死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

前回なんですけど、アビドスと便利屋たちにシャーレに所属するための書類を書かせたじゃないですか。改めて考えると、カイザーPMCはアビドス自治区にいるからホシノたちに書かせる必要なかなーって。

…まぁ、せっかく書かせたので、今後活用していこうかなと思ってます。
以上、特に意味のない独語でした。


旗を掲げる刻

アビドス高校の生徒玄関前。

砂の匂いを含んだ風が吹き抜ける中、俺たちは再びそれぞれの持ち場へと向かう準備を整えていた。

 

「では、俺たちはアビドスへの支援要請と協力の打診に行って来る。その間、お前たちはアビドスの生徒たちと共にここにいてくれ。」

 

俺が便利屋たちに目的を伝えると、ムツキが首を傾げた。

 

「”ここにいてくれ”って……何してればいいの?」

 

「そうだな…。便利屋対アビドスの模擬戦でもどうだ?」

 

「やりたい。」

 

そんな俺の提案に真っ先に返事をしたのは、やはりシロコだった。相変わらずの戦闘狂だな、コイツは。

 

”今回、私はいないからね。案外陸八魔さんたちが勝つんじゃないかな?”

 

「ちょっとハルト先生!?」

 

そう言ってハルトがアビドスを挑発する。見れば、ホシノたちが分かりやすいくらいに燃えていた。

確か、便利屋に襲撃された時は返り討ちにしたんだったか。そのアビドスの勝利が「ハルトがいたから」なんて言われたら、そうなるだろうな。

 

実際のところ、ハルトの指示の有無でどれくらいの差があるのだろうか。全てが終わった後、試してみるか。

そんな想像もほどほどに、俺は小さく息を吐く。

 

「さて…行くか。」

 

”はい!”

 

そうして俺たちは生徒たちの「いってらっしゃい」を背に受けながら、アビドス高校を出た。

 

風が吹く。

俺とハルトの、いつもとは違う戦いが始まろうとしていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ハルトと別れてから十数分。

俺はキヴォトスの中心部――ビル群の真ん中にそびえ立つサンクトゥムタワーへと足を運んだ。

 

目的は、今回の作戦について報告すること。

本来、他校自治区での戦闘はシャーレの裁量で処理が可能だが、今回ばかりは事の大きさが全く違う。

そのため、あらかじめ連邦生徒会に共有しておくべきと判断した。

 

エレベーターに乗り込み、徐々に変化する外の景色に目を向けること数分。ようやく、連邦生徒会オフィスのある高層階に到着する。

 

「チン」という静かな到着音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。

その先に立っていたのは――

 

「お待ちしておりました、黄泉先生。」

 

連邦生徒会・首席行政官、七神リン。

静かに微笑むその姿は、以前と何も変わっていなかった。

 

「久しいな、リン。息災か?」

 

「はい。黄泉先生もお元気そうで何よりです。」

 

短い挨拶を交わしたあと、俺はリンの案内に従い、彼女の後ろを歩き出す。

 

「わざわざ時間を作ってくれたこと、感謝する。」

 

「黄泉先生だからですよ。他の人だったら即断っていました。」

 

「電話の相手がハルトだったらどうしていた?」

 

「彼はあなたと同じ“先生”ですから、もちろん時間を作りましたよ。」

 

軽く笑いを交えた会話を交わしながら、俺たちはミーティングルームへと向かった。

中に入ると、すでに準備されていたソファへ腰を下ろす。

 

ほどなくして扉がノックされ、ひとりの人物が入ってくる。

クリーム色の長い髪、腰から生えた黒い翼。調停室長――岩櫃アユムだった。

 

「元気そうだな、アユム。」

 

「お久しぶりです。先生もお元気そうでよかったです。」

 

優しい笑みを残し、アユムは静かに部屋を出ていった。

彼女がドアを閉めたのを確認してから、リンが表情を引き締めて口を開く。

 

「電話でも仰っていましたが、報告しなければならないこととは、一体どのようなことでしょうか?」

 

俺は一口、コーヒーを啜ってから答える。

 

「…結論から言おう。シャーレは近いうちに、アビドス自治区にいるカイザーPMCに対して攻撃を行う。」

 

「……!?」

 

普段は冷静なリンの目が、大きく見開かれる。

無理もない。この報告が連邦生徒会にとって異常なものであることを、俺自身がよく知っていた。

 

リンは静かに顎へ手を添え、少し考えるような仕草を見せたあと、再び俺へと視線を向ける。

 

「カイザーPMC…。カイザーコーポレーション系列の民間軍事会社ですね。」

 

「ああ。奴らはアビドス高校の自治区である砂漠地帯において、違法行為を行っていることが確認されている。

シャーレが先頭に立ち、アビドス高校、そしてゲヘナ風紀委員会と共に、攻撃を仕掛ける予定だ。」

 

「……昨日、ハルト先生からアビドス自治区とカイザーに関する調査の依頼がありましたが、そういうことだったのですね。しかし、なぜゲヘナ風紀委員会が…?」

 

「それに関しては、ハルトの交渉次第だ。まだ確定じゃない。」

 

俺が静かに答えると、リンは「ふぅ」と短く息をつき、言葉を続ける。

 

「確かに、カイザーコーポレーションはこれまでに、グレーゾーンとも取れる活動を何度も繰り返してきました。連邦生徒会としても、彼らを取り締まる正当な理由があるならば、動く価値はあります。……ですが――」

 

彼女はそこで一拍置き、まっすぐ俺の目を見て問う。

 

「まずは、その“戦う理由”を教えていただけますか?」

 

「もちろんだ。」

 

俺は一息ついて、これまでに起きた出来事を一から順に話していく。

アビドスの借金から突然の退去通知、そしてブラックマーケットに潜む闇銀行とカイザーローンの繋がりまで――。

 

ひと通りの説明を終えると、リンは少し目を細め、メガネのブリッジを指で押し上げた。

光の加減でレンズが白く反射し、その奥にある彼女の眼差しが一瞬だけ隠れる。

 

「……なるほど。どうやら本格的に調査を入れる必要がありそうですね。」

 

その声は、行政官としての冷静な判断と覚悟を感じさせた。

だが――すぐに次の問いが飛んでくる。

 

「……ところで、この集金記録はどのようにして入手したのですか?」

 

さすがは連邦生徒会の首席行政官。痛いところを突いてくる。

ここで返答に詰まれば、余計に疑いを招く。俺はためらわず、はっきりと答えた。

 

「俺が闇銀行から奪った。」

 

「黄泉先生……。」

 

リンが、静かに俺の名を呼ぶ。

その声色には、怒りなのか、呆れなのか――判別できない曖昧さがあった。

 

「分かっている。だが、金は盗っていない。」

 

「そうではなくて………はぁ……。」

 

こめかみに手を当てるリン。

だが、この場面で「アビドスの生徒たちが銀行を襲った」と正直に言えば、事態はさらに複雑になる。

俺ひとりが矢面に立って済むなら、それで構わない。

 

「……あなたがこれまでキヴォトスのために尽力してくれたことを考慮し、今回だけは不問とします。」

 

「助かる。」

 

「その代わり、ちゃんと反省してくださいね?」

 

「ああ。」

 

代理とは言え、連邦生徒会のトップがそんな甘い対応をして良いのかというツッコミはあったが、ここは彼女の心の広さに感謝することにした。

 

その後、俺はリンに今後の作戦行動の詳細を説明した。そして結果的に、俺は連邦生徒会の理解と許可を取りつけることに成功したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

エレベーターのドアが閉まり、下降していく。

そのタイミングで俺は彼女に尋ねた。

 

「……リン。連邦生徒会長の件は、何か進展はあったか?」

 

そう尋ねると、彼女は一瞬だけ視線を伏せ、静かに答える。

 

「……彼女の捜索は今も続けておりますが、依然として行方は不明です。」

 

「……そうか。」

 

連邦生徒会長の失踪から、気づけば1ヶ月以上が経った。ここまで情報が出てこないとなると、事件性というよりも、本人の意志で姿を消した――そんな気さえしてくる。

 

……そして、誰よりも彼女の近くにいたリンの負担は、肉体的にも精神的にも、俺の想像以上だろう。

 

「ちゃんと休めているか?」

 

ふと漏れた言葉に、リンは静かに微笑んだ。

 

「自分の中では、しっかり休んでいるつもりです。」

 

「……限界を越えれば人は壊れる。本当に辛くなったときはすぐに言え。いつでも話を聞いてやる。」

 

そう言った俺の方を、リンが一瞬、驚いたように見つめた。ほんのりと、その頬が朱に染まる。

 

「……ありがとうございます。そう言っていただけると、少しだけ……心が軽くなります。」

 

その微かな表情の変化に、俺は言葉を返さず、目を伏せる。

 

ヒナといい、リンといい、普段から“支える側”に徹している者は、誰かに甘える術を忘れてしまう。

だからこそ、誰かにたった一言「頼ってもいい」と言われるだけで、救われることもある。

 

……それなら、俺はその一言を、惜しまずに渡せる人間でありたい。

 

それから間もなく、エレベーターが減速し、「チン」と小さく音が鳴って扉が開いた。

 

「見送りはここまででいい。」

 

そう言って一歩前へ出た俺に、リンが柔らかく微笑んで――ほんの少しだけ、寂しそうな目をした。

 

「お気をつけて。…それと、また時間ができたときは、いらしてくださいね。」

 

「ああ。その時は、ハルトも連れてこよう。」

 

「はい、お待ちしております。」

 

そう言葉を交わし、俺はタワーを後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「だから、会わせられないって言ってるでしょ。」

 

じりじりと照りつける日差しの下、私はゲヘナ学園の広場で、ある少女と押し問答を繰り返していた。

 

”そこを頼むよ、大事な話があるんだ。”

 

「しつこいな……委員長だって暇じゃないんだから。」

 

目の前で腕を組んで睨んでくるのは、銀髪ツインテールの――銀鏡イオリさん。

彼女は頑なに、私が風紀委員会の建物へ行くのを阻んできた。

 

話くらい聞いてくれてもいいのにと思ったが、私は先生になってまだ1ヶ月。生徒との交流も少ないため、まだまだ信頼されてないのかもしれない……。

と、一瞬“あの人”の顔が頭に浮かぶ。

 

(こうなったら黄泉先生に頼んで――)

 

そこまで考えて、私は首を横に振る。

 

それはダメだ。任せてくれって自分で言ったんじゃないか。

この件は私1人でやり切る。約束を破るわけにはいかない。

 

”……確かに空崎さんは忙しいかもしれない。でも、それでも伝えなきゃいけないんだ。”

 

すると彼女は面倒くさそうに肩をすくめて、わざとらしく口を開いた。

 

「ふーん……だったらさ、ここで土下座して、私の足を舐めてお願いしてよ。そしたら委員長に会わせてあげる。」

 

そう言って、彼女はためらいもなく片足を上げ、ブーツを脱ぎ捨てた。一瞬何を言っているのか分からなかったけど……黒タイツ越しに覗くそのラインはどこか芸術的で、見惚れてしまった。

 

……でも、それよりも驚いたのは彼女の表情だった。茶化すでもなく、挑発でもなく、本気で試すような目をしている。

 

私は彼女の顔を見つめ返した。その瞳は……揺れていない。

 

……つまり、これは「そういうこと」なんだろう。

 

”……けしかけてきたのは、銀鏡さんだからね。”

 

そうつぶやいて、私は地面に片膝をついた。

ジャリッとした砂の感触が膝に伝わる。構わず、もう片膝もついて正座に近い体勢になる。

 

「ちょっ、おい……。」

 

私は無言で彼女の足元に手を伸ばす。

タイツに指をかけ、静かに――礼儀正しく脱がせる。

ピタリと張りついていた布地が肌を離れ、褐色のすべやかな足が露わになる。

 

思わず、息をのんだ。

 

……綺麗だった。形も、肌も、爪も。

でも、これは私にとって“試練”だ。誰かの足を舐めることが屈辱とか、そういうことじゃない。

これは「覚悟」を示す行為だ。

 

私は静かに顔を近づけた。

風がふっと吹いて、頬にかかる髪が揺れる。

目の前には、銀鏡さんの綺麗な足。

 

そのつま先に、あと数センチで舌が届くという距離。

私はそこで目を閉じた。

 

(これで……アビドスが、前に進めるなら。)

 

そのまま、舌を――

 

「ス、ストップ!!」

 

叫び声が響いた。

 

ぱっと足が引っ込められる。銀鏡さん顔を真っ赤にしており、何故か息が上がっていた。

 

「お前、本当にやる気だったの!?へ、変態!!」

 

”いや……やれって言ったのはそっちでしょ。”

 

なぜかは分からないが、冷静な声が出た。

銀鏡さんはギリギリと歯ぎしりして、視線を逸らす。

 

「お、大人としてのプライドとかはないの!?」

 

”プライドを守って生徒が潰れたら本末転倒。生徒を守るためなら、何だってするよ。”

 

私は立ち上がり、手やズボンについた砂をパンパンとはたく。

 

”それよりも銀鏡さん。そっちが条件を破棄したってことは……委員長に会わせてくれるってことでいいんだよね?”

 

「こっ、こんな時になに冷静に言ってんの!?マジの変態じゃん!!」

 

……他人に足を舐めさせる発想が出てくる時点で、そっちの方が変態だと思うけどね。

まあ、それは口に出さずにおいた。言っても火に油だし。

 

銀鏡さんは顔を真っ赤にしたまま、まだ息が落ち着いていない。どうやら、風紀委員長に会うにはもう少し時間がかかりそうだ。

 

それにしても――綺麗な足だったな。

 

「…ハルト先生?」

 

ふいに、背後から声をかけられた。

 

振り向くとそこにはなんと、風紀委員長の空崎さんが立っていた。穏やかな笑みを浮かべながら、こちらに手を振っている。

 

前にアビドスで顔を合わせたときよりも柔らかい雰囲気をまとっていて、少し驚いた。

 

「久しぶりね。イオリとも仲良くしてくれてるみたいで、安心したわ。」

 

「うっ…。」

 

彼女の言葉に、銀鏡さんがかすかに呻く。耳まで赤くなっていて、さっきまでの威勢はどこへやら。

 

”仲良くというか、銀鏡さんが――”

 

そこまで言いかけた瞬間、鋭い視線が突き刺さる。

銀鏡さんが放つ無言の「言ったら殺す」オーラに、私は咄嗟に口を濁した。

 

”ま、前にいろいろあったけど……改めてよろしく、みたいな?”

 

「ふふっ、それはよかった。」

 

空崎さんはくすりと笑い、優雅に頷いた。

……やれやれ、彼女にあの一部始終を見られてたら、恥ずかしさで爆発してたんじゃないか?

 

「それで、今日はゲヘナに何の用かしら?」

 

”実は、空崎さんにお願いしたいことがあって。”

 

「私に? いいわよ。」

 

あれ……?

忙しいと銀鏡さんから聞いていたために、すんなりと受け入れてくれた彼女に驚いた。

 

そしてそのまま彼女に誘導され、風紀委員会の館へと足を踏み入れるのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

空崎さんに案内された部屋は、まるで魔王の居城って感じだった。

深い赤を基調とした内装に、天井まで伸びる細長い窓。どこか荘厳で、身構えてしまいそうになる。

 

「さ、座って。」

 

彼女に促されてソファに腰を下ろすと、風紀委員の生徒が静かに近づいてきた。

 

「紅茶です。」

 

そう言って私の前にカップを置くと、彼女はニコッと笑い、そのまま退室していった。

お礼を言う暇もなかったけど、あの笑顔を見る限り、ちゃんと伝わっていたんだと思う。

 

「それじゃあさっそく、その話を聞かせてもらおうかしら。」

 

紅茶を一口すすり、穏やかな声で空崎さんが言った。

私は頷き、アビドスの現状、カイザーの動き、そして自分たちが計画している作戦のことを順を追って説明した。

 

途中で空崎さんが口を挟むことはなかった。

ただ静かに、けれど真剣な眼差しで話を聞いていた。

 

話し終えると、彼女は少し目を伏せてから、ゆっくりと答えた。

 

「先生の思いは十分に伝わった。その作戦、私たちも参加させてもらうわ。」

 

”え…。”

 

あまりにもあっさりしている。見返りの話を1つもしていないのに、参加を決断した彼女。

困惑している私は、思わずその理由を尋ねた。

 

「1つ。カイザーの動きは、風紀委員会としても見過ごせない。今後ゲヘナに手を出す可能性があるなら、先に叩いておかないと。」

 

淡々と語る彼女の瞳に、揺らぎはない。

 

「2つ。私たちはあの日、無許可でアビドスに手を出した。その償いになるかは分からないけど、その意を込めて、作戦に参加したい。」

 

私は何も言えなかった。ただ、彼女の覚悟の重さを感じていた。

 

「それに、黄泉先生には暴動鎮圧から個人的な事まで……何度も助けられてる。だから、今度は私が力になる番。」

 

――黄泉先生。

彼女の口からその名前が出た瞬間、部屋の空気が少しだけ変わった気がした。

 

そして彼女は続けて「見返りなんて考えなくていい」と言った。けっこう大事なことだと思うけど、彼女がそう言うなら……いいのかな?

 

”えっと……ありがとう、空崎さん。”

 

しかし――彼女はそこで静かに、けれど申し訳なさそうに視線を落とした。強さで知られる彼女が、こんな表情をするなんて。

どうしたのかを尋ねると、彼女はポツリと答えた。

 

「その……ごめんなさい。あの時のように、多くの部隊を動かすのは難しいかもしれないの。」

 

あの時と言うのは、風紀委員会と私たちが戦った時の事だろう。

 

彼女たちにはゲヘナの治安を守るという、もうひとつの責任がある。それに、部隊を一つ動かすだけでも、相応の資金がかかるって話も聞いたことがある。どれも仕方がない理由だ。

 

そうして私はすぐに笑って首を振った。

 

”それでも構わないよ。空崎さんがこちら側に立ってくれるだけで、すごく心強い。”

 

「ふふっ……ありがとう。私も、できる範囲で協力するわ。」

 

”うん。でも、無理はしないでね。”

 

「もちろん。」

 

そう言って、空崎さんは少しだけ微笑んだ。

その顔は、風紀委員長として誰よりも厳しく、誰よりも強くあろうとする少女の、ほんの少しだけ緩んだ素顔だった。

 

怒っている彼女は確かに怖い。だけど、今日あらためて思った。

それはきっと――たくさんの責任と、たくさんの想いを背負っているからこその強さなんだと。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

静かな風が吹き抜ける、白亜のベランダ。

 

角に建つ優美な柱が屋根を支え、開かれた空間に柔らかな日差しを招き入れていた。足元の大理石は陽光を映し、清潔感のある白が静けさと気品を演出している。空の青と緑の庭園を目の前に、丸テーブルとティーセットが置かれた空間は、まるで別世界のような静謐さをたたえていた。

 

そのテーブルに、彼女はいた。

 

淡い灰色の髪に、純白の翼。トリニティ総合学園・ティーパーティーに所属する生徒会長の1人、桐藤ナギサが紅茶を口にしていた。

 

「こんにちは、黄泉先生。」

 

彼女は俺に気づくと、手を止めてこちらに視線を向け、やわらかな笑みを見せた。どこか楽しげなその声音に導かれるように、俺は席に歩み寄る。

 

「…ここに来ると、どうも場違いなように感じてしまうな。」

 

「ふふ。確かに、トリニティと刀はあまり似合いませんね。」

 

ナギサはそうからかうように言って、俺の前にあるカップに紅茶を注ぐ。ふわりと香ばしい香りが立ちのぼり、鼻腔をくすぐった。静寂の中に、陶器がふれあう音が心地よく響く。

 

「こうして2人でアフタヌーンティーを楽しむのも、久しぶりですね。」

 

「……そうだな。今日はあの騒がしい奴がいなくて助かる。」

 

「あら。それはつまり、ミカさんよりも私の方が”良い”ということでしょうか?」

 

彼女は唇に手を添えながら、そんなことを言う。

意地悪な笑みでも、責めるような口調でもない。それでもその言葉の奥に潜んでいるのは、ほんの僅かに覗いた"含み"――優雅な挑発だ。

 

俺はわずかに眉を動かし、ナギサを見返す。

 

「……そうじゃない。今回はいつもより大事な話をするんだ。騒がしい奴に邪魔されるのは、普通に困る。」

 

「そういうことでしたか。……残念です。」 

 

ふっと笑みを崩さず、ナギサは瞳だけで「冗談ですよ」と語るようにこちらを見る。

 

その様子に、思わず俺は小さく息を吐いた。どこかいたずらっぽく言うナギサの表情に、からかい半分の愛情が見え隠れする。

 

「ふふ。では改めて――黄泉先生がここにいらっしゃった理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「……ああ。」

 

カップを置いて、少しだけ姿勢を正す。

俺はゆっくり頷くと、リンに語ったのと同じ話を、彼女にも語り始めた。

 

 

話し終えた俺は、手元のカップを手に取り、静かに紅茶を啜る。

隣に座るナギサもまた、瞳を伏せて「なるほど……」と小さく呟いた。

 

「さすがですね。アビドス高校を救うだけでなく、トリニティとゲヘナのことまで考えてくださるとは……。」

 

「面倒事は避けたい。万が一トリニティが警戒を強めれば、互いの関係に亀裂が入ると考えただけだ。」

 

警戒され、警戒し返し……その連鎖の果てにあるのは衝突だ。条約調印を前に戦火が上がるなど、絶対にあってはならない。

ヒナには何も伝えていないが――あいつなら、言わずとも分かっているはずだ。

 

「それにしても、カイザーPMCですか……。」

 

ナギサはそう呟きながら、ほんのわずかに目を細めた。

 

「先ほど先生が仰られたように、アビドスの生徒が実際にスカウトされたと。」

 

「ああ。どうやら奴らは、PMCで使える人材を集めているらしい。」

 

「……となると、トリニティの生徒に手を伸ばす可能性もある、ということですね。」

 

紅茶の香りに紛れて、言葉だけが静かに空を渡っていく。ナギサは一拍置くと、何かを決意したように俺の方へ顔を向けた。

 

「その作戦、よろしければ私にも手伝わせていただけませんか?」

 

それを聞いた俺は、すぐに首を縦に振らなかった。というのも――

 

「……お前たちは今回の件とは無関係だ。わざわざ首を突っ込む必要はないはずだが?」

 

俺がここへ来たのは、ゲヘナ風紀委員会が兵を出すと伝えるためであって、トリニティの参加を求めるつもりは全くない。

 

そう返すと、ナギサは口元に手を添えて、静かに微笑んだ。

 

「ふふっ。話を聞いてしまった以上、無関係とは言えません。それに――」

 

「ヒフミさんからも、アビドスとカイザーコーポレーションの話は聞いています。それに、もしトリニティの生徒にも手が伸びる可能性があるなら、動かないわけにはいきません。」

 

……筋が通っていないとは思わない。味方が増えるのは歓迎すべきことだ。

 

だが、トリニティにまで兵を出させるとなると、また別の問題が浮上する。

 

「……正直なところ、正実を動かすのは得策とは思えない。」

 

正実――正義実現委員会。トリニティにおける治安維持部隊であり、ゲヘナの風紀委員会に引けを取らない戦力を持つ組織だ。

しかし、トリニティがゲヘナの動きを見ているように、正実が動けば黙っていない連中がいる。とりわけ、ゲヘナの万魔殿のトップはすぐに武装強化を指示するだろう。

 

「もちろん、承知しています。ですので、ヒフミさんにお願いしようと思っています。」

 

「そういうことか…。それなら問題ないだろう。」

 

ブラックマーケットでもそうだったが、ヒフミはアビドスのために動いてくれた。

彼女なら、今回も快く引き受けてくれるだろう。

 

「話は私の方で通しておきます。先生は作戦に集中してください。」

 

「……今回はやけに積極的だな。」

 

「ふふっ。変なことを考えてるわけじゃありませんよ。

先生に恩を売っておこうとか、そういう下心は決してありません。」

 

冗談めかして微笑むナギサ。その表情は、どこか楽しげだった。

 

「……まあ、何でもいいが。」

 

そう返しつつ、椅子の背もたれに軽くもたれかかった、その時――

 

「あーっ! 黄泉先生だーっ!!」

 

甲高く響いた声が、静かな空気をぶち壊す。

振り返るまでもない。お嬢様の集まるトリニティで、こんな騒ぎ方をする生徒はひとりしかいない。

 

「会いたかったよ、先生〜っ!!」

 

飛びこむようにして抱きついてきたのは、案の定だった。

 

「声のトーンをもう少し落としてくれ、ミカ。」

 

「えへへっ、ごめんね。久しぶりに会えたのが嬉しくて、つい……」

 

俺の首に絡めていた腕をトントンと軽く叩くと、彼女は素直に身を引いた。

 

「相変わらず、元気そうで何よりだ。」

 

「先生もね!」

 

ミカは俺の隣にぴたりと立ち、嬉しそうに笑う。

そんな彼女に、俺は1つ話してみた。

 

「久しぶりに会ったところ悪いが、そろそろ帰らなければ――」

 

「やだ!まだ帰さないよ!」

 

やっぱりな。一応言ってみただけだ。

 

「ミカさん。黄泉先生はお忙しいのですよ?」

 

ナギサが控えめに声をかけると、ミカは頬をふくらませた。

 

「ナギちゃんはさっきまであんなに楽しそうに話してたくせに、私だけダメなんてひどいよ!」

 

お嬢様のくせに、駄々っ子みたいなことを言いやがって。

慕ってくれるのは素直に嬉しいが……いい歳して何言ってんだとは思う。

 

「……まだ時間には余裕がある。もう少しだけここにいるから、せめて声は抑えて話せ。」

 

「ほんと!? やったぁ!」

 

そう言って、ミカはまた抱きついてきた。今度は腕をしっかりと絡めて、離す気がないらしい。

その隣では、ナギサが小さく肩をすくめていた。

 

やれやれ、帰る頃にはちゃんと腕を解いてくれるといいんだがな。 

そんなことをぼんやり考えていた時だ。

 

ナギサが何かを思いついたように、くすっと笑ってこちらを見た。

 

「そういえばミカさん。黄泉先生は先ほど、こんなことを仰られていました。」

 

「なになに?」

 

ミカが興味津々に目を輝かせる。

ナギサはわざとらしく指を唇に当てながら、芝居がかった口調で続けた。

 

「“俺はミカのような騒がしい奴より、ナギサのように静かな女性が好きだ”……と。」

 

「「 ……は?」」

 

俺とミカの声が、ぴたりと揃った。

 

俺の反応はもちろん困惑。そしてミカの方はというと――目を潤ませ、少しだけ俯いていた。

 

「ナギサ……。」

 

俺は目を細め、彼女を見やる。

彼女は椅子に腰かけたまま、優雅に、実に楽しそうに笑っていた。

 

「うふふ♪ 確かに言っていましたよね?」

 

「言ってない。他人を勘違いさせるようなことを気安く言うな。」

 

ツッコミを入れるが、ミカのテンションはすっかり下がっていた。

 

彼女は顔をぐっと近づけると、俺の頬に自分の頬をそっと寄せてくる。

そして、腕にこめる力が――ほんの少しだけ強くなった。

 

「先生……そうなの…?」

 

「……しんみりした声を出すな。いつもの騒がしいミカに戻ってくれ。」

 

まったく……これだからティーパーティーの人間は厄介だ。いろんな意味でな。

 

その後、なんとかミカを“いつもの調子”に戻すことに成功した俺は、いつもナギサがミカにやっているように、ロールケーキをナギサの口に突っ込もうかと考えたが――さすがに自制したのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アビドス高校、夕暮れ時。

空はゆるやかに橙から藍へと溶けていき、校庭を柔らかな光で包んでいた。

グラウンドではアビドスと便利屋の生徒たち、そしてハルトが何やら楽しそうに遊んでいた。

 

鬼ごっこなのか、それとも意味のない追いかけっこなのか。その内容は分からなかったが、彼女たちが笑っている。それだけで十分だった。

 

「黄泉先生〜!」

 

俺の姿を見つけたアルが手を振り、それに続くようにムツキやノノミたちも笑顔でこちらへと駆けてくる。

 

――これが、戦いの前の雰囲気か。

 

どこか気の抜けそうな光景だったが、俺は心のどこかで安堵していた。

思いつめた顔をしている者は、誰一人としていない。彼女たちが俺を、そしてこの場所を信じていることが伝わってきた。

 

「遅かったね。お疲れ様。」

 

そう言って、ホシノがいつもの調子で声をかけてくる。

俺は小さく頷いた。

彼女は、俺がどこで何をしていたのかを尋ねてこない。

問いたださず、ただ受け入れてくれている。それこそ、俺を信頼してくれている証だろう。

 

「……腹が空いたやつはいるか?」

 

俺の問いかけに、即座にムツキが手を挙げ、元気よく叫ぶ。

 

「すいたーっ!」

 

それを皮切りに、ホシノたちも次々に手を上げていく。

 

「それは良かった。みんなで夕飯を食べに行くとしよう。」

 

「やった〜っ!」

 

嬉しそうな声が校庭いっぱいに響き渡る。

笑い声に包まれたその光景は、どこまでも平和で、どこまでも愛おしかった。

 

そのまま俺たちは、少しずつ藍に染まっていく空の下を歩き出す。校門の影が長く伸び、街の灯りが一つ、また一つと灯り始めていた。

 

すると、隣を歩いていたセリカが俺の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。

 

「ところで、どこ行くの?」

 

その問いに、一番驚き、喜ぶのは彼女だろうと考えながら、俺は静かに答えた。

 

「リニューアルした柴関ラーメンだ。」

 

「えっ…!」

 

予想通り驚くセリカ。もちろん他メンバーたちも驚いていたが、その中で一番嬉しそうだったのは、セリカだった。

そんな彼女たちの声が街に響く中、ふと空を見上げる。

 

その夜の空は、不思議と心が和らぐような、優しい藍色に染まっていた。

 

 

つづく




原神のナド・クライPV見ましたか?とにかくメンツがやばかったてすね。
新キャラはもちろん、ファルカ、ちびドゥリン、アリス、「少女」、「傀儡」……。ワクワクが止まりませんね。
そして、「少女」はぜひプレイアブルキャラになってほしい…。

誤字脱字があれば、ぜひ教えてください。


  
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