死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

74 / 79
開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

なんかもう色々カットしてます。
そのせいでかなり駆け足な内容になってますが、どうかお許しを。


月下の選択

“今日はここまでにしようか。”

 

ヒフミとハナコの勉強を見ていたハルトが言った。

時刻はまもなく21時。当然ながら外は月明かりに照らされており、近くにある林も眠りについていた。

 

明日には第2次特別学力試験を控えている。少し早いように思えるが、今日は早めに就寝するのがベストだろう。

 

机の上を片付けていると、教室の扉が開いた。

 

「もう終わっていたか。」

 

「みんな、お疲れ様。」

 

「お疲れ!」

 

現れてのは黄泉、アズサ、コハル。

彼女たちは別室で黄泉に勉強を教わっていたが、何やらその表情はご機嫌に見える。

 

“なにかいいことでもあったの?”

 

ハルトが尋ねると、コハルとアズサは揃ってピースをして笑った。

 

「さっきまで軽くテストをしてたんだけど、全問正解だったの!」

 

「ああ。明日の試験はどうも落ちる気がしないんだ。」

 

「2人とも、すごいです!」

 

パチパチと拍手をするヒフミ。同様にハルトも笑って拍手をした。

 

「これなら本当に合格してしまうかもしれません!」

 

「でも、油断は禁物ですよ。適度に緊張感を持っていきましょう。」

 

「ハナコの言う通りだな。油断ほど危険な行動はない。」

 

勝利ムードが漂いかけた教室が少しずつ落ち着いていく。ここで油断して雑念を浮かべ、試験本番でド忘れしたなんて、笑い事では済まされない。

 

今回の試験で揃って合格するために、今一度気合を入れ直した。

 

 

 

 

「そう言えば、試験会場って前と同じ所なの?」

 

教室の片付けが終わり、部屋に戻ろうとした時、コハルが尋ねた。

すぐにヒフミがスマホを取り出し、試験の概要を確認し始めた。

 

「トリニティの掲示板は……え?」

 

「ヒフミちゃん?どうしましたか?」

 

ヒフミの顔色が一気に青くなり、ガクンと膝から崩れ落ちた。

 

「ど、どうして!? どうしてこんな……ッ!」

 

叫びにも近いその声は、明らかな異常事態を全員に伝えた。ハナコも慌ててスマホを取り出し、掲示板を確認する。

 

「えっと……『補修授業部の第2次特別学力試験についての変更事項のお知らせ』……?」

 

「『試験範囲を既存の範囲から3倍に拡大』……!?」

 

「『また、合格ラインを60点から90点に引き上げ』……!?」

 

「は……はぁっ!?」

 

ハナコもコハルも状況を飲み込めず、完全に固まってしまっている。

 

「ハナコ、変更事項はそれだけか?」

 

パニック状態の中に落ちた、冷静で真っ直ぐな声。その声はハナコの耳にスッと入っていった。

すぐに彼女は我を取り戻し、再度掲示板に目を通す。

 

「えっと……『試験会場はゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の一階』……。」

 

「それと、時刻が午前3時となっています……。」

 

「ゲヘナ自治区!?しかも午前3時!? そんなの今すぐ出発しなきゃ間に合わないわよ!」

 

またもやコハルの叫び声が響く。

彼女は教室を飛び出そうとしたが、膝をついたまま動かないヒフミが目に入り、すぐに彼女を起こそうと動いた。

 

「考えている暇はありません!早く出発しまーー」

 

「その必要はない。」

 

ハナコの動きを静止したのは、黄泉だった。

大きな焦りもなく、静かに話を続ける。

 

「今回の試験、お前たちは受ける必要はない。」

 

「なんでよ!受けなきゃ強制不合格じゃない!」

 

「こんな試験、時間の無駄だ。」

 

何もかも諦めたかのような言い方だが、コハルたちは黄泉は何も諦めていないと確信した。

こんな時、黄泉は意味のないことを口にしない。彼がそう話すのにはなにか理由がある。

 

やがて黄泉は静かに立ち上がり、教壇の方へ歩き始める。その背を追うように、ハルトが小さく手を伸ばして黄泉を呼んだ。

彼が今から何をするのかを察したからだ。

 

「……ここまで露骨に妨害されたなら、もはや話すしかあるまい。」

 

黄泉はそれだけを言い、静かに教壇に上がる。

その姿は戦場に立つ者ではなく、生徒に向き合う“教師”のそれだった。

 

一方のハルトは黙って手を下ろした。

あの日、ナギサに裏切り者のことを話せなかった時点で、彼女たちに隠し続けることは無理だとハルトも悟っていた。

 

これは自分が選んだ選択だ。

今さら喚いても意味がないと反芻する。

 

「黄泉先生……どういうことですか?」

 

我を取り戻したヒフミが尋ねる。

黄泉は先ずは適当に座るよう5人に言い、それから改めて話し始めた。

 

「……俺たちは、お前たちに多くのことを黙っていた。」

 

「それを全て、今ここで話す。」

 

いつもよりも低く、冷たい声。

それだけで状況がどれだけ深刻と化しているのかを、ヒフミ、ハナコ、コハルは察した。

 

 

 

 

黄泉は深く息を吐き、顔を上げ、話し始めた。

 

「お前たちは落第回避のために勉強していたが……実の所、それは不可能だ。」

 

その言葉に、ヒフミたちは揃って眉を顰める。

意味が分からない、何を言っているのか理解できないと言った様子だ。

 

黄泉はその理由をすぐに説明する。

 

「なぜなら補修授業部は――生徒を退学させるために作られたシステムだからだ。」

 

「た、退学!?」

 

コハルが声を上げる。ハナコとアズサもその事実を飲み込めないと言った様子だ。

いや……アズサは全く別の理由で息を呑んでいる。

 

「どうして……そんなことするのよ……!」

 

今にも泣き出しそうなコハルの顔に、黄泉は目を細める。

 

しかし、言葉を濁そうとはしなかった。

 

「お前たちは現在らナギサが探している『トリニティの裏切り者』の疑いをかけられている。その疑いが晴れない限り、退学は免れない。」

 

その瞬間、アズサの肩が僅かに揺れる。顔は下を向いており、目元は髪に隠れて見えない。

だがそれは、単に現実から目を逸らしているわけではない。これから起こることの覚悟を決めている。

 

少なくとも、黄泉はそう受け取った。

 

「裏切り者って……。なによ、それ……。」

 

「ナギサ曰く、エデン条約の締結を邪魔しようとする者がいるらしい。全ての生徒の中で最も疑わしい人物が、お前たちだった。」

 

「だから、私たちを退学に……。」

 

ハナコの声は冷静で、しかし納得できないという思いが溢れていた。

 

「俺とハルトが呼ばれたのも、その裏切り者を見つけるためだ。」

 

「ナギサ次第ではあるが……次の試験までに裏切り者を見つけられたなら、それ以外の者は許されると考えている。」

 

そう静かに黄泉は話す。

だからと言って、「すぐに裏切り者を見つけろ」と言えるはずもなかった。

 

そこから教室は静寂に包まれた。それぞれが、互いの顔色を見るかのように視線を動かしている。

やがて――耐えきれなくなったように、ヒフミが口を開いた。

 

 

「……黄泉先生。本当に、この中に、『裏切り者』がいるんですか?」

 

 

過去にヒフミはナギサに裏切り者の存在を伝えられていた。そのために心を痛め、黄泉とハルトに涙を見せた。それに対して黄泉は「裏切り者のことは考えるな、俺たちが全員を守る」という旨の言葉を伝えた……。

 

しかし、ここへ来てヒフミは再び裏切り者のことを考えざるを得ない状況になってしまった。

 

当然ながら彼女は「間違いであってほしい」と願っている。補修授業部として集まり、共に作った楽しい思い出は本物なのだ。

 

その時のヒフミの目は……確かに揺れていた。

 

「……聞かれているぞ。」

 

黄泉は小さく息を吐き、そう言った。

急とは言え、約束通り話すべきタイミングが来たのだ。ここからは本人の口から話させるべきだ。

 

数秒間が空いて、1人の少女が立ち上がる。

ただ席を立つ。その行為が、答え合わせだった。

 

「アズサちゃん……。」

 

その名を呼ぶヒフミの声は、否定を願うようでもあり、現実を受け入れてしまったようでもあった。

ハナコとコハルも目を見開いてアズサを見る。何かを喋ろうと口を動かしていたが、それが声になって出てくることは無かった。

 

その視線を受けたアズサは、両の拳を固く握りしめた。

 

「……ごめん、みんな。」

 

「『トリニティの裏切り者』は、私なんだ。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

アズサは、全てを話した。

 

己の出自と過去。ここに来るまでの経緯。そして、アリウスから与えられた任務まで――その全てを、包み隠さず語った。

 

教室に残ったのは、沈黙。

ヒフミたちは、誰一人として言葉を発せなかった。

 

一方のアズサは、何を言われてもそれを受け入れるつもりだった。失望され、突き放されても仕方がないことだと覚悟していた。

 

沈黙が、続く。

 

「……1つ、聞かせて。」

 

長い間の後、口を開いたのはコハルだった。その声は、いつにも増して重い。

 

「アズサは……本当に、ティーパーティーを壊すつもりなの?」

 

「お願い、教えて。……場合によっては、ここで捕まえなきゃいけないから……。」

 

いつもなら取り乱したであろうコハルが、その真偽を問うた。声は震えていたが、瞳は真っ直ぐにアズサの目を見ていた。

 

彼女にとってもアズサは大切な友人だ。本当なら友を疑うようなことはしたくないはず。

それでもただ話を聞くだけでなく、正義実現委員会として責務を全うしようとしていた。

 

それに応えるように、アズサもコハルの目を見る。

 

「私はそんなことをするつもりはない。むしろその逆だ。」

 

「それは……つまり?」

 

「私は初めから、ナギサを守るためにここに来た。キヴォトスのためにも、絶対にナギサを死なせてはならない。」

 

揺らぎのない声だった。

 

コハルは数秒、目を瞑る。

やがて、小さく息を吐いた。

 

「……わかった。あんたを信じるわ。」

 

「……いいのか?」

 

アズサはそう尋ねるが、コハルの胸の奥では、答えは既に決まっていた。

 

「私はバカだし、難しいことは考えられないけど……正義実現委員会として善悪の区別はついてるつもり。」

 

「アズサがどっちなのかくらい……見ればわかるから。」

 

「……ありがとう、コハル。」

 

アズサの拳から、わずかに力が抜けた。

その様子を見て、今度はハナコが一歩前へ出た。

 

「私からも、聞かせてください。」

 

その表情は穏やかなままだが、瞳の奥は真剣だった。

 

「アズサちゃんは先ほど、『ナギサさんを守る』と仰いましたが……。それはつまり、アリウスを裏切るということですか?」

 

「ああ。」

 

迷いのない即答だった。

 

教室の空気が、わずかに張り詰める。

 

「……では、それは――何のために?」

 

静かな問い。

だが、その一言には重みがあった。

 

アズサはほんの一瞬だけ目を伏せる。

自分が選んだ道を、改めてなぞるように。

 

「新たなアリウスが生まれないようにするためだ。」

 

顔を上げる。

 

その瞳には、揺らぎはなかった。

 

「エデン条約が締結されなければ、キヴォトスは混乱に陥る。」

 

「そうなれば……第二、第三のアリウスが生まれる可能性がある。」

 

一拍、間を置いて。

 

「私は――それを、黙って見ていることができなかった。」

 

教室に、静寂が落ちる。

その言葉の意味を、全員が噛み締めていた。

 

やがて、ハナコが小さく息を吐く。

 

「……なるほど。つまり、平和のためと。」

 

その声には、どこか納得したような響きがあった。

 

「正直に言えば……少しだけ、理想論のようにも聞こえます。ですが――」

 

柔らかく、だがはっきりと。

 

「全てを背負う覚悟があると言うのなら、私はアズサちゃんを信じます。」

 

ハナコは静かに微笑みながら、アズサを見つめた。

 

「ハナコ……。」

 

「ナギサさんにはまだ気づかれていないとは言え、目をつけられたのは事実。スパイというのなら、今すぐにでも逃げ出さなければならないはずです。」

 

教室の空気が、少しだけ張り詰める。

 

「アズサちゃんなら、それができた。ここを抜け出すことだって難しくなかったはずなんです。」

 

「でも、それをしなかった。」

 

ハナコの声は、穏やかで、それでいて確信に満ちていた。

 

「それはどうしてでしょうか?」

 

問いかけでありながら、答えはすでに決まっている。

 

「それは――補修授業部で過ごす時間が楽しかったから……ですよね?」

 

アズサは一瞬、言葉を失う。

 

そして――小さく、頷いた。

 

「……ああ。」

 

その一言は、何よりも雄弁だった。

 

「……勉強をすることも、ご飯を食べるのも、洗濯をするのも、向かい合って話すことも……」

 

「何もかもが、楽しかった。」

 

「初めてだったんだ。生きることがこんなに幸せだなんて、知らなかった。」

 

「ハナコの言う通り、私は、その幸せを手放したくなかった。」

 

それは偽りのない言葉だった。

 

明日に希望などない、暗い世界。

アズサ自身にも、アリウスの仲間にも、心からの笑顔なんてどこにも無かった。

 

それでも、アズサは信じていた。例え全てが虚しくても、その先に光があることを。

 

「ええ、そうですよね。私も同じ気持ちです。」

 

ハナコは目を瞑り、自分の胸に手を当てた。

 

「このままさようならなんて嫌です。もっとみんなとの思い出を作りたいんです。」

 

「だから、私もアズサちゃんを信じます。」

 

「ありがとう、ハナコ。」

 

感謝を述べるアズサだが、その顔に笑みはまだない。

 

まだあと1人、残っている。

 

アズサが顔を向けた先には、ヒフミがいる。

しかし、彼女は俯いたまま全く動かなかった。

 

声をかけることすら躊躇われるほどの沈黙。

 

アズサは、何か言おうとして――

 

その時、ぽたりと。

 

ヒフミの手の甲に、一粒の雫が落ちた。

 

(……ああ。)

 

胸の奥が、ひどく軋む。

 

(取り返しのつかないことを、したんだな。)

 

覚悟していたはずだった。

失望されることも、拒絶されることも。

 

それでも――いざ目の前にすると、言葉が出てこない。

 

「……ごめん、ヒフミ……。」

 

絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。

 

その瞬間。

 

「謝らなくていいよ。」

 

短い一言。しかし、それは拒絶ではなかった。

 

アズサは目を見開く。

 

ヒフミは涙を拭いながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

「じゃあ……どうして泣いて……」

 

「……アズサちゃんとの思い出はね。」

 

少しだけ声が揺れ、涙が一滴流れ落ちた。

 

それでも、言葉は止まらない。

 

「嘘じゃなかったって……分かったから。」

 

一歩、近づく。

 

そして――

 

そっと、アズサを抱きしめた。

 

アズサの体が、わずかに強張る。

 

「……でもね。」

 

ヒフミは続ける。

 

「やっぱり、少しだけ……怖かった。」

 

小さな本音。

 

「こうして話してくれなかったら、私たちの前から黙ってどこかへ行っちゃうんじゃないかって……。」

 

その腕に、少しだけ力がこもる。

 

「だから……これからは、一人で抱えようとしないでほしい。」

 

「――私たちが、ずっとそばにいるから。」

 

しばらくの沈黙。

 

アズサは目を閉じて――

 

「……うん。」

 

小さく、頷いた。

 

「気をつける。」

 

その声は、確かに少しだけ軽くなっていた。

 

「……話は纏まったようだな。」

 

黄泉が久しぶりに口を開く。

その声色は、どこか喜んでいるようにも聞こえた。

 

ヒフミは再度涙を拭い、黄泉の目を見て宣言した。

 

「はい。私たちは全員で、ナギサ様を助けに行きます!」

 

彼女に賛同するように、アズサたちは強く頷く。

それを見届けた黄泉は小さく息を吐き、教壇を降りた。

 

「今日はこれで解散する。詳しい話は明日以降に回すとしよう。」

 

その提案に、全員が賛成する。

無理もない。試験会場や試験範囲、合格点の変更に振り回され、アズサの告白に頭を使った彼女たちは、精神的に疲労が蓄積していた。

 

そうして部屋を出た時――

 

突然、黄泉のスマホが鳴った。

 

画面に表示されていた名前は――ナギサ。

 

黄泉は一瞬だけ目を細め、ハルトたちに適当な理由をつけて、合宿所を出る。

 

そして、すぐに通話ボタンを押した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ベランダに、夜風が吹き抜ける。

 

昼間と変わらず整えられたティーセット。

だが、その紅茶はすでに冷めかけていた。

 

カップに口をつけることなく、ナギサは静かにスマートフォンの画面を見下ろす。

 

――補修授業部が試験会場に現れなかった。

 

それは事実として、あまりにも不自然だった。

 

補習授業部の動向は常に把握している。彼女たちならなんとしても試験会場に現れるものだと考えていた。

その予想は見事に外れたわけだが……彼女たちがあの場に現れなかった理由が、“ただの気まぐれ”であるはずがなかった。

 

「……さて。」

 

小さく呟き、通話ボタンを押す。

 

数回のコール音。

 

やがて――

 

『……俺だ。』

 

繋がった。

 

「こんばんは、黄泉先生。」

 

いつも通りの声音で、ナギサは微笑む。

 

「単刀直入に聞きます。本日はどうして、試験会場に姿を見せなかったのですか?」

 

間を置かず、本題へ。

 

返ってきたのは、わずかに棘を含んだ声だった。

 

『……理不尽な妨害をしておいて、よく言う。』

 

その言葉に、ナギサは小さく笑う。

 

「ふふっ……ですが先生の話では、私の妨害をものともしないのではなかったのですか?」

 

わざとらしく軽く返す。

 

その裏で、相手の反応を探る。

 

沈黙は一瞬。

 

だが、その一瞬で十分だった。

 

(……少し、苛立っていらっしゃいますね。)

 

だが、それ以上の揺らぎは感じられない。

 

「……用件はそれだけか。」

 

冷静な声。

 

ナギサはわずかに視線を細めた。

 

「いえ――もう一つ。」

 

一拍。

 

「先日、ベランダでお話しになろうとしていた件ですが……あれは何だったのですか?」

 

ほんのわずかな探り。

 

だが、その答え次第で見えるものは大きく変わる。

 

『……それは、もう解決した。』

 

「解決……ですか?」

 

短い返答。

あまりにも曖昧。

 

(間違いなく、誤魔化しましたね。)

 

確信に近い感触。

しかし、踏み込むには材料が足りない。

 

『過ぎたことだ。』

 

その一言で、線を引かれる。

 

そして――

 

『……それより、次の試験の準備でもしておけ。』

 

『今度は、問題なく普通に試験を受けられることを祈っている。』

 

淡々とした声音。

 

だが、その奥にあるわずかな棘を、ナギサは聞き逃さない。

 

『――切るぞ。』

 

「あ、――」

 

制止の言葉が届く前に、通話は途切れた。

 

静寂。

 

ナギサはしばらくの間、暗くなった画面を見つめていた。

 

やがて、ふっと息を吐く。

 

「……妙ですね。」

 

紅茶に手を伸ばし、一口だけ含む。

すでに冷めきったそれを、気にも留めずに。

 

「何かを隠しているのは、間違いなさそうですが……」

 

カップをソーサーに戻す。

小さな音が、夜の静けさに溶けていく。

 

「……まあ、いいでしょう。」

 

「いずれ分かることです。」

 

そう呟き、ナギサは静かに立ち上がる。

吹き抜けた夜風が、静かに彼女の髪を揺らした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

夜の生徒会長室。

デスクライトのみが点けられたその部屋で、ナギサは1人机に向かっていた。机上には書類が整然と並び、ペンの音だけが静かに響いている。

 

明日はいよいよ補修授業部の最終試験。こちらの準備は全て整っている。

 

――にもかかわらず。

 

「……何も、連絡がありませんね。」

 

ぽつりと、ナギサは呟く。

 

黄泉、そしてハルト。

あの2人が、この状況で何も動かないなど――あり得ない。

 

(本当に、このまま何も動かないのでしょうか……?)

 

もし、何もアクションが無いのなら。

試験とその妨害は予定通り行われ、補習授業部の4人は――問答無用で退学することになる。

 

だが、それをあの2人が黙って見過ごすとは思えない。

 

(いったい、何を企んでいるのでしょうか。)

 

思考を巡らせた、その時だった。

 

不意に、風が頬を撫でた。

 

「……?」

 

ナギサはゆっくりと顔を上げる。

 

――思わず、目を見開いた。

 

 

「今日は満月だな。」

 

 

月明かりを背に、

 

まるで最初からそこにいたかのように、

 

黄泉が、窓辺に腰掛けていた。

 

 

 

「よ……黄泉先生……!?」

 

ナギサは驚き、慌てて席から立ち上がった。

カタン、と音を鳴らしてペンが書類の上に落ちる。

 

「夜分遅くに失礼する。」

 

静かな声。

月明かりを背にしたまま、黄泉はわずかに視線を落とした。

 

「しかし、こんな時間まで書類作業とは……性がでるな。」

 

「……それとも、単純に眠れないのか。」

 

「……!」

 

その一言に、ナギサの肩が僅かに揺れた。

 

図星を突かれたことに対する驚きか。

それとも――別の何かか。

 

「まぁ、普段はそばにいる正実の生徒のほとんどがいないとなると、不安にもなるだろう。」

 

淡々とした声音。だがその言葉は、確かに核心を突いていた。

 

ナギサは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに戻す。

そして、静かに口を開いた。

 

「……何をしに来たんですか。」

 

声音は、すでに平静を取り戻している。

 

「少し、話をしようと思ってな。」

 

短く答え、黄泉は窓から室内へと足を踏み入れる。

靴音は、ほとんど響かなかった。

 

「お前のエデン条約にかける思いは、十分に理解している。だが――」

 

わずかに間を置く。

 

「本当に、ここまでやる必要があったのか?」

 

ナギサの瞳が、わずかに細まる。

 

「アズサとハナコは分からんでもないが……コハルとヒフミに関しては、あまりにも理不尽だ。」

 

「特に――ヒフミについては、どう思っているんだ?」

 

静かな問い。

責めるでもなく、ただ事実を突きつけるような声音だった。

 

ナギサは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。

 

「……確かに、この選択は彼女を傷つけてしまったかもしれません。」

 

小さく、吐き出すように。

 

「それでも――全ては大義のためです。」

 

ゆっくりと顔を上げる。

その瞳に、迷いはなかった。

 

「私は、後悔していません。」

 

「……そうか。」

 

短く、黄泉は応じる。

 

否定も、肯定もない。

ただ、その言葉を受け取っただけだった。

 

「まぁ、その判断をとやかく言うつもりはない。」

 

「全てが終わった後、ゆっくり話し合うといい。」

 

「全て……?」

 

その言葉に、ナギサがわずかに眉を寄せる。

 

次の瞬間だった。

 

視界が――揺れた。

 

「――少し、眠っていろ。」

 

背後から回り込んでいた黄泉の手刀が、寸分の狂いもなくナギサの意識を刈り取ったのだ。

 

彼女は声を出す間もなく、暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「うまく行っているみたいだな。」

 

静かな声が、夜の室内に落ちる。

ナギサを抱えたまま、黄泉はゆっくりと顔を上げ、彼女を視界に入れた。

 

「ああ。そちらの首尾は?」

 

扉の前に立っていたのは、アズサ。

彼女は黄泉に歩み寄りながら短く頷いた。

 

「問題ない。罠は十分に仕掛けた。」

 

迷いのない声音。

それが、どれだけの覚悟の上に成り立っているのか――黄泉は理解していた。

 

「敵の兵力は?」

 

「詳細は分からない。でも、空はガラ空きだ。」

 

わずかに視線を外し、続ける。

 

「作戦通り、先生はすぐにここから離れてくれ。」

 

その言葉に――

 

「………。」

 

ほんの一瞬だけ、沈黙が落ちた。

 

アズサがわずかに眉を寄せる。

 

「黄泉先生?」

 

「……大丈夫だとは思っているが。」

 

黄泉はゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

 

「何かあれば、すぐに俺を呼べ。」

 

それは確認であり――

同時に、心配でもあった。

 

アズサは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく頷く。

 

「うん。分かってる。」

 

短い返事。だが、その中には確かな信頼が込められていた。

 

わずかな間。

そして、少しだけ空気を変えるように――アズサが口を開く。

 

「それよりも……ハルト先生が言ってた“助っ人”って、強いの?」

 

その問いに、黄泉はわずかに口元を緩める。

 

「安心しろ、あいつらは十分な戦闘経験がある。」

 

「そして――仕事はきっちりやり遂げる連中だ。」

 

その言葉には確かな信頼があった。

アズサもまた、小さく笑みを浮かべて頷く。

 

「そっか……。」

 

そして――一歩、下がる。

 

黄泉に道を開けるかのように。

 

「――ナギサを頼んだ。」

 

その一言に、迷いはない。

 

「任された。」

 

こちらもまた即答だった。

 

言葉を交わすのはそこまで。

次の瞬間、黄泉は窓へと足をかける。

 

夜風が、室内へと流れ込む。

月明かりの中へと、そのまま身を躍らせるように――

 

音もなく、姿を消した。

 

残されたのは、静寂。

 

そして――

 

これから始まる戦いの、気配だけだった。

 

アズサは一人、静かに目を閉じる。

 

「……来い。」

 

小さく呟き、目を開いた。

 

その瞳には、もはや迷いはなかった。

 

 

 

続く




頭のキレるハナコがいません。全部僕のせいです。ハナコ推しの先生、ごめんなさい。



ゼンゼロ新ガチャ、新ストーリーやりました。

羽ちゃんすり抜け両天井。
羽武器40連すり抜け無し。 ギリ許します。

ところで、ストーリーが凄く短く感じたんですけど、気の所為ですかね?
To be continuedになった瞬間、「え?」ってなりました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。