死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

僕の投稿スタイルなんですが、先にpixivで書いて、それをコピーしてこちらに移すので、ルビのやつがまんま載ってたりします。
できるだけ見落とさないようにしてるんですが、たまに気づかず投稿しちゃうんですよね。

そういうのも教えてくれると嬉しいです。


約束と覚悟の刻

シャワーを終え、雨に濡れた服を袋に詰め込んだ俺は、対策委員会の教室へと続く廊下を静かに歩いていた。 

いつもなら肩にかけている白い外套は、今はない。ホシノが「乾かしておくね」と言ってどこかへ持っていってしまったからだ。

 

シャツ姿でシャーレの外をうろうろするのは久しぶりだ。妙に落ち着かず、どこか違和感を覚える。

まるで自分が自分でないような、そんな感覚だった。

 

「先生、こっちだよ〜!」

 

角を曲がったところで、ホシノに呼び止められた。彼女は手をひらひらと振って、教室とは別の方向を指差している。

 

促されるままに進んだ先にあったのは、初めて見る大きめの教室。扉を開けると、中には見慣れた顔ぶれがそろっていた。

 

ハルト、アビドス対策委員会の4人、そして便利屋の4人。それぞれが机を並べ、まるでクラス会議のような雰囲気で座っている。

 

「すみません。人が増えたので、会議はこちらですることにしたんです。」

 

教室の隅でタブレット端末を手にしていたアヤネが、そう説明する。

 

「先生、着席してくださいねっ☆」

 

ノノミの明るい声に俺は無言で頷き、あえて1番後ろの席に腰を下ろす。それに相対するかのようにハルトが椅子から立ち上がり、黒板の前に立った。

 

”…それでは、アビドスがどのようにしてこの状況を乗り越えるか。私の考えを話します。”

 

やけに畏まったその声に、笑いや軽口は一切なかった。視線を合わせたのは仲間たちではなく、敵と対峙する未来の“現場”を見据えているようだった。

 

しかし、そう言って黒板に向き直ったハルトの背中には、どこかぎこちなさが見られた。

それを察したのか、セリカが遠慮がちに手を挙げる。

 

「先生……ちょっと緊張してる?」

 

「くふふ♪ ハルト先生、リラックスだよ!」

 

ムツキもいつもの調子で笑いながら軽口を挟む。

教室に柔らかい空気が流れかけた、しかし——

 

”……ごめん。今から私が話すのは、決して楽しいものじゃないんだ。”

 

その一言で、空気が一変した。

静まり返る教室。冗談を口にしていた二人も、思わず言葉を飲み込む。

 

”……まずは、アビドスの現状を確認しようか。”

 

教室の黒板に向かい、ハルトはチョークを手に取る。

静かな音を立てて、白い文字が並んでいった。

 

”今のアビドス高校は――約9億の借金。毎月9000万の利子。そして……1週間以内に3億の補償金の支払いを命じられているのは、もちろん知ってるね。”

 

淡々と語るその声に、教室の空気が少しずつ重くなっていく。

 

”……もうこの際はっきり言うけど、3億なんて大金を用意できるわけがない。カイザー理事はそれを分かった上で通告してきたんだ。”

 

怒りを滲ませるでもなく、ただ現実を見つめるような声音だった。

 

「でも…!だからって、ここを捨てて出ていくなんて……!」

 

教室の一角で、セリカが勢いよく立ち上がる。

その瞳には、悔しさと怒り、そしてほんの少しの恐れが滲んでいた。

 

”落ち着いて、黒見さん。”

 

そんな彼女に、ハルトはやわらかく声をかける。

 

”私はみんながアビドスで幸せになってもらうために、ここに立っているんだ。ここを捨てるつもりは毛頭無いよ。”

 

その言葉にセリカはハッとして「ごめん…」と小さく答えて静かに着席した。

 

ひと呼吸置いて、ハルトは教室を見渡すように問いかける。

 

”このまま私の案を話してもいいけど……その前に、みんなに聞きたい。誰か――お金を用意する方法を考えた人は、いるかな?”

 

沈黙が落ちる。

誰も答えない。誰も、声を上げない。

 

俺は、ふと横にいるホシノに目をやった。

そのときだった。

 

「……先生。」

 

彼女の静かな声が、教室に響いた。

 

「先生の考えた案を、聞かせて。」

 

ホシノはハルトを真っ直ぐに見ていた。

その瞳に迷いは無く、ハルトを信じる気持ちと受け入れる覚悟が宿っていた。

 

その言葉に、ハルトはひとつ頷く。

 

”……ありがとう、小鳥遊さん。”

 

その言葉のあと、彼は全員の顔をゆっくりと見渡し、静かに言い放った。

 

”私が考えた、たったひとつの案。それは――”

 

”カイザーを潰すことだ。”

 

その静かな声は怒鳴りでも叫びでもない。固く、強い決意に満ちていた。

 

この教室にざわめきが走ったのは、言うまでもない。

彼女たちにとっては、衝撃的な案だった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ほ、本気ですか!?」

 

アヤネが叫ぶように問い返す。あの日のように、その声音は反対を示していた。

 

”本気だよ。だけど――”

 

そうしてハルトは話を続けようとしたが…

 

「そ、そんなの……絶対に反対です! いくらシャーレの先生と言えど、そんなことをしたら犯罪者になりますよ!?」

 

震えるようなアヤネの声がそれを遮る。果たして、ハルトは何を言おうとしたのか…。

そんな中、他の生徒たちの感情もまた、先走っていた。

 

「でも、あいつらにはやり返さなきゃ気が済まないよ!」

 

「私も賛成。カイザーには散々な目に遭わされたし、ホシノ先輩まで奪おうとした。」

 

「先生が言うなら、私もついていくわ!」

 

前に屈辱を受けた記憶が蘇ったのだろう。怒りに火がついたように、生徒たちは声をあげ始める。

 

声が声を呼び、ヒートアップする。

誰もが言いたいことを叫び、全体が熱に浮かされたようになっていく。

ハルトは「落ち着いて」と声を掛けるが、誰一人として聞く耳を持たない。

 

さすがに止めなければまずいと考え、席を立とうとしたその時。俺の隣の席に立てかけてあった刀が薄紫の火花を散らした。

言葉こそ発せないが、『俺に任せろ』と言っていた。

 

このままでは早とちりの怒りに呑まれ、肝心な策も聞かれないまま暴走する。今こそ、誰かが正気に戻さねばならない。

コイツは、その役を買って出たのだ。

 

俺は、ごくわずかに頷いた。

その瞬間――

 

 

 

ズガァァァン!!

 

 

 

刀が閃光を放ち、雷鳴のような轟音が教室を突き破る。それと同時に、教室内のすべてが一瞬にして凍りついた。

 

彼女たちか見つめる先には、黒く焦げた机があった。やがてそれはボロボロと崩れ、刀が音を立てて床に転がる。

 

……さすがにやり過ぎだ。

 

思わず俺はため息をつく。

確かに床や他の机に傷はついていない。だが、お前が壊した机を弁償するのは俺なんだが?

そんなことを考えながら俺は刀を手に取り、ゆっくりと話す。

 

「……コイツの言う通りだ。お前たち、少しは人の話を聞け。ハルトが何も考えず“カイザーを潰す”なんて言うわけがないだろう。」

 

俺の声が、教室の空気を切り裂くように響いた。

怒鳴ったつもりはない。しかし、生徒たちはまるで時が止まったかのように沈黙し、その場に凍りついていた。

 

「……お前がそう言ったのには何か意味があるんだな?」

 

俺はハルトに視線を向ける。 

彼もまた真っ直ぐに俺を見て頷いた。

 

”……はい。ですが、私の言い方が悪かったです。”

 

「何でもいい。その内容を教えろ。」

 

教室はようやく静けさを取り戻す。生徒たちは黙って着席し、小さく息を呑んだ。

そこから少し沈黙した後、ハルトは軽く息を吸い、落ち着いた声で言葉を紡ぎ出した。

 

”それじゃあ、改めて説明するね。カイザーを潰すと言ったのは、比喩でも冗談でもない。ただし、標的は『カイザーコーポレーション本社』じゃない。アビドス砂漠で活動している『カイザーPMC』が対象だ。”

 

彼の言葉に、生徒たちはわずかに眉をひそめる。だがハルトは、淡々と続けた。

 

”――結論から言うと、カイザーがアビドス砂漠で行っている活動は違法行為なんだ。”

 

その一言で、教室中に小さなざわめきが走る。ホシノが目を見開き、アヤネが信じられないといった顔でハルトを見つめる。

 

「い、違法? でも、あいつらは…。」

 

ムツキが口にしたその言葉に、ノノミが慌てたように被せる。

 

「はい。カイザーの理事は”自分たちの私有地だから合法だ”って言っていました。」

 

”そう思うだろうね。実際、私も最初はそうだった。”

 

ハルトは淡々とした口調で答えながら、手にした資料を机に置く。その横顔を見ながら、俺も生徒たち同様に静かに眉を寄せていた。

 

(違法……だと? 一体、何が……?)

 

全く分からなかった。

あの時、俺もカイザー理事の話は聞いていた。どこにも不備がない、完璧な正論だと考えていたが――

 

”だけど、それが案外そうでもないんだ。なにせ――アビドス砂漠の所有者は、今でもアビドス高校なんだから。”

 

「………え?」

 

「な、何言ってるの…?」

 

困惑の声が小さく教室に広がっていく。

 

”確かに、あの土地は過去にアビドス生徒会がカイザーに「売却」した。書類上では、所有権がカイザーに移ったことになっている。”

 

”さらに、黄泉先生の報告によれば……カイザーは柴大将たちに退去命令を出していた。つまり、アビドス生徒会から買い取った土地をカイザーの自治区として扱っているんだ。”

 

ハルトは一拍置き、生徒たちの反応を見つめながら続ける。

 

”でもね。新しく自治区を設立するには、連邦生徒会への申請が必要なんだ。それが気になって……昨日、連邦生徒会に調査を依頼したところ――”

 

一瞬の沈黙。全員が息を呑む。

不思議と、俺の胸の鼓動は高まっていた。そして、つい声を漏らしてしまう。

 

「まさか…。」

 

”はい、そのまさかです。カイザーは一度も申請をしていなかった。つまり、あの土地は「カイザーの自治区」として認められていない、ただの私有地。いや……アビドス高校の法的管轄にある土地なんです。”

 

ざわつく教室。椅子をきしませる音、机に置かれた手が小さく震える音。

ここにいる全生徒が予想外の展開に驚いていた。

 

”……君たちは何も悪くないよ。君たちは子供で、大人には何も言えなかった。悪いのは、それを利用した奴らだ。”

 

ハルトの声は穏やかだが、そこには確かな怒りが込められていた。アビドスの生徒たちは、言葉を失ったまま彼を見つめている。

 

そして、ハルトは静かに続けた。

 

”さっき奥空さんが言っていた“犯罪”についても、何も問題はない。こちらにはシャーレの権限と、集金の記録があるからね。”

 

「……シャーレの権限?」

 

ホシノが眉をひそめ、聞き返す。

 

”シャーレには、『各学園の自治区で制限なく戦闘行為を行える』という特別な権限が与えられている。それを最大限に活用する。”

 

「そ、そんな権限があったの……?」

 

思わず口を開いたのはホシノだけではなかった。アビドスの生徒たち、そして便利屋の面々までもが、驚いたように目を丸くしていた。

……ああ、そういえば彼女たちにも話していなかったか。

 

そんな状況にハルトは構わず、懐から一枚の書類を取り出すと、教卓に静かに置いた。

 

”ここには、カイザーローンと闇銀行の間で行われた不正な取引の記録が残されている。これを連邦生徒会に提出すれば、さすがの理事も好き勝手には動けないだろう。”

 

それを聞いたアビドスたちは、少し安心したようだった。「もしかしたら何とかなるかもしれない」という希望が、彼女たちを包んでいる。

 

…しかし、ノノミは違った。

 

「1つ……いいですか?」

 

静かに手を挙げ、ハルトに視線を向ける。

 

「前にアビドス砂漠でカイザーPMCと交戦した時、その戦力差は圧倒的でした。私たちは……ほとんど何もできなかった。」

 

机の下で、ノノミの手がぎゅっと握られていた。

 

「たしかに、あのとき黄泉先生はいませんでした。でも……それでも私たちだけで、本当にカイザーPMCに勝てると、先生は思っているんですか?」

 

その問いは冷静で、しかし真っ直ぐだった。

信じたい気持ちと不安。それがにじむ声だった。

 

だが、ハルトは一切の躊躇なく答える。

 

”もちろん分かってるよ。君たちの不安も、状況の厳しさも。”

 

彼は黒板の前に立ち、全員をゆっくりと見渡した。

 

”だからこそ、彼女たちの力を借りようと思ってる。”

 

「彼女たち……?」

 

その含みある言葉に、アルが眉をひそめる。だが、ハルトはそこで明かさなかった。

 

”詳細はまだ言えない。けれど――”

 

一歩前へ。教室全体に響くよう、静かに、しかし力強く。

 

”私と黄泉先生を信じてほしい。”

 

誰も、すぐには口を開かなかった。

 

ただ、その言葉だけが、しんとした空気の中でゆっくりと沁み込んでいくようだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ハルトの説明が終わり、教室に再び静寂が落ちる。

だが、さっきまでとは違う。今の彼女たちは真剣に――自分の意思で、この戦いを見つめていた。

 

”……この作戦、どう思った?”

 

ハルトがアビドスの生徒たちに問いかける。しかし、誰もすぐには答えない。

不安がないはずはない。戦う相手は、かつて自分たちを圧倒した存在――カイザーPMC。

でも、それでも、この沈黙を破る者がいた。

 

「私は――先生を信じるよ。」

 

ホシノが力強く、真っ直ぐにそう言った。今の彼女の中に迷いはない。

 

「だから、みんなも――」

 

言いかけたホシノに、セリカがすかさず声を上げる。

 

「ちょっとちょっと。なんかホシノ先輩が言い出しっぺみたいになってない?」

 

「……え?」

 

「最初から賛成だったよ。私たちは先生のこと、ずっと信じてたから。」

 

そう笑うセリカの隣で、シロコが短く、でも確かな声で続けた。

 

「ん、セリカの言う通り。」

 

その言葉に、ホシノの瞳が一瞬揺れた。まるで、自分だけが遅れていたことを実感するように。

 

「……そっか。そうだよね。」

 

肩の力を抜いたホシノが、少しだけ照れくさそうに笑う。

 

すると、少し俯いて座っていたアヤネが立ち上がった。迷いはもう、その瞳になかった。

 

「……私は、最初は反対でした。道を踏み外すんじゃないかと思って、怖かった……。」

 

「でも、先生の言葉で……全部、吹き飛びました。不安も、迷いも。」

 

そう言って、彼女ははっきりと言った。

 

「私も――この作戦に賛成です。」

 

決意のこもった声に、ハルトと便利屋の面々がうなずいた。その場の空気が一歩前へと進む。

 

すると、セリカがぽんっと軽く手を打った。

 

「ノノミ先輩はどう?」

 

全員の視線が自然とノノミに向く。彼女は一瞬だけ戸惑ったが――やがて、ゆっくりとうなずいた。

 

「……正直に言うと、まだ怖いです。」

 

その声に誰も茶化さない。むしろ、真剣に耳を傾ける。

 

「前に戦った時、私たちは全く歯が立たなかった。あの時の絶望、今でも思い出しちゃうくらいで…。」

 

けれど、その手がぎゅっと握られる。

 

「でも、それでも私は……先生の言葉を聞いて、信じたいと思いました。」

 

不安を抱えながら、それでも立ち向かおうとするその姿に、強い思いを感じた。

 

「私も、賛成です。……みんなと、ずっとここにいたいから。」

 

ほんの少し頬を赤らめながら、照れくさそうに目を伏せる。だがその言葉は、まっすぐに場の全員の心に届いていた。

 

”じゃあ……便利屋のみんなはどうかな。”

 

そうしてハルトはアルたちに目を向ける。

だが、便利屋の面々はすでにハルトの背中を信じていた。誰からともなく手を挙げ、頷き、笑い合う。

 

「もちろん賛成よ、先生。」

「私たちもシャーレの一員なんだから、やることは決まってるよ。」

「やられっぱなしも嫌だからね!」

「全力で頑張ります!」

 

そうして便利屋の面々が次々と頷いていくのを、俺は黙って見ていた。

 

……だが、それだけじゃ足りない。

どこかで、誰かが一度はこの言葉を口にしなければならない。

 

だから、俺が言う。

 

「……1つ、聞きたいことがある。」

 

静かに手を挙げてそう切り出すと、場の空気が引き締まるのを感じた。

こいつらの覚悟が本物か、それを見極める最後のひと押しだ。

 

「アビドスがカイザーに金を借りたのは事実だ。上手く行ったとしても――利子の減額と補償金の帳消し程度で、借金そのものは残るだろう。」

 

「それについて、お前たちはどう考えている?」

 

その言葉に、ここにいる全員が口を噤んだ。

俺が話しているのは現実であり、見たくない真実。だが、それでも目を逸らすことはできない。

 

俺はわざと黙る。少しして、ホシノが口を開いた。

 

「……黄泉先生、覚えてる?」

 

不思議と、迷いのない声だった。

 

「アビドスとシャーレが手を組む時に話したよね。誰にも押し付けない、卒業した後も一緒に向き合うって。」

 

もちろん覚えている。あの時俺は、もし途中で返済を投げ出すようなら手は組めないと話した。

 

「心配しないで。あの約束を破るつもりなんて、少しもないから。」

 

まっすぐな目だった。

一切の迷いがない、純粋な目だ。

 

そして、俺は頷く。

 

「ならば、俺から言うことは何も無い。ハルトの案に賛成しよう。」

 

俺がそう告げた、次の瞬間――

 

「「「おお〜っ!!」」」

 

教室中に歓声が響いた。誰が声を上げたかなんて分からない。ただ、確かに全員が一体になった瞬間だった。

 

セリカは「やったぁ!」と叫び、ノノミはふふっと小さく笑い、アヤネは思わず両手を胸元でぎゅっと握りしめる。

 

シロコは口元こそ引き結んでいたが、少しだけ口角が上がっていた。

 

そしてホシノは――

 

「…これでようやく、前に進めそうだね。」

 

そう呟いて、誰よりも嬉しそうに笑っていた。

 

 

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”さて……みんなの気持ちが1つになったところで、これを渡すよ。”

 

そう言ってハルトが取り出したのは、一束の書類。それは俺たちが作戦を実行するにあたり必要な、重要なものだった。

 

”これはシャーレに「入部」するための申請書。これがないと、みんなには今回の作戦に必要な権限が適用されないんだ。”

 

そう言って一人一人に書類を手渡す。彼女たちが興味深そうに書類へと目を通している中、ふとカヨコが口を開いた。

 

「これに名前を書いたら、どこでも自由に戦闘が行えるってこと?」

 

”まぁ、簡単に言えばそうだね。ただし――”

 

ハルトは軽く右手を上げて制す。

 

”「私か黄泉先生の指示があった場合に限り」って条件付きだよ。無断行動は違反行為になる。”

 

「……そっか。」

 

その言葉に、シロコがほんの僅かに残念そうな顔をした。

 

「ちょっとシロコ先輩!? なんでそんな顔してるの!?」

 

即座にセリカがツッコむと、シロコは小さく肩をすくめて視線を逸らす。ヤツのことだ、どうせシャーレという盾を使って銀行強盗でもするつもりだったのだろう。

…そんなこと許されるわけがないだろう、阿呆め。

 

そんなやり取りを横目に、ホシノが言った。

 

「これに名前をかいたら、私たちもシャーレの一員になるんだね。」

 

ホシノは書類に目を通しながら、静かに尋ねる。

 

”まぁ、ざっくり言えばそうだね。細かく言えば、顧問である私が承認のハンコを押してから…かな。”

 

その言葉に、ホシノが「え?」と驚いたような声を漏らした。いや、驚いたのは彼女だけではない。便利屋の面々も、まるで寝耳に水といった反応を見せる。

 

「シャーレの顧問って、ハルト先生だったの?」

 

”そうだけど……?”

 

ハルトがやや困惑した様子で答えると、教室内には「えー!?」という一斉の驚きが響いた。

 

「ほ、ホントに!? ずっと顧問は黄泉先生だと思ってた…!」とセリカ。

 

「それ私たちも初耳なんだけど…!」と、アルは席を蹴るようにして立ち上がる。

 

その反応に、俺は心の中でひとつ肩をすくめた。まあ、こうなるとはなんとなく予想していたが。

 

「なんというか……“最終決定権”は黄泉先生にあるように感じていたからでしょうか?」

 

「つまりアヤネちゃんが言いたいのは、『先生としての貫禄が桁違い』ってことだね!」

 

「ム、ムツキさん! 私はそこまで考えてませんよ!」

 

アヤネが慌てて反論するも、ムツキはまるで悪びれもせずに笑っていた。

 

“貫禄”か。確かに、そう見られるのは悪くない。だが、俺が副顧問を選んだ理由は至極単純だ。

 

それは、自由に動けるからだ。

 

キヴォトスでは生徒たちは常に武器を持ち歩くために、些細なきっかけが暴動に繋がることも珍しくない。

その時は各学園の委員会が対応にあたるが、それでも手に負えない場合は最終手段として俺を呼ぶ。

だからこそ、組織の看板を背負い、運営を担う“顧問”という役割は俺には合わないと考えた。

 

キヴォトスに来て先生になって、いきなり顧問を任されるのは荷が重いだろうが、この関係性が最も理想的だと思っている。

とは言え――

 

「…中々に酷い言われようだな。」

 

”くぅ…。”

 

くすりと笑いながらそう言うと、生徒たちの笑い声が広がる。一方のハルトは完全に肩を落として項垂れていた。

 

少し落ち着いた後、ホシノが尋ねた。

 

「…えっと、とりあえずこれに名前を書けばいいんだね?」

 

”…うん。それと、条件のところはちゃんと目を通しておいてね。それを破って「知りませんでした」は通用しないから。”

 

「「「はーい!」」」

 

それぞれが黙々と条件の項目を読み、ペンを走らせ始める中――ハルトが俺に目を向けた。

 

”黄泉先生、少しいいですか。”

 

「…ああ、俺からも話がある。」

 

そうして俺たちは静かに教室を出て、廊下の突き当たりまで足を運んだ。

 

賑やかな声が背中に遠ざかっていく。

 

それでもなお、その心には――

確かに、ひとつの希望の形が芽生えていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

教室を出た俺とハルトは、廊下の突き当たりで足を止める。窓の外に目を向けると、つい先ほどまで灰色に覆われていた空が嘘のように晴れていた。

白い雲が浮かぶ、どこまでも澄んだ青空。まるで、今のホシノたちの心に差し込んだ光を映しているようだった。

 

俺はハルトに向き合い、ポンと彼の肩に手を置いた。自分でも驚くほどに、あまりに自然な動きだった。

 

「よくやった。」

 

そう言葉にするよりも先に、そうしていた。

続けて俺の手はそのままゆっくりと肩をたたく。二度、三度。強すぎず、軽すぎず。

 

「……っ。」

 

ハルトは何かを言いかけたが、その言葉は喉の奥で止まる。そして、少し照れた様子を見せ、笑った。

 

「ここまで奴らの足元を崩すとは思っていなかった。お前の読みと準備――全てが、完璧だった。」

 

静かにそう告げると、俺は手を離し、軽く息をついた。

 

――我ながら、珍しい行動だと思う。

 

けれど、それでも足りないくらいだった。

これまで見てきた誰よりも、彼の行動は俺の心を揺さぶったのだから。

 

少しして、ハルトは俺の目を見て言った。

 

”黄泉先生こそ……小鳥遊さんを引き留めてくれて、ありがとうございました。”

 

「お前の胸のざわめきがあったからだ。俺は何もしていない。」

 

俺がそう答えると、ハルトは少し困ったように「そんな、謙遜しなくても」と返した。

だが、本当にそう思っている。俺ができたのは、ハルトの背を押すことくらいだ。

 

さらにしばしの沈黙のあと、ハルトが表情を引き締める。

 

”今後の流れですが、黄泉先生には連邦生徒会への説明をお願いしたいと思います。私はゲヘナの風紀委員会に協力を仰ぎに行きます。”

 

「…それが、お前が言っていた”彼女たち”のことか?」

 

”はい。”

 

まさか、ここまで考えていたとは。

ゲヘナ風紀委員の戦力が加わるならば、俺もかなり動きやすくなる。

だが、ヒナは首を縦に振るだろうか? チナツたちはヒナが『やる』と言えば自然とついてくるからいいが、横に振られれば終わりだ。

 

それでも、ハルトは自信を持って『任せてほしい』とあいつらに言った。責任感と覚悟のあるいい目だった。

ならば俺も、ハルトの交渉術を信じるとしよう。

 

「分かった。連邦生徒会は俺には任せろ。」

 

そうして俺は軽く拳を握り、そっと差し出す。ハルトもまた、無言のまま拳を合わせた。

それは、次の一歩を共に踏み出すという、無言の誓いだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

作戦会議を終えた俺たちは、それぞれの準備に向けて教室を後にした。

昼下がりの廊下には暖かい陽の光が差し込み、まるで嵐の後のような静けさが広がっていた。

 

ハルト、アビドス、便利屋。それぞれが談笑しながら歩き出すなかで、俺もその流れに身を任せる。

 

――ふと、首元に覚える違和感に足を止めた。

 

「……俺の、コート。」

 

何かを忘れていると思ったら、そうだ。白い外套をホシノに預けたままだった。

 

俺が視線を落とすと、すぐ隣にいたホシノが「うへ」と間の抜けた声を漏らす。

 

「危ない危ない、 完全に忘れてたよ。」

 

ホシノは頭をかいて苦笑すると、少しだけ表情を引き締めてから言った。

 

「……それじゃあ、ちょっと。ついてきてもらってもいい?」

 

言葉の調子はいつもと変わらないが、その目はどこか真剣だった。

まるで──ただコートを返すだけではない何かが、この先に待っているかのように。

 

 

階段をゆっくりと上り、静かな廊下を歩く。

周囲には音楽室やパソコン室、図書室など、かつて誰かが使っていたであろう教室のプレートが並んでいた。

 

そのうちのひとつに視線を落としながら、俺は感慨に耽っていた。

 

「どしたの?」

 

隣から、ホシノの声が飛んでくる。

 

「……ここにも、かつての生徒たちの笑い声があったのだなと考えただけだ。」

 

その言葉に、ホシノはわずかに目を見開いた。

 

「……黄泉先生って、けっこう感傷に浸るタイプ?」

 

「いや。どちらかと言えば、職業病のようなものかもしれないな。」

 

淡々とした口調で続ける。

キヴォトスにおいて、生徒不足で廃校になる学校は少なくない。任務で訪れた先の廃れた校舎を見るたび、そこにかつて存在した笑顔を想像してしまう。

それは先生として、避けようのない癖のようなものだった。

 

「……私と一緒だね。」

 

ホシノが、ぽつりと呟いた。

 

「私も時々思うんだ。今では5人だけしかいないけど、昔はもっと賑やかだったんだろうなって……。賑やかだったのに、私たちが全部置いてきてしまったんじゃないかって、思うときがある。」

 

その声音には、微かに後悔の色が滲んでいた。

 

「うへ…。ごめんね、暗い雰囲気にしちゃって。」

 

「問題ない。感情を共有することは、大事なことだ。」

 

そう返すと、ホシノは少しだけ目を細めた。

それは、気まずさや照れではなく、静かに共鳴した誰かの温もりを感じた表情だった。

 

そんな会話を交わしているうちに、目的の教室へとたどり着いた。

 

「えっと、ここにコートを干してあるんだけど……ちょっとだけ、待っててくれる?」

 

ホシノは立ち止まり、そう言った。その表情には、なぜか少しだけ恥じらいが浮かんでいる。

理由は言われずとも察せられた。恐らく、自分の服も一緒に干してあるのだろう。

 

「……分かった。ここで待っている。」

 

俺がそう答えると、ホシノは教室の引き戸を静かに少しだけ開け、中を覗いて、すぐに閉めた。

 

そのまま教室に入ったホシノは、すぐには戻ってこなかった。

 

ほんの1〜2分の間だったが、彼女は何かをするように、あるいは心を整えるように、その教室の中で時間をかけていた――そんな気配がした。

 

 

やがて、教室の扉が静かに開いた。

ホシノが姿を現し、その腕には俺の白いコートが丁寧に抱えられていた。

 

開口一番、彼女はぽつりと呟く。

 

「やっぱり……重たい。」

 

その言葉に、俺は少しだけ首を傾げる。

まだ完全には乾いていないのかと考え、「乾いていなくても構わない」と返した。

 

しかし、ホシノはすぐに否定するように首を横に振った。

 

「そうじゃなくて……うーん、なんて言えばいいのかな」

 

眉をひそめながら、ホシノはゆっくりとコートを見下ろす。

 

「これを持った瞬間……なんか、どっしり来たの。よく分かんないけど、すごく……重たく感じたんだ。」

 

それは、重さというより“重み”とでも言うべきものだった。布の厚みでも、水分でもない。何かもっと、内側に沈んでいるようなもの。

 

ホシノは少し困ったように笑いながら、俺にコートを差し出す。

 

「変だよね。……でも、本当にそう思ったの。」

 

俺は黙ってその手からコートを受け取った。

その重みは、自分がよく知っている。かつてこの身に纏い、いくつもの戦場を渡り、いくつもの祈りを背負ってきた、それを忘れぬための重さ。

 

静かに抱えたその布の中に、自分という存在の痕跡が確かに宿っていることを──俺は、再び確かめるように腕の中へと抱いた。

 

 

つづく




いやぁ、けっこう時間かかりましたね。特にハルト先生がカイザーと戦うための作戦を話すシーンは何回も確認し直しました。
前回にも書きましたが、新たな道を開拓するのは本当に楽しいです。僕の開拓精神よ、アキヴィリに届け!

ちなみに黄泉先生の刀がぶっ壊した机は、黄泉先生がしっかり片付けました。


  
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