死を識る者、日常に佇む   作:ツカッチ

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開拓者のみなさん、先生のみなさん、こんにちは。

お久しぶりです。
文章で「絶望」を表現できる人って素晴らしいなと思ったと同時に、自分の文章力の無さに凹みました(つーか、これが限界)。

前回のあらすじ
黄泉先生が戦場に降り立った


救いの果て

爆煙が、視界を覆っていた。

 

ヒナは瓦礫の上に片膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。

 

制服はところどころ破れ、身体には無数の傷が走っている。

 

握り締めた銃も、ひどく重かった。

 

(……何が、起きたの。)

 

先ほどまで、確かに式典が行われていた。

 

それが今では、辺り一面が瓦礫と炎に包まれている。

 

一瞬だけ、脳裏に最悪の可能性が浮かんだ。

 

(トリニティが……?)

 

しかし。

 

「……?」

 

ヒナは顔を上げる。

 

煙の向こうから、複数の影が現れた。

 

一人。

 

二人。

 

いや、それ以上。

 

まるで亡霊のような “何か” が、銃を手にしている。

 

(あれは……何……?)

 

その中央。

 

一人の少女が、ゆっくりと歩いてくる。

 

エメラルドブルーの髪。

 

ヒナと目が合うと、少女は小さく肩を震わせた。

 

「……あ。」

 

何か言おうとして、言葉に詰まる。

 

「ヒナさん……。」

 

おずおずと、その名を口にした。

 

「……まだ、立ってますねぇ……。」

 

その声に敵意はなかった。

むしろ、目の前の傷だらけの少女を心配しているようですらある。

 

「すごいですねぇ……強いですねぇ……。」

 

少女は少しだけ視線を逸らす。

 

「痛いはずなのに……。」

 

「苦しいはずなのに……。」

 

どう言えばいいのか分からない。

 

そんな様子で、言葉を途切れさせる。

 

ヒナは銃を握り直した。

 

「……何が目的。」

 

少女の肩が、びくりと揺れる。

 

「えっと……その……。」

 

答えに迷う。

 

「私たちは……。」

 

その時。

 

少女の耳元で、通信が入った。

 

『――ヒナは、絶対に逃すな。』

 

少女の動きが止まった。

 

「………。」

 

俯いていた顔が、ゆっくりと上がる。

 

先ほどまでの戸惑いが、ほんの少しだけ消える。

 

「……すみません。」

 

少女は申し訳なさそうに呟いた。

 

「これも……命令でして……。」

 

言葉を止める。

 

そして、小さく息を吐く。

 

「そのたくさんの傷、とても苦しいと思うので……」

 

「今、楽にしてあげますね。」

 

短い言葉。

 

亡霊たちは、迷うことなく銃を構えた。

 

ヒナは周囲を見渡す。

 

逃げ場はない。

 

傷ついた身体では、全てを躱すこともできない。

 

それでも。

 

銃を握る。

 

しかし、力が上手く入らない。

 

刹那、一斉に引き金が引かれた。

 

無数の弾丸が、ヒナへ殺到する。

 

「――っ!」

 

ヒナは固く目を閉じた。

 

次の瞬間。

 

――ガガガガガンッ!!

 

弾丸が弾かれる音が響いた。

 

「……?」

 

身体に、新たな痛みはない。

 

恐る恐る、ヒナは目を開く。

 

その視界に飛び込んできたのは――

 

一人の男の背中だった。

 

黒紫いろの髪。

 

白い外套。

 

手にした長刀。

 

その鞘から、小さな稲妻が走っている。

 

「……黄泉、先生。」

 

ヒナの声は、僅かに震えていた。

 

黄泉は振り返ることなく、目の前の敵を見据えている。

 

「立てるか。」

 

「……はい。」

 

ヒナは銃を握り直し、なんとか立ち上がる。

 

しかし、わずかに足元がふらついた。

 

その様子を横目で確認した黄泉は、短く息を吐く。

 

「無理をするな。」

 

「……無理なんてしていないわ。私も一緒に――」

 

「ヒナ。」

 

その声は、一層鋭かった。

 

「何もせず、俺から離れるな。」

 

「でないと、お前を守れなくなる。」

 

ヒナは言葉に詰まる。

 

悔しい。

 

自分だって、まだ銃を握れる。

 

まだ戦える。

 

そう思いたい。

 

けれど――

 

今の自分が足手まといになることくらい、分かっていた。

 

「……はい。」

 

ヒナの返事を聞いた黄泉は、それ以上何も言わなかった。

 

黄泉は素早く辺りを見渡す。

 

部隊の指揮をとっているであろう、エメラルドブルーの髪の少女。

 

そして、その背後にいる謎の亡霊たち。

 

「お前たちの目的はなんだ。」

 

黄泉の問いに、少女が小さく肩を震わせる。

 

「ぜ……絶対に教えません。」

 

「ならば、捕らえさせてもらう。」

 

淡々と答える黄泉。

 

次いで、彼はヒナの前に屈む。

 

そして、その小さな身体をひょいと抱き上げる。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと黄泉先生!?」

 

突然の行動に、ヒナは顔を真っ赤にする。しかし黄泉は、何とも冷静に答えた。

 

「このままお前を連れて逃げたいところだが、奴を野放しにするのはまずい。」

 

黄泉は、少女へと視線を向ける。

 

その周りでは、亡霊たちが銃を構えている。

 

ヒナは黄泉の視線を追う。

 

「……あの子を?」

 

「ああ。」

 

黄泉は短く答える。

 

「周囲の亡霊を従えているのを見るに、敵の作戦の中心にいる可能性が高い。」

 

そして、ヒナを抱える腕に僅かに力を込める。

 

「だから――今だけ我慢してくれ。」

 

「……っ。」

 

ヒナは何も言えなかった。

 

ただ、黄泉の胸元に身体を預ける。

 

「……はい。」

 

その返事を聞いた黄泉は、静かに立ち上がった。

 

「しっかり掴まっていろ。」

 

片腕にヒナを抱えたまま。

 

もう片方の手が、刀を鞘から引き抜く。

 

残された鞘は、そっと瓦礫の上に落ちる。抱き抱えられたヒナの足に触れさせないためだ。

 

「来い。」

 

黄泉の目が、鋭く細められる。

 

刹那、銃声が天高く轟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

銃声が、絶え間なく響く。

 

一体が撃つ。

 

その直後には、別の一体が側面から狙う。

 

さらに後方。

 

瓦礫の上。

 

崩れた建物の陰。

 

亡霊たちは、それぞれ異なる位置から銃口を向けてくる。

 

意思を持たないはずの存在。

 

それにもかかわらず、互いの射線を邪魔することなく、自然と連携を取っていた。

 

「………。」

 

黄泉は身を翻す。

 

飛来した弾丸を躱し、刀で弾く。

 

火花が散る。

 

そのまま一体を斬り伏せる。

 

倒れた亡霊は、塵となって消えた。

 

「………。」

 

また一体。

 

斬る。

 

倒れる。

 

塵になる。

 

その繰り返し。

 

しかし――

 

「……きりがないな。」

 

黄泉はヒナを抱える腕に、僅かに力を込めた。

 

一向に数が減らない。

 

それどころか、戦場のあちこちから新たな亡霊が現れてくる。

 

先が見えない。

 

加えて、黄泉は戦いながら、ある違和感を覚えていた。

 

最初は、自分を狙っていると思っていた。

 

当然だ。

 

この場で最も脅威となるのは、自分なのだから。

 

しかし――

 

違う。

 

一発の弾丸が、黄泉の肩を掠めた。

 

その軌道を追う。

 

弾丸が向かっていた先は――

 

自分ではない。

 

左腕に抱えたヒナだった。

 

「………。」

 

黄泉の目が、僅かに細くなる。

 

次の瞬間。

 

別方向から飛来した弾丸。

 

それもまた、ヒナへ向かっていた。

 

黄泉は身体を捻る。

 

弾丸を刀で弾き飛ばす。

 

「……そういうことか。」

 

亡霊たちは、自分を倒そうとしているのではない。

 

自分の腕にいるヒナを狙っている。

 

黄泉は周囲を見渡す。

 

四方から向けられた銃口。

 

その全てが――

 

ヒナへ向いていた。

 

黄泉は、今にも崩れそうな建物に身を潜めた。胸元のヒナに、そっと声をかける。

 

「体は大丈夫か。」

 

「平気よ。抱えられながらも、止血はしていたから。」

 

彼女はそう言うが、呼吸は速く、浅い。

止血したであろう傷からも、じわりと血が滲んでいる。

 

なるべくヒナを揺らさないように動いていたつもりだが、やはり限界はあったらしい。

 

「すまない、ヒナ。やはり初めから撤退するべきだった。」

 

「……今更、何言ってるのよ、先生。」

 

ヒナは苦笑する。

 

その顔には、確かに疲労が滲んでいた。

 

それでも、その瞳にはまだ力が残っている。

 

「今考えるべきは私の容態じゃなくて……どうやってこの戦いを終わらせるか、でしょう?」

 

黄泉は黙ってヒナを見る。

 

「私は風紀委員長よ。先生から見たら頼りないかもだけど、こう言った状況には慣れてる。」

 

「それに、あの子を捕まえる判断は間違ってない。」

 

「今回の襲撃について、何か知っているはずだから。」

 

ヒナは黄泉の胸元へ身体を預け直す。

 

「これから先のことを考えたら――」

 

少しだけ、声が弱くなる。

 

それでも。

 

「……これくらい、我慢できる。」

 

「それに――」

 

ヒナは、黄泉の胸元から顔を上げる。

 

「守られてばかりいるつもりはないから。」

 

「……そうか。」

 

黄泉は短く答えた。

 

そして、再び前を向く。

 

「なら、頼む。」

 

その瞬間。

 

瓦礫の向こうから、銃弾が飛来した。

 

黄泉はすぐそばの窓から脱出。着地した瞬間、ヒナが叫んだ。

 

「上から来る!」

 

待っていたと言わんばかりに、屋上にいた亡霊たちが引き金を引いた。

 

しかし、黄泉は振り返らない。

 

身体を僅かに傾ける。

 

弾丸が頬のすぐ横を通り過ぎた。

 

そのまま、黄泉は地面を蹴る。

 

正面の三体に迷うことなく近づき、強く踏み込む。

 

一閃。

 

三体の亡霊は、音もなく崩れ落ちた。

 

「左に飛んで!」

 

ヒナが叫ぶ。

 

黄泉が左方向へ身体を捻る。

 

亡霊が引き金を引く頃には、黄泉は建物の影に消えていた。

 

建物から建物へ。

敵の死角を突きながら黄泉は刀を振るう。

 

銃身ごと斬り落とされた亡霊が、地面へ倒れる。

 

その身体は風に流れて行った。

 

「……後ろ、まだ二体!」

 

「分かった。」

 

黄泉はヒナを抱えたまま、僅かに身体を沈めて突撃。

 

その頭上を弾丸が通り過ぎる。

 

直後。

 

刀が横薙ぎに振り抜かれた。

 

二体の亡霊が、同時に消える。

 

「……すごい。」

 

思わず、ヒナの口から言葉が漏れた。

 

だが、黄泉は足を止めない。

 

「次は?」

 

「……!」

 

ヒナは周囲を見渡す。

 

黄泉の視界には映らない、背後。

 

瓦礫の陰。

 

崩れた建物の上。

 

そこに潜む敵の姿を探す。

 

「十時方向。瓦礫の上!」

 

黄泉が跳ぶ。

 

「もう一体、右!」

 

空中で身体を捻る。

 

着地と同時に、刀が走った。

 

一体。

 

そして、振り返りざまにもう一体。

 

静かになった。

 

ヒナは、荒い呼吸を整えながら周囲を見渡す。

 

黄泉の左腕に抱えられている。

 

自分の足では動けない。

 

それでも自分にできることはある。

 

それは――黄泉には見えない目になることだった。

 

「……まぁ、黄泉先生なら私が言わなくても気づいているんでしょうけど。」

 

「そう言いたいところだが。」

 

黄泉は前方を見据えたまま答える。

 

「奴らの気配を読むことができなかった。」

 

「……そうなの?」

 

黄泉は小さく頷く。

 

「姿を隠されれば、位置を把握することも難しい。」

 

「だから、飛来する弾丸を頼りに読むしかなかった。」

 

「……なるほど。」

 

そして、黄泉は続けた。

 

「だから――ヒナのおかげで、随分と戦いやすかった。」

 

「………。」

 

思いがけない言葉に、ヒナは少しだけ目を見開く。

 

黄泉は、いつも通りの淡々とした声音だった。

 

けれど。

 

その言葉は、確かにヒナへ届いた。

 

(……少しは。)

 

黄泉の胸元に身を預けながら、ヒナは目を伏せる。

 

(少しは、借りを返せたかしら。)

 

黄泉は刀を構えたまま、周囲を見渡す。

 

そして――

 

瓦礫の陰。

 

一人の少女が、こちらに背を向けて歩いていた。

 

「……逃げるつもりか。」

 

黄泉は地面を蹴る。

 

ヒナを抱えたまま、瓦礫を飛び越える。

 

次の瞬間。

 

「ひっ……!」

 

逃げようとしていた少女の目の前に、黄泉が立っていた。

 

黄泉はヒナをそっと下ろし、少女に一歩近づく。

 

「もう一度聞く。お前たちの目的はなんだ?」

 

少女は俯いたまま、答えない。

 

「誰の命令で動いている?」

 

「…………。」

 

やはり、答えない。

 

黄泉は小さく息を吐いた。

 

「そうか。」

 

そして、空いている手を伸ばす。

 

「ならば、言った通り――」

 

少女の腕へ手を伸ばす。

 

その瞬間。

 

――ヒュォン!

 

風を切る音。

 

黄泉の手があった場所を、一発の弾丸が通り過ぎた。

 

「……!」

 

黄泉は咄嗟に手を引いていた。

 

弾丸はそのまま瓦礫へ突き刺さる。

 

黄泉の目が、鋭く細められる。

 

(……今のは。)

 

銃声よりも早く、気配を感じ取っていた。

 

だからこそ、間に合った。

 

ヒナも、弾丸が飛んできた方向へ顔を向ける。

 

黒い帽子。

 

長い黒髪。

 

黒いマスク。

 

そして、鋭い眼差し。

 

その姿からは、他の生徒とはまるで違う気配が漂っている。

 

「ヒヨリ。」

 

その声を聞いた瞬間、ヒヨリの表情が変わる。

 

「サ、サオリさん……!」

 

黄泉の目が、静かに細められた。

 

少女は、真っ直ぐに黄泉を見ていた。

 

その手には、まだ拳銃が握られている。

 

周囲から、さらに二人の少女が姿を現す。

 

その誰もが、黄泉へ銃口を向けている。

 

しかし――

 

その中でただ一人。

 

先頭に立つ少女だけが、他の者とは違う目をしていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「……黄泉、お前に質問させてもらう。」

 

帽子を被った少女……サオリは、黄泉を指差して言った。

 

 

「私たちが誰か――覚えているか。」

 

 

黄泉はサオリを見つめる。

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

「……知らん。」

 

その一言だった。

 

「――ッ。」

 

サオリの瞳が見開かれる。

 

次の瞬間。

 

懐から拳銃を抜き出した。

 

「……!」

 

ヒナが息を呑む。

 

銃口が黄泉へ向く。

 

そして――

 

パンッ!

 

乾いた銃声が響いた。

 

黄泉は僅かに身体を傾ける。

 

弾丸が頬を掠め、背後の瓦礫へ突き刺さった。

 

黄泉は刀に手を掛けることすらしなかった。

 

ただ、黙ってサオリを見つめる。

 

サオリもまた、銃口を下ろさない。

 

しかし、その瞳にあったのは、明確な怒りだった。

 

憎悪。

 

長い年月をかけて、積み重ねられた感情。

 

「ノックス……。」

 

その名を口にした瞬間。

 

黄泉の肩が、ほんの僅かに揺れた。

 

「私はずっと――」

 

サオリの声が震える。

 

それは恐怖ではない。

 

怒りだった。

 

「お前を、この手で殺したかった。」

 

黄泉は、しばしサオリを見つめる。

 

そして。

 

「……アリウス出身なら、知っていて当然か。」

 

その言葉に、僅かな納得が滲んでいた。

 

ノックス。

 

かつての自分を知る者。

 

そして――

 

自分を憎む者。

 

黄泉はようやく、彼女が抱えているものの一端を理解した。

 

だが。

 

サオリの怒りは、それでは収まらない。

 

「当然だ。」

 

拳銃を握る手に、力が籠もる。

 

「私たちは、お前を忘れたことなど一度もない。」

 

その言葉に、黄泉は何も答えなかった。

 

「黄泉、先生……?」

 

ヒナが困惑の声で名前を呼ぶ。

黄泉は振り返りそこしなかったものの、右手を彼女の頭の上にそっと置いた。

 

「……それだけか。」

 

サオリの声が、僅かに震えた。

 

「お前は本当に、何も覚えていないのか。」

 

黄泉は答えない。

 

サオリはしばらく黄泉を睨みつけていた。

 

やがて。

 

ゆっくりと、顔へ手を伸ばす。

 

「なら……思い出させてやる。」

 

指先が、黒いマスクへ掛かる。

 

そして――

 

外した。

 

隠されていた素顔が晒される。

 

「……!」

 

黄泉の目が、僅かに見開かれた。

 

その顔。

 

その瞳。

 

遠い記憶の中に残っていた、小さな少女。

 

仲間を庇い、自ら先頭に立っていた勇敢な少女。

 

 

「あの日俺が助けたのは……お前たちだったのか。」

 

 

黄泉の声が、初めて揺れた。

 

サオリは拳銃を握ったまま、静かに答える。

 

「……やっと思い出したか。」

 

その声に、かつての面影は残っていなかった。

 

黄泉は何も言わない。

 

ただ、目の前の少女を見つめる。

 

「……大きくなったな。」

 

その一言に。

 

サオリの眉が僅かに動いた。

 

「……っ。」

 

拳銃を握る手に、力が籠もる。

 

「……お前が私たちを救ったことも、私たちに生きる希望をくれたことも。」

 

「全部、覚えている。」

 

一歩。

 

サオリが黄泉へ近づく。

 

「だからこそ――私は、お前が許せない。」

 

そんな怒りに囚われた瞳を見て、黄泉は小さく息を吐いた。

 

「なぜ――あの頃と同じことを繰り返している?」

 

サオリの表情が強張る。

 

「奴は…… “マダム” は、もうこの世にはいない。」

 

「それなのにお前たちは、今も同じように人を傷つけ、街を壊し、戦っている。」

 

「……何も、変わっていない。」

 

その言葉に。

 

サオリの瞳に、怒りが宿った。

 

「……だったら。」

 

声が震える。

 

「だったらなぜ――」

 

拳銃を握る手に、力が籠もる。

 

「なぜ、アリウスに帰ってこなかった!」

 

黄泉の目が僅かに見開かれた。

 

「お前がいなくなった後、私たちがどうなったか……何も知らないくせに……!」

 

サオリの声が、初めて大きくなる。

 

「“マダム” を失ったアリウスは、何も残らなかった!」

 

「統治する者もいない、守る者もいない!」

 

「私たちは……ただ、生きることに必死だった!」

 

黄泉は何も言わない。

 

「食べるものはない。」

 

「安心して眠れる場所もない。」

 

「明日、生きている保証すらない!」

 

一つ一つの言葉が、黄泉へ突き刺さる。

 

「それでも……!」

 

サオリの声が震える。

 

「それでも私は、待っていた!」

 

「いつか、戻ってきてくれるんじゃないかと……!」

 

「……お前なら……。」

 

そこで言葉が詰まる。

 

サオリは唇を噛み締める。

 

「お前なら、私たちを……。」

 

言えない。

 

言いたくない。

 

そんな弱さを、目の前の裏切り者に見せたくない。

 

それでも。

 

「……アリウスを、救ってくれるのではないかと……!」

 

静寂が落ちる。

 

黄泉は、僅かに俯いた。

 

サオリは続ける。

 

「キヴォトスで、お前がどれだけ信頼されているのかも知っている。」

 

「お前が誰かを救ってきたことも。」

 

「だからこそ……。」

 

声が震える。

 

「どうして、私たちのところに戻ってこなかった?」

 

黄泉は答えられない。

 

“マダム” を止める。

 

当時は、それだけを考えていた。

 

奴の支配を終わらせれば、子供たちは自由になれる。

 

そう信じていた。

 

だが――。

 

その後のアリウスを、考えていなかった。

 

そして。

 

“マダム” を失ったアリウスは、黄泉が想像していた以上の混乱に飲み込まれていた。

 

その頃の自分は……キヴォトスに一人、倒れていた。

 

「……そうか。」

 

ようやく、黄泉が口を開く。

 

「俺は、誰一人として救えなかったんだな。」

 

その言葉に、サオリの表情が歪む。

 

「……お前はあの日――私たちを置き去りにした。」

 

「アリウスを裏切り、私たちを裏切った。」

 

黄泉は何も反論しなかった。

 

ただ、その事実だけを受け止める。

 

そして黄泉は――

 

刀を、静かにヒナの前に置いた。

 

「先生、何を……。」

 

ヒナが声をかけるが、黄泉は何も言わない。

 

刀がバチバチと稲妻を迸らせる。

ヒナの目には、黄泉を引き留めているように見えた。

 

「……何か、言い残すことはあるか。」

 

黄泉は、後ろにいたヒナと、その足元に置かれていた刀に目を向ける。

 

次いで、周りに立つ三人の少女たちに目を向ける。

 

そして最後に――目の前のサオリを見た。

 

 

 

「すまなかった。」

 

 

 

黄泉は、静かに笑っていた。

 

「先生、待って――!」

 

ヒナが叫ぶ。

 

その瞬間。

 

――世界から、音が消えた。

 

何が起きたのか。

 

彼女には、分からなかった。

 

ただ。

 

気がつけば――

 

黄泉が、仰向けに倒れていた。

 

「……え。」

 

ヒナの目が見開かれる。

 

先ほどまで立っていたはずの身体が、地面に横たわっている。

 

白いシャツ。

 

その胸元と腹部に――

 

じわり。

 

じわりと。

 

赤が、滲み始めていた。

 

「……先生?」

 

声が震える。

 

黄泉は動かない。

 

「……黄泉先生。」

 

返事はない。

 

ヒナの視界が、ゆっくりと歪んでいく。

 

ヒナは震える手を伸ばす。

 

肩に触れる。

 

揺する。

 

「先生……?」

 

動かない。

 

もう一度。

 

今度は、もっと強く。

 

「黄泉先生!」

 

身体を揺さぶる。

 

それでも。

 

動かない。

 

「……ああ。」

 

呼吸が浅くなる。

 

「嘘……。」

 

シャツに広がっていく赤は、止まることを知らない。

 

「嘘……嘘よ。」

 

頭を振る。

 

「違う。」

 

「違う違う。」

 

「だって……。」

 

何度も首を振る。

 

「さっきまで……。」

 

さっきまで、笑っていた。

 

自分を抱えていた。

 

「今だけ、我慢してくれって……。」

 

声が震える。

 

「……約束したじゃない。」

 

返事はない。

 

「ねぇ……。」

 

黄泉の肩を、また揺する。

 

「起きてよ。」

 

「……先生。」

 

涙が溢れる。

 

いやだ……。

 

いやだ。

 

いやだ……いやだ……。

 

いやだ、いやだ、いやだ。

 

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ

 

 

 

 

……ヒナは、震える手を見る。

 

「私は……。」

 

どうして。

 

どうして自分は動けなかった。

 

どうして助けられなかった。

 

どうして――

 

私は、ここにいるの?

 

「……意味、ない。」

 

その言葉が、ぽつりと落ちる。

 

「私なんて……。」

 

ヒナの周囲で、何かが軋んだ。

 

空気が歪む。

 

何かが、揺らぐ。

 

「………。」

 

その瞳から、光が消えていく。

 

ヒナの精神が、闇に呑まれようとしていた。

 

 

つづく




そういえば、何やらゲヘナのストーリーが追加されたみたいですね。ヒナとマコトが並んでいる画像は見たんですが、どんな話なんでしょうか。

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奇物:両面宿儺の指(作者:二等辺大三角形)(原作:崩壊:スターレイル)

両面宿儺の指:遥か昔、それこそ星神が誕生する以前から存在すると言われている呪物。なんの変哲もない人差し指でありながら、あらゆる衝撃、熱、爆発に耐えうるほどの硬度を持つ。その理屈はかの知恵の王ですら解き明かす日は無かった。▼そして、これを一時的に所持していたあるメモキーパーは天才クラブ#1のザンダーにこう言い放った。▼「これを只人が飲んではならず、他者を慈しみ…


総合評価:2052/評価:9.05/連載:46話/更新日時:2026年08月21日(金) 08:00 小説情報


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