今回はモモイと黄泉先生があるイベントに出かけるお話です。
原神のメインストーリーと探索がようやく終わったので投稿再開です。
昼を少し過ぎた頃。シャーレの執務室は相変わらず静かだった。
机の上には書類の山。予算申請、行動報告、形式だけ整えられたどうでもいい文章。ペンを走らせ、判子を押し、次へ回す。
それを淡々と繰り返していると時間の感覚が薄れていく。そんな中、不意にスマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、手を止める。
――モモイ。
珍しいわけではないが、用件も告げずに連絡してくるタイプでもない。軽く息を吐き、メッセージを開いた。
『黄泉先生、来週の土曜日って空いてる?』
要点が省かれた問い。
予定表を頭の中で確認するが、特に思い当たるものはない。
『今のところ、空いている』
そう返信するやいなや既読がつき、即座に新たなメッセージが現れる。
『了解!じゃあその日は他に予定入れないでね!』
……結局、俺を呼んだ理由は書かれていない。何をするかなどの説明もない。
だが、不思議と嫌な予感もしなかった。
『分かった』
短く返すとスマホは静かになった。
俺は机に向き直り、書類へと視線を落とす。だが、先ほどまでと同じようには集中できない。
来週の土曜日。
理由不明、目的不明。だが妙に楽しげな予感だけが残る。
……さて、今回はどんな“イベント”に連れ出されることになるのやら。
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そうして迎えた土曜日。
時刻は午前9時、場所はミレニアムドーム。ここは主に陸上競技やサッカーなどのスポーツ大会、そして自作ロボットによる競技大会の会場として使われる場所だ。
何かのイベントがあるのか、多くの生徒やキヴォトス市民で賑わっていた。よく見ると、ミレニアム以外の校章を付けた生徒の姿もある。
一体ここで何が行われるんだ……? 疑問に思ったその時だった。
「黄泉先生!こっちこっち!」
全方位から聞こえる喧騒を突き破るかのような大声が響いた。
周りの視線が一気に集まる。俺はため息を吐きながら振り返った。
「……少しは声を抑えろ、モモイ。」
「ごめんごめん! 先生と遊べるのが楽しみすぎて!」
その言葉に謝罪の意が全く感じられないのは今に始まったことではないが……。今回は目を瞑ろう。
「それで……これは何のイベントだ?」
「アーケードゲームのお祭だよ! 年に1回、キヴォトス中にあるアーケードゲームがここに集合するの!」
「祭りか。して、アーケードゲームとはなんだ。」
「そこから!?」
ツッコミと共に、モモイはずっこけた。どうやらアーケードゲームとは、コインやICカードなどを投入して遊ぶ業務用のゲーム機のことを言うらしい。
モモイ曰く、ムツキたちが普段遊んでいる家庭用ゲームとは比較にならない躍動感があるらしい。
とは言え、普段からゲームをやらない俺と遊んだところでモモイが楽しめるとは思えない。俺ではなくゲーム開発部のメンバーで行くべきだという旨を伝えたところ――
「実は、みんなとは昨日行ってきたんだ〜。」
モモイは苦笑いをしながら言った。
「どうしても黄泉先生と来たくて……。みんなに内緒でチケットを買ってたの。」
なんだ、既に来ていたのか。……いや、その流れからするとモモイはチケットを計3枚買ったことになる。
この手のチケット代はバカにならない。3枚となると、かなりの値段がしたはずだ。
「……チケット代はいくらだ?」
俺はコートの内ポケットから財布を取り出す。その行動の意味を理解したのか、モモイは俺の腕を掴んだ。
「気にしないで! ミレニアムプライスの件でお小遣いが爆増したから!」
「……いいのか?」
「誘ったのは私だし、私が出すのは当然だよ。気持ちだけ受け取っておくね!」
そう言ってモモイはニコッと笑った。
俺は財布をポケットに戻し、その手でモモイの頭をそっと撫でた。
「……分かった。今日は誘ってくれてありがとう。」
「……! どーいたしまして!」
俺の手が頭に触れたことに一瞬体を跳ねさせたが、やがてとろけたかのような笑顔で頭を出し続けるのだった。
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モモイと話しているとイベント開始時刻になり、列がゆっくりと動き始めた。入口に立っていたスタッフに入場チケットを見せ、反対にスタッフからペットボトルのお茶と共に地図が渡される。
地図に目を通すやいなや、ドームを埋め尽くすほどのアーケードゲームが並んでいることが分かった。年に1回ということもあって主催者も全力なのだろう。
ドームのゲートを通過。その先に広がった景色を見て、思わず息を呑んだ。
横にズラリと並べられたボックスたち。奥行きが見えなくても、最奥まで続いているのが雰囲気で分かった。
そして何よりも驚いたのは――これだけのボックスを実際にここに運んだことだった。
「どお? すごいお祭りでしょ。」
「……正直、ナメていた。」
ズレた感想と思われるかもしれないが、主催者側の本気度を身をもって感じた。
これを設営し、管理し、事故なく動かす。その裏にどれだけの人間がいるのか、考えずにはいられなかった。
「さぁ、どれから遊ぼっか!」
モモイが地図を広げながら尋ねてくる。
シューティング系をはじめ、ダンスに音ゲー、レースゲーもある。ゲームセンターに行ったことがない俺からすれば、何から手をつけるべきなのかも分からなかった。
「……モモイの遊びたいもので構わない。この手の知識は皆無に等しいからな。」
「だったら、このモモイお姉ちゃんにお任せあれ!普段ゲームをしない黄泉先生でも絶対に楽しめるゲームばかりだから!」
そう言ってモモイは地図を見ながら俺の手を引く。
俺は彼女に導かれるがまま、ドーム内を歩くのだった。
モモイに連れてこられたのは、レースゲームが並ぶ区域。レースゲームだけでも数十を超える種類があり、その総数は低く見積もって50席くらいはあった。
「レースゲームがどんなものかを理解するなら、これが一番分かりやすいかな。」
そう言ってモモイが指差したのは、赤いヒゲのキャラが映るレースゲーム画面だった。あいつの存在はスマブロで知ったが、レースゲームにも出演していたのか。
「このゲームはギアとかも無いから簡単だよ。」
むしろ、ギアが存在しているのか……? 俺が驚いたのはそこだった。
アーケードゲームについて『家庭用ゲームでは体験できない』とモモイが言っていたが、どうやらハッタリではないらしい。
早速俺たちは座席に座る。どうやらこのゲーム機器は連動しているようで、モモイと俺、そして俺の左側の席に座った2人の生徒を混ぜてレース前の準備が始まった。
キャラは適当に選ぶ。スピードやらカソクやら書いてあったが、そんなものは知らん。
「すまないが俺はこのようなゲームに初めて挑戦するんだ。簡単なコースでもいいか?」
隣に座る2人の生徒に尋ねる。2人は笑顔で快く快諾してくれた。
少しのロードを挟み、やがてコース画面へと切替わった。よく聞けば実況者(?)がコースを簡単に説明していた。……そんなところまでこだわっているのか。
アクセルに軽く足をかけ、ハンドルを握る。手に伝わったのは微かな振動。エンジンによる揺れを再現しているのだろうか。
すると、笑顔の雲に乗るハゲ頭のキャラが現れ、カウントを始めた。
3……2……1……!
「スタート!」
「なにっ……?」
俺を除く3台の車がスタートの合図と共に勢いよく飛び出した。カウントが0になった瞬間にアクセルをベタ踏みしたはずなのに、ノロノロと進み出す俺。いったい何が違うと言うんだ。
いや、そんなことはどうでもいい。今はとにかく前を走る3人に追いつかなければ。
少し進んだところで謎の回転する箱にぶつかった。箱がガラスのように砕けたと同時に、画面上にルーレットのようなものが映る。
ルーレットの停止で表示されたのは、赤色の甲羅。同時にハンドルの真ん中――クラクション部分に付けられたボタンが点滅していたので、とりあえず押してみた。
すると、俺が操作していたキャラが前方に向かって赤色の甲羅を投げた。その甲羅はサイレンを鳴らしながら、前を走るキャラに衝突する。
「黄泉先生、やったなー!」
「すまん。」
当てられたのは左隣に座る生徒だった。彼女の操作キャラは赤色の甲羅に被弾したことで数秒停止。俺の順位が1つ上がり、3位に。
かと思えば目の前に落ちていた……バナナの皮?で滑り、俺も数秒停止。再び4位に落ちてしまった。
「……なるほど、相手を妨害しながら進むのか。」
何となくだが、ゲームの仕様を理解する。いかにして被弾を回避するかが重要になりそうだ。
……まぁ、俺はそれ以前の問題だが。
結局、俺はそのままズルズルと4位を走り続けてゴールした。モニターに表示された順位とタイムを見て思わず小さく息を吐く。
初挑戦で、周りの3人は経験者。負けるのは仕方ないとは言え、「かんたん」コースで10秒程差が開くのは少し情けないと思った。
対して、モモイは一着。他2人の生徒との壮絶なラストスパートを制した。
2人の生徒と別れ、俺とモモイは次の目的地に向かって歩く。その際に、モモイが尋ねてきた。
「先生、どうだった?」
「……アイテムを利用してレースをする、頭を使うゲームだと思う。だがそれ以上に、テクニックを知らんと話にならないな。」
俺がそう答えると、モモイは分かりやすく肩を落とした。
「そっかぁ……。ごめんね、ロケットスタートとかアイテムのこととか、話してなかったもんね。」
「……モモイが気にすることではない。それよりも、一着おめでとう。」
「ありがとう! でも、あの2人もなかなか強くてさ!」
申し訳なさのことは忘れてしまったかのようにモモイは話し始める。
だが、これでいい。せっかく遊びに来たのだから暗い表情をするのはナシだ。
「次は何をするんだ?」
モモイが再度謝らないように、話題をこの後の話に切り替える。もっとも、彼女はそこまで深く思い詰めない性格ではあるがな。
「次にやるのは、ゾンビシューティングだよ!」
そう言ってモモイは俺の手を掴み、目的の場所へと引っ張った。
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「なかなか面白いゲームだったな。」
「そんなことよりも黄泉先生! なんなのさあのスコア!」
筐体から出るなり、モモイは叫んだ。俺もモモイも無傷でクリアしたというのに、いったい何が不満なのだろうか。
「先生のスコア……全弾コアに命中してないと出ないスコアだよ!? 先生はいつも刀しか持ってないはずなのに……!」
なるほど、つまり銃を持たないはずの俺が出せるスコアじゃないと言いたいのか。刀ばかり持っているが故に、銃の扱いに慣れていないと思っていたらしい。
過去に十二分に教わった銃の使い方がこんなところでも活きるとは。そして、銃と画面は別れているはずなのに、狙った位置にしっかり弾が飛んで行くのはとんでもない技術だと思った。
「銃の仕組みを研究するのは、キヴォトスを守る人間として当たり前じゃないか?」
「仕組みを研究しただけで出せるスコアじゃないと思うんだけど!?」
それからもモモイの興奮(?)は続いた。
俺が銃を扱えることはあんまり言いふらしたくないので、話を少しずつずらした。モモイはずらされていることに気づいていないようだったが。
「それで、次は何のゲームをやるんだ?」
「ぜひ黄泉先生にやってもらいたいゲームがあるんだけど……黄泉先生の尊厳破壊になりかねないから迷ってる。」
「……何をやらせようとしているのかは知らんが、俺はモモイがやりたいゲームに付き合おう。」
「じゃあ行こう! 言質取ったからね!」
「ん……?」
迷うモモイはどこへやら。一瞬のうちに気持ちを切り替え、俺の腕を引いて駆け出した。
果たして尊厳破壊なるものがどのような内容かは知らないが……男に二言は無い。
モモイが導くがままに来たその場所には、眩しく、派手な光を放つ画面があちこちに置かれていた。その手前には、軽快なステップを踏む人の姿が。
「ダンスか。」
「正解!まぁダンスと言っても、あの床をタイミング良く踏むだけなんだけどね。」
「……尊厳破壊と言ったのは、俺がダンスをするイメージが無かったからか?」
「そんなところ。」
あれはモモイなりの気遣いだったと言うわけか。
それに、別に俺は踊れないわけじゃない。単純にやってみようという気が起きないだけだ。
「ステップを踏むだけなら何ら問題ない。過去にもやったことはある。」
敵と間合いを詰めるためにな……。
「じゃあ決まり!まずは私がお手本を見せるね。」
そう言ってモモイは意気揚々と舞台に上がる。曲を素早く選択し、スタートした。
俺が持つダンスに対する知識は決して多くはないが、俺が見ても『上手い』と思えるほどに、彼女のダンスにはキレがあった。かなり細かなステップが求められている譜面だったが、着々と『MARVELOUS』を重ねていく。いつも騒いでいるヤツと同一人物かを疑うほどに、足の動きは美しかった。
「んー、1回だけミスっちゃったなぁ……。」
「?『MISS』は出ていないぞ。」
「そうじゃなくて、全部『MARVELOUS』じゃなかったってこと。」
そう言って指差したリザルト画面には、確かに1つだけ『PERFECT』があった。フルコンボは達成しているにも関わらず落ちこんでしまうのは、上には上がいると言うか、なかなか自分に厳しい世界らしい。
「ところで黄泉先生、やり方は分かった?」
「ああ。譜面に対する足の動かし方は全て把握した。」
「さすがの観察眼だねぇ。」
そうしてついに俺の番に。画面の前に立って軽く足を動かす。いつも通り、問題無しだ。
その時、背後で何やらざわめきが起こっていることに気づいた。振り返るとそこには、野次馬と化した生徒たちの姿が。
「ありゃりゃ、ギャラリーが増えてきたよ。」
まさかとは思うが、揃いも揃って俺がダンスゲームに挑戦するのを見に来たのか? 時間は限られているのだから、他のゲームをしに行ったほうが良いだろうに……。
「……なんか、あんまり緊張してなさそうだね。」
「他人に見られるのはとっくの昔に慣れた。」
そう言って画面に目を向ける。画面には曲名がズラリと並べられており、それがダンスに使う曲を選べと言っていることをすぐに理解できた。しかし――
「……どれも知らん曲ばかりだ。」
基本的に音楽を聞かないために、俺はスタートラインにすら立てていなかった。どうするべきかと思い悩んでいたところ、名案を思いついた。
俺は再び野次馬たちの方へと振り返り、尋ねる。
「お前たち、何かおすすめの曲はないか?」
口々に声が上がったが、中で最も多かったのは――
「『ZERO FRAME』……? 分かった、それでやろう。」
聞いたことがないが、とりあえず曲名は決まった。その曲をモモイに設定してもらっていると――
「黄泉先生! 難易度『EXTREME』でお願いします!」
野次馬の中の1人が言った。それに賛同するかのように周りからもやってほしいと声が上がる。
「EXTREME?なんだそれは。」
俺はモモイに尋ねた。
「用意されている譜面の中で一番難しいやつだね。ましてや『ZERO FRAME』のEXTREMEは、ALL PERFECTが未だに出てないんだよ。」
「まぁ……黄泉先生の運動神経と動体視力ならいけなくもなさそうだけど、ここは無難に――」
「決めた。お望み通り、それでやってやろう。」
「そうそう、黄泉先生の身体能力でぶっちぎって………………マジで?」
モモイにしては珍しく、本気で困惑していた。
「本気だ。あいつらは俺が苦戦している様子を見たいのだろうが、そうはさせん。」
そう言って俺は屈伸・伸脚などの簡単な準備体操をし、長く息を吐いた。モモイは不安そうだったが、やがて観念したかのように設定を始める。
初挑戦にして、誰も完全クリアできていない最高難易度のプレイ。自分でも無謀な挑戦だと思った。
だが、胸の奥が僅かに熱を帯びているのを、俺は否定できなかった。高く聳え立つ壁を乗り越えてやりたいと思った。
「スマホを構えているヤツはすぐにしまえ。1人でも出しているなら俺は踊らんぞ。」
俺がそう言うと、野次馬たちは慌ててスマホをしまい始めた。まったく……どいつもこいつも肖像権を知らんのか? 少し呆れながら俺は正面を向く。
仕組みは理解した。体の調子に問題は無い。
完全クリア者がいない? 他の者の行く手を塞ぐ壁は、俺が排除してみせる。
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はっきり言って、無理だと思った。
ダンスゲーム初挑戦の人が史上最高難易度の曲と譜面をクリアする確率は限りなく0に近い。それも、私たちがミレニアムプライスで1位になるくらいには。
ただ……黄泉先生の場合は身体能力がキヴォトス人を超えちゃってるから、可能性は少しだけあった。
黄泉先生を煽った子も悪気があって言ったわけじゃない。普段見られない黄泉先生の慌てる一面を見たかったんだと思う。それは先生も気づいてた。
だけど、周りの空気は――なんだか変だった。ここにいるほぼ全員が失敗を確信しているせいか、視線が冷たいように感じた。
まるで、ゲームを作っていた私たちを見るかのように。
それでも先生はいつも通りだった。珍しく熱血な感じだけど、変わらず真剣で、本気でクリアを目指してる。
失敗するのは怖くないのかな。黄泉先生のあの自信は、いったいどこから湧いてくるんだろう……。
……お願いだから、笑いものにだけはならないで。先生は私たちを助けてくれた、すごい人なんだから。
やがて、ドームを満たしていたざわめきが嘘みたいに遠のく。スピーカーから流れ出したのは、鋭く、無機質で、どこか焦燥感を煽る電子音だった。
『ZERO FRAME』。
画面いっぱいに広がる抽象的な映像と同時に、床のパネルが淡く光る。
――速い。イントロから、もう速い。
私は一瞬だけ、先生の横顔を見た。
いつもの無表情。でも、視線は完全に画面を捉えている。
そして――最初のノートが容赦なく流れ込んできた。それは、初心者には難しいステップ。の、はずなのに……。
――MARVELOUS。
その次も、その次も。床が光るたび、先生の足は一切の迷いなく踏み抜かれていく。
速くて細かい、EXTREME特有の意地悪みたいな譜面なのに。
「……へ?」
思わず、声が漏れた。周りもざわつき始めているのが分かる。さっきまで「どうせ無理だろう」って空気だったのに、もうそれが崩れかけてる。
「連続MARVELOUS……?」
「え、初見なんだよね?」
私も、みんなも混乱していた。
だって――おかしい。
『ZERO FRAME』はリズムが取りづらい曲だ。音を覚えて、体に染み込ませて、ようやく安定するタイプ。いきなり拍を合わせられるような曲じゃない。
なのに先生の動きは、まるで最初から譜面を知っていたみたいだった。音楽に合わせてるって感じじゃない、もっと別の何か。
その理屈を知りたいけど、先生の邪魔はできなかった。だって――
「先生なら、完クリいけるんじゃ……。」
誰かが呟いた言葉が、空気を変えた。
未だに完全クリア者が1人もいない難易度。クリア不可能と噂されるほどの壁を乗り越える可能性がある人が現れた。
ここまで来たらもう、黄泉先生のダンスとか初見の曲に合わせられてる理屈とかどうでもよくなった。失敗の不安はどこかへ消えてしまった。
私は、私たちはこの目で、完全クリアを達成される瞬間を見たかった。
「黄泉先生、頑張れ!」
1人の生徒が叫んだ。それは、ここにいる全員の思い。
声を出して応援する者、一緒にリズムに乗る者、両手を握って祈る者……。かたちはバラバラだけど、確かに全員が黄泉先生の背中を押していた。
MARVELOUS、MARVELOUS、MARVELOUS――。
黄泉先生のMARVELOUSが止まらない。
ダンスというよりも、ただ単に流れてくるステップを踏んでいるだけ。上半身はほとんど使ってなくてパフォーマンスには欠けるけど――そんなことがどうでもよくなるくらいに胸は高鳴り、熱を帯びてた。
そして、ALL MARVELOUSのまま、曲はまもなくラスサビへ。
「……!」
その時、黄泉先生が眉を少し寄せたのが見えた。
この曲はラスサビが一番の難所で、これまでよりも細かなノートが増える。流れてくるノートを全て記憶したとしても足が間に合わないことが、完全クリア者がいない原因の9割くらいを占めてる。
さすがの黄泉先生も厳しいのかなと、思っていた。
だけど――
先生は変わらず黙々とステップを踏み続けている。足を滑らせて、最小限の上下動だけで。
画面を見る余裕なんてないはずなのに、MARVELOUSは途切れなかった。
誰も声を出せなかった。
応援も祈りも、全部途中で止まった。
ただ、黄泉先生の足元だけを見ていた。
やがて黄泉先生は足を止める。
気がつけば――曲が終わっていた。
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「……終わったか。」
黄泉先生が小さく息を吐いて、そう呟いた。やがて軽快な音楽と共に、リザルト画面が映し出された。
その結果は全て『MARVELOUS』。それは、正真正銘の――
「「「「 完全クリアだぁぁぁぁ!!!! 」」」」
そんな大声がドームに響いた。私もとんでもない歴史の誕生を前に、その場から動けずにいた。
先生は周りに集まる生徒たちとハイタッチをして、私の元へ歩み寄る。そこでようやく我を取り戻した。
「先生、おめでとう!」
「ああ。」
せっかく私たちが盛り上がってるのに、先生は相変わらずの無表情。もっと喜んでくれてもいいのにね。まぁ、それも先生らしいけど。
私は早速、先生がミスをしなかった理屈について尋ねてみた。
「ねぇ先生。先生はダンスゲームに初めて挑戦したんだよね? リズムに乗るのも難しい曲なのに、どうして踊れたの?」
「……俺は一度もリズムに乗っていない。」
「……え?」
黄泉先生の一言に、私は固まった。周りで話を聞いていたと思う生徒たちも同じように固まっていた。
リズムに乗っていないって、どういうこと……?
「ただ、流れてくるバーに合わせて体を動かしていただけだ。ハナから曲は聴いていない。」
結局何を言っているのか分からなくて、そのままの流れでさらに質問をした。
「そ、そのバーの流れはかなり速かったと思うけど……どうしてすぐに対応できたの?」
その質問に黄泉先生は答えに悩む表情を見せた。まさか……と思いつつ、質問を変えてみる。
「じゃ、じゃあさ、黄泉先生から見てバーの速度ってどれくらいに見えてた?」
「具体的な案が思いつかないが……遅いな。」
「あ、そう……。」
それを聞いた私は何となく察してしまった。恐らく先生の動体視力と処理速度は本来のカンスト上限を突破しちゃってるんだ。
流れてくるノートを一瞬で理解して、どのように動かせばいいのかを頭の中で再生して……。
つくづく、チートだなぁ。そんなことを考えていた、その時――
「お話中、失礼します。」
横からイベントのスタッフさんが現れた。軽く挨拶を交わした後、黄泉先生と話を始めた。
「そして、史上初のクリア者として、ぜひ先生の名前を記録させていただきたく――」
「すまないが、辞退させてもらう。」
即答だった。
話を聞いていた私たちは思わず目を見開く。難易度EXTREMEの史上初クリアは自慢できるくらいすごいことなのに……。
「記録に名を残すのは、正しい楽しみ方をした者であるべきだ。……モモイ、行くぞ。」
「えっ、せ、先生!」
先生に呼ばれて、私は慌ててその背中を追いかけた。
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「……何が嫌だったの?」
ドーム内に用意された休憩場でお茶を飲んでいた時、モモイに尋ねられた。恐らく俺が記録に残ることを拒んだ理由が気になったのだろう。
俺はペットボトルのキャップを閉め、モモイに向き合った。
「初の完全クリア者がいないということは、今この瞬間も完全クリアを目指して踊っている者がいる。そんな時に、いきなり現れた初挑戦の奴にクリアされるのは納得がいかないだろう。」
「そんなことないよ! 黄泉先生の強さはみんな知ってるし――」
「だからダメなんだ。」
俺はモモイの話を遮るように言った。
モモイの言いたいことも分かるが、今回の話は『黄泉だから許される』なんて話ではない。
「スポーツであれゲームであれ、何かを競う時は全員が同じラインに立っていなければならない。あそこは俺が邪魔していい世界じゃないんだ。」
「でも……みんなクリアを喜んでた。」
「クリアするのと記録に残るのは別の話だ。」
それでもモモイは不満そうだった。それだけ俺がクリアしたことを喜んでくれたのだと思い、胸のあたりが暖かくなった。
「そんな顔をせずとも、俺がクリアできるゲームは他の者も必ずクリアできる。いつの日か、真にクリアする者が現れるだろう。」
「……でも、私にとっての初クリアは黄泉先生だよ。」
どこか不貞腐れながら言うモモイ。なかなか強情なところがなんとも彼女らしい。
俺は彼女の頭に静かに手を乗せ、さらりと撫でる。
「ありがとう、モモイ。どうかそのことをしっかりと記録しておいてくれ。」
そう言うと、モモイの表情は少し柔らかくなった。
やがてモモイはニコッと笑い――
「うん、任せて!」
いつもの声色で言った。どうやら元気を取り戻してくれたようだ。
「さて、次はどうする?」
「えっ?」
「次のゲームは何をするんだ? ……まさか、面白いと感じたゲームは3つしかなかったのか?」
「そんなわけないじゃん! ほら先生、モモイお姉ちゃんについてきて!」
モモイは俺の手を握り、再び筐体が並ぶ方へと駆け出す。いつも通りの騒がしいモモイに戻ったようだ。
果たして次はどんなゲームを紹介してくれるのだろうか? 胸の高鳴りを覚えながら、彼女の案内に身を預けるのだった。
完
この黄泉先生×生徒の話って生徒視点で書いてたんですよね。久しぶりすぎてすっかり忘れてました、すみません。
魔神任務の感想ですが……コロンビーナを助けてハッピーエンドと思っていた過去の僕を殴りたいです……。
そして、なぜシルエットがなかったのか(影のみだったのか)を理解したような気がします。
次回はミドリ回です。