死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。
今回はノノミが黄泉先生を癒すお話です。

ノノミってかなり攻め攻めタイプだと思うんです。


私だけが知るあなた

暖かな日差しが窓の隙間から流れ込む、午後のアビドス高校。柔らかな光に包まれた教室で、私は静かに座っていました。深く考えることはせず、"彼"の髪を撫でるためにそっと指先を動かして――。

 

私の膝に、彼の重みがあります。

すぅ、すぅと規則正しい寝息が、耳に届くたびに胸がくすぐったくなりました。"彼"のその寝顔はどこか幼く、いつもの頼れる先生とは全くの別人みたいで。

 

……ここは間違いなく現実ですが、夢と考えてもおかしくない状況でした。

だって、あの黄泉先生がこうして、私の膝枕で眠っているのですから――。

 

 

 

 

 

 

太陽は街の屋根に半分以上その身を隠し、オレンジ色の光が遠くで揺れていました。やがて街灯が一つ、また一つと灯り、私はその下をゆっくり歩きます。

飲食店のバイトを始めて一ヶ月。まだまだ新米ですが、先輩たちに支えられて、できることがたくさん増えました。掛け持ちで少し大変だけど、それも私たちのためですから。

 

でも、1つだけ不満というものがあるとすれば――最近は黄泉先生に会えていないこと、でしょうか。

 

前にハルト先生と、便利屋のみんなが来てくれました。バーベキューの時以来だったので、私たちも嬉しくて、たくさんお話しました。

でも、そこに黄泉先生の姿はなくて……。どうやら最近はとても忙しくて、なかなか自由に動けないそうです。

書類の山、連邦生徒会での会議、そして――他学園自治区のパトロール。……先生の毎日は、きっと戦場みたいなんだと思います。

 

だから、邪魔はしたくないんです。

でも、あの静かな声をまた聞きたい……。

気づけば、そんな小さな願いが、胸の奥でふくらんでいました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『ぽちゃん』と水面に水が落ちる音。

私は湯気の立つ浴槽に肩まで沈めて、ふう、と息を吐きました。一日の疲れがじわじわと溶けていくはずなのに、胸の奥だけは重たいまま。考えないようにしようとすればするほど、先生のことが頭に浮かんできます。

 

指先で水をすくいながら、ふと閃きました。

自分がシャーレに行けばいいんじゃないか……って。

 

でも、そんなことをお願いしてもいいのでしょうか。

アビドスのみんなが集まるわけでもないですし、言ってしまえばこれは私の我儘です。だけど、今の私は先生を強く求めていて……。

 

深く悩んだ末に、私はお風呂を上がり、タオルで髪を拭きながらスマホを手に取りました。先生へのお願いの文を何度も打ち直して、変なところがないかしっかり確認して、送信ボタンを押します。

 

『黄泉先生、こんばんは。お仕事お疲れさまです。最近ずっと会えてなかったので……もし先生の時間が空いている日があれば、シャーレに遊びに行ってもいいですか?』

 

送信した途端、胸がぎゅっとなりました。

……やっぱり迷惑だったでしょうか。後悔がじわじわ押し寄せてきて、私はスマホを静かに机の上に置きました。

 

数分後、短い着信音。

恐る恐る画面を開くと、そこには――

 

『明後日、ミレニアムに行く予定がある。帰りのついでになるが、俺がそちらへ赴こう。』

 

「……っ!」

 

その返信に、声にならない声が漏れます。

うれしい。先生に会える。

でも同時に、胸の奥で小さな痛みがチクリと刺さりました。

 

もしかして、無理をさせてしまったでしょうか。自分のために予定を変えたと思うと、嬉しさに隠れて申し訳なさも広がっていきます。

それでも……私は笑みを止めることはできませんでした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

窓から吹き込む風が、私の髪をやさしく揺らします。今日の空はよく晴れていて、まるで私の胸の内を映したよう。けれど、遠くのほうに小さな黒い雲がひとつ――不安の種みたいに、ぽつんと浮かんでいました。

 

「……先生、まだかな。」

 

スマホを開いて時間を確かめます。

数えきれないほど繰り返した仕草。さっき見た時から、まだ一分しか経っていないのに、その一分が、永遠みたいに長く感じるのです。

 

「はぁ……。」

 

小さく息をこぼして、机に頬をくっつけた、その時――

 

 

ピコン♪

 

 

可愛い音が、胸の奥まで跳ねました。

慌ててスマホを覗き込むと、画面に浮かんだのは――

 

『ついた』

 

たった3文字。

でも、それは私にとって何より特別な言葉。

 

「……っ!」

 

私は思わず椅子を蹴るように立ち上がり、窓辺へ駆け寄りました。

視線の先――校門の前に立つ黄泉先生の姿。静かで、でもなぜだろう。すごく遠くて、すごく近い。

 

「……黄泉先生!!」

 

声が弾けます。

大きく手を振る私に、先生はほんの少しだけ手を上げてくださいました。その仕草に、胸の鼓動がまた一段と早くなりました。

 

 

 

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教室のドアが静かに開き、黄泉先生が姿を現したその瞬間。私の胸の奥で何かがふっと解けるような気がしました。

――本当に来てくれた。

 

「お待ちしてました、先生!」

 

ぺこりと頭を下げると、先生は「ああ」と短く返事をしてくれました。

いつものパイプ椅子に案内して、私はお菓子とお茶の用意をします。

 

「改めて、久しぶりだなノノミ。」

 

「はい! 本当に久しぶりです。急なお願いでしたが、来てくれてありがとうございます。」

 

そう言って私は冷たい麦茶と、どら焼きを先生の前にそっと差し出しました。

 

――その時、胸の辺りが雲がかるような、もやっとした感覚を覚えました。普段からとても強いオーラを放っている黄泉先生ですが……今日は少し弱く感じたんです。

 

「……どうした?」

 

「あっ、ごめんなさい!」

 

先生の顔を見つめたまま固まってしまい、不思議がられてしまう私。慌てて向かいの席に座ります。今日の先生は少しリラックスしてるだけでしょう。

 

「どうだ、最近は。」

 

麦茶を一口飲み、先生が訪ねます。

 

「えっと……バイトを頑張ってます!まだまだ覚えることは多いですけど、先輩たちが優しくて。」

 

「それと、みんなも元気です!ホシノ先輩、この前の会議でまた居眠りしてセリカちゃんに怒られてましたけど。」

 

先生はほんの少しだけ目元を緩めた。それだけで胸がぽかぽかする。

 

「そうか。無理はしていないか?」

 

「はい☆ しっかり休んで毎日元気です!」

 

私は両腕を上げて、力こぶを作るポーズをしてみせます。すると先生は小さく笑いました。

 

「それを聞けて安心した。……休める時はしっかり休んでおけ。」

 

「は、はい!」

 

そう元気に答えましたが、なぜか胸が、ドキンと跳ねるのを感じました。

一瞬、ひどく疲れているかのような、暗い表情をされた気がしたからです。

 

「――黄泉先生?」

 

無意識に、先生の名前を呼んでいました。こちらへ顔を向けた先生の表情は、いつも通りの凛々しいお顔をされています。特に異常は見られません。

 

ですが……だんだん不安になってきました。『やっぱり無理をさせてしまったんじゃないか』と、改めて責任を感じ始めています。

 

「……ノノミ?」

 

黄泉先生が少し心配そうに私の名前を呼びます。

隠し通すことはいくらでもできました。ですが、私の心は少しずつ不安の雲に覆われて行くばかりです。

やがて、私は勇気を振り絞って――

 

「あ、あの、黄泉先生は最近とても忙しいとお聞きしたのですが……ちゃんと休めていらっしゃるのですか?」

 

そう、尋ねました。

すると黄泉先生は肩を竦め、いつもよりも優しい表情になりました。

 

「もちろんだ。」

 

黄泉先生の声は静かで、凛としています。

――そう、いつも通り。呼吸は安定していて、顔色もいつも通りの黄泉先生です。

 

でも……本当にそうでしょうか?

 

どんなに疲れていても生徒の前では決して見せない。シャーレの先生であり、キヴォトス最強だからこそ、弱みは誰にも見せるわけにはいかない――そう思っているのかもしれません。

これは私の憶測に過ぎません。でも、これがもし本当だったなら、私は……!

 

「……隠さなくても大丈夫ですよ。先生は最近、あまり休めてないんですよね?」

 

思わず声が強くなります。

その勢いに驚いたかのように、先生の目がほんの少しだけ見開かれていました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……そんなに疲れているように見えたか?」

 

「はい。」

 

私は黄泉先生の目を真っすぐに見て、力強く答えます。

私の勘違いの可能性もありますが、胸のモヤモヤは収まる気配がありませんでした。

 

黄泉先生は少しの間目を伏せ、小さく息を吐いて話し始めました。

 

「……ノノミの言うように、しっかり休めているとは言えない。ここ最近は睡眠時間もあまり取れていないからな。」

 

その言葉に、胸が締め付けられるような感じがしました。やっぱり先生は無理をしていた……いや、私が無理をさせてしまったようです。

 

「お前は何も悪くない。生活管理ができていない俺の責任だ。」

 

先生はそう言ってフォローしてくれます。でも、分からないことが1つだけありました。それは――

 

「……そんな状態で、どうして私のお願いを聞いてくださったのですか?」

 

休めていないのなら無理に来る必要もなかったのに、先生は来てくださいました。でも本当は……休みたかったのではないのですか?

そのことを伝えると、先生は優しい表情で、こう言いました。

 

「……俺は常に生徒第一に動いている。叶えられる頼みはできる限り叶えてやりたい。」

 

その言葉を聞いて、私は胸の奥がぎゅっと締め付けられました。

私たちのことを思ってくださっているのに、嬉しいはずなのに、胸が苦しくなる一方です。

 

私が黄泉先生に、今すぐにできることは何かないでしょうか。せめて、少しでも先生のためになることをしたい。何か、何か――。

 

その時、あるアイデアが浮かびました。先生の寝不足を少しだけですが軽減できる(と思う)、とても良いアイデアが。

 

「せ、先生!この後何か予定はありますか?」

 

少し急かすような尋ね方に先生は驚いた様子でした。

 

「……強いて言うなら書類作業だ。まぁ、特別急いでやるようなものではないが。」

 

「で、では、私についてきてください!」

 

そう言って私は黄泉先生の手を握り、半ば無理やり教室を出ました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

黄泉先生の手を引いて向かったのは、対策委員会の教室よりも少し狭い教室。たくさんの人が本と共に、布団が敷いてあります。

ここは仮眠室。ホシノ先輩がよくお昼寝をしている場所でもあります。

 

「さぁ先生。こちらへどうぞ!」

 

そう言って靴を脱いで布団の上に正座して、太ももをポンポンと叩きました。それを見るなり、黄泉先生は眉を潜めます。

 

「……まさかとは思うが、俺にそこで寝ろと?」

 

「その通りです!」

 

私が思いついたアイデアとは、先生が今言った通り、『膝枕』。今の先生はとにかく休まなきゃダメなんです。それに、こっちの方がよりリラックスできると思ったので。

 

「……その気持ちだけ受け取っておこう。」

 

「だめで〜す☆」

 

先生が静かに教室を出ようと振り返ったその瞬間、私は後ろからぎゅっと抱きつきました。

 

「先生に無理をさせてしまった責任、とらせてください。」

 

「いや、お前は何も悪くないんだが……。」

 

先生は困ったように呟きます。でも私は、抱きついたまま離れられませんでした。というのも、今さらになってものすごく恥ずかしいことをしている気がして、思考が止まってしまって……。

対策委員会のみんなにも同じことを何度もしていたのに、どうしてでしょう?

 

「……分かった。」

 

そんな時、先生は静かにそう言いました。私は思わず「え?」と聞き返してしまいます。

 

「お前の膝枕で寝ればいいのだろう? 少し思うところもあるが……。」

 

「えっ、あっ、ではこちらへ……!」

 

私は慌てて先生から離れ、布団の上に正座します。先生は刀を壁に立てかけ、靴を脱いで、静かに布団の上に座りました。

 

「……失礼する。」

 

その声に、思わずドキッと胸が跳ねました。体中がか〜っと熱くなって、汗が滲み出てきます。先生の髪の毛が太ももに触れて、やがて頭がのしかかりました。

あの黄泉先生が私の脚に……!そして何より、先生の顔がすぐそこに……!

 

「ね……寝心地はどうですか?」

 

若干あたふたしながらも、先生に尋ねます。

 

「……柔らかく、とても心地よい。」

 

嬉しい、でも恥ずかしい。そんななんとも言えない気持ちが私に襲いかかります。

 

次に私はそっと先生の髪の毛に触れ、黙って優しく撫でました。頭を撫でるとリラックス効果があるそうなので……。

『撫でてもいいのかな……』と、不安と迷いが入り混じっていましたが、先生は何も言いません。

 

「えっと……嫌じゃないですか?」

 

しかし、返事はありませんでした。

 

「……先生?」

 

先生は「すぅ……すぅ……」と小さな寝息を立てて、眠っていました。そのどこか幼く見える寝顔に、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じました。

 

「……黄泉先生、いつもお疲れ様です。」

 

私は先生にそれだけを伝え、黙って髪を撫で続けました。

窓から差し込む柔らかな光が私たちを包み込みます。私は時が穏やかに流れていくのを、ただ感じていました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

どれくらい時間が経ったのでしょう。

ほんの10分、20分ほどでしょうか。そっと見下ろすと、先生のまぶたがゆっくりと持ち上がっていきました。

 

「……すまない。少し眠りすぎたか。」

 

「いえ、そんなことありません。」

 

私がそう答えると、黄泉先生はむくりと体を起こしました。その表情はどこかスッキリしたかのようで、そのオーラもいつもの黄泉先生でした。

 

「……もういいんですか?」

 

それでも、そう尋ねてしまう。実を言うともう少しだけ黄泉先生の寝顔をみていたかったり……。

すると先生は、ほんのわずかに目元を緩めました。

 

「ああ、もう大丈夫だ。それに――いつもより目覚めが良い。」

 

「……っ!」

 

その言葉が胸の奥に染み込んできて、じんわりと温かさに変わります。

少しでも、先生の力になれたのなら――

 

「よかったです。」

 

小さく呟いた時の私の表情は、自然と笑顔になっていました。

 

 

 

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「先生がキヴォトスのために頑張っているのは分かりますが、もっと体を大切にしてくださいね。」

 

アビドス高校の生徒玄関前。シャーレに帰る黄泉先生を見送る前に、注意しておきました。もしかすると本当に倒れる可能性だってあったんですから。

 

「……善処する。」

 

「もし、またお仕事で疲れたら、膝枕してあげますからねっ☆」

 

「……2度はいい。気持ちだけ受け取っておこう。」

 

むぅ、先生は素直じゃないですね。当の本人である私が良いと言っているのですから、恥ずかしがらず『ありがとう』の答えてくれればいいのに。

 

「今日はちょっとしたハプニングがありましたが――次はどこか出かけたいですね。」

 

「行きたいところがあれば、考えておいてくれ。」

 

「はい! でも、倒れられたら困るのでしばらくはやめておきます!」

 

そう言うと先生は「まいったな」と言うかのように苦笑いを浮かべました。

 

「では……そろそろ行くとしよう。改めてありがとう、ノノミ。」

 

「こちらこそ、久しぶりにお話できて嬉しかったです!さようなら!」

 

やがて、先生の背中が静かに遠ざかっていきます。胸に手を当てながら、私は心の中でそっと呟きました。

 

――私はいつでも『あなた』を支えますから、と。

 

 




黄泉先生も生き物ですので、疲れる時は疲れます。
ノノミちゃんのファインプレーでした。

さて、次回からは新章突入ですかね。
大学の後期授業が始まったので更新はさらに遅くなる可能性があります。失踪するつもりは毛頭ありませんので、のんびり待っててくださると幸いです。

話は変わりますが、シード引けました。ケリュドラは石がありませんでした(セイレンスで使った)。
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