死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

アリウス関連の話がとにかく難解すぎる。間違ってたら教えてください。

尺が余ったのでおまけとして最後にアルたちの話を書きました。幕間として別で書いても良かったんですが、そこまで膨らませる話でもなかったので……。


もう一つの取引

アリウス分校……もとい「アリウス」とは、現在のトリニティ領に存在していた分派の1つである。

当時のトリニティは大小様々な分派が存在しており、中でも大きな力を有していたのが「パテル」、「フィリウス」「サンクトゥス」の三分派だ。

 

分派が多ければ、当然争いも増える。現在のトリニティとゲヘナのように、紛争が絶えない世界だった。

そんな中、三分派を中心に、学園の統合……つまり仲直りを目指した協議が進められていた。

 

ほとんどの分派が賛成の意思を示す中――アリウスは最後まで反対の立場を取り続けた。

 

結果、分派たちの統合によって誕生した「トリニティ総合学園」によって激しい弾圧を受け、自治区からも追放。最終的に、キヴォトスから姿を消した。

 

「……知っての通り、アリウスがキヴォトスから追放されたのは今から何十年も前だ。だけど、その恨みは日を追うごとに増大し、爆発する寸前まで来ている。」

 

「私に任せられた任務はその序章に過ぎない。ナギサを殺し、ティーパーティーを潰し、最終的にはエデン条約を無かったことにする……。それが、今回の作戦内容だ。」

 

アズサは全てを包み隠さず告白した。

腕を組み、黙って話を聞いていた黄泉は、小さく息を吐く。そして、静かに尋ねた。

 

「目的は把握した。だが、どうやってトリニティに転入した?」

 

「……美園ミカ。彼女を騙した。」

 

「内容は把握していないが、大方『アリウスはトリニティと仲直りをしたい』と嘘をついたんだろう。彼女は私を怪しむことなく、すぐに転入を認めてくれた。」

 

答えを聞いた黄泉は軽く頭を押さえる。

実際、ミカは頭がいいわけではない。ミカ自身もそれを認めており、難しい話は好まない性格だ。

 

しかし、ミカに非は無い。

 

「……それで、お前はどうするつもりなんだ?」

 

その問いにアズサは目を伏せた。

昼時の黄泉とは違い、回答を拒否しているわけではない。そもそも今のアズサに黙秘権は無い。

対する黄泉も回答を急かさない。彼女が問いに答えることは、初めから分かっていた。

 

少しして、アズサは静かに目を開ける。

向かいに座る黄泉の目を真っ直ぐに見て、答えた。

 

「私は――ナギサを守る。」

 

その瞳に、声に、迷いはなかった。

 

「ナギサはトリニティに……いや、キヴォトスに必要な人間だ。彼女がいなければエデン条約は取り消しになり、キヴォトスの混乱はさらに深まるだろう。」

 

「そうなれば、アリウスのような学園が増えるのは目に見えている。」

 

「……それで、いいんだな。」

 

その問いは野暮というものだと黄泉も理解していた。だが、問わずにはいれられなかった。

アリウスは裏切りを何よりも嫌う。ましてや黄泉は、アリウスを裏切ることで己に何を齎すのかを、誰よりも知っている。

 

だが、アズサは揺らがなかった。

 

「私は後悔して生きるより、正しいと思った道を歩んで死にたい。それに――」

 

「あの時の黄泉先生も、そうだったんじゃないか?」

 

黄泉は小さく息を呑む。

故に、彼女の覚悟を止めることはできなかった。

 

「……ああ。」

 

短く、簡潔に答える。

だが同時に、黄泉は胸の奥に薄い靄がかかったような感覚を覚えた。そして、被せるように言葉を続ける。

 

「だが――死にたいと思うことは一度もなかった。」

 

「ふふ……。やっぱり、私と同じだ。」

 

黄泉の気持ちを察したアズサは、小さく微笑んだ。

 

 

 

「最後に、もう2つだけ聞かせてくれ。」

 

秘密の会談も終わりが近づいてきた頃。

黄泉は組んでいた腕を解き、少し体を前方に傾けて尋ねた。

 

「この話をハルトに共有してもいいか?」

 

「ハルト先生が他の人に話さないと約束してくれるのなら、構わない。」

 

あくまでもアズサと黄泉の間の話。本来なら、黄泉以外には話したくなかった。

それはハルトを「信用していない」わけではなく、「彼のことを完全に把握できていない」ことが原因だ。

 

「分かった。では次だ。」

 

「このタイミングで俺に話した理由はなんだ?」

 

アズサは少し目を開く。

少し間が空いて、肩の力を抜いて答えた。

 

「黄泉先生が私と同じ考えを持っていたから……かな。」

 

首筋に手を当て、わずかに視線を逸らした。

 

「荒れ果てたプールの様子を見て私が言ったこと、覚えてる?」

 

全ては虚しい(Vanitas Vanitatum)、だろう。」

 

黄泉の回答に、アズサは小さく頷く。

 

「ああ言ったのは……黄泉先生を試すためなんだ。気づかれるわけにもいかなかったから、わざと訳して言うしかなかったんだけど――」

 

そこでアズサは間を空ける。その間に、黄泉が言った言葉を思い出していた。

やがて、微笑みながら話を続ける。

 

「……まさか、私の考えていることと同じ事を言うとは思わなかった。」

 

 

『その言葉は、最善を尽くさない理由にならない。』

 

 

あの時、黄泉はそう言った。

虚無感と憎しみを正当化し、幸福を望んで夢を見る事や希望を抱く事を悪とする考えを、正面から斬った。

 

周りに気づかれぬよう、その思想を胸の奥底にしまっていたアズサ。そっと手を差し伸べられたかのような、そんな感覚が胸に響いた。

 

そしてその選択が、今に繋がっている。

 

(あの時はどちらの人間か分からなかったが――結果的に、良い方向に進めたようだ。)

 

黄泉は小さく息を吐く。

7年前……つまり黄泉がアリウスにいた頃の年を言われた時は嫌な予感が頭をよぎったが――こうして話を聞いた今では、ただの取り越し苦労だったと分かる。

 

「隠さず話してくれたこと、感謝する。」

 

「こちらこそ、話を聞いてくれてありがとう。」

 

そう言って互いに頭を下げる。『おやすみ』を言い合い、アズサは静かに立ち上がった。

ドアに向かうその足取りは、不思議とここ最近で一番軽く感じられた。

 

彼女がドアノブに手をかけた、その時。

 

「アズサ。」

 

不意に、黄泉が名を呼ぶ。

振り返ると、黄泉は真剣な目をアズサに向けていた。

 

「今はまだいい。だが、その時が来たら――」

 

「自分の口で、あいつらに話せ。」

 

その言葉に、アズサは胸がじんと熱くなるのを感じた。

 

その理由はハッキリとは分からない。ただ、しっかりと自分を見てくれている気がした。

 

アズサは笑って答える。

 

「――うん。ありがとう、先生。」

 

その笑顔は、これまで見せたどの表情よりも穏やかだった。

 

カチャン……と静かにドアが閉じられる。

黄泉は胸ポケットからスマホを取り出し、モモトークを開く。ずらりと並ぶ生徒たちのアカウントから、ハルトの名前を見つける。

そして、短く連絡を送った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

連絡を送って数分も経たず、ハルトは黄泉の部屋を訪れた。

逸る気持ちを抑えてドアをノックする。だが、2回のノックの音の隙間は無いに等しかった。

 

「入れ。」

 

部屋の中から一言返される。ハルトは深呼吸をして部屋に入る。

その面持ちは、どこか重く見えた。

 

黄泉はハルトを見て適当に座るよう促したが、ハルトはその場から動かない。

ただ黄泉の目を真っ直ぐに見つめている。

 

黄泉はその目を見返した後、ハルトが求めていないであろう言葉を伝える。

 

「……嘘でも捏造でもない。先ほど連絡した通り、アズサが自ら打ち明けたんだ。」

 

その言葉に、ハルトは拳を強く握った。黄泉は黙ってそれを見つめる。

 

裏切り者がいることは、当然ハルトも分かっていた。だが、いざその正体が分かったと言われると何かの間違いだと言いたくなる。

 

だが、その考えは杞憂に終わる。

 

「安心しろ、アズサに悪意は無い。」

 

黄泉はあっさりと明かした。

隠す必要は全く無いとはいえ、物事には順序がある。そしてやはり、ハルトは『意味が分からない』と言った顔をしていた。

 

"……どういう意味ですか。"

 

ハルトは低く尋ねた。

 

拳は未だ強く握られたままだ。

黄泉はその様子を見て、小さく息を吐く。

 

「そのままの意味だ。」

 

一瞬、言葉を区切る。

 

「アズサは――ナギサを守るためにここにいる。」

 

ハルトの瞳が大きく揺れた。

だが、声は上げない。

代わりに、ゆっくりと息を吐く。

 

"……それも、冗談ではないんですよね?"

 

「言っただろう。嘘でも捏造でもないと。」

 

数秒、沈黙が落ちた。

ハルトは視線を落とし、額に手を当てる。

 

"……なるほど。"

 

そう短く呟き、ハルトは『失礼します』と言ってベッドに腰を下ろした。

 

やがて彼は顔を上げる。

困惑の表情は薄っすらと残っているが、彼自身の意思で黄泉に向き合った。

 

"教えてください。アズサさんが何者なのかを。"

 

ハルトの顔にはやはり不安が見えた。しかし、生徒を疑いの目で見られない彼にしては十分すぎるほどの意気だった。

 

もちろん、黄泉はハルトがそう言わずとも教えるつもりだったが、それを聞く覚悟の有無は雲泥の差。ハルトは自らの意思で答えを求めた。

 

「……ここから先は、他言無用で頼む。」

 

"はい。"

 

黄泉からの忠告にハルトは小さく、しかし強く頷く。

 

そして、黄泉はアズサの告白の内容を話した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

黄泉の話を聞き終えたハルトは、しばらく言葉を失っていた。

やがて、静かに口を開く。

 

"……つまり、アズサさんはトリニティに追放されたアリウスの人間で、本来はナギサさんを暗殺する任務を請け負っている。"

 

"だけど彼女は暗殺する気など無く、逆にナギサさんを守ろうとしている……ということですね。"

 

「概ね合っている。」

 

短い沈黙が落ちる。

ハルトは視線を落とし、ゆっくり息を吐いた。

その時、不意に――

ある言葉が頭をよぎる。

 

『結果、その未来でナギサは――条約の日を迎えることができなかった。』

 

夢の中で出会った、セイアの言葉だった。

 

ハルトは眉をひそめ、尋ねる。

 

"もし、私たちがこのまま何もしなかったら、ナギサさんは……死ぬんですか?"

 

それは、セイアが見たであろう未来を確かめるための問いだった。

トリニティもゲヘナも、補習授業部もナギサも守る。それが、ハルトが補習授業部に参加することを決めた理由だ。

 

だが、言い方が悪かった。

 

「……阿呆が。」

 

刹那、背筋が凍るような感覚に陥った。

どうやら黄泉は、今のハルトの発言が気に食わなかったらしい。

 

「そうならないために、アズサは全てを話してくれたんだ。仲間を……アリウスを裏切ってまでな。」

 

瞬間、部屋の空気が少しだけ重くなる。

アリウスのことを曖昧にしか把握できていないハルトも、それが何を意味するのかは想像できていた。

前述した通り、アリウスは裏切りをとにかく嫌う。仲間を裏切り、捕まった暁には――考えるまでもない。

 

ハルトの頬を冷や汗が流れ落ちる。

アズサはまだ子供だ。そんな、自分より何歳も若い子が、死を目の前にしている。

それに眉1つ動かさないのはアズサの精神が強いのか、はたまた環境がそうさせたのか……。

 

「俺たちにとっての最悪な結末は、生徒が犠牲になることだ。間違っても、生徒が死ぬ未来を想像するな。」

 

黄泉の言葉に、ハルトは力強く頷く。意思疎通のズレがあったとは言え、ナギサが死ぬ未来を想像したことは事実だ。

 

すると、黄泉は小さく息を吐いた。

自然と威圧感が消え去り、その目もどこか柔らかなものに変わっていた。

 

「……ここからは俺が個人的に相談したいことなんだが。」

 

不意に、黄泉が言った。

『相談』という単語に、ハルトは自然と背を伸ばす。

 

「明日、俺はナギサにこの事を話しに行こうと思う。」

 

あまりにも予想外な相談内容に、ハルトは思わず立ち上がる。

 

裏切り者を見つけることに集中しているナギサにそれを話したら、状況は間違いなく悪化する。

ましてやアズサの出身がアリウスとなると、ナギサは簡単に信じてくれるはずもない。

しかし――

 

「落ち着け。」

 

黄泉の声は、いつも通りだった。

 

「俺が話すのは、"裏切り者を見つけた" という事実のみ。アズサの名前は出さない。」

 

"その理由は……?"

 

「裏切り者の目的がナギサに害がないと分かれば、あいつも試験妨害は止めるはずだ。……まぁ、そこは俺の話術にかかっているがな。」

 

そう言って黄泉は小さく笑みを浮かべる。

黄泉が口数が少ないことは周知の事実。『寧ろその方が余計なことも喋らないし、いいかもしれない』とハルトは納得した。

 

と、その時。

 

 

ヴーッ ヴーッ

 

 

テーブルの上に置いてあった黄泉のスマホが震えた。

黄泉はスマホを取り、内容を確認する。

 

「明日の14時……か。悪いが、アズサとコハルの勉強も見てやってくれ。」

 

"了解です。"

 

どうやらナギサとの面会の時間が決まったようだ。

そうして黄泉が再びスマホをテーブルに置いた、その瞬間。

 

 

ヴーッ ヴーッ

 

 

再び、着信。

ナギサから追加の連絡かと思われたが、黄泉は画面を見るなり眉を顰めた。

 

生徒には絶対に見せない、面倒くさそうな表情。

彼がここまで露骨に嫌そうな顔を見せるのは、ハルトにとっても新鮮だった。

 

やがて黄泉はチラリ、とハルトを見る。

 

「……ハルト、悪いがもう1つ頼まれてくれるか?」

 

"……何をですか?"

 

「ミカの話相手だ。」

 

そう言って黄泉はスマホの画面を見せた。

それはモモトークの画面。アカウントの名前は――ミカだった。

 

そして、その内容は――

 

『やっほー黄泉先生!明日会いに行ってもいい?いいよね?ありがと!』

 

あまりにも一方的な連絡。こちらの意見を聞こうとしないその内容に、黄泉先生が眉を顰めるのもなんとなく理解できた。

とは言え、ミカが黄泉に強い好意を抱いているのはハルトも察している。彼に会うつもりで来たのに、彼に会えないとなると……。

 

"ここまで言われてて会わなくてもいいんですか……?"

 

「俺は『来てもいい』と答えた覚えはない。それに、仮に俺が『予定が入っている』と言ったところで、ヤツは聞く耳も持たないだろう。」

 

基本的に生徒には紳士的に接する黄泉が、ここまで言い切るのは珍しい。だが、それだけミカという生徒は自由奔放なのだろう。

 

ハルトは半ば無理矢理納得し、どう対応しようかを考えることにした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

翌日。時計が13時半を指そうとする頃。

林の中から小鳥の声が響き、柔らかな日差しが合宿所の外壁を照らしている。

 

合宿所の門の前にて、ハルトは静かに息を吐く。

昨夜、黄泉から聞かされた話が頭から離れない。

アズサの正体。そして――ナギサを守るためにここにいるという事実。

 

彼女を信じる事は初めから何も変わらない。

それでも、彼の緊張が解れることはなかった。なぜなら――

 

「あっ、ハルト先生!」

 

そう。これからハルトは、黄泉の代わりにミカの相手をしなければならないのだ。

 

"ミカさん、こんにちは。"

 

「どうしてハルト先生がここに? 黄泉先生は?」

 

分かっていたが、いきなり彼の名が飛び出した。

無理もない。一方的ではあるが、彼女は黄泉に会えると思ってここに来たのだから。

とは言え、嘘をついてさらに状況を悪くするのは避けたい。

 

結果、ハルトが選んだのは――

 

"えっと、黄泉先生はナギサさんに用があるみたいで……。"

 

正直に話すことだった。

 

「え……」

 

刹那、ミカの瞳からハイライトが消える。

ついさっきまで太陽みたいに輝いていた瞳が、嘘みたいに静まり返る。

 

そして彼女は、その場でしゃがみ込んだ。

 

「そっか……。黄泉先生は私よりナギちゃんのことが好きなんだね……。」

 

"ミ、ミカさん?"

 

「あの時も、私よりナギちゃんのような静かな人が好きって言ってたもんね……。そうだよね……。」

 

("お、思っていた以上にマズい……!")

 

まさか、ここまで重症だったとは。

ハルトはあれこれ思考するのをやめ、早くも最終奥義を解き放った。

 

"違うよ、ミカさん!"

 

ハルトの言葉に、めそめそしていたミカがほんの少しだけ顔を上げる。

 

"黄泉先生とナギサさんはどうしても外せない用事が最初から入ってたんだ。決してミカさんが嫌いだからとかじゃないよ。それに――"

 

"黄泉先生はこっそり言ってたんだ。お詫びになんでもミカさんの言うことを聞くって……!"

 

「ほ、ほんと?なんでもって……例えば、デ、デートとか……?」

 

"うっ……うん! 何でもだよ!"

 

無論、嘘である。

しかしこうなった以上、これしか方法がない。

 

その判断が功を制し、あっという間にミカの瞳には光が戻った。どうやら完全に元気を取り戻したようだ。

 

「なぁんだ、それを先に言ってくれればいいのに!」

 

("……すみません黄泉先生。でもこれはもう、先生の責任ということでお願いします。")

 

これは決して責任転嫁ではない。『ミカには何を言っても意味がない』と決めつけた黄泉が悪いのだ。

ハルトはそう考えることにした。

 

 

 

 

2人は場所を変え、プールサイドにやってきた。

その様子を見るなり、ミカは目を見開く。

 

「なんかすごく綺麗になってる!」

 

"ここに来た時、みんなで掃除したんだ。"

 

ミカが知るプールは汚れに汚れ、見るも無残な姿のプールだった。水が張ってあるのを見るに、みんなで遊んだりしているのだろう。

 

「へぇ〜。てことは、みんなで水着パーティーとか、したの?」

 

"………。"

 

「ふふっ、想像しちゃった?」

 

"その言い方はやめてっ。"

 

露骨に頬を赤くするハルトをいじる。

ハルトもかれこれ長い期間少女たちと言葉を交えているが、水着は専門外である。

 

"と、ところでミカさんはどうしてここに来たの?"

 

わざとらしく咳払いをし、ミカに尋ねる。

彼女は少し瞼を伏せ、ハルトの顔を伺うように話し始めた。

 

「ハルト先生、ナギちゃんから取引とかされなかった?」

 

"取引?"

 

「例えば――『トリニティの裏切り者を探してほしい』とか。」

 

"それなら、言われたよ。"

 

ハルトは躊躇うことなく答える。

すると、ミカは呆れたように額に手を当てた。

 

「やっぱりかー、ナギちゃんったら……」

 

"でも、それは断った。"

 

「え、そうなの? どうして?」

 

ナギサから伝わっていないのか、ミカは本当に驚いた顔をしていた。

少し疑問に思ったハルトだが、すぐに理由を述べる。

 

"私はどうしても生徒を疑いの目で見ることができなかった。だから、私のやり方でやることを認めてもらったんだ。"

 

「……なるほど、ハルト先生は逃げないんだね。」

 

"困っている人を放っておけない性格なだけだよ。"

 

「いやいや、十分すごいことだよ。連邦生徒会長に選ばれた理由が分かったかも。」

 

そしてミカはニコッと笑う。

黄泉を目標として日々努力しているハルトだが、その頑張りが認められた気がして少し嬉しくなった。

 

やがてミカは小さく息を吐く。

少しだけ、空気が冷たくなった気がした。

 

「じゃあ聞かせて。『裏切り者』は見つかった?」

 

否、空気が冷たくなったのは気の所為ではなかったようだ。

 

ハルトは一瞬言葉を選び、答える。

 

"……ごめん、それはまだなんだ。"

 

ミカはティーパーティーの一員であり、アズサを招いた本人。それならば、全てを話しても問題ないように思えるだろう。

しかし、これは黄泉からの指示である。

 

曰く、ミカは良くも悪くも行動力が凄まじい。

もし自分が騙されていたと知れば、すぐにでもアズサを捕らえに向かう可能性がある――そう考えたからだ。

 

「そっかぁ。向こうもなかなかボロは出さないよねぇ……。」

 

ミカは腕を組み、『うーん』と唸る。

そして何かを思いついたかのように、パッと顔を上げた。

 

「じゃあ先生、私とも取引しようよ。」

 

"取引?"

 

 

 

「私が『裏切り者』の正体を教えてあげるから、先生はその子を守ってほしいの。」

 

 

 

"………………?"

 

あまりの衝撃に、ハルトは声すら出ない。

いや、衝撃を通り越して理解不能に陥っている。

 

「ごめんね、ビックリしたよね?」

 

とてもじゃないが、『ビックリした』どころの話ではない。

 

なぜこのタイミングなのか?

何が狙いなのか?

そして……裏切り者を守ってほしいとは?

 

そんな疑問がハルトの頭を埋め尽くすが、一度深呼吸をし、まずはミカの話を聞くことにした。

 

「……さすがは『先生』。すごく冷静だね。」

 

ミカはくすっと笑う。

そしてハルトの目を真っ直ぐに見て、言った。

 

「ナギちゃんが探してる『トリニティの裏切り者』。それは――」

 

「白洲アズサ、だよ。」

 

 

 

続く

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

おまけ:先生不在のシャーレ

 

 

 

「暇……。」

 

シャーレの事務室。

ソファに寝転びながら、ムツキは天井を見上げていた。

 

ここ最近のシャーレは黄泉もハルトも不在。

いつもより静かな空間に、ムツキは少しだけ頬を膨らませた。

 

そんな彼女を見て、ムツキの席にある紙を指しながら、アルが口を開いた。

 

「そこに途中になってる書類があるでしょ。」

 

「もう飽きた! ここ最近書類作業ばっかりじゃん!」

 

「お手伝いの依頼もたくさん来てたじゃない。」

 

「そうだけど、そうじゃないの! もっとワクワクすることをしたいの!」

 

ムツキの言うワクワクすることは色々、それはもう色々あるが、具体例を挙げるなら"戦闘"だろう。

彼女にとって戦闘は爆弾の威力を試せる絶好の機会。ムツキお手製の新型爆弾を作ったはいいものの、威力を試せていない物がいくつかある。

『訓練場で試せばいい』という声が聞こえてきそうだが、ムツキが使う爆弾は当然ながら対人用。爆発を食らった相手の反応が見れなければ意味がない。

 

念のため言っておくが、彼女に殺人衝動があるわけではない。どこに潜んでいるかも分からない強大な敵からキヴォトスを守るために必要な武装である。

 

「それだけキヴォトスが落ち着いてるってこと。 とてもいい傾向じゃない。」

 

アルは微笑みながら話す。

この銃社会において、暴動が起きないことは何よりも良いことだ。不良の勝手な行動のために誰かが傷つくことも、巻き込まれることもない。

 

願わくば、それがずっと続いてほしいが……

 

「その辺りはエデン条約が関わってるんだろうね。」

 

カヨコがサッと答えた。

彼女が言うように、暴動が毎日のように起こるゲヘナですら、最近は要請がめっきり減っている。恐らく、風紀委員会が常に目を光らせているのだろう。

 

まだ調印式まで時間があるとは言え、反対派はいつか必ず牙を剥く。黄泉もそう考えているとは思うが、自分たちもいつでも動けるようにしなければ。

 

……しかし、ゲヘナの生徒たちを考えると、エデン条約について何も考えていないような気もする。

 

「あーもう、暇だよー。」

 

駄々っ子の如くうにゃうにゃ言いながらゴロゴロするムツキ。静かな事務室の天窓から暖かい光が彼女を包み込む。

 

――いつものシャーレなら、もっと楽しいのに。

 

不意に、そんな言葉が彼女の脳裏を過った。

 

それは、決してアルたちといることが楽しくないという意味ではない。アルをからかったり、カヨコと猫の観察をしたり、ハルカと花を植えたり、楽しいことは幾らでもある。

ただ、いつもなら、もっと賑やかな声が響いているはずなのだ。

 

そしてその原因となっているのが――ハルトと黄泉の存在だった。

 

ハルトはアルのようにからかいがいがあり、反応を見るのも楽しい。

黄泉は寡黙でムツキのちょっかいにも動じないが、なんだかんだ構ってくれる。

 

そんな2人がいない。ただそれだけなのに、胸にポッカリと穴が空いたような感覚があった。

 

「早く帰ってこないかな……。」

 

2人の背中を思い浮かべながら、ソファのクッションをぎゅっと抱きしめた――その時だった。

 

ガチャリ、と扉が開く。開く扉がやけにゆっくりに見えた。

ムツキは反射的に顔を扉へと向ける。そこに立っていたのは――

 

「ただいま〜。」

 

ピンクの長髪、黄の右目と青の左目。背中に担いだショットガンと盾。

アビドス廃校対策委員会兼シャーレ所属の小鳥遊ホシノだった。

 

「なんだ、ホシノちゃんか。」

 

「うへ〜、酷いなぁムツキちゃん。おじさんはヘトヘトなんだから、『おかえり』とか『お疲れ様』とか言ってよ〜。」

 

正体が分かるやいなや、ムツキはぶっきらぼうに言う。全ては謎に期待していたムツキに非があり、ホシノは何も悪くない。

 

「お帰りなさい、ホシノさん。そしてごめんなさい。この子は先生たちに会えなくて寂しがってるのよ。」

 

ムツキの状態をアルが簡潔に説明する。

すると、ホシノはくすっと笑った。

 

「ムツキちゃんにもかわいいところがあるんだねぇ。」

 

「ムツキちゃんはいつでも可愛いでしょ!」

 

両手を天井に突き上げ、大きな声で反論する。

実際にはあり得ないが『ぷんぷん』というオノマトペが文字として浮かんできそうだ。そして、ホシノが言いたいことは間違いなく伝わってない。

 

そんなムツキを他所に、カヨコが口を開く。

 

「その様子だと、今日も何事もなかったみたいだね。」

 

「そうだよ〜。最近のキヴォトスは平和そのものだねぇ。」

 

そう言いながらホシノは銃と盾を机の上に置き、ムツキの隣にドサッと勢いよく座った。その首筋には薄っすらと汗が浮かんでいる。

気温はそこまで高くないにしても、太陽の下を歩き回れば自然と汗もかく。

 

「ホシノ様、冷たいお茶です!」

 

ハルカの元気な声と共にホシノに差し出されたのは、コップ一杯の麦茶。そのコップには水滴が付いており、しっかり冷やされていることが目に見えて分かる。

 

「うへ、おじさんのためにありがとうねぇ。よしよし。」

 

コップを受け取ったホシノは『偉い偉い』と言うかのようにハルカの頭を撫でた。

ハルカはとても嬉しそうだ。

 

麦茶を一口喉に流すと、ホシノは思い出したかのように言った。

 

「みんな、今日の夜ご飯とか考えてる?」

 

「いいえ。」

 

「特に考えてないね。」

 

ホシノの問いに首を振る4人。

その反応を見て、ホシノはポケットからスマホを取り出し、モモトークの画面を開いた。

 

「さっきノノミちゃんから連絡があったんだ。『みんなで柴関ラーメン行かない?』って。」

 

「おお、いいじゃん!」

 

「みんなってことは、シロコさんたちも来るの?」

 

「うん。シロコちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃんも参加するよ。先生はいないけど、久しぶりにシャーレのメンバーで集まろうよ。」

 

ホシノの言葉で事務室はあっという間に楽しい雰囲気に包まれる。

ホシノとシロコには会えても、ノノミ、セリカ、アヤネにはなかなか会えずにいたアルたち。久しぶりに会えるとなると、ボルテージは一気に上昇していった。

 

「なんかすっごいワクワクしてきた!」

 

「ワクワクするのは良いけど、ムツキ。」

 

不意に、アルの静かな声が響いた。

 

「まずその書類を終わらせなさい。それが終わらなかったら行かせないから。」

 

ムツキの動きがピタリと止まる。

ゆっくりと振り向き、机の上を見る。

 

そこには、10cmほどに積まれた書類の束が。

 

「そんなぁ!アルちゃんの鬼!悪魔!」

 

「はいはい、騒ぐ暇があるなら手を動かして。」

 

手を二度叩き、すぐに取り掛かるように迫る。

視界に映る書類の束。瞬きをすると、小さな書類の山が天にも届く塔のように聳え立って見えた。

 

そして――

 

「黄泉先生!ハルト先生! 早く帰ってきてーっ!!」

 

シャーレの事務室に、ムツキの情けない悲鳴が響き渡った。

 

 

先生不在のシャーレ  完

 




アルたちは朝と昼は自炊しつつ、夕飯はサボってる(外食してる)感じです。お金の出処は、覆面水着団が置いていったお金らしい。

スターレイル、ゼンゼロの予告番組は見ましたか?
僕個人としては、次もゼンゼロにお金をぶち込めばいいという考えです(まさかスターレイルの新キャラが子安さんだけとは……)。
待ってろよ、羽ちゃん、シーシィア!
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