死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

前回、VALIANCEの武器をアサルトライフルとマシンガンと書きましたが、アサルトライフルとスナイパーライフルに変更しました。


希望を掴む刻 その三

ザッ ザッ ザッ…

 

誰もいない、静かな要塞。

オートマタの残骸や散乱した武器が、瓦礫と灰の中に無造作に転がっている。

その道を俺はただ一人、静かに歩いていた。

 

足を止め、ふと空を見上げる。

その遥か上空、静止する一体の異形――。

 

ロケットの噴出口のような脚部。

両腕は銃器と一体化し、肩からはスナイパーライフルの銃口が覗く。

もはや兵士ではなく、ただの兵器。それも極めて精密に設計された、殺戮のためだけに存在する怪物。

 

その異常性を、俺は肌で感じていた。

機械に感情はない。故に、今ここで破壊しなければならない。

 

空中にて、一切の動きを見せないオートマタ。

静寂と緊張の境界線に立ち、俺は見上げる。

 

(……まずは様子見だな。)

 

刀を構え、地を蹴る。

疾走する俺を視界に捉えた瞬間、奴は迷いなく腕を上げ――撃ってきた。

 

「!」

 

即座に左へ跳び、身を捻って弾丸を躱す。だが、連射は止まらない。

奴は二丁のアサルトライフルを交互に撃ってくる。単発ごとの精度は高く、回避が追いつかない。

刀で迫りくる弾丸を受け流すことしかできなかった。

 

これまで俺は、大勢の不良生徒たちを相手にしてきた。

正面からの突撃、一斉射撃、包囲攻撃――あらゆる殺気と弾幕を潜り抜けてきた。

だが今はどうも前に進むことができない。それほどまでに、奴には隙が見られなかった。

 

刹那、刀の隙間を縫うようにスナイパーの弾丸が飛来し、俺の頬を掠めた。スパッと頬が切られ、血が少量吹き出る。

 

「……さすがに単純すぎたか。」

 

何事もなかったかのように呟き、俺はタイミングを見計らって近くの建物の影に身を潜めた。

 

アサルトライフルの精度もさることながら、何よりも完璧な偏差射撃が進行の邪魔をしていた。

およそ300mの距離があるにも関わらず、こちらの動きを読み、計算された弾が飛んでくる。無策で突っ込めば、今度こそ撃ち抜かれるだろう。

 

……久しぶりに、骨の折れる戦いになりそうだ。

 

どう動くべきかを考えていたその時。足元にアサルトライフルが転がっているのが目に入った。

さっき斬り伏せたオートマタたちのものだろう。弾倉を確認すると、弾は十分に入っていた。

 

視線を巡らせれば、同じような銃が周囲にいくつも転がっている。俺の手で真っ二つに斬られたものもあるが、無傷のものもあった。

 

「……試してみるか。」

 

一旦刀を鞘に収め、俺は落ちていたそれを拾い上げた。

 

指先がトリガーにかかる感触。久しく味わっていなかった感覚が、鮮明に呼び起こされた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「黄泉くんも先生になったんだし、銃の使い方くらいは覚えておくべきだよ。」

 

――いつだったか、彼女はいきなりそんなことを言い出した。椅子に座って書類整理をしていた俺は、ぽかんと口を開けてしまう。

 

確かにキヴォトスは銃社会だが、俺はこれまで幾度となく発生した暴動を自らの身体と刀だけで鎮圧してきた。

銃を使うなど性に合わないし、今さら学んだところで意味がないと考え、俺はその話を断った。

 

「必要ない。俺には刀がある。」

 

「それはそうだけど、万が一ってこともあるでしょ? 刀が壊れたりとか、なくしたりとか!」

 

「毎日手入れは入念に行なっている。それに、俺が刀を手放すなど――」

 

そこまで言ったところで、突然、上腕の辺りをがしっと掴まれた。

 

「ほらほら! いいから私と一緒に来る!」

 

いつもの無邪気な声。けれど、こうなったら彼女はもう止まらない。

俺は渋々、椅子から立ち上がった。

 

「わかったから……腕を引っ張るな。」

 

そうして、俺は彼女に連れられて銃の使い方を学んだ。

 

思えば、刀を壊したり失ったりする以外にも、こうして銃を手に取らざるを得ない理由は確かに存在したのだ。

 

「……お前が正しかったよ、ナツキ。」

 

首元のペンダントにそっと触れ、静かに息を吐く。

銃器は普通のアサルトライフル。狙撃には不向きだが、狙いはそこではない。

 

「さぁ、どう出る?」

 

俺は銃を持ち直し、姿勢を低くする。建物の陰から少しだけ顔を出す。奴は変わらずそこにいた。

脇を締めて構え、銃口を静かに目標へと向けた。

 

重力、風、照準――すべてが精密ではない。

だが、威嚇に精密さは要らない。

 

3……2……1……

 

無言のカウントとともに、身を乗り出す。

 

ダダダダダッ!!

 

銃口が火を噴く。銃声が砂を裂き、反動が肩を揺らす。

 

刹那、目標は何かを思い出したかのように動き出した。ブーストによって巻き上がる砂塵の中、奴は弾丸を紙一重でかわすような回避行動を取った。

 

その間に、俺も動く。

目標の意識がこちらから逸れている今が、距離を詰める絶好の機会だ。

即座に足を踏み出し、砂を巻き上げながら接近する。

 

だが当然、奴もすぐに気づいた。

すぐさまライフルをこちらに向け――

 

ダダダダダッ!!

 

奴が撃つよりも早く、狙いを定めきる前に引き金を引いた。

弾丸をばら撒くように放ち、反撃の隙を潰す。

そのまま銃を肩に担ぎ、もう一方の手で刀の柄に手をかける。

 

次の瞬間――

奴は撃ち返すことなく、再び回避に転じた。

銃を構える素振りすら見せず、ただ身を翻し、軌道をずらす。

 

その行動に、俺は強い違和感を覚えた。

 

(なぜ撃たなかった……?)

 

普通なら、あの状況では撃ち合いになる。威嚇でも牽制でも、何発か弾をばら撒くのが自然なはずだ。

だが、奴は迷わずに「避ける」ことを選んだ。

撃つことをためらったのではなく、最初からそのつもりがなかったかのように――。

 

(……まずは、そこからだな。)

 

そう考えながら、俺は再び建物の陰へと身を潜める。そして、通信機のスイッチに指をかけ、"彼女"に向けて状況を伝えた。

 

 

 

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突如出現した謎の兵器を止めるため、私たちはカイザーPMCの司令室があるとされる、北の白い建物を目指して進んでいた。

 

この砂漠地帯には、砂に埋もれた家や電柱が数多く残っている。ここも、かつては人の暮らしがあった場所なのだと思うと、胸の奥に小さな痛みが走る。

 

けれど建物があるということは、敵の待ち伏せに適した場所があるということでもある。そしてやはり、当然のようにカイザーの兵士たちが各所に潜んでいた。

 

もっとも、敵は量産されたオートマタばかり。小鳥遊さんや砂狼さんのように俊敏な動きはできないし、浅黄さんの爆弾に耐えられるほど頑丈でもない。加えて、阿慈谷さんの榴弾砲による援護射撃も功を奏しており、私たちは順調に前進を続けていた。

 

「よし、このまま進もう!」

 

先頭を行く小鳥遊さんが周囲の安全を確認し、そう声を上げた。

 

だが――

 

『みなさん、西から敵の増援です! 兵士27、戦車2台を確認しました!』

 

奥空さんの報告に、全員の視線が西へと向く。砂煙を巻き上げながら、戦車と共に迫ってくるオートマタたちの姿が見えた。

 

「チッ…。早く先に進みたいのに…!」

 

黒見さんが舌打ちをしながら悔しげに声を漏らす。その気持ちは、私も痛いほどよくわかる。カイザーPMCの中枢を破壊するためにも、そして――黄泉先生を助けるためにも、私たちは一刻も早く司令室へ辿り着かなければならない。

 

このまま全員で足止めしていては、時間を浪費するだけだ。やはり、二手に分かれるしかない。

 

私は陸八魔さんたちへと顔を向け、同時にファウストとも通信を繋ぎ、提案を切り出した。

 

”便利屋のみんな、それとファウスト。一つ、お願いしたいことがあるんだけど――”

 

話の途中で、アルがくすっと笑みを浮かべる。無駄のない所作といい、その応対といい――どこか“できる人”の空気を纏っていた。

 

「西からの増援を食い止めればいいのね? 了解、任せて。」

 

”ありがとう、話が早くて助かるよ。ファウストも大丈夫?”

 

『もちろんです!』

 

ふたりの力強い返事に、私は安心して背を向ける。

 

”ここは頼んだよ。みんな、行こう!”

 

そう言って私たちは、再び北の建物を目指して駆け出した。

 

 

 

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便利屋と別れ、私たちは北へと進む。

砂に埋もれ、半ば崩れた家々を抜けた先に――それは、忽然と姿を現した。

 

「ここは……。」

 

十六夜さんが思わず呟く。驚いているのは彼女だけではない。そこにいる全員が、言葉を失っていた。

その理由はただ一つ。目の前に立っていた建物の外観は――

 

「……学校、だよね?」

 

黒見さんの声が震える。

それはまさしく学校だった。しかも、アビドス高校によく似た構造をしている。

 

「砂漠の真ん中に学校……まさか。」

 

小さく砂煙さんが呟いた、その瞬間だった。

 

「そうだ。ここは、本来のアビドス高校本館だ。」

 

聞き覚えのある声と共に――

突如『スドォン!』という爆音が響き、何かが空から降ってきた。強烈な風圧と共に砂が巻き上がり、視界を遮る。

 

砂煙の中から、やがて現れる巨大な影。

白を基調とした装甲。両腕にはガトリング砲。頭部には異様なほど大きな砲身が備え付けられている。

全高約4メートル。見る者に圧を与えるその兵器は、明らかにただの無人機ではなかった。

 

「その声……!」

 

「よくぞここまで来たものだな、アビドス対策委員会。」

 

声の主は、やはりカイザーコーポレーションの理事だった。おそらく、その巨大兵器の操縦席から拡声器を繋いでいるのだろう。

白い兵器は少し周囲を見渡すような動きを見せたあと、淡々と語り始めた。

 

「小鳥遊ホシノがいるということは……やはり“黒服”は失敗したようだな。だが、過ぎた話などどうでもいい。」

 

「この作戦の過程で、我々は甚大な損害を被った。アビドス高校がこの先どうなるか……分かっているのだろう?」

 

理事の言うように、もし敗北すれば、アビドスは武力によって完全に制圧される。彼女たちの居場所は跡形もなく奪われるだろう。

その未来は、もう目の前まで来てしまっていた。

 

……だけど、それを許すつもりはない。

 

私は一歩、前へと踏み出し、理事に真っすぐ声を投げかける。

 

”……私たちが今日、ここに来たのは――”

 

”理事、君を逮捕するためだ。”

 

 

 

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私がそう宣言してから、しばらくは沈黙が続いた。

やがて、カイザー理事が高らかに笑い始める。

 

「……フハハハハッ! 何を言うかと思えば! シャーレの先生、君はいつの間に警察官になったんだ!?」

 

”……理事、アンタは調子に乗りすぎたんだ。アビドスの土地を勝手に自治区のように扱い、あんな要塞まで無断で建てた。それは立派な違法行為だよ。”

 

「おいおい先生、この土地はアビドス生徒会から正式に買い取ったものだぞ? その証拠も残っている。私有地をどう使おうが所有者の自由だ。それを違法だなんて、お門違いもいいところだな。」

 

”……私の話を聞いていなかったのか? 私は“私有地”の話をしているんじゃない。“自治区”の話をしているんだ。”

 

”理事の言う通り、確かにアビドス砂漠や市街地は当時の生徒会から買い取った。その契約書はこちらも確認済みだ。だが――その土地をどう使うつもりか、アビドス生徒会に報告したかい?”

 

「……何を言っている? この土地は我々が買い取った。すでに我々の自治区だ。問題など何もない!」

 

”今、君は“我々の自治区”と言ったね?だったら聞こう――連邦生徒会に自治区申請は出したのか?”

 

「なに……?」

 

”連邦生徒会が定めた法律では、新たな自治区の創設には必ず報告義務がある。だが君はそれを怠った。つまりこの土地は、今もアビドスの自治区なんだ。”

 

「そ、それが何だと言うのだ! アビドス高校など、すぐに消えて無くなる! 最終的には全て我々のものになるのだッ!」

 

”なるほど。要塞の正面に並べていた戦車は、そのためだったんだね。”

 

「ッ!?」

 

”動揺してるね。ちなみに、今の会話は全て連邦生徒会にも聞こえている。他にも、カイザーローンが闇銀行と繋がっていたことなども全て報告してある。”

 

”諦めて投降するのが身のためだよ、理事。アンタはもう、どこにも逃げられやしない。”

 

「……!……ッ!」

 

装甲につけられた拡声器越しに、理事の怒りに溢れる呼吸が聞こえてくる。

そして、ついに――

 

「おっ…おのれぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

「貴様ら全員、ここで叩き潰してやるッ!! 総員、戦闘準備ッ!!」

 

理事がそう合図すると、学校からオートマタが出てきた。数こそ不利だが、私たちなら必ず勝てる。

 

そして私は全員に短く指示を飛ばした。

 

”小鳥遊さんは素早さを活かして目の前の機体を引きつけて。無理に戦わなくてもいい。とにかく時間を稼いでほしいんだ。砂狼さんと黒見さんは左に、十六夜さんは右に展開して、残ってるオートマタを先に潰して。奥空さんは周囲の警戒を頼む。”

 

「はーい。」

「ん。」

「分かったわ。」

「任せてください!」

『はい!』

 

即座に返ってくる声。5人は迷いなく頷いた。

全員、覚悟は決まっている。

 

”さぁみんな、アビドスを取り戻すよ!”

 

「「「「『 了解!! 』」」」」

 

その瞬間。地面を蹴る音、銃を構える音、ドローンが羽ばたくような音が一斉に響いた。

戦いの火蓋は、今まさに切って落とされた。

 

 

 

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ぐわん、と重たい金属音が響き、砲塔が唸りを上げて回転する。

だが、その照準が捉えたのは、すでにそこにはいない少女の残像だった。

 

「ッ……クソッ!」

 

理事は歯噛みする。

マシンガンの銃口がホシノを追い、怒涛の弾幕を撒き散らすが、彼女の身軽さには到底追いつかない。

 

ホシノは滑るように地を駆け、跳ね、躍る。

重厚な機体の懐に飛び込んではすり抜け、背後を取って離脱する。

まるでこちらの動きを読み切っているかのように――。

 

「なんなんだお前は……!」

 

怒号とともに、理事は無線を開く。

 

「援護を寄越せ! 誰でもいい、私の機体を守れッ!!」

 

……しかし返ってきたのは、沈黙だった。

 

「応答しろ! 聞こえているのか!? おいッ!!」

 

次第に苛立ちが怒りに変わる。

全身を震わせながら、理事はバイタルモニターを確認する。だが、そこに味方の識別信号はもう――ほとんど存在していなかった。

 

「VALIANCEは……何をしている!?」

 

理事は怒りをぶつけるように信号を追った。

だが、そこに映し出されたのは、未だ拠点に留まり続ける機影。

 

(まだ戦っているだと? “死神”ひとりに、VALIANCEが……!?)

 

怒りよりも、理解できないという感情のほうが勝っていた。圧倒的戦力差。最新鋭の兵器。失敗するはずのない布陣。

それが今、音を立てて崩れていく。

 

さらに、外殻装甲の一部が爆発し、激しい揺れが機体を襲う。警報が鳴り、複数の損傷アラートが画面を埋め尽くす。

 

「……ふざけるな……ふざけるなよ、貴様らァ!!」

 

怒鳴りながら、理事はコックピットの中央にある赤いボタンに手を伸ばした。

 

「こうなったら……全て吹き飛ばしてくれるッ!!」

 

拳を振り上げ、強く、重く、ボタンを叩きつけた。

 

 

 

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両腕の付け根を破壊し、ガトリング砲がガシャンと音を立てて地面に落ちる。

メインウエポンを失った白い兵器は、やがてピクリとも動かなくなった。

 

「終わっ……た?」

 

黒見さんが銃を下ろし、まるで呪縛から解き放たれるように呟いた――その直後。

奴の頭部にある砲身から、赤白い光が漏れていることに気づいた。

 

”っ、まだ動くのか……!?”

 

私は思わず息を呑む。

 

異常だった。

すでに機体は限界を越えているはずだ。それでも動くのは、暴走か、それとも理事の執念か。

 

やがて、機体前進からバチバチとスパークが起き始める。さまざまな部位から爆発が起き始め、まるで最後の足掻きのようにも見えた。

 

”みんな、集合!”

 

咄嗟に声を上げ、全員を私のそばに集める。そして――

 

”アロナ、全力で頼む!”

 

『はい!何としてもみなさんを守ります!』

 

応答とほぼ同時に、薄青いバリアが瞬時に形成される。私たちを包むように、幾重もの光の壁が立ち上がった。

 

「死ねええええええぇぇッ!!」

 

理事の怒号が響いたのは、砲口に赤白い閃光が溜まりきったそのときだった。

 

ドォン!!!

 

咆哮のような唸りと共に、光の奔流が吐き出される。

地面がえぐれ、空気が震え、圧倒的なエネルギーが殺到する。

 

バリアが悲鳴を上げるように軋んだ。

ヒビが走る。火花が散る。

目を背けたくなるような凄まじい光量に、周囲の景色が音も色も奪われていく。

 

「っ……っ!!」

 

誰かが叫んだかもしれない。

だが、爆音に呑まれて聞こえない。

ただ、世界は――

 

白く染まっていった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

爆発による黒煙が、空高くまで昇っていく。

着弾地点一帯は、いまだ濃密な煙に包まれていた。

対策委員会やシャーレの先生たちの安否は確認できず、ただ、砂と硝煙の匂いが漂うだけだった。

 

だが次の瞬間――

まるで誰かが合図を送ったかのように、突風が吹き抜けた。

渦巻いていた黒煙が一気に拡散し、視界が晴れていく。

 

「……なっ……!?」

 

理事の目に映ったのは、バリアの破片がパラパラと崩れ落ちる光景と、まったくの無傷でそこに立つ対策委員会とシャーレの先生の姿だった。

 

常識では考えられない。

 

両腕を破壊され、全壊寸前のゴリアテから放たれたエネルギー弾。

その威力はフルパワーよりもかなり劣るが、それでも自らをも巻き込むほどだった。――しかし、彼女たちは確かに立っている。

 

「……バカな……!」

 

理事から掠れた声が漏れる。

 

機体の内部では、パネルから火花が飛び、警告音が鳴り響いていた。

もはや限界だった。

その事実を認めたくないかのように、理事は怒声を上げる。

 

「バカなあああああッ!!」

 

ドゴォォォォン!!

 

断末魔のような叫びと共に、ゴリアテが爆ぜる。

機体の中央部から炎が噴き出し、その爆風に乗って、理事の体が宙を舞った。

 

鈍い音を立てて地面に叩きつけられるが、重装甲が幸いしたのか、かろうじて意識はある。

よろめきながら立ち上がろうとしたそのとき――

 

カチリ、と金属音。

 

反射的に顔を上げると、そこには銃口を突きつける対策委員会の面々がいた。

皆、一様に傷ひとつない。

その中心に立つシャーレの先生が、一歩、理事に歩み寄る。

 

”――あの空飛ぶ兵器を止める方法を教えろ。”

 

その声には、確かな覚悟と、戦い抜いた者の安堵が滲んでいた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

奴の銃口がこちらを向く。

そして、迷うことなく撃ってきた。

 

咄嗟に身を捻り、傍の建物の壁を使って軌道を逸らす。弾丸は紙一重で俺の横をすり抜け、後方の瓦礫に突き刺さった。

 

直後、間髪入れず反撃。こちらからも射撃を行う。

だが、奴はピタリと射撃を止め、俊敏に回避行動を取る。――そして、再び空中に止まりこちらを狙う。

 

再度撃つ。すると、やはり奴は攻撃をすることなく、弾丸を避けた。

 

……ようやく分かった。

奴は「攻撃」と「回避」を同時に行えない。つまり、どちらか一方にしか行動を振り分けられない設計だ。

 

なるほどな。

奴は、俺を討つためだけに設計された“特化型の兵器”か。

 

カイザー側の思惑も読めた。

「どうせ黄泉は接近戦しかできない。なら、永遠に遠距離から撃ち続ければいつかは当たる」とでも思ったのだろう。

 

実際、それは正しい。

あれほどの精密射撃、完璧に計算された偏差撃ち。一発一発が“避け続けるしかない”レベルの殺意を孕んでいる。

勝つことはできない。だが、負けもしない。

――まさに“永遠に終わらない戦い”になるだろう。

 

……だが、奴らは一つだけ、致命的な誤算をしている。

それは、俺が銃を使えることを知らなかったことだ。

 

だからこそ、遠距離で攻撃されたときの対処法をプログラムしていない。

撃つか、避けるか。その2択しか考えられない。故に、行動パターンが丸見えだ。

 

もう充分だ。奴の思考パターンも回避アルゴリズムも、完全に把握した。

あとは、この刀で仕留めるのみ。

 

その時だった。

耳元のインカムから、通信が入る。

……どうやら、“彼女”が到着したらしい。

 

「案外、早かったな。」

 

『アンタが急かすからだろうが! ここまで来るの、どれだけ大変だったと思ってんだ! あと……さっき言った約束、ちゃんと守れよな!』

 

「約束を守れるかは結果次第だ。……一発で仕留めろ。」

 

『っ……!ああ、任せろ!』

 

そうして通信が切れた。

俺は世話になったアサルトライフルを静かに地面に置き、ゆっくりと刀を抜く。

 

もう“見えている”。

奴の射撃リズムも、弾速も、狙いも――すべて。

 

俺が囮となって視線を引きつけ、彼女が奴を撃ち抜く。

勝負は、その次に決まる。

 

奴との距離は、やはり300m。こちらの動きに合わせて、常に一定の間合いを保とうとする。おそらく、そうプログラムされているのだろう。

 

「……終わらせるぞ。」

 

低く呟くと同時に、俺の刀が薄紫の稲妻をまとい始める。バチバチと小さな音を立て、空気が震えた。

 

地を蹴る。視界が流れ、景色が加速する。

奴は即座に俺に銃口を向け、迎撃を開始した。

 

正確無比な弾道。だが――全て見切っている。

 

壁を蹴り、弾丸を刀で弾き、身体をひねって紙一重で回避する。スナイパーの弾が飛来するが、もう頬をかすめることすらない。

 

距離が150mまで縮まった時、奴は射撃を止め、移動を開始しようとした。だが、その瞬間――

 

 

ダァンッ!!

 

 

左方向から飛んできた弾丸が、奴の頭部を貫いた。

予想通り、弾に対する反応速度も遅かった。アサルトライフルの弾を紙一重で回避するような奴が、スナイパーライフルの弾を避けられるはずが無い。

 

「完璧だ、イオリ!」

 

思わず、叫んだ。

そして俺は跳躍し、両手で刀を構える。刀身を目と同じ高さに合わせ、しっかりと狙いを定めた。

奴はこちらを向く――が、もう遅い。

 

「終わりだ。」

 

ズドッ!!  バリバリバリィッ!!!

 

 

刀は一直線に奴のコアへと突き刺さり、内側から刀が激しく放電する。

 

暴れ狂う雷光。奴の装甲が焼け焦げ、軋む音が響く。

 

そして――

 

 

ドカァァァァン!!!

 

 

眩い閃光と共に、空を飛ぶ兵器は爆散した。

残骸すら残すことはなく、完全に沈黙。

 

地面に着地し、俺はゆっくりと刀を鞘に戻す。「カチン」という小さな金属音が、静寂の中に響いた。

 

それが、終わりの合図だった。

 

一瞬の静けさの後、俺は再びインカムに手を当てる。

 

「……ありがとう、イオリ。」

 

『ははっ。無事で何よりだよ、先生。』

 

イオリの笑い声と共に、彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。

そうしてようやく、俺は安堵の息を吐いた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

”空飛ぶ兵器を止める方法を教えろ。”

 

私の問いかけに、理事は唐突に吹き出し――次の瞬間、高らかに笑い出した。

 

「君たちには悪いが――アレが止まるのは”死神”が死んだ時だ。」

 

言葉と同時に、場の空気が一変する。

誰もがその意味を理解した瞬間、言いようのない不安が胸を締めつけた。

 

「この……ッ! 何とかしなさいよ!」

 

黒見さんが怒りを込めて、理事に銃口を突きつける。

だが、理事は冷たく首を横に振るだけだった。

 

「残念ながら、一度起動したアレを途中で止められる者など、最初から存在しないのさ。」

 

「……私、行ってくる。」

 

沈黙の中、砂狼さんが静かに背を向けた。

 

背に担いだ銃を片手に歩き出そうとするが――

空を飛び回る兵器にどう挑むのか、その具体的な方法までは、誰の頭にも浮かんでいなかった。

 

その時だった。

 

ゴォォォ……という重低音。

背後から、ヘリのプロペラ音が近づいてくる。

 

咄嗟に私たちは警戒態勢に入ったが、ヘリは攻撃する素振りを見せず、一定の距離を保ったまま、砂地に静かに着陸した。

 

扉が開き、人が降りてくる。

その降りてきた人物を見て、私たちは驚いた。

 

「な、七神さん!? それに――」

 

「「「「 黄泉先生!!」」」」

 

次の瞬間、彼女たちは駆け出していた。

 

一切迷うことなく砂の上を走り抜ける。

黄泉先生は彼女たちのこの後の動きを察したのか、左腰の刀を抜いて地面に突き刺し、それ以上の動作を止めた。

 

案の定、小鳥遊さんたちが彼の胸へと飛び込む。

 

「ほんっと、心配したよ……!」

 

「……お前たちも、無事でよかった。」

 

そうして、彼女たちの背中にそっと腕を回し、優しく抱き寄せた。

 

心配は杞憂で終わった。

それが、最高の結末だった。

 

一方その頃、理事はと言えば――

 

「なぜ……? “死神”が生きて……いる……?」

 

と、まるで亡霊でも見たかのように、震える声で呟いていた。

 

「お久しぶりです、桐山先生。」

 

「七神さんこそ。久しぶりだね。」

 

穏やかな挨拶を交わす私と七神さん。

だけど次の瞬間、彼女の目が光るように鋭くなり、理事を真っすぐに射抜いた。

 

その瞳には、容赦など微塵もなかった。

 

「《連邦自治保全法》第十五条第二項、ならびに《学園区治安維持法》第八条に基づき、カイザー・コーポレーション理事。あなたを逮捕します。」

 

冷静な口調でそう告げ、彼女の隣にいたクリーム色の髪の少女が無言のまま手錠を理事の手首にかける。

彼女は手際よく任務をこなすと、七神さんと私に「失礼します」と言って敬礼し、先にヘリコプターへと向かい、飛び立った。

 

理事はもう、何も言わなかった。

すべてを諦めたのか、それとも敗北を受け入れたのか。

ただ静かに、その身を連れて行かれた。

 

「本当にお疲れ様でした、先生。」

 

隣に立つ七神さんが、そっと労いの言葉をくれる。

 

「……みんなが諦めなかったから、私も諦めなかった。ただ、それだけさ。」

 

そう返すと、彼女はくすりと笑い、「謙虚ですね」と言葉を添えた。

 

そして彼女は一歩、黄泉先生たちの方へと足を進める。

 

「アビドス高等学校のみなさん、こんにちは。私は連邦生徒会・首席行政官、七神リンと申します。」

 

簡潔な自己紹介の後、彼女は静かに続ける。

 

「まずは――あなたたちがここまで追い詰められていたことに、連邦生徒会として気づくことができなかったことを、心よりお詫び申し上げます。」

 

そう言って深く頭を下げた。

だが小鳥遊さんは、どこか苦笑しながら答える。

 

「謝らなくてもいいよ。アビドス高校の生徒会はもう無くなってたし、廃校したようなものだったんだから。……実際、そう思ってたんでしょ?」

 

「……はい。」

 

七神さんの表情が曇る。

彼女自身の無力さを悔いているのか、今さら気づいた自責か。

 

「うへ、そんな顔しないでよ。怒ってないからさ。だから――」

 

ホシノは片手を差し出して、にへっと笑った。

 

「改めて、よろしくね。」

 

その手を彼女は少し驚いたように見つめ――やがて柔らかく微笑んで、しっかりと握り返した。

 

「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします。」

 

ほんの小さな再出発の合図。

でも、それはきっと――確かな第一歩。

 

そして彼女がヘリに乗り込む直前、黒見さんが大声で叫ぶ。

 

「行政官さん!あの理事の罰、きっつーくしてあげてよね!」

 

その言葉に七神さんは振り返り、微笑みながら答えた。

 

「もちろんそのつもりです。彼の犯した罪は、どれも重罪ですから。」

 

そして、ヘリコプターは静かに上昇し、キヴォトスの空へと飛び去っていった――。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

七神さんを乗せたヘリコプターを見送ったちょうどその時、砂煙を巻き上げながら便利屋のみんなが手を振りながら走ってきた。

 

奥空さんから勝利の報告を聞いたという彼女たちは、合流するや否や笑顔で抱き合い、次々とハイタッチを交わす。

一番はしゃいでいたのは陸八魔さんで、カイザー理事との戦いに勝利したことを自分のことのように喜び、小鳥遊さんを力いっぱい抱きしめていた。

 

「そう言えば、風紀委員会のみなさんとヒフ……ファウストちゃんは?」

 

ふと、十六夜さんが尋ねる。

答えたのは黄泉先生と陸八魔さんだった。

 

「風紀委員会たちは『仕事があるから』と言って帰った。」

「ファウストさんも『私の役目は終わりました』と言って帰って行ったわ。」

 

「そっか…。じゃあ、今度みんなでお礼を言いに行かないとね。」

 

その言葉に、対策委員会のみんなは笑って頷いた。

――だが、そこでふと、言葉が途切れる。

 

砂漠を吹き抜ける風の音が耳に残る。

さっきまで響いていた笑い声も、今は止まっていた。

互いに顔を見合わせ、やがて全員の視線がひとりに集まる。

 

小鳥遊さんはその視線を受け止め、ゆっくりと息を吸った。

ほんの一瞬だけ、いたずらっぽく口角を上げ――そして、100点満点の笑顔を見せた。

 

「アビドス高校へ帰ろう!」

 

その言葉に、全員の胸に温かい火が灯った。

 

 

つづく




戦いは終わりました。
あとは笑顔でアビドス高校に帰るだけですね。

いきなりですが、お気に入り登録をしてくださった方も、そうでない方も、僕の作品を読んてくださり本当にありがとうございます。
これからも頑張ります。
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