今回はカリンが黄泉先生に料理を学ぶお話です。
私、角楯カリンには夢がある。
1つはカフェのオーナーになること。いつか自分の店を持ち、静かで落ち着ける――そんな“秘密の休憩所”みたいな場所を作りたいと思っている。
そしてもう1つは……良妻賢母になること。口に出すのは少し恥ずかしいけれど、昔から変わらず持ち続けている将来の目標。
それを叶えるためには必要なスキルが多い。お店を経営するための経済学、お客さんをリラックスさせる食事を提供するための栄養学。良き妻、良き母であるための家事能力。
卒業してから学べばいい、とは思わない。
時間は有限で、将来は待ってくれないのだから。
そして今日。私は栄養学と食材の調理法を学ぶために、ある人物のもとを訪れていた。
「……いろいろおかしいと思うんだが。」
私が深く頭を下げた後、彼……黄泉先生は開口一番にそう言った。それは拒絶というよりも、困惑だった。
「なぜ俺なんだ? キヴォトスには俺以上の適任が山程いるだろう。」
先生の言うことは最もだ。このキヴォトスには料理に精通する生徒も多く存在している。首を縦に振ってくれるかは別として、彼女たちに頼むことも可能だ。
それでも、私は黄泉先生の前に立っている。
「先生、カリンさんはこんなに丁寧に頭を下げてるのよ? 少しくらい応えてあげても……。」
「そーだそーだ!」
アルとムツキが声を上げた。私ために先生を説得しようとしてくれているのだろうか。
背中を押してくれるのはとても嬉しいことだけど、黄泉先生は変わらず渋い顔をしていた。
「第一に、今である理由はなんだ? 卒業してからの方が時間は大いにあるだろう。」
先生の言うことは最もだ。授業の予習復習に加え、C&Cとしての任務もある。そこに新たに栄養学、調理法の勉強を加えるとなると、それはとても忙しくなる。
それでも――
「時間は有限なんだ。取り掛かれるなら1秒でも早いほうがいい。」
夢を途中で諦めるのは嫌だった。
学生のうちに、少しでも夢に近づきたかった。
だけど黄泉先生は、以前として厳しかった。
「……成績が落ちていているなかで、よく言える。」
「ど、どうしてそれを……。」
「前にアカネが俺に相談しに来た。俺の口からも言ってほしいとな。」
私は言葉を失ってしまう。
アカネを責める道理もない。アカネは私を心配して相談したに違いない。それに、成績が落ちているのは事実なのだから。
先生からみたら、馬鹿げた行為に映っているだろう。成績が落ち込んでいるなかで、学校の授業とは全く関係のない勉強を始めようとしているのだから。
それが悔しくて、拳を硬く握った。
「……まぁ、学業の話は抜きにしてだ。
どうしてそこまで俺に頼る? 俺を頼る理由はなんだ?」
こうなったら、もう全部話すしかない。
私の決意をぶつけるしかない。
私は一度深呼吸を挟み、先生の目をまっすぐに見て伝えた。
「……先生は、いつも生徒のことを最優先に考えている。誰かが困っていたら一番に気づいて、当たり前みたいに手を差し伸べる。見返りも求めずに。」
「その姿が……私の思い描く“家庭を支える人”の姿と、重なったんだ。」
「……"家庭を支える"……?」
先生が少しだけ首を傾げる。
「笑われるかもしれないけど……私の夢は、良妻賢母なんだ。」
瞬間、事務室が一気に静まり返った。
黄泉先生は変わらず首を傾げ、アルは目を丸くして、ムツキは分かりやすいくらいに「?」を浮かべている。
「えっと、つまり……カリンさんの家庭を支える人の理想像が、先生と重なったってこと?」
私は返事をすることができず、ただ小さく頷いた。
アルに改めて言葉にされたらものすごく恥ずかしくなった。
黄泉先生が妻で母親って、何考えてるんだろう。先生は先生なのに。
でも、先生と交流を深める度に、そう思うようになってしまった。だからこそ――
「その第一歩を踏み出すなら……私は、先生から学びたい。」
言い切った。私が伝えたいことは全て伝えた。
あとは先生のリアクションを待つのみ……。
「……お前がそう感じたと言うのなら、そうなんだろう。そこをとやかく言うつもりはない。」
長い沈黙の後、先生は静かに口を開いてそう言った。
そして、まっすぐに私の目を見て――
「――本気なんだな?」
そう尋ねた。
その声は、私の覚悟を尋ねていた。当然私は強く首を縦に振る。
「うん。」
「……分かった。その頼み、聞き入れよう。」
「やったね、カリンちゃ――」
「ただし、条件がある。」
ムツキがそう言いかけたとき、先生が声を被せた。
人差し指を立てて、さっきより真剣な目で私を見つめる。
「もし今後の試験で一度でも成績が下がった場合、この話は白紙にする。それが条件だ。」
白紙……。つまり勉強打ち切りってことだろう。
当然と言われれば、当然の条件だ。
「分かりました。」
迷うことなく、即答。
でも、その答えはいつもの砕けた口調ではなく、自然と敬語になっていた。
それが今の自分の覚悟の表れなのだと、言った後に理解した。
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そうして迎えた勉強会初日。私は筆記用具を入れた鞄をぶら下げて、シャーレにやって来た。
やる気は十分。学校の授業の時よりもやる気で溢れている。
いったいどんな授業をしてくれるのだろう。黄泉先生がわざわざ時間を作ってくれたのだからしっかり学ばなければならないという思いと、黄泉先生が授業をしてくれることにワクワクしている自分がいた。
だけど――
「まずは、これを着ろ。」
「え?」
シャーレ居住区の休憩室にあるキッチンスペースで、私は黄泉先生から "何か" を受け取った。
薄い布のようなもの。私は疑問に思いつつも、それを広げた。
「こっ……これは――」
――エプロン……!?
どうして、エプロンを私に……?
「……先生……今から何をするのですか?」
「まずは包丁の使い方を覚えてもらう。」
黄泉先生は棚から包丁を取り出して、まな板の上に置いた。研ぎ澄まされた刃がキラリと光る。
「料理と包丁は切っても切れない関係。それすら扱えんヤツに、火も鍋も任せられん。」
とは言え、いきなりの刃物。
こういうのって、『五大栄養素』から始まるものじゃないの……?
「どうした?」
「その……思っていたのと違っていたので……。てっきり栄養学から始まるのかと。」
黄泉先生は小さく「なるほど」と呟き、頷く。
やがて先生は私の目を見て言った。
「悪いがそんな知識、俺は持ち得ん。それを学びたければ専門の学校に行け。」
「えっ……? で、でも、前に見せてもらった写真では――」
アルに見せてもらった、黄泉先生の手作り料理。画面越しでも分かるくらいに美味しそうで、彩りが良かった。料理の経験がほぼ無い私でも分かるくらいに、とてもバランスの取れた料理だった。
だからこそ、先生に聞くのが正解だと思った。
だけど、それは違った。
「それを必要とするのは栄養士や食品開発の人間だ。俺が料理の技術を身につけたのは、生きていくために過ぎん。」
そう言われて、確かにと思った。
黄泉先生は生きている。生きるにはご飯を食べないといけない。そのためには必然的に料理を学ばなければならない。
そう考えると少しだけ……自分の “勉強” が恥ずかしくなった。
「……だからこそ基本を教える。」
不意に、黄泉先生が言った。
「包丁の使い方、火の通し方……台所に立つ人間が毎日やっている基本を覚えてもらう。」
「基本さえできればあとは幾らでも応用できる。それで叶えたい夢があるなら、何としても身につけろ。」
「……! はいっ!」
すごく、嬉しかった。
私の夢に真剣に向き合ってくれてると分かって、どこかくすぐったくなった。
先生のためにも、絶対に覚えてみせる。
料理の勉強も、学校の勉強も。
いつか誰かが「帰ってきた」と思える場所を作るために――まずは、この包丁から。
エプロンを着た私は改めてまな板の前に立つ。
メイド服の時もそうだけど、見た目が変わるだけで雰囲気も大きく変わった。
「包丁の使い方を教えていく訳だが……手をどうするかは知っているな?」
「えっと……猫の手?」
これはさすがの私でも知っている。指を切らないようにするためのポーズだ。
「そうだ。試しにこいつでやってみろ。」
そうして先生が袋から取り出したのは、ニンジン。
変に柔らかくもなく、硬すぎもしない、ちょうどいい練習台。
まずはヘタを切り落とす。
いざ切ろうとした、その時。
「待て。」
黄泉先生が止めた。
「親指は出すな。油断していると切り落とすぞ。」
包丁に意識が向きすぎて気づかなかった。
あのまま切ったら本当に親指を傷つけていたかもしれない。
「はいっ。」
親指を隠し、再びニンジンを切る――はずだったのだけど。
そんなに硬くないはずなのに、上手く刃が通らない。包丁の刃は間違いなく研がれているのだけれど……。
「まぁ、そういきたい気持ちも分かる。」
先生は私の手元を見たまま、小さく息をついた。
「この手の切り方は頭で覚えるよりも、体で覚えたほうが早い。」
そう言って先生は私の背後に立ち――包丁を持つ私の右手にそっと手を重ねた。
瞬間、ぴくりと肩が揺れる。
無意識に脈が速くなる。包丁への意識が薄れていく。
「もう一度やってみろ。」
気づいたときには先生の手は離れていて、代わりに視線だけが私の手元に落ちている。
「今の動きをなぞれ。力はいらん、刃の流れを思い出せ。」
さっき触れられていた場所が、まだ熱を持っている気がする。 だけど今はそれどころじゃない。先生が教えてくれた通りに、刃先を少し前に出して――押す。
す、と小さな音がして、ニンジンのヘタがきれいに切れた。
「できた。」
ヘタを切り落とされたニンジンの断面が綺麗で、本当に自分が切ったのかと驚いてしまう。
そして先生へと視線を向けた。
「……その感覚を忘れるな。今のが第一歩だ。」
“第一歩”。
その言葉が、今日いちばん大事なご褒美みたいに思えた。
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トン トン トン
シャーッ
ニンジンを刻む小さな音と、ピーラーが皮を剥く音がキッチンに響く。私は変わらず包丁を握っていて、黄泉先生は隣でじゃがいもの皮を剥いていた。
シンクには水が張られたたらいがあって、その中に皮を剥かれた玉ねぎとじゃがいもが沈んでいた。
トン トン……
シャーッ
包丁を動かしながら、考える。
私は今、黄泉先生と同じキッチンに立って、一緒に作業をしている。
ただそれだけのことなのに、不思議と胸の奥が落ち着かない。
トン……
シャーッ
将来、もし自分が誰かの隣に立つ日が来たら。こんなふうに並んで、他愛もない話をしながら料理をするのだろうか。
シャーッ
……なんて。
ちらりと視線を向けた、その瞬間。
「手が止まっているぞ?」
低い声に、はっとする。
「は、はいっ。」
慌ててニンジンへ視線を戻し、包丁を動かす。
まだぎこちないけれど、さっき教わった感覚を思い出しながら、ゆっくりと。
包丁の音がまた台所に戻る。
今はまだ、上手くなんてない。
でも――
この時間を大切にしたいと思った。
いつか隣に立つ誰かのために――今はまだ、先生の隣で。
ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、牛肉を黙々と切り続けてそれぞれのボウルに小さな山ができた頃。黄泉先生が何やら大きな鍋を持ってきて、コンロの上に置いた。
「これは……?」
「鍋だ。」
「いや、そうではなくて……。何か作るんですか?」
「ああ。そろそろ夕飯を作らねばならない。」
夕飯……。
そう言われて時計を見ると、時刻は3時を回っていた。確かにそろそろ夕飯を作り始めないと、間に合わなくなりそう。
……そう言えば、今日の夕飯ってなんだっけ?
そんなことを考えていると――
「カリンが野菜を切ってくれたおかげで、かなり楽だった。」
「……えっ?」
「今日の夕飯はカレーだ。」
そう言って棚からカレールーが入った箱を取り出す。それは、私もよく食べる市販のものだった。
「えっと……私が食材を切っていたのって……。」
「カレーの具材だ。食材を切ったなら、食わないでどうする。」
それを聞いた瞬間、抜け目ないなと思った。
私に包丁の使い方を教えるだけでなく、夕飯の準備も同時進行させるなんて……。
「今日は1人多いからな。早めに取りかかって正解だった。」
「1人……? 誰か来るんですか?」
「何を言っている。俺の目の前にいるだろう。」
私が首を傾げた瞬間、黄泉先生が言った。
先生の目の前って……
「私も……いいんですか?」
「当然だ。ここまでやらせて食わせないほど、俺は鬼じゃない。」
「……ありがとうございます。」
胸の奥が温かい。
今日覚えたのは包丁の使い方だけじゃない。台所に立つ理由も、少しだけ分かった気がした。
誰かと食べるために、料理はあるのかもしれない。
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カレーを煮込んでいる間、黄泉先生にキャベツを細かく切る(千切りと言うらしい)ところを見せてもらったが……まぁ、レベルが違った。
スピードもそうだけど、何よりも迷いのない包丁捌き。私は1回切る度に次の切る場所に刃を乗せてから切っていたけど、黄泉先生は一度切り始めたら止まらない。
丸かったキャベツがあっという間に細切れになってしまった。
素直にカッコいいと思った。
私も黄泉先生のようになりたいと、強く思った。
そして、椅子に座って今日学んだことを書きまとめていると、黄泉先生が言った。
「カリン、悪いがハルトたちを呼んできてくれ。」
「はい。」
私はすぐに立ち上がり、休憩室を後にする。
何気にハルト先生たちと食事をするのは初めてだ。みんなは食事の時間、どんな話をしているんだろう。
廊下の空気は少しひんやりしていて、さっきまでいたキッチンの熱が嘘のようだった。
自動ドアを抜けて隣のシャーレへ。ハルト先生たちを見つけて声をかけ、みんなを連れて戻って来た。
そして、休憩室の扉を開けた瞬間――
ふわり、と。
甘くて、温かくて、どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
「あ……。」
思わず声が漏れる。
カレーの匂いだ。
さっきまで切っていた野菜の香りが溶けて、スパイスの匂いと混ざって、部屋いっぱいに広がっている。
その匂いを吸い込んだ瞬間、きゅ、とお腹が鳴りそうになるのと同時に、喉の奥にじんわりと唾液が滲んだ。
……私、こんなにお腹空いてたんだ。
でも、それだけじゃない気がした。
この匂いの中に、さっきまでの時間が全部溶け込んでいる気がして。
胸の奥が、また少しだけ温かくなった。
「カレーだぁ!」
ムツキがはしゃぎながら部屋に入る。
アルはムツキの様子を見て少し肩をすくめる。
カヨコは流れるようにお皿やコップが仕舞われている棚へ向かう。
ハルカはカレーという言葉にこっそり目を輝かせている。
そしてハルト先生は、いつものように笑顔でみんなの様子を見守っている。
不思議な空間だった。
立ったまま、その様子をぼんやりと眺めてしまう。それこそ、彼女たちが本物の家族のように見えた。
そして、その中に――
「カリンちゃん!こっちこっち!」
確かに、私もいた。
変に思われるかもしれないけど……
夢が叶った後の景色を、少しだけ先に見せてもらった気がした。
みんなが準備している間、私は椅子に座って待っていた。本当は私も手伝おうと思ったけど、黄泉先生が「十分働いてくれたから、座って待っていろ」と言ってくれたので、隣に座るムツキとお喋りながら待っていた。
アルが「ムツキも手伝って」と言ってたけど、ムツキは「『カリンちゃんを1人ぼっちにさせない仕事』をしてるんだよ」と、屁理屈みたいなことを言ってた。
そのちょっとした会話だけで、温かい場所だなと感じた。
やがて運ばれてきたカレーを見て、思わず唾液を飲み込んだ。
白いご飯の上に、とろりとしたルーがゆっくり広がっている。あの不格好だった人参も、ぎこちなかった玉ねぎも……今はちゃんと“料理の一部”になっている。私が切ったはずの食材たちが、こんなにも堂々と皿の上に並んでいる。
それが、少しだけ誇らしかった。
「それじゃあ、いただきます。」
「「「「いただきまーす!」」」」
ハルト先生の声に合わせて、みんなでいただきますをする。そうしてさっそく一口運ぼうとした、その時。
「全員、待て。」
黄泉先生が低い声で言った。
その声にみんなスプーンを止める。大事な話があるのだろうか?
全員がまだ食べていないことを確認して、先生は口を開いた。
「最初の一口は、カリンに渡したい。」
「……え?」
思わず自分を指さしてしまう。
黄泉先生は静かに頷いた。
みんなは先生の言葉に納得したのか、静かにスプーンから手を離した。そして、嬉しそうに私を見てくる。
みんな一斉に視線を向けてきたからちょっと恥ずかしかったけど……私は少しだけカレーを冷まして、口のなかに運んだ。
瞬間、目を見開いた。
「美味しい……!」
口に入れた瞬間、スパイスの香りと一緒に、さっきまでの時間が一気に蘇る。
私が切った厚さの異なるニンジン、玉ねぎ。大きさの異なるじゃがいも。完全に切れていない牛肉。
それが全部、この一皿の中に溶けていた。
ただのカレーのはずなのに、どうしてか胸の奥がじんわり熱くなる。
口に入れたカレーを飲み込む頃には、視界が少しだけぼやけていた。
「……料理は他人の腹を満たすだけでなく、作った本人の心も満たしてくれる。よく覚えておけ。」
「はいっ!」
黄泉先生の言葉に、私は力強く返事をする。
視界がぼやけていたせいか、黄泉先生が笑っているように見えた。
やがてムツキたちもカレーを口に運ぶ。
「美味しい!」
「とってもおいしいです!」
「いい意味でいつもと違う感じがする。」
「黄泉先生とカリンさんがコラボしたら、こんな味になるのね。」
"この味に出会えたのは、カリンさんのおかげだね。"
飲み込むやいなや、自由に感想を伝えてくれる。
嬉しくて、くすぐったくて、俯いた。
そして――
「……俺が作るカレーよりも美味いな。」
黄泉先生が、そう言った。
その言葉が、誰よりも、何よりも心に刺さった。
気がつけば、私は勢いよく席を立った。
そして黄泉先生を見据えて、思いを伝えた。
「私……もっと頑張ります!学校の勉強も頑張ります! だから――これからもよろしくお願いします!」
「――もちろんだ。だが、今は飯に集中しよう。」
そう話す黄泉先生の口は、ほんの僅かに、だけど確かに、上を向いていた。
席に座り直し、私はもう一度カレーを口に運んだ。
さっきよりも少しだけ落ち着いた味が、ゆっくりと胸の奥に染みていく。
今日まで私は、料理は“できるようになった方がいいこと”だと思っていた。夢はもちろん、上手に作れるようになれば色んな役に立てるから――そのくらいの気持ちだった。
でも、今は少しだけ違う。
この場所で、みんなと一緒に食べるために作った料理は、ただ「上手くできた」だけじゃない。
誰かのために作るって、こんなにも胸が温かくなることなんだって、初めて知った。
もしもいつか、私が誰かのためにキッチンに立つ日が来たなら――その時はきっと、今日のこの味を思い出す。
あの人がくれた、優しくて、少しだけ誇らしい、はじめての“心のごはん”の味を。
完
カリンの夢はpixiv百科事典で見つけた情報です。
ウェイトレスとしてバイトしているそうですが、料理の面はどうなのかなーと思って書きました。
前回、カリンでラストとか言いましたが、トキの存在をすっかり忘れていました。アビ・エシェフで突撃される前に気づけてよかったと思うばかりです。
話は変わりますが……
兹白は来たのに、イルーガが来ません。
クレタ社長が来たのに、千夏が来ません。
どういうことでしょうか?