今回黄泉先生は出てきません。
そして、少し長めです。
「ってわけで、黄泉先生は急いでミレニアムに向かったよ。」
"ミレニアムか……。了解、報告ありがとう。"
シャーレの事務室。黄泉先生がミレニアムから応援要請を受けて飛んでいったことをムツキさんから聞いた。ゲヘナからの要請はよく受けていたのは知ってるけど、ミレニアムからはあまり聞かないから少し驚いた。
「そう言えばハルト先生。アリスさんが元気を取り戻したんですって?」
隣で書類整理をしていたアルさんが尋ねる。朝食の時はなかった『安心』がそこにはあった。
"黄泉先生から聞いた話だけどね。でもまだ完全ではないみたい。"
「でも、すごいわよね。返事もしてくれなかったアリスさんをここまで立ち直らせるなんて。」
"そうだね。私たちも見習わないと……。"
私自身、会話は得意な方だけど、アリスさんのように心を閉ざした生徒を勇気づけられるかと問われたら唸ってしまう。この点でも黄泉先生は私の何歩も先を進んでいる。
本当の意味で私が彼の隣に立てる日はいつだろう。考えても仕方のないことだけど、つい考えてしまう。
「この後お話しに行ってみない? ミドリちゃんとユズちゃんを呼んでさ。」
「うーん。いきなり大人数で行くのは危ないかもしれないわね。」
「そっかぁ。早く戻ってきてくれるといいね。」
アリスさんが少し元気になったと聞いて、シャーレの空気は少しだけ明るくなった。あとはモモイさんが起きるのを待つのみ。今日こそは起きてくれるといいな。
すると――。
ピンポーン
来客を伝えるインターホンが鳴った。私はスッと立ち上がり、モニターを確認する。そこにはスーツを着た黒髪の少女が立っていた。
私は2人に「行ってくる」とだけ伝えて事務室を出る。シャーレの入り口の向かい、少女と対面した。
"君は……はじめましてだね。シャーレにどんな御用かな?"
「はじめまして、私は調月リオと申します。さっそくなのですが……アリスさんに合わせていただけませんか?」
"アリスさんか……。ようやく元気を取り戻してきてくれたところだから、会ってくれるか分からないな……。"
「それでも構いません。どうかお願いします。」
彼女の緋色の瞳がじっと私を見てくる。その圧に押されるかのように、私は小さく息を吐いた。
"分かったよ。それじゃあついてきて。"
「ありがとうございます。」
そう言ってリオさんは丁寧に頭を下げた。その佇まいや皺のないスーツからビシビシ伝わってくる礼儀正しさ。若干のやりにくさはあるけど、いい子に違いない。
それにしても彼女の名前、どこかで聞いた気がするんだけど、どこだっけ……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シャーレ居住区。アリスさんの部屋の前に立ち、リオさんに「少し待ってて」と伝えて部屋を3回ノックした
"おはようアリスさん。私だけど……ドアを開けてもらってもいいかな?"
返事は無かった。少し待ってみたけど、まだ出てこない。やっぱり私はまだダメなのかなと考えていた、その時――
「おはようございます、ハルト先生。」
ガチャリと音が鳴り、アリスさんが姿を現した。
その様子に私は思わず目を見開いた。彼女の雰囲気に恐怖や不安は無く、寧ろいつものアリスさんに近いものを感じた。よく見ると黄泉先生のコートを着ている。そう言えば前に「黄泉先生のコートを着ていると安心する」って言ってたっけ。
私はそっと膝をつき、目線を合わせて彼女に伝える。
"久しぶりだね、アリスさん。また会えて嬉しいよ。"
「アリスもずっとハルト先生に会いたかったです。でも、やっぱり不安で……。」
"いいんだ。私もサポートするから、少しずつ頑張ろう。"
「はいっ。」
ニコッと笑って返事をするアリスさん。その表情を見られたことが、堪らなく嬉しかった。彼女が完全復活するのも近い。
"そうだ、アリスさん。君に会いたいって人が来てるんだ。"
「アリスにですか?」
そう言って私はリオさんを呼んだ。
「失礼するわ。」
軽く頭を下げて入室するリオさん。やっぱり礼儀正しいなと思っていると――
"……アリスさん?"
アリスさんは私のシャツをギュッと握っているのが分かった。どうしたのだろうと、視線だけをアリスさんに向ける。刹那、私は息を呑んだ。
彼女は明らかに恐怖していた。肩は震え、瞳が揺れている。まるで捕食者に狙われる小動物かのように。
「ハルト先生。申し訳ないのだけれど、彼女と2人きりにさせてくれないかしら?」
その声は先ほどのリオさんとは全く違っていた。アリスさんを敵と見ているかのような、冷たくドスの効いた声だった。
私はすぐにアリスさんの前に立ち、心の中で彼女に謝りながらリオさんを睨んだ。
"……悪いけど、それはできないお願いだ。今すぐここから出ていってくれ。"
「そう……残念ね。」
リオさんは目を瞑り、指を鳴らした。その瞬間――!
"かはッ……!?"
「ハルト先生っ!!」
肩に衝撃が走ったと思った瞬間、視界がぐるりと反転する。腹部全体に硬い床の感触。息が詰まり、両腕を強引にねじ上げられた。
「ありがとうトキ。でも、ケガはさせてはダメよ。」
「私もそのつもりです。しかし彼が動くため、力を入れざるを得ません。」
「じゃあ、怪我をさせない程度に力を入れておきなさい。」
「イエス、マム。」
そう言うと彼女は一度背を向け、入り口のドアを閉じに向かった。ガチャンという音がやけに大きく響いた。
「すぐ本題に入りたいところだけど、まずは簡単に自己紹介をさせてもらうわ。」
リオは踵を揃え、手をお腹の辺りで軽く組む。
「私は調月リオ。ミレニアムサイエンススクールの中枢、セミナーを率いる者。そして『千年難題』の解決を望み、星を追う者よ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
"セミナーを率いる……つまり、ミレニアムの生徒会長ってことか……!"
「ええ。初めましてがこのような形になってしまったのは本当に残念だけど、仕方のないことね。」
そう呟き、彼女はアリスの方へ一歩踏み出た。
「さて、アリスさん。あなたは――黄泉先生から“本当の自分”を教えてもらったのかしら?」
「本当の……自分?」
「その反応……。やっぱり、まだ話していないようね。」
小さくため息。その表情は、呆れと失望を綺麗に混ぜたような冷たい色。
黄泉先生が“何かを知っている”という事実だけが静かに突き刺さる。
いつから?どうして隠していた? 喉まで質問が出かけていたけど――いまはリオさんの言葉を聞くしかなかった。
「単刀直入に言うわ。アリス、あなたの正体は――」
「未知の領域から侵略してくる『
「その、真の名は――」
名もなき神々の王女、AL-1S
静寂。世界の音が抜け落ちたようだった。
私は床に押さえつけられたまま、アリスさんは固まっている。
意味が分からない。単語のどれもが突拍子もなくて、理解が追いつかなかった。
「アリスは……アリスは、理解できません……。」
「そうね。私の配慮が足りなかった。」
リオさんは軽く咳払いし、淡々と続ける。
「分かりやすくゲームで例えましょう。アリス、あなたは――キヴォトスを滅ぼすために生まれた『魔王』なのよ。」
「………!?」
“滅ぼす”。その言葉だけで心臓が跳ねた。
そんな馬鹿な、と聞く前に――私の脳には怒りが先に込み上げてきた。
ようやく元気になってきてくれたアリスさんを、再び突き落とすような言葉を平然と吐くなんて。
そして、気づけば叫んでいた。
"適当なことを言うのはやめろ! アリスさんがキヴォトスを滅ぼすなんて――"
「静かに。」
"うぐッ……!"
刹那、トキの手が私の頭を掴み、床に押しつけた。
脳が揺れるような衝撃に喉が詰まり、それ以上声が出なかった。
「ハルト先生!」
アリスさんの悲痛な叫びが耳を刺す。
動けない自分が情けなくて、悔しくて――胸が焼けるようだった。
「やめてください! 先生を離してください!」
今にも泣き出しそうな声。それでもリオは一切表情を変えず、その声を無視して私に問いかけてきた。
「ハルト先生……あなたは直接見たはずよ。アリスと白い機械が接触したことで起きたことを。」
「暴走……いえ、本性を見せた以上、放って置くわけにはいかないの。キヴォトスを守る側に立つあなたが理解できないはずがない。」
"だったらなんだ……!君はアリスさんを消すとでも言うのか!?"
「そうよ。」
あまりにもあっさりした肯定。
その声音が冷たすぎて、背筋にぞわりと氷を流し込まれたような感覚が走った。
赤い眼が、ただの“判断材料”としてアリスさんを見ている。彼女は本気だ――殺す気でいる。
喉がひゅっと詰まり、言葉が出なくなる。恐怖か、怒りか。それは自分でもわからない。
ただ彼女の冷たすぎる声が脳裏で何度も反響して、思考が止まった。
「アリス。ハルト先生を離してほしければ、私の言うことを聞いて。」
リオがアリスさんに目を向ける。
震えているのが声を聞かずとも分かった。
「あなたはこの世界に存在してはいけない。あなたが消えれば全ては丸く収まるの。」
「それは、つまり……アリスは死ななければならないのですか?」
「ええ。」
「アリスは、勇者に……。みんなとゲームがしたいだけなのに……。」
「残念だけど、それは叶わない。あなたが全ての元凶なのだから。」
思いやりの「お」の字もない言葉に、腸が煮えくり返るような感情がこみ上げる。
だが――怒りをぶつけても意味がない。今必要なのは、アリスさんを“支える言葉”だ。
しかし、何を伝えればいい?どうすれば彼女は自分の存在を否定せずにいられる?
……いや、違う。勇気づけるのは私じゃない。
彼女にはもう、とっくに“支えてくれる人”がいる。
"……アリスさん!"
私は彼女の名を呼ぶと、アリスさんは我に返るように勢いよくこちらへ振り向く。その目は私に助けを求めていた。
だから私は彼女に伝えた。
"君は今朝、黄泉先生に何を言われた!? 彼の言葉をよく思い出せ! 彼女の思惑に飲み込まれてはダメだ!"
「!!」
彼女が誰より信じている人物の言葉なら、きっと――
「……黄泉先生は、アリスが暴走しても必ず助けると約束してくれました。アリスはいつも通り笑っていてくれと言ってくれました。」
アリスさんの震える声が、少しずつ強くなっていく。
「アリスは……アリスは、みんなと一緒にいたいです! あなたの言うことは聞きません!」
言い切った。出会った瞬間はあんなに怯えていたのに、今では真っ向から立ち向かっている。
その立ち姿は、まるで物語に出てくる“勇者”のようだった。
「……黄泉先生らしいわね。」
リオが小さく呟く。その声には、どこか嘲るような響きすら混じっていた。
「確かに暴走しても、彼なら止められるでしょう。そこは否定しないわ。」
「でも、それはあまりにも非合理的。“黄泉先生が止めてくれるから問題ない”なんて、責任を彼一人に押しつけて、キヴォトス全体のリスクを放置しているだけよ。」
「な……何を言っているのですか……?だから黄泉先生がアリスを――」
瞬間、リオの眼差しが鋭く細められる。
「では聞くけど、その場に黄泉先生がいなかったらどうするつもりなの?」
「え……?」
その一言で、アリスさんの表情から一瞬にして血の気が引いていく。
そして同時に――私の胸にも鋭い痛みが走った。
「彼には彼のやるべきことがある。必ずしもあなたのそばにいられるわけじゃないわ。それに――」
「今ここであなたが暴走したら、あの時のように私たちを排除しようとするでしょう? 黄泉先生がここに到着するまでにあなたは一体いくつの命を奪うのかしら?」
「アリスは、そんなこと……」
「聞いた話だと、暴走した時の記憶は残っていないそうじゃない。あなたは知らないうちにキヴォトスを崩壊させて、知らないうちに私たちを殺すのね。」
「アリス、は……」
震える声が漏れた瞬間、アリスさんの膝がかすかに揺らぐ。
一歩、半歩――否定したいはずなのに、足が勝手に後ろへ逃げようとしている。その動きは、本人ですら気づいていないようだった。
私は胸を掴まれたような焦りに襲われた。
このままじゃ、間違いなく崩れる。
"待ってくれ、それ以上は――!"
声を張ったつもりなのに、喉が強張って上手く響かない。
それほどまでに、リオの言葉がアリスさんの心を削っているのが痛いほど分かっていた。
しかし、リオはこちらに目もくれず――
「『勇者』とは、皆を守るために戦う存在のはずよ。でも現実のあなたは――守るどころか、結果的に命を奪ってしまう側に立っている。」
「それはもう『勇者』ではなくて、『魔王』の役割じゃないかしら。」
「あ……。」
その瞬間、アリスさんの肩がびくりと震え、膝から崩れ落ちた。ついさっきまで勇気を持ってリオに立ち向かっていた姿が嘘のように、彼女の瞳から光が失われていく。
か細く漏れた声は、言葉にならないまま空気に溶けた。
"リオ……どうして君は――!"
思わず声が荒くなる。アリスさんを庇うために身を起こそうとするが、トキに押さえつけられた体が床に沈んだままだ。
リオは一切表情を変えず、ただ冷ややかにこちらを見下ろした。
「……どうしてそんな目で私を見るの?私はただ、キヴォトスを守るために行動しているだけよ。」
"だからって、こんなやり方はないだろう……!"
立ち上がろうと再び力を込めた瞬間、トキの膝がぐっと背に押し付けられた。
肋骨が悲鳴を上げる。それでも私は顔だけを上げ、リオへ視線を向けた。
"何か……何か別の方法があるはずだ! 二度と暴走させないようにするための方法が!"
「……この期に及んでまだそんな寝言を吐き続けるつもりなの?」
思わず、息が止まった。
彼女の声の冷たさはこれまでとは比べものにならないほど研ぎ澄まされていた。
「ハルト先生、あなたはとにかく甘すぎる。大人なら感情に揺さぶられず、冷静に判断をするべきじゃないの?」
"なに……?"
胸の奥で何かが凍りつくような感覚。
リオが数歩、ゆっくりと近づく。その足音さえ威圧のように響いた。
「アレは生徒でもなければ人でもない、世界を終焉に導く兵器よ。それをどう扱うかなんて、大人であるあなたならすぐに分かるでしょう?」
私は唇を噛む。
彼女の言う“世界を終焉に導く兵器”が本当に存在するなら、確かに放置などできない。
だけど……その“兵器”がアリスさんだと言われて「じゃあさようなら」と頷けるわけもない。
視界の端では、アリスさんが虚ろな目で床を見つめていた。先ほどまで震えていた肩さえ、今は力が抜け落ちたように垂れている。
彼女の心は再び閉ざされてしまった。
それでも、私は――。
"アリスさんは兵器なんかじゃない!私の生徒だ!"
その言葉に、アリスさんの肩がかすかに震えた。
だが――リオの瞳は完全に冷め切っていた。
「……あなたは先生失格よ。トキ、彼の意識を落として。」
「はい。」
冷たい声が肌を刺す。
私は奥歯を噛みしめた。結局、何もできないのか。アリスさんを救うどころか、彼女の心を壊す引き金になってしまっただけなのか。
(ごめん……アリスさん……!)
首元に迫る気配を感じ、私は固く目を閉じた――その時だった。
ダダダダダァン!!!
突然の銃声。爆ぜる金属音とともにドアノブが吹き飛び、廊下からの光が雪崩れ込んだ。それに続いて――
バタァン!!
「突撃っ!」
「その場で両手を挙げて座りなさい!さもなければ撃つ!」
便利屋のみんなが銃を構え、一斉に突入してきた。
その顔が視界に入った瞬間、胸の奥で固まっていた緊張がゆっくりと解けていくのを感じた。
「これは……。」
振り向いたリオの声は、明らかに驚きでわずかに上擦っていた。
アルさんたちの登場は想定外――だが、その驚きは、数秒もしないうちに冷えた疑念へと変わる。
「……どういうつもりなのかしら?」
「てめぇの指示が気に入らねぇ、そんだけだ。」
C&Cのリーダー、ネルさんが銃を構えて言い放った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「リオ様!」
トキがスカートの裏から素早くハンドガンを取り出した。アルさんに照準を合わせるが、先頭に立つネルさんが制止させた。
「抵抗は考えない方がいいぜ。今のコイツらはかなりプッツンしているからよ。」
ネルさんの言う通り、アルさんたちの表情からは今にも爆発しそうな怒りが滲んでいた。
ましてや人数差は歴然。抵抗するだけ無駄だろう。
「トキ、銃を下ろしなさい。」
「……はい。」
リオの命令に渋る様子を見せたが、トキは静かに銃を降ろした。それを見たアルさんたちは素早く2人を拘束する。
ようやく落ち着いて呼吸ができるようになった。私は酸素を目一杯取り込む。
「先生、大丈夫?」
"大丈夫だけど……私たちの様子にどうやって気づいたの?"
呼吸を整え、思考ができるようになった私はムツキさんに尋ねた。
この部屋の防音対策はそれはしっかりされている。特別大きな音が響いたわけでもないのに、どうしてみんなはここに来れたのだろう。
すると、ムツキさんは少し首を傾げた。
「……何言ってるの? ハルト先生が連絡してきたんじゃん、"アリスさんの部屋で襲われてるって。"」
私が……連絡?
そんな余裕はなかった。いや、正確には――
できる。
私のタブレット『シッテムの箱』には、信頼できる相棒がいる。
"……アロナ。"
『はい! "先生のヒーロー" アロナちゃんです!』
"本当にありがとう。"
私は画面に映るアロナに感謝を伝えた。私のヒーローなんて、随分とちゃっかりしている。……全く、その通りだよ。
"後でいちごミルクを持ってくよ。"
『ほ、ホントですか!? よしよしもしてくださいね!』
目をキラキラと輝かせて食い気味に言う。まるで尻尾をブンブンと振っているようだった。
そんなやりとりをしていると――。
「アリスちゃん!」
「無事でよかった……!」
アリスが無事な姿で見つかったことに、心から安堵している様子が伝わってくる。
本当によかった。アロナが連絡を飛ばしてくれなければ、アリスさんは――。
2人がそのままアリスの元へ手を伸ばした――その瞬間だった。
「……アリスに近づかないでください。」
「……えっ?」
その声が、誰のものなのか一瞬わからなかった。
あまりにも低く、あまりにも冷たくて――何より、諦めの色を帯びていたからだ。
ミドリさんとユズさんの表情が凍りつく。
私も、そしてアルさんたちでさえも、言葉を飲みこんだ。
一方のアリスさんは二人とは対照的に動かない。まるで壊れた人形のように、どこか焦点の合っていない瞳で2人を見つめていた。
その顔には、いつもの柔らかい微笑みの影すらない。
ただ静かに――絶望だけが沈んでいた。
「……アリス、ちゃん?」
ミドリさんが名を呼ぶが、対称的に一歩後退った。その動きは反射的なものに感じた。
アリスさんはミドリさんの言葉には反応せず、リオへと顔を向けた。
「……アリスが消えれば、全部解決するんですよね?」
「ええ、その通りよ。」
「分かりました。アリスは大人しく消えることにします。」
"「「「なっ……!?」」」"
瞬間、ここにいた全員が息を呑んだ。なぜアリスが消える必要があるのか誰も理解していなかった。
それほどまでに、彼女の心は粉々に砕かれたのだとようやく理解した。
「アリスちゃん、何を言ってるの……?」
「アリスの正体は、この世界に存在してはいけない兵器だったんです。いつかまた暴走して、ミドリたちをモモイと同じような目に合わせるかもしれません。」
「二度とみんなを傷つけないためにも、アリスはみんなの前からいなくなります。」
作り物のような笑顔を見せたアリスさんの目は、完全に光を失っている。彼女は自分が消えれば全てが解決するのだと本気で考えていた。
別人のようになってしまったアリスさんを見て、ミドリさんは涙を流した。だが、アリスさんはその顔を見ようとさえしなかった。
「分かんない……!アリスちゃんが何を言っているのか、分かんないよ……!」
「それでいいです。アリスのことはもう、忘れてください。」
それはまるで、私たちを拒絶しているかのようだった。その言葉が落ちた瞬間、誰も何も言えなくなった。
空気が急激に冷たくなったように感じた。
「アルさん、ムツキさん。2人を離してください。」
次にアリスさんはリオとトキを拘束しているアルさんとムツキさんに視線を向けた。
生気を全く感じないその姿に、2人は目を見開く。
「アリス……さん/ちゃん?」
アリスさんは何も言わない。ただ無言で、2人を見つめ続ける。
得体の知れない圧に
「悪いけど、それは無理なお願いよ。このまま2人を逃がしてあなたを連れて行かせるわけにはいかない。」
「間違った道を進む友達を引き留めるのは、友達の役目だからね!」
「――そうですか。」
その声に震えは一切無かった。迷いを感じない、変に真っすぐな言葉だった。
そしてアリスさんが次に放った言葉は――耳を疑うようなものだった。
「では、もしもアリスが暴走したら、2人がアリスを殺してくれるのですか?」
「えっ……?」
「こ、ころ……!?」
再び、全員が息を呑む。
とてもアリスさんが口にするとは思えない言葉が飛び出した。
彼女は自分自身を兵器として扱い始めていた。自分を生かしてキヴォトスを滅ぼされるか、自分の命と引き換えにキヴォトスを守るかの2択でしか考えられなくなっていた。
「……アリスはもう誰も傷つけたくありません。でも、暴走する可能性が残っています。だからアリスは死ぬと決めました。」
「アリスを生かすのであれば……いつかアリスが暴走した時に、躊躇うこと無く殺す覚悟が必要です。」
「「 ……っ。」」
さすがの2人も思わずたじろいだ。友達を殺すという覚悟など、優しいみんなが持てるはずがない。
誰もが言葉に詰まっていた、その時だった。
「――リオ!てめぇ!」
入り口付近で話に耳を傾けていたネルさんが、怒りを顕にして、リオに銃口を向けた。その目には迷うことなく引き金を引く覚悟があった。だが――
「――ッ!」
引き金を引くよりも早く、トキがネルさんに飛びかかった。ムツキさんの思考はアリスさんからの問いかけで頭がういっぱいだったのか、完全に余所見をしていた。
「トキ!邪魔すんじゃねぇよ!」
「……申し訳ありません、ネル先輩。私はリオ様を守るボディーガードですので。」
トキはネルさんの上から覆い被さり、足を絡めて完全に動きを封じた。全ての動きが滑らかすぎて私は何が起こったのかを理解するのに数秒かかった。
ネルさんは唇を噛みしめる。悔しさと怒りと、どうしようもない悲しさが混じっていた。
「アリスをこんな目に遭わせて、てめぇは何がしたいんだ……!」
「私はただキヴォトスを守りたいだけ。その上で彼女に“選択肢”を示した。そして、最終的にそうすると決めたのは他でもないアリス自身よ。」
次にリオは背後で銃口を向けるアルさんに顔を向けた。
「……アルさん、だったかしら。そろそろ答えは出たの?」
「答え……?」
「アリスの質問の答えよ。アリスを殺せるのならハッキリ言って。それができないのなら、赤いドレスの子のように銃を下ろして。」
赤いドレスの子というのは、ムツキさんのことだろう。彼女はアリスさんを撃てないという結論に至ったのか、強く拳を握りしめ、俯いていた。
その姿を見たアルさんは何かを言いかけたが、声になる前にやめた。ムツキさんの気持ちは彼女が1番に理解していた。
「……沈黙は覚悟がないことの裏付けだけど、いいのかしら?」
リオが追い打ちをかけるかのように言葉を投げる。やがてアルさんは震えながら、ゆっくりと銃を下ろした。
彼女たちがその選択をしたことに、私たちは責めることはできない。できるはずもない。
優しい彼女たちにとっては、あまりに苦しい決断だった。
「では、失礼させてもらうわ。」
リオはスッと立ち上がり、振り返ることなく廊下へと歩いて行った。それに導かれるようにアリスさんも足を踏み出す。
やがてトキも部屋を出て行った。ここにいるミドリさんとユズさんでさえも、アリスさんを連れ戻すことを諦めていた。
だが、私は不思議と冷静だった。
3人を追うように部屋を出て、アリスさんを呼んだ。
"行ってしまう前に……黄泉先生がこれを知ったらどう思うのか、何のためにコートを君にかけたのか、君の考えを聞かせてくれ。"
アリスさんは足こそ止めてくれたが、返事は返ってこなかった。
彼女はただ静かに、コートを脱いだ。
「ハルト先生、アリスの代わりに黄泉先生に返してあげてください。」
アリスさんは脱いだコートを私に渡そうと歩み寄る。一縷の望みも絶たれた。彼女は私たちがどんなに言葉をかけようと、もう戻るつもりは一切ないのだ。
私はその白いコートに手を伸ばす。黄泉先生にどうやって謝ろうかと考えた――その時だった。
『それはダメだよ。』
"……っ!?"
突然、声が聞こえた。気のせいかと思ったが、しっかりと頭に残っている。その声はこれまでに聞いたことのない――「大人の」女性の声だった。
そして何より……その声は黄泉先生のコートから聞こえた気がした。
瞬間、自分がどのように動けばいいのかを理解した。そして私は即座にアリスとの間にバリアを展開した。
"……断る。"
そうハッキリと、私は彼女に伝えた。
"私は……いや、私たちはそれを決して受け取らない。彼に返したいのなら、自分の手で返すんだ。"
「!」
バリア越しではあるが、アリスさんの瞳が少し揺れたような気がした。
アリスさんは視線を落とし、思考の底へ沈むようにコートを見つめる。
そして――ゆっくりとコートに袖に腕を通した。
廊下の先へと向かう際、彼女は静かに振り返り――
「……さようなら。」
私たちにただ一言、伝えた。
その言葉に誰も何も言わなかった。彼女を引き留めようともしなかった。もう彼女は帰ってこないのだと諦めてしまっていた。
だけど、私は勘づいていた。
その言葉が意味していたのは“終わり”ではなく――『どうか、助けに来て』という、かすかな祈りだった。
つづく
話の展開上、アリスのキャラが随分と変わってしまいました。
読者の皆さんはどう思いましたか? 今後の話でも似たような事があるかもなので、良ければ教えてください。
話は変わりますが、この度お気に入り登録者数が90に達しました。こんな「勢いとノリ」みたいな作品を読んでいただき誠にありがとうございます。
投稿頻度は低下していますが、暇を見つけては書き続けていきますので、よろしくお願いします。
次回 第四話 精鋭、集結