死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

ついに迎えた新年度。
投稿頻度は下がると思いますが、これからも頑張ります。


罪と未来

「……“エージェント68”、ね。」

 

突如現れた謎の4人組に、ミカは小さく笑った。

 

「確かに、あなたたちは強い。後ろの4人とは比べ物にならないほどにね。」

 

その視線が、ゆっくりと4人をなぞる。

 

「でも――状況、分かってる?」

 

背後に控えるは、圧倒的な数のアリウス兵。

 

「数の差っていうのはね、覆らないものなんだよ。」

 

余裕の笑み。

 

その言葉に対して――

 

「……くふっ。」

 

場違いな声が、ひとつ。

 

軽くて、楽しそうな笑い声が落ちた。

 

「それ、本気で言ってるの?」

 

瓦礫の上。

純白の髪の少女が、ひょいと肩に担いでいたカバンを持ち上げる。

 

「じゃあさ――」

 

にやり、と笑う。

 

「試してみる?」

 

次の瞬間。

 

――ぶんっ!!

 

大きく一歩を踏み込み、カバンをそのままアリウス兵へ投げつけた。

 

「なっ――!?」

 

一直線。

 

アリウス兵の“中央”へと飛来する。

 

「爆発物か!散開しろ!」

 

指揮官が即座に反応。

兵たちは指示通り、中心から距離を取るように散開する。

 

それは、確かに正しい判断だった。

 

だが――“間違い”でもあった。

 

ドサッ、とカバンが床に落ちる。刹那――

 

 

ドンッ

 

 

鈍い、低い爆発音。

 

「……小さい?」

 

誰かが呟いた、その瞬間。

 

 

パシュッ!!

 

 

カバンが、内側から弾けた。

 

中から飛び出したのは――

 

無数の小型爆弾。

 

四方八方へ、花火が咲くように広がる。

 

「なっ――!?」

 

彼女たちが避けた先。

まさにその足元へ、勢いよく転がる。

 

そして――

 

 

「ぼんっ♡」

 

 

ドゴォォォン!!

 

 

連鎖する爆発。

逃げ場を失ったアリウス兵たちを、次々と飲み込んでいく。

 

「「「「ぐあああああっ!?」」」」

 

爆炎と煙が瞬く間に戦場を覆う。

その一撃で、前列が大きく崩れた。

 

密集していた隊列は吹き飛び、指揮の声も掻き消える。

 

「隊列を維持しろ!散開――」

 

「うわぁぁ!?」

 

統制が、乱れる。

数で押し潰すはずだった陣形が、瓦解していく。

 

「あははっ!」

 

その光景を見下ろしながら、ムツキはとても楽しそうに笑った。

そして、くるくると指先に髪の毛を巻き付ける。

 

「ね? 敵が何人いようと、こうやって減らしていけばいいんだよ。」

 

その笑顔はとても楽しそうで、とても凶悪だった。

 

加えてその爆弾の威力は本物で、今の爆発だけで1小隊は吹き飛んだ。

 

「こんな日のためにいっぱい爆弾を作ってきたんだから……色々試させてよね?」

 

そう言ってムツキはもう1つのカバンから“不思議な形”の爆弾を取り出す。

それは、一般的な手榴弾とは明らかに違う――異様な存在感を放っていた。

 

だが……。

 

「前へ。」

 

ミカの命令で、後ろに控えていた部隊が一斉に前進する。

 

崩れていた隊列が瞬く間に埋まっていく。それはまるで、最初から何もなかったかのように。

 

「これで――振り出しに戻ったね。」

 

軽く首を傾げるミカ。

その声音には、焦りの欠片もない。唯一あるのは静かな嘲笑。

 

ムツキの挨拶がわりの爆発だけでは、場を支配するには届かない。

そんなミカの煽りを受けて、彼女はムキになってしまう。

 

「ふ、ふん!そんなに爆破されたいなら、お望み通り何度でも爆破して――」

 

“ムツキさん、落ち着いて。”

 

それを止めたのは、ハルトだった。

ムツキの肩にそっと手を置き、冷静さを取り戻させる。

 

“焦らなくても大丈夫。私がいる。”

 

「……う、うんっ!」

 

ハルトの柔らかな声がムツキを包み込む。

自分を取り戻したムツキは安心を覚え、小さく笑う。

 

「ハルト先生……。……うん、そうしよっか。」

 

ハルトへ視線を飛ばしながら、ミカはわずかに目を細めた。そして――

 

「全体、攻撃用意。」

 

静かに命令を出す。

ミカの声に呼応し、前衛のざっと50を超える銃口が真っ直ぐにハルトたちに向けられた。

 

逃げ場はない。

射線は重なり、どこへ動こうとも弾丸が追いすがる配置。

 

「さぁハルト先生。大隊規模の兵を前に、どんな戦いを見せてくれるのかな?」

 

それは、ハルトへの挑戦状。

先ほどとは比べ物にならない数の兵。これを捌き切れるのかを確かめようとしている。

 

普通なら誰もが、勝ち目のない戦いと考えるだろう。味方が8人に対し、敵は数百。とても太刀打ちできる差ではない。

今すぐにでも、ナギサを護衛している黄泉を呼ぶべきだ。

 

だが、ハルトは違う。

即席ではあるが、すでに作戦を考えついている。

 

彼はシッテムの箱を操作し、先ほどと同じようにバリアを張る。とりあえず、迎え撃つ準備は整った。

 

(バリアか……。でも、これだけの兵力。先にバリアが限界を迎えそうだけどね。)

 

場を支配しているの依然としてミカだ。彼女からしてみれば、それは『無駄な足掻き』でしかない。

可能であれば、さっさと降伏してもらい、ナギサの居場所を教えてもらいたいところ。

 

もちろん、彼女らがその選択を選ぶはずもない。

 

「それじゃあ、始めよっか!」

 

そう言ってミカは後方へ下がる。

彼女を守るかのようにアリウス兵たちが前に出て、トリガーを引いた。

 

 

ダダダダダダダダダダッ!!!!

 

 

放たれた無数の弾丸は、真っ直ぐにバリア目掛けて進む。当然、そこに躊躇いなどない。

 

だが――

 

「何を……!?」

 

ミカは目を疑った。

アズサたちはアリウス兵ではなく、天井を撃っていたのだ。

 

“大人数を相手取るなら、環境を利用しないとね!”

 

そこには、吊り下げられた照明器具。ハルトは初めからこれを狙っていた。

 

真下にあるのは――アリウス兵。

 

「みんな、下がって!」

 

ミカがそう叫んだ頃には、照明器具の根本が破壊され、落下し始めていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ガッシャァァァァン!!!!

 

 

轟音と共に、無数の照明器具が叩きつけられる。

 

「うわあああっ!?」

 

「さ、散開しろ!散か――」

 

アリウス兵の叫びは、途中で途切れた。

 

崩れた隊列。

交錯する怒号。

完全に乱れた戦場。

 

その瞬間だった。

 

「――今です!」

 

ヒフミの声。

 

「撃て!」

 

アズサの号令と同時に、銃声が重なる。

 

混乱の中にいたアリウス兵たちが、次々と撃ち抜かれていく。

 

「くっ……立て直せ!」

 

「早くしろ!」

 

その時。

 

「次の爆弾、行くよーっ!」

 

ムツキの声が、やけに楽しそうに響いた。

 

 

ヒュルルルル――

 

 

夜空を裂くように、ロケット花火が飛び出す。

 

「な、なんだ今度は!?」

 

それは真っ直ぐにアリウス兵へ向かい――

 

 

ドドドドドドォン!!!

 

 

逃げ場を失った兵たちの間で、連鎖するように火柱が上がる。

 

「ムツキちゃん特製、ロケット花火爆弾だよ!」  

 

「すご……。」

 

「どうやって作ったのでしょうか……。」

 

「爆弾に関して、ムツキの右に出る人はいないんじゃないかな。」

 

ムツキの自由すぎる爆弾に若干引いてしまう補修授業部と、冷静に補足するカヨコ。

 

最後の一発を撃ち終えたムツキは目をキラキラさせながら、叫ぶ。

 

「あっははははは!爆発サイコーっ!!」

 

“ムツキさん……?”

 

「ここ最近爆破不足だったの。どうか許してあげて。」

 

“爆破不足……?”

 

ムツキを経由しなければ聞かないようなパワーワード。さすがのハルトも彼女の変わりように驚いていた。

 

 

 

 

体育館は、白い煙がもくもくと立ち込めていた。

 

焦げた匂いと、火薬の残り香。

視界は悪く、数メートル先もぼやけて見える。

 

「けほっ……けほっ……!」

 

ヒフミが小さく咳き込む。

 

「む、ムツキちゃん……ちょっとやりすぎでは……?」

 

「げほっ……前が見えないんだけど……!」

 

コハルも顔の前で手を振りながら、煙を払おうとする。

 

「ふふっ……でも、その分効果は抜群だったみたいですね。」

 

ハナコは軽く目を細め、戦場の奥を見据えた。

 

煙の向こう側。

動く影は、ほとんど見えない。

 

「……静か、ですね。」

 

ヒフミの言葉通り。

 

つい先ほどまで響いていた銃声と怒号は、嘘のように途切れていた。

 

その時だった。

 

――ヒュッ

 

一瞬、風を裂く音が響いた。

煙が立ち込める正面には、何かが飛び出した跡。

 

同時に、影が上を通り過ぎる。

そこにいたのは――

 

「――ミカ!?」

 

月明かりを背に。

 

宙に浮かぶその姿は、あまりにも唐突だった。

 

銃口が、わずかに揺れる。

 

狙いは――

 

「っ、上じゃない――!」

 

アズサの声が、途中で切れる。

 

引き金が引かれた。

 

乾いた銃声。

 

弾丸は一直線に――

 

ムツキの持っていたカバンへ。

 

「みんな、離れ――!」

 

アズサが叫んだ頃には、カバンから炎が噴き出していた。

 

そして、爆炎が広がる。

 

ゆっくりと、まるで時間が引き伸ばされたかのように、炎の膜が空間を満たしていく。

 

赤と橙が混ざり合い、揺らめきながら迫ってくる。

 

音が、遠い。

 

何かが弾けるはずのその瞬間でさえ、やけに静かだった。

 

(“――まずい。”)

 

そう思った時には、もう遅い。

 

視界の端で、影が動く。

 

“っ……!?”

 

誰かが、前に出た。

 

次の瞬間。

 

ハルトの視界を覆うように――二つの影が重なる。

 

それは、カヨコとハルカだった。

 

声を出す暇もない。

 

二人はハルトを庇うように覆いかぶさった。

 

炎が、すぐそこまで迫る。

 

光が、全てを塗り潰していく。

 

――そして。

 

世界が、白に染まった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

小さく炎が上がる体育館。

 

焦げた匂いと煙の中で、意識がゆっくりと浮上していく。

 

ハルトは目を開けた。

 

その身体の上に、ぐったりと倒れ込む二つの重み。

 

“……カヨコ、さん……ハルカさん……?”

 

返事はない、しかし息はある。

彼女たちは気絶しているだけらしい。

 

周囲を見渡す。

 

ムツキも、補修授業部の面々も、まだ意識を取り戻していない。

 

(“誰か、意識のある子は……”)

 

その時だった。

 

「ハルト、先生……」

 

かすれた声。

 

アルが、ゆっくりと身体を起こそうとしていた。

 

「……逃げ、て……」

 

言いかけた、その瞬間。

 

 

――パンッ

 

 

乾いた破裂音が響き、アルの身体が大きく揺れた。

 

「かはッ……!」

 

力が抜けるように、そのまま崩れ落ちた。

 

静寂。

 

一拍遅れて、ハルトの視線がゆっくりと弾道を追う。

 

すぐ隣、ステージの上。

 

そこに――

 

「やっほー☆」

 

ミカが座りながらニコニコと笑顔を見せ、ひらひらと手を振っていた。

 

“ミカ……。”

 

ハルトはその名前を呟く。

その声にいつもの元気は無かった。

 

「……確かに、爆弾で一掃するのはいい判断だったと思うよ。ロケット花火が出てきた時はほぼ何もできなかったし。」

 

「でも、煙で視界を塞ぐのは悪手だったね。『奇襲してください』って言ってるようなものだよ。」

 

足をプラプラさせながら、先ほどの判断を説明する。やがてピョンとステージから降り、ハルトの前に歩み寄った。

 

「……さて、ハルト先生。」

 

「君は私を怒らせちゃったから、これから死んでもらうわけなんだけど……。その前にひとつだけ聞いておきたいな。」

 

ミカの声は変わらず明るく、氷のように冷たい。

少し間を開けて、彼女は話し始めた。

 

「……どうして私の邪魔をしたの?」

 

「前に話したよね?アリウスは今もトリニティを恨んでいるって。」

 

「あの子たちの恨みは、簡単には収まらない。だから、セイアちゃんも殺されて……こうしてナギちゃんも襲撃された。」

 

「ゲヘナだけを潰すか、キヴォトスを壊すか。ハルト先生は後者を選ぶの?」

 

“……私はどちらも選ばないよ。戦争なんて、起こさせない。”

 

「……うん、甘すぎる理想だね。聞いた私がバカだったかも。」

 

「それじゃあ、さようなら。」

 

ミカは銃口をハルトの顔に向けた。

トリガーにかかる指の力が少しずつ強くなる。

 

 

しかし――ハルトは逆に、前に出た。

 

 

“私は……約束したんだ。“未来を変える”って、ナギサさんを守るって。”

 

「“未来”……?」

 

ミカは、その言葉に何かを感じ取った。

 

「それって、いったい――」

 

銃口を少しだけ下げる。

その時だった。

 

 

ドガァァァン!!!

 

 

「何!?」

 

突然の大爆発。

同時にアリウス兵たちから悲鳴が上がる。

 

「何の爆発!?」 

 

ミカが大声で尋ねた時だった。

 

 

「ぎゃははははははははァ!!!!」

 

 

闇夜に響く、歪んだ笑い声。

殺意が剥き出しになったその声の正体に、ミカは一瞬で気づいた。

 

「なんで……?」

 

予想外すぎる展開に、ミカは動揺を隠せない。

少しずつ煙が流れ、影の正体が顕になる。

 

赤みのあるヘイロー。

首元にはチョーカー。

赤いラインの入った黒のセーラー服。

 

「正義実現委員会、現場に到着。並びに美園ミカを発見。」

 

「無駄な抵抗は諦め、武器を捨てなさい。」

 

先頭に立つは正実副委員長のハスミ。

隣には委員長のツルギの姿もある。

 

対するミカは完全に固まっており、状況把握にも至らない。やがて我を取り戻し、正実に向かって叫んだ。

 

「な……何をしてるの!? あなたたちには待機命令を出していたのに!!」

 

返事はない。

誰一人として、動こうとしない。

 

その異様な光景に、ミカの表情がわずかに歪む。

 

「……どうして……?」

 

と、その時――

 

 

「あなたの命令を上書きした、と言ったら……どうですか?」

 

 

とても静かな声が、体育館に響いた。

その声を聞いたミカは、瞬時に全てを理解する。

 

ミカに銃口を向ける正実生徒たちの間を通るように現れたのは――

 

「ナギ……ちゃん……。」

 

「………ミカさん。――いいえ、美園ミカ(・・・・)。」

 

ナギサはまっすぐにミカを見つめる。

 

「あなたを――」

 

言いかけて、声が震える。

 

それでも、ナギサは目を閉じなかった。

 

決して、現実から逃げようとしなかった。

 

「反逆罪で、拘束します。」

 

 

 

 

 

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大隊規模のアリウス兵がトリニティへ到達した頃。黄泉は自身のスマホに届いた連絡に眉を顰めた。

 

『緊急通信。

大隊規模のアリウス兵が到着。ハルト先生には策があるようですが、応援をお願いします。』

 

差出人の名はハルト。

しかしその文を書いたのは、シッテムの箱に住むアロナだろう。

 

どうやら、敵は本気で潰しに来たらしい。

 

「……どうされましたか?」

 

不意に、隣に座るナギサが心配するように尋ねた。

しかし黄泉は何も答えない。

 

ここで黄泉が動けば彼女を1人にしてしまう。

おそらく敵は自分たちに気づいていないだろうが、何が起きるかわからない。ナギサは目の見える場所にいてほしい。

しかし、このままハルトたちを放っておくこともできない。

 

最善を探す思考は、答えに辿り着く前に時間に追われる。

 

黄泉は――決断することができなかった。

 

 

一方で。

 

その様子を見ていたナギサもまた、思考の中に沈んでいた。

 

(このまま守られているだけでいいのでしょうか。)

 

現在ナギサはミカとアリウスによってその命を狙われている。故に、補修授業部たちとハルトが戦い、黄泉が護衛をして自分を守ってくれているのだ。

 

だが「裏切り者を探す」と言ったのは、紛れもない自分だ。言い出した本人は何もせず、ただ成り行きを見ているだけ。

 

本当に、それでいいのだろうか?

 

――否、いいはずがない。

 

ナギサは、ゆっくりと目を閉じる。

 

脳裏に浮かぶのは、ミカの姿。

 

同じティーパーティーとして過ごした日々。

他愛もない会話。笑い合った時間。

 

そのすべてが、鮮明に蘇る。

 

だからこそ、決めなければならない。

 

トリニティの長として。

平和を望むものとして。

そして―― 彼女と向き合う者として。

 

「黄泉先生。」

 

静かな声が、車内の空気を断ち切った。

 

黄泉が顔を上げる。

 

その視線の先で、ナギサはまっすぐに彼を見据えていた。

 

「先生が出る必要はありません。私に任せてください。」

 

その言葉に、黄泉の表情がわずかに変わる。

 

「何をするつもりだ?」

 

「正義実現委員会に、ミカさんを止めるよう頼みに行きます。」

 

「……できるのか?」

 

「ミカさんも私と同じティーパーティーですが、今のホストは私です。命令の優先権は私の方が高い。」

 

「私が直接命じれば……彼女たちは動いてくれるはずです。」

 

その瞳には、もはや迷いはない。

かつて「何かの間違いだ」と言っていた少女の姿は、そこにはなかった。

 

「……私はもう、逃げるようなことはしたくない。」

 

一度、言葉が途切れる。

静かに、しかし確かに言い切る。

 

「これは、裏切り者を探すと決めた私が……向き合わなければならないことなんです。」

 

その言葉に、黄泉はナギサの覚悟を見た。

 

「……分かった。」

 

短く答える。

 

そして、一拍置いて――

 

「覚悟は、できているんだな。」

 

「ええ。」

 

迷いのない、即答だった。

 

黄泉はすぐにドアを開け、運転席へと回り込む。

無駄のない動きでシートに滑り込み、エンジンをかけた。

 

「正義実現委員会の拠点に向かってください。待機命令が出ているなら、必ず彼女たちはそこにいます。」

 

「了解。」

 

シートベルトを引きながら、短く返す。

 

「シートベルトを絞めて、しっかり掴まっていろ。少し飛ばす。」

 

エンジン音が唸りを上げ、車は夜のトリニティを駆け抜けた。

 

 

そして、時は現在に至る。

ナギサの直接命令によって動いた正実は、ミカを完全に包囲した。

 

自分に向けられた銃口を見て、ミカはゆっくりと息を吐く。

 

崩れた戦場。倒れた兵。

それらを一瞥しながら、思考を巡らせる。

 

「……どうして、失敗したんだろう?」

 

ハナコをみくびったから?

 

――違う。

 

彼女は確かに厄介ではあった。だが、彼女はいつの間にか無害な存在へと変わっていた。

“変数”として計算する必要がないほどに。

 

では、アズサが裏切ったから?

 

――それも違う。

 

裏切ろうが、裏切るまいが、彼女は操り人形にすぎない。

元よりその程度で揺らぐ計画ではない。

 

ヒフミはただの一般生徒。

コハルは――論外。

 

(じゃあ、何が?)

 

思考を、一度切り捨てる。

 

足りないのは個々の要素ではない。

 

もっと、根本的な何か。

 

そして――

 

ひとつの結論に辿り着く。

 

「……そうだね。」

 

小さく、呟く。

 

「“シャーレ”が介入した時点で――」

 

ゆっくりと、顔を上げる。

 

その視線の先には、ハルト。

 

「私の負けは、決まっていたんだ。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

戦場の喧騒は、すでに消えていた。

 

倒れていた生徒たちは、正義実現委員会によって次々と運び出されていく。

 

補修授業部の面々も。

エージェント68の少女たちも。

 

誰もが意識を失っているが――命に別状はない。

 

その様子を、ミカは静かに見ていた。

 

両手には手錠が嵌められており、抵抗する様子はもうなかった。

 

「……ねぇ、ハルト先生。」

 

ミカは自分を見ているハルトに声をかける。

これまでとは違い、彼女の声はとても柔らかかった。

 

「“未来を変える”って――どういうこと?」

 

先ほどの言葉。

あの場では聞き流しかけたが――頭から離れなかった。

 

ハルトは、ほんの一瞬だけ目を伏せる。

 

そして、静かに答えた。

 

“……夢の中で、会ったんだ。”

 

「夢?」

 

ミカが眉をひそめる。

 

“ティーパーティーのもう一人の生徒会長……百合園セイアさんに。”

 

その名前が出た瞬間。

 

ミカの表情が、はっきりと止まった。

 

「……そんな、はずない。」

 

小さく、首を振る。

 

「だって……セイアちゃんは、死んだって……。」

 

「――それは違います。」

 

静かに、しかしはっきりと否定する声。

 

それはナギサだった。

 

ミカの視線が、ゆっくりと彼女へ向く。

 

「セイアさんは現在、トリニティの外にいます。まだ目覚めてはいませんが、『救護騎士団』の方々がそばにいてくださっています。」

 

「……本当に?」

 

かすれるような声。

 

ナギサは、静かに頷いた。

 

「はい。」

 

短い肯定。

それだけで、十分だった。

 

ミカの肩から、力が抜ける。

 

「……そっか。」

 

小さく呟き――

 

次の瞬間。

 

「……良かった。」

 

それは、信じていたものが、ようやく報われたことへの安堵。

 

そしてミカは、ほんの少しだけ柔らかく笑った。

 

「……もしまた、夢の世界で会えたらさ。」

 

そして少しだけ、視線を逸らす。

 

「ちゃんと謝るからって……そう伝えておいてよ。」

 

セイアは意識を他人と繋げることで、その相手の過去、現在、未来を観ることができる。

もし再び夢で会うことがあれば、ハルトの記憶を通して、きっとすべてを知るだろう。

 

だからこそ。

言葉だけでも、先に届けておきたかった。

 

“……わかったよ。”

 

ハルトは小さく頷く。

彼女の言葉は確かにハルトが受け取った。

 

一方ナギサは、静かにミカを見据えていた。

その視線から逃げることなく、ミカはゆっくりと口を開く。

 

「……アズサちゃんは悪くない。今回の件は、全部……私の責任。」

 

「彼女はただ、巻き込まれただけ。」

 

その言葉に、言い訳はなかった。

 

ただ事実だけを、淡々と並べている。

 

ナギサは、しばらくの間沈黙し――やがて、小さく息を吐いた。

 

「……分かりました。」

 

「白洲アズサについては、アリウスの生徒ではなく――」

 

「トリニティの生徒として扱います。」

 

それは、明確な判断だった。

ナギサの言葉により、アズサがトリニティをから追い出されることも無くなった。

 

もっとも、最後の特別学力試験を合格しなければならないが、ミカの心を落ち着かせるには十分な言葉だった。

 

「ありがとう。」

 

ミカは、小さく笑う。

 

力の抜けた、どこか安心したような笑み。

 

そして。

 

「……ナギちゃん。」

 

少しだけ、声が震える。

 

「ごめん……。」

 

短い謝罪。

だが、その一言にすべてが込められていた。

 

ナギサは、まっすぐにミカを見つめる。

その表情は変わらない。

 

「……しっかり反省してください。」

 

厳しい言葉。

一切の甘さを感じさせない、ティーパーティーとしての言葉。

 

しかしその時。

ほんの少しだけ、表情が緩んだ。

 

「そしてまた……あの騒がしい声を聞かせてください。」

 

柔らかな声。

 

それは命令でも、裁きでもない。

 

“願い”だった。

 

ミカは一瞬、言葉を失い――

 

「……うんっ。」

 

涙をこぼしながら、小さく笑った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

完全に壁が崩れ落ちた体育館。

気がつけば、眩しい光が視界を満たした。

 

夜は、終わっていた。

 

東の空から差し込む朝日が、校舎を淡く照らしている。

 

壁穴を通って外に出るとそこには、正義実現委員会の護送車と、ひとりの男が立っていた。

 

黄泉。

 

白い外套に身を包んだその姿を見た瞬間。

ミカは、反射的に顔を逸らした。

 

何も言いたくない。

何も言われたくない。

 

――なのに。

 

「……デートの件は、今も覚えている。」

 

「……っ!」

 

その一言で、心臓が跳ねる。

 

やめてよ。

そんな話、今しないで。

 

必死に、聞こえないふりをしようとする。

 

「お前の反省が、ナギサに認められた暁には――」

 

やめて。

 

「俺に会いに来い。」

 

やめてよ。

 

「今回は特別に、俺が計画を立てておく。」

 

――その瞬間だった。

 

「……なんで……っ」

 

声が、溢れた。

 

「なんで、そんなこと……言うの……っ!」

 

顔を逸らしたまま。

 

歯を食いしばる。

 

「私、裏切ったんだよ……!」

 

「全部壊して……っ、みんな傷つけて……っ!」

 

「ナギちゃんも……アズサも……!」

 

「……先生のことだって……!」

 

止まらない。

 

「なのに……なんで、そんな風に……っ」

 

「……優しくするの……っ!」

 

堪えていたものが、完全に決壊した。

 

涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。

 

黄泉は、何も言わずにそれを見ていた。

 

しばらくの沈黙。

 

やがて――

 

「約束だからだ。」

 

ただ、それだけを言う。

 

短く。

 

揺るがず。

 

ミカは、息を呑んだ。

 

その言葉は、あまりにも変わらなくて。

 

逃げ場なんて、どこにもなくて。

 

「……っ、ぅ……」

 

膝から、力が抜ける。

 

「……ごめん……っ。」

 

誰に向けたのかも分からない謝罪が、零れる。

 

「ごめんなさい……っ!」

 

もう、立っていられなかった。

 

ただ泣き崩れるミカを、誰も止めなかった。

 

「……俺たちは、お前を見捨てたりしない。」

 

黄泉は、一歩近づく。

 

「置いて行ったりもしない。」

 

変わらない声。

 

揺るがない言葉。

 

「また元気な姿で――」

 

「とびきりの笑顔を見せてくれ。」

 

そして、膝をつくミカの前で静かに屈み――

 

「……だから、もう泣くな。」

 

ミカの目元を拭った。

 

 

 

ミカの犯した罪は、決して許されるものではない。

 

多くを傷つけ、壊し、裏切った。

 

その事実は、消えることはない。

 

それでも。

 

ナギサも。

ハルトも。

そして黄泉も。

 

誰一人として、彼女から目を逸らさなかった。

 

それは――

 

彼女が、まだ引き返せる場所にいると信じているから。

 

手を伸ばせば、届くところにいると。

 

知っているから。

 

 

続く




この話を書いていて、ミカが大好きになりました。
原作では魔女だの何だの言われてるそうですが、僕がさせません。
彼女は、いつも通り笑っていてほしいです。

話は変わりますが、不死途引きました。次は周年だし貯めようかとも思いましたが、さすがに暇すぎた。
後悔はしてません。しかし、使い方は何も知りません。
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