ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
年の頃は、オレより少し上くらいだろうか。
オレは知らない顔だが、ユウはすぐに「あ、アレンくん」と声を上げた。
どうやら、ユウの知り合いらしい。
「やっぱりユウ先輩だ! その節は、本当にお世話になりました!」
アレンと呼ばれた男は、ユウに向かって深々と頭を下げた。その表情は、心底ユウを尊敬しているといった感じだ。
「もー、気にしなくていいってば。別に、大したことは教えてないんだからさー」
ユウは、少し照れたように手をひらひらと振る。
「いえいえ! 先輩があの時、冒険者としてのイロハを教えてくれなかったら、オレはとっくに死んでましたよ! 今でもこうして冒険者業を続けられるのは、本当に先輩のおかげなんです!」
アレンは熱っぽく語る。
そういえば、以前にも街中で「ユウ先輩!」なんて声をかけられているのを何度か見たことがあった。
どうやらユウは他の冒険者にそれなりに慕われているらしい。
ユウは、そんな男の言葉に、また恥ずかしそうに「そんな、気にしなくていいよー」と繰り返していた。
「それで先輩、今は……」
そう言って、アレンはちらりとオレの方を見た。
おっと、今更オレの存在に気がついたみたいだな。
アレンは数回まばたきをして、数秒後、何か合点がいったような表情で、はっと声を上げた。
「もしかして……お二人はデート中でしたか……!? だとしたら、お邪魔ですね」
……まあ、男女が一組で歩いていると、そう見えるのは当たり前だよな。
ユウは「で、デート!?」と素っ頓狂な声を上げ、顔を真っ赤にした。
「ち、違う違う! ぜんっぜん違うから! 彼は……えっと、ただの仕事仲間というか……っ」
そう強く否定したと思ったら、オレがわずかに聞き取れる程度の小声で「一緒にいるだけで幸せなのに、恋人まで望んだら、罰が当たっちゃうよぉ……」と口にしていた。
……うん、聞こえなかったことにしておこう……。
「は、はぁ……恋人ではないんですね……」
アレンは、ユウの剣幕に少し戸惑いつつも、首をかしげながら一応は納得した様子を見せた。
「いやー、びっくりしました。ユウ先輩に恋人ができたとなれば、ギルド中が大騒ぎになるところでしたよ。ユウ先輩のこと、ひそかに狙ってる冒険者、結構多いですからねぇ」
アレンは、にこやかにそう言った。
ユウは、あはは……と力なく苦笑いを浮かべている。
すると、アレンは何か思いついたように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだ! ユウ先輩って、たしかまだどこのパーティーにも所属してなかったはずですよね? よかったら、うちのパーティーに入りませんか? うちのパーティー、ちょうどヒーラーが不足してて……ユウ先輩みたいな優秀な大剣使いと治癒魔術の使い手がいれば、もっと高難易度の依頼にも挑戦できると思うんです! 報酬も今よりずっと良くなりますし、パーティーメンバーもみんないい奴らですよ!」
アレンは、自分のパーティーの利点と、ユウが入ってくれることのメリットを、立て板に水のごとく語り始めた。
ユウは、その勢いにやや押され気味で、困ったような表情でオレの方をチラチラと見てくる。この顔は「断りたいけど、どうやって断るべきかな」と困っているやつだ。
……はぁ。仕方がない。ここは助け舟を出してやるべきか。
内心でため息をつきつつ、オレは二人の間に割って入ることにした。
「悪いが、ユウは今、オレとパーティーを組んでいるんだ。だから、残念ながら勧誘は受け付けていない」
オレがそう告げると、アレンはあからさまにイラっとした表情を浮かべ、オレを睨みつけてきた。
「……ん? 今、ユウ先輩と大事な話をしてるんだけど……。邪魔しないでほしいなー。だいたい、きみみたいな見るからに貧弱そうなやつ、冒険者ギルドで見たことない顔だね。どうせ、昨日今日冒険者になったばかりの、右も左もわからねぇヒヨッ子だろ? そんなやつが、ユウ先輩とパーティー組んでるって……。笑わせないでよ。どうせユウ先輩の優しさに甘えて、一方的に寄生してるだけでしょ。お荷物にしかなってないくせに、偉そうにパーティーメンバー気取りはやめたほうがいいですよ。そういうのを世間じゃ、パーティーではなく、寄生虫って言うんで」
……イラッときた。
なんだこいつ、妙に喧嘩腰じゃないか。
こんなやつ、無視してとっととどこかへ行こうぜ、とユウに言おうとした、その時だった。
ドンッ!
鈍い音と共に、アレンの言葉が途切れた。
見ると、ユウが、いつの間にかアレンの胸ぐらを掴んでいた。
え……?
さっきまでの、あたふたしていた困り顔はどこへやら。
今のユウの琥珀色の瞳には、静かだが、底冷えのするような怒りの色が宿っている。
その小柄な体からは想像もつかないほどの力で、アレンの体をぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「……ねぇ」
ユウの声は、普段のほんわかとしたものとは似ても似つかない、低く、そして有無を言わせぬ威圧感を伴っていた。
「今……あたしの大切なアスマっちのこと……なんて言った……?」
アレンは、ユウの豹変ぶりに完全に狼狽えている。その顔は青ざめ、冷や汗がだらだらと流れていた。
「ひっ……!? ゆ、ユウ先輩……な、なんですか、急に……」
「アスマっちに寄生してるのは、どう考えてもあたしの方でしょ……っ! いっつもいっつも、あたしはアスマっちにわがままばっかり言って、たくさん迷惑かけてる……! アスマっちは誰よりも優しいから、困ってる人を見たら絶対に放っておけないし、そのせいでいっつも自分ばっかりボロボロになって……見てるこっちがヒヤヒヤするんだから……! だから、あたしが……あたしがちゃんと側にいてあげなきゃ、アスマっちは本当にどこかで無茶して、いなくなっちゃうかもしれないんだよ……っ! アスマっちが、どれだけ……ううん、あたしが、どれだけアスマっちのことを大切に思っているか、キミみたいな人には、これっぽっちもわかるわけがないじゃん……っ!」
ユウは、わなわなと肩を震わせながら、堰を切ったように言葉を叩きつける。
その瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちているが、それは悲しみではなく、純粋な怒りからくるものだとわかった。
「アスマっちがいなかったら、あたしなんて、どうなってたかわかんないんだから……! それを……それを、寄生虫だなんて……! アスマっちのこと、これっぽっちも知らないくせに……! 二度と……二度と、アスマっちのこと、バカにすんなっ……!!」
ユウの気迫は凄まじく、アレンは完全に気圧されてしまっている。
もはや、なにも言い返すことができず、ただただ震えるばかりだ。
「わ、わわ……わ、わかりました……! も、申し訳ありませんでした……っ!」
アレンは、ほとんど悲鳴に近い声を上げると、ユウの手を振りほどき、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
その姿はまさに哀れ。
あっという間にアレンの姿が見えなくなると、ユウはふぅーっと大きなため息をつき、そして……ぷんすかとした表情をする。
あいかわらずオレの服の裾を掴んだままだ。
……ったく、本当に、このNPCは感情の起伏が激しすぎる……。
だが、なんだかんだで、オレのためにここまで怒ってくれるのは……まあ、悪い気はしないけど……。
「ま、まあ、落ち着けってユウ。あんなやつの言葉、気にする必要ないだろ」
オレがなだめるように声をかけると、ユウはむすっとした顔のまま、それでもこくりと頷いた。
「……うん。でも……やっぱり、アスマっちのこと悪く言われるのは、我慢できない……」
そう言って、ユウはちらりとオレの顔を窺う。
その琥珀色の瞳には、先程までの怒りはもうなく、どこか心配そうな、そして……ほんの少しだけ、照れたような色が浮かんでいた。