死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

ゼンゼロ2.0来たぞー!
イーシェン師匠をお迎えしたぞー!

原神5.7予告番組見たぞー!
スカーク、ダリアが来るぞー!

スターレイル3.4開拓クエストはまだですか?


沈んだ真実、灯る意思

「…って作戦なんだけど、どうかな?」

 

アビドス廃校対策委員会の教室では、カタカタヘルメット団に対する作戦会議が行われていた。

 

真っ先にホシノが出した案は「戦闘が終わって間もない今のうちに、ヘルメット団の基地を襲撃する」という、所謂奇襲作戦。

それに反応したのはシロコとノノミだった。

 

「ヘルメット団の前哨基地はここから30kmだし、今から出発しよっか。」

 

「いいと思います。あちらも、まさか今から攻撃されるなんて夢にも思っていないでしょうし。」

 

いつもは淡々/おっとりとしているシロコ/ノノミの声にも、少し熱がこもっているように感じられた。

セリカも口には出さなかったが、その目には確かな闘志が宿っていた。

 

一方、アヤネは少し不安そうに眉を寄せる。

 

相手の拠点に乗り込むことは、その分危険度も増す。

普段オペレーターとして教室に残るアヤネが心配するのも無理なかった。

 

「…黄泉先生と桐山先生はいかがですか?」

 

”私は…ホシノの意見に賛成だよ。”

 

ハルトの言葉に、アヤネも少し安心したように小さく頷いた。

続いて、彼女たちの視線が自然と俺へと移る。

 

俺の意見は始めから決まっているが、少しだけホシノに視線を向けた。

 

彼女は真剣な眼差しで俺を見ていた。まるで「見ていて」と言うかのように、真っ直ぐと。

 

「…それが、お前たちの“正しい”と思える道なら――俺はそれを見ていよう。」

 

俺には彼女たちを止める理由がない。

これまでの思いを、存分に返してこい。

 

「2人の先生のお墨付きももらったことだし、この勢いでいっちょやっちゃいますか〜。」

 

「善は急げ、ってことだね。」

 

「それでは、しゅっぱ~つ!」

 

ホシノたちは席を立ち、銃を担いで教室の出口に向かう。それに続くように、ハルトも席を立った。

 

そんな中、俺はというと―

 

”…黄泉先生?”

 

ハルトが不思議そうに俺を見る。 

それは、ホシノたちも同じだった。

 

「もう、黄泉先生。ボーっと立ってないで、出発するよ。」

 

壁にもたれかかったまま微動だにしない俺に対し、セリカがムッとした様子で俺の前に立つ。

だが…その質問の答えは『いいえ』だ。

 

「…今回はここに残らせてもらう。」

 

俺の言葉に、空気が一瞬張り詰める。

セリカたちの目は、どこか困惑しているようにも見えた。

 

「ど、どうしてですか?」

 

ノノミが不安そうに尋ねる。

その質問に答えたのは、俺ではなく…ホシノだった。

 

「黄泉先生がここに残るってことは…万が一が起きた場合、助けてはくれない。」

 

全員がホシノの言葉に息をのむ。

彼女は俺の目を見つめたまま続けた。

 

「私たちが前に進めるかどうか…それをここから見届けるってことだよね。」

 

俺は何も言わなかった。言う必要がなかった。

俺の思いはホシノを通して全員に伝わったのだから。

 

「見ててよ、黄泉先生。私たちが最後まで戦い抜くところを。」

 

ホシノの言葉には迷いはない。彼女の言葉に、仲間たちの目が変わる。

リーダーの覚悟の強さを肌で感じたシロコたちも覚悟を決めたようだ。

 

「…行って来い。」

 

俺がそう言うと、ホシノは黙って教室を出て行った。

その背にノノミとシロコも続く。セリカは俺に視線を向けて小さく頷き、列に加わった。

 

ホシノたちを見送った俺は次の事に意識を向ける。

俺の目の前には、ハルトが立っていた。

 

”…黄泉先生。実は私も、さっきの戦いで油断してたんです。”

 

その言葉に、俺はあえて何も言わなかった。

彼の話にただ耳を傾ける。

 

” 戦いの指揮を執る者として失格だと思います。だから…私はもう目は逸らしません。先生として、彼女たちの覚悟に応えたい。”

 

そう言ったハルトの声は、どこか震えていた。

それは恐れではない。自らの弱さを見つめ、それでもなお前に進もうとする者の誠実な震えだった。

 

(…安心しろ。お前の代わりに、俺がキヴォトスを守ってみせる。)

 

ハルトの姿が、過去の俺と重なる。

かつて自分も、何度も迷い、何度も足を止めた。それでも進むことを止めなかった。

その重みを、ハルトもまた、自分なりのやり方で背負おうとしている。

 

「人間は…大人でも子供でも、失敗する生き物だ。」

 

「だが…決してそれを二度繰り返してはならない。多くの失敗を学び、ゆくゆくはそれを生徒に教えられる先生になれ。」

 

” はい!”

 

ハルトの返事からは、強い決意が伝わってきた。

そして、彼は「行ってきます」と言い、胸を張って教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『半径15km圏内に敵のシグナルを多数検知。』

 

私たちがアビドス高校を出発して数十分。奥空さんからの報告が無線を通して聞こえてきた。

どうやらカタカタヘルメット団のアジトが近づいてきたらしい。

 

『おそらく敵もこちらが来たことに気づいているでしょう。ここからは実力行使です!』

 

改めて深呼吸をし、ここに来る前に黄泉先生に話したことを思い出す。

もう油断はしない。みんなの覚悟に応えるために、自分ができることをやるだけだ。

 

”みんな、準備はいい?”

 

無線を通して確認をする。

”みんな”とは言うが、ほとんど自分のために言っているようなものだった。

 

「いつでも行けるよ、先生。」

 

「ん、問題なし。」

 

「ボコボコにしてやるわよ!」

 

「頑張りましょうね!」

 

『全力でサポートします!』

 

みんなは落ち着いた声で返事をしてくれた。

彼女たちの声を聞けて少し安心する。

 

戦場に身を置くのは2度目だけど、前とは違う。私のそばには小鳥遊さんたち以外にも、頼れる仲間がいる。

私はみんなに聞こえない小さな声で、彼女に尋ねてみた。

 

”アロナ、君はどうかな?”

 

『大丈夫です!このスーパーアロナが先生をお守りします!』

 

シッテムの箱からそんな元気な声が返ってくる。どうやらアロナもやる気マンマンのようだ。

 

『まもなく会敵します!』

 

再び奥空さんからの通信。

それに合わせて小鳥遊さんたちは銃のトリガーに指をかけ、臨戦態勢に入る。

そして、私はみんなに号令をかけた。

 

”よし、作戦開始!”

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほらほら、どいたどいた〜!」

 

「ぐはっ!?」

 

「ぎゃあ!」

 

ヘルメット団とエンカウントするや否や、小鳥遊さんが切り込んで行った。立ちはだかるヘルメット団員をものともせず、彼女はシールドを構えて道を切り開いていく。

 

みんなの戦闘はさっきも見たけど…やっぱり彼女は頭1つ抜けている。彼女の動きは華麗さと豪快さを兼ね備えていて、素早く遮蔽物に隠れて素早く前に出たかと思えば、ショットガンで近距離射撃。その動きに一切の無駄がない。

 

銃であれば武器種に限らず必ずリロードを行わなければならない。ヘルメット団員もそれを分かって動いているのだと思うが…。

 

「おっと。」

 

「ぐうっ!?」

 

小鳥遊さんはその隙すら与えない。リロードを行いながらも体を捻って蹴りを食らわせ、手に持つシールドでぶん殴る。

 

”(こっちのほうが良さそうだね。)”

 

小鳥遊さんの戦闘の様子を横目に見ながらそう考えていた。

 

というのも、先ほどとは違って、私は小鳥遊さんに指示をしていない。彼女を自由に行動させ、十六夜さん、砂狼さん、黒見さんの3人で彼女の援護を行う方針に変更した。

 

最初は砂狼さんだけはどこか不満そうな顔をしてた。

それは「小鳥遊さんを心配している」…というよりかは「私も前で戦いたい」…という雰囲気だった。

まぁ、戦闘が始まればすぐに切り替えてくれたから特に気にしてないけど…。

 

もちろん、危険だと思えばすぐに下げさせる。そこは私の判断にかかっている。

 

『先生!左前方20mの路地に敵が3人です!』

 

ふと、右耳のインカムに奥空さんからの通信が入った。

どうやら小鳥遊さんへの不意打ちを狙っているらしい。それなら―

 

”砂狼さん、ドローン展開。30m先の左の路地に3人だ。”

 

「ん!」

 

私が指示を飛ばすと、砂狼さんはその場でしゃがみ、バッグを開ける。その中にはドローンが入っており、勢いよく飛び立った。

 

ドローンは小鳥遊さんを追い越し、指示通り30m先の左の路地に向かって小型ミサイルを発射。爆発音、黒い煙と共に悲鳴が聞こえた。

 

『撃破完了です!』

 

空からは奥空さんのドローンが地上を見張ってくれているため、万が一建物の陰に隠れていても発見次第すぐに報告してくれる。

やはり制空権を握るのは大事だな。

 

『先生!12時、3時、9時の方向から増援!12時方向が特に多いです!その数19…いや、20!』

 

なるほど。小鳥遊さんに攻撃を集中させつつ全体を囲んで挟み撃ちにするつもりか。

ヘルメット団は不良生徒たちの集まりと聞いていたけど、さすがにマズいと力を合わせてきたらしい。

 

”小鳥遊さんは敵の増援が来るのに合わせて『ゆっくり後退』してくれ。”

 

私は今回初めて小鳥遊さんに指示を飛ばした。どんなに強い彼女でも、今から20人の相手をするのは厳しいだろう。

…いや、案外普通に戦ってそう。

 

「後退?おじさんならまだまだ行けるよ。」

 

その声はとても冷静で、疲れ1つ感じない。おそらく、そのまま戦闘を続けても問題ないだろう。

だけど『彼女』のほうがもっと早く終わる。私はその旨を小鳥遊さんに伝えた。

 

”分かってるよ。だけど、もっといい方法がある。十六夜さん、小鳥遊さんの助太刀を頼めるかい?”

 

「はい!お任せください!」

 

私の考えは至って単純。ヘルメット団員の意識を小鳥遊さんに向けさせ、死角から十六夜さんのガトリングで一掃する。小鳥遊さんが1人ずつ倒すよりも遥かに効率的だ。

 

…キヴォトス人の耐久力のおかげでだいぶ感覚が麻痺してきているけど、『効率的』とか、改めて考えるととんでもないこと言ってるな。慣れって怖い。

 

「そーゆーこと…。『ゆっくり後退』だね、任せて。」

 

小鳥遊さんが作戦案に賛同してくれたので、すぐに行動に移す。

奥空さんの偵察の報告を耳に入れながら、他の作戦を同時に進める。

 

”砂狼さんと黒見さんは9時と3時方向から来るヘルメット団をお願い。”

 

「ん、9時方向は任せて。」

 

「じゃあ、3時方向は私が!」

 

砂狼さんと黒見さんが各自の持ち場へ動いたのを確認し、身を隠しながら再び正面の戦闘に目を向ける。

 

小鳥遊さんはそこまで来ていた。その少し後方ほ左側路地にはガトリングを構える十六夜さんが。

ちょうど建物の死角になっており、バレていない。

 

3…

 

『敵の応援部隊が到着しました!』

 

奥空さんからの報告。だが、まだだ。

今はまだその時じゃない。

 

2…

 

「ふぅー…。」

 

十六夜さんが深呼吸をし、ガトリングのトリガーに指をかけた。

 

1…!

 

…ここだ!

 

”小鳥遊さん、下がって!”

 

「撤退〜!」

 

「っ!? 逃がすな!追え!」

 

小鳥遊さんがわざとらしく声を上げ、退避行動。

それを見たヘルメット団員たちは彼女を追いかけようと射撃を止め、前に出る。

 

この時を待っていた!

 

”今だッ!”

 

「はい!行きますよ〜!」

 

ズガガガガガガーッ!!

 

敵の意表を突いた攻撃に、ヘルメット団員たちは悲鳴を上げる間もなく倒されていく。

十六夜さんのガトリングは一度射撃を始めたら全ての敵を倒すまで止まらない。

 

「そ、そんなところから―ぐはっ!?」

 

「油断は禁物だよ〜。」

 

一瞬、視線が十六夜さんの方を向いたタイミングで再び小鳥遊さんが前に戻り、蹴りとショットガンを食らわせる。

結果、作戦は大成功。砂狼さんと黒見さんも応援部隊を制圧し、ヘルメット団を壊滅状態にさせることができた。できたのだが…

 

ガトリングにより舞った煙が晴れ、そこで見たのは――1人残らず気絶しているヘルメット団員たちだった。

 

まさに蜂の巣。少しの出血と気絶だけで済む身体とはいえ…こう…何か来るものがあるな…。

 

「先生!ヘルメット団のアジトへ行きましょう!」

 

”う、うん…。”

 

これに懲りたら真面目な生徒に戻ってねと心の中で願い、私は十六夜さんたちの後を追った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ヘルメット団を追い払い、アジト、補給所、弾薬庫を爆破した私たちは来た道を戻っていた。もちろん、最後まで警戒は解かずに。

 

眩しい陽光が降り注ぐ空の下、アビドス高校の校門が見えた瞬間、思わず息をついた。

『警戒を怠らない』『同じ失敗を繰り返さない』という緊張で張り詰めていた心が先に限界を迎えたのかもしれない。

 

ふと見ると、校門のあたりに2人の影が。そこにいたのは―

 

「あっ、アヤネちゃん!黄泉先生!」

 

そんな彼らを見つけた十六夜さんが、ぱっと顔を明るくし、駆け出した。そんな彼女に続くように、みんなも後に続く。

 

「お帰りなさい。みなさん、お疲れ様でした!」

 

「アヤネちゃんもオペレーターお疲れ!」

 

互いに苦労を労うその光景に、肩の力がすっと抜けていく。

私たちを包む空気が穏やかになっていくのを感じた。

 

「先生もお迎えに来てくれたんだ?」

 

戦闘が終わっていつもの調子に戻った小鳥遊さん。少しニヤニヤしながら黄泉先生に尋ねる。

そんな質問に、彼は淡々と返した。

 

「…仲間を見送ったのなら、迎えに行くのは当然だろう。」

 

「うへ、そーゆー意味じゃないんだけどなぁ。」 

 

彼女は苦笑まじりに肩をすくめる。軽くからかったつもりが、真面目に返されたらしい。

 

そして、改めて彼に尋ねる。

今度はとても重要な質問だった。

 

「…ねぇ先生。私たち、ちゃんとできてた?」

 

黄泉先生は、彼女の言葉にほんの少し間を置いてから、静かに頷いた。

 

「…ああ、よくやった。」

 

その一言で、小鳥遊さんの顔がふわっとほころんだ。

十六夜さんも、砂狼さんも、黒見さんも、奥空さんも――それぞれに、ほっとしたような表情を浮かべている。

 

生徒たちが笑顔で門をくぐっていく中、私は少しだけ遅れて歩を進めた。

戦闘が終わった安堵と、生徒たちを無事に戻せたことへの静かな誇りが、胸の内に灯っている。

 

「…ハルト。」

 

”は、はい!”

 

そんな私に気づいたのか、黄泉先生が声をかけた。

彼の眼差しは、いつも通り冷静で――だけど、どこかやわらかいものが含まれていた。

 

「お前もよくやった。次も頼むぞ。」

 

ぽつりと落とされたその言葉は短く、簡潔で。

だけど、重く心に沁みるものだった。

 

”ありがとうございます!”

 

私は少しだけ目を見開いたあと、自然と背筋が伸びた。

黄泉先生が私に、先生として、戦力として、そして信頼できる“仲間”として言葉をかけてくれた――その事実が、なにより嬉しかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ほんの少し前まで薄暗く、どこか寂しげだったこの教室は、今では誰かの笑い声や小さな息遣いで満たされていた。

 

武器の手入れを早急に終わらせた彼女たちは、ヘルメット団を追い払った記念にお菓子とジュースで乾杯していた。

隣に座るハルトも嬉しそうな顔をしてジュースを口に運んでいる。

 

「いろいろありましたが、これで火急の事案だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね。これで一息つけそうです。」

 

「そうだね。これでやっと、重要な問題に集中できる。」

 

ノノミとシロコがそんな話をしている。

重要な問題…『アビドス復興』のことだろう。

 

限界寸前の校舎、人の気配すらない住宅街。そんな居場所を守ろうとする彼女たちの思い。

ようやくそれに向き合う準備ができたのか、と。

 

だが、次に発せられたセリカの言葉はあまりに真っ直ぐで、衝撃的なものだった。

 

「先生のおかげだね。これで心置きなく借金返済に取り掛かれるわ!」

 

……借金。

 

俺はハルトと視線を交わす。

彼もまた微妙に固まった表情を浮かべていた。

 

「ありがとう先生!この恩は一生忘れないから!」

 

そんなことに気にも止めず、セリカは笑顔で感謝の言葉を述べる。

…それはまるで、お役御免と言っているかのようだった。

 

”えと…借金返済って?”

 

ハルトが困惑を隠せない様子で尋ねる。

自然と口にしてしまったであろうセリカが「しまった」とでも言いたげに目を見開いた。

 

「そ、それは―」

 

「ま、待って!!アヤネちゃん、それ以上は!」

 

セリカが慌てた様子でアヤネの口を覆う。

どうやら俺たちに教えたくないらしい。

 

「いいんじゃない、セリカちゃん。隠すようなことじゃあるまいし。」

 

「……ホシノ先輩?」

 

「借金のことも、全部話してしまっていいんじゃないかなって、私は思うよ。」

 

ホシノが椅子にもたれながら、ぽつりと口を開いた。

 

「先生たちは一緒に戦ってくれた。信頼できる人たちだって、わかったから。」

 

「ホシノ先輩の言う通り。セリカ、先生たちは信用していいと思う。」

 

ホシノの言葉にシロコが賛同する。

彼女は決して多くを語らないが、その言葉の中には確かな信頼があった。

 

言葉こそ発さないが、ノノミとアヤネはセリカに向けて、にこっと笑った。

いつもと変わらぬ穏やかな笑顔。だが、その奥には小さな覚悟のようなものもあった。

 

——しかし。

その穏やかな流れを断ち切るように、セリカがぴしゃりと鋭い声を上げる。

 

「…待ってよ。それ、本気で言ってるの?」

 

彼女の声に、空気が少し張り詰める。

 

「これは私たちの問題でしょ? 先生たちは部外者だよ。なんで私たちのことに、あれこれ言われなきゃいけないの?」

 

「セ、セリカちゃん、そんな言い方しなくても…。」

 

ノノミが戸惑いながらも、やわらかくたしなめようとするが、聞かない。その表情は自分を強く律しているようにも見えた。

だが、その眼の奥には、押し殺した痛みと不安が微かに滲んでいた。

 

「…先生たちは、私たちのすべてを見てきたわけじゃない!借金のことも、ここまでの経緯も知らないのに、何ができるの!?」

 

セリカは拳をぎゅっと握り、俯く。

ほんの僅かに唇が震えていた。

 

「私は…私は認めない!」

 

そう言い終えるや否や、彼女は椅子を蹴るように立ち上がり、教室を飛び出した。

『バン』と勢いよく扉が閉まり、その音が静かな教室に重く響く。

 

「私、様子を見てきます。」

 

ノノミがセリカを追いかける。

扉が閉まる音が教室にまたひとつ、静かに響いた。

 

”…借金について、聞かせてもらってもいいかな?”

 

静寂を破るかのように、ハルトが尋ねる。

 

「…うん。まぁ、簡単に説明すると…」

 

ホシノたちの話はこうだ。

 

現在『アビドス廃校対策委員会』には借金がある。

その額、9億6235万円。

 

数十年前、アビドスの郊外にある砂漠で、巨大な砂嵐が発生した。砂嵐自体は何度か起こっていたが、その砂嵐は想像を絶する規模だった。 

 

学区の至る所が砂に埋もれ、砂嵐が去った後も砂が街に溜まり続けた。

それを克服するために、アビドス高校は多額の資金が必要になったのだが…

 

銀行もタダでは動いてはくれない。金を貸すにしても、それなりの見返りが必要になる。

加えて、アビドス高校は片田舎の学校。巨額の資金を提供してくれる銀行は見つからなかった。

 

その結果、悪徳金融業者に頼る他なかった。

 

その後も砂嵐は止まることを知らず、手が付けられないほどに大きくなっていく。当然、借金も増えていく。

 

そしてついには、砂嵐を止めるどころかアビドスの半分が砂に呑まれた…。

 

「…そんな、つまらない理由だよ。」

 

ホシノが借金のいきさつを語り終えると、教室の空気は重たく沈んだ。

苦笑混じりに話していた彼女の目にも、ほんのわずかな陰が射しているのを俺は見逃さなかった。

 

話を聞いてみれば…セリカがあれほど声を荒げた理由がよく分かる。

『自分たちに手を差し伸べることもしなかった”大人”が、今更何の用だ』…と。

 

沈黙の中、ハルトがふと身を乗り出す。

 

”そんな、大変な事情があったんだね…。”

 

彼は言葉を選ぶように息をつき、意を決したように立ち上がった。

 

”だけど、私は君たちを見捨てることなんてできない。大人として、先生として、最後まで一緒に戦うよ。”

 

「ほ…本当、ですか…?」

 

”ああ。シャーレは君たちの力に―「待て。」

 

その言葉を遮るように、俺は静かに声を発した。

 

ハルトが驚いたように口を閉ざす。何か言いたげではあったが、黙って俺の話に耳を傾ける。

俺は正面に座るホシノたちをじっと見つめた。

 

「…1つ、質問させてもらう。この返答次第では、協力関係を結ぶことはできない。」

 

低く落ち着いた声が教室を満たす。

それに真っ先に反応したのは、ホシノでもシロコでもアヤネでもなく……ハルトだった。

 

”先生…!まさか、みんなを見捨てるつもりですか!?”

 

声が震えていた。怒りとも焦りともつかない感情が滲んでいる。

 

「落ち着け、ハルト。俺は言ったはずだ。協力するかは返答次第だと。」

 

当然、助けたい気持ちは俺にもある。だが、まずは彼女たちに強い覚悟を持ってもらわねばならない。

 

「…これだけの借金だ。分かっているとは思うが、お前たちのような学生が、たった数年で返せるような額じゃない。」

 

「いずれお前たちは高校を卒業し、己の道を進むことになる。その時が来ても尚、借金と向き合うつもりでいるのか?」

 

「「「 !! 」」」

 

問いかけに一瞬、教室内の空気が張り詰めた。

視線が交錯し、胸の奥を探るような沈黙が流れる。

 

俺でさえ9億ないし10億を稼ぐのは容易ではない。5年間キヴォトスで先生をしているが、これまでの給料を合計してもその額には遠く及ばない。

 

それを、ただの学生たちが返済しようと言うのだ。『アビドスを守る』という気持ちはよく分かるが、果たして何十年かかるのか、見当もつかない。

 

だからこそ、彼女たちの覚悟を見定める必要があった。高校を卒業後、社会人として働きながら対策委員会の借金を返済する。それも、途中で投げ出すこと無くだ。

 

…途中で諦めるくらいなら、俺はその手を握るつもりはない。

 

しばらくして、ホシノがゆっくりと顔を上げた。

 

「…もちろんだよ。だってここは私たちの学校で、私たちの街だから。誰かに押しつけるつもりはないよ。卒業しても、一緒に向き合う。」

 

その言葉に、シロコとアヤネも静かに、しかし強く頷く。

 

黄泉は彼女たちの目をひとりひとり見渡し、その覚悟を確かめる。

そして最後に、隣に立つハルトに目を移した。

 

”私も本気です。”

 

彼らの目に、嘘はなかった。

 

「…ならば、俺はお前たちを信じよう。」

 

俺が静かにそう告げると、ホシノたちの表情がぱっと明るくなる。

シロコは静かに拳を握り、アヤネは「よろしくお願いします!」と頭を下げた。

 

”…良かった。”

 

ハルトの胸から、ほっとした息が漏れる。

だが、俺はそのまま彼へと視線を向けた。

 

「ハルト。」

 

呼ばれて、彼はすぐさま背筋を正す。

 

「これでもう、生徒だけの問題ではなくなった。これからは、俺たち大人が共に歩み、解決すべき問題だ。」

 

「…なんとしてもやり遂げるぞ。」

 

”はい!”

 

ハルトは迷いなく頷いた。

 

ノノミとセリカの了承こそ得られてないが、教室の中に新たな決意の空気が満ちていくのだった。

 

 

 

つづく




そろそろスマホの容量がヤバいんですよね。
いずれスターレイルかゼンゼロをアンインストールせねばならない日が…。そんなの嫌だ!(原神は居残り確定です)

誤字脱字があったらぜひ教えてください。
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