ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
なんで、オレがこんな南国リゾートみたいな場所で、せっせとビーチパラソルなんぞを組み立てているんだろうな……。
燦々と照りつける太陽。どこまでも青い空と海。そして、さらさらの白い砂浜……。
どうやらこの辺り一帯は、侯爵様とやらのプライベートビーチらしく、オレたち以外には誰もいやしない。
問題の
ログアウトの機会を虎視眈々と狙っているオレが、こんな浮かれた状況にいること自体、何かの壮大なボケとしか思えない……。
「じゃじゃーんっ! アスマ、お待たせしたわねっ!」
そんなオレの背後から、やけに弾んだ声が聞こえた。
振り返ると、そこには……。
お、おう……。
そこに立っていたのは、眩しい太陽の光を浴びてキラキラと輝く……水着姿のリティカだった。
普段は魔術師らしいローブに身を包んでいる彼女だが、今は大胆な黒のビキニ姿だ。布面積が……おい、かなり少ないぞ、それ。
胸元は……うん、まあ、リティカらしいというか、スレンダーな体つきに合った、スタイリッシュなデザインだ。腰のラインはキュッと引き締まっている。普段隠されている白い肌が、太陽の下で眩しいくらいだ。
艶やかな髪は、今日は可愛らしく二つに結わえられ、ツインテールが潮風にぴょこぴょこと揺れている。
「どう……? かわいいでしょ? 今日だけは特別に、このリティカ様の眩い肢体を舐め回すように見ても、叱らないであげるわよ。感謝しなさい?」
リティカは、腰に手を当て、ふふんと自信満々に胸を……いや、少し反らしてみせる。その仕草一つ一つが、妙に様になっていて腹立たしい……。
だが、まあ……うん。正直、かなり……いや、めちゃくちゃ似合っている。
「……はぁ。お前、本当に遊ぶ気満々だな……。オレたちの目的、忘れるなよ」
オレは、なんとか平静を装ってそう言った。内心、ちょっとドキドキしているのは内緒だ……。
NPC相手に何を考えてるんだ、オレは……。
「アスマ、見て。キバも、着替えた」
リティカに呆れていると、今度は別の方向から声がかかる。
そちらに視線を向けると、キバが少し照れたような、でもどこか得意げな表情で立っていた。
キバは、鮮やかなオレンジ色の、スポーティーなセパレートタイプの水着を着ている。
獣人族特有の引き締まった体に、小麦色の肌がよく映えている。ぴょこんと立った獣耳と、ふさふさの尻尾が、なんとも愛らしい……いや、野性的でかっこいい。
そして……うん、キバは、その……なんだ。胸元が、かなり……。
「水着、どう……? アスマ、似合ってる……?」
キバが、こてんと首を傾げながら尋ねてくる。
その無邪気な仕草に、オレは思わず言葉に詰まる。
「あ、ああ……。いいんじゃないか……? その……似合ってると思うぞ……。ただ、ちょっと……その、胸元、大胆すぎないか……?」
オレが視線を泳がせながらそう言うと、キバは不思議そうに自分の胸元を見た。
そして、何を思ったのか、両手で自分の胸をぐっと挟むように持ち上げ、こちらに見せつけてくる。
「……アスマ、おっぱい、好きなの……?」
「ぶっふぉおおおおおっ!?」
お、おいおいおいおいっ! 何してくれてんだ、お前はっ!
オレは咄嗟に顔を背け、全力で否定する。
「ち、違うわっ! 別に、そういうわけじゃ……! ただ、その、目のやり場に困るっていうか……!」
「ちょっと! 私のときと露骨に反応が違うのおかしくない!? やっぱりあなたって、とんでもない変態ね! キバの純真さをいいことに、そんな、いやらしい視線を向けるなんて! 最低!」
リティカが、軽蔑と怒りを込めた目でオレを徹底的に罵倒してくる。ぐうの音も出ない……。
と、その時だった。
「……アスマっちって、やっぱり……大きいおっぱいが、好きなんだ……」
背後から、蚊の鳴くような、か細い声が聞こえた。
その声には、明らかにショックを受けたような響きが……。
まさか……。
恐る恐る振り返ると、そこには……。
白い、フリルのたくさんついたワンピースタイプの水着を着たユウが、俯いて立っていた。
その小柄な体には、確かに大きな胸はついていない……。いや、控えめというよりは、うん、まあ、その……ぺったんこというか……。
水着の上からは、レースの羽織物を着ていて、少しでも肌を隠そうとしているのが見て取れる。
琥珀色の瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
「ユ、ユウ……! ち、違うんだ! オレは別に、その……大きいのが好きとか、そういうわけじゃ……!」
オレは必死に弁解しようとするが、ユウは俯いたまま、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「……そっか……。アスマっちは、やっぱり……キバちゃんみたいな、大きいのがいいんだね……。あたしには……、アスマっちの好きなものは、あげられないんだ……。でも……でも、あたしは気にしないよ。たとえ、アスマっちが大きいおっぱいにしか目がいかなくても、あたしはアスマっちの傍にいられるだけで満足だからね……」
……うわぁぁぁ……。
また、ユウのメンヘラスイッチが入っちまった……!
まずいぞ、これは本当にまずい……!
「はぁ……。本当に、あんたたちってば……。いい加減にしなさい! ほら、遊ぶわよっ!」
このカオスな状況を見かねたのか、リティカが呆れたように大きなため息をつき、そして、オレとユウの手を強引に掴んで、海へと引っ張っていった。
キバも、何が何だかわからないといった表情で、それでも楽しそうに後をついてくる。
ざぶーん!
冷たい海水が、火照った体に心地いい。
リティカとキバは、まるで子供みたいにキャッキャとはしゃぎながら、オレに容赦なく海水を浴びせてくる。
「うわっ、冷たっ! お前ら、加減しろよな!」
そう言いながらも、オレもいつの間にか二人と水をかけ合っていた。
ユウは、最初は少し戸惑っていたけれど、キバに手を引かれて波打ち際で遊んでいるうちに、だんだんと緊張が解けてきたようだ。時折、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
オレは、そんな三人の様子を眺めながら、ふと我に返る。……いや、オレは何を楽しんでるんだ。ログアウトが最優先だろうが……。
そんな葛藤を抱えつつも、目の前の楽しげな光景からは目が離せない。
キバは「うおおおおっ!」と雄叫びを上げながら、猛然と海の中へ突進していった。どうやら、浅瀬を泳ぐ魚の群れを見つけたらしい。
獣人族特有の俊敏さで、キバはまるで水を得た魚……いや、魚を狩る獣のように、海中を自在に動き回る。時折、水面から顔を出しては「逃げられた。もっと早く泳がなくては」と声を上げているが、その姿は実に楽しそうだ。
リティカはと言えば、いつの間にか大きな浮き輪を手に入れ、その上に優雅に寝そべってはぷかぷかと漂っている。
オレとユウは、少し離れた波打ち際で、綺麗な貝殻を探していた。
「アスマっち、この貝殻、虹色に光っててすっごくきれいだよ」
ユウが、手のひらに乗せた小さな巻貝を嬉しそうに見せてくる。太陽の光を受けて、確かに貝殻は淡い虹色に輝いていた。
「ああ、本当だな。よく見つけたな」
オレがそう言うと、ユウはえへへ、と照れたように笑う。その笑顔が、やけに眩しい。
その時だった。ザザーン、と少し大きな波が打ち寄せ、ユウの足元をさらった。
「きゃっ……!」
バランスを崩し、思わず後ろに倒れそうになるユウ。
「危ないっ!」
オレは咄嗟に手を伸ばし、ユウの細い腕を掴んでぐいっと引き寄せた。
勢い余って、ユウはオレの胸の中に飛び込むような形になる。
どくん、と心臓が大きく跳ねた。
濡れたユウの髪から、潮の香りと、微かに甘いシャンプーのような香りが漂ってくる。華奢な肩の感触、そして何より、胸元から伝わってくるユウの柔らかな体温と鼓動が、やけにリアルに感じられた。
「だ、大丈夫か、ユウ……?」
なんとか声を絞り出すが、自分でも驚くほど上擦っていた。
腕の中のユウは、顔を真っ赤にして、潤んだ琥珀色の瞳でオレを見上げている。長い睫毛が、涙の雫のようにキラキラと濡れていた。
「……う、うん……。アスマっち……ありがとう……」
か細い声でそう言うと、ユウはオレの肌をそっとオレの胸にふれる。その小さな手の震えが、オレにも伝わってきた。
まずい……。なんだ、この空気は……。NPC相手に、何をこんなに意識してるんだ、オレは……。
「アスマっちが……いてくれて……よかった……。あたし……アスマっちがいないと、本当に……」
ユウが、囁くように言葉を続ける。その瞳は、熱っぽくオレを見つめていて、まるで吸い込まれそうだ。
時間の流れが、やけにゆっくりと感じられる。周囲の喧騒が遠のき、ただ、お互いの鼓動だけが聞こえてくるような……そんな錯覚。
オレは、ユウの次の言葉を待っていた。そして、ユウもまた、何かを言いたそうに、ほんの少し唇を開きかけた……その瞬間。
「獲ったどー!!」
水面から勢いよく顔を出したキバがいた。その手には何匹もの魚を抱えている。
突然の登場に、オレたちはハッと我に返る。
「ん? アスマとユウはこんなところでなにをしてるの?」
キバが浜辺に上がりながら、そんなことを聞いてくる。
「いや、べ、別に大したことはしてないぞ!」
全力で手を横に振りながらオレは否定する。その横でユウも首を縦に頷いていた。
その後ろでは、リティカがやれやれといった顔で浮き輪から降りてくるところだった。
……危なかった。本当に、危なかったぞ、今のは……。
一頻り海ではしゃぎ、さすがに少し疲れてきた頃。オレたちは砂浜に戻り、ビーチパラソルの下で休憩することにした。
すると、別荘の方からメイドのセレスさんが、涼しげな足取りでこちらへやってきた。
セレスさん、さきほどのメイド服とは打って変わって、紺色の、落ち着いたデザインのワンピース水着姿だ。その上から白いパレオを巻いていて、なんとも上品な雰囲気だ。
「皆様、お飲み物と、スイカをお持ちしましたわ。お疲れでしょうから、少し休憩なさってください」
セレスさんはにこやかにそう言うと、手際よくビーチパラソルの下にレジャーシートを広げ、冷えた飲み物と、見事な縞模様の大きなスイカを置いた。
そして、自身もオレたちの隣にちょこんと座り、優雅に麦わら帽子をかぶり直し、持参した本を読み始めた。その仕草が、実に絵になる。
「ちょ、セレスさん……。その格好は……あと、仕事はいいんですか……? そんなところで、のんびり本なんか読んでて……」
オレが恐る恐る尋ねると、セレスさんは顔を上げず、本のページをめくりながら涼やかに答えた。
「旦那様。これも、皆様に快適にお過ごしいただくための準備の一環でございます。それに、わたくしも少しばかり太陽の光を浴びて、リフレッシュさせていただこうかと。もちろん、何かご入用でしたら、すぐに対応いたしますわ。ご心配には及びません」
にっこりと微笑むセレスさん。
……うん、まあ、メイドさんも息抜きは必要だよな……。完全にバカンスを満喫しているようにしか見えないが、本人がそう言うならそういうことにしておこう……。
「せっかくだし、スイカ割りでもするか?」
オレが声を上げると、ユウとキバも目を輝かせている。リティカは「子供っぽいわね」とか言いながらも、どこかそわそわしているのが見て取れる。
「それじゃあ、誰から挑戦する?」
オレの言葉に、真っ先に手を挙げたのはキバだった。
「キバがやる! こういうのは、得意!」
自信満々のキバ。目隠しをされ、木の棒を渡されると、その場でくるくるっと数回まわされる。
そして、「こっちだ!」と、獣人族ならではの鋭い嗅覚でスイカの位置を特定……したかに見えたが。
「えいっ!」
ドゴォッ!
キバが棒を振り下ろした先は……スイカから数メートルも離れた、ただの砂浜だった。大きな穴が空いている……。
「……あれ? おかしいな……」
首を傾げるキバ。うん、まあ、そんなもんだよな……。
次に挑戦したのはリティカだ。
「ふんっ、私にかかれば、こんなもの、計算通りに一撃よ」
とか言いながら目隠しをされたリティカ。周囲の声と風向き、太陽の位置からスイカの座標を割り出す……とかブツブツ言っていたが。
「そこねっ!」
カツーン。
リティカの棒は、なぜかオレが組み立てたビーチパラソルの支柱にクリーンヒット。
……おい、そっちじゃないだろ……。
結局、ユウがオレの「もうちょっと右!」「行き過ぎ!」みたいなヘロヘロな誘導でなんとかスイカに棒を当てたが、力加減が弱すぎてヒビが入っただけ。
最後は、オレが「えいっ」と軽く振り下ろして、ようやくパカッと綺麗な音を立ててスイカが割れたのだった。
真っ赤に熟れたスイカは、甘くて瑞々しくて、火照った体に染み渡るようだ。
みんなで夢中になってスイカを頬張る。NPCもスイカ食べるんだな……。
「さて、腹ごなしにビーチバレーでもしない?」
リティカが、口の周りについたスイカの種を取りながら提案する。
いいね、それ。チーム分けは、オレとユウ、そしてキバとリティカ。セレスさんは引き続き優雅に読書をしながら、時折審判をしてくれるらしい。
砂浜に簡単なコートを作り、ビーチボールで試合開始!
キバの獣人離れした跳躍力からの強烈なアタック! それを、ユウが意外な俊敏さでレシーブ!
ボールは高く上がり、オレがトスを上げる。
そこに、リティカが回り込んできて、得意の頭脳プレー……と見せかけて、なぜか明後日の方向にスパイク!
「なっ……!? 計算が……風向きの計算が少しズレただけよ!」
顔を真っ赤にして言い訳するリティカ。こいつ、意外と運動神経はポンコツなのか……?
その後も、珍プレー好プレーが続出し、砂まみれになりながらも、オレたちは心の底から笑い合っていた。
……なんだかんだで、めちゃくちゃ楽しいじゃねーか……。
早く、ログアウトしなければ……。
そう思うのに、この賑やかで、少しだけ騒がしいNPCたちとの時間は……どうしようもなく、心地よかった。