ペディはジンに自分の過ごした世界のことを語り、ジンはその代わりにペディに念能力を教えてくれた。彼はペディのハンターノートに大層興味を示し、ペディの手でこの地の言葉に翻訳されたものをコピーまでした。特にヴァルハザクのような厄介な古龍の情報やそれの対策などは彼にとって重要だったらしい。
暗黒大陸の資料として必要となれば一部に公開するかもしれないが、ペディからの情報だとは言わないとジンは約束した。ペディがこの地にとって膨大な未知の情報と物品を持っていることを知られれば、監禁されてなにもかも研究に回されるだろうとのことだ。本来ならばこれも上層部に報告すべき案件であるらしい。
さらっと明かされる闇の深い情報に、ペディはわかったと頷いた。ジンが真面目な人間でなくて助かったと言えるだろう。
そして念能力だが、水見式の結果強化系であることが判明した。強化系とはその名の通り物質や肉体の強化に特化した系統で、他の系統もバランスよく扱えることから最優と称されているらしい。
ジンは水見式を行う前からペディの能力的に放出系か強化系だろうということはなんとなくわかっていたようだ。しかしその理論でいくと、ペディの知るハンターたちは皆その2つしか適正がないことになってしまう。やはり不思議だ。
念能力をきちんと習得してからというもの、武器の能力が飛躍的に上昇した。意識して扱えるようになったからだろうか。鼓笛珠など必要ないほど旋律の持続時間が伸び、効果も上がった。
なお、ねこは具現化系であった。それが判明したさい彼はオトモ道具を具現化できるようになりたいと目を輝かせた。なんでも、常にどれかひとつしか持ち歩けないからペディのサポートを完璧にはこなせないことに悩んでいたと。複数の武器を具現化するのは苦労するし容量も食うが、もともと長く使い込んで愛着のあるものであるなら発現は遅くないだろうとジンは言った。
まだまだ磨く余地はあるが新たな発も獲得し念能力をひととおり習得したので、ペディとねこは本格的に新大陸に帰るため動くことを決意する。
どうやらこちらにもハンターなる職業は一般的に普及しているらしく、ハンターライセンスを持っているからこそ得られる情報や行ける場所などがたくさんあるのだという。
とりわけ幻獣ハンターというのはペディのモンスターハンター活動に限りなく近いらしく、世話になることもあるだろうとカイトという人間の連絡先を教えてもらった。ジンの弟子とのことなので、必然的にペディの兄弟子ということになる。
なんにせよまずはハンター試験を受けなければ。まあ次の試験は半年後なのだが。
「天空闘技場に行ってみたらどうだ?」
「てんくうとうぎじょう」
そろそろこの場を離れるための準備をしなければと荷造りするペディに、ジンはそう言った。周囲は鬱蒼とした森の中で、2人はタープを張ったテントの下で焚き火をしていた。新大陸を離れてからめっきり人里を訪れていない。このまま野生の獣になるかもしれないとさえ思った。
「お前モンスター相手にはともかく、人間相手じゃあんま戦闘経験ねーだろ。そっちじゃどうだったか知んねーがこっちでは人間が敵のことの方が多いからな」
たしかに、ペディの過ごした場所ではモンスターという敵の存在が強大すぎて人間同士で争っている暇などなかった。全員が手を組んで知恵を絞って生きていかねば身は守れない、そんな世界だ。
人を鈍器で殴ったりするのは少々気が進まないが、必要に駆られることは確実にあるだろうと思われたので、その提案には乗っておくことにした。
「天空闘技場ってとこなら人間と戦えるってことか?」
「そうだ。野蛮人の聖地なんて呼ばれてる」
ジンはペディに当面の生活費として金を渡し、レイザーの居るグリードアイランドなるゲームまで渡し、アイテムボックスに念字を書いてペディ以外に開けられないように細工までしてくれた。あまりに至れり尽くせりで申し訳なかったのだが、それだけペディの話が貴重だったのだと言って聞かなかった。彼は真面目ではないが義理堅くはあった。
この地に来てはや3ヶ月。ペディはようやく外の世界へと旅立つこととなった。
「じゃ、また!」
「もう帰ってくんな」
それはつまり、無事に新大陸に帰れるようにという彼なりの励ましに違いなかった。
ペディはバカクソに重いアイテムボックスを背負い町へと繰り出した。念のおかげで重さもマシである。
いかに自身が未知の塊であるかを再三ジンに言われていたペディは、その教えに従ってそれなりのセキュリティが保証されている家を天空闘技場の近くで借りることとした。天空闘技場ではある程度ランクが上がると部屋が支給されるらしいが、セキュリティ面ではさほど安心とはいえないらしい。
というわけで天空闘技場へやってきたペディは、地道に10階ずつ上へのぼっている。200階まで10階ごとにランク分けされているため、一段階ずつコツコツといった具合だ。
ペディの実力ならばあっというまに200階クラスまで行くことは可能だろう。そもそも闘士のほとんどが念能力を使えず、一握りの念能力者たちは皆上層に留まっている。念能力者であるペディと有象無象の闘士たちでは実力は天と地だ。
ならばなぜ牛歩で勝ち進んでいるのかといえば、それはペディの戦い方にあった。
ペディは対人戦の修行のため、己の力任せに勝利するということをしなかった。念能力の使用は纏に留め、まず相手の動きを見て、体術をもって相対する。念能力者でないといえどすぐれた武術家はたくさんいたため、技術を盗むためあえて対等であるように戦い、チマチマとポイントを稼ぎ勝つ。そんな戦法をとっていたので、一気に数十階と駆け上がることがなかったのだ。
コツコツとはいえど順調に勝ち上がったペディは、ついに200階に到達することとなる。
「旦那さん……」
「わかってる」
闘士登録の署名をするペディの裾をねこがつまむ。ちなみに、ねこはアイルーという猫型魔獣という体で通しているため闘士登録はできなかった。
ねこが気にしているのは背後に立つ二人組の男だ。片方は右目に眼帯をした顔に傷の目立つ大男で、もう片方は細身でひょろりと長い幸の薄そうな男だ。
ペディは少し考えて、希望戦闘日の「いつでもオーケー」の欄にチェックを入れた。
200階からは90日の準備期間内に試合を行いさえすれば、希望した日時で対戦することができるらしい。4敗で失格、10勝でフロアマスターへの挑戦資格を獲得。武器の使用も認められる。説明を聞いただけでも下層とは一線を画すことが理解できる。
200階クラス専用のルームキーを受け取り、ペディはその場をあとにした。男二人の横を通り過ぎる際、こちらを見定めるような絡みつく視線を感じた。
「やっぱりか」
部屋に入ったペディは、モニターに表示された戦闘日決定の知らせにそう呟いた。
「初心者狩りってやつかな」
「旦那さんなら大丈夫なのニャ。旦那さんは強いのニャ」
ペディは大荷物を抱えた鞄を下ろし、部屋の中に広げた。そして慣れた手つきでそれを組み立てていき、部屋の一室にテントが設営された。
「導きの青い星が輝かんことを」
この地の言葉ではない。ペディにとって慣れ親しんだ言語でいつもの合言葉を言う。そしてテントの中に入ると、中には天空闘技場の外で借りていたはずの自室が広がっていた。
部屋の中はアイテムボックスと、素材のために繁殖させている虫や植物のカゴでいっぱいだった。
「ねこ、入っていいぞ」
そう言うとねこがニャッと鳴いて部屋に入ってくる。
これが新たに開発したペディの発だ。名付けるのなら……ファストトラベルとでも言おうか。
新大陸に帰るという目的を持つペディは、こちらにいる間はおそらく短期間で様々な場所を転々とする生活を送ることになるだろうと予想していた。しかしアイテムボックスはアホみたいに重いうえ、現大陸の農場で繁殖させて増やしてもらおうと思っていた虫たちを生かし続けるのも難しくなってきていたため、一箇所に留まる選択を選ばざるを得なかった。
そこで編み出したのがこの発というわけだ。
念能力というのは6系統に分別されそこから生み出される発は多種多様とされるが、それでもある程度使い勝手が良いため採用されやすい発の傾向がある。その中でもこの能力は瞬間移動に該当するため、系統としては放出系だ。狩猟笛の演奏能力の通りペディは変化系より放出系と相性が良いため、作るのはそう難しくなかった。
発動の条件はペディ本人がテントを組み立て、向こうの言葉で「導きの青い星が輝かんことを」と唱えること。そうすればテントの敷居を跨いだ人間がアイテムボックスのある部屋に転送され、ペディが「入っていい」「出ていい」と許可した者だけその時点のみ転送が可能というしくみだ。
合言葉を言わなければ転送されることはなくただのテントとして利用できる。また、この能力でアイテムボックスのある部屋に入った場合、その部屋から能力以外の方法で外に出ることはできない。つまり、ペディが今すぐ寝たいと思っても、寝ることができるのはこの賃貸の寝室ではなく、天空闘技場の部屋の寝室というわけだ。
オーラ量や先天的なセンス、覚える発の系統によって生み出せる能力には限りがある。そして、制約……条件が多ければ発動が難しくなるかわりにコストを削減できる。もともと特定の振り方をして特定の音を鳴らし演奏しなければ効果が発動しない、というまだるっこしい制約のある狩猟笛の能力を持つペディは、他の能力を新たに生み出すのにさして容量を気にする必要なないはずだった。
ではなぜわざわざテントを組み立て合言葉を言うなどと言う手順を踏む必要があるのかというと、それもひとえにペディの情報の秘匿のためだ。
正直なところ、ペディはこの世界に自分の望む地が存在するとは思っていない。要するにこちらとあちらでは世界そのものが違うと考えている。
そもそも念能力という存在からしておかしいのだ。以前疑問に感じた通り、武器の扱いが念能力によるものならペディの知る人間はみな強化系か放出系である。
しかし、実際は違う。これはもはやペディの記憶の中の話でしかないが、武器の扱いにはきちんとした仕組みがあり、生命エネルギーを操ることでどうにかするなどという小難しいことは必要ない。
たとえ遠く離れた土地だろうが同じ地ならば生命エネルギーや物理法則などの原理は同じはずだ。それすらも異なっているのだから、どこか遠いだけの場所などという甘い認識はしていない。
実際、過去にも別世界からやってきたとされるゲラルトなる男に遭遇したこともある。彼は目的を果たし元の世界へ帰還したわけだから、ペディも何らかの条件を満たせば帰ることができるはずだ。
話を元に戻すと、ただでさえこの世界で超重要な暗黒大陸なる地から来た人間だと思われているのに、それよりも遥かにヤバい別の世界から来た人間と知られてしまえばもうどうなるかわかったものではない。だからペディはレイザーやジンにすら己の感じたこの予感を語らなかった。騙しているようで申し訳なかったが、真実だと断定できる話でもないので許されたい。
ペディはねこと手分けして虫や植物の管理をする。
育った虫は繁殖のために残す個体を除き、何もエサのないカゴに移し断食させる。糞を出し切って害のある成分が抜ければ乾燥させて粉末にし薬とする。植物や菌類も同じように分別し加工していく。
こちらでも繁殖が可能な環境を用意することができて良かった。科学技術が発展しているぶん、やりやすくなったと言ってもいいだろう。
文明の利器とは素晴らしい。2人は早々に世話を終えて闘技場の部屋に戻った。
試合は明後日。相手になるのはあの大柄の男の方だった。名はザックと言うらしい。流しっぱなしの備え付けのテレビではペディとザックの戦歴について解説者が語っていた。
「ペディ選手はこれといって目立つ特徴はありませんが、200階に上がるまで負け無しと優秀な成績をおさめています」
「努力家といったところでしょうかね」
相手のスタイルに合わせてコツコツ戦ってきたせいだろう。あまり注目の的というわけでもないらしい。「旦那さんはもっとすごくて強いのニャ」と不服そうに呟くねこの頭を撫でてやった。