夢を見ました。
僕が雅さんとヒフミと同棲してるという夢を……。
内容もあんまり覚えていない、わけのわからない夢でしたが、なんか幸せでした。
真っ暗な世界で、意識がゆっくりと浮かび上がる。
現在の自分は柔らかい何かに寝転んでいて、体の自由は利かない。
しかし、何かが自分を包み込んでいて、とても暖かく、心地よい。
……なにか、音楽が聞こえる。
そのメロディーは、少しずつ、鮮明になってきた。
体が動き始めた。瞼が重たいが、全力で抗う。
……なんだ、この天井は。寮の天井ではない。
ああ、そうか。これは――
合宿所の天井だ。
「おはよう!」
アズサは布団を跳ね除け、勢いよく起き上がる。
視線を動かすと、一足早く目覚めていたハナコがにこりと微笑んでいた。
「おはようございます、アズサちゃん。朝から元気ですね♡」
「うん。1日の始まりだから。」
そしてアズサはベッドを降り、まだ眠り続けている2人の肩を揺らした。
「ヒフミ、コハル、朝だ。起きる時間だ。」
「アズサちゃん……。あと、10分だけ……。」
「もう朝……?」
布団の中でモゾモゾし始める2人。
文句を言いながら起きるのかと思いきや――そのまま布団を被り直してしまった。
しかし、アズサはそれを許さない。2人の布団をぐっと掴むと、勢いよく剥ぎ取った。
「さぁ2人とも、早く起きて歯磨き、シャワー、着替え。順番に遂行していこう。」
「んうう……。」
「起きてるってば……。」
それでも尚起きる気配のない2人。
こうなっては仕方がない。ここからは強硬手段だ。
「……ハナコ、君はコハルを頼む。」
「はい?」
「シャワーを浴びせればイヤでも目を覚ますだろう。私はヒフミを運ぶから、ハナコはコハルを運んでくれ。」
「なるほど、了解しました。みんなで朝シャワーですね♡」
そうしてアズサとハナコはそれぞれヒフミ、コハルを背負う。洗面所に置いてあった4人分の歯ブラシ、タオルを持って、1階にあるシャワールームへ向かった。
「着いた。ヒフミ、立てるか?」
「コハルちゃん、起きてください。」
「立てます……。」
「眠い……。」
ヒフミは少し目が覚めたのか、しっかりと自分の足で立っている。
一方のコハルはまだ寝ぼけているらしく、体が右に左に揺れている。
すると、ハナコがコハルの耳元で囁いた。
「では、私が脱ぎ脱ぎしてあげますね♡」
刹那、コハルの目が勢いよく開かれる。
囁かれた耳を押さえ、青ざめた顔でその場から数歩後退った。
「きっ、気持ち悪いからホントにやめて! 心臓に悪すぎる!」
「おはようございます。気分はいかがですか?」
「史上最悪なんだけど!?」
「よし、これで全員起きたな。それじゃあシャワーを浴びつつ歯磨きも終わらせてしまおう。」
何も『よし』ではないが、アズサは流れるようにタオルと歯ブラシを3人に配る。
そして、揃って脱衣場に入った。のだが……。
「「「「 ………。」」」」
4人は脱衣場に入るなり、思考停止する。
なぜならそこには、上裸で髪を乾かしている黄泉がいたから――。
「起きたか。」
黄泉は静かに振り返り、4人を視界に入れる。刹那――
「「「 失礼しました!!!」」」
バタァン!!
4人は振り返ることなく脱衣所から飛び出した。
「バ、バ、バカじゃないの!? なんで上裸なの!? 変態なの!?」
「……こればかりは仕方がない。ここはシャワールームなんだから。」
顔を真っ赤にして黄泉に責任を押し付けるコハルだが、アズサによって宥められる。
「び、びっくりしましたね……。」
普段から色んなことを想像しているハナコでさえも、本物には敵わなかった。
「あうう……。」
普段そのような話に興味を示さないヒフミの頬も、ほんのりと赤くなっている。
一瞬とは言え、その目で見た。整った体に浮かぶ、上腕、腹部、背中の筋肉を、はっきりと。
それは年頃の少女たちにとっては、劇薬そのものだった。
一方で、アズサは全く別の場所を見ていた。それは――
鏡越しに見えた、黄泉の腹側にある数々の傷。
銃痕、火傷痕など、見るからに痛々しい傷があったのが見えた。
だがその中で、どうやってついたのかが分からない傷もあった。
(右肩から左の脇腹に向かって走っているあの傷はなんだ? いや、それよりも――)
胸にあった、縦に細く伸びる傷。
それに似た傷が、背中にもあった。
(……何かに貫かれた、のか?)
ライフルなどの鋭い弾丸とも考えたが、何かが違う。
と、その時。
「……朝から騒がしいヤツらだ。」
白シャツに黒パンツ姿の黄泉が、静かに姿を表した。
「お、おはようございます……。」
「ああ、おはよう。」
ヒフミが苦笑いをしながら挨拶をするが、何事もなかったかのように応える黄泉。
いつも通りの黄泉と、黄泉の上半身が忘れられない4人という、なかなかカオスな状況ができていた。
すると、今度は黄泉が口を開く。
「いつまでそうしている。シャワーを使いたいんだろう。」
そう言って脱衣所を指し示すが……
「いや……。」
4人はなぜか、否定的な反応を見せた。
「浴びる必要はないかなって……。」
「目も完全に覚めちゃいましたし……。」
「? じゃあ、何をしにここへ来たんだ?」
イマイチ状況が飲み込めていない黄泉がさらに尋ねるが――
「と、とにかくシャワーはいいの! ほら、歯磨きしに行きましょ!」
顔を赤くしたコハルが叫んだと同時に、4人は揃って逃げ出した。その背中はあっという間に見えなくなる。
「……?」
1人残された黄泉は、静かに首を傾げるのだった。
結局、シャワーを浴びずとも目を覚ました4人は部屋に戻り、洗面台で並んで歯を磨いた。
しかし誰も会話をしようとせず、ぼんやりと鏡を見つめている。部屋にはただシャカシャカと歯ブラシが歯をこする音だけが響いていた。
その理由は明白。黄泉の整ったスタイル、浮き上がっている筋肉を忘れることができないのだ。
考えないようにしても、勝手に意識してしまう。
忘れたくても記憶がリピートされるのは、脳がその情報を「重要だ」と判断したためとされるが……あまり良い聞こえではない。
と、その時――
「……いい体つきでしたね。」
「ぶっは!?」
「んくっ!?」
ハナコが突拍子もなくそんなことを言った。
揃ってぼんやりしていたコハルは唾液を吹き出し、ヒフミは飲み込んでしまった。
「お、思い出させないでよ! せっかく頑張って忘れようとしてたのに……!」
「あら、どうして忘れようとしたんですか?」
「そ、それは……。」
ずいっと詰め寄られ、答えられなくなるコハル。昨日の両腕を掴まれたことと、先ほど見た肉体が頭の中で混ざり合う。
そこから先の想像など、口にできるはずもない。
「うう……。」
一方のヒフミも、再び頬が薄く赤に染まる。
モモフレンズのグッズに目がないとは言え、1人の年ごろの女の子。気にならないはずもない。
そしてアズサはと言うと……。
「………。」
変わらず黙って歯を磨き続けている。その動きに無駄はない。
「アズサちゃんはどうでした? 黄泉先生のカ・ラ・ダ♡」
「い、言い方!」
ハナコのねっとりとした言い方に即座にツッコむコハル。対するアズサは特に気にしていないようで、すぐに答えた。
「すごかった。」
「えっ。」
アズサがこの手の話に反応するとは微塵も思っていなかった3人。あまりの衝撃で、揃ってアズサを見た。
だが――
「あの体が、多くの命を救ってきたんだな。」
「あっ……。」
一瞬、完全に動きを止める3人。
「な、なんだ……。」
これにはアズサも不安がる。
やがてコハルが胸に手を当て、小さく息を吐いた。
「びっくりした……。」
「あはは……。」
ヒフミは苦笑いを浮かべ
「てっきりアズサちゃんまで、そういう話に乗ってくるのかと思いました。」
ハナコは肩をすくめた。
「?」
アズサは特に意味が分からないといった様子で三人を見る。
「な、何でもないわよ!」
そう言い切り、鏡を見ながら歯磨きを再開した。ヒフミとハナコも顔を見合わせ、小さく笑う。
どうやらアズサは、いつものアズサのままだった。
わけが分からぬまま、アズサは再び歯ブラシを動かす。
だがその脳裏には、ふと―― “あの日” の光景がよぎっていた。
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ハプニングが起きても、時間は止まることなく進み続ける。
迎えた合宿5日目。
今日は予定通り、模擬試験が行われる。
「あくまで模擬ではありますが、本試験と同じ気持ちで臨みましょう!」
ヒフミが3人を鼓舞する。
アズサたちはそれぞれ力強く返事をした。
すると、黄泉が静かに話し始める。
「不合格かつ最下位だった奴は……分かっているな?」
「えぇ、またやるの!?」
「嫌なら合格すればいい。簡単なことだ。」
「ぐぬぬ……。」
前回……一次試験で不合格かつ最下位を取ってしまったコハル。ナギサの妨害により難易度が跳ね上がっていたとは言え、黄泉の言葉に反論することができず、歯を食いしばった。
そこへ声をかけたのは、アズサだった。
「大丈夫だ。コハルならやれる。」
「……言われなくても!」
負けてばかりは面白くない。
コハルは今一度気合を入れ直すのだった。
"それじゃあ、問題用紙と答案用紙を配るね。"
教壇に立つハルトが冊子を手に取り、順番に配っていく。
あまりに静かな時間。自分の心臓の音がハッキリと聞こえている。
そして――
"始め!"
ハルトの掛け声で、4人は一斉に冊子を開いた。
"それじゃあ、今から答案を返すよ。"
試験終了から2時間ほど経った後。採点を終わらせた黄泉とハルトは、再び教室に4人を集めた。
ドキドキのテスト返却が、今から始まる。
「ゴク……。」
コハルが無意識に喉を鳴らす。
誰も軽口を叩こうとしない。
教室には、張り詰めた空気だけが漂っていた。
かくして、その結果は――
ヒフミ 82点(合格)
ハナコ 64点(合格)
コハル 56点(不合格)
アズサ 54点(不合格)
「む……。」
「最下位じゃない! けど……。」
コハルはあと4点、アズサはあと6点。
両者、惜しくも合格には届かなかった。
最下位を脱出したコハルだが、その心境は喜びよりも合格に届かなかった悔しさが上回った。
なぜなら、黄泉との一対一の勉強で、分からない範囲を払拭したはずだったから。
コハルは静かに席を立ち、黄泉の元へ歩み寄った。
そして――
「……黄泉先生、ごめんなさい。」
深く、頭を下げた。
「なぜ、俺に謝る?」
「だって、あんなに教えてもらったのに……。」
その一言で、黄泉はコハルの心境を察する。
そして、そっと彼女の頭に手を置いた。
「前回の26点から、2倍近い56点になったんだ。寧ろ俺はお前を褒めてやりたいがな。」
コハルは思わず顔を上げる。
目の前の黄泉は、優しい雰囲気を纏っていた。
「だが、不合格は不合格だ。二次試験までの5日間は、できなかった所を重点的に復習しろ。」
「うんっ!」
そう返事をして、コハルは笑って見せた。
次いで、入れ替わるかのようにアズサが黄泉の前に立つ。
「どうか、よろしく頼む。」
深く頭を下げるアズサ。まるで『早く黄泉に勉強を見てもらいたい』と言ってるようだった。
その熱意に、黄泉は少しだけ目を細める。
「やる気に溢れているな。」
「私も合格点に届かなくて悔しい。それに――」
「私もヒフミのように、100点に近い点数を取ってみたいと思ったんだ。」
それは、あまりにも真っ直ぐな理由だった。
試験を受ける者の多くが「合格点を取れればそれでいい」と考えるこの世界で、アズサは向上心を捨てなかった。
「その思考を決して捨てるな。それは時に、大きな原動力になる。」
そう言い、黄泉は静かに立ち上がる。
「隣の教室に行こう。まずは何を間違えたのかを――」
「黄泉先生!」
突然、大きな声が教室に響いた。
黄泉は呼ばれた方を見る。声の主は――コハルだった。
「その……!わがままと思われるかもしれないけど、私の勉強も見てほしい!」
胸の前で手を握り、真っ直ぐに黄泉の目を見る。
黄泉は静かにコハルの方へ向き直った。
「私が点数を伸ばせたのは黄泉先生のおかげ! あと4点で合格だったけど……私も負けてられないの!」
「だから――お願いします!!」
再度、頭を下げるコハル。だがそれは先ほどの謝罪とは違い、前に進むためのものだ。
「ふっ……。」
黄泉は小さく、確かに笑った。
それはコハルを馬鹿にしたからではない。あまりにもコハルが輝いて見えたからだ。
「その気持ちはしっかりと受け取った。ついて来い。」
「ありがとうございます!」
コハルは頭を上げ、アズサを見る。
視線に気づいたアズサは、そっと拳を突きだした。
「一緒に頑張ろう、コハル。」
「うん!」
力強く返事をし、アズサの拳に自身の拳を合わせる。そして、教室を出ていこうとする黄泉の背中を追いかけた。
3人が教室を出ていくと、教室は一転して静かになる。一部始終を見ていたヒフミとハナコは、コハルの変わりように驚くしかなかった。
「あんなに勉強を嫌がっていたコハルちゃんが、自ら先生にお願いするなんて……。」
補習授業部のメンバーが集合した初日は
『やってらんない! 分かんない! つまんない! めんどくさい!』
などと騒いでいたコハル。驚かないのも無理はない。
すると、同じく一部始終を見ていたハルトが口を開いた。
"黄泉先生は厳しそうに見えてとても優しいし、教えるのがすごく上手だからね。 それに――"
「それに?」
"アズサさんの勉強に対する姿勢が、コハルさんに火をつけたんだよ。"
「なるほど……。」
コハルは黄泉の指導のもと、合格点に届くレベルまで点数を伸ばした。それだけでも十分喜べるラインだ。
しかし、彼女は黄泉に謝った。それだけ合格点を超える自信があったということだ。
そこにアズサの「100点に近い点を取りたい」という覚悟が加わり、コハルの心に炎を灯した。
もしかすると、合格点を上回っているヒフミとハナコを超えてくるかもしれない。
そしてその気持ちは、図らずとも2人の心に炎を灯した。
「ヒフミさん、私も負けませんよ。二次試験では100点を取って見せます!」
「では、私も二次試験では100点を取ります!」
("黄泉先生とアズサさん、コハルさんで……とんでもない化学反応が起きている……!")
ハルトの胸は別の意味で熱くなっていた。
なぜなら目に映るその光景が、あまりにも青春すぎたから――。
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教室を移して勉強を始めたアズサとコハル。
試験で間違えた問題を教科書と合わせて確認し、もう一度解いてみる。そして、記憶に定着させるためにネットに掲載されている問題を解く。
「先生、できた!」
コハルが勢いよく手を挙げる。黄泉はコハルの席へ体を向け、解答と照らし合わせる。
「見事。正解だ。」
「やった!」
コハルは小さくガッツポーズする。その笑顔から、自力で問題を解いたことを本気で喜んでいるのが分かった。
喜ぶコハルを横目に、ふと黄泉は時計を見やる。勉強を開始してから既に2時間が経過していた。
「アズサ、コハル。そろそろ休憩にしよう。」
「大丈夫、私はまだやれる。」
「私も。」
「気持ちは分かるが、既に2時間が経った。俺も少し休みたい。」
「え、もうそんなに経ったの?」
そうしてようやく、2人はペンを机の上に置いた。
時間を忘れるほどの集中力。人はここまで変われるのかと、心底驚いた。
それぞれ体を伸ばしたり日光に当たったりをしていた時、コハルが席を立った。
「ちょっと、お手洗いに行ってくる。」
「ああ。」
そうしてコハルは教室を出る。
必然的に教室内には黄泉とアズサだけになった。
少しの沈黙。
その静寂を破るように、アズサが口を開く。
「……黄泉先生。」
「どうした。」
窓の外を眺めていた黄泉はアズサの方へ振り返る。
その声音からして、普通の話でないことはなんとなく察せた。
アズサは一瞬躊躇うような表情を見せた後、真っ直ぐに黄泉を見て尋ねた。
「朝……脱衣所で出会った時、黄泉先生のお腹の辺りを斜めに走る大きな傷と、胸にある小さな傷が見えた。」
「それは……どうやってついた傷なんだ?」
その問いに、黄泉は答えなかった。
ただ黙って目を瞑っている。
「……ごめん。質問を変える。」
答えを渋るほどの理由があることを察したアズサは、すぐに別の質問をした。
「そんな傷を負っても尚、戦い続けるのはどうして? 死ぬことは怖くないの?」
その問いに、黄泉は静かに答えた。
「当然、怖い。だが――」
「キヴォトスの市民や、お前たち生徒が死ぬことの方が余程怖い。」
そう答える黄泉の顔は、どこか笑っているようにも見えた。
そんな裏表のない答えに、アズサは微笑む。
「……先生は、あの時から何も変わっていないんだな。」
まるで過去を懐かしむかのような言い方。
アズサは話を続ける。
「実は私、過去に黄泉先生に助けてもらったことがあるんだ。」
「そうなのか?」
「うん。私は今でも覚えてるよ。」
アズサは小さく拳を握り、再び黄泉に視線を合わせて言った。
「あれは私が9歳の時……今から7年前のことだ。」
「――ッ!?」
黄泉は目を見開いた。
これまでに見たことがないほどに大きく。
「仮に当時の記憶はなくても、それが何を意味するのか……先生ならすぐに分かると思う。」
「アズサ、お前は――」
その時だった。
「ねぇ黄泉先生、今日の夜ご飯ってなに?」
手洗いから戻ってきたコハルが尋ねる。
黄泉は我に返り、落ち着いた雰囲気の声を作って答えた。
「……適当にシチューでも作ろうかと考えている。」
「シチュー! いいね、楽しみにしてる!」
ほんの少しだけ声のトーンが高くなっているが、些細な変化にコハルは気づかない。
黄泉はゆっくりとアズサに視線を向けた。
「……今夜、時間をもらえるか。」
「もちろん。」
黄泉は思考を切り替えようとする。
だが、動揺は簡単には収まらない。
このあと2人の勉強を見るのは、一筋縄ではいかなかった。
その日の夜。
シチューを食べ終えたアズサはさっとシャワーを浴び、すぐに黄泉の部屋に向かった。
ヒフミたちに見つからないように、素早く廊下を移動する。その様子はさながら敵陣に潜入する特殊部隊のようだった。
音を出すことなく黄泉の部屋に突入。前もって言われていた通り、扉に鍵は掛かっていなかった。
顔を上げるとそこには、難しそうな顔をしている黄泉の姿が。よほど集中しているのか、アズサが来たことに気づいていない。
「先生、おまたせ。」
「……ああ、適当に座ってくれ。」
黄泉がアズサの存在に気づくまでラグがあったが、すぐに彼女を招き入れる。
アズサはベッドに腰掛けた。
(果たして、どう切り出せばいいものか。)
黄泉は額に手を当てる。
アズサが口にした『7年前』という言葉。
それが何を表しているのかは既に理解している。彼女の正体が何なのかも、全て。
「……先生、改めて自己紹介させてくれ。」
アズサは姿勢を正し、黄泉の目を見る。
「私は白州アズサ。ここに来るまでは、アリウス分校で活動していた。」
「トリニティの裏切り者は、私だ。」
「そうか。」
黄泉はあっさりとその告白を受け入れた。
彼女の正体の整理は既についている。驚くタイミングは疾うの昔に過ぎ去った。
逆に、アズサは不安そうに尋ねる。
「……捕らえないのか?」
その問いに、黄泉は落ち着いた声で答えた。
「初めから裏切り者を捕らえる気はないし、ナギサに教える気もない。」
「それに、こうして話してくれたのには何か理由があるのだろう?」
「……!」
アズサの告白は、ある種の賭けだった。
数多の死線を掻い潜ってきた黄泉。どんな告白にも動じない精神を持っている――そう考えたアズサは、彼に打ち明けることを決めた。
とは言え、いきなり裏切り者だと明かすほどの勇気は彼女にはなかった。
だからこそ、"あの日" ――『7年前』という、黄泉が決して無反応ではいられない過去を先に口にしたのだ。
その結果、黄泉は大きな動揺を受けたが、話し合いの時間には冷静に話を聞くことができていた。
やがてアズサは静かに口を開いた。
「……私は、アリウスからある任務を任されている。」
「任務……?」
尋ね返す黄泉。
アズサは少し間を空けて続けた。
「ティーパーティーの長――ナギサのヘイローを破壊することだ。」
「ッ……!」
部屋の空気が凍りつく。
黄泉はしばらく何も言わなかった。
椅子の背もたれに寄りかかり、ただ静かに天井を見つめる。
しかし、すぐに視線をアズサへと戻し――
「……全て、話してくれるか。」
それは、これからどう動くべきかを見極めるためでもあり――目の前の少女を安心させるための発言でもあった。
続く
黄泉先生だけとは言え、ずいぶん早くに「こくはく」することになりました。
あと、少しずつ黄泉先生の過去とか出していけたらなーって考えてます。
どうでもいいですが、結局火花を引くのはやめました。
アリアを引いた勢いのまま柚葉を引いたのもありますが、そこまで欲しいと思えなくなった感じです。
ごめ火花〜(?)