ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる   作:お嬢様執筆中

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26 作戦始動

 魂が抜けたってのは、きっと、こういう状態のことを言うんだろう……。

 オレの身体は、老婆になったリティカに引きずられるまま、要塞と化したリードブルムの中を進んでいく。

 すれ違う兵士たちが、訝しげな視線をオレたちに向ける。そりゃそうだろう。腰の曲がった老婆が、黒い茨で拘束した若い男を引きずっているんだ。不審者以外の何物でもない。

 だが、そんな視線も、今のオレにはどうでもよかった。

 キバが、死んだ……。

 ユウに、殺された……。

 その事実が、思考を麻痺させる。何も考えられない。何も、感じない。

 ただ、リティカにされるがまま、まるで意思のない人形のように運ばれていくだけだった。

 

「……着いたわよ」

 

 やがて辿り着いたのは、かつては冒険者ギルドだった建物だ。今は、臨時の作戦司令部として使われているらしい。

 中に入ると、むわりとした熱気と、怒号、そして鉄の匂いがオレを包んだ。

 巨大な地図が広げられたテーブルを、屈強な騎士や参謀らしき人間たちが囲み、喧々囂々と議論を交わしている。壁には、敵の配置や戦況を示すであろう羊皮紙が、びっしりと張り巡らされていた。

 リティカは、そんな彼らを一瞥もせず、部屋の奥で腕を組み、戦況を見つめていた一人の男の前へと進み出た。

 金の髪に、彫りの深い顔立ち。その身に纏う白銀の鎧は、数々の激戦を潜り抜けてきた証か、無数の傷が刻まれている。

 この要塞の、司令官といったところか。

 

「……作戦の準備は、全て整っていました。あとは、あなたの許可をもらうだけです、ギガート団長」

 

 リティカが、しわがれた声で告げる。

 ギガートと呼ばれた男は、ゆっくりとこちらに視線を向けた。その鋭い蒼い瞳が、拘束されたままのオレを射抜いた。

 

「……それが、例の切り札(ジョーカー)か。まさか、本当に連れてくるとはな」

 

 その声には、あからさまな侮蔑と、不信感が滲んでいた。

 

「こんな、どこからどう見ても戦力にすらならん小僧が、あの魔女(ウィッチ)を止めるだと……? リンドブルム最高の魔術師と謳われたお前が、そこまで落ちぶれたとはな、リティカ。寿命を削り、その醜い姿になってまで、こんな馬鹿げた作戦に賭けるとは……」

 

「彼でなければ、ダメなのです」

 

 リティカは、ギガートの侮蔑を意にも介さず、きっぱりと言い放った。

 

「信じてください。必ず、成功させます」

 

「多くの兵の命がかかっている。失敗は許されんぞ」

 

 ギガートは、冷たくそう吐き捨てると、再び地図へと視線を戻した。

 その時だった。

 

 リリリィィィィィィィィィンンンンーーーーーーーーッ!!!!

 

 要塞全体に、甲高い鐘の音が鳴り響いた。

 

「来たか……! 総員、第一戦闘配置! 東門(イーストゲート)より敵襲! 敵の軍勢、およそ三千!」

 

 伝令兵の叫びを皮切りに、司令部が、そして要塞全体が一気に戦場の顔へと変わる。

 リティカは、オレを拘束したまま、再び引きずり始めた。

 

「行くわよ、アスマ。あんたの目で、しっかり見届けなさい。あんたが作り出した、この地獄を」

 

 連れてこられたのは、東門を見下ろす城壁の上だった。

 眼下に広がる光景に、オレは息を呑む。

 黒。

 ただひたすらに、黒い影の津波が、大地を埋め尽くしていた。

 それは、様々な形をしていた。獣の形をした影、人の形をした影、名状しがたい異形の影……。それら全てが、意思を持ったかのように蠢き、リードブルムの城壁へと殺到してくる。

 リティカの説明曰く、すべてユウが生み出した、絶望の軍勢。

 城壁の上から、無数の矢が放たれ、炎を纏った魔法が炸裂する。影の軍勢が、その度に黒い霧となって消滅するが、後から後から、無限に湧き出してくる。

 やがて、影の一部が城壁に取り付き、よじ登ってくる。

 

「させるかァッ!」

 

 騎士たちが雄叫びを上げ、剣を振るい、影を斬り伏せる。

 治癒士たちが、傷ついた兵士に必死に治癒魔法をかけ続けるが、その顔は疲労で真っ青だ。

 悲鳴、怒号、金属音、そして、肉が裂ける生々しい音……。

 オレは、ただ呆然と、その地獄絵図を見つめていた。

 オレの、せいで……。

 

「……時間だわ」

 

 リティカが、ぽつりと呟いた。

 彼女はオレを引きずり、城壁の一角に待機していた、十数名ほどの部隊と合流する。

 誰もが、歴戦の猛者といった雰囲気を漂わせていた。だが、その表情は暗く、絶望の色が濃い。

 彼らは、オレの姿を一瞥すると、侮蔑とも憐れみともつかない視線を向けてきた。

 

「婆さん、本当にこんなガキが切り札だってのか?」

 

 リーダー格の、顔に大きな傷跡を持つ男が、吐き捨てるように言った。

 その問いに、リティカは……。

 プライドも、何もかもを捨てて、その場に膝をついた。

 そして、泥に汚れた石畳に、深く、深く、頭をこすりつけた。

 

「お願いします……。ユウを……をすくう……いえ、殺すために、力を貸してください……!」

 

 その、あまりにも真に迫った姿に、精鋭部隊の男たちは息を呑む。

 リーダーの男は、しばらく黙り込んでいたが、やがて、ちっと舌打ちをすると、乱暴にリティカの肩を掴んで立たせた。

 

「……ちっ。わかったよ。婆さんのその覚悟、信じてやる。俺らは婆さんに一度助けられた命だ。そのときから、この命はあんたのために使うと決めてんだ」

 

「……ええ。ありがとう」

 

 リティカは、ホッとしたように微笑む。

 リーダーの男は、ふいとオレの方に視線を向けると、その傍らまで歩み寄り、低い声で囁いた。

 

「おい、ガキ」

 

 その声には、何の感情もこもっていなかった。

 

「お前が何者で、あの魔女とどういう関係なのかは知らねぇ。興味もない。だがな、作戦はこうだ。俺たちが死に物狂いで、あの影の津波に風穴を開ける。婆さんが、お前を抱えて魔女の目の前まで突っ込む。……つまり、お前をあいつの元へ運ぶためだけに、俺たちは死ぬってことだ。……わかってんのか?」

 

 何も、答えられない。

 ただ、その言葉の重みが、オレの心を押し潰していく。

 オレ一人のために、この人たちが、死ぬ……。

 

 その時だった。

 空が、一際暗くなった。

 影の軍勢の動きが、ぴたりと止まる。

 そして、地平線の彼方から、ゆっくりと……絶望の化身が、姿を現した。

 

「……来たわね。本体が」

 

 リティカの声が、震える。

 リーダーの男が、剣を抜き放ち、高らかに叫んだ。

 

「作戦開始ィッ! 人類の存亡は、この一撃にあり! 死ぬなよ、お前ら!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 男たちの、決死の雄叫びが響き渡る。

 リティカは、オレを拘束したまま、その小さな老婆の身体で、軽々とオレを担ぎ上げた。

 そして、精鋭部隊と共に、城壁から飛び降りる。

 眼下に広がる、絶望の只中へと……。

 オレは、ただ、なすすべもなく、その絶望へと引きずり込まれていった。

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