ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる   作:お嬢様執筆中

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4 重症

「ああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!! どうしようっ! アスマっちがいないぃぃぃーーーーっ!!」

 

 宿屋の廊下に響き渡ったユウの絶叫。

 リティカとオレは、思わず顔を見合わせ、弾かれたように声のした方――つまり、オレたちがさっきまでいた部屋――へと駆け戻った。

 まさか、オレがいない間に何かあったのか……!?

 

「おい、ユウ! 大丈夫か!?」

 

 部屋に飛び込むと、そこにはベッドの上で顔を真っ青にして震えているユウの姿があった。

 その琥珀色の瞳は恐怖に見開かれ、焦点が合っていない。

 

「どうしよう、どうしよう……アスマっちが、アスマっちがまた――」

 

 ユウは何かをぶつぶつと呟いているが、途中で言葉が途切れ、そして……目の前に立つオレの姿にようやく気がついたようだった。

 その瞬間、ユウの瞳に安堵の色が広がり、次の瞬間には大粒の涙が溢れ出した。

 

「アスマっち……! よ、よかったぁ……! また……また、アスマっちがいなくなったんだと……思って……!」

 

 そう言うと、ユウはまるで糸が切れた人形のように、その場にへたり込んでしまった。

 腰が抜けてしまったらしい。

 

「悪いな、ユウ。ちょっと顔を洗ってただけだから」

 

 オレが申し訳無さそうにそう言うと、ユウはまだ不安そうな表情で、おずおずとオレの服の袖をぎゅっと握ってきた。

 その力は、存外に強い。

 

「……勝手に、いなくならないで……お願いだからさ……」

 

 か細い声で懇願するユウに、オレはなんと答えていいか迷ってしまう。

 そんなオレたちの様子を見ていたリティカが、やれやれといった感じで口を開いた。

 

「本当に、大げさなんだから。少しいなくなったぐらいで騒ぎすぎ」

 

「う……」

 

 ユウはリティカの言葉に少し俯く。

 

「さっきまでメソメソ泣いてたくせによく言うよ、リティカ」

 

 オレがからかうように言うと、リティカは顔を真っ赤にして反論してきた。

 

「ち、違うわよっ! あれは……そう、目にゴミが入っただけ! 決して、あなたのことなんか心配してなんか……!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 そんなオレたちのやり取りを見て、ユウがようやくふふっと小さく苦笑いした。

 よかった、少しは落ち着いたみたいだな……。

 このNPCたちの感情の起伏は、本当にジェットコースター並みだぜ……。

 

「さてと……お腹も空いたし、そろそろ飯でも食べに行くか」

 

 オレがそう提案すると、ユウはこくりと頷いた。リティカも特に異論はないようだ。

 問題は……。

 

「キバを探しにいかないとな。特訓に行くとか言ってたけど」

 

「あの子のことだから、どこかで無心に打ち込んでるんじゃないかしら」

 

 と、リティカ。

 

 ひとまず、キバを探しに行くことにした。

 宿屋の裏手にあるちょっとした広場。そこには、案の定、キバがいた。

 彼女は、近くに生えていた手頃な太さの木を仮想の敵に見立てて、鋭い爪を振るい、蹴りを叩き込み、まさに獅子奮迅の勢いで打ち込んでいる。その動きは洗練されていて、無駄がない。

 ……うん、やっぱりキバは強い。オレなんかよりずっと。

 

「おーい、キバ! 飯行くぞー!」

 

 オレが声をかけると、キバはピタリと動きを止め、汗を拭いながらこちらを振り返った。

 その表情は、まだどこか硬い。

 

「……アスマ」

 

「おう。腹減ったろ? 食堂行こうぜ」

 

 キバは少しだけ逡巡するような素振りを見せたが、やがて小さく頷いた。

 よし、これで全員集合だな。

 

 そうして、オレたちは宿屋の食堂へと向かうことになったのだが……。

 その道中、ユウは何を思ったのか、オレの左腕にぴったりとくっついて、まるで雛鳥のように離れようとしない。

 最初は、その様子を少し離れたところから見ていたキバとリティカだったが……。

 突然、キバも何を思ったのか、ずいっとオレの右側にやってきて、同じようにオレの右腕に抱きついてきた。

 え、ちょ……お前もかよ!?

 

「……キバも、アスマのそばにいる」

 

 むすっとした顔で、しかしどこか満足そうに呟くキバ。

 おいおい、なんだこの両手に花……ならぬ、両手に獣耳少女とロリ状態は。

 暑苦しいことこの上ない。

 

「あなたたち……何やってるのよ。一緒にいるだけでこっちまで恥ずかしくなるんだけど!」

 

 リティカが呆れたように、そして少しだけ羨ましそうに……いや、気のせいだな、うん……そう言った。

 

「おい、二人とも、ちょっと暑苦しいから離れてくれ……。歩きにくいしさ」

 

 オレがそう言うと、ユウはさらに強くオレの腕にしがみつき、強い口調で言った。

 

「や、嫌だっ……! だって……だって、アスマっち、またどこかに行っちゃうかもしれないから……!」

 

 その瞳は、本気で怯えていた。

 ああ、これは……ユウ、マジで重症だな……。

 このゲームのNPCは、プレイヤーの行動でここまで感情が変化するのか……? それとも、最初からこういう設定だったのか……。

 どっちにしても、厄介極まりない。

 

 ……そういえば、出会った当初のユウは、こんなじゃなかったよな……。

 もっと、こう……カラッとしていて、どこか掴みどころのない、自由な感じの子だったはずだ。

 

 

 あのとき、オレはVRMMO「アークスフィア・オンライン」を始めてまだ数時間しか経っていなかった。

 そして、早々にログアウトする方法が見つからないという絶望的な事実に気づき、途方に暮れていた。

 このまま、ゲームの世界に閉じ込められてしまったらどうしよう……。現実のオレの身体は……? 両親や妹は……?

 そんな不安が頭をぐるぐる駆け巡る。

 しかし、いくら悩んでも解決策は見つからず、ただ時間だけが過ぎていく。

 そして、何よりもまずいことに……腹が、めちゃくちゃ減ってきた。

 ゲームの世界でも空腹を感じるなんて、リアルすぎるだろ……。

 

 このままじゃ、本当にのたれ死んでしまうかもしれない……。

 いつ現実に戻れるかわからない以上、この苦しみから一時的にでも解放されるには、この世界でお金を稼いで、何か食べ物を手に入れるしかない。

 そう結論づけたはいいものの……。

 右も左もわからないこの世界で、どうやって仕事を見つければいいのか、見当もつかない。

 通りすがりの人に何人か話しかけてみたが、みんな見るからに柄が悪そうな連中ばかりで、まともに話を聞いてもらえないどころか、逆に凄まれて恫喝される始末だ。

 どんだけ治安の悪い場所なんだよ、このゲームのスタート地点は……!

 

 すっかり気力を失ったオレは、薄汚れた路地裏に座り込み、ため息をついた。

 なんでゲームなのに、親切なチュートリアルとか、最初のクエストとかがないんだよ……。

 最近のゲームは不親切すぎる……と、内心で運営に悪態をついていた、その時だった。

 

「あー……キミ……、大丈夫かい……?」

 

 不意に、頭上から声が降ってきた。

 ハッとして顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。

 夕焼けのような温かい色の髪をサイドで緩く結び、大きな琥珀色の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 それが、オレとユウの最初の出会いだった。

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