死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

僕がブルアカを引退した理由は、エデン条約編終盤のデカいボスが倒せなかったからです。


沈黙の中の答え

砂煙の中、刀の柄にそっと手を添えたまま、俺は奴を見据えた。

 

「…なぜ、お前がここにいる?」

 

目の前に立つ“黒服”は、相変わらず無表情の仮面を貼り付けたまま、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らす。

 

「クックック…。」

 

それは人間の感情とは程遠い、壊れた機械のような笑いだった。

 

「質問に答える前に、その手を下ろすことをお勧めします。」

 

黒服の声がわずかに低くなった。そして、パチンと指を鳴らす。

すると、何も無い空間に映像が浮かび上がった。

 

そこに映っていたのは――

 

ハルトたちの姿だった。

周囲を取り囲むオートマタの軍勢。

銃口を向けられ、緊張に顔を強張らせた生徒たちが映っている。

 

「…ここであなたが無闇に動けば、大切な生徒たちが傷つくかもしれませんよ?」

 

黒服の口調は終始、丁寧で穏やかだった。

それが逆に――ぞっとするほど冷たい。

 

「……お前たちの方が、上手(うわて)だったというわけか。」

 

――すまない。

 

俺はゆっくりと視線を落とし、心の中であいつらに謝った。

そして柄から手を離し、指先を静かに開く。

 

「ククッ。ご理解いただきありがとうございます、黄泉先生。」

 

まるで満足気な商人のような口ぶりで、黒服は再び喉を鳴らして笑った。

 

「さて、私がなぜここにいるのかというご質問でしたね。それは――」

 

「私の研究のためです。」 

 

唐突に発された言葉に、俺は思わず眉をひそめた。

 

「……は?」

 

意味が掴めない。

 

こいつが“研究者”を自称していることは知っている。だが、この場に現れた理由としては、あまりにもズレている。

 

「…詳しく聞かせろ。」

 

俺は一歩も動かぬまま、静かに答えた。

 

「ククッ…。聞き方がなっていませんが、まぁいいでしょう。」

 

黒服は、まるで“見せたい絵”に辿り着いた画家のように、僅かに背を伸ばす。

 

 

 

 

「私の研究。それは――“ある生徒の神秘”について、です。」

 

 

 

……生徒の、神秘?

 

意味を測りかねた俺の目を、黒服はまっすぐに見返す。その白炎が、ほんのわずかに――愉悦に燃えた気がした。

 

こいつが生徒を“利用”するのは、今に始まったことじゃない。だが、“研究対象”として興味を持ったと語るその姿勢には、底知れぬ気味の悪さがあった。

 

俺は奴を睨みつける。

…それしかできなかった。

 

「ククク……。そんな顔をされても、ここから先はトップシークレットですのでお話できません。」

 

そう言って、奴は宙に浮かぶ映像に目を向けた。

そこには、アビドスの生徒たちとカイザー理事の姿。今まさに、何かを告げようとしていた。

 

「……せっかくですし、カイザー理事の話を“聞いて”みませんか?」

 

黒服は映像に目を移したまま言う。

俺は奴の思惑に警戒しながらも、視線をそちらへと向ける。

 

――次の瞬間。

 

『アビドスが、借金をしている相手…。』

 

ノノミのか細い声が、砂漠の空気を震わせた。

 

 

 

 

    

 

 

 

「アビドスが借金をしている相手…。」

 

十六夜さんの呟きに続いて、奥空さんの声が重なる。

 

『カイザーコーポレーションの理事…。』

 

巨体のロボット――カイザー理事は落ち着き払った口調で言葉を紡いだ。

 

「正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。今はカイザーPMCの代表取締役も務めている。」

 

それはまるで、名刺を読み上げるような無感情さだった。

 

だが、そんな自己紹介を――

 

「……それは、どうでもいい。」

 

砂狼さんの声が真っ直ぐにその言葉を打ち消した。

 

「要するに……あなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことでしょ。」 

 

その糾弾に、理事は何の反応も示さない。まるで、それすらも想定済みとでも言うように。

 

すると、黒見さんも一歩前に出る。

 

「そうよ!ヘルメット団を差し向けて、便利屋を利用して……私たちをずっと苦しめてた犯人が、あんたなんでしょ!」

 

握りしめた拳が震えているのが、後ろからでもわかる。その言葉には、悔しさと怒り、そしてほんの少しの悲しみが滲んでいた。

 

「……あんたのせいで、アビドスは……っ!」 

 

しかし、理事はただ小さく、心底くだらないものを見たようにため息をついた。

 

「勝手に私有地へ侵入し、"善良なる"我がPMC職員たちを攻撃。挙げ句、施設を無断で破壊しておいて……」

 

静かに肩を揺らし、唇の端が持ち上がる。

 

「――その口ぶり、まるで被害者面だな。」 

 

理事の冷たい嘲笑が、場の空気を一気に凍らせる。

その態度は、明らかに“話し合い”の姿勢ではなかった。

 

「なかなか度胸があるようだが……口の利き方には気をつけたほうがいい。」

 

理事の声は低く、だが確実に場を支配していた。

 

「ここは、カイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。そして君たちは――企業の私有地に不法侵入し、施設を破壊した。まずはその事実を、正しく理解するべきだ。」

 

その一言に、先ほどまで言葉をぶつけていた2人も、何も言い返せなくなった。

拳を握ったまま俯く黒見さん。顔を伏せながらも、視線だけは理事を外さない砂狼さん。

 

私は彼女たちの様子を目にしながら、喉の奥に冷たいものを感じていた。

理事の言葉は――正論であり、同時に残酷だった。

 

理事はその沈黙を見逃さない。

 

「アビドス自治区の土地は、確かに私たちが購入した。合法的に、だ。公文書も取引記録も、すべて“問題なく”残っている。」

 

まるで、逃げ場はないとでも言うように。

 

「……それでも君たちはここへ来た。私たちがこの土地で何をしているか――なぜアビドスの土地を手に入れたのか、その理由が気になったのだろう?」

 

その問いかけに、誰も言葉を返せなかった。

理事の表情が、わずかにほころんだように見えた。

 

「ならば教えてあげよう。我々は、“アビドスのどこか”に埋められているという宝物を探しているのだ。」

 

「…そんな話、信じられるわけないでしょ!」

 

黒見さんが声を張り上げた。怒りとも、戸惑いともつかない叫び。だがその真っ直ぐな拒絶に、私も同意せざるを得なかった。

 

「……もしあなたの言うことが本当だったら、PMCの兵力について説明がつかない。」

 

今度は砂狼さんが一歩前に出る。視線は鋭く、冷静だ。

 

「この兵力は、私たちの自治区を武力で占領するため。違う?」

 

彼女の言葉に、理事はわざとらしいほどに大声で笑った。

 

「そんなわけないだろう。この兵力は、誰かに宝探しを妨害された時のためのものだよ。」

 

「たとえば――そう、“死神”のような奴にな。」

 

その一言に、私の心が静かにざわついた。

キヴォトスにおいて”死神”とは、黄泉先生の事を表す。どうやら理事は、黄泉先生を明確に“敵”として認識しているようだ。

 

「便利屋が仲間になったところで、君たち程度――いつでも、どうとでもできるのだよ。」

 

続く言葉には、一切の誇張もなかった。

本気でそう思っているのだ。自分たちを“取るに足らない存在”と。

 

そして理事は、懐から端末を取り出した。

無機質な動作でどこかへ電話をかけ、静かに言った。

 

「……私だ。……ああ、そうだ。進めろ。」

 

そして、理事は私たちに視線を戻す。

 

「――残念なお知らせだ。」

 

「どうやら、君たちの学校の“信用”が落ちてしまったそうだ。」 

 

その直後――奥空さんの悲鳴に似た声が飛び込んできた。

 

『えっ!? ちょっと待ってください! 今のって本当に――』

 

「……アヤネちゃん!?」

 

思わず黒見さんが声をかける。

 

『たった今、カイザーローンから連絡が来ました…。来月以降の利子が……9130万円になったと…。』

 

「きゅ、9000万……!?」

 

黒見さんが顔を青ざめさせる。

 

「くくく…。だが、それでもまだ面白みに欠けるな。」

 

理事は小さく息を吐いた。まるで何かを“演出”するように。

 

「そうだな――9億円の借金に対する“補償金”でももらっておこうか。」

 

「1週間以内に、我がカイザーローンに3億円を預託してもらう。」 

 

その瞬間、空気が凍った。

数字の意味も重さも、一瞬では飲み込めない。

 

『そんなお金……用意できるわけがありません…。』

 

奥空さんが、なんとか言葉を絞り出した。

 

その声は震えていた。

恐怖ではなく、絶望に打ちのめされて。

 

しかし、理事の目にはまったく届かない。

 

「ならば――学校を諦めて去ったらどうだ?」

 

平然と、冷たく、心臓を突き刺すように。

 

「自主退学して、転校でもすればいい。そもそも、この借金は君たち個人のものではない。」

 

「学校が責任を取るべきお金だ。君たちが進んで背負う必要はないのでは?」

 

その場に、理事の声だけが響いた。

だが、誰一人としてその提案を受け入れようとはしなかった。

 

「そんなの、できるはずがありません!」

 

「私たちの学校なんだから、見捨てられるわけないでしょ!」

 

「アビドスは私たちの学校で、私たちの街だから。」

 

十六夜さんが、黒見さんが、砂狼さんが言葉を繋いだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

カイザー理事の言葉が静かに空気を支配していく中、私はただ黙って、目の前のやり取りを見ていた。

 

アビドスのみんなの叫びが、理事の言葉に絡め取られ、まるで用意された舞台の上で踊らされているようにさえ見える。

 

そんな時、私はある人の言葉を思い出していた。

 

『キヴォトスには、大人がいない。』

 

――黄泉先生の、静かで、鋭い言葉。

あの時はなんとなくでしか理解してなかったけど、今なら痛いほどわかる。

 

目の前にいるのは、大企業の理事であり代表取締役。その“立派な大人”が、生徒たちの叫びに耳も貸さず、笑いながら彼女たちを追い詰めている。

これが「大人がいない世界」の本当の意味なんだ。

 

あの黄泉先生が「クズ」と言った理由も…よく分かった。

 

…黄泉先生なら、こんな時どうするだろう。

無言で刀を抜き、理事を斬り伏せる?――いや、そんなことをするとはとても考えられない。

前に不良生徒に怒ったことがあったけど、怒りに任せて傷つけるようなことはしなかった。

 

私もそうありたいと、ずっと思っていた。

だけど…今の私はどうだろう?

 

胸の内で燃え上がる怒りと悔しさが、喉の奥で言葉をせき止めていく。

アビドスのみんなが踏みにじられ、あざ笑われ、未来を奪われようとしている。

本当は叫びたい。

怒鳴りつけたい。

殴ってでも止めたい。

 

だけど、ここで感情をぶつけたところで何が変わる?この状況を変える力は、今の私にはない。

むしろ、私が感情を爆発させたら――その瞬間、引き金が引かれるかもしれない。

 

怒りは大切だ。

でもその使い所を間違えたら、取り返しのつかないことになる。

黄泉先生が教えてくれたのは、「怒るな」じゃない。「いつ、どう怒るか」を、あの人はずっと見せてくれていたんだ。

 

私は――まだ、あの人の背中に追いつけていない。

…でも、今ここで、私なりの「答え」を出さなくちゃいけない。

 

息をゆっくり吸い込む。喉の奥に渦巻いていた言葉を、冷静に整えていく。

顔を上げた時には、私の手は、震えてはいなかった。

 

「…シャーレの先生。何か言いたいことでもあるのかな?」

 

”…カイザー理事。あなたの言うことは、全て正しい。”

 

私の言葉を受けて、黒見さんたちが目を見開く。

その視線が、鋭く胸に刺さる。それでも私は話を続けた。

 

”この砂漠は、公正な取引をして、あなたたちの私有地になった。不法侵入したのは事実。”

 

”彼女たちをここに連れてきたのは、他でもない私と黄泉先生。今回の全責任はシャーレにある。”

 

きっと、黄泉先生ならもっと良い方法を考えついていたかもしれない。だけど…彼は今、ここにはいない。

この判断は私の独断。この後黄泉先生になんて言われるか分からないけど…やるしかない。

 

”その責任として、アビドスが背負っている借金をシャーレにも背負わせてくれ。”

 

そう言って私は、深く頭を下げる。

その行動に、空気が揺れたのを感じた。

 

「えっ……?」

 

最初に声を漏らしたのは小鳥遊さんだった。

 

「せ、先生……今、なんて……?」

 

信じられないものを見るような目で黒見さんが私を見つめる。

 

『ど、どうして…!?』

 

奥空さんは戸惑いを隠せず、思わず声を上げる。

 

「そんなの、おかしいですっ……! 先生は、関係ないのにっ!」

 

十六夜さんからは、理解に苦しんでいる様子が見られる。

 

「……。」

 

砂狼さんは何も言わなかった。けれど、視線はまっすぐ私を見据えていた。

その目には、怒りでも、呆れでもない。ただ――痛みと、戸惑いがあった。

 

”これなら、数多の権限を持つシャーレでも、下手にカイザーを攻撃することはできなくなる。理事の言う”死神”でさえも。それでどうかな。”

 

しばらく沈黙のあと、理事が薄く笑う。

 

「……なかなか面白い提案だ。いいだろう、”全て”君の望み通りにしてやろう。お前たち、銃を下ろせ。」

 

そうして私たちは解放された。

…はっきり言って運が良かったと思う。あれだけ暴れておいて、話し合いだけで終わらせることができたのだから。

 

”…みんな、帰るよ。”

 

私は静かに放ったその言葉に、黒見さんが驚いたようにこちらを見る。

 

「先生…? どうして――」

 

「……セリカちゃん。今は、先生の言う通りにしよう。」

 

小鳥遊さんがゆっくりと歩み出て、振り返らずに言った。

 

「これ以上ここにいても、弄ばれるだけだよ。」

 

「ふふ……いい判断だ、副生徒会長。」

 

理事がまた冷笑を浮かべる。

 

「君の隣にいた生徒会長も、これくらい頭が切れていたら良かったのにな。」

 

その一言に、小鳥遊さんの肩がピクリと震えた。

 

拳を握る手が、かすかに震えていた。

けれど彼女は、何も言い返さなかった。

ただ――その背中が、誰よりも悔しさを滲ませていた。

 

……ごめん。

本当に、ごめん。

 

 

 

「……黙って聞いてれば、勝手なことばっかり言ってくれちゃってさ。」

 

振り返ると、浅黄さんが前に出ていた。怒りに眉を寄せ、理事を真っ直ぐに睨む。

理事は怪訝そうに声を低くした。

 

さらにその隣にいた陸八魔さんが、静かに一歩進み出た。

 

「“契約”は常に公平でなければならない。これは誰もが知ってることのはずよ。」

 

「果たしてこれが公平だと、本気で言えるのかしら?」

 

理事は面倒くさそうに首を振り、あくびでもするような口調で返す。

 

「便利屋、君たちは関係ないだろう。余計な口は挟まないでくれ。」

 

「いいえ、大アリよ!」

 

陸八魔さんの声が鋭く跳ねた。その声音には、確かな怒りがあった。

 

「私たちは今、シャーレの一員。つまりこの話に関わっている立場よ。」

 

その言葉に、理事のアイラインが少し強く光る。

 

「……君たちのリーダーは既に話を終わらせたが?」

 

それでも陸八魔さんは怯まない。視線をまっすぐに理事へと向ける。後ろに立つ鬼方さんと伊草さんも黙って理事を見つめていた。

 

「先生は言ってたわ。いつか“自分たちで判断しなきゃいけない日”が来るって。」

 

「これは私たちの判断!借金全部を取り消せとは言わない!その代わり、今すぐに利子を戻し、補償金の件を取り消しなさい!」

 

その叫びとともに、アルが理事へ詰め寄ろうとした――その時。

 

その腕を、誰かがそっと掴んだ。

 

「……ありがとうアルちゃん。でも、もういいんだよ。」

 

それは、小鳥遊さんだった。

静かに、でも確かな力で陸八魔さんの腕を握る。

 

彼女の手は、震えていた。

だけどその声は、どこまでも優しかった。

 

「…ホシノさん、だけど…!」

 

「先生の思いを、無駄にしちゃダメだよ。」

 

その一言で、便利屋のみんなはハッと息を呑む。

唇を噛み、目を伏せた。

 

その空気を断ち切るように、理事のラインアイが光る。まるで、皮肉めいた笑みを浮かべているかのように。

 

「……話は、纏まったようだな。」

 

まるで全てを見下ろすような、冷やかな目つきのようだった。

 

「では、私はこれで失礼する。あまり長居すると、スーツに砂が入り込んでしまうのでね。」

 

理事が振り返ると、黒塗りの車のドアが音もなく開かれる。まるで全てが段取り通りであるかのように。

 

「では――補償金と来月以降の返済については、よろしく頼むよ。“お客様”。」

 

理事が車に乗り込むのと同時に、周囲を囲んでいたオートマタたちも一斉に動きを止め、無言のまま施設の中へと引き返していく。

 

まるで“見せしめ”としての役割を果たし終えたかのように。

 

黒塗りの車が砂煙を巻き上げながら去っていくのを、誰も言葉を発せず、ただ見つめていた――。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

風が一陣、砂を巻き上げて吹き抜けた。

遠くで警報が止み、静けさが戻ってくる。

しかし、俺の前にはまだ“それ”が残っていた。

 

黒服は映像を閉じ、ふっと微笑んだ。

 

「…黄泉先生。これでよく分かったでしょう?」

 

そう言って一歩、砂を踏みしめる。

 

「ハルト先生の独断だったとは言え、シャーレは借金という余計なものまで背負う羽目になりました。それも全て、アビドスに手を差し伸べたからです。」

 

「あなたたちが生徒のために、無意味に心を痛める必要はありません。どうか、我々のもとへ戻ってきてください。」

 

「もちろん、ハルト先生も歓迎しますよ。仲間は多い方がいいですからね。」

 

その足取りは静かだったが、まるで地雷原に踏み込むような緊張感があった。

俺は黙って刀の柄に手を添える。

 

「それ以上近づけば――斬る。」

 

その言葉に、黒服は呆れたように小さくため息をついた。

 

「…いい加減目を覚ましてください、黄泉先生。」

 

黒服にしては珍しい、少し強い口調だった。いつもの笑みも消えており、なぜ俺が歩み寄ってくれないのか理解できていないようだった。

 

そんな奴に、俺は少しだけ刀の刃を見せる。

これは、明確な拒絶の意思だった。

 

「…分かりました。では、本日はここで失礼します。」

 

余計な挑発もなく、黒服がそう言った、次の瞬間――

 

ザァァァァッ──ッ!!

 

突如、鋭い風が吹きつけた。

砂漠の砂が巻き上がり、辺り一帯が淡い金色の幕に包まれる。

視界が完全に遮られた中で、かすかに革靴の音が数歩、砂の上を滑るように遠ざかっていく。

 

やがて、風がぴたりと止んだ。

砂が落ち着いたあとには──誰も、いなかった。

黒服の姿も、オートマタたちの影も、すでにどこにもない。

 

再び、静寂だけが砂漠に戻って来た。

俺は、立ち止まったまま、空を仰いだ。

 

――はぁ。

 

短く、息を吐く。

それだけの動作に、いくつもの思いが詰まっていた。

 

悔しさか。情けなさか。

怒りか、それとも――何か別のものか。

 

自分でもうまく言葉にできないような感情が、胸の奥に溜まっていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

砂漠の風がようやく穏やかになり始めた頃、俺はひとり歩き続けていた。

焼けつくような陽光の下、幾つもの影を越え、静まり返った住宅街を通り抜ける。

 

その先に見えたのは、変わらぬ姿でそこにある――アビドス高等学校。

どこか寂しげに見えるその校舎は、まるで帰りを待っていたかのようにも感じられた。

 

俺は無言のまま門をくぐり、足を進める。

 

やがて対策委員会の教室のある廊下に差し掛かると…扉の向こうから言い争う声が聞こえてきた。

 

「ダメですよ!それじゃあまた同じことになります!」

 

ノノミの必死な声。

 

「私はシロコ先輩に賛成だよ!学校が無くなったら、私たちの全てが終わりなんだから!」

 

セリカの強い訴え。

 

「私も賛成。やられたままってのは性に合わないからね。」

 

ムツキの苛立ちまじりの口調。

 

「セリカちゃん、待って!これじゃあの時と同じだよ!ムツキさんも、キヴォトスのために戦うって言ってたじゃないですか!」

 

「どうして…どうして自分から犯罪者になろうとするんですか!?」

 

アヤネの声には悲しみが混じっていた。

 

「…アヤネさん。確かに私たちはキヴォトスのために戦うと決めたわ。でもね、私たちは悪を裁くために生きるアウトローなの。今の敵は、それにふさわしい“真っ黒な悪”よ。」

 

アルの言葉は、どこか使命感すら帯びていた。

 

「……っ! カヨコさん、ハルカさん!お二人は…!」

 

「…悪いけど、私は戦う方に賛成。」

 

カヨコが淡々と、けれど確かな意志を込めて言う。

 

「私もです…!皆さんを苦しめる奴は、絶対に許さない…!」

 

普段は物静かなハルカまでが、強い怒りを持っていた。

 

「そんな…どうして…!」

 

アヤネが今にも泣きいりそうな声で言う。

それでも尚、シロコたちの怒りは収まりそうになかった。

 

その時――

 

「みんな、一旦落ち着きなよ。頭から湯気が出ちゃってるよ?」

 

ホシノのゆるい言葉に、ふっと空気が揺れた。

 

「感情で動くのは良くない。さっきハルト先生が教えてくれたの、もう忘れちゃった?」

 

その言葉に、みんなが黙り込む。

理事に頭を下げたハルトは、いろんな感情を飲み込んでの行動だった。好き勝手されて、文句の1つも言いたかっただろう。だが彼は己の感情を抑え、穏便に済ませることを選んだ。

 

「…ごめん。」

「たしかに、カッとなってたかも…。」

「…ホシノちゃんの言う通りだね。」

 

少しずつ、教室に冷静さが戻ってくるのが分かる。

次いで、ホシノはやんわりとした口調で言った。

 

「みんながアビドスのために考えてくれているってことは、良く分かってるよ。本当にありがとうね。」

 

さすがはホシノだ。あれだけ「戦う」と意気込んでいたシロコたちを、一言で落ち着かせた。

誰かの怒りも、焦りも、正義感も、彼女の前ではただの「子供らしい熱さ」になる。

…あの空気を作れるのは、彼女しかいない。

 

俺は教室の外、廊下の壁に背を預けたまま、その様子を静かに聞いていた。

目を閉じれば、彼女たちの声が心に染み込んでくる。

 

「それと…黄泉先生。盗み聞きは良くないと思うな〜?」

 

ふと、ホシノの声が廊下まで届いてきた。

 

…さすがはホシノだ。全部お見通しってわけか。

俺はゆっくりと教室の扉を開ける。

 

「黄泉先生!?」

「え、いたの!?」

 

ぽかんとした顔、驚きの声――でもそのどれもが、すぐに柔らかなものへと変わっていく。

次第に、生徒たちの表情に安堵の色が広がっていった。

 

「…よく分かったな。」

 

「うへ。黄泉先生のオーラは強いからね〜。」

 

その空気はまるで、張りつめた糸がゆるんでいくようだった。

 

その時、ふと、教室に漂う“空気”に違和感を覚えた。

 

何かが足りない。

いや――「何か」ではなく、「誰か」だ。

 

俺は教室を見渡しながら、低く呟いた。

 

「……ハルトは、どこだ?」

 

全員の動きが止まった。

空気がわずかに、重たくなる。

 

誰も言葉を返せなかった。

それどころか、皆がどこか…後ろめたさを感じているような顔をしていた。

 

答えの代わりに返ってきたのは――沈黙。

そして、伏せられた視線と、俯いた肩だった。

 

…どうやら、俺が思っていた以上に――彼の“戦い”も、深かったらしい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

屋上の柵にもたれかかりながら、私はゆっくりと深呼吸をした。昼下がりの空はやけに青く、砂塵に濁った世界とは対照的に、やけに澄んで見えた。

 

だけだ、心は晴れない。

あの時の言葉、あの場の空気、そして皆の視線――それらが、まだ胸の奥に刺さったままだ。

 

”……あれで、良かったのか?”

 

小さく呟いた声は、風にさらわれていった。

 

自分は正しかったのか。

正しい決断だったのか。

いや、正しさなどどうでもいい。ただ――守れたのかどうか。それが、問いたいことだった。

 

理事の言葉に何一つ反論できず、ただ事態を丸く収めるために頭を下げた。

その結果、シャーレはカイザーに借金を背負い、アビドスの未来にもさらなる枷をはめてしまった。

 

皆を守りたかった。

なのに――結果的には、傷口を広げただけかもしれない。

 

”……黄泉先生なら、もっと上手くやれていたのかな。”

 

冗談めかして言ったつもりだったが、声に笑みはなかった。

 

あの人はどんな場面でも冷静で、言葉ひとつで周囲を動かし、守り切ってみせた。

自分には、それができなかった。

 

あの人なら、誰も傷つかずに済んだのかもしれない。

それを思うたびに、自分が『先生』と呼ばれるにはあまりに未熟だと痛感する。

 

”私は…『先生』失格だ。”

 

その言葉が口から零れ落ちた瞬間――

 

「……だったら、ここで諦めるつもりか?」

 

低く、鋭く、そしてどこか哀しみを帯びた声が、屋上の空気を切り裂いた。

 

思わず顔を上げ、振り向く。

そこには、いつの間にか――黄泉先生が立っていた。

 

私を睨みつけるように立つその姿は、まるで――否、間違いなく“死神”そのものだった。

 

 

つづく




スターレイルに限った話ではありませんが、メインストーリーを終わらせた後に配信者さんのアーカイブを観るのが好きなんです。

1人でプレイしてる時は気付けなかったことに気付けたり、感情移入マシマシになったり、結構楽しいんですよね。

この気持ち、「分かる!」って人います?


  
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