口から出た言葉に、すぐ横にいたアルちゃんがぱちくりと目を瞬かせた。
「いや、いやいやいや……。」
カヨコちゃんが慌てて右手をぶんぶん振る。 なんかもう、いつもの先生と違いすぎて、頭が追いつかない。
「お、お料理もできるのですか?」
ハルカちゃんもおどおどと尋ねると、黄泉先生はまるで何のことでもないように、無表情で答えた。
「…レシピさえあれば、ある程度は。」
「カ…カッコいいです…!」
ハルカちゃんはそう言って、慌てて口を押さえてた。…何気にハルカちゃんがそうするのって初めて見たかも。
いやでも、先生が作ったパスタってどんなの? 和風って言ってたよね?
私たちはどきどきしながらも椅子に座る。
見た目は……普通に美味しそうな、和風きのこパスタ。めんつゆの香りがふわっと立ち上って、なんだかほっとする匂いがする。
「……これ、ほんとに黄泉先生が作ったの?」
やっぱり黄泉先生が作ったというのが信じられなくて、カヨコちゃんがついに言ってしまう。
先生は、エプロンを片付けながら振り返りもせずに言った。
「……逆に、ハルトがこれを作れると思うか?」
「だいぶ失礼な言い方…。」
カヨコちゃんが静かにツッコむ。私は思わず笑いそうになるのをこらえて、視線をハルト先生に向けた。
”あはは…。事実だからね…。”
ハルト先生は後頭部に手を当てて、困ったように笑った。
その言葉に、先生たちを見比べていた私たちは思わず顔を見合わせた。アルちゃんが肩をすくめて小さく笑い、ハルカちゃんは「ふふっ」と声を漏らした。カヨコちゃんもなんだか嬉しそう。
そんな中、黄泉先生が静かにエプロンを外して畳み、キッチン脇のカゴに入れると、私たちのテーブルに戻ってきた。
先生が席についたのを見て、自然と全員の動きがぴたりと止まる。
――あ、そっか。こういう時は……。
”じゃあ、みんなそろったし…”
ハルト先生がそう言って、手を合わせる。
”いただきます。”
私もみんなも黄泉先生も、声を揃えて手を合わせた。
「いっただっきまーす!」
ちょっと大きめに言って、私はパスタをフォークにくるくる巻いた。
黄泉先生が作ったパスタ、どんな味なんだろう――そんなわくわくを乗せて、一口。
……美味しい。
ほんのり香る出汁の風味。やさしいのに、しっかりとした旨味がある。じんわりと心まであったかくなるような、そんな味だった。
「先生、すごく美味しいわ!」
「店で食べるよりも美味しいかも。」
「むしろ、お店に出せるよ!」
「こ、こんなに美味しい料理を、ありがとうございます!」
私たちは口々に感想を述べる。
対して黄泉先生は「この程度、レシピをみれば誰でも作れる」と言った。
ぶっきらぼうな口調だったけど、その横顔は少しだけ――ほんの少しだけ、笑っているように見えた。
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食べ終わった後は、みんなで自然と立ち上がって、空いたお皿やコップを休憩室のキッチンまで運んだ。
カヨコちゃんが洗い物係を買って出てくれて、私はその横でふきんを持って待機。
アルちゃんとハルカちゃんはテーブルを拭いたり、椅子を整えたりと、それぞれ動いていた。
そんな中、アルちゃんがふとぽつりと言った。
「ねぇ、いつかみんなで料理を作ってみたいわね。」
たしかに、みんなで作ったらきっと楽しいだろうな〜。
でもそれを聞いた黄泉先生が、すかさず静かに言った。
「いつかとは言わず、毎日自分たちで作れ。」
「えー、黄泉先生の料理美味しかったしなぁ……。」
私は口を尖らせながら、先生の方に振り返る。
「……言っておくが、俺は昼しか作らない。」
あっさりと「決まり事です」って顔で言われた。
でも、“昼だけ”って…逆にどうして?
すると、食器棚にお皿をしまっていたハルト先生が補足するように言った。
”実は黄泉先生は朝と夜はここにいなんだ。だから、朝食と夕食は私たちで作ることになるね…。”
私たちはそろって「ええっ!?」と声を上げた。
「ここにいないって、どういうこと…?」
「…俺は自分の家を持っている、それだけだ。」
自分の…家!?
黄泉先生の家なんて想像できない…。
肩を落とす私たちに追い討ちをかけるように、黄泉先生がふっと目線を流して言った。
「ちなみに……ハルトは料理ができない。」
えっ……。
「先生!私たちを見捨てるの!?」
思わず詰め寄る私に、黄泉先生はさも当然のように答える。
「文句なら、改善しようとしなかったハルトに言え。」
“ほんとうにすみません…。”
ハルト先生が申し訳なさそうに頭を下げる。私たちに謝る必要はあんまりないけど…。
「……むしろ、いい機会だと俺は思うがな。」
そう言って、黄泉先生はティーカップを片付けながら、ちらりとこっちを見た。
あ。
つまり、練習しろってことなんだ。
「…しょうがないわね!一緒に頑張りましょ、ハルト先生!」
”あ、ああ!頑張ろう!”
アルちゃんが気合いを入れるように拳を握った。それを見たハルト先生も気合いを入れる。
やるしかないかぁ……自分たちの胃袋を守るためにも!
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片付けがひと段落して、私たちは休憩室の椅子に腰掛けていた。
まだほんのりお腹の中があったかいままで、なんだか心までぽかぽかしていた。
ふと、気になったことがあって、私は隣にいた黄泉先生に聞いてみた。
「ねぇねぇ、黄泉先生ってどうして居住区に住んでないの?」
「…部屋が狭いからな。」
即答だった。
うーん、シャーレの居住区は快適そうだけど、確かに1人の部屋は広々って感じではないかも。
「でも、こっちのほうがきっと楽しいよ!」
私がそう言うと、黄泉先生はじっとこちらを見たあと、さらりと返してきた。
「ムツキの騒ぎ声が原因で、騒音トラブルになるかもな。」
「なにをー!?」
思わず椅子から立ち上がって抗議する。
けど、黄泉先生の顔はどこか冗談めいてて、普段より機嫌がいいってことがすぐに分かった。
作ったパスタを褒められてうれしかったんだ、きっと。
そんなことを考えてにやにやしていたら、アルちゃんが手を挙げて言った。
「じゃあ今度、黄泉先生の家に遊びに行かない?」
その提案に、私は「ナイス!」と親指を立てた。
だけど、当の本人はすぐに真顔で却下。
「やめてくれ。普通に近所迷惑だ。」
「普通にってなによ!」
「文字通りの意味だ。」
そのやりとりに、私とカヨコちゃんとハルカちゃんは思わず吹き出した。ハルト先生も肩を震わせて笑ってる。
笑い声が休憩室いっぱいに広がっていった。
「みんな、そろそろ部屋づくりを再開しようか。」
カヨコちゃんが手を叩いて立ち上がる。それに続くように、アルちゃんとハルカちゃんも立ち上がった。
そんな中、私は黄泉先生の前に立った。
「ねえ黄泉先生。約束、覚えてる?」
私がそう言うと、先生は少しだけ目を細めて――でも、ちゃんと頷いた。
「もちろんだ。だが、もう少し――」
「仕事は終わったんでしょ?なら、早く行こう!」
「話を聞け。」
ピシャリとたしなめるように言われて、私は「むー」と口をとがらせる。
そんなやり取りの途中に、ハルト先生がやってきた。
“黄泉先生。あとは私がやっておくので、行ってあげてください。”
「………。」
先生は一瞬だけ、私の顔をじっと見つめた。
なんだか目の奥で何かを考えているような――そんな静かなまなざし。
そして、ゆっくりとハルト先生の方に向き直る。
「……分かった。後は任せる。」
そう言って、先生は私の方へ向き直り、短く言った。
「行くぞ、ムツキ。」
その瞬間、胸がふわっと跳ねる。
「はーい!」
思わず声が弾んだ私は、嬉しさを隠しきれずに、先生の隣にぴたりと並んだ。
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「…確かに午後はお前に付き合うと言ったが――」
「部屋づくりを全て引き受けると言った覚えはない。」
「くふふ♪ カワイイ生徒からのお願いだよ〜?」
私はベッドの上でゴロゴロ転がりながら、黄泉先生に甘え声を投げる。
先生は床に座りながら工具箱を開き、ドライバーを手にして棚を組み立てていた。
普段は戦場で刀を振るう黄泉先生が、今はネジと格闘してるって、なんか…面白い。
ふと、黄泉先生がこちらを向いた。
「…俺がこの棚を仕上げるまでに動かなければ、すぐに出ていくぞ?」
「ひどいよ先生〜。でもね、ちゃんと理由があるの。」
私はそう言って、こめかみに人差し指を当てる。
「今は、脳内で全体の配置をシミュレーションしてるの!動くより先に考えるのが大事ってやつ!」
黄泉先生の指摘を上手く躱そうと、私は得意げに言ってみせる。
これぞムツキちゃん式・作業回避術!
「……そのシミュレーションとやら、いつ終わるんだ?」
そう尋ねる間も、黄泉先生の手は止まらない。棚の側板を支えながら視線だけをこちらに向けてくる。
「えっと〜…あと30分?」
「そこまで悠長に構える内容だったとは思えないな。…そもそも、配置を考えるなら部屋全体を見下ろせるような高さにいないと意味がないだろう?」
「う。」
その鋭い指摘に、私は言葉を失った。
私はベッドの上でバタッと寝返りを打つ。けど、すぐに思いついて、にんまり笑った。
「でもね、先生。ほんとはね――」
私は少しだけ声をやわらかくして、そう言った。
「先生と二人で、お喋りしたかったんだ。」
くふふ、と冗談めかして笑いながら、上目遣いで黄泉先生の様子を伺う。
「…そうか。」
棚を組みながら、ほんのわずかに顔を上げた黄泉先生がそう言う。
ちょっとだけ表情が緩んだようにも見えた。その一瞬が、少しだけ嬉しかった。
けれど。
「だったら、なおさら手を動かせ。“一緒に部屋を作る”んじゃなかったのか?」
「くぅ〜!誤魔化せると思ったのにっ!」
私は思わずベッドの上でジタバタと足をばたつかせた。悔しさに、頬をふくらませる。
「誤魔化しているつもりだったのか…?」
黄泉先生は「マジか」と言うように尋ねてきた。
その目も普段よりも開いてる感じがする。
「黄泉先生の心に響く言葉を伝えれば、見逃してくれるかなーって。」
「誤魔化そうとした時点で“響いてない”と自分で言ってるようなものだな。」
「でも、気持ちはホントだもん!」
言い返すと、先生は私の頬をつつくような視線をよこしながら、静かに口を開いた。
「……分かったから、早く手を動かせ。」
その口調はいつも通りの落ち着いたものだったけど、なんだか少しだけ、柔らかさがにじんでいた気がした。
結局私はベッドから渋々起き上がり、黄泉先生の反対側にちょこんと腰を下ろした。
床に座って、ドライバーを手に取る。
でも、まあ…悪くないね。
こうやって隣で一緒に作業してるこの時間も、きっと“新しい私”の一部になるんだから。
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クローゼットのドアを締めて、私は「ふぅ」と小さく息をついた。
床に置いていた工具を片付け、ベッドに腰を下ろしてから――改めて、部屋を見渡す。
段ボールで埋もれていたこの部屋が、ついに「私の部屋」になった。
ベッドの足元にはふわふわのラグ。
机の上には、お気に入りのペン立て。
クローゼットの隣には、木のポールハンガー。
「……できた〜〜〜っ!!」
声を上げて、ベッドの上でぐるぐる転がる。
「案外、様になったな。」
部屋の隅で立ち上がった黄泉先生が、静かにそう呟いた。
その言い方は相変わらずだけど――ちゃんと、少しだけ、笑ってた気がする。
「そりゃあ私が監督したからね!」
私はベッドから身を起こし、黄泉先生のほうを見た。
静かな瞳がこっちを見ていて、少しだけ胸がくすぐったくなる。
「一緒に作れてよかった。ありがと、先生!」
そう言うと、黄泉先生はほんの少しだけ視線を逸らして――
「…それなら、お前もちゃんと保て。散らかせば元通りだ。」
そんなことを言う。
私はちょっとむくれながら、笑って返した。
「その時は、また黄泉先生に手伝ってもらうよ!」
「断る。」
バッサリ。迷いも情も、まったくない声だった。
私は、そんな先生の横顔を見ながら、くすっと笑った。
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夜。
シャワーを浴びた私たちは、それぞれ着替えを済ませて休憩室に向かった。
扉を開けると、ちょうどアルちゃんがソファに腰を下ろすところだった。
ふわっと甘いシャンプーの香りが漂ってきて、思わず私も自分の髪に手をやる。
「ふぃ〜。さっぱりした〜!」
「おかえり、ムツキ。」
そうして私はゴロンとソファに寝転がる。さっきエンジェル24で買ったアイスの棒をくわえたまま、天井を見上げた。
「ムツキ、髪がまだ濡れてるわ。ちゃんと乾かさなきゃ風邪ひくわよ?」
「ほんと? じゃあお願い!」
そう言うとアルちゃんは小さく笑いながら立ち上がって、タオルを手に取る。
私の後ろに回って、優しくタオルを当てると――
「じっとしててね。」
「アルちゃんありがとっ!」
ふんわりしたタオルの感触と、アルちゃんの落ち着いた手つきに、思わず目を閉じる。
力を入れすぎず、でもしっかりと水気を取ってくれる感じが、とっても気持ちいい。
「なんか…こういうの久しぶりだね。」
「昔はもっと甘えてたくせに。最近はちょっと背伸びしてるでしょ、ムツキ。」
「いやいや、アルちゃんがポンコツすぎるからしっかりしないとダメだったんだよ。」
「な、なんですってー!?」
タオル越しでも分かるくらい、アルちゃんの手がピクッと跳ねる。
私はくすくす笑いながら、「手が止まってるよ」とちょっとだけ頭を振った。
でもそのあと、ふっと息をついてぽつりと呟いた。
「ここなら、少しは落ち着けるんじゃない?」
アルちゃんは、何も言わずに少しだけ手を止めた。
「……そうね。先生たちには、どんなに感謝しても足りないわ。」
その言葉にうなずいたところで、ガチャリと休憩室の扉が開いた。
「やっぱり、まだ慣れないな…。」
入ってきたのはカヨコちゃんだった。
その後ろから、少し遅れてハルカちゃんが顔を覗かせる。
「カ、カヨコさんには、私たちがついていますからっ!」
力強く言いながら、ハルカちゃんが横に並んで何やら励ましている。その姿があまりに健気で、思わずくすっと笑ってしまった。
「カヨコちゃん、珍しく不安そうだね?」
「ふ、不安とかじゃなくて…。」
焦ったように言い返しながらも、カヨコちゃんは目を逸らして少し肩をすくめる。
すると、アルちゃんが優しく声をかけた。
「まだここに来て1日も経ってないし、そう思うのも無理ないわ。住めば都って言うし、少しずつ慣れていけばいいんじゃない?」
「ア、アル様の言う通りです! 」
アルちゃんの言葉に勢いよくうなずくハルカちゃん。それを見たカヨコちゃんは思わず笑みをこぼした。
「…そうだね。ありがと、アル、ハルカ。」
笑顔のリレーみたいに、少しずつみんなの表情がほぐれていく。
この場所も、私たち自身で作っていくんだ――そんな風に、自然と思えた。
すると、ハルカちゃんが何かを思い出したように言った。
「そ、そう言えば、黄泉先生が明日から仕事をしてもらうと仰っていましたが…。」
「あー、言ってたねそんなこと。何をするんだろうね?」
「…まぁ、無難に考えて書類作業だと思うけど。」
カヨコちゃんはそう言って、大きなビーズソファに座った。
「ふふん。どんな仕事が来ても、私たちは全力でやるだけよ!」
アルちゃんは背筋をぴんと伸ばして、まっすぐな目でそう言った。
「が、頑張りましょうっ!」
ハルカちゃんもそれに続いて、小さく握りこぶしを作る。
「……うん!」
それぞれの反応の大きさは違ったけど、みんなの心はちゃんと同じ方向を向いてる――そんな気がした。
完
ちゃっかり料理もできる黄泉先生。
今の時代、スマホとかで検索したら作り方とかも動画で出てきますからね。いやぁ、便利な時代になったものです。
…とかなんとか言っている僕はまだ20代です。
次回は本編を更新します。お楽しみに。