お久しぶりです。
たぶん今後もこれくらい遅くなりそうです。
白。
それが、トリニティ総合学園の色だった。
規律。秩序。信仰。
すべてを包み込むような、穏やかな白。
長い年月をかけて積み重ねられてきたその在り方は、外から見れば、揺るぎないもののように映る。
だが――
その静けさは、決して無垢ではない。
守るために築かれた壁。
触れさせないために保たれた距離。
そうして守られてきた“白”の中に――今日、異物が混じろうとしている。
赤。
衝動と混沌を象徴する、もう一つの色。
相容れず、交わらず。
長く対立し続けてきたその存在が、今まさにこの場所へと足を踏み入れようとしていた。
視線が集まる。
生徒たちの間に走る緊張。
言葉にされない警戒。
本来、交わるはずのない二つが、同じ場所に立つ。
それが意味するものは、ただ一つではない。
ある者にとっては、長き対立の終わり。
ある者にとっては、新たな時代の始まり。
あるいは――
どちらにもならず、すべてが崩れ去る引き金となる可能性すらある。
均衡は、あまりにも脆い。
ほんの些細な綻びが、すべてを崩壊へと導きかねない。
それでも。
この場に集う者たちは、歩みを止めなかった。
迷いを抱えたまま。
疑念を捨てきれないまま。
それでもなお、“選ぶ”ことを決めた。
そして今日。
そのすべての選択が交わる場所で――
エデン条約の調印式が、執り行われようとしていた。
トリニティ自治区――とあるカフェ。
外は賑やかだった。
通りには人が溢れ、どこか浮き足立ったような空気が広がっている。
エデン条約の調印式。
歴史的な一日ということで学校はお休み。道路には様々な屋台が並び、多くの生徒や市民たちが集まっていた。
だが――店内は、その喧騒が嘘のように静かだった。
落ち着いた照明。
控えめに流れる音楽。
カップとソーサーが触れ合う、小さな音。
窓の外とは切り離されたような、穏やかな空間。
その一角で、ヒフミたち補修授業部は席を囲んでいた。
「……すごい人の数だな。」
アズサが窓の外を覗き込み、小さくため息をつく。
そんな彼女に、ヒフミがニコニコ笑顔で言った。
「今日はエデン条約の調印式ですからね!学校もお休みですし、みんなお祭りムードです!」
「そのお祭りに、黄泉先生とハルト先生がいてくれたらもっと良かったのですが……。お二人は調印式に出席されるそうですね。」
「ま、仕方ないわね。」
ハナコの言葉に、コハルがストローをくるくる回しながら短く返す。カラカラと氷が音を鳴らした。
「でも、シャーレが立ち会うってことは――」
ヒフミが少しだけ声を落とす。
「今回の条約、本気ってことですよね。」
「……そうだな。」
アズサが視線を外へ向けたまま、静かに頷く。
「どちらにも属さない存在が“見届ける”。それだけで意味はある。」
「つまり、“簡単に破れるような約束では無くなる” ってことですね。」
ハナコが簡潔に纏めると、コハルは「ふぅん……」と漏らした。しかし、すぐに小さく手を上げる。
「でもさ、シャーレって中立の立場なんでしょ? なんか前に出過ぎている気がするんだけど。」
ストローをくわえたまま、コハルが首を傾げる。
それは、素朴な疑問だった。トリニティとゲヘナの条約であるにも関わらず、シャーレの存在があまりにも大きいように見える。
ヒフミとアズサが、少し言葉を探すように視線を交わす。
だが――
「いいところに気づきましたね。」
その沈黙をやわらかく埋めるように、ハナコがくすりと微笑んだ。指先でカップの縁をなぞりながら、ゆったりと口を開く。
「確かにコハルちゃんの言う通り、普通の“中立”であれば、あまり表には出ないものです。」
「じゃあ、やっぱりおかしいじゃない。」
コハルはストローに口をつけ、リンゴジュースを一口飲む。
氷が小さく音を立てた。
だが――
「いいえ。」
ハナコは、ゆるやかに首を振る。
「だからこそ、意味があるんです。」
その声音はやわらかいが、はっきりとしていた。
一方、コハルはきょとんと目を瞬かせる。
「どういうこと?」
「シャーレは、トリニティとゲヘナ――どちらの味方でもありません。」
「しかし同時に、“生徒の味方”でもあります。」
ヒフミが小さく息を呑む。
アズサは何も言わず、静かに耳を傾けていた。
「どちらか一方の正しさに立つのではなく――」
ハナコは視線をテレビ画面に向ける。
そこには、ナギサとマコトの写真が大きく映されていた。
「“彼女たちがこれから何を選択するのか” を見ているのではないでしょうか。」
「……それが、“見届ける”ってこと?」
コハルが、少しだけ真剣な表情で問い返す。
「その通りです♪」
ハナコは嬉しそうに頷いた。
「だからこそ、あの場所に立つ意味があるんですよ。」
一瞬だけ、テーブルの上に静けさが落ちる。
理解が、ゆっくりと染み込んでいくような時間。
「……なるほど。」
コハルがぽつりと呟く。
その直後――
「コハルは正義実現委員会のメンバーなのに分からないのか。」
アズサが、少しだけ呆れたように言った。
「し、仕方ないじゃない! 政治の話は難しいんだもん……!」
コハルが頬を膨らませる。
その様子に、ハナコはくすりと笑った。
「それに、コハルちゃんはまだ一年生ですから。分からないこともたくさんあるんですよ。」
「……それもそうか。」
アズサは小さく息を吐き、肩の力を抜いた。
「すまない、コハル。」
「うぅ……なんか納得いかないけど……。」
そう言いながらも、コハルはどこか安心したようにジュースに口をつける。
カラン、と氷が鳴る。
するとヒフミが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
「――あっ」
小さく声を漏らし、三人を手招くようにする。
「噂をすれば、先生たちがテレビに出ていますよ。」
視線が一斉に向けられる。
店内のテレビ。
そこには――古聖堂の入り口付近が映し出されていた。
白と赤の旗が並ぶ道。
張り詰めた空気。
そして、中央に映る大人。
見慣れた二人の姿。
「黄泉先生に、ハルト先生!」
コハルが少し嬉しそうに笑う。
その隣でアズサが静かに微笑んだ。
「ハルト先生、少し緊張しているみたいだ。」
画面の中のハルトは、背筋を伸ばしてはいるものの、どこかぎこちなさが残っていた。
『――それでは、ハルト先生!今回の条約についてのお考えをお聞かせください!』
リポーターの
『……えっと。』
小さく息を整える。
『ゲヘナとトリニティの過去を思えば、“仲良くしろ”とは簡単に言えません。……でも』
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
『その選択が、少しでも良いものになるように願っています。』
飾り気のない言葉。
それでも、どこか彼らしい真っ直ぐさがあった。
「ふふ……。」
ヒフミが柔らかく笑う。
「ハルト先生らしいですね。」
「だな。」
アズサも小さく頷く。
「変に取り繕わないところが、ハルト先生らしいですね。」
ハナコがくすりと笑う。
「……それで――」
コハルが顎に手を当てる。
「隣の人は、なんて言うのかな。」
画面が少しだけ右にズレる。
そこには、微動だにしないもう一人の姿。
黄泉。
『では、黄泉先生はいかがでしょう!』
シノンの問いかけ。
ほんのわずかな沈黙の後――
『……無駄な争いが減るなら、それでいい。』
短く、あまりにも簡潔な言葉だった。
それだけを残し――黄泉は踵を返す。
『え、あっ――』
シノンが慌てて声をかける。
『黄泉先生! も、もう少しだけ――!』
だが、その足は止まらない。
一切の迷いなく、一定の歩調でその場を離れていく。
『……あー』
ハルトが、少し困ったように笑う。
『ごめんね。彼はこの後も仕事があるみたいで。』
『えっ、あ……。』
一瞬だけ戸惑うシノン。
しかしすぐに、表情を整えた。
『そ、そうですよね! お忙しい中、ありがとうございました!」
そしてハルトも画面からフェードアウトし、映るのはシノンのみ。
『それでは一旦コマーシャルです! この後はエデン条約に参加する各学園の主要人物について解説いたします!』
画面が切り替わる。
軽快な音楽、色鮮やかな映像。
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
「……ほんと、黄泉先生らしいですね。」
ハナコが小さく笑う。
「余計なことは何も言わない。でも、一番大事なことだけ言う。」
コハルが静かに頷く。
「うん……。」
アズサも短く同意する。
ヒフミは少しだけ目を細め――
「なんだか、安心しますね。」
カラン、ともう一度氷が鳴る。
店内の空気は、穏やかなままだった。
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古聖堂の外。
白と赤。交わることのない二つの色が、一定の距離を保ったまま向き合っていた。
護衛部隊。その手には銃。
声を荒げる者はいない。だが――いつ爆発してもおかしくない空気。
そんな時だった。
ドタッ! ガチャン!
「――っ!」
前進していた正義実現委員会の隊列の一角で、ひとりの生徒が足をもつらせた。
なんの変哲もないわずかな段差。彼女は慌てて起き上がり、銃を手に取る。
「大丈夫ですか?」
同じ正義実現委員会の生徒が歩み寄った、その時――
「……くくっ。」
小さな笑いが漏れた。
その出所はゲヘナから派遣された風紀委員会の護衛部隊。
押し殺したつもりの、それでも隠しきれない声。
「おいおい、危ないな。」
「ちゃんと前見えてるのか?」
悪意というよりは、ただの反応。
だが――
「……何がおかしいのですか?」
歩み寄った生徒が静かに口を開いた。倒れた生徒を庇うように、一歩前へ出る。
その瞳は、笑っていない。
「何怒ってんだよ。」
「心配しただけじゃん。」
風紀委員会の生徒たちが肩をすくめる。
「……白を切るつもりですか。」
正義実現委員会の生徒たちの視線がさらに鋭くなる。
両者、一切引こうとしない。
「彼女に謝りなさい。それで全ては丸く収まります。」
柔らかい声。
しかし、はっきりとした非難。
しかし――
「それって、命令?」
わずかに目を細める。
彼女たちの口元には、薄い笑み。
「アンタたち……ゲヘナの上に立とうっての?」
刹那、転んだ生徒の顔が青くなる。
そして、どこか慌てた様子で庇う生徒の腕を掴んだ。
「せ、先輩! 私は大丈夫ですから……!」
もしこの場で揉め事を起こせば、それだけですべてが崩れるかもしれない。
条約も。
ナギサの想いも。
そして――
先輩たちと自分の責任も。
とにかく場を収める。それが最善だと彼女は判断した。
――だが、周りの先輩たちは違った。
「人が転んだ様子を見て笑っておいて……挙句は条約を盾にする。」
「真に上に立とうとしているのは――」
静かに、言葉を区切る。
「果たして、どちらでしょうか?」
その一言が落ちた瞬間、空気が止まった。
誰も動かない。
いや――動けない。
ただの護衛部隊である彼女たちは、条約を前に勝手に手を出すことはできない。
だが、プライドのために引くこともできない。
視線だけが、ただぶつかり続ける。
逸らせば負け。踏み込めば終わり。
その均衡は、あまりにも脆く――ほんのわずかなきっかけで、崩れかねない。
沈黙。
重い、重すぎる静寂。
今にも、誰かが引き金を引く。
その――直前。
「そこまでだ。」
低い声が、落ちた。
強くもない。
怒気もない。
ただ、淡々とした一言。
だが。
それだけで――空気が変わる。
張り詰めていた緊張が、見えない何かに押さえつけられたかのように沈む。
視線が、動く。
いつの間にか。
両者の間に、一人の男が立っていた。
「黄泉、先生……。」
誰かが彼の名を呼んだ。
足音は聞こえなかった。
だが確かに、“最初からそこにいた”かのように自然に、両者の正面に立っている。
「……任務に集中しろ。」
短く告げられる。
それ以上の説明も、説得もない。
だが――
誰一人として、言い返そうとはしなかった。
「「「「 ……はい。」」」」
全員が、小さく返事をする。
決して引いたわけではない。結末に納得したわけでもない。
ただ――止められた。それだけだ。
やがて群衆は散っていく。
交わることなく。
理解し合うこともなく。
白と赤は、再び距離を保ったまま分かれていった。
黄泉は古聖堂の屋根上へと跳躍する。眼下に広がる光景を一瞥し――小さく息を吐いた。
くだらないことで騒ぐなと呆れる反面、それほどまでに両者の溝は深いことを改めて認識する。
互いの一挙手一投足が導火線となり、爆弾へと繋がっているこの状況。それに加えて――
(……ここからが始まりなのか。)
ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。
ハルトが夢の中で、セイアと出会った際に見たという未来。
空を覆う分厚い雲。
鳴り止まない銃声、ビルが倒壊する音。
そして――無数の影。
「………。」
さらに思い出す。
ゲヘナでマコトたちから聞いた報告。
――“アリウススクワッド”。
条約の裏で動く、もう一つの勢力。
ゲヘナと手を組み、トリニティを崩壊させようとしていた。
「……面倒なことになりそうだな。」
小さく呟く。
あれがどれほどの規模で来るのか、見当もつかない。
場合によっては――トリニティとゲヘナが、本気で手を組まなければならない。
そこまで考えて、黄泉は口を噤む。
わずかな沈黙。そして――
「……『楽園』、か。」
ぽつりと、人知れず零した。
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古聖堂にある広々とした礼拝堂。
入場の手続きを終えたハルトは堂々とした立ち姿で中に足を踏み入れた。
差し込む光。そして――
“……やっぱり、すごいな。”
思わずそんな言葉が零れた。
一度その目で見たはずの光景。それでも、視線は自然と上へと向いていた。
高く伸びる天井。
静かに光を落とすステンドグラス。
自身の心を惹きつける“何か”が、そこにはあった。
“さて……どうしようかな。”
ハルトはスーツの袖を少し捲り、時間を確認する。
調印式開幕までまだ40分以上あるだけでなく、ナギサもマコトもまだ到着していないようだ。
周囲に目を向ける。
整然と並ぶトリニティの正義実現委員会。
対して、離れた位置に構えるゲヘナの風紀委員会。
その間にある、目に見えない距離。
“……やめておこう。”
自分の立ち位置を考え、小さく呟く。
不用意に動く理由はない。ハルトは軽く肩の力を抜いた。
と、その時。
「お、おはようございます、ハルト先生。」
不意に名を呼ばれ、振り返る。
そこには黒い修道服に身を包んだ少女がいた。どこかこちらの顔を伺うような、抑えられた声。
ハルトはその姿に覚えがあった。
“ヒナタさん、おはよう。”
にこりと微笑んで挨拶をすると、彼女――
2人が出会ったのはつい先日。ハルトが『調印式の会場の下見』として古聖堂にやってきた時のことだった。
“この前ぶりだね。”
「はい。またお会いできて嬉しいです。」
彼女は小さく頷く。
そこで会話は一旦途切れ、今度はハルトから声をかけた。
“ところで……私に何か用かな?”
「その、唐突で申し訳ないのですが――」
わずかに言葉を選ぶようにしてから。
「サクラコ様が、ハルト先生にお会いしたいとのことです。」
“……サクラコ様?”
聞き返すハルトに、ヒナタは背筋を正した。
「私たちシスターフッドを纏めるお方です。」
一瞬だけ、言葉に敬意が混じる。
「もしお時間をいただけるようでしたら……ご案内いたします。」
“もちろん、行くよ。”
ハルトは迷うことなく頷いた。
“時間もあるし、それに――”
ほんの少しだけ肩の力を抜く。
“わざわざ呼んでくれたんでしょ? 行かない理由はないよ。”
その言葉にヒナタは一瞬だけ目を瞬かせ――
「ありがとうございます。」
どこか安心したように、小さく頭を下げた。
“それじゃあ、案内をお願いしてもいい?”
「はい。」
短く応じ、ヒナタは一歩前に出る。
その背を、ハルトは静かに追った。
通路を風が吹き抜ける。
外の光が徐々に強くなる。
ヒナタに案内されたのは、古聖堂の中庭。柔らかな日差しが差し込み、風が花壇の花々を優しく揺らす。
その中心で――
一人の少女が、静かに手を伸ばしていた。
指先が花弁に触れ、そっとなぞる。
あまりにも静謐な所作。
屈んだその姿もまた、一枚の絵画のようで――
「サクラコ様。ハルト先生をお連れしました。」
ヒナタの声に、少女はゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます。」
穏やかな声音。
そして。
静かで優しい視線が、ハルトへと向けられた。
「初めまして。」
彼女はハルトの方へと歩み寄り、軽くお辞儀をする。
「“シスターフッド”のリーダー、歌住サクラコです。以後お見知りおきを。」
“「シャーレ」の桐山ハルトです。よろしくね。”
2人が自己紹介をしたところで、ヒナタは人知れずその場を離れる。中庭は2人きりの空間になった。
「突然のお呼び立て、申し訳ありません。あなたとは一度直接お会いしたくて。」
“大丈夫だよ、開会まで時間もあって暇だったし。”
笑って答えるハルト。
そして、軽く中庭を見回した。
“……それにしても、いい場所だね。”
ハルトは中庭を見渡しながら、素直に言った。
花壇。光。風。
礼拝堂とはまた違う、穏やかな静けさ。
「ありがとうございます。」
サクラコは小さく微笑む。
「ここは、私たちが日々手入れをしている場所であり、祈りの前に心を整えるための場所でもあります。」
“なるほど……。”
軽く頷くハルト。
そして、そっと花壇に歩み寄り、一輪の花を撫でた。
“確かに、不思議と心が落ち着くね。”
風が静かに通り抜ける。
花が揺れる。
ほんのわずかな沈黙。
そして――
「ハルト先生。」
サクラコが、静かに口を開いた。
「ハルト先生は……トリニティとゲヘナが、争いのない楽園を作れると思いますか?」
その問いは、あまりにも穏やかで――それでいて、逃げ場がなかった。
ハルトはすぐには答えない。
静かに視線を落とす。
足元で、風に揺れた花弁がひとつ、ゆっくりと地面に落ちた。
本来であれば、彼は即答すべき立場にある。
シャーレの代表として、誰かを安心させる言葉を選ぶべきだ。
だが――。
小さく、息を吐く。
この場で求められているのは“正しい答え”ではない。
目の前の少女に対して、誤魔化しのない言葉を返すこと。
そう感じていた。
“……争いのない楽園は、作れないと思う。”
静かに、言葉を置く。
風が一瞬だけ止まり、中庭にわずかな静寂が落ちた。
“全員が満足する場所なんて――きっと存在しないから。”
言葉を続けながらも、その声音に強さはない。
ただ事実を並べているだけのような、穏やかな響き。
ハルトは一度、言葉を切る。
視線が、わずかに花壇へと向く。
色とりどりの花が、同じ場所で咲いている。けれど、その形も、大きさも、咲き方も――すべて違う。
“誰かにとっての理想は、別の誰かにとってはそうじゃない。”
ぽつりと、零すように言う。
“だから……”
わずかに顔を上げる。
サクラコの視線と、まっすぐに向き合う。
“私たちが作れるのは「何もかもが満たされた場所」じゃなくて、「一緒にいられる場所」――そのくらいだと思う。”
言い終えた後、ほんの短い沈黙が訪れる。
風が戻る。
花が揺れる。
その音だけが、二人の間を満たしていた。
「……なるほど。」
サクラコは、小さく頷いた。
その表情に否定はない。ただ、確かめるような静かな納得があった。
「同じ『シャーレの先生』でも、黄泉先生とは全く異なる考えをお持ちなのですね。」
わずかに視線を細める。
「黄泉先生は、やや冷淡に映ることもありますが……」
「それでも彼は、平和を強く望んでいるからこそ、『見守る』ことを選んだのでしょう。」
そして――
「対して、あなたは」
風が、二人の間を通り抜ける。
花弁が、ひとつ揺れた。
「その中へ、踏み込もうとしている。」
サクラコは少しだけ口元を緩める。
そして、ハルトを見て小さくお辞儀をした。
「……ありがとうございます、ハルト先生。」
「どうやら私は、“答え”を求めすぎていたようです。」
“それなら良かった。”
ハルトは、柔らかく笑う。
「それでは――」
サクラコは静かに踵を返す。
「ご一緒に、礼拝堂へ向かいましょう。」
差し込む光の中、二人は並んで歩き出す。
中庭の静けさが、ゆっくりと背後へ遠ざかっていった。
その先に待つものが何であれ――
二人の足は、止まらなかった。
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テレビの画面には、古聖堂の様子が映し出されていた。
白を基調とした礼拝堂。その中に並ぶのは――本来なら同じ空間にいるはずのない面々。
トリニティ側には、ティーパーティーの代表・ナギサ。そして正義実現委員会のツルギ、ハスミ。
対するゲヘナ側には、万魔殿のマコト。さらに風紀委員会のヒナとアコの姿まで見える。
「……すごいな。」
アズサが、小さく呟いた。
敵対してきた者同士。決して仲が良いとは言えない生徒たちが、今は同じ場に立っている。
それだけで、この条約がどれほど本気なのかが伝わってきた。
「なんだか……まだ信じられませんね。」
ヒフミがテレビを見つめながら、ぽつりと漏らす。
「トリニティとゲヘナのトップ同士が、同じ空間にいるなんて。」
「……でも」
コハルがジュースを口に運びながら、小さく言った。
「これで傷つく人が減るのなら、悪くないのかも。」
「……そうですね。」
ヒフミが、柔らかく微笑む。
「平和って、きっとそういうところから始まるのかもしれません。」
暖かな空気が、テーブルに広がる。
その時だった。
――ざわっ。
不意に、店の外が騒がしくなるのを感じた。
「……?」
ヒフミが窓の外へ視線を向ける。
通りを歩いていた生徒たちが、次々と足を止めていた。
誰かが、空を指差している。
「なんだ……?」
アズサが眉をひそめる。
次の瞬間。
彼女は、椅子を引いて立ち上がった。
「アズサちゃん?」
返事はない。
ただ、どこか嫌な予感に突き動かされるように、店の外へと向かう。
扉を開けた瞬間――
風が、吹き抜けた。
空を、何かが横切る。
鋭く。
速く。
一直線に。
「――っ。」
その光を見た瞬間、アズサの背筋を冷たい感覚が駆け抜けた。そして、全てを理解する。
戦いは “まだ終わっていない” 。
むしろ、ここからが “始まり” なのだと。
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礼拝堂は、静寂に包まれていた。
高い天井。
ステンドグラスから差し込む光。
厳かな空気の中、参列者たちは固唾を飲んで壇上を見つめている。
ハルトもまた、その一人だった。
そんな中、彼はシッテムの箱へ軽く触れる。いつでもアロナのバリアを展開できるよう、最低限の準備だけは済ませてあった。
――何も起きないなら、それが一番いい。
そう思いながら、視線を上げる。
そして。
「それでは、宣誓へ移ります。」
進行役の声が、礼拝堂に響いた。
「トリニティ総合学園代表、桐藤ナギサ様。」
「ゲヘナ学園代表、羽沼マコト様。」
呼ばれた二人が、ゆっくりと前へ進み出る。
白と赤。
決して交わるはずのなかった色。
その二人が、今は同じ壇上へ並び立っていた。
「……。」
礼拝堂の空気がわずかに揺れる。
参列者たちの間から、小さく感嘆の息が漏れた。
ここにいる誰もが理解している。
これはただの式典ではない。キヴォトスの歴史が変わる、その瞬間なのだと。
そして。
ナギサとマコトが、宣誓の言葉を口にしようとした――の時だった。
『ハルト、直ぐにバリアを張れ!』
耳を打ったのは、黄泉の声。
それは、今まで聞いたことがないほどに切迫したものだった。
次の瞬間。
ドガァァァァァン!!!
轟音。それも一つではない。
複数の爆発音が同時に響き、礼拝堂全体が激しく揺れた。
ステンドグラスが砕け散る。
色鮮やかな破片が宙を舞い、その向こうから爆炎が吹き込んだ。
刹那――礼拝堂全体に、巨大な亀裂が走った。
“アロナ!!”
ハルトが叫ぶ。
青い光が、シッテムの箱から溢れ――
そして。
崩れ落ちた天井が、参列者を飲み込んだ。
黒煙が、空へと昇っていく。
崩れ落ちる古聖堂。
悲鳴。
炎。
遠く離れた場所からでも、その惨状ははっきりと見えていた。
――ビルの屋上。
そこに、一つの影が立っている。
風が、白いコートを揺らした。
その視線はただ静かに、燃え落ちていく礼拝堂へ向けられている。
やがて。
少女は小さく通信機へ触れた。
「……作戦開始。」
感情のない声。
ただそれだけを告げて、通信は切れた。
続く
久しぶりなのに黄泉先生の出番は少なめ……。雑な部分も多いですが、どうかお許しを。
ちょうど原神ルナVllの予告番組がありました。はっきり言って、やばいです。
ニコが美しくて、プルーネが可愛くて、ローエンがカッコよくて……。プロメイア、S級ビリー、緋英をスルーすることにしました。