お久しぶりです。そして、大変お待たせ致しました。
今日から「時計じかけの花のパヴァーヌ編」を投稿していきます。どうぞよろしくお願いします。
二重の邂逅
……勇者よ、あなたを待っていました。
私は、女神「モモリア」
私たちの世界「ミレニアムランド」は今、過去に類を見ない危機に瀕しています。
この危機を乗り越え、生徒会の廃部命令からミレニアムランドを救えるのはあなただけです。
過酷な道のりになるかもしれません……。それでも、どうかお願いいたします。
これから始まる、あなたの冒険の――
「もういい。」
刀の整備をしていた黄泉先生は、聞き飽きたと言わんばかりに、整備の手を止めて小さく手を挙げた。
その反応に違和感を覚えたのか、黄泉先生の手伝いをしていたムツキさんが質問する。
「でも、依頼の手紙なんでしょ? 最後まで聞かなくてもいいの?」
「どう考えても依頼の内容とは思えないんだが。」
「それはそう。」
黄泉先生の意見にあっさりと賛同するカヨコさん。まぁ確かに、これは依頼というよりはRPGゲームの冒頭のテロップのように感じる。加えて、廃部命令と書かれているけど、肝心の部活名が伏せられているので何も分からない。
相棒の天才アロナちゃんが『依頼のお手紙が来ています!』と言うものだから読んでみたら、かなり変な手紙だった。こんな時にポンコツな一面を――
『"そっち"じゃありません!2枚目の紙を読んでください!』
"え? ……ああ、こっち?"
アロナの慌てたような声が耳に届き、もう一度封筒に目を向ける。その中には、確かにもう1枚紙が入っていた。
私は改めて、手紙の内容を読み上げる。
シャーレの先生へ
私はミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部の才羽ミドリと言います。
ゲーム開発部は今、存続の危機に陥っています。生徒会からの廃部命令により破滅が目の前に迫っている今、助けを求められる相手はあなたたちだけです。
勇者よ、どうか私たちを助けてください!
"……とのことです。"
読み終えると、黄泉先生は手にしていた長刀を静かに鞘へと収めた。「カチン」という金属音が事務室に響く。
「……ちゃんと手紙を書けるなら、それだけを送ればいいだろうに。」
そこは同意せざるを得ない。1枚目の手紙に登場した「モモリア」さんには申し訳ないが、自分も読んでてちょっと恥ずかしかった。
「……まぁ、依頼は依頼だ。生徒が困っているのなら、無視することはできない。先ずはゲーム開発部に直接話を聞くとしよう。」
"はい!"
「――と言いたいところだが、俺はこの後エンジニア部で刀の調整をしてもらう約束をしている。途中までは同じ方向だが、部室に向かうのはお前1人だ。」
"え!?"
思わず、身を乗り出して聞き返した。なんか、前もこんな感じで別行動をしてたような……?
「……今回は迷子になって倒れるなんてことはやめてくれよ。」
"こ、今回は絶対に大丈夫です……!"
鋭い言葉に思わず苦笑い。
うう、あんまりその事は思い出したくないんだよね。かと言って簡単に消えるような記憶でもないけど。
黄泉先生は静かに立ち上がり、のんびりしていた2人へと目を向ける。
「では、留守は任せた。」
黄泉先生が短く告げると、ムツキさんは「はーい!」と右手をひらひらさせ、カヨコさんは「行ってらっしゃい」と冷静に返す。
そうして、私たちはミレニアムへ向かうのだった。
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"アロナ、ゲーム開発部ってどんな部活なの?"
ミレニアムサイエンススクールへと続く道で、私は尋ねてみた。名前の通りならゲームを作る部活だろうけど、詳しくは知らなかった。
『ゲーム開発部はその名の通り、ゲームを作っている部活です! 実際にゲームソフトも開発しているそうですよ。』
やっぱりそのままだった。
もう少し踏み込んだ情報がほしい。今度は隣を歩く黄泉先生に顔を向ける。
"黄泉先生はご存じですか?"
少し考え事をしていたのか、黄泉先生はハッとしたような表情を浮かべ、こちらに顔を向けた。
「……アロナとやらが何と答えたのかは知らんが、それ以上の情報は持っていない。俺は顔がは広いつもりでいるが……ゲーム開発部と関わったことは一度もない。」
うーん、困った。どんな生徒なのかだけでも分かれば安心できるんだけど――。
その時、アロナが再び画面に現れる。
『調べてみたところ、一応ランキング1位を取ったという実績があるみたいです。』
"えっ、すごい!"
そう、素直に驚いたのも束の間――
『クソゲーランキングの……ですが。』
静かに詳細が付け加えられる。
その瞬間、ゲーム開発部がなぜ廃部の危機にあるのかが、少し理解できたような気がした。
そんな不安しかない状態で歩みを進め、ミレニアムサイエンススクールの中心にそびえ立つ『ミレニアムタワー』の前に立った。サンクトゥムタワーほどではないけど、高層ビルなのには変わりない。
黄泉先生はその場で立ち止まり、私に目を向ける。
「では、この辺りで別れるとしよう。調整が終わり次第そちらに向かうが――ハルトの方が早くに終わりそうだな。」
"どうなるかは予想もつきませんが……やれるだけのことはやってみます。"
「その意気だ。じゃあな。」
そう言って黄泉先生はくるりと背を向け、ミレニアムの工房へと続く道を進んで行った。私はその背中を少しだけ見つめた。遠ざかっているはずなのに、その背中は依然として大きく感じる。
そして私は再びミレニアムタワーへと目を向けた。この先に待っているのはなんだろうか。緊張と不安が入り混じる中、ゲーム開発部の部室へと向かった。
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ミレニアムタワーのエントランスに入ると、すぐ目に飛び込んできたのは巨大な案内板だった。
……いや、案内板と言うよりも、巨大な電子辞書のようなものだ。画面に触れると一覧が開き、目的の部活や施設名を入力すれば、該当する場所をすぐにピックアップしてくれる仕組みらしい。
"えっと……ゲーム開発部、ゲーム開発部……。"
少し緊張しながら入力を進めていると、背後から冷静な声が聞こえた。
「ゲーム開発部に行きたいのなら、私と一緒に行きませんか?」
私は慌てて振り返る。そこに立っていたのは――サンクトゥムタワーで出会った、青髪ツーサイドアップの少女。
"君は――早瀬さん!"
「『ユウカ』で大丈夫ですよ。覚えていてくださって嬉しいです♪」
早瀬さん……もとい、ユウカさんはニコッと笑った。
「お元気そうでよかったです。まさかこんなところで出会えるなんて。」
"そういえば、ユウカさんはミレニアムの生徒だったね。私も知った顔に会えて嬉しいよ。"
私たちは、久しぶりの再会を少しの間喜んだ。
そして、改めてユウカさんに案内をお願いして、エレベーターに乗り込む。
「ところで……ハルト先生はどうしてゲーム開発部に?」
ユウカさんが私を見上げながら尋ねた。その声はいつもより低く、どこか怪しんでいるようにも感じられた。
"実は、ゲーム開発部から依頼が来ていたんだ。『生徒会から廃部命令が出てるから助けて』って。"
そう答えるなり、ユウカさんは「はぁ……」と長いため息をついた。
「あの子たち……まさかシャーレの手を借りようとするなんて。」
困ったようにそう呟くユウカさん。瞬間、私の中で嫌な予感が一気に広がる。
"あのさ、ユウカさんってもしかして……。"
そう尋ねてみると、ユウカさんは少しだけこちらを見て、黙って俯いた。……どうやら私の予感は当たっているらしい。
"つまり……私たちは対立する立場にあるってことか。"
「……みたいです。」
そこからのエレベーター内の空気は、言うまでもない。
ユウカさんに案内されてついにたどり着いたゲーム開発部部室。見たところ、他の部室と大きな違いはなく、その景色に溶け込んでいる。
私は2回、部室のドアをノックする。すると部屋の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
かと思えば、今度はしーんと静まり返る。
よく分からないままドアノブに手をかけた。ドアノブはそのまま回転する。鍵は掛かっていないようだ。
ゆっくりとドアを引き、中に入ろうとした、その時――!
「連携必殺発動! ツイン・流星ショット!!」
「くらえ!」
ピッ!!
"ぐわっ!?"
突如、笛のような音と共に、顔面に鈍い痛みが走った。私はその衝撃に耐えられず、背中からぶっ倒れる。
一体何が起きた? 暗闇からいきなり2人の生徒が現れたかと思えば、何かが顔面に落ちてきた。 いや、落ちてきたというよりも、殴られた…!?
鼻が痛いのと混乱とで頭は軽くパニックになっていた。
「せ、先生、大丈夫ですか!?」
慌てた様子のユウカさんの声が聞こえる。その次に聞こえてきたのは、勝利を高らかに宣言する少女の声だった。
「はっはっは!『冷酷な算術使い』め、私たちの力を思い知ったか!」
「ちょっと、それ私のこと!?」
「うぇっ!? なんで隣に立ってるの!? 分身!?」
「そんなわけないでしょ!それよりもあなたたち、先生に謝りなさい!」
「え? あっ!? 先生!?」
「せ、先生!ごめんなさい〜っ!!」
静かな廊下に、やたら大きな謝罪の声が響き渡るのだった。
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「「 先生、ごめんなさい! 」」
"えっと……2人の気持ちはよく伝わったから、とりあえず顔を上げてほしいな……?"
ゲーム開発部の部室。私はソファに座らされ、部員であろう2人の少女は床で私に向かって土下座をしている。素直に謝れるのは良いことだけど、土下座されるのはいい気分ではない。
一方、ソファの隣に立つユウカさんはまだ少し怒っている様子。腕を組んで眉を少し寄せていた。
"改めて、2人はゲーム開発部の生徒で合ってるよね?"
「う、うん。私はシナリオライターのモモイだよ。」
「私はミドリ。イラストレーターで、ゲームのビジュアル全般を担当しています。」
2人は簡単に自己紹介をしてくれた。今ここにはいないが、企画を担当するユズという生徒を含めた3人がゲーム開発部のメンバーだそうだ。
"私はハルト。知っての通り、シャーレで先生を務めている。"
"そして、私がここに来たのは、ゲーム開発部からの手紙を受け取ったからさ。"
そう話すと、2人の表情はパッと明るくなった。
「ということは……!」
「ゲーム開発部を救うために戦ってくれるの!?」
目を輝かせて近づいてくる2人。まるで私に希望を見出しているかのようだった。しかし――
「いまさら動いたって無駄よ。」
ユウカさんが待ったをかけた。その視線はいつになく冷たい。
「算術使い!話の邪魔しないでよ!」
モモイさんが噛み付くが、ユウカさんは全く反応せず、話を続ける。
「……何回も伝えたのにまだ理解できないの? ゲーム開発部の廃部は既に決まったこと。例えハルト先生でも、連邦生徒会長でも、この決定を覆すことはできない。」
「規定の部員数に届いていない、大した結果も残せていない。挙げ句は他所に迷惑ばかりかけて……!」
「そんな部活、残しておく価値もないわ!」
強い言葉でズバッと切り捨てるユウカさん。まぁ、生徒会側の判断としては至極真っ当だと思う。
ミレニアムは高い能力を持つ技術者を多く輩出している学校。学園の看板的にも、ゲーム開発部は排除したいという思いがあるのかもしれない。
「……け、結果は残してるもん!」
ユウカさんの圧に押されていたモモイさんが、負けじと口を開いた。それに続いてミドリさんも援護する。
「そうですよ!『テイルズ・サガ・クロニクル』は受賞、しましたし……。」
……ん? 受賞?
アロナの情報によれば、確かゲーム開発部が受賞したゲームは1つだけのはず。ということは、つまり――
"それが『クソゲーランキング1位』のゲーム?"
「ぐはぁ!」
「お姉ちゃん!?」
私が尋ねると、モモイさんは勢いよく床に倒れた。あまりにも堂々と「受賞した」と言うものだから、つい口にしてしまったが……彼女もかなり気にしていたらしい。
慌てて謝りはしたものの、モモイさんは石のように固まり、動かなくなった。
「……そんなに廃部になりたくないのなら、証明してみなさい。」
ふと、ユウカさんが小さく言った。刹那、モモイさんの手がピクッと動いたように見えた。
「ちゃんとした成績を収めて、部活の存在意義を示すの。そうすれば、私も他の生徒会役員もあなたたちを見る目は変わるんじゃないかしら?」
「でもまぁ……クソゲーランキング1位を取るような腕前じゃあ、結果は目に見えているようなものね。この後もっと悔しい思いをする前にスパッと諦めて、部室も開けちゃったら?」
「くっ……。」
ミドリさんの悔しそうな表情を見て、ユウカさんはくすっと笑った。なんとも悪役じみた反応である。
その時、モモイさんが静かに立ち上がった。先ほどまでの彼女とは雰囲気がどこか違う。
「分かった。全部結果で示す。」
「……へぇ?」
ユウカさんの眉が少し上がる。どうやら、モモイさんの言葉を信じていない様子だ。
しかし、モモイさんは負けじと一歩前へ出た。
「そのための準備もできてる!」
その言葉に、ユウカさんとミドリさんが大きく目を見開いた。……ミドリさんはその反応でいいのかな?
モモイさんは続ける。
「こっちには切り札もある! それで『テイルズ・サガ・クロニクル2』を作って――」
「"ミレニアムプライス" で賞を獲ってみせる!」
そう、力強く宣言した。
モモイさんの圧に驚いたのか、ミドリさんとユウカさんは動かない。しばらく静寂が部室内を包んだので、私は1つ質問をしてみた。
"えっと……ミレニアムプライスって、なに?"
その質問に答えてくれたのは、ユウカさんだった。
「簡単に言うと、ミレニアムに所属する全ての部活動が集まって、各々の成果物を競い合うコンテストのことです。」
なるほど……。モモイさんの言うように、他の部活動を押し退け、賞を獲れば廃部命令は撤回されそうではある。だけど――
「だけど、それは雲を掴むような話よ。高校生がメジャーリーグを目指すくらいには、ね。」
ユウカさんが私の気持ちを代弁してくれた。
知っての通り、ミレニアムの生徒たちは子供ながらに全員が一流の技術者だ。そんな生徒たちを相手にするとなると、あの有名なゲーム会社『任海堂』を目指す勢いで努力しないと届かないだろう……。
「それでも、やってみせる!」
その目は確かな決意を秘めている。彼女は、自分が進む道がどんなにいばらの道であろうと、迷わず突き進む覚悟があった。
ユウカさんは少しの間目を瞑り、小さく息を吐いた。
「……そう。あなたがそこまで言うのなら、ちょっとだけ期待してみることにするわ。」
そう言ってユウカさんはくるりと背を向け、ドアノブへと歩み寄った。
手をかける直前、ふと私の方へと振り返る。その表情は先ほどの悪役顔とは違い、とても優しいものだった。
「ハルト先生、次はもっと落ち着いた場所で会いましょうね。」
そんな一言を残し、ユウカさんは部室を後にする。『カチャリ』とドアが閉まる音が響き、場に静寂が訪れた。
「ほっ……。」
モモイさんは小さく息を吐いて、ソファにドサッと座った。そして流れるように、私の腕に寄りかかってくる。
"……モモイさん?"
「ごめん先生……疲れたからちょっと休むね。」
"このタイミングで……?"
色々聞きたいことがあるのに、モモイさんは私に身を預けて静かに目を瞑った。やがて、すぅすぅと小さな寝息が――
「お姉ちゃん!寝てる時間なんてないよ!」
「ぴゃーっ!?」
ミドリさんが大声で叫ぶと、モモイさんは勢いよく飛び起きた。ありがとうミドリさん。
「あんなこと堂々と言っちゃって……! 本当に切り札なんてあるの!?」
どこか怒りを滲ませるミドリさん。
廃部の危機が迫っているというのに、どこかのんびりしているモモイさんに強く当たってしまうのも無理はない。さらに言えば、『切り札』という得体の知れないものを信用するのもまた難しい話だ。
「ちゃ、ちゃんとあるよ! ほらここに!」
そう言ってモモイさんは私の腕に抱きついた。
えっと……まさかとは思うけど、『切り札』って私のこと……?
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ハルトと別れ、ひとりミレニアムの敷地を進む。
静かな渡り廊下を抜けた先――微かに聞こえてきたのは、金属が打ち合わさる乾いた音と、機械の駆動音が入り混じった喧騒だった。
音の源はミレニアムが誇るエンジニア部の工房。今日も今日とて、エンジニア部の生徒が新たな作品づくりに没頭しているのが目に浮かぶ。
工房の入り口の前で立ち止まる。こちらの存在を認識したセンサーが反応し、分厚くメカメカしいドアがゆっくりと開いた。
工房内から流れてきた油と金属の匂いが鼻を刺激する。最初は苦手だったが、もう慣れてしまった。俺は軽く周りを観察しながら進む。向こうから挨拶されたので、軽く返事をした。
しかし……今日はやけに騒がしいな。いや、活気づいていると言うべきか。そんなことを考えていると――
「待っていたよ、黄泉先生。」
工房の中央にはウタハが立っていた。着用している作業服は、いつもより汚れが広い。
「今日はやけに騒がしいな。」
「無理ないさ。なんと言っても "ミレニアムプライス" の時期だからね。部の代表を勝ち取るために、みんな全力さ。」
そうか、もうそんな時期なのか。時間の流れはあっという間だな。……となると、ウタハも自分の作品を作るので忙しいのでは?
「……貴重な時間を奪ってしまったか。」
「ああ、気にしないでくれ。」
俺が尋ねると、ウタハはニコッと笑った。
「黄泉先生の刀を診るのは好きなんだ。本当はもっと時間を取りたいくらいさ。」
その言葉に俺は「そうか」と短く返す。
彼女は生徒だが、歴とした技術者なのだなと改めて感じた。
「頼んだ。」
「任せてくれ。」
刀をウタハの台車にそっと乗せ、見送る。台車を押して自分のスペースに向かうウタハはどこか楽しげであった。
さて、この後はどうしようか。20分くらいで終わるとは言え、ぼーっと突っ立っているのもつまらない。作品制作の様子でも見学させてもらおうかと考えていると――
「こんにちは、黄泉先生。」
柔らかな声が俺を呼ぶ。顔を向けると、そこには意外な人物が"座って"いた。
純白の髪とエルフ耳。ミレニアム史上3人しかいないとされる学位「全知」の所持者であり、自他共に認める天才ハッカーの明星ヒマリが笑顔を浮かべていた。
「久しいな、ヒマリ。まさかここで会えるとは思っていなかった。」
「あら、それはつまり『ずっと私に会いたかった』……ということですか?」
「……まぁ、そんなところだ。」
そう答えると、ヒマリは少し頬を染めてニッコリと笑った。
『エンジニア部の工房で会うとは思わなかった』という意味だったのだが、随分と歪曲した受け取られ方をされてしまった。とは言え、否定して悲しまれるのも後味が悪いので肯定しておく。
「そんなことより、ヒマリはなぜここに?」
「車椅子の点検をお願いしていたんです。とうも最近調子が悪くて。黄泉先生は?」
「刀の調整だ。」
そんな会話をしながら時間を潰す。
ヒマリは両足に麻痺があり、自由に歩くこともままならないため、いつも電動車椅子で生活している。他の生徒と比べてできないことは多いが、下を向くことは一度も無かった。そんな彼女を見て、俺も多くを学ばせてもらった。
「ヒマリさん、おはようございます!」
ふと、エンジニア部の生徒が普通の車椅子と共に現れた。どうやらヒマリの車椅子の調整を担当している生徒のようだ。そしてヒマリの前に立ち、彼女が持ってきた車椅子に移そうとすると、彼女は「ちょっと待って」と手の平を見せ、俺に視線を向けた。
「先生、私をそちらの車椅子に移動させてもらってもいいですか?」
ヒマリがそんなことを言って両手を広げてきた。
「……今しがた、そちらのエンジニアが移動させようとしていただろう。」
「あらら? 黄泉先生は女の子に力仕事をさせるような先生だったのですか?」
薄く笑みを浮かべるヒマリ。俺は「はぁ…」と息を吐き、彼女の前に立った。
「失礼する」と声をかけ、俺はヒマリの脇に頭を通して上半身が動かないようにしっかりと固定。背中と腰に手を回し、「せーの」と同時に重心を後ろに下げた。ヒマリを立ち上がらせ、俺が軸となって180度回転し、普通の車椅子に座らせた。
脇から頭を抜き、軽く髪を整える。ヒマリを見ると彼女は顔を真っ赤にしていた。
「……どうした?」
「い、いえ、ちょっとびっくりしちゃって……。こんなやり方は初めてだったので……。」
「俺が入院していた時に教わったやり方だ。……まぁ、前もって何をするか言わなかったのは悪かった。」
そう答えた後、俺は隣に立っていたエンジニアへと視線を向けた。
「お前も覚えておくといい。脇をしっかり固定して、腰を支えながら重心を後ろに引く。これなら力を入れる必要も無いし、無理に持ち上げるよりも安全だ。」
「は、はいっ!」
エンジニアは慌ててメモを取り出し、言葉を逃さないように書きつけていた。
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「それでは、よろしくお願いします。」
「任せてください!」
ヒマリが頭を下げると、エンジニアも丁寧に頭を下げた。そして電動車椅子を押して工房の奥へと運んでいく。
「黄泉先生。よろしければ調整が終わるまでの間、どこかでお話ししませんか?」
「ああ、構わない。」
そうして俺はヒマリの後ろに回り、車椅子の取っ手を握る。工房の喧騒を背に、ゆっくりと押しながら外へ向かった。金属と油の匂いが遠ざかり、涼しい風が頬を撫でた。
工房を出てしばらく歩くと、緑の匂いが濃くなる。ガラス張りの渡り廊下を抜けた先には、中庭へと続く小さな扉があった。
車椅子を押して外に出ると、昼下がりの柔らかな陽射しが広がる。木々が風に揺れ、葉のざわめきが耳に心地よい。普段は昼休みに生徒が集まる場所だが、今は人影もなく、静けさに包まれていた。
「ここなら、落ち着いて話せそうですね。」
ヒマリがそう言って、並んだベンチを顎で示す。俺は頷き、車椅子を寄せてから自分も腰を下ろした。
「最近の調子はどうだ?」
「ふふ、相変わらずですよ。車椅子の調子が悪いこと以外は、毎日元気にしています。」
そんな内容から始まった会話はどんどん弾んでいく。俺の暴動鎮圧の話やハルトについての話、ヒマリが所属している『ヴェリタス』の仲間の話など、話は盛り上がった。
時間が流れ、そろそろ刀の調整も終わっただろうと話を切り上げようとしたと同時に、ポケットに入れていたスマホが震えた。ハルトからのメールだ。
『いろいろあって、廃墟と呼ばれる場所へ行くことになりました。』
廃墟……。確かミレニアムの近郊にある、立ち入り禁止の区域だ。というかハルト、「廃墟に行くことになりました」ではなくそこは止めるべきだろう……。
「へぇ〜、ハルト先生は廃墟へ行くんですね。」
「……ヒマリ、勝手に見るな。」
「あっ、ごめんなさい。」
いつの間にかヒマリが車椅子を動かし、俺の後ろからスマホを覗き込んでいた。モラルに欠ける行動をとるのは、さすがヴェリタスの部長と言ったところか。
冗談はさておき、俺も急ぐべきだな。そうしてベンチから立ち上がろうとした、その時――
「確かに、廃墟にはゲーム開発部がゲームを作るためにぜひ欲しい"あれ"がありますからね。」
その言葉に、俺は動きが止まる。
俺はゲーム開発部という単語は一度も口にしていない。なぜヒマリがそれを知っている……?
「……俺たちがゲーム開発部から依頼を受けたことを知っていたのか?」
「んー、正しくは『私もゲーム開発部にある物を探して欲しいと依頼を受けていたから』……ですかね。」
「ある物……?」
ヒマリは少し間を置いて、静かに口を開いた。
「先生は……『G.Bible』をご存知ですか?」
つづく
どうやらこの物語は第一章と第二章の間にかなりのスパンがあるそうですね。これについて前もって伝えておきますが、第二章まで一気に書くつもりでいます。
話は変わりますが、ついにナド・クライが来ましたね!どのキャラも魅力的で探索もめっちゃ楽しくて、一言で言えば最高です!(サンドローネちゃん実装求む)
次回 第二話 眠れる廃墟の少女