死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。
今回はトキが黄泉先生とお出かけするそうです。

爆速で仕上げました。
誤字脱字があったら教えてください。


まだ名前のない温もり

「……はい?」

 

ある日のミレニアムサイエンススクール、生徒会長室。

いつものようにリオ様のお手伝いをしていた私は、リオ様が仰ったことを理解できていませんでした。

 

「申し訳ありません。もう一度お話していただいてもよろしいでしょうか。」

 

「分かったわ。」

 

そう言ってリオ様はコホンと1つ咳払い。

そして、再び私を見て仰いました。

 

「あなたに休暇を取らせます。」

 

「はい?」

 

やっぱり仰っている意味が分からなくて、同じ返答をしてしまいました。

すると、リオ様の眉間に皺が寄ります。

 

「……トキ、私をからかっているの?」

 

「そのようなつもりは全くありません。」

 

少し不機嫌になられたリオ様。私は即座に否定します。

ですが、そのような対応をしてしまうほどに、話の理解が追いついていませんでした。

 

「なぜ急に休暇など……。」

 

「急にですって? 私は何度も言ったはずよ。『少しは休みなさい』って。」

 

「それはそうですが……本当によろしいのですか?」

 

「あなたの主である私が良いと言っているのよ?」

 

なぜ私がここまで休暇の取得に否定的なのか。その原因は全て、主であるリオ様にありました。

 

「お言葉ですがリオ様。私がいない間、またスーパーのお弁当や冷凍食品などを食べるおつもりですか?」

 

「………。」

 

「やはりそうでしたか。それなら尚更休暇を取るわけにはいきません。」

 

そうです、リオ様の生活習慣がとにかく酷いのです。

脱いだ服はそのままですし、散らかしたら片付けませんし。なにより、冷凍食品や油系のものばかり食べてビタミンはサプリメントで摂取するという暴挙。

 

そんな人を放っておくわけにはいきません。故に、私は休暇を取ることに否定的だったのです。

 

「だけど――」

 

「『だけど』ではありません。全てはリオ様のためです。」

 

リオ様はミレニアムを統べる者。

あなたが倒れられたら、いったいどれだけの人が悲しむと思っているのですか?

 

そうして私が仕事に戻ろうとした、その時でした。

 

「私は……トキの気持ちを考えたら、だめなのかしら。」

 

リオ様の声は弱々しく、普段の威厳は影を潜めていました。その瞳には、普段見せない後悔が揺れています。

 

「あなたをボディガードとして迎えてから、何もしてあげられなかった――それが、私なりの後悔でもあるの。」

 

「だから……お願い。少しでいいから休んでほしいの。」

 

「リオ様……。」

 

リオ様はアリスの件で、大きく変わられました。

ずっと1人になろうとしていた彼女は、誰かを思いやれる人へと変わったのです。

 

不安もありましたが、私は彼女に仕える者として、その思いを無下にすることはできませんでした。

 

「……分かりました。では1日だけ、休暇をいただきます。」

 

「ありがとう、トキ。」

 

リオ様は小さく胸を撫で下ろされます。

そして素早くタブレットを取り出すと、素早く画面を操作し始めました。

 

「……リオ様?」

 

「休暇については黄泉先生に頼んであるから、楽しんできてね。」

 

「えっ?……えっ?」

 

そう言ってリオ様は軽い足取りで生徒会長室を後にします。

私は何が起きたのかを理解できず、その場で立ち尽くすしかありませんでした……。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

その日の夜。学生寮に戻っても『心ここにあらず』な状態でした。

 

いきなりの休暇。

黄泉先生との外出。

リオ様の「楽しんできてね」。

 

……どれも私の生活に存在しない単語ばかりです。

 

すると、その時。

 

ポケットに入れてあったスマホが震えました。

画面を見ると、思わず目を見開いてしまいます。

 

それは、黄泉先生からでした。

 

思わず姿勢を正してから通話……ではなく、チャットを開きました。

 

 

黄泉先生:

リオから連絡を受けた。今日一日、お前の面倒を見ることになった。

 

……面倒?

文字を読み終えたのに、意味が頭に入ってきません。

 

トキ:

お疲れ様です。状況の説明を求めます。

 

どうしてこのような事になったのか。リオ様の言葉からして、黄泉先生は初めから知っていたはずです。

数秒後、すぐに返信が来ました。

 

黄泉先生:

休暇の同行をしてほしい、だそうだ。行き先はまだ決めていない。

希望があれば今のうちに言え。

 

希望。

 

その単語に、指が止まりました。

 

任務なら即答できます。

護衛なら動き方は分かります。

でもこれは、そのどちらでもありません。

 

トキ:

……特に思い当たりません。先生の判断に従います。

 

送信してから気づきます。

これでは、いつもの任務と何も変わらないことに。

 

画面を見つめたまま固まっていると、すぐに新しいメッセージが届いた。

 

黄泉先生:

了解した。

これは任務ではない。命令も護衛もなしだ。

ただの外出だと理解しておけ。

 

……理解不能です。

そう打ちかけて、私は手を止めました。

 

代わりに送ったのは、たった一言。

 

トキ:

……善処します。

 

端末を胸の前で握りしめる。

休暇。外出。先生と。

 

その1日は、どうやら私の知らない一日になりそうでした。

 

 

 

そうして迎えた休暇の日。

私は昨日のうちに用意しておいた服を手に取りました。

 

それは以前、C&Cの先輩方と街へ出たときに買った服。

「任務以外でも着られるものを持っておきなさい」と、半ば強引に試着室へ押し込まれて選ばされたものです。

……正直、着る機会はないと思っていました。

 

袋から取り出したのは、動きやすいけれど少し柔らかい印象の私服。

任務服より軽くて、頼りなくて――でも、どこか落ち着かない。

 

素早く着替えて鏡の前に立ちます。

見慣れない姿の自分が、そこにいました。

 

戦うための服でも、護るための装備でもない。

ただ出かけるための格好をした、等身大の“1年生”。

 

「……問題ありません。」

 

誰にともなく呟いて、髪を整えます。

 

でも。

端末と一緒に、無意識にホルスターの位置を確かめてしまう自分に気づいて、ほんの少しだけ目を伏せました。

 

今日は任務じゃない。

そう言われても、体は簡単には納得してくれないようです。

 

その時、ベッドの上に置いてあったスマホが震えました。画面には、予定表アプリからの通知。

ついに出発の時間が来たようです。

 

現実味が無いと言うか、ふわついていると言うか。どのような顔をして先生に会えばいいのでしょうか。

笑うべきなのか、いつも通りでいるべきなのか。

正解が分からないまま、時間だけが過ぎていきます。

 

しかし、遅刻するわけにはいきません。

私は結論を出せないまま、ドアノブに手をかけました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ミレニアムサイエンススクール前の駅に向かうと、黄泉先生が立っていました。

先生の姿はよく見るスーツとコートではなく、非常にラフな、ジャケット姿でした。

服装が変わるだけで、こんなにも印象が変わるんですね。

 

……そのせいか、少しだけ距離感が分からなくなります。

 

「先生、こんにちは。」

 

「ああ、こんにちは。とりあえずこれを渡しておく。」

 

そう言って黄泉先生は1枚の小さな紙を渡してくれました。

それは、電車に乗るための切符。まさか、前もって黄泉先生が買ってくれていた……?

 

私がすぐにバッグから財布を取り出そうとすると、黄泉先生がその手をそっと抑えました。

 

「返金の必要はない。今日はお前に休んでもらうための日だからな。」

 

その声はとても優しくて、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。

申し訳ない気持ちは消えませんが……今日は休暇。そう自分に言い聞かせて、私は素直に頷きました。

 

改札を抜け、ホームに並んで立ちます。朝の時間帯を過ぎているからか、人はまばらでした。

やがて滑り込んできた車両に乗り込み、私たちは並んで席に座ります。

 

発車の振動が足元から伝わる。

先生は特に話しかけてくることもなく、腕を組んで静かに揺られていました。

私も何を話せばいいのか分からないまま、窓に外に広がる景色へ視線を向けました。

 

……本当に、これで良かったのでしょうか。

休暇をもらえたことは嬉しいはずなのに、胸の奥が少しだけ落ち着かない。

 

(……黄泉先生も嫌だったのでは?)

 

不意に、そんな考えが頭をよぎりました。

私が休暇を取るためとはいえ、提案したのはリオ様。先生のチャットからしても、なかなか強引なものだったように思えます。

リオ様に頼まれたから断れなかっただけで、本当は仕事の方が大切だったのではないか。そんな考えが頭を離れませんでした。

 

それに、私のような任務のことしか頭がない生徒と出かけるなんて楽しいはずが――

 

「行き先だが。」

 

黄泉先生が、私の思考を遮るかのように口を開きました。

 

「植物園に行こうと思う。」

 

「植物園……?」

 

私は思わず聞き返してしまいます。

休暇といえば、もっと楽しそうな所(植物園を楽しくないと言うつもりはありませんが)に行くものかと……。

 

「動物園や水族館と比べて比較的人も少なく、落ち着ける場所だ。トキは騒がしい場所はあまり好まないだろうと思ってな。」

 

私のためを思って……?

確かに先生の言う通り、騒がしい場所は苦手ですが……。

 

……私のため。

そう考えた瞬間、胸が、体が熱くなるのを感じました。

 

「ありがとう、ございます……。」

 

「気にすることはない。……それと、もう少し肩の力を抜くといい。」

 

先生の言葉を受けて、小さく息を吐きます。

張りつめていたものが、少しだけほどけた気がしました。

 

揺れる車内、流れていく景色。

そのどれもが、任務ではない時間の中にあるのだと――私はようやく実感し始めていました。

 

 

 

目的地の駅で電車を降りて、少し歩いた先に、それはありました。

ガラスと金属でできた巨大なドーム。空を映し込む外壁はどこか未来的なのに、不思議と威圧感はありません。むしろ、ゆっくりと呼吸をしているみたいに静かで、穏やかな佇まいでした。

 

ミレニアム総合植物研究所、通称『グリーン・アーク』。

 

研究施設と聞いていたので、もっと無機質な場所を想像していました。けれど目の前にあるそれは――どこか“迎え入れてくれる建物”のように見えたのです。

 

自動ドアが開いた瞬間、ふわりと緑の匂いが流れ出て来ました。 土と葉と水が混ざった、柔らかい匂い。

 

瞬間、胸の奥に張りついていた何かが、すっと軽くなりました。

任務前の緊張とも、警戒とも違う感覚。 ただ静かに、呼吸がしやすい。

 

こんな場所があるなんて、知りませんでした。

 

隣を見ると、黄泉先生はいつもと変わらない顔で入口を見上げています。そして――

 

「行くか。」

 

短いその一言に頷いて、私たちは一歩踏み出しました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

最初に通されたのは、"緑の回廊"と書かれたエリア。

背の高い木々が両側に並び、頭上は葉と葉が重なって自然の天井を作っています。

木漏れ日がやわらかく差し込み、床に淡い光の模様を落としていました。

 

まるで――植物たちが、静かに、でも確かに、自分たちを迎えてくれているような気がしました。

任務のときに感じる緊張も、周囲への警戒も、ここでは不思議と薄れていってしまう。

 

深呼吸をすると、土と葉の匂いが静かに肺の奥へ落ちていきます。

土の匂いを嗅ぐのはいつぶりでしょうか。

どこか懐かしいのに、うまく思い出せない。胸の奥をそっと撫でられるような、不思議な感覚だけが残っています。

 

それでも、確かなことは――

 

「……落ち着きますね。」

 

気づけばそんな言葉がこぼれていました。

自分でも驚くくらいに、力の抜けた声。

 

と、その時。

 

「そうか。」

 

すぐ隣から、低くて穏やかな声が返ってきます。

顔を上げると、黄泉先生は植物ではなく――私の方を見ていました。

 

「いい笑顔だな。」

 

「……え?」

 

何を言われたのか理解するのに、一瞬かかりました。

笑顔? 私が?

 

慌てて自分の頬に触れます。

しかし、そうしたところで確認できるわけもなく。

任務中にそんな表情をすることなんて、今まで一度もなかったはずなのに。

 

先生の見間違いではとも思いましたが、黄泉先生が嘘をつくはずがありません。

 

「……っ。」

 

返す言葉が見つからず、私はつい視線を逸らしてしまいます。

胸の奥が、さっきとは違う意味で落ち着かなくなる。

 

けれど――

どういうわけか、その感覚を手放したいとは思いませんでした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

"緑の回廊"を抜けた先、視界がふわりと明るく開ける。

そこは、色とりどりの花が咲き並ぶ一角。淡く甘い香りが、空気にゆっくりと溶けていました。

 

温室のガラス越しに差し込む光が花弁を透かし、柔らかな色の影を床に落としています。

 

「……きれいですね。」

 

自然とそんな言葉が零れました。

しかし、返事はありませんでした。

 

隣にいたはずの黄泉先生の姿がなくて、少しだけ視線を巡らせます。

 

――いました。

 

歩いてきた道を少し戻ったところ。 背の高い白い花の前で、先生は屈んでいました。

 

無骨な手が、壊れ物に触れるみたいにそっと花弁へ伸びます。

指先がほんの少し触れて、すぐに離れる。

 

傷つけないように、大切なものに触れるみたいに。

 

……そんな仕草、初めて見ました。

任務の時の鋭さも、戦う時の圧もない。そこにいたのは、ただ静かに花を眺めるひとりの大人でした。

 

胸の奥が、きゅっと鳴ります。

理由は分かりません。

でも、なぜか先生から視線を逸らすことができませんでした。

 

その横顔を見ているだけなのに、鼓動が少しだけ速くなります。見つからないように、気づかれないように、もう一度だけ――

そう思ってそっと視線を向けた、その瞬間。

 

ぱちり、と。

先生と目が合いました。

 

「……っ。」

 

心臓が、ドクンと跳ねます。慌てて視線を逸らそうとするのに、体が一瞬動きません。

見られていたことが、ばれてしまったことが、どうしようもなく恥ずかしい。

 

「……す、すみません」

 

何に対しての謝罪かも分からないまま、言葉が口からこぼれました。

その時。

 

「――お前も、そんな顔をするんだな。」

 

低くて、どこか柔らかい声。

恐る恐る顔を上げると、黄泉先生はほんのわずかに口元を緩めていました。

からかうでもなく、驚くでもなく。ただ初めて見るものを見つけたような、穏やかな微笑み。

 

胸の奥が、さっきよりも強くざわつく。

さっきまで落ち着くはずだったこの場所で、どうしてこんなにも呼吸がうまくできないのでしょうか。

 

「すまないが、トキ。もう少し見ていってもいいか。」

 

黄泉先生の、独り言みたいな静かな声。

 

「……はい。」

 

反射みたいに返事をします。

けれど私は、先生の方を見ないまま。

 

視線を向けたら、きっとまた目が合ってしまう。

そう思うだけで、胸の奥が落ち着かなくなる。

 

一歩、足をずらす。

ほんのわずか、距離が空く。

 

広い温室の中では誤差みたいな距離なのに、どうしてか、それだけで少しだけ呼吸がしやすくなりました。

 

(……どうして、距離を取ろうとしているのでしょう。)

 

嫌なわけではありません。

けれど、近くにいると胸の奥が落ち着かなくなる。

その理由なんて分からないまま、私は花を見るふりをして、先生の気配を意識し続けていました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

温室を抜けた先にあった小さな休憩スペース。

ガラス張りの壁の向こうには緑が広がり、室内にも柔らかな光が差し込んでいます。

 

自動販売機で買ったジュースを手に、私はベンチへ腰を下ろしました。

ひんやりとした缶の感触が、ほんの少しだけ現実に引き戻してくれます。

プルタブを開けると、小さな炭酸の音。一口飲むと、甘さと冷たさが喉を通っていきました。

 

「……静かですね。」

 

気づけば、そんな言葉が口からこぼれていました。

 

「ああ。悪くない場所だ。」

 

隣に座る黄泉先生は短くそう答えます。それ以上は何も言わず、ただ同じ景色を眺めている。

その沈黙は、不思議と苦ではありませんでした。

 

ですがその代わり、胸の奥に引っかかる感覚がありました。

 

土の匂いを嗅ぐのは、いつぶりでしょうか。

幼い頃は、あんなに当たり前のように触れていたのに。友達と走り回って泥だらけになったり、シロツメクサの花で冠を作ったりしたのに。

 

手のひらに残る土の感触も、草の匂いも――いつの間にか、思い出すこともなくなっていました。

任務に必要な知識や技術は、いくらでも覚えてきたのに。

 

「……トキ?」

 

名前を呼ばれて、私ははっと顔を上げます。

黄泉先生が少しだけ首を傾げて、私を見つめていました。

 

「いえ……少し、昔のことを思い出していただけです。」

 

それは自分でも驚くほど、穏やかな声でした。

 

続いて、短い沈黙が落ちます。

けれどそれは気まずさではなく、ただ静かに流れる時間のようなものでした。

 

私は手に持った缶を見つめながら、ふと口を開きました。

 

「黄泉先生こそ、花に興味があるとは思いませんでした。」

 

任務や戦闘の印象が強い先生が、あんなに優しく花に触れていた姿が、未だに頭から離れません。

先生は少しだけ視線を上げ、思い出すように目を細められました。

 

「前に、シャーレの庭に花を植えた。その影響か、花に興味を持つようになったんだ。」

 

「花壇を……?」

 

「ああ。あいつらと共に世話をしているうちに、悪くないと思えてきてな。」

 

あいつら……というのは、きっとハルト先生たちのことでしょう。黄泉先生もそういうことをされるのかと、少し驚きました。

 

再び、沈黙。

先生に言いたいことはありましたが……言っていいものも分かりませんでした。

 

と、その時――。

 

「言いたいことがあるなら、遠慮せず言葉にしたほうがいい。」

 

「……っ。」

 

そう言って先生は缶コーヒーを口に運ばれました。

 

どうして、分かったのでしょうか。

そんなに顔に出ていたのでしょうか。

C&Cのエージェントとして活動しているうちに、感情を表に出すことを忘れていたはずなのですが……。

 

そう言われた以上、私は話すしかありませんでした。

 

「……先生も、あんな優しい顔をされるのですね。」

 

言った瞬間、大きく胸が跳ねます。

すると先生は驚いたように目を瞬かせ、それから小さく息を吐かれます。

 

「……そう見えたか。」

 

否定はされませんでした。

しかし、その代わりに向けられた視線はどこか照れくさそうで――でも、柔らかかった。

 

私は慌てて視線をジュースの缶に落とします。

冷たいはずなのに、指先が少し熱い。

さっきまで“落ち着く”だけだった胸の奥が、今は静かに騒がしくなっています。

 

それが不安なのか、嬉しいのか――まだ、私には分かりませんでした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

改札を抜け、駅の外へ出ます。

見慣れたミレニアムの景色が広がっているのに、胸の奥だけがまだどこかふわふわしていました。

 

「ここで大丈夫か。」

 

「はい。」

 

私は先生の方へ向き直ると、背筋を伸ばし――深く頭を下げました。

 

「今日は本当にありがとうございました。」

 

任務でも護衛でもない。

ただ一緒に過ごしただけの時間。

けれどそれは、今まで経験したどんな一日よりも、静かに心に残っていました。

 

顔を上げると、先生はいつもの落ち着いた表情でこちらを見ています。

 

「気にするな。しっかり休めたのなら、それでいい。」

 

じゃあな、と言って背を向け、歩き出そうとする先生。

その背中が、なぜか少しだけ遠く感じて――気づけば、私は声を出していました。

 

「先生!」

 

自分でも驚くくらい大きな声。

先生が足を止め、ゆっくりと振り返ります。

胸の奥がうるさい。

けれど、言わなければいけない気がしました。

 

「その……もし、よろしければ……」

 

喉がうまく動かない。

それでも、逃げたくありませんでした。

 

「また……一緒に、出かけていただけませんか。」

 

言ってしまった後で、遅れて恥ずかしさが押し寄てくる。

私は視線を落としたまま、返事を待ちました。

 

少しの沈黙のあと。

 

「……ああ。」

 

低くて、穏やかな声。

 

「今度はリオからではなく――トキからの連絡を待っている。」

 

刹那、胸の奥がきゅっと温かくなりました。

 

先生が背を向けて歩き出す。

その後ろ姿を見送りながら、私はゆっくりと息を吐きました。

 

リオ様から与えられた、半ば強引な休暇。

最初は戸惑いしかありませんでした。

 

しかし、黄泉先生と過ごした短い時間は不思議なくらい胸の奥に残っていて。

静かな空気も、先生の隣を歩いた感覚も。

どれも任務では得られない、初めて知る時間でした。

 

リオ様は誰かを思いやれる人へと変わられました。

そしてきっと、私も。

 

守ることだけが役目だと思っていたこの心に、

“誰かと過ごす時間を大切にしたい”という気持ちが芽生えている。

 

それが何と呼ばれる感情なのか、まだ分かりません。

けれど――

 

もしまた、先生との休暇をいただけるのなら。

 

次はもう少しだけ、

自分から隣に並んで歩ける気がしました。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

先生との休暇を楽しんだ翌日。

私はC&Cの正装を身に纏い、生徒会長室のドアをノックします。すると、すぐに中から声が返ってきました。

 

「入りなさい。」

 

「失礼します。」

 

いつも通りの声、いつも通りの部屋。

たった一日離れていただけなのに、どこか久しぶりに感じるのが不思議でした。

 

「おはよう、トキ。休暇はどうだったかしら?」

 

「……問題ありませんでした。」

 

「違うでしょ。それは“任務報告”の言い方よ。」

 

「……楽しく、なかったわけではありません。」

 

リオ様はタブレットから視線を上げ、じっとこちらを見つめました。

その視線に、胸の奥がそわりと落ち着かなくなります。

 

「顔つき、少し柔らかくなったわね。」

 

「っ……そのようなことは。」

 

「鏡、見てから言いなさい。」

 

即答できない私を見て、リオ様は小さく笑いました。

 

「いい休暇だったみたいで安心したわ。」

 

「……リオ様のおかげです。」

 

「違うわよ。」

 

静かに、けれどはっきりとした声。

 

「それはあなたが、自分で受け取った時間よ。」

 

リオ様はそう答え、それ以上何も聞きませんでした。

先生と、どこで、何をしたのかも。

ただ、穏やかな目で私を見て――

 

「また必要になったら、休暇を出すわ。」

 

「……はい。」

 

「でも……その時はもう少し、“任務以外の顔”で帰ってきなさい。」

 

その言葉の意味を、私はまだうまく理解できませんでした。

けれど。

 

「……努力します。」

 

そう答えた私の声は、前より少しだけ柔らかくなっていた気がします。

 

 

 

「ところでリオ様……。昨日の食事はいかがなさったのですか?」

 

「……トキ、今日はエリドゥでアビ・エシェフの調整があったわよね?」

 

「リオ様、誤魔化さないでください。」

 

「………れ、冷凍食品を食べました……。」

 

……やはり、私は休暇を取るべきではなかったようです。

 

 




トキって「本当に1年生?」って思えるくらいにしっかりしてますよね。リオもぜひ彼女を見習ってもらいたいところ。

さて、次回からはエデン条約編を書いていきます。内容もすっかり忘れているので、見返して来ます。

そういえば、スターレイルがまもなく4.0を迎えますね。
はたしてどんなストーリーになるのやら……。火花たちはもちろん、愉悦主人公も楽しみです。

では、また次回。
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