ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
リードブルムの街に戻ってきて数日。
オレは、ユウとキバ(あと、たまにリティカ)と共に、いつものように冒険者ギルドで適当な依頼をこなしたり、訓練場で汗を流したり……そんな、比較的穏やかな日々を送っていた。
もちろん、オレの頭の中は常に「どうやってログアウトするか」でいっぱいだったけどな……。
そんなある日の午後。
オレたちは、リードブルムの街角にある、馴染みの喫茶店「木漏れ日亭」で、少し遅めの昼食をとっていた。
石造りの壁と木の温もりが感じられる、落ち着いた雰囲気の店だ。
オレは香ばしい焼き立てパンと野菜たっぷりのスープ、ユウは甘そうなフルーツが乗ったパンケーキ、キバは骨付き肉のグリルを豪快に頬張っている。まさに三者三様だ。
「んー! ここのパンケーキ、やっぱり美味しいんだよねー!」
ユウが幸せそうに声を上げる。その口の周りには、生クリームがちょっぴりついていた。
子供かよ……。
「……アスマ、肉、いる?」
キバが、自分が食べている肉の塊をフォークで刺し、こちらに差し出してくる。
いや、お前の好物だろ、それ……。
「いや、いいって。お前が食えよ」
そんな、いつも通りの平和な光景が広がっていた、その時だった。
「あなたたちっ! こんなところで油を売っている場合じゃないわよっ!」
店の入り口のドアが勢いよく開き、息を切らしたリティカが、普段の澄ました表情からは想像もつかないほど興奮した様子で飛び込んできた。
その手には、何やら羊皮紙の巻物のようなものが握られている。
艶やかな銀髪は少し乱れ、切れ長の紫色の瞳は爛々と輝いていた。
なんだなんだ……。
「どうしたんだよ、リティカ。そんなに慌てて……」
オレが声をかけると、リティカはズカズカとオレたちのテーブルまでやってきて、ドンッ! と、持っていた羊皮紙をテーブルの上に叩きつけた。
「ふふんっ! 見て驚きなさい! 私が、とんでもない依頼を引っ張ってきたわ!」
リティカは、胸を張り、得意満面といった表情でそう宣言する。
そのテンションの高さは、普段の彼女からは考えられないほどだ。
オレは、テーブルに置かれた羊皮紙を手に取り、ゆっくりと広げてみた。
そこには、流麗な文字で何やら書かれている。
……この世界に来たときから、なぜか文字も言葉も普通に理解できた。VRMMOの初期設定か何かだろうか……。まあ、便利だから深くは考えていない。
依頼書の内容は……。
――――――
【緊急指名依頼】
依頼内容:海辺の高級リゾート地「アクアリーフ」近海に出現した「
討伐対象:セイレーンジェリーフィッシュ(大型個体1、小型個体 多数)
※美しい歌声で船乗りや海水浴客を惑わし、眠らせるなどの被害報告多数。特に大型個体は広範囲に影響を及ぼすため、早急な対処を求む。
指名パーティー:「アークブレイバーズ」御一行様
報酬:
1.依頼期間中、及び依頼達成後も当分の間、アクアリーフに在る依頼主所有の別荘の自由使用権(専属メイドによる食事・清掃サービス付き)
2.セイレーンジェリーフィッシュ(大型個体)討伐成功時、100オーラム。
依頼主:アクアリーフ領主 アルフォンス・フォン・シーブルック侯爵
――――――
「……は?」
思わず、間抜けな声が出た。
なんだこれ……。
依頼内容はまあ、よくある魔物討伐系だ。セイレーンジェリーフィッシュ……名前からして、歌で攻撃してくるクラゲみたいなやつか……? 厄介そうではあるな。
だが、それよりも気になるのは……。
「ちょ、ちょっと待て。リティカ……。まず、この『アークブレイバーズ』ってのはなんだ……? オレたちのことか……? いつの間にそんな名前がついたんだ……?」
オレが尋ねると、ユウとキバもきょとんとした顔でリティカを見ている。
どうやら、二人も初耳らしい。
「あら、何か問題でも? あなたがあんまりにも無頓着だから、私が便宜上、ギルドに登録しておいただけよ。名前があったほうがなにかと便利なのよ。気に入らなければ、あとで好きなのに変えればいいじゃない」
リティカは、さも当然といった顔で言い放つ。
……おいおい、勝手にそんなことするなよ……。まあ、パーティーとして登録していないと、こういう依頼も受けられないだろうし、仕方ないのか……?
それよりももっと気になることがある。
「いや、それよりもだ! なんで、こんな……その、見るからに破格の依頼が、名指しでオレたちに来るんだよ……? 侯爵様からの依頼で、別荘使い放題って……。しかも、依頼が終わった後も使っていいなんて……。オレたち、そこまで大した実績なんてないだろ……?」
そうだ。オレたちは、せいぜいゴブリン退治とか、薬草集めとか、そういう地味な依頼をこなしてきただけだ。
グラドギオルムを倒した一件は、まあ、確かにちょっと大きな手柄だったかもしれないが、その程度でこんな依頼くるのか?
なのに、こんなVIP待遇の依頼が舞い込んでくるなんて、どう考えてもおかしい。
罠か……? 何かの罠なのか……?
オレが疑心暗鬼になっていると、リティカは心底呆れたというように、大きなため息をついた。
「はぁ……。アスマ、あなたは本当に自分のことも、私たちのことも、何もわかっていないのね……。いいこと? 私たちは、このリードブルムでも指折りの、超有望な若手パーティーなのよ?」
「はぁ……? 有望……?」
何言ってんだこいつ……。
オレの困惑をよそに、リティカは自信満々に説明を続ける。
「まず、ユウ。彼女は、その可憐な見た目とは裏腹に、A級に匹敵する凄腕の
「えへへ……そんな、怪物だなんてー」
ユウは照れたように頬を掻いているが、満更でもない様子だ。
確かに、ユウの治癒魔術は強力だし、戦闘能力も高い。A級と言われても、まあ、納得できなくもない……。
「次に、この私、リティカ・アッシュフィールド! ギルドの評価でも文句なしのA級魔術師よ。私のその類稀なる知識、戦術眼をもってすれば、S級パーティーの参謀だって務まるわ! というか、ギルドはとっとと私をS級にしなさいよ!」
リティカは、ふんっと鼻を鳴らし、自信満々に言い放つ。
……A級だったのか、お前……。自分でS級参謀とか言っちゃうあたりは相変わらずだけどな……。
「そして、キバ。この子は、まだC級だけど、それは冒険者としての活動期間が圧倒的に短いからよ。実力で言えば、並のB級冒険者なんかよりずっと上、A級アタッカーにだって引けを取らないわ。獣人族特有の身体能力と、天性の戦闘センス……。ギルドもその才能には注目していて、昇格は時間の問題でしょうね」
「……キバ、もっと強くなる。アスマの役に立てるように」
キバは、いつものように真剣な表情でそう言う。
C級だったのか……。確かに、キバの戦闘力は、オレから見ても異常なレベルだ。本人が満足していないだけで。
「そして……問題はあなたよ、アスマ」
リティカが、じろりとオレを睨みつけてくる。
「あなたは……冒険者ギルドに登録した時の初期ランクE級から、たった一年でB級へと異例のスピードで昇格した、ここ数年でも最速の出世頭の一人なのよ。自覚あった?」
「…………は?」
え……? オレが……E級からB級……?
まったく知らなかった……。というか、自分の冒険者ランクなんて、気にしたこともなかった……。
「あなたが無茶な依頼ばかり受けて、それをことごとく、結果的に成功させてきたせいでね。もっとも、あなたは達成報告なんて一度もしたことがないでしょうけど。代わりに私が勝手に報告しておいたわ。感謝しなさい! そのせいで、ギルド内でのあなたの評価はうなぎ登り。特に、あのグラドギオルムの一件で、あなたの名前はギルドの上層部にも知れ渡っているわ。まあ、本人は全く自覚がないみたいだけど」
リティカは、やれやれといった感じで肩をすくめる。
……マジか。オレ、そんなに評価されてたのか……。ログアウト目的で無茶してただけなのに……。
人生、何がどう転ぶかわからないもんだな……。
「と、いうわけで! 私たち『アークブレイバーズ』は、A級が二人、B級が一人、そして将来有望なC級が一人という、超エリートパーティーなのよ! こんな私たちに、侯爵様から名指しで依頼が来るのは、むしろ当然のことだと思わない?」
リティカの言葉に、オレはもう、何も言い返せなかった。
なんか、いつの間にとんでもないことになっていたらしい……。
唖然としているオレを尻目に、ユウとキバは、依頼書の報酬部分を見て、目を輝かせていた。
「わぁ……! アクアリーフの別荘だって! メイドさん付き……! しかも、依頼が終わった後も使っていいなんて……! アスマっちと、そんな素敵な場所に泊まれるなんて……!」
ユウは、頬を赤らめ、うっとりとした表情で妄想の世界に旅立っている。
……うん、お前の目的はそっちだよな……。
「海……。いいな。泳いだり、砂浜で特訓したりできるのか……?」
キバは、真剣な顔で呟いている。
……うん、お前もブレないな……。
「そういうわけだから、アスマ! ぐだぐだ言っていないで、さっさと準備するわよ! 目指すはアクアリーフ! 最高のバカンスと、ついでに依頼達成よ!」
リティカが、高らかにそう宣言した。
……バカンス、ねぇ……。
この世界がゲームじゃなかったら、素直に喜べたのかもしれないが……。
でも……死ぬ前に一度くらい、こういうNPCたちとのイベントを経験しておくのもいいのかもしれない……。