ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
ふかふかとした布団の感触と、微かに香る陽だまりのような匂い。
知らない木目の天井が視界に映り、オレはゆっくりと覚醒した。
昨日の激闘と、その後のユウの涙……。
そうだ、ユウの治癒魔術で最低限の応急処置をしてもらったところまでは覚えているが、その後の記憶が曖昧だ。おそらく、あのまま意識を失ってしまったのだろう。
状況から察するに、誰かがオレをこの宿屋まで運んでくれたらしい。
またしても、とんでもない迷惑をかけてしまったな……。
そんな反省をしていると、ふと左腕に柔らかな温もりと、規則正しい寝息を感じた。
ん……?
視線をそちらへ向けると、そこにはオレの腕にしがみつくようにして眠るユウの姿があった。
もこもことした素材の、可愛らしいパジャマ姿。昨日、あれだけ泣きじゃくっていたのが嘘のように、今は穏やかな寝顔だ。
長い睫毛が白い頬に影を落とし、少しだけ開いた唇からは、すぅすぅと小さな寝息が漏れている。
その無防備な姿は、普段の悪戯っぽい彼女とはまた違う魅力があって……いやいや、何を考えているんだオレは。
NPC相手にドキマギしてどうする。これはアレだ、サービスシーンってやつだろ。最近のゲームはこういうところも抜かりない。
しかし、次の瞬間、掛け布団の別の場所がもぞもぞと動くのを感じた。
え……? なんだ……?
心なしか、布団が不自然に盛り上がっているような……。
恐る恐る、しかし勢いよく掛け布団をめくると――
「……んにゃ……あすま……?」
そこには、オレと同じくパジャマ姿で、ぴょこんと立った獣耳が特徴的な少女――キバが、眠そうに目をこすりながらこちらを見ていた。
キバ。オレたちのパーティーメンバーで、オレと同じく前衛を務める、鋭い爪と牙を武器に戦う獣人の少女だ。
普段はクールで真面目、ストイックに強さを求める努力家……のはずなんだが……。
「お、おいキバッ。なんでお前までオレの布団の中にいるんだよ?」
思わず声を上げると、キバは少しむくれたような表情でこちらを睨んできた。
「……アスマこそ、大きな声出さないで。耳に響く」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……。状況を説明しろ、状況を」
オレの剣幕に、キバはふいと視線を逸らし、隣で眠るユウに目をやった。そして、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「……ふーん。昨晩は、お楽しみだった?」
「お前の想像するようなことは万に一つも起きてないからなっ! 断じて!」
まったく、このパーティーの女子たちはどうしてこうも無防備なやつらばかりなんだ。
オレは大きくため息をつき、頭を抱えた。
「その……今回も、色々迷惑をかけたみたいで悪かったな……」
気を取り直して謝罪すると、キバはあっさりと、
「うん、とっても迷惑だった」
と、きっぱり言い放った。
ぐっ……! もう少しこう、オブラートに包むとかさ……!
とはいえ、迷惑をかけたことは紛れもなく真実だ。
「なぁ、キバ。やっぱりさ――」
「その続き、喋ったらキバ、本気で怒るよ」
「……っ!」
言葉を飲み込んだ。
察せられた。オレが、またパーティーを解散しようと、そう切り出そうとしていたことを。
そもそも、このパーティーはオレが一人でフラフラしていたところに、ユウとキバ、リティカが強引についてくるという、なし崩し的な経緯で結成されたものだ。
特に共通の目的があるわけでもなく、オレとしては最初からソロで気ままに行動するつもりだった。
だから、以前、一度だけ解散をキバに持ちかけたことがある。ユウに直接言ったら、大騒ぎするのが目に見えていたし、リティカはひねくれているせいで本音を言わない。
だから、一番冷静沈着に見えたキバを選んだんだが……。
その時の彼女の激昂ぶりは、今思い出しても背筋が寒くなる。普段クールなやつほど、キレると怖いって本当なんだな……。
「……アスマ。なんでキバに何も言わないで、一人であんな無茶な魔獣のところに行った?」
キバの声には、怒りよりも、どこか悲しそうな響きが混じっていた。
「それは……オレの勝手な行動に、お前たちを付き合わせるわけにはいかないだろ」
「だとしても、相談くらいしてくれてもよかった! キバだって、アスマの力になれるかもしれない……!」
「仮に相談なんかしたら、お前ら、全力で止めるに決まってるだろ。特にユウなんか、泣き叫んで大変なことになる」
オレの言葉に、キバは俯き、その表情を暗くさせた。
そして、震える声で呟く。
「……キバが、弱いからだ。キバが弱いから、アスマはキバのこと、頼ってくれないんだ……。もっと……もっともっともっともっと強くならないと……。もっと強くなれば、アスマはキバのこと、頼った……?」
その言葉に、オレは慌てて首を横に振る。
「いや、そんなことない! キバは今のままでも十分強いだろ! オレなんかよりずっと……」
「嘘だッ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ! 本当にキバのこと強いって思ってるなら、なんで……なんでなんでなんでなんで、あんな危ない場所に一人で行くんだッ! やっぱり、キバのせいなんだ……キバが、アスマの足手まといだから……!」
キバの琥珀色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
まずい。まただ。この子も、ユウと同じように、どこかおかしくなってきている。
今までも時々、キバが自分を卑下して責めるような兆候はあった。だが、ここまで感情を爆発させるのは初めてだ。
「おい、キバ、大丈夫か……? 落ち着けって」
「ご、こめんね……アスマ……。キバが、弱いせいで……ごめんね……」
そう言うと、キバは突然布団から飛び出し、部屋の出口へと向かおうとした。
「おい、どこへ行くつもりだ!?」
「……特訓、してくる。アスマに頼られるようになるには、もっと強くならなきゃ……。今のキバじゃ、ダメだから……」
その背中は、あまりにも小さく、そして痛々しかった。
オレは咄嗟に手を伸ばして止めようとしたが、キバはそれを振り払い、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
……だから、全然違うんだってば。
お前が弱いからとか、足手まといだとか、そんなこと一度だって思ったことはない。
むしろ、ユウもキバも、NPCにしては異常なほど強くて、頼りになる
ただ、オレは……この世界からログアウトするために、死ななきゃいけないんだ。
そのために、わざと危険な場所に飛び込んでいるだけで……。
ひとまず顔でも洗ってスッキリしよう。共同の洗い場がどこかにあるはずだ。
そう思って、少し重い体を引きずるように部屋を出て、静まり返った宿屋の廊下を歩き始めた。
木の床がギシリと軋む音が、やけに大きく響く。
すると、前方から涼やかな声が聞こえた。
「あら、アスマ。ようやく起きたのね」
声のした方へ視線を向けると、そこにはパーティー最後のメンバーである
リティカは、いつもどこか落ち着いていて、凛とした雰囲気を纏っている。
艶やかな銀髪は腰まで届くほど長く、切れ長の紫色の瞳は、まるで全てを見透かすかのように理知的で、それでいてどこかミステリアスな光を宿していた。
今日も朝早くから身支度を整えていたのか、その姿には少しの乱れもない。まるで、これから
パーティーの知恵であり、時折、オレの突飛な行動に呆れつつも、なんだかんだで的確なアドバイスをくれる、頼れる存在だ。もっとも、そのアドバイスは、きまって意地悪なからかいも含んでいるのだが。