ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
「……なあ、ユウ。お前ってさ……いったいいつから、オレのこと、そんな風に……その、好き、なんだ……?」
オレの唐突な質問に、ユウはさっきまで赤かった顔をさらに赤くして、俯いてしまった。
その小さな肩が、かすかに震えている。
しばらくもじもじと指をいじっていたが、やがて意を決したように顔を上げ、潤んだ琥珀色の瞳でオレをじっと見つめてきた。
「……そ、そんなの……恥ずかしくて、あんまり言いたくないけど……。でも、アスマっちが知りたいって言うなら……」
そう言って、ユウはぽつりぽつりと語り始めた。
その声は、まだ少し震えていたけれど、どこか懐かしむような響きを帯びていた。
「……明確に、アスマっちのこと、意識し始めたのは……たぶん、アスマっちが、あの……『
ユウの言葉と共に、オレの脳裏にもあの時の光景が蘇る。
そうだ、あの後、オレは……。
◆
薄暗い冒険者ギルドの一室。
オレは、ユウに引きずられるようにして、ギルドの受付嬢の前に座らされていた。
あの「
一体なんだっていうんだ……。
「えーっと……。アスマさん、ですね? この度は、誠に遺憾ながら……」
受付嬢は、どこか事務的な口調でそう切り出した。
その隣では、ユウが腕を組んで、やけに真剣な表情でオレを睨みつけている。
「単刀直入に言うね。アスマっちは今日からソロでの活動は禁止だから」
ユウが、有無を言わせぬ口調でそう宣言した。
「は……? な、なんだよいきなり……」
「だからさー、アスマっちが一人前の冒険者として、ちゃんと自分の身を守れるようになるまで……あたしと強制的にパーティーを組んでもらうことになりました。これは決定事項です」
……はぁ!?
なんだその横暴な決定は……! まるで意味がわからない!
「いやいやいや、待てって! オレはもう十分一人でやっていけるくらい強くなったし、ソロの方が気楽でいいんだよ! それに、お前に借りてた短剣代だって、この前の迷宮のボス素材を換金した金で、ちゃんと全額返しただろ!」
そうだ。あの後、迷宮のボスがドロップした素材は、ユウが律儀に回収してくれていて、それをギルドで換金したら、結構な額になった。その金で、ユウへの借金はとっくに返済済みだ。
だから、もうユウに世話になる義理なんてないはずなんだが……。
「……もー、アスマっちは全然わかってないなー。そういうお金の問題じゃないんだよ」
ユウは、深いため息をついて、呆れたように言った。
「アスマっちはね、自分の力量を全然わかってない。自分の限界も、周りの状況も、何も見えてない。そんな状態で、どうして一人前だなんて言えるの? ただ運が良かっただけで生き残ってる人が、一人前なわけがないでしょ」
その言葉には、普段の彼女からは想像もできないような、有無を言わせぬ気迫がこもっていた。
ぐっ……! 確かに、言い返せない……。
オレが内心でたじろいでいると、今まで黙って話を聞いていた受付嬢が、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で口を開いた。
「はい、そういうわけで、アスマさん。ユウさんのご意見はもっともです。先日の『
「なっ……!?」
「もし、これに従わず、再度単独で危険な行動を取るようであれば……残念ながら、アスマさんの冒険者ライセンスを一時停止、あるいは剥奪も検討せざるを得ません。ご理解いただけますね?」
受付嬢は、にっこりと微笑んでいるが、その目は全く笑っていなかった。
マジかよ……。冒険者ギルドって、意外と冒険者の命を大事にしてるんだな……。もっとこう、自己責任で勝手に死ね、みたいなスタンスかと思ってたぜ……。
冒険者としての資格を失うのは、正直困る。この世界でログアウトする方法を探す上で、冒険者という身分は何かと便利だからだ。
……まいったな。これは、従うしかないようだ……。
こうして、オレは半ば強制的に、再びユウとパーティーを組むことになったのだった。
ユウは、その決定に満足したのか、「それじゃあ、アスマっち。これからよろしくね」なんて、やけに上機嫌だったのを覚えている。
オレは、ただただため息をつくしかなかったが……。
◆
……そんな昔のことを思い出していると、ユウが少し照れたように言葉を続けた。
「だからね……最初は、本当に、先輩冒険者として、アスマっちのことをちゃんと見てあげなきゃ……危なっかしくて、目が離せない後輩、みたいな……そんな感じだったんだよ」
ユウは、頬を指でポリポリと掻きながら、視線を少し逸らす。
「でもね……その後も、アスマっち、またあたしに何も言わないで、一人でどっか行っちゃったこと、あったでしょ? ほら……結果的に、キバちゃんを助けることになった、あの時……」
「ああ……そんなこともあったな……」
確かあれは、ユウと強制的にパーティーを組まされてから、しばらく経った頃だったか。
オレは相変わらずログアウトの機会を窺っていて……確か、「ちょっと危険な魔獣の目撃情報があったから、単独で偵察に行ってくる。お前は足手まといだから来るな」みたいな、酷い嘘をついてユウを撒いたんだ。
もちろん、本当の目的は、その魔獣に殺されてログアウトすることだった。
それで、その魔獣がいるという「
森は昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。……死ぬには、おあつらえ向きの場所だ、なんて考えていたな。
そして、森の最奥に近い開けた場所で、オレはそれを見つけたんだ。
いや……見つけたのは、魔獣だけじゃなかった。
鋭い爪と牙を持つ、見るからに凶暴そうな魔獣――確か、
それが、キバとの最初の出会いだ。
キバは、その小柄な体で、自分よりも何倍も大きなフォレストベア相手に、一歩も引かずに戦っていた。その後ろには……もっと小さな、おそらくキバの弟と妹であろう獣人の子供たちが、怯えた表情で木の陰に隠れていた。キバは、たった一人で、その弟妹たちを守ろうとしていたのだ。
その動きは素早く、鋭い爪撃は的確に相手の急所を狙っているように見えた。
だが、いかんせん体格差がありすぎる。キバの攻撃は、フォレストベアの分厚い脂肪と筋肉に阻まれ、決定打には至らない。逆に、フォレストベアの繰り出す強力な一撃が、キバの体を何度も吹き飛ばしていた。
それでも、キバは諦めずに何度も立ち上がり、魔獣に向かっていく。その瞳には、強い意志と、必死さが浮かんでいた。
……何やってんだ、あいつ。無謀にもほどがあるだろ。
最初は、そう思った。オレとは関係ない。それらより、どうやって死ぬかを考えなければ。
そう思ったはずなのに……。
フォレストベアの爪が、キバの肩を深く抉り、鮮血が舞った瞬間。そして、キバが力なく地面に倒れ伏し、動かなくなったのを見た瞬間。
オレの体は、勝手に動いていた。
短剣を抜き放ち、フォレストベアの注意を自分に引きつける。
「おい、そっちのデカブツ! お前の相手はこっちだ!」
なんで、こんなことをしているのか、自分でもわからなかった。ログアウトしたいはずなのに。死にたいはずなのに。
でも、目の前で、必死に誰かを守ろうとして倒れた少女と、怯える子供たちを見捨てることが、どうしてもできなかった。
そこからは、もう無我夢中だった。幸い、キバがそれなりにダメージを与えてくれていたのか、あるいはオレの攻撃が運良く急所に当たったのか……。どれくらいの時間が経ったのかもわからないが、気づけばフォレストベアはオレの足元に巨体を横たえていた。
戦いが終わった時、オレも全身ボロボロだった。
倒れていたキバは、なんとか意識を取り戻したようだったが、まだ動けないようだった。そのキバが、なぜか意思のこもった目でオレを見つめていた。
オレが「無茶するなよ。お前、死ぬところだったぞ」と声をかけると、キバはしばらく黙り込んでいたが、やがて、「キバは、強くなりたい。もっと、もっと強く……。弟たちを、ちゃんと守れるように。……あんたみたいに」と、ぽつりと言った。
そして、「だから……キバを、あんたの仲間にして」と、まっすぐな目でオレを見てきたのだ。
……仲間、ね。そんなもの、今のオレには必要ない。むしろ、足手まといだ。
「悪いが、断る。オレは一人でやるんでな」
そう言って、オレはその場を立ち去ろうとした。
ところが、だ。
翌日、街でユウと合流しようとしたら、なぜかキバがオレの後ろをついてきていた。
「おい、なんでお前がいるんだよ。弟たちはどうした」
そう聞くと、キバは「……キバより強い人たちに預けた。だから、もう心配ない」とだけ答えた。確かに、あのフォレストベアとの戦いの後、どこからか屈強そうな獣人たちが大勢駆けつけてきて、キバの弟妹たちを保護していたのを思い出した。
そして、キバはオレの目をじっと見て、「キバは、あんたについていくと決めた。どこへでも」と、有無を言わせぬ口調で言ったのだ。
……本当に、厄介なNPCに懐かれたもんだぜ。
◆
「あの時ね、あたし、アスマっちが無断でいなくなったことにすごく怒ってたんだけど……帰ってきたアスマっちが、ボロボロになって、キバちゃんやその弟妹を助けたって知って……。それで、アスマっちのこと、すごくすごく優しい人なんだなって思ったんだ。でも、同時に……この人は、誰かを助けるためなら、本当に自分の命のことなんて、これっぽっちも大切にしない人なんだなって、改めてわかっちゃって……。それが、すごく……怖かった……」
ユウの声が、少し震える。その瞳には、当時の不安が蘇っているようだった。
「でもね……キバちゃんたちを助けたことは、やっぱり、すごく尊敬したし……。だから、アスマっちに『キバちゃんたちを助けたんだよね。アスマっちはすごいね』って……そう、伝えたんだ。そしたらさ……」
ユウは、そこで言葉を切り、オレの顔をじっと見つめた。
その琥珀色の瞳は、何かを確かめるように、揺れていた。
「……アスマっち、その時……全然嬉しそうじゃなくて……むしろ、すごく……なんて言ったらいいのかな……すごく、悲しそうな……辛そうな目を、してた。あたしには、アスマっちがどうしてそんな顔をしてるのか、全然わからなくて……。それが、どうしても……どうしても、気になっちゃったんだ……」
ああ……そんな顔、してたのか、オレは。
まあ、無理もない。また死ねなかったんだからな。ログアウトできなかったんだから。
ユウに褒められたって、ちっとも嬉しくなんかない。むしろ、この世界に引き留められているようで、不快ですらあった。
「それからさ……なんでアスマっちはあんな顔してたんだろうって……アスマっちのことばっかり、四六時中考えるようになっちゃったんだよ……。アスマっちが何を考えてるのか、もっと知りたいなって……。そうしてるうちにね……なんか、いつの間にか……うん……。アスマっちのこと……好き、みたいに……なっちゃってた、みたい……」
ユウは、最後の方はほとんど消え入りそうな声でそう言うと、耐えきれなくなったように、両手で顔を覆ってしまった。
その耳まで真っ赤になっているのが、見て取れる。
……なんだよ、それ。
そんな……そんな、些細なきっかけで……。
オレは、ただ……。
言葉にできない感情が、胸の奥で渦巻いている。
このNPCの、あまりにも純粋で、あまりにもまっすぐな想いに……オレは、どう応えればいいのか、全くわからなかった。
あとがきですわ!
たくさん、お感想ありがとうございますわ!
これからも執筆、紅茶を飲みながらがんまりますので、もっとお高評価、お感想とかいただけるととっても嬉しいですわーー!!
よろしくお願いしますわー!!