ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
あれから、数日が過ぎた。
オレはユウに色々と教えてもらいながら、少しずつだが冒険者としての道を歩み始めていた。
最初の関門は、もちろん武器の調達だ。
ユウ曰く、オレの才能を活かすなら軽くて扱いやすい片手剣か短剣がいいとのことだったが……。
いざ武器屋を覗いてみると、これがまた、どれもこれも結構なお値段がする。
レベル1の冒険者見習いに、そうそう簡単に手が出せるような代物じゃなかった。
途方に暮れるオレを見かねてか、ユウはあっさりとこう言った。
「しょーがないなー、アスマっちは。仕方がないから、あたしが貸してあげるよ。出世払いってやつだよ」
いつの間につけられた「アスマっち」という呼び名と共に、彼女はぽんと革袋を差し出してきた。中には、初心者が最初の武器を買うには十分すぎるくらいの銀貨が入っている。
ま、マジか……。
NPCとはいえ、他のプレイヤーにこんな大金をあっさり貸してくれるなんて……。
太っ腹すぎるだろ……。
「い、いいのか……? こんなに……」
「いーのいーの。アスマっちが強くなって、いつかすごいお宝でも見つけたら、その時にお礼してくれればさ。ね?」
ユウは悪戯っぽく笑う。
その屈託のない笑顔に、オレはまたしても胸の奥が温かくなるのを感じた。
……本当に、よくできたNPCだ。
オレはユウに何度も頭を下げて感謝し、そのお金で一番安くてシンプルな
ずしりとした鉄の重みが、なんだか少しだけ頼もしく感じられる。
武器を手に入れたら、次はもちろん実戦訓練だ。
ユウはオレを街の外れにある、比較的安全な草原へと連れ出した。
そこには、スライムとか、ゴブリンとか、いかにも初心者向けの、弱そうなモンスターがうろついている。
まさに、ゲームのチュートリアルって感じだな……。
「いい? アスマっち。モンスターと戦う時は、まず相手の動きをよーく見ること。どんな攻撃をしてくるのか、どこに隙があるのか……それを見極めるのが大事なんだ」
ユウはそう言いながら、手にした巨大な
どっがーん! みたいな派手な音がして、ゴブリンは哀れな悲鳴と共に吹き飛んでいく。
……って、おい。
オレとは戦闘スタイルが全然違うじゃないか……。
ユウは、その小柄な体からは想像もつかないような怪力で、完全に筋力でゴリ押しするタイプの戦士だった。
まさに、パワーイズジャスティス。
オレが目指すべきヒットアンドアウェイ戦法とは、真逆も真逆だ。
「ユ、ユウ……。お前、めちゃくちゃ強いな……」
「えへへー、そうでもないよー。あたしは、こーゆー戦い方しかできないからさ。アスマっちみたいに、ひらりひらりとは動けないしねー」
謙遜しているが、どう見てもオレよりずっと強い。
その後も、ユウは次々と現れるモンスターを容赦なく粉砕していく。
オレはと言えば、ユウのアドバイスを受けながら、なんとかスライムを数匹倒すのがやっとだった。
短剣の扱いもまだぎこちなく、モンスターの攻撃を避けるので精一杯だ。
それでも、ユウは根気強くオレの拙い戦いぶりを見守り、的確なアドバイスをくれた。
「アスマっち、今の攻撃はちょっと大振りだったねー。もっとコンパクトに、相手の懐に入り込むイメージで!」
「そうそう! 今の回避は良かったよ! その調子!」
その指導は、本当に丁寧でわかりやすかった。
さすがはチュートリアル用NPC……と言いたいところだが、それにしても親切すぎる。
ある日の訓練終わり、焚き火を囲んで干し肉を齧りながら、オレはふと疑問に思ったことを口にした。
「なあ、ユウさん……。なんで、オレにここまで親切にしてくれるんだ……?」
オレの問いに、ユウはきょとんとした顔でこちらを見た。
そして、にぱっと笑って答える。
「んー? なんでって言われてもなぁ……。先輩冒険者として当たり前のことをしているだけだよ。だって、なにもわからない初心者をほうっておくわけにいかないじゃん」
……やっぱり、そういう感じか。
おそらく彼女は、オレのような初心者プレイヤーを導くために用意された、特別なNPCなのだろう。
その役割に忠実に、そして、とてつもなく魅力的にプログラムされている。
その親切さが、今は本当にありがたい。
だが、同時に……。
ユウのおかげで、冒険者としての基本的なノウハウは、少しずつ身についてきた。
しかし、それと反比例するように、オレの心の奥底にある不安は、日増しに大きく膨れ上がっていく。
ログアウトできる兆しが、まったくないのだ。
最初の頃は、街行く人に片っ端から「異邦人を知らないか?」なんてひたすら聞き込みをしていた。
だが、返ってくる言葉は「知らないねぇ」とか「異邦人なんて、そう滅多に見るもんじゃないよ」というものばかり。
成果のない聞き込みは、やがてオレの気力を削ぎ落とし、いつしかそんなことを聞くのもやめてしまっていた。
いったい、いつになったらオレはこのゲームからログアウトできるんだ……?
早く……早く、ログアウトしないと……。
現実のオレの身体は……? 父さん、母さん……そして、妹は……。
オレには、現実で果たさなければならない、大切な約束があるんだ。
それなのに……。
焦りだけが、空回りしていく。
「……アスマっち? 顔色、あんまり良くないけど……大丈夫かい?」
ふと、ユウの心配そうな声で我に返る。
いつの間にか、オレは深刻な顔で押し黙っていたらしい。
「あ、ああ……大丈夫だ。ちょっと考え事してただけだから」
大丈夫なわけ、ない。
このままじゃ、本当に……。
ユウとの冒険は、正直に言って楽しかった。
彼女の明るさと優しさに、何度も救われた。
だが、いつまでもこのNPCの少女の親切に甘えているわけにはいかない。
オレは、ログアウトする方法を見つけなければならないんだ。
そのためには、一人で……。
その日の訓練が終わり、街に戻る途中。
オレは、意を決してユウに告げた。
「ユウ……さん。今まで、本当にありがとう。おかげで、なんとか一人でもやっていけそうだ。……だから、もう、十分だよ」
オレの言葉に、ユウは一瞬、琥珀色の瞳を大きく見開いた。
その表情には、驚きと、ほんの少しの戸惑い……そして、寂しさのようなものが浮かんでいるように見えた。
……気のせいか。NPCが、こんなふうに複雑な感情を抱くんだろうか?
しかし、ユウはすぐにいつもの笑顔に戻り、こくりと頷いた。
「そっか……。アスマっちがそう言うなら、わかったよ。でも、何か困ったことがあったら、いつでも先輩のあたしに相談するんだよー? 遠慮はいらないからね」
そう言って、彼女はオレの肩をぽんと叩いた。
こうして、オレとユウは、ひとまず解散した。
彼女は「またねー!」と手を振って、雑踏の中へと消えていく。その小さな背中を見送りながら、オレは言いようのない喪失感に襲われた。
それからしばらく、オレはまるで自暴自棄になったかのように、一人で街を彷徨い、情報収集に明け暮れた。
だが、やはりログアウトに関する手がかりは、何一つ見つからない。
ギルドの依頼をこなして日銭を稼ぎ、安宿に泊まる。そんな毎日が、ただ無意味に過ぎていく。
焦燥感と絶望感が、膨れ上がっていく。
どうすればいい……? どうすれば、このゲームをやめることができるんだ……?
壁に向かって、何度も何度もメニュー画面を開こうと手を振ってみたり、ログアウトコマンドを叫んでみたりもしたが、もちろん何の反応もない。
もう、打つ手なしか……?
そんな絶望の中で、ふと、ある可能性が頭をよぎった。
……そうだ。
ゲームで死んだら、どうなる……?
普通のVRMMOなら、ゲームオーバーになって、強制的に現実世界へログアウトするはずだ。
この「アークスフィア・オンライン」が、一般的なVRMMOであるならば……。
死ねば……死ねば、帰れるんじゃないか……?
その考えは、まるで暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように、オレの心を捉えた。