僕がブルアカを引退した理由は、エデン条約編終盤のデカいボスが倒せなかったからです。
砂煙の中、刀の柄にそっと手を添えたまま、俺は奴を見据えた。
「…なぜ、お前がここにいる?」
目の前に立つ“黒服”は、相変わらず無表情の仮面を貼り付けたまま、喉の奥でくぐもった笑い声を漏らす。
「クックック…。」
それは人間の感情とは程遠い、壊れた機械のような笑いだった。
「質問に答える前に、その手を下ろすことをお勧めします。」
黒服の声がわずかに低くなった。そして、パチンと指を鳴らす。
すると、何も無い空間に映像が浮かび上がった。
そこに映っていたのは――
ハルトたちの姿だった。
周囲を取り囲むオートマタの軍勢。
銃口を向けられ、緊張に顔を強張らせた生徒たちが映っている。
「…ここであなたが無闇に動けば、大切な生徒たちが傷つくかもしれませんよ?」
黒服の口調は終始、丁寧で穏やかだった。
それが逆に――ぞっとするほど冷たい。
「……お前たちの方が、
――すまない。
俺はゆっくりと視線を落とし、心の中であいつらに謝った。
そして柄から手を離し、指先を静かに開く。
「ククッ。ご理解いただきありがとうございます、黄泉先生。」
まるで満足気な商人のような口ぶりで、黒服は再び喉を鳴らして笑った。
「さて、私がなぜここにいるのかというご質問でしたね。それは――」
「私の研究のためです。」
唐突に発された言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「……は?」
意味が掴めない。
こいつが“研究者”を自称していることは知っている。だが、この場に現れた理由としては、あまりにもズレている。
「…詳しく聞かせろ。」
俺は一歩も動かぬまま、静かに答えた。
「ククッ…。聞き方がなっていませんが、まぁいいでしょう。」
黒服は、まるで“見せたい絵”に辿り着いた画家のように、僅かに背を伸ばす。
「私の研究。それは――“ある生徒の神秘”について、です。」
……生徒の、神秘?
意味を測りかねた俺の目を、黒服はまっすぐに見返す。その白炎が、ほんのわずかに――愉悦に燃えた気がした。
こいつが生徒を“利用”するのは、今に始まったことじゃない。だが、“研究対象”として興味を持ったと語るその姿勢には、底知れぬ気味の悪さがあった。
俺は奴を睨みつける。
…それしかできなかった。
「ククク……。そんな顔をされても、ここから先はトップシークレットですのでお話できません。」
そう言って、奴は宙に浮かぶ映像に目を向けた。
そこには、アビドスの生徒たちとカイザー理事の姿。今まさに、何かを告げようとしていた。
「……せっかくですし、カイザー理事の話を“聞いて”みませんか?」
黒服は映像に目を移したまま言う。
俺は奴の思惑に警戒しながらも、視線をそちらへと向ける。
――次の瞬間。
『アビドスが、借金をしている相手…。』
ノノミのか細い声が、砂漠の空気を震わせた。
「アビドスが借金をしている相手…。」
十六夜さんの呟きに続いて、奥空さんの声が重なる。
『カイザーコーポレーションの理事…。』
巨体のロボット――カイザー理事は落ち着き払った口調で言葉を紡いだ。
「正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。今はカイザーPMCの代表取締役も務めている。」
それはまるで、名刺を読み上げるような無感情さだった。
だが、そんな自己紹介を――
「……それは、どうでもいい。」
砂狼さんの声が真っ直ぐにその言葉を打ち消した。
「要するに……あなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことでしょ。」
その糾弾に、理事は何の反応も示さない。まるで、それすらも想定済みとでも言うように。
すると、黒見さんも一歩前に出る。
「そうよ!ヘルメット団を差し向けて、便利屋を利用して……私たちをずっと苦しめてた犯人が、あんたなんでしょ!」
握りしめた拳が震えているのが、後ろからでもわかる。その言葉には、悔しさと怒り、そしてほんの少しの悲しみが滲んでいた。
「……あんたのせいで、アビドスは……っ!」
しかし、理事はただ小さく、心底くだらないものを見たようにため息をついた。
「勝手に私有地へ侵入し、"善良なる"我がPMC職員たちを攻撃。挙げ句、施設を無断で破壊しておいて……」
静かに肩を揺らし、唇の端が持ち上がる。
「――その口ぶり、まるで被害者面だな。」
理事の冷たい嘲笑が、場の空気を一気に凍らせる。
その態度は、明らかに“話し合い”の姿勢ではなかった。
「なかなか度胸があるようだが……口の利き方には気をつけたほうがいい。」
理事の声は低く、だが確実に場を支配していた。
「ここは、カイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。そして君たちは――企業の私有地に不法侵入し、施設を破壊した。まずはその事実を、正しく理解するべきだ。」
その一言に、先ほどまで言葉をぶつけていた2人も、何も言い返せなくなった。
拳を握ったまま俯く黒見さん。顔を伏せながらも、視線だけは理事を外さない砂狼さん。
私は彼女たちの様子を目にしながら、喉の奥に冷たいものを感じていた。
理事の言葉は――正論であり、同時に残酷だった。
理事はその沈黙を見逃さない。
「アビドス自治区の土地は、確かに私たちが購入した。合法的に、だ。公文書も取引記録も、すべて“問題なく”残っている。」
まるで、逃げ場はないとでも言うように。
「……それでも君たちはここへ来た。私たちがこの土地で何をしているか――なぜアビドスの土地を手に入れたのか、その理由が気になったのだろう?」
その問いかけに、誰も言葉を返せなかった。
理事の表情が、わずかにほころんだように見えた。
「ならば教えてあげよう。我々は、“アビドスのどこか”に埋められているという宝物を探しているのだ。」
「…そんな話、信じられるわけないでしょ!」
黒見さんが声を張り上げた。怒りとも、戸惑いともつかない叫び。だがその真っ直ぐな拒絶に、私も同意せざるを得なかった。
「……もしあなたの言うことが本当だったら、PMCの兵力について説明がつかない。」
今度は砂狼さんが一歩前に出る。視線は鋭く、冷静だ。
「この兵力は、私たちの自治区を武力で占領するため。違う?」
彼女の言葉に、理事はわざとらしいほどに大声で笑った。
「そんなわけないだろう。この兵力は、誰かに宝探しを妨害された時のためのものだよ。」
「たとえば――そう、“死神”のような奴にな。」
その一言に、私の心が静かにざわついた。
キヴォトスにおいて”死神”とは、黄泉先生の事を表す。どうやら理事は、黄泉先生を明確に“敵”として認識しているようだ。
「便利屋が仲間になったところで、君たち程度――いつでも、どうとでもできるのだよ。」
続く言葉には、一切の誇張もなかった。
本気でそう思っているのだ。自分たちを“取るに足らない存在”と。
そして理事は、懐から端末を取り出した。
無機質な動作でどこかへ電話をかけ、静かに言った。
「……私だ。……ああ、そうだ。進めろ。」
そして、理事は私たちに視線を戻す。
「――残念なお知らせだ。」
「どうやら、君たちの学校の“信用”が落ちてしまったそうだ。」
その直後――奥空さんの悲鳴に似た声が飛び込んできた。
『えっ!? ちょっと待ってください! 今のって本当に――』
「……アヤネちゃん!?」
思わず黒見さんが声をかける。
『たった今、カイザーローンから連絡が来ました…。来月以降の利子が……9130万円になったと…。』
「きゅ、9000万……!?」
黒見さんが顔を青ざめさせる。
「くくく…。だが、それでもまだ面白みに欠けるな。」
理事は小さく息を吐いた。まるで何かを“演出”するように。
「そうだな――9億円の借金に対する“補償金”でももらっておこうか。」
「1週間以内に、我がカイザーローンに3億円を預託してもらう。」
その瞬間、空気が凍った。
数字の意味も重さも、一瞬では飲み込めない。
『そんなお金……用意できるわけがありません…。』
奥空さんが、なんとか言葉を絞り出した。
その声は震えていた。
恐怖ではなく、絶望に打ちのめされて。
しかし、理事の目にはまったく届かない。
「ならば――学校を諦めて去ったらどうだ?」
平然と、冷たく、心臓を突き刺すように。
「自主退学して、転校でもすればいい。そもそも、この借金は君たち個人のものではない。」
「学校が責任を取るべきお金だ。君たちが進んで背負う必要はないのでは?」
その場に、理事の声だけが響いた。
だが、誰一人としてその提案を受け入れようとはしなかった。
「そんなの、できるはずがありません!」
「私たちの学校なんだから、見捨てられるわけないでしょ!」
「アビドスは私たちの学校で、私たちの街だから。」
十六夜さんが、黒見さんが、砂狼さんが言葉を繋いだ。
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カイザー理事の言葉が静かに空気を支配していく中、私はただ黙って、目の前のやり取りを見ていた。
アビドスのみんなの叫びが、理事の言葉に絡め取られ、まるで用意された舞台の上で踊らされているようにさえ見える。
そんな時、私はある人の言葉を思い出していた。
『キヴォトスには、大人がいない。』
――黄泉先生の、静かで、鋭い言葉。
あの時はなんとなくでしか理解してなかったけど、今なら痛いほどわかる。
目の前にいるのは、大企業の理事であり代表取締役。その“立派な大人”が、生徒たちの叫びに耳も貸さず、笑いながら彼女たちを追い詰めている。
これが「大人がいない世界」の本当の意味なんだ。
あの黄泉先生が「クズ」と言った理由も…よく分かった。
…黄泉先生なら、こんな時どうするだろう。
無言で刀を抜き、理事を斬り伏せる?――いや、そんなことをするとはとても考えられない。
前に不良生徒に怒ったことがあったけど、怒りに任せて傷つけるようなことはしなかった。
私もそうありたいと、ずっと思っていた。
だけど…今の私はどうだろう?
胸の内で燃え上がる怒りと悔しさが、喉の奥で言葉をせき止めていく。
アビドスのみんなが踏みにじられ、あざ笑われ、未来を奪われようとしている。
本当は叫びたい。
怒鳴りつけたい。
殴ってでも止めたい。
だけど、ここで感情をぶつけたところで何が変わる?この状況を変える力は、今の私にはない。
むしろ、私が感情を爆発させたら――その瞬間、引き金が引かれるかもしれない。
怒りは大切だ。
でもその使い所を間違えたら、取り返しのつかないことになる。
黄泉先生が教えてくれたのは、「怒るな」じゃない。「いつ、どう怒るか」を、あの人はずっと見せてくれていたんだ。
私は――まだ、あの人の背中に追いつけていない。
…でも、今ここで、私なりの「答え」を出さなくちゃいけない。
息をゆっくり吸い込む。喉の奥に渦巻いていた言葉を、冷静に整えていく。
顔を上げた時には、私の手は、震えてはいなかった。
「…シャーレの先生。何か言いたいことでもあるのかな?」
”…カイザー理事。あなたの言うことは、全て正しい。”
私の言葉を受けて、黒見さんたちが目を見開く。
その視線が、鋭く胸に刺さる。それでも私は話を続けた。
”この砂漠は、公正な取引をして、あなたたちの私有地になった。不法侵入したのは事実。”
”彼女たちをここに連れてきたのは、他でもない私と黄泉先生。今回の全責任はシャーレにある。”
きっと、黄泉先生ならもっと良い方法を考えついていたかもしれない。だけど…彼は今、ここにはいない。
この判断は私の独断。この後黄泉先生になんて言われるか分からないけど…やるしかない。
”その責任として、アビドスが背負っている借金をシャーレにも背負わせてくれ。”
そう言って私は、深く頭を下げる。
その行動に、空気が揺れたのを感じた。
「えっ……?」
最初に声を漏らしたのは小鳥遊さんだった。
「せ、先生……今、なんて……?」
信じられないものを見るような目で黒見さんが私を見つめる。
『ど、どうして…!?』
奥空さんは戸惑いを隠せず、思わず声を上げる。
「そんなの、おかしいですっ……! 先生は、関係ないのにっ!」
十六夜さんからは、理解に苦しんでいる様子が見られる。
「……。」
砂狼さんは何も言わなかった。けれど、視線はまっすぐ私を見据えていた。
その目には、怒りでも、呆れでもない。ただ――痛みと、戸惑いがあった。
”これなら、数多の権限を持つシャーレでも、下手にカイザーを攻撃することはできなくなる。理事の言う”死神”でさえも。それでどうかな。”
しばらく沈黙のあと、理事が薄く笑う。
「……なかなか面白い提案だ。いいだろう、”全て”君の望み通りにしてやろう。お前たち、銃を下ろせ。」
そうして私たちは解放された。
…はっきり言って運が良かったと思う。あれだけ暴れておいて、話し合いだけで終わらせることができたのだから。
”…みんな、帰るよ。”
私は静かに放ったその言葉に、黒見さんが驚いたようにこちらを見る。
「先生…? どうして――」
「……セリカちゃん。今は、先生の言う通りにしよう。」
小鳥遊さんがゆっくりと歩み出て、振り返らずに言った。
「これ以上ここにいても、弄ばれるだけだよ。」
「ふふ……いい判断だ、副生徒会長。」
理事がまた冷笑を浮かべる。
「君の隣にいた生徒会長も、これくらい頭が切れていたら良かったのにな。」
その一言に、小鳥遊さんの肩がピクリと震えた。
拳を握る手が、かすかに震えていた。
けれど彼女は、何も言い返さなかった。
ただ――その背中が、誰よりも悔しさを滲ませていた。
……ごめん。
本当に、ごめん。
「……黙って聞いてれば、勝手なことばっかり言ってくれちゃってさ。」
振り返ると、浅黄さんが前に出ていた。怒りに眉を寄せ、理事を真っ直ぐに睨む。
理事は怪訝そうに声を低くした。
さらにその隣にいた陸八魔さんが、静かに一歩進み出た。
「“契約”は常に公平でなければならない。これは誰もが知ってることのはずよ。」
「果たしてこれが公平だと、本気で言えるのかしら?」
理事は面倒くさそうに首を振り、あくびでもするような口調で返す。
「便利屋、君たちは関係ないだろう。余計な口は挟まないでくれ。」
「いいえ、大アリよ!」
陸八魔さんの声が鋭く跳ねた。その声音には、確かな怒りがあった。
「私たちは今、シャーレの一員。つまりこの話に関わっている立場よ。」
その言葉に、理事のアイラインが少し強く光る。
「……君たちのリーダーは既に話を終わらせたが?」
それでも陸八魔さんは怯まない。視線をまっすぐに理事へと向ける。後ろに立つ鬼方さんと伊草さんも黙って理事を見つめていた。
「先生は言ってたわ。いつか“自分たちで判断しなきゃいけない日”が来るって。」
「これは私たちの判断!借金全部を取り消せとは言わない!その代わり、今すぐに利子を戻し、補償金の件を取り消しなさい!」
その叫びとともに、アルが理事へ詰め寄ろうとした――その時。
その腕を、誰かがそっと掴んだ。
「……ありがとうアルちゃん。でも、もういいんだよ。」
それは、小鳥遊さんだった。
静かに、でも確かな力で陸八魔さんの腕を握る。
彼女の手は、震えていた。
だけどその声は、どこまでも優しかった。
「…ホシノさん、だけど…!」
「先生の思いを、無駄にしちゃダメだよ。」
その一言で、便利屋のみんなはハッと息を呑む。
唇を噛み、目を伏せた。
その空気を断ち切るように、理事のラインアイが光る。まるで、皮肉めいた笑みを浮かべているかのように。
「……話は、纏まったようだな。」
まるで全てを見下ろすような、冷やかな目つきのようだった。
「では、私はこれで失礼する。あまり長居すると、スーツに砂が入り込んでしまうのでね。」
理事が振り返ると、黒塗りの車のドアが音もなく開かれる。まるで全てが段取り通りであるかのように。
「では――補償金と来月以降の返済については、よろしく頼むよ。“お客様”。」
理事が車に乗り込むのと同時に、周囲を囲んでいたオートマタたちも一斉に動きを止め、無言のまま施設の中へと引き返していく。
まるで“見せしめ”としての役割を果たし終えたかのように。
黒塗りの車が砂煙を巻き上げながら去っていくのを、誰も言葉を発せず、ただ見つめていた――。
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風が一陣、砂を巻き上げて吹き抜けた。
遠くで警報が止み、静けさが戻ってくる。
しかし、俺の前にはまだ“それ”が残っていた。
黒服は映像を閉じ、ふっと微笑んだ。
「…黄泉先生。これでよく分かったでしょう?」
そう言って一歩、砂を踏みしめる。
「ハルト先生の独断だったとは言え、シャーレは借金という余計なものまで背負う羽目になりました。それも全て、アビドスに手を差し伸べたからです。」
「あなたたちが生徒のために、無意味に心を痛める必要はありません。どうか、我々のもとへ戻ってきてください。」
「もちろん、ハルト先生も歓迎しますよ。仲間は多い方がいいですからね。」
その足取りは静かだったが、まるで地雷原に踏み込むような緊張感があった。
俺は黙って刀の柄に手を添える。
「それ以上近づけば――斬る。」
その言葉に、黒服は呆れたように小さくため息をついた。
「…いい加減目を覚ましてください、黄泉先生。」
黒服にしては珍しい、少し強い口調だった。いつもの笑みも消えており、なぜ俺が歩み寄ってくれないのか理解できていないようだった。
そんな奴に、俺は少しだけ刀の刃を見せる。
これは、明確な拒絶の意思だった。
「…分かりました。では、本日はここで失礼します。」
余計な挑発もなく、黒服がそう言った、次の瞬間――
ザァァァァッ──ッ!!
突如、鋭い風が吹きつけた。
砂漠の砂が巻き上がり、辺り一帯が淡い金色の幕に包まれる。
視界が完全に遮られた中で、かすかに革靴の音が数歩、砂の上を滑るように遠ざかっていく。
やがて、風がぴたりと止んだ。
砂が落ち着いたあとには──誰も、いなかった。
黒服の姿も、オートマタたちの影も、すでにどこにもない。
再び、静寂だけが砂漠に戻って来た。
俺は、立ち止まったまま、空を仰いだ。
――はぁ。
短く、息を吐く。
それだけの動作に、いくつもの思いが詰まっていた。
悔しさか。情けなさか。
怒りか、それとも――何か別のものか。
自分でもうまく言葉にできないような感情が、胸の奥に溜まっていた。
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砂漠の風がようやく穏やかになり始めた頃、俺はひとり歩き続けていた。
焼けつくような陽光の下、幾つもの影を越え、静まり返った住宅街を通り抜ける。
その先に見えたのは、変わらぬ姿でそこにある――アビドス高等学校。
どこか寂しげに見えるその校舎は、まるで帰りを待っていたかのようにも感じられた。
俺は無言のまま門をくぐり、足を進める。
やがて対策委員会の教室のある廊下に差し掛かると…扉の向こうから言い争う声が聞こえてきた。
「ダメですよ!それじゃあまた同じことになります!」
ノノミの必死な声。
「私はシロコ先輩に賛成だよ!学校が無くなったら、私たちの全てが終わりなんだから!」
セリカの強い訴え。
「私も賛成。やられたままってのは性に合わないからね。」
ムツキの苛立ちまじりの口調。
「セリカちゃん、待って!これじゃあの時と同じだよ!ムツキさんも、キヴォトスのために戦うって言ってたじゃないですか!」
「どうして…どうして自分から犯罪者になろうとするんですか!?」
アヤネの声には悲しみが混じっていた。
「…アヤネさん。確かに私たちはキヴォトスのために戦うと決めたわ。でもね、私たちは悪を裁くために生きるアウトローなの。今の敵は、それにふさわしい“真っ黒な悪”よ。」
アルの言葉は、どこか使命感すら帯びていた。
「……っ! カヨコさん、ハルカさん!お二人は…!」
「…悪いけど、私は戦う方に賛成。」
カヨコが淡々と、けれど確かな意志を込めて言う。
「私もです…!皆さんを苦しめる奴は、絶対に許さない…!」
普段は物静かなハルカまでが、強い怒りを持っていた。
「そんな…どうして…!」
アヤネが今にも泣きいりそうな声で言う。
それでも尚、シロコたちの怒りは収まりそうになかった。
その時――
「みんな、一旦落ち着きなよ。頭から湯気が出ちゃってるよ?」
ホシノのゆるい言葉に、ふっと空気が揺れた。
「感情で動くのは良くない。さっきハルト先生が教えてくれたの、もう忘れちゃった?」
その言葉に、みんなが黙り込む。
理事に頭を下げたハルトは、いろんな感情を飲み込んでの行動だった。好き勝手されて、文句の1つも言いたかっただろう。だが彼は己の感情を抑え、穏便に済ませることを選んだ。
「…ごめん。」
「たしかに、カッとなってたかも…。」
「…ホシノちゃんの言う通りだね。」
少しずつ、教室に冷静さが戻ってくるのが分かる。
次いで、ホシノはやんわりとした口調で言った。
「みんながアビドスのために考えてくれているってことは、良く分かってるよ。本当にありがとうね。」
さすがはホシノだ。あれだけ「戦う」と意気込んでいたシロコたちを、一言で落ち着かせた。
誰かの怒りも、焦りも、正義感も、彼女の前ではただの「子供らしい熱さ」になる。
…あの空気を作れるのは、彼女しかいない。
俺は教室の外、廊下の壁に背を預けたまま、その様子を静かに聞いていた。
目を閉じれば、彼女たちの声が心に染み込んでくる。
「それと…黄泉先生。盗み聞きは良くないと思うな〜?」
ふと、ホシノの声が廊下まで届いてきた。
…さすがはホシノだ。全部お見通しってわけか。
俺はゆっくりと教室の扉を開ける。
「黄泉先生!?」
「え、いたの!?」
ぽかんとした顔、驚きの声――でもそのどれもが、すぐに柔らかなものへと変わっていく。
次第に、生徒たちの表情に安堵の色が広がっていった。
「…よく分かったな。」
「うへ。黄泉先生のオーラは強いからね〜。」
その空気はまるで、張りつめた糸がゆるんでいくようだった。
その時、ふと、教室に漂う“空気”に違和感を覚えた。
何かが足りない。
いや――「何か」ではなく、「誰か」だ。
俺は教室を見渡しながら、低く呟いた。
「……ハルトは、どこだ?」
全員の動きが止まった。
空気がわずかに、重たくなる。
誰も言葉を返せなかった。
それどころか、皆がどこか…後ろめたさを感じているような顔をしていた。
答えの代わりに返ってきたのは――沈黙。
そして、伏せられた視線と、俯いた肩だった。
…どうやら、俺が思っていた以上に――彼の“戦い”も、深かったらしい。
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屋上の柵にもたれかかりながら、私はゆっくりと深呼吸をした。昼下がりの空はやけに青く、砂塵に濁った世界とは対照的に、やけに澄んで見えた。
だけだ、心は晴れない。
あの時の言葉、あの場の空気、そして皆の視線――それらが、まだ胸の奥に刺さったままだ。
”……あれで、良かったのか?”
小さく呟いた声は、風にさらわれていった。
自分は正しかったのか。
正しい決断だったのか。
いや、正しさなどどうでもいい。ただ――守れたのかどうか。それが、問いたいことだった。
理事の言葉に何一つ反論できず、ただ事態を丸く収めるために頭を下げた。
その結果、シャーレはカイザーに借金を背負い、アビドスの未来にもさらなる枷をはめてしまった。
皆を守りたかった。
なのに――結果的には、傷口を広げただけかもしれない。
”……黄泉先生なら、もっと上手くやれていたのかな。”
冗談めかして言ったつもりだったが、声に笑みはなかった。
あの人はどんな場面でも冷静で、言葉ひとつで周囲を動かし、守り切ってみせた。
自分には、それができなかった。
あの人なら、誰も傷つかずに済んだのかもしれない。
それを思うたびに、自分が『先生』と呼ばれるにはあまりに未熟だと痛感する。
”私は…『先生』失格だ。”
その言葉が口から零れ落ちた瞬間――
「……だったら、ここで諦めるつもりか?」
低く、鋭く、そしてどこか哀しみを帯びた声が、屋上の空気を切り裂いた。
思わず顔を上げ、振り向く。
そこには、いつの間にか――黄泉先生が立っていた。
私を睨みつけるように立つその姿は、まるで――否、間違いなく“死神”そのものだった。
つづく
スターレイルに限った話ではありませんが、メインストーリーを終わらせた後に配信者さんのアーカイブを観るのが好きなんです。
1人でプレイしてる時は気付けなかったことに気付けたり、感情移入マシマシになったり、結構楽しいんですよね。
この気持ち、「分かる!」って人います?