ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
太陽が水平線に沈み、空が茜色から深い藍色へと変わる頃。
オレたちは、別荘の広いテラスでバーベキューの準備を始めていた。
メイドのセレスさんが手際よく用意してくれた新鮮な肉や魚介、色とりどりの野菜を、炭火でじゅうじゅうと焼いていく。
香ばしい匂いが食欲をそそり、昼間あれだけ海ではしゃいだので、みんなお腹が空いて待ち切れない。
キバなんて、焼けた肉を待ちきれずに、まだ赤みが残っているうちからかぶりつこうとして、リティカに「まだ早いわよ!」と叱られていた。
ユウは、オレの隣で楽しそうに野菜を串に刺している。その横顔は、夕焼けの名残の光を浴びて、いつもより少し大人びて見えた……気がする。
腹いっぱい肉を食った後は、お待ちかねの花火だ。
これもセレスさんがどこからか調達してきたもので、手持ち花火からちょっとした打ち上げ花火まで、種類も豊富だった。
チリチリと火花を散らす線香花火を、ユウと二人で並んで見つめる。
パチパチという小さな音と、火薬の匂い。
時折、リティカが打ち上げる派手な花火が、夜空を明るく照らし、歓声が上がる。
キバは、獣の耳をぴくぴくさせながら、初めて見る花火の光に目を奪われているようだった。
なんだかんだで、悪くない一日だったな……。
この世界がゲームじゃなかったら、もっと素直に楽しめたのかもしれないが……。
さすがに遊び疲れたのか、風呂から上がってリビングに戻ると、さっきまで「これからボードゲームで徹夜よ!」なんて息巻いていたリティカが、ソファの上で船を漕ぎ始めていた。
キバも、床に敷かれたふかふかの絨毯の上で、すぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てている。その獣耳が、時折ぴくりと動くのが可愛い。
うん、まあ、今日はもうお開きって感じだな。
「オレもそろそろ寝るかな……」
あらかじめセレスさんに割り当てられていた自分の部屋へと向かおうとした、その時だった。
「……アスマっち……どこ、行くのー……?」
ソファの上で、大きなクッションを抱きしめるようにしてうとうとしていたはずのユウが、眠そうな琥珀色の瞳で、こっちを見ていた。
その声は、まだ半分夢の中にいるような、ふわふわとした響きだ。
「ん? ベッドだよ。オレの部屋の。ユウも、ちゃんとベッドで寝ないと疲れ取れないぞ」
そう言って、オレは自分の部屋へと続く廊下へ足を向けた。
すると、ペタペタ……ペタペタ……。
後ろから、小さな足音がついてくる。
振り返ると、案の定、ユウがふらふらとした足取りでオレの後を追ってきていた。
その手には、いつの間にか自分の枕と、薄手のブランケットが握られている。
……おいおい、まさか……。
「ユウ、お前の部屋はあっちだろ? セレスさんに案内されてたじゃないか」
オレが呆れ半分でそう言うと、ユウはこてん、と首を傾げ、そして、とんでもないことを言い出した。
「……アスマっちと……一緒に、ねちゃだめ……?」
その潤んだ瞳は、完全に「ダメって言わないで」と訴えかけている。
一瞬、頭の中で変な想像がよぎったが、すぐにそれを打ち消す。
だめだ、オレはNPC相手に何を考えてるんだ……。
「だ、ダメだろ、普通に考えて……! 男女が同じ部屋で寝るなんて……!」
「……うっ……うぅ……。アスマっち……寝てる間に……また、どこかに、いなくなったり……しない、よね……?」
あー……また始まった。ユウの、少しめんどくさいモードだ……。
オレは、大きなため息をつきながら、必死に弁解する。
「どこにも行かないって! 昨日も言っただろ? だいたい、この別荘から勝手にいなくなったら、さすがにセレスさんたちに怒られるって……!」
そう、あの日……「
オレから少しでも目を離すと、また無茶をして、今度こそ本当にいなくなってしまうんじゃないか……。そんな強迫観念にも似た不安を抱えているらしい。
その執着ぶりは尋常ではなく、少し前にオレが借りていた宿屋の部屋の隣に、わざわざ引っ越してきたくらいだ。曰く、「これなら、アスマっちが夜中にこっそり出ていっても、すぐにわかるから安心!」だそうだ……。
いや、全然安心じゃないからな、こっちは……。
同じ屋根の下、それも隣の部屋にいるなら、さすがに問題ないだろうと思っていたら……。
今度は、同じベッドで寝たいと来たか……。
まったく、このNPCの好感度調整、どうなってやがるんだ……。
ここで頑なに断っても、どうせ夜中にこっそりオレのベッドに潜り込んできそうだな、この子は……。
そうなったら、余計に面倒なことになる……。
はぁ……。もう、どうにでもなれ……。正直、眠すぎて頭が回ってないのもある。
結局、オレはユウの懇願に流される形で、彼女を自分の部屋へと招き入れてしまった。
セレスさんが用意してくれた部屋は、一人で寝るには十分すぎるほど広く、ベッドもキングサイズと言っていいくらい大きい。
オレは、できる限りユウから距離を取って、ベッドの端っこにそっと潜り込んだ。
二人で寝ても、まだ中央にはかなりのスペースが空いている。
それでも……隣にいるユウの体温が、シーツ越しにじんわりと伝わってくるような気がして、妙に落ち着かない。
「……ふふっ。アスマっちと、一緒だー……」
ユウが、嬉しそうな、そして少しだけ安心したような声で呟いた。
暗闇の中で、ユウの顔は見えないけれど、きっと嬉しそうな笑みを浮かべているんだろうな……。
「……今日、すっごく楽しかったね、アスマっち。アスマっちも、楽しかった……?」
「……ああ、そうだな。まあ……うん、楽しかったよ」
嘘じゃない。なんだかんだで、今日一日は、本当に楽しかった。
「……今日みたいな日が……ずっと、ずっと続けばいいのに……」
ユウの呟きは、どこか切実な響きを帯びていた。
「……そうだな」
「……アスマっち……本当に、そう思ってる……?」
「……ああ。思ってるよ」
オレの返事に、ユウはしばらく黙り込んでいた。
やがて、小さな声で、ぽつりと尋ねてくる。
「……ねぇ、アスマっち……」
その声が、やけに近くで聞こえた気がして、オレは思わず目を開けた。
次の瞬間、オレは息を呑んだ。
いつの間にか、ユウがオレの上に馬乗りの姿勢で跨っていたのだ。
暗闇に慣れた目が、月明かりに照らされたユウの姿を捉える。
その琥珀色の瞳は、真剣な光を宿し、じっとオレを見つめている。
顔が……近い……。
ユウの吐息が、オレの頬にかかるのを感じる。甘い、ユウの香りが鼻腔をくすぐった。
「……なんで……アスマっちはさ、いつも……いつも、そんなに風に寂しそうな目をしているの……? あたしには……アスマっちが、何を考えてるのか……全然、わかんないよ……」
ユウの声は、震えていた。
その瞳の奥には、深い悲しみと、どうしようもない不安の色が浮かんでいる。
「……あたしじゃ……ダメ、なのかな……? あたしじゃ……アスマっちの……『居場所』には……なれない、のかな……?」
必死な、魂からの叫びのようなユウの訴えが、オレの胸を締め付ける。
なんで……なんで、このNPCは、こんなにもオレの感情の機微に敏感なんだ……。
オレだって……オレだって、ユウのことは大切に思ってる。こんなにオレのことを想ってくれる子が、可愛くないわけがない。
もし……もし、ここがゲームじゃなくて、現実の世界で……もっと違う出会い方をしていたなら……。
きっと、オレたちは……。
そんなありえない仮定が、頭をよぎる。
その時だった。
ユウが、ゆっくりと……その華奢な体を、オレに寄せてきた。
思わず、体が強張る。
薄い寝間着越しに伝わってくる、ユウの柔らかな体の感触……。しなやかな太ももが、オレの腰に密着し、小さな胸が、オレの胸板に押し付けられる。
ユウの心臓の鼓動が、まるで自分のものみたいに、ドクドクと大きく響いてくる。
まずい……。これは……本当に、まずい……。
「……アスマっちは……やっぱり……大きいおっぱいじゃないと……嫌……?」
ユウが、消え入りそうな声で、そんなことを呟いた。
「お、おい……! 突然、何を言い出すんだ、お前は……!」
「……だって……アスマっち……あたしのこと、ちっとも見てくれないじゃん……」
ユウの声は、拗ねた子供のように震えていた。
その言葉に、オレはぐっと息を詰まらせる。見てないわけじゃない。むしろ、見ないように必死なんだ……。
「そ、そんなことないって……! ちゃんと、見てる……見てるぞ……!」
なんて、苦し紛れの言い訳を口にしつつも、オレはどうすればいいのか、全くわからなかった。
すぐ目の前にある、ユウの潤んだ琥珀色の瞳。吐息がかかるたびに、甘い香りが鼻腔をくすぐり、思考を鈍らせる。薄い寝間着越しに伝わってくる、柔らかな体の感触と温もり……。
肩にかかるユウの髪は、月明かりを吸い込んで淡く輝き、さらさらとした感触がオレの首筋を撫でた。
その下にある小さな胸は、確かに大きくはないかもしれないが、オレの胸板に押し付けられるたびに、その存在をはっきりと主張してくる。その柔らかさと、トクントクンと早く打つ心臓の音が、ダイレクトに伝わってきて……。
もう……ダメだ……。
あと少しで、オレの理性は木っ端微塵に爆発してしまいそうだ……。
ここまでされて我慢できる男なんて、この世に存在するのか……? いや、いないだろ……。
ユウのやつ……いったい何を考えて、こんな大胆な行動に出てるんだ……? このゲームって、全年齢版だったはずだよな? サービスシーンにしてはやりすぎだろ!
その時だった。
ユウが、そっとオレの耳元に顔を寄せ、熱い吐息と共に、囁いた。
「……好き……」
その一言が、オレの理性の最後の砦を、いとも簡単に打ち砕いた。
気づけば、オレは衝動的に、ユウの華奢な体を強く抱きしめていた。
両腕の中に収まるユウの体は、驚くほど小さくて、そして柔らかかった。薄い生地越しに、滑らかな肌の感触と、確かな温もりが伝わってくる。
オレの手は、まるで意思を持ったかのように、ユウの細い腰からゆっくりと背中をなぞり、肩甲骨の感触を確かめ、そして、うなじにかかる柔らかな髪を優しく梳くように、その小さな頭へと上がっていく。
そして、そっと、ユウの熱い頬に触れた。
完全に、まずい雰囲気だ。
オレも、ユウも、このどうしようもない状況と、お互いの熱に飲まれてしまいそうだ……。
オレは、掠れた声で、ユウの名前を呼んだ。
「……ユウ……」
「……ん……。あたしは……いつでも、いいよ……アスマっち……」
ユウが、とろけるような声で、そう囁き返す。
……何がいいんだよ、お前は……! と、心の中で必死にツッコミを入れるが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。
オレは、ユウの潤んだ瞳に吸い込まれるように、ゆっくりと……その小さな唇へと、顔を寄せようとして……。
その、瞬間だった。
――ジッ……。
視線……? 第三者の、明確な視線を感じた。
ハッとして、顔を上げる。
オレの部屋のドアが、ほんの少しだけ開いている。
そして、その隙間から……。
ぴょこんと飛び出た獣耳と、髪の毛の一部が見えた。
……まさか……。
そこには、キバとリティカが、ドアの隙間から、固唾を飲んでこっちの様子を窺っていた。
キバは、興味津々といった感じで、ぐいぐいと身を乗り出そうとしている。
リティカは、そのキバの肩を慌てて掴み、「ちょっと、キバ! そんなに体を出したらバレるでしょ! 静かにしなさい!」なんて、小声で叱っているのが聞こえてきた。
……いや、もう、完全にバレてるからな……お前ら……。
オレの腕の中にいたユウも、ようやく二人の存在に気がついたようだった。
オレとユウ。
そして、ドアの隙間から覗く、キバとリティカ。
四人の視線が、無言のまま、夜の静寂の中で交錯する……。
数秒間の、気まずすぎる沈黙。
次の瞬間、ユウは「ひゃあっ!?」と短い悲鳴を上げ、顔を真っ赤にしてオレの腕の中から飛び出すと、ベッドの隅で布団を頭まで被って、完全に丸まってしまった。
その姿は、まるで大きな団子虫だ……。
オレはというと……。
助かった……。本当に、心の底から、助かった……!
このどうしようもない状況を打開するきっかけを与えてくれた二人に、今だけは感謝しかない……!
そんな安堵感に包まれながら、オレは力なくベッドの上に倒れ込むのだった……。
……本当に、疲れた……。