ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
うっすらと目を開けると、見慣れない豪華な天井が視界に飛び込んできた。
ああ、そうか。オレたちは今、アクアリーフの別荘にいるんだったな……。
それにしても、よく寝た……。昨日は、あれからとてつもない睡魔に襲われて、気がついたら意識を失うように眠ってしまっていた。
結局、あの後、何事もなかった……はずだ。うん、たぶん……。
……それにしても、体がなんだか重い。
というか、両腕が痺れているし、胸の上にも何やら柔らかくて温かいものが……。
「ん……んぅ……あすま、っち……すぅ……」
「……すぴー……あすま……の、におい……」
「……むにゃ……このバカ……朴念仁……」
……は?
恐る恐る、自分の体の上と左右に視線を巡らせる。
そこには……。
オレの右腕をがっちりホールドし、胸元に顔をうずめて幸せそうに寝息を立てているユウ。
オレの左腕に抱きつき、なぜかオレの匂いをくんくん嗅ぎながらすやすや眠っているキバ。
そして、なぜかオレの両足に覆いかぶさるように、行儀悪くも気持ちよさそうに寝こけているリティカの姿があった。
……え、ちょ、まっ……。
なんでお前ら、オレのベッドで寝てんだよ!? しかも三人揃って!
どういう経緯でこうなったのか、皆目見当もつかない……。
まあ、いい……。深く考えるのはやめよう……。どうせ、ろくなことじゃないに決まってる。
そっと、三人を起こさないようにベッドから抜け出し、オレは洗面所へと向かった。
顔を洗い、少しだけシャキッとしたところで、背後から声をかけられた。
「あら、おはよう、アスマ。ずいぶんと寝ぼけ顔をしているのね? 念入りに顔を洗うことよ」
振り返ると、そこには起きたばかりであろうリティカが、腕を組んで立っていた。
「……お前だって、まだ顔が半分寝ぼけてるぞ」
「ふんっ、そんなことはどうでもいいのよ。……それよりアスマ、あんた、ユウと付き合うことにしたわけ? もし、そうなら、ちゃんと報告しなさいよね。恋愛のもつれでパーティーがギクシャクするのって、よくあることなんだから」
リティカの言葉に、オレは思わずうがいで口に含んでいた水を吹き出しそうになった。
「ぶふっ……!? な、何を言い出すんだ、お前は! ユウとは、別に、そういうんじゃ……!」
「じゃあ、昨日のあれは一体何だったのよ。ユ、ユウがあんたの上に乗っかって、今にも……って雰囲気だったけど……」
リティカが、口にするのも恥ずかしいのか視線を合わせないまま追及してくる。
くそっ……! やっぱり、見られてたのか……!
「お、オレに聞かれても知るかよ! あれは、その……ユウが勝手に……!」
「ふぅん……? まあ、いいわ。あんたがそう言うなら、そういうことにしておいてあげる。……ただし、つきあうってなら、必ず私に報告すること。いいわね?」
リティカは、釘を刺すようにそう言うと、ふふんと鼻を鳴らして洗面所から出ていった。
リビングに戻ると、ユウが少し気まずそうな顔で「お、おはよう……アスマっち……」と挨拶してきた。その顔は、ほんのり赤い。
オレも「お、おう……」と、ぎこちない返事しかできない。
キバは「アスマ、おはよう」と言うと、「そのうちキバとも、そういうことしようね」と言われた。うん、なんのことだかオレは追求しなかった。きっと、彼女はなにか勘違いしているはずだ。
そんなこんなで、メイドのセレスさんが用意してくれた豪華な朝食をいただく。
焼きたてのパンに、新鮮なフルーツ、温かいスープ……。どれもこれも絶品だ。さすがは侯爵様お抱えのメイドさんである。
食事中、セレスさんから今日の予定について改めて説明があった。
「皆様、本日は本来の目的であります『
セレスさんの説明に、リティカが補足する。
「ええ。ギルドの資料によると、セイレーンジェリーフィッシュは、基本的に海中に生息しているわ。小型のものは無数にいて、大型の個体は、その群れを統率するリーダーのような存在らしいの。問題は、その大型個体が最近やけに巨大化していて、歌声の届く範囲も尋常じゃなく広がっているってことね。おかげで、このアクアリーフの観光客は激減。侯爵様も頭を抱えているそうよ」
なるほどな……。歌で攻撃してくるクラゲ、か。しかも、海の中にいるとなると、かなり厄介そうだ。
下手したら、船ごと眠らされて、そのまま海の藻屑……なんてことにもなりかねない。
これは……もしかしたら、本当にオレを殺してくれるかもしれない……。
「歌で攻撃されたら、防ぎようがないと思うんだけど。対策とかしなくていいのかな?」
ユウの疑問に、リティカが「ふんっ」と鼻を鳴らし、心底呆れたというように言った。
「当然よ。この私が無策で挑むとでも? はい、これ」
そう言って、リティカは小さな布袋から、銀細工の美しい耳飾りを取り出した。
「これは『
なるほどな……。便利な道具があったもんだ。
これがあれば、歌を聞いてうっかり眠ってしまうってことはなさそうだ。死にたいオレとしては、それがいいのか悪いのかわからないが。
「さて、まずは、その魔物の正確な生息場所と、大型個体の位置を特定する必要があるわね。幸い、侯爵様が手配してくださったボートもあるから、それを使って周辺の海域を見回ってみましょう」
リティカの提案に、異論はなかった。
というわけで、オレたちは朝食を済ませると、早速、別荘のプライベートビーチに用意されていた小型のボートに乗り込んだ。
四人も乗れば、ぎりぎりといった感じの大きさだ。オレがオールを漕ぎ、ユウとキバが左右の見張り、リティカが海図を片手に航路の指示を出す。
ボートは、穏やかな波間をゆっくりと進んでいく。
見渡す限りの青い海。空にはカモメが舞い、潮風が心地いい。
……昨日、散々遊んだ光景とほとんど変わらないな……。
ただ一つ違うのは、オレたちの表情が、昨日よりもいくらか真剣だということくらいか……。
「この辺りのはずなんだけど……今のところ、それらしき魔物の気配はないわね……」
リティカが、海図とコンパスを交互に見ながら呟く。
観光客が激減したというだけあって、他の船の姿はまったく見えない。本当に、この美しい海をオレたちが独り占めしているような状況だ。
……だが、この静けさが、逆に不気味でもある。
いつ、あの歌声が聞こえてくるかわからないのだから……。
オレは、ゴクリと唾を飲み込み、オールを漕ぐ手に力を込めた。
早くログアウトしたい気持ちと、このNPCたちを危険な目にあわせたくないという、矛盾した感情が胸の中で渦巻いている。
しばらく、オールを漕ぎ続けたその時だった。
「……! アスマっち、リティカちゃん! あれ……!」
見張りをしていたユウが、声を震わせながら海面を指さした。
そちらに視線を向けると……。
コバルトブルーだったはずの海面が、ぼんやりと、淡い虹色に光り始めていた。
そして、その光は一つ、また一つと増えていき……気づけば、オレたちのボートは、無数の光に完全に取り囲まれていた。
「な……なんだ、これ……」
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
やがて、その光の正体が、ゆっくりと海面に姿を現した。
それは、傘の部分が透き通るようなガラス細工のようで、内部で七色の光を明滅させている、幻想的な見た目のクラゲだった。長い触手が、ゆらゆらと水中を漂っている。
一体一体は、それほど大きくない。だが、その数が……尋常じゃなかった。
ざっと数えただけでも、百……いや、二百は下らないだろう。
海面は、無数のセイレーンジェリーフィッシュで、完全に埋め尽くされていた。
「嘘だろ……。こんな、数……」
オレは、目の前の絶望的な光景を前に、ただ呆然と呟くことしかできなかった。