死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

原神公式がお出しした動画、見ましたか?
なんだか話のスケールがどんどん大きくなっていて最終章に近づいているんだと実感します。

ゼンゼロ2.1予告番組見ましたンナか?
みんなの水着可愛いンナ!アキラのお腹とリンちゃんのお胸が若干盛られてて(?)ちょっと笑ったンナ。


砂に埋もれた答えへ

翌日。朝の光がシャーレに柔らかく差し込み、窓の外では小鳥が元気に囀っている。

しかし、その穏やかさとは裏腹に、シャーレの事務室には微かな緊張が漂っていた。

 

”――というわけで、君たちの初めて任務はアビドス砂漠の調査だよ。”

 

集まった便利屋の面々に、ハルトはそう告げた。

部屋の空気がぴんと張る。俺はハルトの隣で黙って頷いた。

 

”何があるのか、何が起こるのか分からない以上、人数は多い方がいい。そこで、みんなの力も貸してほしいんだ。”

 

「分かりました!」と真っ先に声を上げたのは、ハルカだった。普段はおどおどしている彼女だが、今日は大いにやる気を感じる。

その隣でカヨコも「了解…」と声を小さくして言うが、気合いは十分のようだ。

 

アルは少し逡巡しながらも、「やると決めたからには、全力を尽くすわ」と答えた。

ムツキは、ニヤリと笑って「任せてよ、先生♪」と軽い調子。だが、その目には確かな意志があった。

 

”黄泉先生、何かありますか?”

 

「……ない。」

 

そう答え、俺はデスクに立て掛けていた刀を左腰に差す。

 

砂漠は広大故に、どこで何が起きるか分からない。したがって、アビドス、シャーレ+便利屋で向かう。

 

慎重すぎると思われても構わない。

あの場所には自分が想像しているよりも強大な何かがあると、俺の勘がそう告げていた。

 

だからこそ、全ての備えを万全にして臨む。

 

「行くぞ。まずはアビドスと合流する。」

 

 

    

 

    

 

 

アビドス住宅街。こちらもいつもと変わりなく、空は澄んでいた。そして当然のように市民はおらず、街には俺たちの足音だけが響いていた。

 

その道中、俺はアルに疑問を投げる。

 

「お前たちを雇った者の正体はカイザーコーポレーションだと考えているが…何か知らないか?」

 

すると、アルはゆっくりと顔を上げた。

彼女の視線はまっすぐだったが、その奥には僅かな戸惑いが見える。

 

「…ごめんなさい。クライアントの情報はほとんど無いわ。話せるのは『アビドス高校を占領してほしい』という依頼をもらったくらい…。それに…あの時はお金を稼ぐことでいっぱいだったから…。」

 

「…そうか。」

 

想定の範囲内の答えだった。

だが、彼女たちが何も知らずに行動していたことを、改めて実感する。

…言い換えれば、こいつらは腐った大人に良いように利用されていたワケだ。

 

その質問を境に、アルたちの雰囲気は暗くなってしまった。新しい自分に変わろうと努力している彼女たちにとって、この件にあまり触れてほしくなかったのだろう。

 

しばらく歩くと、アビドス高校が見えてきた。見れば、校門の前にはノノミが立っている。

気配を察したのか、こちらを振り向き笑顔で手を振る。

 

「おはようございます。そろそろ来る頃だろうと思って待っていました!」

 

変わらぬ明るさと信頼のこもった声に、便利屋の面々がわずかに肩の力を抜いたのが分かった。

 

「便利屋の皆さんも、おはようございます!」

 

「え、ええ。おはよう…」とアルがやや緊張気味に返す。

カヨコがすかさずひじでつつき、「なぁにアルちゃん、緊張してるの?」と茶化した。

 

「だ、だって…。」

 

アルは未だにアビドスを襲撃した件を心配しているのだろう。見かねたノノミがアルの手を取り、優しく諭すように伝える。

 

「アルさん。私たちは、みなさんがアビドスを襲撃したことを気にしていませんよ。一緒にアビドスを守るために戦った仲じゃないですか。」

 

……やはり、彼女は芯が強い。

この言葉に、アルもようやく顔を上げた。

 

「……ありがとう。」

 

その一言に、素直な気持ちが込められていた。

その時、背後から何かが近づいてきた。ほぼ無音で、かなりのスピードで近づいてくる。

 

「おはよう。今日は大人数だね。」

 

それは、普段通りバイクに乗ったシロコだった。いつと変わらない調子で、けれどどこか冷静なまなざし。

 

「ああ、前に話した通りだ。」

 

俺がそう言うと、シロコはアルたちに目を向ける。そして、右手を差し伸べた。

 

「ん。よろしくね。」

 

「ええ。こちらこそ、よろしく。」

 

──淡々としたやり取り。だが、それでいい。

今は、互いに目的を同じくする“仲間”なのだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アルたち便利屋の連中と、ノノミ、シロコは簡単に自己紹介を交わした。やはり学生同士ということもあり、打ち解けるのはとても早かった。

 

少しの会話の後、シロコが静かに口を開いた。

 

「…ノノミ、ホシノ先輩はどこにいるか知ってる?」

 

ノノミがシロコの方へと振り返り、少し困ったような笑みを浮かべる。

 

「ホシノ先輩なら、いつもの部屋でまだ寝ていると思います。シロコちゃん、起こしてきてもらえますか?」

 

「…分かった。」

 

そう返事をしたシロコの表情が、ほんの一瞬、わずかに曇った。彼女はそれ以上何も言わず、無言のまま校舎の方へと足を向けた。

 

歩き出す彼女の背中を見送りながら、ノノミが小さく眉を寄せる。

 

「……?」

 

「ノノミちゃん、どしたの?」

 

ムツキの問いかけに、ノノミは少し考えてから小さく笑って首を振った。

 

「…いえ、なんでもありません。きっと…気の所為です。」

 

彼女はそう答えたが……俺の中ではその言葉を簡単に受け取る気にはなれなかった。

あの表情は、些細な誤解から起こるものではない。

 

「……アヤネとセリカは?」

 

話題を切り替えるように問いかけると、ノノミは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

 

「二人はまだ来てません。もうそろそろ来るとは思うんですが…。」

 

そう答えた彼女の声には、わずかな曇りが混じっていた。

笑みを浮かべようとして、うまく形にならなかったのか、唇がすぐに引き結ばれる。

視線が何度か校門の先へと泳ぎ、制服の裾を小さく握りしめるようにして立っている姿からも、心配がにじみ出ていた。

 

俺は小さく息を吐き、こう伝える。

 

「…心配なら、見に行ってやれ。」

 

「えっ?」

 

驚くノノミは、視線をこちらに素早く向けた。

 

「先ほどのシロコからは…『怒り』と見て取れるものがあった。」

 

「果たしてあいつが何を考えているかは分からないが…この状況で、仲間の間に軋轢が生まれるのは極力避けたい。最悪の場合、アビドスを守れなくなる。」

 

ノノミは一瞬だけ目を見開き、それから真剣な面持ちで頷いた。

 

「……分かりました。ありがとうございます、黄泉先生。」

 

「…ハルト、お前もついて行ってやれ。」

 

俺は隣にいたハルトに視線を向ける。彼はすぐに意図を察したようで、小さく頷く。

 

”はい……!”

 

ハルトの目は、いつになく真剣だった。

誰かを信じ、支えると決めた者の、それは静かな覚悟だった。

 

俺は彼らの背を見送り、再び視線を校舎へ戻す。

 

静かに、だが確かに、不穏の種が芽吹き始めている。

その気配を、俺は確かに捉えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は腕時計に視線を落としながら、ノノミの代わりに2人の到着を待っていた。

 

やがて、住宅街の方から2人の姿が見えた。

 

セリカとアヤネ。

肩を並べてこちらに向かって歩いていたが、俺の姿に気づくなり急ぎ足になり、ほどなくして小走りに近づいてきた。

 

「き、聞いてよ先生! あの後、アヤネちゃんと一緒に、アビドス自治区の関連書類を探してたんだけど……!」

 

セリカの声はやや上ずっていて、アヤネも続けて口を開いた。

 

「その……とんでもないことが分かったんです! 私たち、最初は勘違いだと思ってたんですけど、何度見直しても――」

 

「落ち着け。話なら教室でしよう。」

 

短く言えば、2人は息を整えるように深く呼吸しはじめた。

胸の中にある言葉をどうにか落ち着けようとしているのが分かる。

 

そのときだった。

 

「バイトちゃんとメガネちゃんだ! おはよ〜!」

 

声のする方を向けば、校舎の日陰。

便利屋の4人が並んで腰を下ろしていた。

手を振るムツキに続き、ハルカ、カヨコ、そしてアルも小さく手を上げている。

 

すると、セリカが思わず一歩後ろに引いた。

 

「あ、あんたたち…!…って、いや、今は仲間なんだよね?」

 

「ああ。」

 

俺がそう答えると、セリカは少しバツの悪そうな顔をしながらも便利屋に目をやる。

 

「えっと……おはよう。……じゃなくて! ほら、早く教室行くよ!」

 

「セ、セリカちゃん、そんなに引っ張ったら先生の服が…!」

 

そんなアヤネの声もお構いなしに、セリカは俺を引っ張りながら校舎へと入っていく。

俺は便利屋たちについて来るよう伝え、いつもの教室に向かった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

教室の扉を開けたセリカは、違和感に眉をひそめた。

 

そこにはホシノ、シロコ、ノノミ、そしてハルトの姿があった。

だが、誰一人として声を発さず、互いに視線を交わすこともなく、ただ重苦しい沈黙だけが教室に漂っている。

 

空気が違う。何かあった――それが誰の目にも明らかなのに、誰もその話を切り出そうとはしなかった。

 

セリカが小さく息を吸い、問いかける。

 

「……なにかあったの?」

 

椅子に座っていたハルトが、少し間を置いてから顔を上げた。

その表情には、作られた微笑が浮かんでいた。

 

”……いや、何でもないよ。おはよう。”

 

「あ、うん、おはよう。…じゃなくて!」

 

雰囲気を吹き飛ばすようにセリカが大きな声を出すと、隣にいたアヤネが頷き、二人で机の上に大きな紙を広げた。

 

パサッという音と共に、緻密な線と文字が描かれた図面が現れる。

 

「これは……アビドスの地図?」

 

ホシノが目を細めて紙の覗き込むと、アヤネが急いだ口調で答えた。

 

「正確には、“土地の台帳”です。“地籍図”と呼ばれるもので、アビドス自治区全域の土地の所有情報が記されています。」

 

「昨日、黄泉先生から聞いた建物の所有者の話…。最初は正直、何かの間違いだと思っていました。ですが――」

 

アヤネは地図の一部を指で示す。その指先が触れた地点には、見覚えのない名称が小さく記されていた。

 

「カイザー……コンストラクション……?」

 

ホシノの声が震えた。

 

その顔には、かつて見せたことのないほどの驚きが浮かんでいた。

信じたくない。受け入れられない。――けれど、地図の文字は現実を否応なく突きつけてくる。

 

「それってもしかして、カイザーコーポレーションの系列ですか…!?」

 

ノノミの声が教室に響き、地図を見下ろす彼女たちの視線が紙の上をさまよう。まるで、どこかに“間違い”が書かれているのではと探すかのように。

 

教室の空気は、先ほどとはまた違う意味で静かになった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

壁際に広げられた地籍図を、全員が静かに見つめていた。

 

アビドスの土地は、かつて広大だったはずだ。

だが今、そこに残されたアビドス高校の所有地は、中央の校舎とその周辺――ほんの僅かな範囲だけだった。

その外縁を取り囲むように並ぶ地番には、いずれも「カイザーコンストラクション」の名が記されている。

 

誰もが言葉を失っていた。

 

気づけば、部屋の空気が一段と重くなっていた。

 

「……どうして、こんなことに……?」

 

ノノミのかすれた声が沈黙を破った。

 

その問いに応えたのは、後方で資料を確認していたハルトだった。

 

”こちらで調べたところ……アビドスの土地は、過去十数年にわたり、少しずつカイザーコーポレーションに売り渡されていたことが分かった。”

 

ハルトは視線を図面に戻す。

 

”最後の取引は、2年前。その記録を境に、取引は行われていない…。”

 

「……2年前。」

 

机の端に立っていたホシノが、小さく呟いた。

その声には、驚きでも怒りでもない。戸惑いともつかない感情が滲んでいた。

 

「…ハルト先生が仰った通り、記録は2年前で止まっていました。そして”2年前”は、生徒会が解散した年でもあります。」

 

ノノミの説明に、静寂が再び落ちる。

 

――その静けさを破ったのは、セリカだった。

 

「……何やってんのよ、その生徒会の奴らは!」

 

机を両手で叩き、勢いよく立ち上がる。

 

「なんでっ…学校の土地を、カイザーコーポレーションなんかに売るのよ!? どうして、そんな――」

 

その怒気を含んだ声に、俺は一歩前に出て制した。

 

「落ち着け、セリカ。」

 

セリカの肩が、ピクリと震える。

 

「…問題はそこじゃない。」

 

俺は視線を彼女に向ける。それと同時に彼女も視線をこちらに向けた。

 

「重要な問題は、なぜ土地を売る決断に至ったのかだ。」

 

「…借金を返すためじゃないの?」

 

「私もそう思います。当時、アビドスの借金は既にかなり膨れあがった状態でしたから。」

 

セリカがそう答えると、アヤネも集金記録を見て言う。赤字でか書かれた数字。その桁は確かに非常識だった。

 

「ですが…その土地を売ってでも、借金自体を減らすまでには届かなかった…。」

 

アヤネの声に沈黙が再び落ちた。

重たい現実を前に、皆の呼吸が浅くなる。

 

「それでまた土地を売って…という、負の悪循環に陥ったということでしょうか。」

 

ノノミの声はかすかに震えていた。

目を伏せながら言うその姿には、過去の生徒会を想う複雑な感情が見え隠れする。

 

「でも…おかしくない? それじゃあもうどうしようもないっていうか…。」

 

静けさの中に、セリカの疑問が小さく響いた。

 

「…それが答えだろうな。」

 

その言葉に、ホシノが「あー…」と声を漏らす。隣でシロコもハッとした表情をしていた。

 

「え、どういうこと?」

 

俺の返答に、セリカは首を傾げる。

 

「セリカ、お前たちにお金を貸したのは誰だ?」

 

その場が、ふと凍りついたように静かになった。

セリカは一瞬視線をさまよわせ、ぽつりと答えた。

 

「…カイザーローンでしょ?」

 

その言葉に、アヤネとノノミが目を開く。

 

「そこから導き出される答えは――もう分かったな?」

 

沈黙の中に問いだけを落とす。

その問いかけに答えたのは、シロコだった。

 

「…カイザーローンが学校の手に負えないぐらいのお金を貸して、利子だけでも払ってもらうために土地を売るよう仕向ける。」

 

その仮説にアヤネが続いた。

 

「はい。きっと最初は要らない砂漠地帯の土地だけを売ったらと甘言を囁いたのでしょう。」

 

「生徒会側からしても、何の使い道もない土地。その提案を断る理由もなく…」

 

「しかし、砂しかない土地が高値で売れるはずありません。結果、借金は増え、土地は取られる一方で…」

 

「やがてアビドス自治区そのものが、ゆっくりとカイザーコーポレーションのものに…。」

 

それを聞いて全てを理解したであろうセリカは、言葉を失っていた。

 

俺もまた、聞くに堪えない巫山戯た結論を前に、何も言わなかった。口を開こうとすれば、何かが漏れてしまいそうだった。

 

言葉にならない怒りが、喉元でせり上がる。

こみ上げるのは悔しさではない。

それは――生徒たちを騙し、利用し、踏みにじった者への怒りだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アビドス高校の屋上は静かだった。

吹き抜ける風が、校舎の上を寂しげに撫でていく。この住宅街の向こうにある砂漠は陽炎に揺れているだろう。

果たしてそこ何があるというのか。それを知る術はまだない。

 

俺が「少し休もう」と提案したのはあいつらのためでもあり…自分のためでもあった。

心を落ち着かせたかった。冷静にならなければ、今ここで怒りに呑まれてしまいそうだった。

 

カイザーコーポレーション。

人を欺き、利用し、壊すことに何の躊躇いも持たない。

子供の善意や純粋さに漬け込んで、使い捨てにする。そんなやり方が、正気の沙汰とは思えなかった。

 

それと同時に思い出すのは…ゲマトリア。

強い者が弱い者を搾取するという腐った正義を疑いもしない、救いようのない連中。

 

――カイザーも、結局は同じ穴の狢か。

 

アビドス砂漠には、必ず何かがある。

それを隠そうとする者がいて、それに振り回されている子供たちがいる。

俺たちは、それを明らかにしなければならない。

 

だが――

 

(あいつらは、まだ動ける状態にない。)

 

戦える力はある。だが、心が追いついていない。

すべてを抱えて立ち上がるには、もう少し時間が要る。

 

ならば、この手で進むしかない。

俺と便利屋の数名だけでも調査を開始し、最低限の情報を持ち帰れば、あとの判断もつく。

 

そう思いを巡らせていた、その時だった。

 

屋上のドアが、ガチャンと音を立てた。

振り返ると、そこにはセリカが立っていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

屋上に現れたセリカは何も言わず、俺の隣に立った。

乾いた風が吹き抜け、制服の裾が静かに揺れる。

 

眼下に広がるのは、昼の陽を受けて淡く色づくアビドスの住宅街。それをじっと見つめながら、セリカはしばらく黙っていた。

 

その沈黙は、問いの前の静けさというよりは、心の奥で何かを反芻しているような、そんな重さを孕んでいた。

 

…彼女が口を開いたのは数分後のことだった。

 

「先生はさ……騙す方と騙される方、どっちが悪いと思う?」

 

セリカは視線をこちらに向け、逸らすことなく尋ねてきた。感情を抑えたような、けれど、芯に熱を秘めた問いかけ。

 

俺はその言葉をただ受け取り、短く、静かに答える。

 

「…騙す方だな。」

 

それ以上の言葉はなかった。

沈黙の中で、その一言だけが、風に流されるように残った。

 

「騙す人と騙される人なら、私も騙す人が悪いと思う。実際、私だって騙されて……ゲルマニウムのブレスレット買っちゃったし。」

 

セリカはくすっと笑ったが…俺はうまく笑えなかった。

 

「かつての生徒会の人たちに怒っても意味がないのは、よく分かってる。その人たちも騙された側なんだから。……でも……でもね…!」

 

セリカの声が震える。

見ると、拳を握る手に強い力がこもっていた。

 

「すごく、悔しい…!」

 

叫ぶように言ったその声に、風がそっと吹き抜ける。

まるでそれさえも、セリカの怒りと悲しみに気づいているかのように。

 

「ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんなひどいことをするのかな…!?」

 

俺は、何も言わなかった。

言葉が見つからなかったのではない。言葉では――彼女の感情に応えられないと思ったのだ。

 

ただ、じっと彼女の瞳を見つめる。

その感情を、正面から受け止めるために。

 

セリカの目から一粒、涙がこぼれ落ちた。

それでも彼女は、それを拭わずに、まっすぐ俺を見据えていた。

 

俺は一歩近づくと、無言のまま、彼女の後頭部に手を添えた。そして、そっと彼女の身体を引き寄せる。

 

セリカの動きが止まった。

戸惑いと困惑が入り混じった目で私を見上げる。

 

「せ……先生……?」

 

声にならない声が唇からこぼれた。

そしてそのまま、彼女の頭を肩に預ける。

 

「…ここには誰もいない。全て、吐き出すといい。」

 

一秒、また一秒と、静かに時が流れていく。

やがて、服の肩口に小さな熱が染みてきた。

 

セリカは俺のシャツをぐしゃっと握る。

必死に堪えようとしていた涙が、ついに堰を切ったように溢れ出す。

 

「……っ、ひく……う、ぅぅ……!」

 

嗚咽を上げないように、唇を噛み締めて泣くその姿に、俺は何も言わなかった。

ただ静かに、抱き寄せ続けた。

 

心が落ち着くまで、何も言葉は必要なかった。

 

──しばらくして。

 

セリカが小さく息を吐いたところで、そっと手を離した。目は真っ赤に腫れているが、揺れる光の中に確かな意志が宿っていた。

 

俺はようやく口を開く。

 

「前に話した通り、アビドス砂漠に全ての答えがある。…行けるか?」

 

セリカは一度だけ、涙の跡を指でぬぐうと、ぐっと顎を上げた。

 

「……もちろんよ!」

 

その瞳に迷いはなかった。

俺は小さくうなずき、背を向けて歩き出す。

 

彼女の足音が、しっかりと後ろからついてくるのを感じながら。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

静かなアビドス校内に2つの足音が響く。俺とセリカは対策委員会の教室へ向かっていた。

先ほどまで悔し涙を流していたセリカもすっかり元気を取り戻し、まっすぐ自分の足で俺の隣を歩いている。

 

すると、セリカが「先生」と声をかけてきた。

 

「その…さっき泣いたこと、誰にも言わないでよね。」

 

表情を窺うまでもなく、その声色には少しだけ照れと――それでも、どこか吹っ切れたような意志の強さがあった。

 

「もちろんだ。」

 

俺は短くそう答えた。

セリカもそれ以上は何も言わず、再び前を向いた。

 

「……一刻も早く、みんなを元気にしないと。」

 

その呟きとともにセリカは教室の扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。

するとそこには、思っていた以上に活気のある光景が広がった。

 

「――戻ってきました!」

 

笑顔のノノミが、私たちに気づいて手を振る。

その声に、教室の中の視線が一斉にこちらへ向いた。

 

先ほどまでの暗い空気はどこへやら。彼女たちは武器の整備を行なっていた。

 

「……みんな、もう平気なの?」

 

セリカが驚いたようにそう尋ねると、アビドスの生徒たちはにっと笑みを返してきた。

 

「してやられたままじゃいられないからね。」

「ん、早く敵の目的を暴かないと。」

 

ホシノとシロコの声に張りがある。あの静まり返っていた教室とはまるで別の空間のようだった。

 

「私たちも、全力でサポートするわ!」

 

同じく武器の整備をしていたアルが力強くそう宣言する。セリカはその言葉に顔を上げ、「うんっ!」と明るい声で返事をした。

そしてそのまま自然と教室の中心へと歩み寄り、装備の確認に加わっていく。

 

俺は教室の入り口で一歩だけ足を止め、静かにその様子を見つめていた。

すると、ハルトが声をかけてくる。

 

”本当に、強い子たちですね。”

 

その言葉に、俺は少し頬を緩める。

 

「…そうだな。」

 

そう答え、教室の扉を静かに閉めた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

対策委員会の教室から見渡す空は、白く霞んでいた。

太陽の位置が高くなるにつれ、砂漠の熱気がこちらへもじわりと届いてくる。

アビドスと便利屋の生徒たちはすでに整備を終わらせ、出発を目前に控えている。

 

俺は、集まった生徒たちに向き直った。

 

「ゲヘナ風紀委員長より得た情報によれば、アビドス砂漠にて、カイザーコーポレーションが何かを企んでいる。詳細は不明だが、奴らの動きがこの地で活発になっているのは確かだ。」

 

俺は少し間をおいた。

皆の目が、自分に向けられているのを確認してから続ける。

 

「これから、その調査に向かう。ただし、目的は“行って戻ってくること”であり、戦闘することではない。俺が危険だと判断した場合はすぐに撤退する。いいな?」

 

その場に緊張が走り、一瞬の静寂が訪れる。

そして──

 

「うん!」

「はいっ!」

「了解です!」

 

それぞれの声が、違う響きで重なった。

力強く、頼もしい返事だった。

 

俺は軽く頷くと、刀を左腰へ差し込んだ。

 

「行くぞ。」

 

俺の声を合図に生徒たちは立ち上がり、黙って生徒玄関へと向かい始める。

普段は騒いでいるムツキでさえも、口を閉じていた。

 

廊下へ出ようとしたその時だった。

後ろから、声がかかる。

 

”黄泉先生。外で少し待っていてもらってもいいですか?”

 

振り返ると、ハルトがこちらを見ていた。

その隣には、無表情のまま立つシロコの姿もある。

 

「…どうした?」

 

問いかけると、答えたのはシロコのほうだった。

 

「……ごめん、今は話せない。」

 

その言葉に眉をひそめる。

だが彼女は、まっすぐこちらを見据えて言った。

 

「終わったら必ず話すから。」

 

その眼差しに、嘘はない。

私はわずかに目を細めると、静かに答えた。

 

「……すぐに戻ってこい。」

 

シロコは軽く頷き、ハルトとともに部屋へと戻っていった。

 

俺はしばらくその場に立ち尽くす。

背後からは装備の音や足音が遠のき、少しずつ静けさが戻っていく。

 

「2人共、どうしたんだろうね?」

 

気がつけば、俺のすぐ隣にホシノが立っていた。

ぼんやりとした目に、いつもの調子の抜けた声。いつも通りの、力の抜けた雰囲気だった。

 

「まさか2人はそういう関係で…?ってやつだったりしてー。」

 

冗談めかして口角を上げる彼女。

だが、その言葉が空気を破ると同時に、場に落ちたのは冷たい沈黙だった。

 

少し間を開けて、俺は彼女の目を見据えて答えた。

 

「…笑えない冗談だな。」

 

俺はコートの裾を払って向き直り、仲間たちの待つ方向へ歩き出す。

 

「ごめんってば、先生〜。」

 

そんな言葉を背に受けながら、俺は改めて決意を固めた。

 

全ては、アビドス砂漠にある”何か”を暴くために。

 

 

つづく




スターレイル3.4ストーリーをやった感想ですが…。なんか、感動というよりも衝撃の方が大きかった印象です。

ファイノンが背負ったもの、再創世の正体、ファイノンのPVにあった33550336や予告番組のセリフの本当の意味…。
「やってくれたな焼き鳥」って感じです。

なんてロマンチックな物語…!

あと…ムービーで流れた「フレア」は毎日聴いてます。なんなら小説を書くときも聴いています。


誤字脱字があったら、ぜひ教えてください。


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