アビドス廃校対策委員会編、突入!
交差する道の先で
シャーレの室内は、静かだった。
外の喧騒が遠くに霞んで、白い光だけが机の上に落ちている。
俺は静かにペンを走らせる。書類の山は片付いたわけではないが、明らかに低くなっていた。
反対側に座るハルトの手も、なかなかに早い。
彼がここにきて2週間。仕事にはかなり慣れたようだ。
しばらくは書類の山に潰されていたが、彼は飲み込みが早く、今では俺とハルトで仕事を分割している。
” 黄泉先生。そろそろ休憩しませんか? ”
ハルトが肩を回しながら言う。時計に目をやると、作業開始から早くも2時間が経過していた。
「…ああ。今、茶を淹れよう。」
俺は椅子から立ち上がり、キッチンへと向かった。
さて、今日はどの茶にするか…。
”アロナ、どうしたの? ……手紙?”
棚から煎茶の袋を取り出していると、ハルトが”画面のついていない”タブレットに向かって話し始めた。
…傍から見れば頭のおかしい奴だが、彼の場合は違う。
ハルト曰く、一見ただのタブレットに見えるそれは『シッテムの箱』と呼ばれ、その中に『アロナ』と呼ばれる女児の姿をしたAIがいるらしい。
懐疑的な言い方をしたのには理由がある。それは、俺にはアロナの存在が”分からない”からだ。
アロナはハルトにしか見えない存在。俺がタブレットを覗いても画面は真っ暗なままで、姿は見えず声も聞こえない。
ただそこに”何かがいる”程度にしか感知できない。
だが…理解はできる。
ハルトとアロナの関係は、俺とこの刀のようなものだ。
俺はこの刀に選ばれ、ハルトはシッテムの箱の管理者に選ばれた。そして、互いに相棒のような存在でもある。
形は違えど、本質は似ている。
そんなことを考えている間に、茶の香りが静かに部屋に広がる。
蒸気の立つ湯飲みをそっとテーブルに置き、再び棚へと手を伸ばしたとき――
”……あの、黄泉先生。”
呼びかけられて振り返ると、ハルトが一枚の封筒を手にしていた。
まだ封が切られて間もないその手紙を、彼は視線で示す。
”アロナが見つけたこの手紙…。かなり不穏な内容だったので、黄泉先生にも読んでもらいたくて。”
俺は静かに視線を落とし、淹れていた茶の湯量を整えた。そして、背を向けたまま口を開く。
「……読み上げろ。」
ハルトは「はい」と返事をし、ゆっくりと手紙を読み始めた。
連邦捜査部の先生へ
こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。
今回どうしても先生にお願いしたいことがありまして、こうしてお手紙を書きました。
単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。
それも、地域の暴力組織によってです。
こうなってしまった事情は、かなり複雑ですが…。
どうやら私たちの校舎が狙われているようです。
今はどうにか食い止めていますが、そろそろ弾薬などの補給が底を突いてしまいます。
このままでは、暴力組織に学校を占領されてしまいそうな状況です。
それで、今回先生にお願いできればと思いました。
先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?
読み終えた時、室内は再び静寂に包まれた。
「…なるほど。」
どうやらかなり切羽詰まった状況のようだ。校舎を狙うとは、珍しいことを考える奴がいるものだな。
いくつか疑問も残るが、詳しい話は本人たちに聞くとしよう。
「ハルト、お前はどうする?」
俺がそう質問よりも早く、彼は口を開いた。
” 行きましょう、黄泉先生。困っている生徒を無視するなんてできません! ”
ハルトが真剣な眼差しで俺を見ながら、そう言った。
ああ、そうだったな。お前はそういう奴だ。
「…無論だ。すぐに出発するぞ。」
俺がそう告げたとき――
懐のスマートフォンが震えた。
俺はポケットから端末を取り出し、画面を確認する。
一瞥しただけで、すべてを理解した。
これは行くしかない案件だ。判断の余地はなかった。
「……ハルト、予定変更だ。」
”ど、どうしましたか?”
「ミレニアムで暴動だ。対応に向かう。」
淡々と伝えながら、俺は支度を整える。
白の上着と刀を手に取る。手慣れた動きに迷いはない。
”では、私は一足先にアビドスへ向かいます。”
「分かった、アビドス高校で会おう。」
廊下を歩きながら、スマホで対応要請の詳細を確認する。
状況は不安定、生徒同士の衝突が広がっている…か。
対応を誤れば被害は大きくなる。
シャーレの屋上に来た俺は、現場の位置を確認し、飛び出した。目的地は地図の上にあるが、俺にとっての道は”それ”だけじゃない。
常に最短距離で現場に向かう。
でなければ、守れるものも守れない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
” ………また、ここ?”
焼けるような日差しの下、私は足を止めて辺りを見渡した。
かすれた電柱の落書き。半壊した郵便ポスト。傾いたフェンスの向こうに見える、同じ家。
――間違いない、さっきもここを通った。
ほんの数十分前、シャーレに届いた一通の手紙を読んだ。それはアビドス高校の生徒たちからの、助けを求める文面だった。
事態の深刻さを感じた私は、すぐに荷物をまとめてシャーレを出発した。
……そのはずだった。
出発する前にアロナが『街のど真ん中で道に迷って遭難するくらい広い』と言っていたが、そんなことないだろうと2人で笑っていた。
ああ、当時の自分に言ってやりたい。「笑い事じゃないぞ」と…。
細い路地が入り組んだこの街は、思った以上に複雑だった。
地図通りにまっすぐ行っても、気づけば同じ場所に戻るだけだった。目印の建物も、風景も繰り返される。
”この道をまっすぐ、って言ってたのに…。”
スマホの地図はすでに正確な位置を示してはくれず、GPSの矢印はクルクルと回るばかり。
まるで、この街そのものが訪問者を迷わせようとしているかのようだった。
”え、ちょっと待って……マジで?”
苦笑混じりに声を漏らすが、喉はすでにカラカラで、声も掠れていた。
汗でシャツは背中に張り付き、腕時計の針は無情にも時間だけを刻んでいる。
”……黄泉先生なら、こんな時どうしてるんだろ。”
苦し紛れに呟くと、胸にほんの少しの安心が生まれた。
頼れる人の存在を思い出すだけで、心のどこかが支えられる。けれど――
”って、ダメだ。自分で行くって決めたんだ…!”
自分を奮い立たせて歩き出す。
だが足元は徐々にふらつき、額から流れる汗が目に染みて視界がぼやけていく。
”ここ……も、さっき……”
同じ路地。
同じポスト。
同じ風景。
ぐるぐると回り続ける出口のない迷路の中で、気づかないうちに体力も、気力も削られていた。
”黄泉先生……。”
知らず、そう呟いたその時だった。
膝から力が抜け、視界が地面へと落ちていく。
――助けて……。
その意識を最後に、静かに、私の瞼は閉じられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
午前10時。ミレニアムでの戦闘を終えた俺は、アビドス住宅街に足を踏み入れた。
アビドスの陽射しは、都会のそれよりもわずかに鋭かった。
焦げた土と風に運ばれた砂の匂いが、鼻の奥をくすぐる。
「…荒れているな。」
俺は無言で歩を進めながら、肩に落ちた砂を手で払う。
目的地はただ1つ、アビドス高等学校。
景色の変わらない直線の道をただただ歩く。
そう言えば…ハルトは無事高校に着いただろうか。
アビドスは広い。一度足を踏み入れると簡単に遭難してしまうくらい、複雑な道が続く。
加えてアビドスの住宅街では、ほぼ全ての市民が他の街へ引っ越していったため、道を聞く事もできない。
だが、ハルトにはアロナがいる。彼が「とても役に立つ」と言うくらいだ。彼女が道案内をしてくれているだろう。
不安もあるが、彼とその相棒を信じるしかない。
そんなことを考えているうちに、アビドス高等学校が見えてきた。
校門をくぐり、敷地内へと足を踏み入れた、その時――
周囲の空気が変わった。
物陰に潜む気配。
視線の鋭さ。
そして、かすかに肌を撫でるような殺気。
警戒されている。
どうやらこの学園の生徒たちは、戦場の勘がある。気配で“強さ”を測る術を知っているようだ。
「質問に答えて。変な動きを見せたら…撃つね?」
おや…背中を取られてしまった。
まさか姿を見せず、かつ音を出さずに移動できるとは。この学園の生徒たちは実力派揃いのようだ。
「分かった。」
俺は彼女たちと戦いに来たわけではない。
確実に信用してもらうために、大人しく従う。
「あなたは誰?」
単純な質問。その声音に裏はない。
「…黄泉。シャーレの先生をしている。」
「なるほどね。ここには何しに来たの?」
これは…おそらく手紙の内容に関する質問だろう。
俺はハルトが手紙を読み上げた時の記憶を引っ張り出す。
「力を貸しに来た。」
「へぇ、どうして?」
彼女は質問を畳み掛けてきた。
大丈夫、全て覚えている。
「この校舎を暴力組織から守るため。」
そう答えた時、周りからの殺気が消え、銃が下ろされた。
緊張の糸が解かれ、陰に隠れていた生徒たちが姿を表す。
「どうやら本物の黄泉先生みたいですね。」
まず目の前に現れたのは、ベージュ髪の少女。
おっとりとした雰囲気の彼女だが、その腕に抱えているのはガトリング。何気にこの武器を使っている生徒を見るのはミレニアムのコトリ以外に初めてだ。
「ん、良かった。…ちょっと戦ってみたかったけど。」
銀髪の少女がそう言う。
…悪いが俺は、生徒と無駄な戦闘をするつもりはないんだ。手合わせというのならいつでも受けるが。
「ごめんなさい、先生。出会っていきなりこんな警戒なんかしちゃって…。」
黒髪の少女が俺に謝った。
別に謝る必要などない。むしろ良いものを見させてもらったと感謝したいくらいだ。それに…
「…警戒されるのは慣れている。」
「本当にごめんなさい…。」
「うへへ〜。でも、これで安心だよ〜。」
最後にピンクの髪のだらんとした少女。
彼女は…気配で分かる。間違いなくキヴォトスでもトップの実力者だ。
戦闘する意思が無かったとは言え、彼女は俺の背後をとった。また、殺気が一番強かったのも彼女だ。
そんな彼女たちがいる学校を狙う暴力組織とは?
彼女たちがこの状況に立たされた原因は?
…ますます疑問が増えるばかりだ。
その後、俺たちは自己紹介を済ませ、彼女たちに学校を案内されていた。
ベージュの少女は十六夜ノノミ、銀髪の少女は砂狼シロコ、黒髪の少女は黒見セリカ、ピンク髪の少女は小鳥遊ホシノという。
アビドス校内の廊下を歩いていると、ふと、二人の視線が俺の左腰に向けられていた。
ノノミとシロコが俺の刀に興味津々の様子だ。
2人は好奇心を隠しもせず、キラキラした目で刀を見つめている。
「先生の刀、すごくカッコいいですね!」
「私の身長よりも長い…。」
俺は一瞬だけ目を細めた。
この反応は、決して珍しくはない。子どもらしい純粋な好奇心に満ちた瞳を向けられると、不思議と頬が緩んでしまう。
――その時だった。
「きゃっ!」
『バチッ!』という乾いた音と小さな悲鳴が響いた。
振り返るとシロコが尻もちをついている。
「シロコちゃん!? / シロコ先輩!?」
ノノミとセリカが慌ててシロコの元へ駆け寄る。
シロコは驚きに目を見開いたまま、指先を押さえていた。
俺は無言のまま左腰の刀へと視線をやると、鞘がかすかに光を帯びていた。
どうやらシロコが刀の鞘に触れてしまったらしい。
俺はそっと柄に手を添え、目を伏せてつぶやいた。
「…落ち着け。彼女は悪意を持っていたわけではない。」
その声に呼応するかのように、刀から放たれていた光が静かに収束していく。
「…すまない。この刀は俺以外の人間に触れられることを嫌うんだ。」
できるだけ柔らかい声音でそう伝える。
シロコはしばらく黙っていたが、やがて短く頷いた。
「…怪我はないか、シロコ。」
「ん…ケガはしてない。びっくりしただけ。」
俺はシロコに手を差し伸べ、彼女を支える。
ノノミとシロコが好奇心で目を輝かせていた時点で話しておくべきだった。
「その刀…ただの武器じゃないんですね。」
「ああ。こいつは刀でもあり…“想い”でもある。」
「ちょっと何言ってるか分かんない。」
「シ、シロコ先輩!少しはオブラートに包んで!」
3人が親しげに俺を囲む中…ある視線を感じた。
誰のものかは考えるまでもない――ホシノだ。
仲間を傷つけられたかもしれない。信頼できない他所者が目の前を歩いている。…そういう警戒心。
現にシロコに傷をつけかけたのだから、そう見られるのは仕方がないと言える。
だが…何か引っかかる。
まるで、”それ”が彼女の中で長い時間をかけて育ったもののように静かで、けれど深く根を張った視線。
「(お前は…何を背負っている?)」
その感覚には覚えがあった。
それはかつて、俺の中にもあった。
「(…お前も”そう”なのか?)」
廊下に響く足音だけが、沈黙のなかに残る。
言葉はない。
だがその足音は、なぜか揃っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃーん!ここが私たちの教室です!」
ノノミが腕を広げてポーズをとる。
特に変わったところは見られない、普通の教室。
ただ、教室プレートには『アビドス廃校対策委員会』と書かれた紙が貼り付けてある。
「アヤネちゃん、ただいま〜!」
俺が小さく頷くと、ノノミは元気よく教室に入っていった。
俺はドアの前から離れ、シロコたちに先に教室に入るよう促す。それに気づいた2人は軽く頭を下げて教室に入っていった。
そして、同じようにホシノにも促したが…
「おじさんのことは気にしないで、ほらほら入った入った。」
彼女にぐいぐい背中を押されて教室に入った。
ホシノの一人称は『おじさん』か…。世の中には色んな人がいる。
「おかえりなさい、ホシノ先輩。そして黄泉先生、はじめまして。」
声のした先には、黒髪で赤縁のメガネをかけた少女がいた。
しっかり者の雰囲気を纏う彼女は背筋を正し、真っ直ぐに俺を見た。
「私の名前は奥―”黄泉先生!”
突然、俺の名前を呼ぶ男の声がした。
誰の声かは考えるまでもない。先ほど、彼と『アビドス高校で会おう』と約束していたからだ。
声の正体は、ハルトだった。
彼の姿を見て、俺は安堵していた。
先ほども話したが、アビドスは『一度足を踏み入れると遭難するかもしれない』という話で有名な場所だ。
アビドスを訪れて遭難し、熱中症で倒れたという実話も耳にしたことがある。
加えてハルトはキヴォトスに来て初めての出張。相棒のアロナがそばにいるとは言え、最悪のパターンを考えずにはいられなかった。
だが、それも杞憂に終わった。本当によかっ―
「良かった、”元気になった”んだね。」
傍にいたシロコが淡々とそう言った。
刹那、俺の中に走ったのは強烈な“寒気”だった。
一瞬、景色がかすむ。
目の前ではハルトが笑っているのに――その光景が、遠くの幻のように感じた。
「…どういうことだ?」
ようやく口から絞り出した言葉は、それだけだった。
「実はこの方、道路の真ん中で倒れてたんです。それをシロコちゃんが見つけてくれて…。」
「………。」
ノノミの返答を聞いた俺の頬に冷たい汗が流れる。
彼は倒れていた。道の上で、意識を失って。
運が悪ければ、誰にも見つけられず、そのまま……。
”…黄泉先生?”
…また、何もできずに失うところだった。
彼がいま生きていることを喜ぼうにも喜べなかった。
「…無事でよかったな、ハルト。」
” …はい。”
感情はまだ追いついていない。
それでも、彼が目の前で生きていることだけは確かだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
改めて自己紹介をした俺とハルトは、彼女たちの目的と現状を聞かせてもらった。
まず『アビドス廃校対策委員会』とは、このアビドスを蘇らせるために”全校生徒”が集った部活である。
部員である5人を除き、他の生徒は転校・退学してアビドス高校を去った。
学校がボロボロのため、学園都市の住人もほとんどおらず、暴力組織『カタカタヘルメット団』に学校を襲われている。
現状、彼女たちだけでは学校を守るのが限界。補給品も尽きかけており、終わりを覚悟していた。
そこに現れた『シャーレ』という存在。
彼女たちは藁にも縋る思いで手紙を送った…。
「なかなかいいタイミングに現れてくれたよ、先生。」
「うんうん!もうヘルメット団なんてへっちゃらですね。大人の力ってすごいです☆」
ホシノの言葉にノノミが賛同する。
学生にとって『学校』とは学び舎であり、憩いの場でもある。
あと少し遅ければ、彼女たちは全てを失っていた。それを守れたのは、アロナが手紙を見つけたおかげだ。
「かといって、攻撃を止めるような奴らじゃないけど。」
「あー、確かに。しつこいもんね、あいつら。」
シロコとセリカがそう話していた、その時―
ダダダダダダダダッ!!
突然、銃声が響いた。
慌ててアヤネが席を外れ、壁側にあるパソコンの画面を確認する。
「武装集団が学校に接近しています!カタカタヘルメット団のようです!」
噂をすれば本人たちが登場した。
ヘルメット団はどんどん敷地内に侵入し、銃弾をばらまいている。
ホシノたちは急いで、しかし冷静に戦闘準備を始めた。何度もヘルメット団たちに襲撃されたのだろう。その動きに一切の迷いがない。
準備を終えた彼女たちは教室を飛び出して行った。その背中を見送った俺は机に立てかけていた刀を手に取り、席を立つ。
「ハルト、指揮をしてやれ。」
” は、はい!黄泉先生は?”
「…あいつらの背中を守る。」
そう伝え、俺は教室を後にした。
正直なところ、俺の出る幕は無いだろう。前にも言ったが彼女たちの実力はかなりのものだ。そう簡単にやられるようなタマじゃない。
だが…ここは戦場。どこで何が起きるか分からない。
油断した隙をつかれて命を落とすなんてよくある話。
現にシャーレから補給を受けた彼女たちは、どこか浮き足立っている様子が見られる。そうなる可能性も0ではない。
「…そんな巫山戯た死に方だけは絶対に許さない。」
そう呟き、俺は戦場に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「行くよ、シロコちゃん!」
「ん!」
「セリカちゃん、2人を援護しますよ!」
「はい!」
その戦いはこちらが圧倒的に人数不利にも関わらず、終始優勢だった。
戦闘において一番の障害である『恐れ』が彼女たちにはない。まるで、彼女たちの居場所を守ることが、当たり前のように体に染みついている。
右耳に取り付けられたインカムからハルトの指示が聞こえる。ハルトとホシノたちは初めての共闘だと言うのに、一切の乱れがない。
彼の支持に的確に従い、確実に敵を殲滅している。
個々の戦闘能力の高さもさることながら、自然な形で連携をとっている。
ホシノとシロコが突撃し、ノノミとセリカが2人を援護。そしてアヤネがドローンを使って敵の状況を全員に報告。
ヘルメット団のような寄せ集めの不良たちではこの5人には勝てない。彼女たちには長い年月を掛けて築いた絆と『学校を守る』という確固たる意思があるからだ。
「…に、逃げろーッ!!」
ついに勝てないと心で考えたのか、ヘルメット団の1人がそう叫んだ。それに続くように周りの団員たちも一目散に逃げていく。
『カタカタヘルメット団残党、校外エリアに撤退中。』
インカムを通してアヤネの言葉が耳に入る。
どうやら全員撃退したようだ。
「わぁ☆ 私たち、勝ちました!」
「あははっ!どうよ!思い知ったか、ヘルメット団め!」
4人は笑顔で集まり、ハイタッチを交わしている。
アビドス高校の校庭に勝利の余韻が満ちていった。
俺は4人の元へ静かに歩み寄る。
彼女たちの様子をしっかり目に映しながら。
「あっ、黄泉先生!」
「どう?アタシたち強いでしょ!」
「ん、楽勝だった。」
「これでお昼寝ができるね〜。」
俺に気づいたノノミたちがこちらに体を向け、手を振る。
…俺の予想通りになってしまったか。
「…戦闘に関しては何の問題もない。だが―」
そう言って俺は刀の柄に手を伸ばし、ノノミの背後に移動した。
そして刀は鞘に収めたまま、左上から斜めに振り下ろす。
刹那、「ガキィン!」という金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。
グラウンドに黒く小さな塊が突き刺さっている。
それは、スナイパーライフルの弾丸だった。
「え…?」
「…油断しすぎだ。」
そう言って俺は刀を左腰に差し戻し、弾丸が飛んできた方向に目を向ける。
そこに人の気配は感じなかった。
スコープ越しに俺の存在に気づいて慌てて逃げたと捉えるべきか…。
ノノミの顔が…いや、全員の顔が青ざめているのがよく分かる。彼女たちの反応を見るに、弾丸に気づいていなかったらしい。
「…教室に戻るぞ。話はそれからだ。」
俺の声が、冷たく地を這うように響いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦いの後、対策委員会の教室では黄泉先生を中心に反省会が開かれていた。
結果的にヘルメット団たちを返り討ちにし、完全勝利した小鳥遊さんたちだが、『勝利した』と確信した際の油断によって十六夜さんが狙撃されかけた。
黄泉先生が刀で弾き飛ばしてくれたため大事にはならなかったが…。
実際、私も油断していた。みんなに怪我させることなくヘルメット団を撃退できたことに浮かれていた。
そのため、黄泉先生の言葉は私にも刺さりまくっていた。
「お前たちは…己の強さに酔いすぎだ。」
黄泉先生の声は一点を射抜くように鋭く、それでいて何かを押し殺すような深さを湛えていた。
その場にいるだけで、空気がピリピリと張り詰めていく。
静電気のように肌にまとわりつく緊張。自然と呼吸が浅くなり、言葉が喉の奥で凍りついた。
「もちろん、強いことはいいことだ。このキヴォトスにおいて、自分の身を守る
「…だが、それは力を抜いていい理由にはならない。お前たちほどの実力なら、すぐに守るか避けるかできたはずだ。だが、揃いも揃って弾丸に気づかなかった。」
黄泉先生の言葉に、セリカが勢いよく立ち上がった。
「聞き捨てならない」と黄泉先生に向かって鋭い視線を向ける。
「そんなの、分かるわけないじゃん!あいつらの中に狙撃手がいたなんて―」
「仲間が死んでも同じことを言えるのか?」
まるで時が止まったかのようだった。
その声は大きくもなく、怒鳴るでもない。だが、誰よりも重く、どこか後悔のようなものが感じられた。
「あのヘルメット団に何度も襲撃されたと言っていたな。つまり、奴らも何か目的があってここを攻めている。奴らにとって邪魔なお前たちを倒すために作戦の1つや2つは練ってくるだろう。」
「その対策を…考えたことはあるのか?」
――再び静寂。
その声音は穏やかだった。だが、そこに宿る静かな怒りと、深い悲しみは否応なく胸に刺さる。
「戦いにルールなどない。守れたものを…自ら手放そうとするな。」
それは怒りでも、責めでもなかった。
ただ淡々と、しかし確かに胸に残る――静かで重い一言。
彼の足音が床に吸い込まれていく。
教室の扉が静かに音を立てて閉まるその瞬間まで、誰も動けなかった。
残された私たちは、その背中が伝えたもの――
「自分たちがこれからどう在るべきか」という問いを、それぞれの胸に抱えて立ち尽くしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
対策委員会の面々に軽い説教をした俺は、アビドス高校の屋上から街を眺めていた。
教室での風景を思い出す。
俺がいなければ、ノノミがどうなっていたか分からない。あのような事態になったのは、彼女たちの甘さ故。
…彼女たちも、仲間を失いたくないはずだ。
「…俺でも、間に合わなかったことのほうが、圧倒的に多い。」
誰に語るでもない、独り言だった。
護れなかった命。
掴もうとして、すり抜けた希望。
あの時、あの瞬間、刃を振るえば間に合ったかもしれない。
しかし、現実は残酷で――それでも、立ち止まることは許されなかった。
そんな時に、たどり着いた1つの答え。それは―
「俺だけが戦っていては、意味がない。」
生徒たちは弱い。
未熟で、愚かで、そして傷つきやすい。
だが――だからこそ、育てる意味がある。
先生とは、生徒を守る者ではない。導く者だ。
彼女たちが自分の足で立ち、自分の手で仲間を守れるように。
いつかこのキヴォトスという地に、"守られる側"ではなく"守る者"として立てるように。
彼女たちなら、きっと乗り越える。
だから、信じる。
そしてまた、教える。
背中にまだ、熱が残っている気がした。
あの教室で放った言葉たちが、彼女たちの心に火を灯してくれることを願って…。
その時、風の音が途切れた。それと同時に、背後で屋上の扉が静かに開く音がした。
足音はひとつ。気配で分かる――ホシノだ。
ホシノは隣に歩み寄り、鉄柵に寄りかかって空を見上げた。
「その…ありがとうね。ノノミちゃんを守ってくれたことと…私たちに怒ってくれたこと。」
その声には、いつもの気だるげな調子はなかった。
代わりにあったのは、静かな――けれど確かな「感謝」だった。
俺は黙って彼女を見つめた。
ホシノは少しだけ俯き、続ける。
「黄泉先生のピリピリした空気、正直ちょっと怖かったけど……でも、なんか…」
ふっと息を吐いて、笑うような、泣き出しそうな、そんな曖昧な表情で言った。
「ちゃんと“大人”に怒られたのって、初めてかも。」
俺は何も言わなかった。ただ、視線だけを向ける。
ホシノはそれを確認してから、まっすぐに言葉を繋げた。
「もう油断しない。ちゃんと対策も立てて、準備して……今度は絶対に、誰も傷つかせない。」
その声は、まるで自分に言い聞かせるようでもあった。
「だから……黄泉先生。」
ホシノはようやく俺のほうを見た。その瞳は真剣で、迷いがなかった。
「これからの私たちを、見ててくれないかな。」
頼るでも、すがるでもなく――これは『覚悟の共有』だった。
俺は数秒だけ沈黙したのち、目を細めて答える。
「……ああ。お前たちの覚悟を見届けよう。」
風がまた吹き抜け、屋上の空気を撫でていく。
眩しい陽光が、俺とホシノを包んでいた。
つづく
すごく長くなってしまった…。アニメの初回45分的な。長すぎるのも疲れるかなぁ。
「ホシノなら狙撃に気づくだろ」って?俺もそう思う。
「黄泉はすぐに迷子になるだろ」って?それについてはちゃんと考えてありますよ〜。
誤字脱字があれば、教えてください。
ついでにアンケートもポチッと押してくれると嬉しいです。