死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

お久しぶりです。約2ヶ月も放ったらかしにするとは思ってなかった。
尺はいつもの半分くらいです。

前回のあらすじ
古聖堂が爆発した


彼岸の銃声

遡ること、十分前。

 

古聖堂の屋根の上。白い尖塔を見下ろすように、黄泉は一人立っていた。

 

吹き抜ける風がコートの裾を揺らす。

 

眼下では、正義実現委員会と風紀委員会がそれぞれ持ち場につき、周囲の警戒に当たっている。

 

先ほどの小競り合いもあり、互いの空気は決して良いとは言えない。

 

それでも――誰一人として持ち場を離れる者はいなかった。

 

礼拝堂では、間もなく調印の宣誓が始まる頃だろう。

 

「………。」

 

黄泉は静かに空を見上げる。

 

雲ひとつない青空。

 

あまりにも穏やかで。

 

だからこそ、どこか落ち着かなかった。

 

その時、風が止んだ。

 

いや……違う。

 

“空気が震えた”。

 

黄泉の眉が、わずかに動く。

 

耳を澄ませる。

 

遠く。

 

かすかに。

 

低い唸り声のような音。

 

「……?」

 

視線を空の彼方へ向ける。

 

次の瞬間。

 

雲一つない青空を、一筋の白い線が切り裂いた。

 

その正体を理解した刹那――

 

黄泉の姿は、屋根の上から消えていた。

 

遅れて、踏み切った赤瓦が砕け散る。

 

空を裂くように飛来するのは、大型巡航ミサイル。

 

迎撃の警報は、まだ鳴らない。

 

いや。

 

“鳴る前に”、すぐそこまで来ていた。

 

(対空防衛システムが機能していない。ならば――)

 

(俺が、斬る。)

 

住宅の屋根の上に着地し、再度跳躍。

 

刀の柄に右手を乗せ、真正面から巡航ミサイルを迎え――

 

 

ザンッ!!

 

 

一閃。

 

大型巡航ミサイルは、寸分違わず真っ二つに裂けた。

 

最悪の事態は免れた。

 

――はずだった。

 

(なんだ、この手応えの無さは……。)

 

黄泉の眉が、わずかに動く。

 

刀を伝わる感触。

 

爆薬や内部の基盤を断ち切った時の重さではない。

 

まるで――

 

「外殻だけ……?」

 

首だけで振り返ると、裂けた機体の内部が赤く明滅していた。

 

その内部から姿を現したのは――

 

「ッ……!」

 

黄泉の思考が、一瞬だけ止まる。

 

大型巡航ミサイルは囮。

 

真打は、その内部に隠された無数の小型ミサイル。

 

敵は、彼が迎撃に来ることすら織り込み済みだった。

 

空中へ放たれた小型ミサイルが、四方八方へ散開する。

 

黄泉は刀を振り抜いた姿勢のまま、辺りを見渡す。

 

その先にあるのは古聖堂だけではない。

 

校舎や住宅街、憩いの場である広場。

 

黄泉は反射的に刀を伸ばす。

 

あと一歩。

 

あと一振り。

 

だが、その僅かな差よりも早く――

 

無数の噴射口が、一斉に赤く灯った。

 

「クッ……ソ……!」

 

 

最初で最大の関門は突破された。

 

 

無数の小型ミサイルは、迷うことなく加速する。

 

 

その進路を阻む者は、もういない。

 

 

ゴォォォッ!!!

 

 

小型ミサイルは己の進むべき方向へと直進する。

 

一発でも追えば残りが通る。

 

全てを追えばどれにも届かない。

 

――間に合わない。

 

その事実だけを、黄泉は一瞬で受け入れた。

 

次に取るべき行動は、一つ。

 

「ハルト、直ぐにバリアを張れ!」

 

通信機へ向けて叫ぶ。

 

その返事を待つことはない。

 

白煙が、枝分かれするようにトリニティの空を覆っていく。

 

刀を握る手に、力が入る。

 

奥歯を噛み締める。

 

追えない。

 

守れない。

 

黄泉は、空から降り注ぐ無数の火を、ただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

轟音が、静まる。

 

土煙がゆっくりと晴れていく。

 

ハルトはゆっくりと目を開けて、息を呑んだ。

 

礼拝堂は――

 

跡形もなく、消えていた。

 

柱は折れ、壁は吹き飛び、天井はどこにもない。

 

ここに残っているのは、青白い半球状のバリアだけ。

 

その向こうには。

 

爆煙に染まった、灰色の空が広がっていた。

 

“………。”

 

ハルトは静かにシッテムの箱へ触れる。

 

青白い光が、ゆっくりと消えていく。

 

ハルトは駆け出す。

 

礼拝堂の外へ。

 

そして、その足が止まった。

 

目の前に広がっていたのは――まさに地獄だった。

 

空を覆う黒煙。

 

崩れ落ちた校舎。

 

遠くで立ち昇る火柱。

 

助けを求める悲痛な叫びが、あちらこちらから響いてくる。

 

その景色は、セイアが見せた未来そのものだった。

 

「これは……。」

 

「何ということだ……。」

 

後ろには、ナギサとマコトが立っていた。

両者、状況を完全に理解できていないように見える。

 

だからこそ、自分がいる。

ハルトは瞬間的にそう感じ取った。

 

“……ナギサ、マコト。すぐに全ての負傷者を校舎内へ避難させて。”

 

“時間がない。”

 

二人に視線を向けることなく、燃え盛る街を見つめたまま言った。

 

ハルトは一度だけ唇を噛む。

 

言いたくない。

 

認めたくない。

 

それでも、言わなければならない。

 

この場で唯一、未来を知っている自分が。

 

“もうすぐ、次の攻撃が来る。”

 

「……何か知っているのですか?」

 

ナギサが鋭く問い返す。

 

ハルトは視線を落とした。

 

脳裏には、あの日セイアが見せた未来。

 

燃え上がるトリニティ。

 

崩れ落ちる街。

 

そして、数え切れないほどの銃声。

 

小さく息を吸う。

 

“……夢の内容の通りなら”

 

わずかな沈黙。

 

その言葉だけは口にしたくなかった。

 

それでも、言うしかない。

 

ハルトはようやく振り返り、伝えた。

 

“――これから、戦争が始まる。”

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

瓦礫が積み重なる古聖堂の前。

 

舞い上がる灰が、ゆっくりと地面へ降り積もる。

 

正義実現委員会の少女は、呆然とその光景を見つめていた。

 

つい数分前まで、多くの人が笑顔で集まっていた場所。

 

それが今では、見る影もない。

 

その時――

 

「正義実現委員会は負傷者の救助を最優先!校舎内へ搬送してください!」

 

ナギサの声が響く。

 

続けて、

 

「風紀委員会は周囲を警戒! 負傷した者はトリニティの校舎へ行け!」

 

マコトが指示を飛ばした。

 

その瞬間だった。

 

「お、お待ちください!」

 

正義実現委員会の生徒が思わず声を上げる。

 

「ゲヘナの生徒まで校舎へ入れるのですか!?」

 

その言葉が、場の空気を変えた。

 

「奴らが爆撃をした可能性だってあります!」

 

「エデン条約はただの不可侵条約です!ここまで踏み込む必要があるのですか!?」

 

その言葉に、今度は風紀委員会の生徒が反応する。

 

「マコト様、本気ですか!?」

 

「トリニティを信用するんですか!?」

 

「私たちの敵だった連中ですよ!?」

 

ざわめきが一気に広がる。

 

誰もがナギサとマコトを見つめていた。

 

責めるように。

 

戸惑うように。

 

理解できないという表情で。

 

少女は静かにその様子を見つめる。

 

(違う……。)

 

そう思った。

 

ナギサも。

 

マコトも。

 

決して仲良くなったわけではない。

 

ただ今は、人を助けることを優先しただけ。

 

どうしてみんな、分からないのだろう。

 

言葉が飛び交う。

 

不安は不信へ。

 

不信は怒りへ。

 

少しずつ形を変え始める。

 

――その時だった。

 

 

“そこまでにしよう。”

 

 

決して大きくはない声。

 

それなのに、不思議とその場にいた全員の耳へ届いた。

 

少女は反射的に顔を上げる。

 

そこには、ハルトが立っていた。

 

穏やかな表情。

 

だが、その瞳だけは真っ直ぐに私たちを見据えている。

 

“ナギサもマコトも、自分の学園を見捨てたわけじゃない。”

 

ハルトはゆっくりと周囲を見渡す。

 

“ただ……助けを必要としている人を、助けようとしただけだ。”

 

誰も口を開かない。

 

“今ここで銃を向け合えば、一番喜ぶのは誰だろう?”

 

その問いに、少女ははっとする。

 

周囲の生徒たちも、少しずつ表情を変えていく。

 

ハルトは静かに続けた。

 

“敵の目的はトリニティとゲヘナの両方を潰すことだ。互いを疑い、立ち止まれば、それだけ敵は動きやすくなる。”

 

“私たちには時間がない。救える命を、先に救おう。”

 

少女は小さく息を吸う。

 

そして、近くで倒れているゲヘナの生徒へ駆け寄った。

 

その生徒は、道で転んだ自分を笑った風紀委員の一人だった。

 

「立てますか?」

 

責める言葉は、一つもない。

 

風紀委員の少女は唇を噛む。

 

「……なんで。」

 

震える声。

 

「私、お前のこと……。」

 

最後まで言えなかった。

 

少女は首を横に振る。

 

「今は、お互い様です。」

 

そう言って肩を貸す。

 

二人はゆっくりと歩き出した。

 

その姿を見ていた生徒たちは、誰からともなく救助へ動き始める。

 

やがて、トリニティとゲヘナの生徒たちは無言のまま互いに手を貸し合い、再び避難と救助へ走り出した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……さすがですね。」

 

ナギサが静かに息を吐く。

 

先ほどまで張り詰めていた生徒たちの空気は、ハルトの一言で確かに変わっていた。

 

「黄泉の後ろに隠れた腰抜けではないようだな。」

 

マコトが腕を組みながら鼻を鳴らす。

 

「少し見直したぞ、桐山ハルト。」

 

“ありがとう。でも――”

 

ハルトが答えようとした、その時。

 

 

ダダダダダッ!!!

 

 

「――っ!」

 

咄嗟にマコトがハルトの肩を掴み、引き寄せる。

 

直後、ハルトが立っていた場所をいくつもの弾丸が通り過ぎて行った。

 

ナギサが即座にハンドガンを構える。

風紀委員会と正義実現委員会も、一斉に周囲へ視線を走らせた。

 

しかし。

 

誰も見つけられない。

 

「どこだ……!」

 

その時だった。

 

カツン。

 

ヒールの音が聞こえた。

 

瓦礫の向こう。

 

立ち昇る黒煙の中から、一つ、また一つと白い影が姿を現す。

 

修道服にも似た藍色のベール。

 

顔を覆う、無機質な仮面。

 

感情を宿さない、白く光る双眸。

 

そして。

 

頭上には、歪んだ光輪。

 

「あれは……!」

 

ナギサの声が、震えた。

 

マコトも険しい表情のまま、呟く。

 

「人間……なのか?」

 

黒煙の中から現れた”それ”は、生者のようには見えなかった。

 

亡霊。

 

その言葉だけが、全員の脳裏を過った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

黄泉は着地と同時に駆け出した。

 

爆煙の向こう。

 

瓦礫に埋もれた街。

 

泣き叫ぶ生徒。

 

至る所から助けを求める声が聞こえる。

 

(まだ間に合う。)

 

一人でも多く。

 

一人でも早く。

 

それだけを考え、瓦礫の山へ飛び乗ろうとした、その時。

 

 

ダダダダダッ!!!

 

 

乾いた銃声。

 

黄泉の足が止まる。

 

爆発音とは明らかに違う。

 

戦場で何度も耳にした、命を奪うための音。

 

続けて聞こえたのは――

 

「きゃあぁぁぁっ!!」

 

少女たちの悲鳴に、黄泉の表情が変わる。

 

「……ッ!」

 

地面を蹴る。

 

銃声の方角へ。

 

瓦礫を飛び越え。

 

崩れた壁を駆け抜け。

 

その先で、黄泉は立ち止まった。

 

そこにいたのは――

 

藍色のベール。

 

仮面に覆われた顔。

 

感情のない、白く光る双眸。

 

その姿を見て、黄泉は静かに目を細める。

 

(……なんだ、あれ(・・)は。)

 

亡霊はゆっくりと銃口を持ち上げる。

 

その動きに、殺気はなかった。

 

敵意もなければ、恐怖もない。

生者なら必ず宿るはずの”意思”だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。

 

戦場で幾度となく見送ってきた“死”。

 

その静けさだけは――決して見誤らない。

 

(奴らは、死者で間違いない。)

 

想いも。

 

願いも。

 

生きた証も。

 

何一つ感じられない。

 

ただ、命令を実行するためだけに動いている。

 

(……何者かに、操られている。)

 

その瞬間。

 

脳裏に、ある言葉が蘇る。

 

 

死は終わりではない。』

 

 

かつて、黒服へ告げた言葉。

 

死んだ者は、消えるわけではない。

 

遺された者が想いを受け継ぐ限り、その命は生き続ける。

 

だが。

 

目の前の存在には、受け継がれるべき想いすらない。

 

死者を、ただ戦うための器として扱っている。

 

黄泉は静かに刀へ手を掛けた。

 

「……死を侮辱するか。」

 

隠しきれない、底知れない静かな怒り。

 

それは、目の前の亡霊たちへ向けたものではない。

 

その尊厳を奪い、兵器として戦場へ立たせた者へ向けた怒りだった。

 

ゆっくりと鯉口を切る。

 

澄んだ金属音が、静まり返った街に響いた。

 

亡霊たちは何も語らない。

 

何も迷わない。

 

ただ、命令に従うのみ。

 

そして――

 

引き金が引かれた。

 

無数の弾丸が、黄泉へと降り注ぐ。

 

それでも。

 

黄泉の表情は微動だにしなかった。

 

刀を静かに構え、亡霊たちを見据える。

 

「……お前たちに、罪はない。」

 

その声は、敵へ向けたものとは思えないほど穏やかだった。

 

切っ先が、静かに亡霊たちへ向けられる。

 

「この刀で――彼岸へと送ろう。」

 

黄泉は素早く体を捻り、弾丸を躱す。

 

躱しきれない弾丸だけを刀で弾く。

 

空中に火花が舞う。

 

そして。

 

地面を蹴る。

 

石畳が砕ける。

 

刹那、黄泉の姿は亡霊の視界から消えていた。

 

 

続く




この先生、いつか「彼岸葬送!」とか言い出しそう。(ほぼ言ってる)

次の投稿も未定ですが、気長に待っていただけると嬉しいです。

一番書きたかった章なだけあって辛い。
時期が悪いよ、時期が。
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