死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

遅くなった理由は恐らくお分かりだと思いますが…これは全て、楽しすぎるイベントと素晴らしいストーリーを提供するスターレイル運営が悪いんです!

マネーウォーズが楽しすぎてやめられない止まらない。

※タイトル変えました


不穏の序曲

午前7時。私たちはいつものように、朝食の準備を進めていた。今日のメニューはご飯、わかめの味噌汁、昨日の残りの肉じゃが。

いつもと変わらないはずの朝の光景。それなのに、漂う空気だけが明らかに違っていた。

 

重い。まるで誰もが胸の奥に鉛を抱えたまま動いているみたいに。その理由は――1つしか無い。

 

モモイさんが意識を失って、早くも3日が経過した。彼女は未だに目を覚まそうとしない。

 

彼女が倒れた日、夜になっても目を覚まさなかった。それはさすがにおかしいと思い、病院に連れて行って診察してもらったけど……医師はお手上げ状態だった。身体のどこにも異常はないし、脳や頭蓋骨にも損傷は見られない。寧ろ、なぜ起きないのかが分からないと言われた。

 

モモイさんが未だに起きないことから、妹のミドリさんにも大きなストレスがかかっている。昨日お見舞いに来てくれた彼女を見た時すぐに、あまり眠れていないことに気づいた。 

彼女に寄り添ってあげたいのに、何もできない。そんな自分が惨めに感じた。

 

そして、アリスさんだけど……

 

「アリスさん、朝ごはんよ。」

 

部屋のドアをノックしても返事はない。

アルさんは一度だけ私に視線を向け、すぐに俯いてしまった。その表情に宿るのは、悲しみと、どうしようもない無力感。言葉にしなくても、胸の奥の痛みが伝わってくる。

 

彼女の代わりに、私がドア越しに声をかけた。

 

"アリスさん、ご飯置いておくよ。冷めてしまうから早めに食べてね。"

 

返事は無い。静まり返った部屋の前に、そっとトレーを置く。湯気がまだふわりと上がっているのがなんだか余計に胸に来る。

 

あの日を境に、アリスさんは完全に心を閉ざしてしまった。私や黄泉先生、ミドリさんやユズさんが声をかけても全く応答が無くなってしまった。扉一枚なのに、どんな壁よりも遠く感じる。

 

そもそもなぜここにアリスさんがいるのかについてだけど……その理由をはっきり理解できているのは、おそらく黄泉先生だけだ。

アリスさんをシャーレで預かると言い出したのは彼だった。彼は言った——『アリスの精神が不安な状態では、いつ暴走するか分からない』と。

 

たしかにその通りだ。理屈としては十分すぎるほど納得できる。

……だけど、あの時の先生の表情や言い回しは、どうしても引っかかる。まるで“それだけじゃない”と言いたげな、そんな雰囲気を感じた。

 

黄泉先生は良くも悪くも多くを語らない。アリスさんが暴走したあの出来事は、けっして「トラブル」で片付く話じゃない。普通ならもっと時間を割いて話し合って、もっと深くまで共有するべき出来事だ。

 

——でも、だからこそ。

 

もし黄泉先生が何かを知っているのなら。もし何か“別の理由”があってアリスさんをここに置いたのなら、私にも話してほしい。同じシャーレの仲間として、同じ大人として。

彼の判断を信じるためにも——その想いを知りたかった。

 

胸の奥に小さな棘が残るのを感じながら、私は便利屋のみんなと一緒に朝食を口に運んだ。温かいはずの味噌汁が、どうしてか少し冷たく感じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

身支度を整えた俺は戸締まりを確認し、シャーレへと続くいつもの道を歩き始めた。少し歩き、思い出したかのようにスマホを取り出してモモトークの画面を開く。

……分かってはいたが、"彼女"に送った文に既読は付いていなかった。

 

あの日を境にヒマリとの連絡が一切繋がらなくなった。ヴェリタスにも確認したが、彼女たちも同じように連絡がつかないらしい。

攫われたのか、はたまたスマホが壊れたのか。いくつも仮説は浮かぶが、最も可能性が高いと感じたのは――リオだった。

 

俺がミレニアムタワーから飛び出そうとした時、彼女が見せたあの表情、あの目。俺に望みを託すような、覚悟とも諦めとも言える視線がいまだ頭に残っている。

恐らく、あの時のヒマリは自分の立場とリオの行動を予測していたのだろう。アリスを兵器として見ているリオなら迷わず「処分」を選ぶ。それこそが、リオの言う『合理的な選択』。故に、あいつは俺にアリスを今後どう見るかを尋ねた。

 

ヒマリの思いに応えるために、俺はアリスの暴走を建前に彼女をシャーレに残らせた。しかし、それも時間の問題だろう。

アリスがシャーレにいることは既にリオは把握しているはず。そしてヤツは近いうちにシャーレに来る。それまでに何か方法を考えなければならない。

 

リオは自分が正しいと思った道を決して曲げない。目的のためなら魂に刃を当てることも躊躇わない女だ。場合によってはトキにアリスの部屋を強襲させる可能性もある。そんな真似はしてほしくないが――トキならその命令を“喜んで”やるだろう。

 

「………。」

 

スマホの画面を閉じてポケットに戻す。生温い風が頬を撫でた。

恐らくハルトたちは“理由”を知りたがっている。だが、モモイは未だ目を覚まさず、アリスは心を閉ざしたまま。あの状態で真実を告げるのは、ただ不安を煽るだけの行為だ。

 

モモイが目を覚まし、全員が前を向けるようになるまで――。アリスの正体は決して口にしてはならない。それほどまでに重く、危ういものだった。

 

小さく息を吐き、歩みを再開する。今日の空模様は心境を映すかのように灰色に沈んでいる。

それは決断を急かすかのように、じっとこちらを見下ろしていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……もう来ていたのか。」

 

「……はい。」

 

モモイの様子を確認しに救護室へ入ると、そこにはすでにミドリとユズがいた。

時刻は午前8時。見舞いとしては随分と早い時間だが、その理由は痛いほど分かる。ユズにとっては大切な友人であり、ミドリにとっては家族そのものなのだから。

 

白いベッドの上で眠るモモイへ視線を向ける。胸部がゆっくりと上下している以外に動きはない。呼びかけにも、気配にも、彼女は応じようとしなかった。

 

「ここは任せた。」

 

「うん。」

 

ミドリたちと共にモモイを見守っていたカヨコに短く声をかけ、救護室を後にした。廊下で待っていたハルトにもう1人の様子について尋ねる。

 

「アリスはどうしている?」

 

"……依然として変わらずです。こちらの呼びかけには一切応じません。ですが、朝食は少しだけ手がつけられていました。"

 

「少しだけとは、どれくらいだ?」

 

"えっと……白米が半分、肉じゃがが1/3、味噌汁はほとんど手つかずでした。"

 

アリスが食事に触れたのはこの3日間で初めてだ。――しかし、状況はなんら好転していない。

 

今のアリスは空腹のはずだ。だが、明らかに食べる量が足りない。

いくらアリスがロボットであろうと、造りが人間と同じである以上栄養がなければ動けなくなる。このままでは確実に衰弱する。

 

モモイが目を覚まさない今、向き合わねばならないのはアリスだ。

強引な手段になるが……もう迷っている時間はない。

 

「……ハルト、マスターキーを貸せ。」

 

"先生、それは――。"

 

「これ以上は限界だ。アリスの腹も、精神も。」

 

短く断言すると、ハルトは数秒ためらい――しかし観念したようにうなずいた。

 

「俺が話をしに行く。その間、お前は冷蔵庫にある具材で握り飯を作ってくれ。」

 

"……分かりました。"

 

ハルトからマスターキーを受け取った俺はアリスがいる部屋へと迷いなく向かう。ドアの前に立ち、3度ノックをした。

 

「……アリス、俺だ。ドアを開けてくれないか。」

 

少し待ってみたが、返ってくるのは静寂だけ。これまでの3日間と全く同じだ。

申し訳ないと思いながらポケットからマスターキーを取り出した――その時だった。

 

 

ガチャ…

 

 

小さな金属音が耳を打ち、ドアがわずかに開いた。隙間からのぞいたのは――アリスのどこか怯えた顔。

 

「アリス……。」

 

声にならない驚きが胸を満たす。これまで反応を返さなかった彼女が――自らドアを開けた。

喜びが込み上げる。だが、焦れば逆効果だ。

俺は彼女を刺激しないよう、ゆっくりと息を整えた。

 

「……入ってもいいか?」

 

返事はない。だがアリスは、すっとドアを広げた。

それだけで十分だ。肯定の意思を示したことになる。

俺はその静かな許可を受け取り、彼女の部屋へ足を踏み入れた。

 

ガチャン…と音を立ててドアは閉まる。刹那、アリスが俺に飛びついてきた。細い腕が、逃がすまいと腰に回される。俺の鳩尾に顔を埋め、震えた声が漏れた。

 

「ごめんなさい……!」

 

分かっていたはずの言葉なのに、胸の奥がきしむ。

もっと早く駆けつけていれば――そんな後悔が喉を締めつける。

 

だが、過去を悔やんでも何も変わらない。今できることをするだけだ。

 

「謝るな、お前は何も悪くない。」

 

「でもっ……!アリスのせいでみんなが……モモイが……!」

 

「ならば……あの日起きたことは、全てアリスの意思でやったことなのか?」

 

「それは違います! あれは……!う、うう……っ!」

 

堰を切ったように涙が溢れ、アリスの喉から嗚咽が零れる。ただ確認のための問いだったが、想像以上に精神が削られていた。

――いや、想定できていなかった俺の落ち度だ。

 

目覚めた瞬間、大切な親友は昏睡状態。原因は自分だと言われれば自分の存在意義すら揺らぐ。

心を閉ざし、自分が何者なのかを延々と考え続けたに違いない。

 

「すまない。あれがお前の意思でないことなど始めから分かっている。決してアリスを怪しんでいるわけじゃない。」

 

嗚咽をあげるアリス。溢れ出る涙を何度も手で拭うが、追いつかない。よほど溜め込んでいたのか、涙は止まることなく溢れ出てくる。

俺はアリスをベッドに腰掛けさせ、彼女が落ち着くまで背中を撫でた。しかし泣き止む気配は一向に無い……。

 

そこで俺は、いつも着ているコートをアリスの肩にそっと掛けた。以前、アリスは俺のコートを着たときに「安心する」と言っていたからだ。すると――

 

「黄泉先生……。」

 

さっきまで嗚咽で声にならなかったアリスが、俺の名を呼んだ。コートの効果が現れるのが思っていた以上に早い。

 

「少しは楽になったか。」

 

「……はい、ありがとうございます。」

 

そう言ってアリスはコートの前裾をきゅっと摘んだ。顔にはまだ不安が残っているが、声は先ほどに比べて明らかに落ち着いている。俺はそっと胸を撫で下ろした。

 

「やっぱり、この装備はとっても暖かいです。」

 

「前に言っていたように、安心するのか?」

 

「はい。」

 

アリスがそう言うのなら、しばらくは彼女に羽織らせておこう。ここから精神状態が回復に向かってくれれば何も言うことはない。

 

「……黄泉先生。」

 

するとアリスは俺の顔色を伺うかのように恐る恐る名を呼んだ。そして小さく息を吐き、こちらへ視線を向けた。

 

「先生は……アリスのことをどう思いますか?」

 

赤く腫れた瞳の中に、確かな陰りがあった。

アリスも俺が生徒を悲しませるような事は言えないと分かっているはずだ。にも関わらず、このような問いを投げてしまう。それほどまでに自分が何者なのか、自分は存在していてもいいのかと考え、苦しんでいる。

 

だからこそ、俺はきっぱりと答えた。

 

「お前は大切な生徒だ。」

 

アリスもその答えを望んでいたはずだ。

しかし、彼女はどういうわけか目を見開いていた。

 

「……そ、それだけですか?」

 

まだ何か言ってほしいのだろうか? ならば、お望み通り俺が思うアリスを教えてやろう。

 

「そうだな……。常に明るく、今を全力で生きているように――」

 

「そ、そうじゃなくて……!」

 

アリスは手のひらをこちらに見せ、ストップの合図を送る。そして少し俯きながら、小さな声で言った。

 

「……アリスが怖くないのですか?」

 

「……質問を質問で返すようだが、なぜ怖がる必要がある?」

 

「だ、だってアリスは今にも暴走するかもしれません。それに、暴走した時はみんなを傷つけました。」

 

「ああ。だが、その暴走したアリスを止め、今のアリスに戻したのは俺だ。」

 

「それは……うぅ。」

 

いよいよ反論できなくなり、それ以上は諦めたのかアリスは口を噤んだ。……少し誂いすぎたな。

俺は今一度アリスに向き直る。そして彼女の目を真っすぐに見て、伝えた。

 

「お前が暴走したところで俺には勝てん。もし再び暴走したなら必ず俺が助けてやる。だから――」

 

「お前は何も心配せず、いつものように全力で笑っていればいい。」 

 

「黄泉、先生……。」

 

アリスは少し驚いた表情を浮かべ、それからゆっくりと、ほんのわずかに微笑んだ。

完全に明るい笑顔ではない。けれど、そのかすかな笑みは――確かに前へ進もうとする強さだった。

 

しかし、彼女の指先はまだコートの前裾をきゅっと摘んだまま。不安が完全に消えたわけではない証拠だ。

 

「……ありがとうございます。でも……やっぱり、まだ怖いです。」

 

その正直な呟きが、むしろ健全だった。

“恐怖を自覚している”ということは、もう自分を見失っていないということだ。

 

「怖いのなら怖いままでいい。全部一度に背負おうとする必要はない。少しずつでいいから、また前に進めたらそれでいいんだ。」

 

そう告げるとアリスはゆっくりと頷いた。さっきよりもほんの少しだけ力の入ったうなずきだった。

 

もちろんまだ不安は残っている。だが――アリスはちゃんと戻って来られている。完全ではなくとも、確かに前へ進めている。

あとはモモイに目を覚ましてもらうだけだ。

 

そう考えていた時だった。

 

ぐぅ……

 

「っ……!!」

 

小さな腹の虫と共に、小さな悲鳴が響く。みるみるうちにアリスの顔が赤くなっていく。

以前に比べて心が落ち着き、しっかり空腹を感じられるようになったか。いい傾向だ。

 

「待っていろ、握り飯を持ってくる。」

 

そう伝えて部屋の出入り口に向かう。やはりハルトに握り飯を作るよう頼んで正解だったと、つい頬を緩めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「美味いか。」

 

「はいっ。」

 

ハルトに作らせた握り飯。初めは6つあったのだが、1つ、また1つとアリスの腹へ消えていく。どうやら相当腹が減っていたらしい。

だが、そんなに焦って食べていると――

 

「んくっ!?」

 

やはりか。アリスは米を喉につまらせ、顔を真っ赤にしながら胸をドンドンと叩く。俺は若干の呆れを覚えながら彼女にお茶を差し出した。

アリスはそれを受け取るなり勢いよく喉へ流す。やがてゲホゲホと咳き込み『ふぅ……』と息を吐いた。

 

「……腹が減っているのは分かるがな。」

 

「えへへ……。」

 

少し恥ずかしそうに笑い、アリスは再び握り飯を食らう。これで3つの握り飯を完食した。

と、その時――

 

 

ヴーッ ヴーッ

 

 

ポケットに入っていたスマホが震えた。手に取って画面を見てみると、ユウカからだった。

 

「もs『黄泉先生!緊急事態です!』

 

スピーカー越しに響くユウカの悲鳴じみた声に、思わず眉をひそめる。

ただならぬ気配は、彼女の声色だけで十分だった。

 

『ミレニアムの中心街に巨大なロボットが現れ、暴れまわっています! な、何を言っているか分からないかもしれませんが――とにかく助けてください!』

 

「……非常にマズい状況というのはよく伝わった。すぐに向かう。」

 

『お願いします!』

 

そうして通話は切れた。スマホをポケットに戻してすぐにアリスへ顔を向ける。ユウカの声が筒抜けだったのか、心配そうな目でこちらを見ていた。

 

「すまない、すぐに出なければならなくなった。」

 

「分かりました! ではこの装備はお返しします。」

 

アリスは手に持っていた4つ目の握り飯を皿の上に戻し、コートを脱ごうとした。しかし、俺はそれを止める。

 

「それは、しばらくはお前が着ていろ。」

 

「えっ――。」

 

「また不安がお前を襲っても、そのコートが守ってくれるはずだ。じゃあな。」

 

「あっ、黄泉先生!」

 

アリスの声を置き去りにして俺は廊下へ飛び出す。エンジニア部が作ったロボットの暴走か、はたまたテロ組織による侵攻か。いずれにせよ、今すぐに向かわなければならない。

 

階段を下りるとムツキが歩いていた。エンジェル24で買い物をしていたのか、ビニール袋を左手にぶら下げている。

 

「わ、黄泉先生そんなに急いでどこ行くの?」

 

「ミレニアムだ。応援要請があった。ハルトたちにも伝えておいてくれ。」

 

「わ、分かった!たぶん大丈夫だと思うけど、気を付けてね!」

 

ムツキからの応援を背に受けてシャーレ居住区を出る。すると、再びスマホに着信が。俺はすぐさまインカムとスマホを接続し、移動しながらの通話を試みる。

 

『黄泉先生!』

 

「このタイミングで連絡が来るということは、現場にいるんだな。」

 

通話の相手はアビドス高校のシロコ。

今日はミレニアムの巡回を任せていた。

 

『ん。だけど、本当に急いでほしいかも。』

 

『敵は巨大なロボットなんだけど――私たちの攻撃が全く効いてない。それに、完全にこっちを無視してる。』

 

「なるほど……。」

 

ミレニアムの自治区に入り、俺は高く跳躍。空に向かって伸びる黒煙と金属の腕が見えた。

 

「今、肉眼で確認した。住民の避難は?」

 

『ちょっと待って。――完了してるって。』

 

「了解、すぐに終わらせる。」

 

ミレニアムの中心街を、全高10mほどのロボットがゆっくりと前進していた。4本の腕を生やし、それぞれに巨大な盾、アサルトライフル、ロケットランチャー、マシンガンを装備。脚部の代わりに4輪のタイヤで建物を押しつぶしながら前進している。

 

一閃で粉砕しても構わない――だがここは中心街だ。

爆発1つで商業区は壊滅的なダメージを受け、二次災害が起きる。まずは被害を最小にするため、動けなくするのが先決だ。

 

刀を静かに引き抜く。刃が空気を裂く瞬間、薄紫の稲妻が刃身を走る。

 

着地と同時に右側の後輪を狙って跳び込み、鋭く斬りつける。タイヤが弾けて破裂する音が二回、鈍く響いた。重心を即座に反対へ捻り、もう一度地を蹴る。その勢いで左側の二輪も断つ。

 

四輪を失った巨体は一度大きく揺れる。タイヤの摩擦で生じた火花と焦げたゴムの臭いが鼻をつく。

動けなくなった機体は何が起きたか理解しようとするかのように軸を揺らすが、足が止まった今、こちらが主導権だ。

 

次に狙うは四本の腕。外装は弾丸を弾くほど堅牢でも、関節の付け根は可動域を確保するために比較的柔らかく造られている。そこを見切って、俺は刀を縦に振り下ろす。

 

稲妻をまとった一閃で、左の二本が甲高い金属音を立てて断ち落ちる。続け様に右の二本も断ち切り、巨兵は達磨のように無様な姿勢で倒れる。

 

だがまだ終わらない。

人型ロボットの自律制御は基本的に頭部で行われている。首が残っている限り、奴は何らかの命令を実行し続ける可能性がある。余計な被害を防ぐため、俺は斜めから首を一刀両断にした。

 

頭部がズズンと重く地面を叩く。砂塵が渦を巻き、周囲のガラスが震え、やがてプスプスと小さな火花音を立てて機体は沈黙した。

 

「「黄泉先生!」」

 

刀を鞘に収めると、俺の名前を呼ぶ声と共にこちらに駆け寄ってくる2人の姿が見えた。

 

「ユウカ、ノア、無事だったか。」

 

「はい。先生がすぐに来てくださったおかげで、少ない被害で済みました。」

 

「やっぱり味方の黄泉先生はすごく安心しますね。」

 

ジト目で俺を見てくるユウカ。まだミレニアムタワーで暴れた時の事を根に持っているのか……?

 

「……そろそろ許してほしいんだが。」

 

「あははっ、違いますよ。ただの感想です。」

 

ユウカにしては珍しく口を開いて笑った。隣のノアもくすくすと笑っている。誂われているのを知っての言葉だったが、思いの外笑ってくれた。

 

「あ、いた。」

 

「黄泉先生〜!」

 

大通りの向こうからシロコがこちらに向かってくるのが見えた。その後ろにはアスナ、アカネ、カリンの姿も。

 

「こんにちは、先生。」

 

「ああ、久しいな。ネルとトキはいないのか?」

 

「一応連絡したんだけど、返事が無くて。」

 

「トキちゃんは会長の近くにいると思うけど、リーダーは何してるんだろうね?」

 

「こっそりアリスさんのお見舞いにでも行ったのでしょうか?」

 

トキはともかくネルがいないのは珍しい。彼女の性格からして暴動が起きたという連絡を無視するとは思えない。また特殊な依頼が入ったのだろうか?

少し気になるが、それよりも先にやるべきことがある。

 

「さて……このロボットが何なのかを調べるとしよう。警備をしている生徒には、異常を感じたらすぐに俺に連絡するよう伝えておけ。」

 

「「はいっ。」」

 

もしこれがテロ組織による攻撃なら、追撃が来る可能性もある。俺がいることは向こうにも知られているだろうが、それでも強硬する可能性は十分にある。

 

「C&C、お前たちはどうする?」

 

「私たちも警備に向かいます。シロコさん、よろしければ一緒に来てくださいませんか?」

 

「ん、分かった。」

 

そうしてシロコは小さく頷くと、アスナたちに合わせて軽く足を早めた。その姿を見て、俺は少しだけ胸を撫で下ろす。

何気にシロコのヤツ、アカネたちと仲良くやっていたらしい。C&Cの3人に混ざって走る彼女の姿が少し嬉しく感じた。 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「失礼します。みなさんに1つ報告したいことが。」

 

ロボットの調査を開始して5分。早くも調査隊の生徒が報告に来た。俺たちは作業の手を止めて彼女の話に耳を傾ける。

 

「このロボットが装着していた3つの武器ですが――全てハリボテでした。」

 

「……えっ?」

 

「ど、どういうこと……?」

 

「あの巨大な武器たちには、弾を発射させる機能が無いんです。」

 

一瞬意味が分からなかったが、俺たちはすぐに地面に寝転んでいるアサルトライフルを確認しに向かった。実際にトリガーを引こうとしたが、全く動かない。

 

「……離れていろ。構造を確認する。」

 

俺はユウカたちにそう伝え、刀の柄に手を置いた。左手でライフルを持ち上げ、刃を一閃。左右に割れた外装がガシャンと音を立て、内部が露わになる。

 

「……本当ね。ガワは本物そっくりだけど、まさか偽物だったなんて。」

 

内部は空洞だった。弾倉はもちろん、インナーバレルや制御基板などの内部パーツは存在していなかった。

 

「では……このロボットはいったい何のために暴れていたのでしょうか?」

 

俺はロボットが壊した建物へと視線を向ける。見たところ3階建てのビルで、2階の辺りから「テナント募集」と書かれた張り紙が垂れ下がっていた。

 

「……この破壊されたビルは、誰にも使われていないビルだったのか?」

 

「えっ……?」

 

見たところ、何かの企業や施設が使っている様子は無い。なぜコイツはこのビルに突撃した?

 

さらに、他にも疑問点がある。それはロボットが壊したのはこのビルだけということだ。

これだけ巨大なロボットだ。ここに至るまで、通った道筋があるはずだった。

だが、コイツの背後には“被害の線”が存在しない。信号機も、街灯も、歩道橋すらも……すべてが何事もなかったかのように立っている。

 

まるで、この場に突然出現したかのように。

その不気味さが、胸の奥をざわつかせた。

 

俺はユウカへと視線を向け、短く問う。

 

「コイツがどのようにしてここに現れたかを知る者はいるか?」

 

「えっ……しょ、少々お待ち下さい!」

 

ユウカは端末を操作し、どこかへ通信を飛ばす。

返答を待つ数秒が、妙に長く感じた。理由もなく、心拍だけがじりじりと上がっていく。

 

まるで、胸のどこかが"警告"を鳴らしているように。

 

 

ヴーッ ヴーッ

 

 

突然、太腿の辺りに振動を感じた。ポケットに入れていたスマホにまたもや電話が入っている。その相手はムツキだった。

 

『黄泉先生っ!』

 

通話ボタンを押した瞬間、ムツキの叫び声が耳を打つ。声が震え、切羽詰まっている。

 

「落ち着け。何があった?」

 

『あ、あのねっ……! アリスちゃんが……!』

 

息を呑む気配が伝わる。

 

『アリスちゃんが――攫われちゃった!!』

 

 

つづく




改めて、お待たせしました。
ストーリーがオリジナルマシマシってのもあるんですけど、やっぱりマネーウォーズが楽しすぎて……。

前回いつ投稿したっけ〜と思って見てみたら、まさかの7日前。綺麗な2度見をかましました。

大学のスタレ仲間とも一緒にマネーウォーズの話ばっかりしてて…。あのヤロウ(スタレ運営)は天才だ!

    次回 第三話 合理的な選択
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