今回は黄泉先生×アリスのお話です。
昼下がり、俺はいつものように左腰に刀をぶら下げながらパトロールをしていた。今日のパトロール地に選ばれたのはミレニアム。不良生徒による暴動よりもロボットの暴走が多い場所だ。
"選ばれた" というのは、俺がパトロールする場所はルーレットで決めているためだ。サイクルが不良生徒に知られてしまうと俺がいない日を狙って悪さをする可能性がある。故に、ルーレットを使って完全ランダムにしている。
……まぁ、それでも事件を起こす奴は山程いるが。
今日は休日ということもあり、歩道を歩く通行人の数もいつもより多かった。
人が多いということは事件が起きる可能性も高い。通行人に悟られない範囲で感覚を研ぎ澄ませる。
やがてミレニアムの中心にある公園にたどり着いた。大きな滑り台やターザンロープからは子供たちの楽しげな声が聞こえる。
と、その時。見慣れたコートを着ている少女が目に入った。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんが背中に持ってる大きのってなぁに?」
「これですか? これは勇者の武器、『
「ゆうしゃ? ってことは、お姉ちゃんはとっても強いの?」
「そうです!アリスはとっても強いんです!」
どういうわけかアリスが子供たちに囲まれている。見たところ、その注目はアリスの武器に向いていた。
確かに彼女の武器は一般的な武器とは大きくかけ離れている。子供たちが気になるのも無理ないと言える。
「お姉ちゃんの武器、かっこいい! 撃ってるところを見せてよ!」
「私も見たーい!」
おっと……これは止めに入った方がいいか? いや、勇者がこんな公共の場所でエネルギー弾をぶっ放すようなマネをするわけがないか。
「ふふん、もちろん良いですよ!」
「ダメに決まっているだろう。」
勇者ならそこは断れ。そんな意味を込めてアリスの頭に軽くチョップを食らわせた。
するとアリスは勢いよくこちらへ顔を向ける。彼女は俺の顔を見るなり、パッと笑みを浮かべた。
「あっ、黄泉先生!」
「黄泉先生だー!」
「こんにちは!」
アリスと子供たちが全く同じ反応をする。俺は刀を子供たちから隠すように、足と平行に立たせた。
「勇者が警察の世話になろうとするな。」
「えへへ……ごめんなさい。」
「銃はおもちゃじゃない。お前たちもよく覚えておけ。」
「「「 はーい!」」」
好奇心旺盛なのは仕方がない。だが、実際に武器を持つ前に釘を差して置かなければ、取り返しのつかないことになる場合もある。
子供たちはやがて大きく手を振りながら去って行った。彼女たちを見送り、俺とアリスは近くのベンチに腰掛ける。アリスは光の剣をゆっくりと地面に下ろした。
「改めて、黄泉先生こんにちは!」
「こんにちは。」
満面の笑みで俺を見つめるアリス。まるで良いことがあったかのようだ。
「やけに嬉しそうだな。」
「えへへ……。まさか黄泉先生とエンカウントするとは思ってなくて。」
「エンカウント?」
「実はアリス、冒険をしていたんです!」
アリスは胸を張ってそう言った。
「ミレニアムを歩いて、どんなエンカウントをするかを楽しんでいました!」
エンカウント……遭遇……。
つまり、のんびり街を歩き、どんな出会いをするのかを楽しんでいたということか。なんと言うか、勇者の休日らしいな。
「黄泉先生は何をしていたんですか?」
「相も変わらずパトロールだ。」
俺がそう言うと、アリスは何やら嬉しそうに目を輝かせた。
「アリスも一緒に行きたいです!」
「……これは遊びじゃないんだぞ。」
「せ、先生について行くだけです! 邪魔は絶対にさません!」
じっと俺の目を見つめて懇願する。ついてくるだけなら何も問題はないが、先ほど言ったようにこれは遊びじゃない。故に、条件がある。
「……1つ約束しろ。騒ぎを見つけても絶対に手を出さないと。」
アリスはシャーレの部員でもミレニアムの自治組織でもないため、勝手に戦闘を行うことはできない。『勇者参上!』などと言って戦闘に混ざろうものならすぐに拘束される。
「約束します!」
「よし。それじゃあついて来い。」
そう言って俺は立ち上がる。変な動きを見せなければそれでいい。
「パンパカパーン! 黄泉先生がパーティに加わりました!」
「この場合だと、パーティに加えたのは俺じゃないか?」
「た、確かに……! では、パーティリーダーは黄泉先生ですね!」
アリスは光の剣を担ぎ、俺の隣に並ぶ。俺を見上げるその顔は――とにかく嬉しそうだった。
「冒険開始と行こう。」
「はいっ!」
そうして俺はパトロールの続きのために、アリスはまだ見ぬエンカウントを求めて、公園を後にするのだった。
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ミレニアム中心街からマンションや商店街が並ぶ市街地に入った俺とアリス。ここに来たのは初めてなのか、アリスはやたらキョロキョロしていた。
「アリス、初めてここのダンジョンに足を踏み入れました……!」
「ならば、絶対に俺から離れるなよ。」
「は、はい……!」
アリスの返事から少し緊張が見えた。俺の後ろを歩いていた彼女は自然と俺の隣に並ぶ。
「……?」
不意に、右小指に何かが触れる感覚があった。目を向けると、アリスが俺の小指だけをぎゅっと握っていた。
「……なぜ小指なんだ?」
「その……手を握ってもいいのか分からなくて……。」
俺からすれば手を握るくらい造作もないことだが、年頃の彼女たちからすればとても勇気のいる行動なのだろう。思えば、水族館に行った時のホシノもこんな感じだった。
俺は少しだけ手を開く。それは、遠慮はいらないことを伝える合図。
それに気づいたアリスはそっと手のひらを重ね、握った。こちらからも少し握り返すと、アリスは少し俯きながら「えへへ……」と笑った。
それからしばらく歩いた頃、アリスが立ち止まって俺の腕を引いた。何かと思って振り返ると――木陰で休む茶トラの野良猫がいた。猫はじっとこちらを見つめている。
「猫さ〜ん、おいで〜。」
驚かさないように小さな声でアリスが呼びかけるが、猫は全く反応しない。口を尖らせるアリスに代わり、俺が低く、落ち着いた声で一言だけ呼ぶと——
「にゃ〜」
見事な猫なで声で歩み寄ってきて、俺の右足に頬をこすりつけてくる。前にアヤネと猫カフェに行った時も、なぜか猫が俺の周りに集まってきていたな……。
「お前も同じなのか……?」
そう問うたところで意味は無いが、無意識に声として出ていた。その問いかけに猫は動きを止め「にゃあ?」と首を傾げていた。
そして、俺の隣にはとても不満そうに口を尖らせるアリスが。
「ずるいです先生!アリスにも触らせてください!」
「……触るのは止めておけ。どんな病原菌を持っているかも分からん。」
「むぅ……。では、写真はどうですか?」
「それなら問題ない。だが、フラッシュは炊くなよ。」
「はい!」
そうしてアリスはスマホを構える。猫を刺激しないよう、離れた位置から1枚だけシャッターを切った。
「撮れました!」
アリスは撮った写真を見せてくれた。俺の足元でくつろぐ茶トラ猫がしっかりと映っている。
「いい1枚だ。」
俺がそう言うと、猫も別れを察したのか、自ら木陰へと戻って行った。
俺たちは野良猫に別れを告げ、パトロールを再開する。その際もアリスは俺の手をしっかりと握るのだった。
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住宅街を抜け、商店街が見えてきた。セールをやっているのか、たくさんの買い物客と共に、賑やかな声が響いていた。
それから少し歩いたところで、アリスがぴたりと足を止めた。
何事かと思い振り返ると、アリスは歩道の先をじっと見つめている。
その視線の先――路肩に停められた小さなワゴン車。甘い匂いが、微かに風に乗って流れてきた。
「アリスはクレープ屋さんを見つけました!」
俺の手を離すなり、ワゴン車へと駆け寄る。隣に置いてあったメニューが書かれた看板をじっと見つめていた。
まぁ、アリスはただついて来ただけだ。寄り道を止める理由はどこにもない。
「黄泉先生! アリスはいちごのクレープが食べたいです!」
「それは、俺に奢れと言っているのか?」
「はい!……あっ。」
アリスは慌てて口を押さえるが、もう遅い。
とても元気な返事だったな。ここまで一貫していると逆に清々しいまである。
「勇者とあろう者が他人に奢らせるとは……。とんだ笑い話だ。」
「で、でも、黄泉先生はアリスの師匠です!弟子のアリスに奢るのは当然だと思います!」
「初めて聞いたんだが。」
無理やりな設定の押しに、俺は肩を竦める。だが、同じコートを着ている以上、言い逃れはできそうにない。
「まぁいい。すまない、いちごクレープを1つ。」
「いらっしゃいませ!いちごクレープですね!」
そう言って店主は早速クレープを作り始めた。クレジットカードを財布から取り出そうとしていると、店主が声をかけてきた。
「ただいま割引キャンペーンをやっておりまして、クレープを2つ買っていただくと1枚半額になります! いかがなさいますか?」
半額か……。せっかく俺の金で買うんだ、大人しく従っておこう。
「では……バナナチョコレートを頼む。」
「ありがとうございます! しばらくお待ちください!」
それからしばらくして出来立てのクレープが手渡される。決済をした後、俺たちは歩きながらクレープを楽しんだ。
本当は座って食べるべきなのだが、ベンチがない以上仕方あるまい。それにパトロールもまだ終わっていないしな。
さて、俺が頼んだバナナチョコレート。その味はいかがなものか。早速一口……。
ふむ……甘い。
チョコの香りが先に来て、その後にバナナの柔らかな甘さが追いかけてくる。どちらかが主張しすぎることもなく、ふわふわな生地と共に、ただ静かに口の中で溶けていった。
隣を歩くアリスはクレープを頬張りながら、目を輝かせていた。
「甘くてとってもおいしいです!」
「そうか。」
短く返しながら、俺がもう一口[[rb:齧 > かじ]]ろうとした、その時だった。
「黄泉先生!」
視線を落とすと、アリスがこちらをじっと見上げている。……いや、見ているのは俺のクレープか。
「一口ください!」
そんなことだろうと思った。
普通の生徒なら少しは遠慮するものだが、アリスにそんな気持ちは無いらしい。まさに、天真爛漫な性格と言える。
「……バナナと一緒に食べるといい。」
そう言ってクレープを目の前に差し出すと、アリスは大きな口を開けて齧りつく。一口どころか一口半くらい行ってそうだが……何も言うまい。
「こっちもおいしい……!アリス、とってもしあわせです!」
初めてクレープを食べたのかとも思える感想と共に、100点満点の笑顔を見せられては文句も出ない。
その後アリスはいちごクレープを俺に差し出してくれたが、遠慮しておいた。理由は残っているいちごが最後だったからだ。
俺は残りのクレープを口に放り込む。アリスの笑顔を見たせいか、先ほどよりも美味く感じた。
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クレープを食べ終えた俺たちはさらに歩き、河川敷にやって来た。穏やかな水の流れが太陽光を反射し、煌めいている。
「黄泉先生! 魚が跳ねました!」
アリスが俺の手を引いて言った。跳んだ魚は見られなかったが、波紋が広がっているのが見えた。
「どんな魚だ?」
「えっと……!……一瞬すぎて分かりませんでした!」
「そうか、一瞬でも見れたのはラッキーだったな。」
「はい!」
ほんの些細なエンカウントでもこの喜びよう。実際にRPGの世界に行ったら、きっと誰よりも冒険を楽しむタイプだろう。
と、その時だった。
「こんにちは黄泉先生。それにアリスも。」
「こんにちは♪」
前から歩いてきたのは、セミナーのユウカとノアだった。いつもの制服姿ではあるが、普段より落ち着いているように見える。
「ユウカ先輩!それと……えっと……!」
「の〜……?」
「あっ、ノア先輩!」
「ふふっ、正解です♪」
ノアは思い出してくれたことが嬉しかったのか、アリスの頭を撫でた。対するアリスも褒めてもらえて嬉しそうだ。
「それにしても……手を繋いで歩くなんて、2人はとっても仲がいいんですね。」
ノアが微笑んでそう言う。
その隣で、ユウカは小さく息を吐いた。
「はい! 黄泉先生はアリスの師匠ですから!」
「師匠?」
「黄泉先生はアリスにお揃いのコートをくれました!なので、アリスの師匠なんです!」
アリスは俺から手を離すとその場で背を向け、嬉しそうにコートを見せた。やはり俺を師匠だと言った理由はそれだったか。
『勇者の証』として送ったはずのコートだったが、そう解釈していたとは。まぁ、別に構わないが。
「さて……ユウカちゃん。これ以上2人の邪魔をするわけにもいかないので、そろそろいきましょうか。」
「そ、そうね。では失礼します。」
そうして2人はペコリと頭を下げ、通り過ぎ去って行った。しかし……ユウカにしては珍しく喋らなかったな。疲れが溜まっていたのだろうか。
「黄泉先生、もっとエンカウントしに行きましょう!」
アリスが俺の手を引く。
まだ太陽は高い。もう少し付き合ってやってもいいだろう。
「ああ、そうだな。」
アリスに引っ張られながら河川敷を進む。俺は不良生徒の暴動やロボットの暴走にエンカウントしないことを、密かに願った。
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時間はあっという間に流れ、夕暮れ。最初の公園に戻って来た俺たちはベンチに座り、今日の出来事を振り返っていた。
あの後もこれと言った事件は無く、クエストは終了。とても平和な冒険となった。
「黄泉先生のおかげで楽しい1日になりました!」
「……俺も、アリスがいたおかげでパトロールが楽しいと思えた。」
「本当ですか? えへへ……!」
笑顔のアリスは足をぶらぶらと揺らした。
彼女の頬が赤いのは夕日のせいか、それとも……。
「……黄泉先生、1つお願いがあります。」
ふと、アリスは俺に向き合い、俺の目を見て言った。
「またいつか、今日みたいにアリスを冒険に連れて行ってくれませんか?」
少しだけ間が空く。だが、その沈黙は迷いではなかった。
「もちろんだ。次はミレニアムの外に行ってみるか。」
「わぁっ!行きたいです!」
アリスはぐっと身を寄せ、目を輝かせる。
「約束ですよ!」
「ああ、約束だ。」
そうして俺とアリスは小指を絡める。
指先に伝わるぬくもりが、確かな約束としてそこにあった。
「えへへ……約束です!」
「ああ。」
アリスは名残惜しそうに手を離すと、くるりと背を向ける。
「それでは黄泉先生、さようなら!」
夕暮れの中、彼女は軽い足取りで駆け出していく。
次の冒険を胸いっぱいに思い描きながら、その背中は少しずつ遠ざかっていった。
俺はその姿が見えなくなるまで見送り、静かに息を吐く。
果たして次は、どんな冒険になるのだろうか。
完
今回書いていくのは、ゲーム開発部とC&Cの計9人です(もしかするとプラスアルファが入るかもしれませんが)。
エデン条約編のためにも、なるべく早くに書き上げられるよう頑張ります。