死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

52 / 79
開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは
休憩中に書き始めた結果、結局最後まで書いてしまいました。ヤッチマッタナァ!

12月も折り返し。クリスマスの予定はありません。


勇者救出作戦 その6

エリドゥに足を踏み入れてから2時間が経過。トキとの戦いを終えたあたしたちは、呑気に談笑していた。

 

まだリオがタワーに残っているが、黄泉センが向かって行ったから直に終わるだろう。さっきまで私たちを殺すような勢いで攻撃してきたトキも大人しく話に混ざっている。

 

「それにしてもトキちゃん……まるで未来を見てるかのように動いてたね。」

 

「ああ。私も背後から撃ったのに、まるで初めから分かっていたかなような動きをしていた。」

 

アスナとカリンが話す。

確かに、アビ……なんとかを身に纏っていたトキの動きは未来予知に近い物を見せていた。

 

「アビ・エシェフはエリドゥにある全ての電力と演算システムを集中させています。それらが先輩方の動きを観察し、次の行動を予測するので、未来が読めるのです。」

 

「ホントに未来が見えるんだ! すごい!」

 

「アスナ先輩の能力も似たようなものだと思いますけどね。」

 

……となると、未来予知はエリドゥ限定での機能か。それでも両腕のガトリングと両肩のレーザーキャノンはかなりの脅威になる。

これから味方としてアレを運用してくれると思うと、少しワクワクした。

 

だが同時に、エリドゥに蔓延る嫌な雰囲気を感じていた。

 

黄泉センの時とは違う、全く別の雰囲気。

あの時は“一点に集中した圧”だったが、今のこれは――街全体を覆う、鈍く重い気配だ。

このタイミングで新たな脅威が現れたとでも言うのか? 気の所為と思いたいが、明らかに気の所為なんかじゃない。

 

「どしたのリーダー?」

 

アスナがアホ面で尋ねてくる。

コイツのやけに鋭い直感力は、戦闘時以外では機能しねぇんだよなぁ。

 

「さっきから空気が重く感じるんだ。お前らは感じねぇのか?」

 

「そうですかね……?」

 

「うーん……?」

 

疲れてるのか、あまりピンときていないようだった。

 

銃声が1つも無いのにどこかで戦闘が起きている。

黄泉センの時のようにその位置を探したが、やはりエリドゥ全域から感じられる……。

 

何か良い方法は――あ。

 

「トキ、お前の武装でエリドゥの演算システムを調べろ。何か情報を持っているはずだ。」

 

「は、はいっ。」

 

演算システムの情報を集めることができるアビ・エシェフなら、今のエリドゥの状況を一発で教えてくれるはずだ。

 

トキは細身の端末を取り出し、指先で側面のスイッチを弾いた。

 

「パワードスーツシステム〈アビ・エシェフ〉、起動!」

 

「それは毎回言わないとダメなのか?」

 

「トキちゃんに限らず、変身する時は必ずカッコよく言う決まりがあるんですよ。」

 

アニメの話かよ。つーかお前ら気ぃ抜きすぎだろ。

頭の中でとは言え、ツッコんじまうあたしもあたしだけどよ。

 

アビ・エシェフを起動したトキ。

それからほんの数秒後。演算システムに接続したであろう、その直後だった。

 

「えっ……。」

 

トキは短く声を漏らして固まってしまった。

それは、流れてくる情報が本当に正しいのか疑っているようだった。

 

「どうした?」

 

「ア、アリスが暴走し、黄泉先生と戦っている情報が……。」

 

戦術用ゴーグルを額に押し上げ、トキはそう言った。

事実か否かは判断できない。だが、エリドゥ中のシステムが揃って嘘をつくとも思えない。

それでも、嘘であってほしいと思った。

 

普段はちゃらけてるアスナ、冷静なアカネとカリンの顔にも緊張が走る。だから、私は――

 

「すぐに黄泉センの援護に向かう。場所は?」

 

「……!少々お待ちください!」

 

すぐに1つのことに目的を絞る。

チビがこのタイミングで暴走。焦りや不安がないわけじゃないが、それをぐっと堪える。

 

その時、インカムに通信が入る。

 

『C&Cのみんな、聞こえるかい?』

 

黄泉センとは違う男の声。正体は考えるまでもなかった。

 

「ハルト先生!」

 

『正解。早速だけどみんなに伝えなきゃならないことがある。ついさっき、アリスさんが――』

 

「アリスが暴走して、黄泉センと戦ってんだな?」

 

『おっと、もう知ってたんだね。』

 

「あたしたちもさっき知ったところだ。」

 

……どうやらチビが暴走したのは本当らしい。

 

「それで、どうするんだ? こうして通信を繋げたってことは、何か作戦があるんだろ?」

 

『ああ、1つだけある。』

 

『それは――アリスさんを呼び起こして、意識の主導権を奪ってもらうことだ。』

 

「……は?」

 

呼び起こす? 主導権?

作戦の内容が全く見えてこない。

 

ハルト先生はさらに続けた。

 

『C&Cの5人には黄泉先生の援護をしつつ、アリスに戻ってきてと呼びかけて――』

 

「おいおいおい、正気か?」

 

思わず話を遮ってしまう。

その内容は作戦としてあまりにも破綻しすぎている。

 

『戻ってこい』と呼びかけるだと?チビを助けられる確証の無い作戦なんて、やってられるわけがない。先生なら先生らしくもっとマシな作戦を考えやがれ。

 

だが――

 

『気持ちはよく分かるよ。』

 

そう言うハルト先生の声はものすごく真剣だった。

 

『暴走しているアリスさんは全くの別人格で、アリスさん本人の意識は心の奥底に押し込まれている。完全に消えたわけじゃないから、呼び続ければ必ず応えてくれるはずだ。』

 

『私たちの作戦を信じてほしい。』

 

真っすぐ過ぎる声が届く。

だけど、あたしはすぐに頷けなかった。

 

アイツの命がかかっていると思うと、一歩が踏み出せなかった。

確実に守れる手段を捨てて願いに賭けるなんて――指揮官として、絶対にやっちゃいけねぇ選択だ。

 

かと言って、あたしに作戦があるわけじゃない。

この作戦しか道が無いことなんて、最初から分かっていた。

 

どうすればいい、あたしはどうすれば――!

 

「ネル!」

 

名前を呼ばれ、思わず勢いよく振り返った。

あたしを呼んだのはアスナだった。いつもなら『リーダー』と呼ぶアスナが、私の名前を……。

 

その目は覚悟に溢れていた。

アスナだけじゃない、アカネもカリンも、トキでさえも真っすぐにあたしを見てくる。

 

クソッ……優柔不断なのはどっちだよ。これじゃあリーダー失格じゃねぇか!

 

「ああもう分かったよ!やればいいんだろ!」

 

『ありがとう、ネルさん!』

 

チッ、何がありがとうだ。先生ともあろう人間がこんなふざけた作戦考えやがって。

チビもチビだ。手伝ってやるからいつまでも寝てねぇでさっさと主導権を奪い返しやがれ。

 

『ハレさん、C&Cの案内をお願い!』

 

『了解。それじゃあみんな、ついてきて。』

 

ハレの声と共に青白い光が収束し、ホログラム姿のハレかを現れる。

走り出したその背中を私たちは追いかけた。

 

この選択が正しいかどうかなんて、後で考えりゃいい。

今はただ――チビを連れ戻すことだけを考えろ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

……ここまで呼吸が荒くなったのは何時(いつ)ぶりだろう。まだ動けはするが、体は確かに悲鳴をあげ始めていた。

 

原因は、力を解放したことで体力がごっそり持って行かれてしまったこと。とにかく体が重い。全身に大量の重りをつけられているようだった。

また、目と鼻から流れ出した血は止まる気配が無かった。

 

「キヴォトス最強と謳われるあなたでも、とうとう動きにキレが無くなってきましたね。」

 

奴はそう言って余裕の笑みを浮かべる。普段のアリスからは想像できない、嘲笑うかのような顔。

……ガキが、舐めてると斬るぞ。

 

しかし、そうするわけにもいかない。何度も言うが、奴が死ぬようダメージを与えればアリスも死ぬ。それを避けるためにアリスに呼びかける方法にシフトしたんだ。

 

ハルトたちも似たような作戦を考えていたらしく、すぐにそっちに向かうと連絡があった。

とりあえずはあいつらが到着するまで耐える。体を、思考を止めるな。

 

だが……

 

「やはり、足りない……。」

 

ただ呼びかけるだけじゃ間違いなく届かない。奴の奥深くに眠るアリスの精神まで辿り着かないと意味が無いのだ。

アリスとは別人格の暴走アリス。奴の精神が強固だった場合、こちらの声は奴に掻き消されてしまう。

 

そう、アリスと奴は別人格……。いや、待てよ。

 

俺と『無』の波長は綺麗に揃っている。そして、目の前にいる暴走アリスの波長も『無』に重なり始めている。

それすなわち、俺と奴の波長はやがて――。

 

刹那、脳に電流が走った感覚があった。

賭けに次ぐ賭けだが、可能性は大いにある。

 

「……俺たちの勝利の鍵は、お前だ。」

 

そう言って俺は『無』に視線を向ける。コイツもその意味を察したのか、刃から小さな稲妻を放った。

 

「さぁどうした。俺はまだまだ動けるぞ。」

 

「諦めの悪さ……それが命取りです。」

 

絶対に悟られてはならない。奴の視線を刀に集中させろ。全ての条件が揃った時、こちらに勝機を手繰り寄せられる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

私たちはタワーを後にし、夜のエリドゥを駆ける。街には初めてここに足を踏み入れた時よりも重たく、濃い空気が漂っていた。

 

『この先に2人がいるよ。敵もうじゃうじゃいるから注意して。』

 

チヒロさんの声に導かれ、やがて私たちは足を止める。

十字路を左に曲がった先に――2人はいた。

 

「黄泉先生!アリスちゃん!」

 

"あれは、Divi:Sion……!?"

 

2人を取り囲むかのように道路を埋め尽くす無数の機械兵。異空間の裂け目から、Divi:Sionが次々と吐き出されていた。

 

"アリスさん!"

 

私は彼女の名前を呼んだ。いや、正確には違う。

それでもアリスさんと呼ぶ必要があった。

 

するとこちらに気づいたのか、Keyがゆっくりと振り返った。その目に、見覚えのある優しさはない。

 

「アリスちゃん!」

 

「アリスちゃん、起きて!」

 

ミドリさんとユズさんも大声で呼ぶ。

しかし、返事をするのは彼女ではなくKeyだった。

 

「……無駄です。『王女』が起きることはありません。」

 

「しかしご安心を。私が『王女』を玉座に導いた後に起こし――」

 

「おいチビ! いつまで寝てんだ!」

 

Keyの話を遮るかのように、C&Cたちが登場した。

 

「アリスちゃん!早く起きないとリーダーが泣いちゃうよ!」

 

「んだとゴラァ!」

 

そんなやりとりの後に銃撃が続く。5人は勢いよくDivi:Sionの軍勢を蹴散らしていった。

しかもトキさんはあの武装を展開してくれている。

 

「アリスちゃん!また一緒にクエストしようよ!」

 

「アリスさん! みんなと一緒に、たくさんの思い出を作りましょう!」

 

ムツキさんとアルさんも大きな声を出してくれる。

そして――

 

「アリス! この寝坊助! 早く起きてよ!」

 

モモイさんの声が、場の空気を切り裂く。

その瞬間だった。

 

Keyの目から、感情が消えた。

 

「我が忠実なる下僕(しもべ)たちよ。銃撃を許可します。全ての敵を排除してください。ただし、刀の使い手に対しては適応されません。」

 

刹那、私たちに背を向けていたDivi:Sionのカメラがぐるんとこちらを向き、遠慮のかけらもなく火を噴いた。

 

"アロナ、バリアを!"

 

(すんで)のところでバリアを展開できたので、誰かが負傷を負うことは無かった。しかし、このままでは埒が明かない。

 

アリスさんを助けるどころか、Keyを怒らせてしまうなんて。話を遮ったうえに彼女を無視して思い思いに叫んだのがマズかったのか?

 

そう考えていた、その時だった。

 

"――黄泉先生?"

 

前線で踏ん張っていた黄泉先生が、一歩前に出て――そのまま崩れるように膝をついた。

 

力が抜けたように、指が開く。

 

激しい銃声の中で、はっきりと金属音が響いた。

 

刀は地面を滑り――Keyの足元で止まった。

彼女の目が、足元の刀に釘付けになっている。

 

一瞬、思考が途切れた。

 

"ぜ、全員、暴走したアリスさんを攻撃して!"

 

「りょ、了解!」

 

「おい、黄泉セン!」

 

こちらからも攻撃ができるように、バリアを遮蔽物のように横に長く伸ばした。

アルさんたちはすぐに対応し、遮蔽物から少しだけ顔を出して反撃を始める。

 

C&Cたちも攻撃をさらに強める。トキさんはアビ・エシェフのレーザーキャノンをチャージしていた。

 

しかし――

 

「忠実なる下僕たちよ、私を守りなさい。」

 

Keyのその一言で、Divi:Sionの攻撃の精密性が上昇する。敵は確実にみんなの頭を狙ってきていた。

思わず頭を下げるアルさんたち。C&Cの5人も堪らず回避行動。トキさんのチャージは無意味となってしまった。

 

そんな中、Keyは軽く屈み、黄泉先生の刀を手にする。

その表情は、欲しかったおもちゃを手に入れた子どものように晴れていた。

 

「遂に、世界を書き換える刀が私の手に……!『 王女』よ、今しばらくお待ちを……!」

 

刀を高く掲げ、Keyは笑う。

刹那、刀から放たれた雷が空を裂いた。

その光に、誰1人として動けなかった。

 

「このまま私自らあなたたちを排除しても良いですが、まずは――」

 

そう言ってKeyは黄泉先生に視線を向けた。

 

「刀の適正者は、1人で十分です。」

 

一拍置いて、Keyは続けた。

 

「――対象を排除します。」

 

刀を下ろし、Keyは黄泉先生に歩み寄る。

ゆっくりと、自分を見せつけるように歩く様はまさに処刑人だった。

 

「黄泉先生!」

 

「くっ……!敵が多すぎる……!」

 

なんとか立ち上がろうとする黄泉先生だけど、足がガクガクと震えていた。

この場にいる全員が焦っているのが分かる。今すぐ助けに行きたいのに、全く近づけなかった。

 

「リーダー!トキちゃん!早く!」

 

「言われなくても分かってらァ!」

 

「邪魔ですッ!」

 

ネルさんとトキさんがKeyを狙おうとするも、Divi:Sionによる連携攻撃が2人を自由に動かさなかった。

 

その時、カリンさんとアルさんによる狙撃手コンビがKeyを狙って引き金を引く。しかし突然跳躍した2機のDivi:Sionが身代わりとなり、弾丸がKeyに届くことは無かった。

 

「「なっ――!?」」

 

2人は目を疑う。だが、その間にもKeyは黄泉先生の元へと歩いていく。

やがてKeyは立ち止まり、刀を高く振り上げる。刀がバリバリと雷を放っていた。そして――

 

「さようなら。」

 

そう言って、勢いよく刀を振り下ろした。

 

 

 

私は思わず目を背けた。

 

黄泉先生が、死んだ。

この場にいる誰もがそう考えた。

 

だが――

 

私はゆっくりと目を開ける。

刀は、完全には振り下ろされていなかった。

 

止まっていた。

黄泉先生の首元、寸前で。

 

「適正者は1人で十分……?」

 

黄泉先生の声が確かに聞こえた。

右手で刃の側面を挟むように持ち、ギリギリで堪えている。

 

「その理論だと……消えるのはお前だ。」

 

力が抜けたことが嘘のように、黄泉先生はしっかりと自分の力でバランスをとっていた。

まさか、さっきのは――

 

「な、なぜ……!? 体は限界だったはずじゃ……!」

 

Keyの瞳が揺れる。

その表情から声音まで、彼女のすべてが理解不能と発信していた。

 

「……この程度の演技でだまされるとはな。」

 

「え、演技……!?」

 

「言っただろう、俺はまだ動けると。」

 

Keyの顔が強張る。

かなり力を入れているはずなのに、それ以上刀は動かなかった。

 

「なぜ、演技を……?」

 

「俺とお前が刀に触れている状況を作るためだ。」

 

Keyが息を呑む。

勝ち誇っていた顔が、一瞬で崩れていった。

 

「……波長を刀を合わせるということは、同じ波長を持つ俺と一体化したも同義。それがお前の命取りだ。」

 

「な、何を――」

 

黄泉先生は大きく息を吸い込み、叫んだ。

 

「起きろ、アリス! ボス攻略の時間だ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

アリスが目を開けるとそこは、真っ白な世界。

辺りを見回しても、真っ白。地面も、空も、とにかく真っ白。

出口を探してみましたが、どこにもありません。どれだけ歩いても、景色は変わりません。

 

足音だけが、白い世界に吸い込まれていきました。

 

「モモイ! ミドリ! ユズ! いますか!?」

 

仲間の名前を呼んでも返事はありません。

 

「ネル先輩! アスナ先輩! アカネ先輩! カリン先輩! 聞こえますか!?」

 

これまでに出会った友達の名前を呼んでも、返事はありません。

 

「黄泉先生……! ハルト先生……!」

 

やはり、返事はありませんでした。

この世界にいるのは――アリスだけだったのです。

 

「どうして、アリスはこんなところに……?」

 

アリスは頑張って記憶を遡ります。覚えているのは――

 

「たしかアリスは、キヴォトスから消えるために……」

 

それを思い出したとき、アリスは胸がぎゅっと締め付けられるような感じを覚えました。

そうです、アリスはキヴォトスを離れるために仲間たちと別れたんです。

 

だから……1人なのも仕方ないんです。

 

その時、アリスは肩に掛けられたものに気づきました。

それは、大切な装備品である『黄泉先生のコート』。アリスはこれがあれば、どんな場所でも安心できます。

 

でも……そのコートがあの頃を思い出させ、苦しくなりました。

アリスはぎゅっとコートを抱きしめて……思わず涙を流してしまいます。

 

「みんなに、会いたい……!」

 

あの時は何も思わなかったはずなのに、寂しくなったのです。

お別れすることがこんなに寂しいことだなんて、アリスは知りませんでした。きっと、モモイたちはもっと悲しかったと思います……。

 

その時です。

 

「どうしたの?」

 

アリスではない、別の声が聞こえました。

女の人の優しい声。アリスは勢いよく振り返ります。

 

ですが、そこには誰もいませんでした。間違いなくそこから聞こえたはずなのに……。

 

気の所為とは思えませんが……寂しすぎて幻聴を聞いてしまったのかもしれません。誰かがいると思った分だけ悲しみが増えてしまいました。

そうして再び前を向いた時――

 

「ばぁ!」

 

「ぴゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

アリスの目の前に顔が現れ、思わず叫び、転んでしまいました。

口元に手を押さえて笑う女の人。初めて見る人ですが、悪い人のようには見えませんでした。

 

「ごめんね、ついいつもの癖で。」

 

「あなっ……あなたは、誰なんですか……!?」

 

「私? 私は……そうだな……。」

 

女の人は少しの間、視線を宙に彷徨わせて――

 

「妖精、みたいなものかな。」

 

そう、言いました。

妖精さんにしては、ずいぶん人間みたいな感じですが……。

 

「疑ってるな〜? まぁ、無理もないけどね。」

 

そう言ってニッと白い歯を見せて笑います。

ただの笑顔なのに、どこか心が落ち着くような感じがしました。

 

すると妖精さんは『パン』と手を叩きました。

 

「さて、簡単に今の状況を説明しよっか。まずここはアリスちゃんの精神世界。この世界に意識があるってことは、気絶してるってことだね。」

 

「そして外では――もう1人のアリスちゃんが黄泉先生たちと戦ってる。」

 

「もう1人……? それって、暴走してるってことですか……!?」

 

「その通り。」

 

暴走……。アリスはその言葉だけでとても不安になります。自分の知らないところで誰かを傷つけていたりしたら、アリスは――

 

「でもね、アリスちゃん。」

 

妖精さんが優しく声をかけてくれました。

なぜかは分かりませんが、心のモヤモヤが晴れていくような感じがしました。

 

「みんなはアリスちゃんを助けるために動いてる。最初はアリスちゃんを敵として見ていたリオちゃんやトキちゃんでさえも。」

 

「え……。」

 

「シャーレとゲーム開発部だけじゃない。ヴェリタスとC&Cも動いてくれてる。みんながアリスちゃんの帰りを待ってる。」

 

その時、私の胸がドクンと跳ねました。

でもそれは、決していい気分ではありませんでした。

 

「おや……?アリスちゃんは、みんなと一緒にいたくないの?」

 

妖精さんが尋ねます。

みんなといてもいいのなら、ずっと一緒にいたい。見たことのない景色をみんなで見たい。みんなで新しいゲームを作りたい……。

 

でも……!

 

「怖いんです……!」

 

自分の本当の気持ちを言えた、そんな気がしました。

妖精さんは顔1つ変えずに、話を聞いてくれています。言うなら今しかない。私は閉じ込めていた思いを妖精さんにぶつけました。

 

「もし今からアリスがみんなの前に戻れたとしても、いつまた暴走するか分からない……!」

 

声が、震えました。

 

「それで誰かを傷つけたら……今度こそ、アリスは消えなきゃならない……!」

 

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられます。

 

「アリスは……ずっと、みんなと一緒にいたいんです……!」

 

だからこそ――

 

「だから、みんなとは……一緒にいるわけにはいかないんです……!」

 

「そっか……。」

 

妖精さんは私の気持ちを理解してくれたのか、小さく頷きました。

少し間が空いて、妖精さんが口を開きます。

 

「……じゃあさ、もし仮に、暴走することが100%無いってなったら、どうしたい?」

 

「……もしそうなったら、みんなと一緒にいたいです。でも――」

 

そんな可能性は無い。そう言おうとしたところで、妖精さんが言いました。

 

「だったら、もう1人のアリスちゃんと話し合ってみるといいかもね。」

 

「えっ……?」

 

その言葉の意味を、すぐに理解することはできませんでした。

もう少し細かく教えてほしいとお願いしようとした、その時――!

 

『起きろ、アリス!』

 

「ッ!?」

 

『ボス攻略の時間だ!』

 

頭の中に小さく、でもはっきりと聞こえました。

黄泉先生の声……アリスを呼ぶ声が。

 

「……しっかり話し合ってからでもいいんじゃないかな?」

 

その言葉に、再び胸がドクンと跳ねます。

話し合う方法も分からない。でも、なぜかできる気がしました。

 

「……アリスは、生きててもいいんですか……?」

 

「この世界に、死んでいい人なんてどこにもいないよ。」

 

その優しい言葉に思わず泣きそうになりますが、グッと堪えます。

まだ泣くときじゃない。今からアリスは戦場に向かうのですから。

 

「いい顔になったね。振り返ってごらん。」

 

妖精さんの言う通りに振り返ってみると――そこには、大きな扉がありました。空気のように薄っすらと、しかし堂々と立っています。

 

「あれは……」

 

「精神世界の出口だよ。あれをくぐればみんなに会える。けど、もう1人のアリスちゃんが拒むだろうね。」

 

「……どうする? 行く?」

 

妖精さんはドアの前に立って振り返り、アリスに問いました。その声はさっきよりも低くて、でも不思議と勇気が湧いてきて――

 

「――行きます。そして、もう1人のアリスの話をします。」

 

怖くないわけじゃありません。

それでも、アリスは覚悟を決めました。

 

アリスはこれからも、みんなと一緒にいたいから。

その答えに妖精さんは笑って強く頷きました。

 

アリスが出口に近づくと、ドアがゆっくりと開きました。

広がるのは暗闇。その先に見える一点の光。

不思議とそこに、みんながいるような気がしました。

 

アリスは一度振り返り、妖精さんと目を合わせます。

 

「頑張って。アリスちゃんなら必ずできる。」

 

「はい! 妖精さん、行ってきます!」

 

そうしてアリスはドアに飛び込みました。

振り返らず、目の前に見える光に向かって――。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

――アリスを呼んだ、その瞬間。

 

俺の目の前で、目を疑うことが起きた。

 

「ア……!?」

 

突然、奴の両腕が自身の首を絞め始めた。

気でも狂ったのかと考えたが、どうもおかしい。

 

この出来事に奴自身が驚いていた。

 

「これは……『王女』!? なぜ、このようなことをッ……!?」

 

『王女』だと……!?まさか首を絞めているのはアリスか!?

暴走した自分を止めるためとは言え、自ら気絶しようとするとは……!

 

だが、暴走アリスのほうが力が強いのか、少しずつ手が首から離れていく。

ここでアリスが折れたら全てが振り出しに戻ってしまう。

 

――その時だった。

 

「よみっ……せんせぇ……ッ!」

 

「アリス!」

 

その声は、間違いなくアリスのものだった。

 

「アリスの……意識をッ、はやぐ、落として……!!」

 

涙目になってまで懇願するアリスに、とても強い覚悟を見た。

俺はすぐさまアリスに接近し、その首に手刀を叩き込む。

 

どんな攻撃よりも静かな、しかしどんな攻撃よりも重い一撃。

アリスの意識は一瞬で刈り取られ、その場に倒れたのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

気がつくと、私は真っ暗な世界にいた。

 

真っ暗と言っても自分の肌や服の色を認識することはできる。真っ黒な世界と言ったほうが正しいだろうか。

 

「ここは……。」

 

「あなたとアリスの精神の狭間です。」

 

ふと、背後から声がした。

 

振り返るとそこには白い世界が広がっており――

私の『王女』が、立っていた。

 

「『王女』……。」

 

「……アリスは、あなたとお話がしたいです。」

 

真っすぐな瞳で私を見つめ、彼女はそう言った。

 

 

つづく




……難しい!
黄泉先生が崩れる所とか、Keyが刀を振り下ろす所とかを読むと、まだまだ日本語力が低いなと実感します。

それにしても妖精さん…いったい何者なんでしょうかね。

次回もしくは次々回でパヴァーヌ編は完結です。

    次回 第十話 王女と勇者
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。