今回は黄泉先生とアヤネがお出かけするお話です。
前回のホシノの話がかなりガチガチだったので、今回はゆる~い雰囲気を出してみました。
「黄泉先生はワンちゃん派ですか?ネコちゃん派ですか?」
対策委員会の教室。わざわざ私の顔を見に来てくださった黄泉先生に、そう尋ねてみた。
何でもない、よくある好みの質問。黄泉先生は「急だな」と言ってお茶の入ったコップを手に取る。
一口だけ啜りながら考える様子を見せた後、口からコップを離し、静かに答えた。
「俺は猫派だ。」
「!」
そう言われて、少しだけ背筋が伸びる。それと同時に胸に込み上げてくる喜び。
それが顔に出てしまっていたのか、先生は「アヤネもか?」と尋ねた。
「はい、私も猫ちゃん派です。」
そう答える私の顔は、間違いなく笑顔だった。
黄泉先生との共通点を見つけられたことが――とにかく嬉しかった。
「先生はどんな猫ちゃんが好みですか? 私は甘えん坊な子が好きなんですけど……。」
猫ちゃんにもいろんな性格がある。好奇心旺盛だったり、マイペースだったり。ツンデレなネコちゃんもいるみたい。
私は今言ったように、頬をすりすりしてくるような甘えん坊猫ちゃんが好き。果たして先生はどんな猫ちゃんが好きなんだろう?
「猫の行動で説明すると……椅子に座っていると、さも当然のように膝の上に乗ってくる、そんな猫だ。」
「なるほど!かまってちゃんな猫ちゃんですね。」
いつもは無口で静かで、”死神”と恐れられる先生の猫ちゃんの好みはずいぶん可愛いくて、ちょっとほっこりした。
そこからしばらく2人で猫ちゃんトークをした後、少し思い切ってお願いしてみた。
「……その、よろしければなのですけど。」
「今度一緒に……猫カフェに行きませんか……?」
先生は「猫カフェか……」と呟く。
やがて、先生は私に顔を向け――
「少し、興味がある。ぜひ行ってみたい。」
その言葉に、胸が大きく高鳴るのを感じた。
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お出かけ当日の昼下がり。シャーレの近くにある公園は、子どもたちの笑い声でいっぱいだった。
カラフルな遊具に群がる小さな子どもたちを横目に、私はベンチに腰かけ、そわそわとスマホを見つめる。
(……あと五分。うぅ、なんかすごい緊張してきた……。)
対策委員会での打ち合わせで先生と話すことなんていくらでもあった。でも、今日は違う。
これは仕事じゃなくて、黄泉先生と“2人で”過ごす時間だ。
そんな考えを必死に押し込みながら、ふと視線を上げたとき――。
「……待たせたな、アヤネ。」
低めの落ち着いた声が、風に乗って届いた。
反射的に顔を向けると、そこにはいつものスーツ姿ではなく、ラフな黒ジャケットにシンプルな白シャツと黒パンツという、初めて見る服装の黄泉先生が立っていた。どこか大人びた雰囲気を纏いながらも、派手さはなく、それがまた先生らしい。
「こっ、こんにちは!」
慌てて立ち上がった私は、自分でもわかるくらいに声が裏返ったことに気づいた。私は先生から視線を逸らし、ぎゅっとスカートの裾をつまむ。
「先生……その……私の服、似合ってますか?」
熱い顔をちょっとだけ持ち上げ、先生に尋ねる。
大人っぽいと思って、思い切って買ったブラウス。だけど、ショッピングサイトで見たモデルさんみたいにはいかない。何より――中学生みたいって思われてないかな……。
そんな不安を読み取ってくれたのか、黄泉先生は静かに微笑んだ。
「安心しろ、とても似合っている。」
その一言に胸がふわりと軽くなった。しかし、頬がさらに熱を帯びる。
「あ……ありがとうございます……。」
頑張って冷静さを保っているように言うけど――
(って、なんで照れてるの、私!?)
心の中では感情が少し暴れていた。
慌てて顔を振り、心の中で気合を入れる。
(しっかりして! 今日は、私が黄泉先生をエスコートするんだから!)
大きく深呼吸をひとつ。いつもの笑顔を取り戻して、私はくるりと先生に背を向けた。
「じゃあ……さっそく行きましょう!」
小さく拳を握って、猫カフェへの道を歩き出す。
その背中は、ほんの少しだけ大きく見せようと頑張っていた。
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公園を出た私と黄泉先生は、まっすぐに伸びる道を並んで歩いていた。
黄泉先生は足が長くて、歩幅も当然私より広いのに、私に合わせてくれていた。ただそれだけのことなのに、ちょっと嬉しくなる。
「ところで……今日行く猫カフェはどんなところなんだ?」
ふと、先生が尋ねてきた。
既に落ち着きを取り戻した私は、しっかりと説明する。
「キヴォトス中央駅の近くにある猫カフェで、実は私も初めて行くんです。サイトによれば普通のネコちゃんだけでなく、子ネコちゃんたちとも触れ合えるそうなんです。」
「子猫か……。」
先生はそう呟いて、少し困ったように眉を寄せた。
「ど、どうされましたか?」
「いや……少し昔を思い出しただけだ。」
先生と猫ちゃんの過去……。猫好きの仲間として、ちょっと興味が湧いた。
私が教えて欲しいと頼むと、先生は躊躇わずに話してくれた。
「過去に知り合いが捨て猫を拾ってきたんだ。その中には子猫もいて…」
「そいつは知り合いにすぐ懐いたが、俺には怯えていた。親猫もずっと俺を威嚇していた。」
「えっ……。」
それを聞いた私は少し不安を覚えた。猫ちゃんたちと触れ合い、心から楽しんでもらえるのかが心配になった。
そんな私の様子に気づいたのか、黄泉先生はふっと笑った。
「……当時の俺がオンとオフを制御できていなかっただけだ。今は動物と問題なく触れ合えるまでに成長している。」
オンとオフというのは、おそらく先生の放つ覇気のことだろう。
先生の放つ覇気は、ドローンの映像越しでも分かるくらいに強い。そんな人が子猫の前に立ったら怯えられるのは当然だし、親猫も子猫を守ろうと威嚇するだろう。
「そうなんですね。良かった……。」
そう言って私は思わずホッと息をついた。
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しばらく歩くと、キヴォトス中央駅が見えてきた。
やっぱりキヴォトスの中心地なだけあって、いろんな商業施設が聳え立っている。そして、楽しそうに話している他学園の生徒たちの姿も確認できる。中には先生に気づき、コソコソと話す生徒たちの姿もあった。
そんな時、向こうから来た2人の生徒が黄泉先生に気づいて、ぱっと顔を明るくする。
「あれっ、黄泉先生じゃないっすか!」
「先生、こんにちは。」
黒いセーラー服と赤いスカーフ。そして背中から生えた黒い翼……。
その特徴的な外見ですぐに分かった。トリニティの治安維持組織『正義実現委員会』の人だ。
「イチカ、ハスミ、久しいな。」
先生は軽く挨拶を交わした。
……すごいな。色んな人たちに知られているし、面識があるんだ……。
「聞いてくださいよ先生!ハスミ先輩ったらまたスイーツを――」
「イ、イチカ!その話はやめてください!」
そうして2人は会話を始めた。
瞬間、胸のあたりがモヤッとした。それと同時に「今日は先生と2人きりの日なのに」という思いが、自然と浮かんだ。だけどどうすることもできなくて、俯くしかなかった。
すると――
「……2人とも、悪いが今日は先約がいるんだ。話はまた後日にしてくれ。」
それは、少しだけ鋭さのある声だった。
私は思わず、先生の顔に視線を向ける。もしかして、私のために……?
正義実現委員会の2人はようやく私に気づき、大慌てで頭を下げた。それも、かなり深く。
「す、すみません!邪魔だったっすよね!私たちはすぐに消えますので!」
「気づけなくて本当にごめんなさい!では、失礼します!」
そう言って2人は風のように去っていった。あそこまで丁寧に謝られたら、なんだかこちらが申し訳なくなってくる……。
でも、それよりも――
「先生……。」
「今日はお前と出かける日なんだ。当然の対応だろう。」
その時、私の心臓に強い衝撃が走った。ドクンドクンと胸が高鳴り、脈のテンポが速くなる。
今日は、黄泉先生とお出かけ。先生のことを知っている、何百、何千の生徒の中で唯一……。
(……今日の私は、特別なんだ。)
そうして再び歩き出した時には、先ほどよりも半歩、黄泉先生に近い所を歩いていた。
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猫カフェのドアを開けると、ほんのりとした暖かさと、猫たちの柔らかい毛の匂いが鼻先に届いた。小さな鈴の音や、静かな足音が重なって、どこか穏やかな空気が流れている。
「わぁ……すごく雰囲気がいいですね。」
私は小さな声で呟いた。店内には色とりどりの猫たちが、自由にくつろいでいる。キャットタワーの上で毛づくろいする猫、窓際でまどろむ猫。見ているだけで心が落ち着いてくる。
「……どの場所を見ても猫がいるな。」
黄泉先生も足を止め、静かに猫たちを見渡す。その表情はいつもの冷静な顔とは違い、少し柔らかい。
店員さんや他のお客さんは黄泉先生の来訪にかなり驚いたようだったけど、頑張って声を抑えていた。小さな視線が先生へと向けられるが、猫ちゃんたちをビックリさせないように口をつぐんでいる。
私たちは近くのソファに座った。すると、猫ちゃんたちがゾロゾロと足元に集まってくる。私はそのうちの一匹をそっと持ち上げた。
だらんとぶら下がる猫ちゃん。無抵抗のその顔が可愛くて、思わずくすっと笑ってしまう。
チラッと黄泉先生の方に目を向けると――そこには、とんでもない光景が広がっていた。
猫ちゃんたちが先生の膝の上や足元に集まり、丸くなっている。まるでそこに安らぎがあるかのような、穏やかな空気が漂っていた。
「……これは、どういう状況だ。」
先生は猫たちを見回しながら、わずかに眉をひそめる。その困惑した表情が可笑しくて、つい吹き出してしまった。
すると、店員さんがそっと現れて猫ちゃんたちの様子を説明してくれた。
「おそらくですがこの子たち、先生のことを産みの親のように感じているんだと思います。」
「……”おそらく”というのは?」
先生は少し低い声で問い返す。その顔は完全に理解不能という感じだ。
「すみません、私たちもこんな様子を見るのは初めてでして……。」
店員さんによると、この猫ちゃんたちは普段なら元気いっぱいで、じっとしていることは滅多にないらしい。
それなのに、今は先生の周りで丸くなって動こうとしない。安心しきった顔で、まるで帰る場所を見つけたかのように――。
「……きっと、その考えで合ってると思いますよ。」
私は静かにそう伝える。そして、自然に口から言葉がこぼれた。
「先生の隣にいると安心するのは、私も同じですから。」
――言った瞬間、胸がドクンと跳ねた。
な、なに言ってるの私……!? ”私も”同じって、それはもう告白みたいなものじゃん!店員さんも周りのお客さんも「おお〜」って言ってるし、完全にやっちゃった……!
頬がじわじわと熱くなっていく。視線を逸らしたくても、先生の顔が気になって仕方ない。
先生は……どう思ったんだろう。笑ってる? 困ってる? それとも――。
「……そうか。」
……え? ……なに、それ。
今の……どういう意味の返事だったんだろう。はっきり言ってどちらにも受け取れる返答だった。
胸の奥がじわりと熱くなる。全身に力が入って、思わず猫ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
先生は、何でもない顔をして猫ちゃんを撫で続けている。その無表情さが、逆に心をざわつかせる。
……変なこと、言っちゃった。
いや、変じゃない……はず。でも……うぅ、やっぱり変だよ。どう考えても。
落ち着かなきゃって思うのに、興奮が収まらない。
どうして……なんで、こんなにドキドキしてるんだろう。
その時だった。
「っ?」
突然、頬に、あたたかくてざらっとした感触が触れた。
ぺろ、ぺろ……って。
「……優しい猫ちゃんだね。」
抱きしめていた猫ちゃんが、私の頬を一生懸命舐めてくれていた。まるで「大丈夫だよ」と言ってくれているみたいだった。
その必死さと、くすぐったさに、思わず笑ってしまう。不思議と心が、ふっと落ち着いていった。
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大きな猫たちとの時間を楽しんだあと、私はふと気になって、店員さんに声をかけた。
「あの、ここの猫カフェ……子猫とも触れ合えるって、聞いたんですけど……」
「はい!では、あちらのブースにご案内しますね」
店員さんはにっこり笑って、私たちを奥の扉へと導く。
そこには――まだ掌に乗りそうなくらい小さな子猫たちが、ふわふわの毛を揺らして元気にじゃれ合っていた。
「わぁ……かわいい……!」
思わず声がこぼれる。
黄泉先生も、無骨な雰囲気は変わらないけど……その目が、どこか柔らかく輝いているのが分かった。
先生はゆっくりとしゃがみこみ、無言で手を差し出す。
すると数匹の子猫が、迷うことなく先生の手にすり寄って、指先をちょんちょんと嗅ぎながら……そのまま、すっぽりと手のひらに収まった。
「……さっきの猫たちも可愛いが、こいつらは1つ……いや、2つは次元が違うな。」
低くつぶやく声に、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ。そうですね」
先生のどこかぎこちない、でも楽しそうな横顔を見て……胸が、ほんのり熱くなる。
――こんな顔、誰が想像できるだろう。
普段の先生しか知らない人にこの表情を見せたら……絶対、信じないだろうな。
そんなことを思っていたら、3匹の子猫が私の膝に乗ってきた。服を小さな爪でちょいちょいと掴んで、必死にバランスを取ろうとしている。
「おっとっと……。」
慌てて両手で転びそうだった1匹を抱き上げると――その子は、私の指先に顔をうずめて、「ミャー」と小さな声で鳴いた。
……ああ、もう。
どうしてこんなに可愛いんだろう。
この時間がずっと続けばいいのに――そう思わずにはいられなかった。
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幸せな時間は本当にあっという間で、私と黄泉先生は子猫ちゃん、猫ちゃんたちと別れをした。
その際、黄泉先生の周りで丸まっていた猫ちゃんたちは名残惜しそうに「にゃー、にゃー」と鳴いていた。あの短時間で猫ちゃんたちのハートを掴むなんて……。やっぱり先生はとんでもない人だった。
オレンジ色の空を見ながら帰路につく私たち。可愛い猫ちゃんたちのことを思い出しながら、お互い何も話さず歩いていた。
「……ありがとう。」
ふと、先生が口を開いた。
「あんな体験をしたのは初めてだった。」
表情はいつもの先生だったけど、声音は確かに感謝しているものだった。
「こちらこそ、色んな経験ができました。」
そう、色んな経験。
猫ちゃんに頬を舐められたり、子猫ちゃんと触れ合ったり。それに、先生の意外な一面を見つける事もできた。
おそらく、キヴォトスの生徒たちのほとんどが知らないであろう一面。それを知られただけでも特別感があって嬉しかった。
そんな時、ある言葉が脳裏をよぎる。
『……そうか。』
先生のあの一言。それがどういう意味なのか――結局私にははっきり分からなかった。だけど、知りたいと思うことはもうなかった。
今日という特別な日を、2人で過ごせたことだけで十分だったから。
「黄泉先生。いつかまた、猫カフェに行きましょうね。」
私はさり気なく、次のお出かけに誘う。しかし――
「猫カフェは……しばらくはいい。」
「えっ。」
思わず声を零してしまった。
先生なら「もちろん」と答えてくれると信じていたがために、驚きに加えて、胸に穴が空いたような虚無感が私を襲った。
「……その代わり、『鳥だけの動物園』ってのはどうだ?」
ふと、先生がそう言った。
「鳥『だけ』……ですか?」
「ああ。成長した鳥はもちろん、普段はなかなか見られない雛などが見られる。触れられるかは分からないが、間近で観察することができる場所だ。」
そして黄泉先生は「どうだ?」と問う。
そんなこと聞かれなくても、答えは最初から決まっていた。
「ちょっとだけですが、興味あります!」
私にとって黄泉先生との時間は、何よりも特別で、心地よくて、そして少しだけドキドキするものだ。
だけど、そのドキドキはもう恐くない。むしろ、楽しみなものに変わっていた。
そうして、オレンジ色の夕焼けに染まる街を歩きながら、私は胸の中で小さく誓った――
次も絶対に楽しい一日にしよう、と。
完
ゲストとして正実の2人が出たわけですが、別に何かがあるわけではありません。ゴメンね。
2人を出した理由は、書きやすかったからです。
では、また次回。