ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる   作:お嬢様執筆中

22 / 27
22 日常

 あれから、数ヶ月が過ぎていた。

 窓の外では、季節が一つ巡ろうとしている。オレは、退屈なようでいて平和な、元の日常へと戻っていた。

 奇跡は、起きた。

 一時は昏睡状態にまで陥っていた妹のスイは、医者も目を丸くするほどの驚異的な回復を見せ、今では車椅子に乗って家の中を自由に動き回れるまでになった。

 その姿を見るたびに、オレは……本当に帰ってきてよかったと、心の底から思う。

 

 ……思う、はずなのに。

 オレの心は、ずっと分厚い灰色の雲に覆われたままだった。

 ふとした瞬間に、思い出してしまう。

 琥珀色の瞳の少女。獣人の少女。皮肉屋の魔術師。

 彼女たちの顔が、声が、脳裏に焼き付いて離れない。

 そして、胸の奥で、ユウの最後の絶叫が、いつまでも木霊していた。

 

 

 あの日、オレが目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。

 あの世界で過ごした、地獄のようで、そして少しだけ夢のようでもあった激動の一年間は……現実では、ほんの数時間のできごとでしかなかった。

 ログアウトは、問題なく成功した。

 オレは、帰ってきた。スイとの約束を守るために。

 その事実に、心の底から安堵する自分がいる。

 だが、同時に……どうしようもない罪悪感が、鉛のように心に沈殿していた。

 

 学校に復帰し、元の生活に戻ってから、オレはまず、あの世界の正体を探るために、問題のVRゲーム「アークスフィア・オンライン」について徹底的に調べ始めた。

 公式サイト、攻略wiki、有名配信者のプレイ動画……。

 そして……愕然とした。

 

 違う。

 まったく、違う。

 オレが体験した、あの世界とは、何もかもが、根本的に異なっていた。

 

 まず、ユウ、キバ、リティカという名前の主要NPCは、ゲーム内に影も形も存在しなかった。プレイヤーを導くNPCはいるが、それはもっと事務的で、いかにも「プログラムです」といった感じのキャラクターだ。

 次に、ゲームシステム。本来のゲームには、オレが体験したようなリアルすぎる痛覚フィードバックや、ログアウトが自在にできないなんて仕様は存在しない。ごくごく一般的な、デスペナルティがあるだけの、普通のVRMMOだった。

 そして何より、地名やモンスター。オレが冒険した街、訪れたダンジョン、戦った魔物たち……そのほとんどが、本来のゲームには登場しない。海辺のリゾート地「アクアリーフ」も、世界を終わらせるほどの化け物「深淵の落とし子(アビッサル・スポーン)」も、どこにも記録されていなかった。

 共通していることといえば……せいぜい、ありがちな中世ヨーロッパ風の、剣と魔法の王道ファンタジーだということくらい。

 それだけだった。

 

 じゃあ……じゃあ、オレが迷い込んだあの世界は……一体、なんだったんだ……?

 ただの、リアルすぎる夢……?

 それにしては、あまりにも……あまりにも、鮮明すぎる。

 彼女たちの温もりも、涙も、笑顔も、すべてが、本物だったように感じられる。

 オレは、パソコンのモニターに映し出された、本来の「アークスフィア・オンライン」のプレイ動画を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

 

 

「お兄ちゃん、また難しい顔してる」

 

 いつの間にか、スイが車椅子でそばに来て、心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。

 

「……いや、なんでもない。ちょっと、考え事してただけだ」

 

「ふーん……。無理しちゃだめだよ。お兄ちゃん、あの後から、ずっと上の空だから。……なにか、あったの?」

 

 スイの、まっすぐな瞳が、オレの心の奥を見透かそうとしてくる。

 その優しさが、ユウの優しさと重なって、また胸がズキリと痛んだ。

 ……会いたい。

 会いたい。

 もう一度、ユウたちに会いたい。

 会って、謝りたい。

 最後に言った言葉は、全部嘘だったんだと。本当は、お前たちのことが、大切だったんだと。そう、伝えたい。

 でも、どうすれば……?

 あの世界へ行く方法は、もう、どこにも……。

 

 いや、ある。

 たった一つだけ、手がかりが。

 

 オレは、スイが入院している病室から自宅へと帰宅すると、すぐさま押し入れの奥へと向かった。

 段ボール箱の中から、あの日以来、一度も触れていなかった、あのVRヘッドセットを取り出す。

 近未来的なデザインの、銀色の流線形。

 表面に積もった薄い埃を、そっと指で拭った。

 これを被れば、またあの地獄に……いや、あの世界に行けるのか……?

 いや、無理だろう。

 今度こそ、ただの、普通の「アークスフィア・オンライン」が始まるだけだ。

 期待なんて、していない。

 わかっている。わかっているんだ。

 でも……。

 万が一……。

 億が一の、ほんのわずかな、蜘蛛の糸のような可能性に……。

 

 オレは、ヘッドセットをゆっくりと頭に装着した。

 ひんやりとした感触が、こめかみを包む。

 覚悟を決め、オレは、ゲームを起動させる。

 

 途端、視界が、真っ白な光に包まれる。

 さあ、どうなる……?

 光が収まり、ゆっくりと視界が開けていく。

 そこに広がっていたのは……。

 壮麗なファンファーレ。目の前に浮かび上がる、煌びやかなタイトルロゴ。

 

【ようこそ、アークスフィア・オンラインへ!】

 

 軽快な音声と共に、キャラクタークリエイト画面が目の前に表示された。

 画面の向こうでは、親切そうなチュートリアルNPCの少女が、にこやかに微笑みながら、オレに話しかけてくる。

 

「さあ、冒険者様! まずは、あなたの分身となるキャラクターを作成しましょう!」

 

 豪華なグラフィック。洗練されたユーザーインターフェース。

 事前に調べた通りの、ごく普通の、そして大人気のVRMMO「アークスフィア・オンライン」が、そこにあった。

 そこに、オレが焦がれたあの世界の面影は……どこにも、なかった。

 ユウも、キバも、リティカも、いない。

 ……そうだよな。

 そんな簡単に、会えるわけないよな……。

 わかっていたことだ。わかっていたはずなのに……。

 言いようのない喪失感が、胸を締め付ける。

 オレは、力なくその場に座り込むと、自嘲気味に呟いた。

 

「……馬鹿、みたいだな」

 

 静かに、ゲーム内の今度こそちゃんと実装されていたログアウトボタンを押す。

 世界が、再び白い光に包まれて、現実へと引き戻されていく。

 残ったのは、どうしようもない絶望と……そして、あの残酷な嘘だけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。