ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる   作:お嬢様執筆中

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12 些細なきっかけ

「……なあ、ユウ。お前ってさ……いったいいつから、オレのこと、そんな風に……その、好き、なんだ……?」

 

 オレの唐突な質問に、ユウはさっきまで赤かった顔をさらに赤くして、俯いてしまった。

 その小さな肩が、かすかに震えている。

 しばらくもじもじと指をいじっていたが、やがて意を決したように顔を上げ、潤んだ琥珀色の瞳でオレをじっと見つめてきた。

 

「……そ、そんなの……恥ずかしくて、あんまり言いたくないけど……。でも、アスマっちが知りたいって言うなら……」

 

 そう言って、ユウはぽつりぽつりと語り始めた。

 その声は、まだ少し震えていたけれど、どこか懐かしむような響きを帯びていた。

 

「……明確に、アスマっちのこと、意識し始めたのは……たぶん、アスマっちが、あの……『深淵(しんえん)迷宮(ラビリンス)』で、死にかけちゃった時……かな。あの時、あたし……本当に、アスマっちがいなくなっちゃうんだって思って……。心臓が、張り裂けそうだった……。その時から、もう……アスマっちのこと、絶対に放っておけないって……強く、思うようになったんだ……」

 

 ユウの言葉と共に、オレの脳裏にもあの時の光景が蘇る。

 そうだ、あの後、オレは……。

 

 

 薄暗い冒険者ギルドの一室。

 オレは、ユウに引きずられるようにして、ギルドの受付嬢の前に座らされていた。

 あの「深淵(しんえん)迷宮(ラビリンス)」で、九死に一生を得た……というか、ユウに無理やり生かされた後、オレは半ば強引にここに連れてこられたのだ。

 一体なんだっていうんだ……。

 

「えーっと……。アスマさん、ですね? この度は、誠に遺憾ながら……」

 

 受付嬢は、どこか事務的な口調でそう切り出した。

 その隣では、ユウが腕を組んで、やけに真剣な表情でオレを睨みつけている。

 

「単刀直入に言うね。アスマっちは今日からソロでの活動は禁止だから」

 

 ユウが、有無を言わせぬ口調でそう宣言した。

 

「は……? な、なんだよいきなり……」

 

「だからさー、アスマっちが一人前の冒険者として、ちゃんと自分の身を守れるようになるまで……あたしと強制的にパーティーを組んでもらうことになりました。これは決定事項です」

 

 ……はぁ!?

 なんだその横暴な決定は……! まるで意味がわからない!

 

「いやいやいや、待てって! オレはもう十分一人でやっていけるくらい強くなったし、ソロの方が気楽でいいんだよ! それに、お前に借りてた短剣代だって、この前の迷宮のボス素材を換金した金で、ちゃんと全額返しただろ!」

 

 そうだ。あの後、迷宮のボスがドロップした素材は、ユウが律儀に回収してくれていて、それをギルドで換金したら、結構な額になった。その金で、ユウへの借金はとっくに返済済みだ。

 だから、もうユウに世話になる義理なんてないはずなんだが……。

 

「……もー、アスマっちは全然わかってないなー。そういうお金の問題じゃないんだよ」

 

 ユウは、深いため息をついて、呆れたように言った。

 

「アスマっちはね、自分の力量を全然わかってない。自分の限界も、周りの状況も、何も見えてない。そんな状態で、どうして一人前だなんて言えるの? ただ運が良かっただけで生き残ってる人が、一人前なわけがないでしょ」

 

 その言葉には、普段の彼女からは想像もできないような、有無を言わせぬ気迫がこもっていた。

 ぐっ……! 確かに、言い返せない……。

 オレが内心でたじろいでいると、今まで黙って話を聞いていた受付嬢が、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で口を開いた。

 

「はい、そういうわけで、アスマさん。ユウさんのご意見はもっともです。先日の『深淵(しんえん)迷宮(ラビリンス)』での一件、ギルドとしても看過できません。あなたは、あのダンジョンで死亡してもおかしくないほどの重傷を負いました。幸い、ユウさんの迅速な対応で一命を取り留めましたが……。ギルドとしましては、今後、アスマさんにはユウさんの監督下での活動を強く推奨……いえ、義務付けさせていただきます」

 

「なっ……!?」

 

「もし、これに従わず、再度単独で危険な行動を取るようであれば……残念ながら、アスマさんの冒険者ライセンスを一時停止、あるいは剥奪も検討せざるを得ません。ご理解いただけますね?」

 

 受付嬢は、にっこりと微笑んでいるが、その目は全く笑っていなかった。

 マジかよ……。冒険者ギルドって、意外と冒険者の命を大事にしてるんだな……。もっとこう、自己責任で勝手に死ね、みたいなスタンスかと思ってたぜ……。

 冒険者としての資格を失うのは、正直困る。この世界でログアウトする方法を探す上で、冒険者という身分は何かと便利だからだ。

 ……まいったな。これは、従うしかないようだ……。

 

 こうして、オレは半ば強制的に、再びユウとパーティーを組むことになったのだった。

 ユウは、その決定に満足したのか、「それじゃあ、アスマっち。これからよろしくね」なんて、やけに上機嫌だったのを覚えている。

 オレは、ただただため息をつくしかなかったが……。

 

 

 ……そんな昔のことを思い出していると、ユウが少し照れたように言葉を続けた。

 

「だからね……最初は、本当に、先輩冒険者として、アスマっちのことをちゃんと見てあげなきゃ……危なっかしくて、目が離せない後輩、みたいな……そんな感じだったんだよ」

 

 ユウは、頬を指でポリポリと掻きながら、視線を少し逸らす。

 

「でもね……その後も、アスマっち、またあたしに何も言わないで、一人でどっか行っちゃったこと、あったでしょ? ほら……結果的に、キバちゃんを助けることになった、あの時……」

 

「ああ……そんなこともあったな……」

 

 確かあれは、ユウと強制的にパーティーを組まされてから、しばらく経った頃だったか。

 オレは相変わらずログアウトの機会を窺っていて……確か、「ちょっと危険な魔獣の目撃情報があったから、単独で偵察に行ってくる。お前は足手まといだから来るな」みたいな、酷い嘘をついてユウを撒いたんだ。

 もちろん、本当の目的は、その魔獣に殺されてログアウトすることだった。

 それで、その魔獣がいるという「獣牙(じゅうが)の森」の奥深くへ、一人で分け入っていったんだ。

 森は昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。……死ぬには、おあつらえ向きの場所だ、なんて考えていたな。

 

 そして、森の最奥に近い開けた場所で、オレはそれを見つけたんだ。

 いや……見つけたのは、魔獣だけじゃなかった。

 鋭い爪と牙を持つ、見るからに凶暴そうな魔獣――確か、森熊(フォレストベア)とかいう、この辺りじゃかなり危険度の高いやつだったはずだ――に、果敢に立ち向かう、一人の獣人の少女の姿だった。

 

 それが、キバとの最初の出会いだ。

 キバは、その小柄な体で、自分よりも何倍も大きなフォレストベア相手に、一歩も引かずに戦っていた。その後ろには……もっと小さな、おそらくキバの弟と妹であろう獣人の子供たちが、怯えた表情で木の陰に隠れていた。キバは、たった一人で、その弟妹たちを守ろうとしていたのだ。

 その動きは素早く、鋭い爪撃は的確に相手の急所を狙っているように見えた。

 だが、いかんせん体格差がありすぎる。キバの攻撃は、フォレストベアの分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、決定打には至らない。逆に、フォレストベアの繰り出す強力な一撃が、キバの体を何度も吹き飛ばしていた。

 それでも、キバは諦めずに何度も立ち上がり、魔獣に向かっていく。その瞳には、強い意志と、必死さが浮かんでいた。

 ……何やってんだ、あいつ。無謀にもほどがあるだろ。

 最初は、そう思った。オレとは関係ない。それらより、どうやって死ぬかを考えなければ。

 

 そう思ったはずなのに……。

 フォレストベアの爪が、キバの肩を深く抉り、鮮血が舞った瞬間。そして、キバが力なく地面に倒れ伏し、動かなくなったのを見た瞬間。

 オレの体は、勝手に動いていた。

 短剣を抜き放ち、フォレストベアの注意を自分に引きつける。

 

「おい、そっちのデカブツ! お前の相手はこっちだ!」

 

 なんで、こんなことをしているのか、自分でもわからなかった。ログアウトしたいはずなのに。死にたいはずなのに。

 でも、目の前で、必死に誰かを守ろうとして倒れた少女と、怯える子供たちを見捨てることが、どうしてもできなかった。

 

 そこからは、もう無我夢中だった。幸い、キバがそれなりにダメージを与えてくれていたのか、あるいはオレの攻撃が運良く急所に当たったのか……。どれくらいの時間が経ったのかもわからないが、気づけばフォレストベアはオレの足元に巨体を横たえていた。

 戦いが終わった時、オレも全身ボロボロだった。

 倒れていたキバは、なんとか意識を取り戻したようだったが、まだ動けないようだった。そのキバが、なぜか意思のこもった目でオレを見つめていた。

 オレが「無茶するなよ。お前、死ぬところだったぞ」と声をかけると、キバはしばらく黙り込んでいたが、やがて、「キバは、強くなりたい。もっと、もっと強く……。弟たちを、ちゃんと守れるように。……あんたみたいに」と、ぽつりと言った。

 そして、「だから……キバを、あんたの仲間にして」と、まっすぐな目でオレを見てきたのだ。

 ……仲間、ね。そんなもの、今のオレには必要ない。むしろ、足手まといだ。

 

「悪いが、断る。オレは一人でやるんでな」

 

 そう言って、オレはその場を立ち去ろうとした。

 ところが、だ。

 翌日、街でユウと合流しようとしたら、なぜかキバがオレの後ろをついてきていた。

 

「おい、なんでお前がいるんだよ。弟たちはどうした」

 

 そう聞くと、キバは「……キバより強い人たちに預けた。だから、もう心配ない」とだけ答えた。確かに、あのフォレストベアとの戦いの後、どこからか屈強そうな獣人たちが大勢駆けつけてきて、キバの弟妹たちを保護していたのを思い出した。

 そして、キバはオレの目をじっと見て、「キバは、あんたについていくと決めた。どこへでも」と、有無を言わせぬ口調で言ったのだ。

 ……本当に、厄介なNPCに懐かれたもんだぜ。

 

 

「あの時ね、あたし、アスマっちが無断でいなくなったことにすごく怒ってたんだけど……帰ってきたアスマっちが、ボロボロになって、キバちゃんやその弟妹を助けたって知って……。それで、アスマっちのこと、すごくすごく優しい人なんだなって思ったんだ。でも、同時に……この人は、誰かを助けるためなら、本当に自分の命のことなんて、これっぽっちも大切にしない人なんだなって、改めてわかっちゃって……。それが、すごく……怖かった……」

 

 ユウの声が、少し震える。その瞳には、当時の不安が蘇っているようだった。

 

「でもね……キバちゃんたちを助けたことは、やっぱり、すごく尊敬したし……。だから、アスマっちに『キバちゃんたちを助けたんだよね。アスマっちはすごいね』って……そう、伝えたんだ。そしたらさ……」

 

 ユウは、そこで言葉を切り、オレの顔をじっと見つめた。

 その琥珀色の瞳は、何かを確かめるように、揺れていた。

 

「……アスマっち、その時……全然嬉しそうじゃなくて……むしろ、すごく……なんて言ったらいいのかな……すごく、悲しそうな……辛そうな目を、してた。あたしには、アスマっちがどうしてそんな顔をしてるのか、全然わからなくて……。それが、どうしても……どうしても、気になっちゃったんだ……」

 

 ああ……そんな顔、してたのか、オレは。

 まあ、無理もない。また死ねなかったんだからな。ログアウトできなかったんだから。

 ユウに褒められたって、ちっとも嬉しくなんかない。むしろ、この世界に引き留められているようで、不快ですらあった。

 

「それからさ……なんでアスマっちはあんな顔してたんだろうって……アスマっちのことばっかり、四六時中考えるようになっちゃったんだよ……。アスマっちが何を考えてるのか、もっと知りたいなって……。そうしてるうちにね……なんか、いつの間にか……うん……。アスマっちのこと……好き、みたいに……なっちゃってた、みたい……」

 

 ユウは、最後の方はほとんど消え入りそうな声でそう言うと、耐えきれなくなったように、両手で顔を覆ってしまった。

 その耳まで真っ赤になっているのが、見て取れる。

 ……なんだよ、それ。

 そんな……そんな、些細なきっかけで……。

 オレは、ただ……。

 言葉にできない感情が、胸の奥で渦巻いている。

 このNPCの、あまりにも純粋で、あまりにもまっすぐな想いに……オレは、どう応えればいいのか、全くわからなかった。






あとがきですわ!
たくさん、お感想ありがとうございますわ!
これからも執筆、紅茶を飲みながらがんまりますので、もっとお高評価、お感想とかいただけるととっても嬉しいですわーー!!
よろしくお願いしますわー!!
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