ここがゲームではないと気づいたとき、オレは壊れる 作:お嬢様執筆中
あの後、ぎこちない空気のまま朝食を終えたオレたちは、リティカの提案で早々にエルムウィンド村を後にすることになった。
リティカ曰く、「こんな何もない村、一日いたら退屈で死んでしまうわ。早くいつもの街に戻りましょう」とのことだった。
まあ、確かにオレとしても、この村に長居する理由は特にない。むしろ、早くこの妙な英雄扱いムードから逃げ出したいと思っていたところだ。
村長さんや村人たちに何度も引き留められたが、そこはリティカが「急ぎの用事がありますので」とかなんとか適当な理由をつけて上手く言いくるめ、オレたちは借り物の馬車に乗り込み、一路、いつもの街へと向かった。
ああ、そうそう、エルムウィンド村の村長からは、結局「せめてこれだけでも……」と、道中の食料や水を大量に持たされてしまった。さすがにそう何度も断れなかった。
馬車に揺られること数時間。オレたちの普段の拠点としている街――商業都市「リードブルム」の城壁が見えてきた。
ここリードブルムは、多くの街道が交わる交通の要衝であり、様々な種族や文化が入り混じる活気ある街だ。
ゴトゴトと揺れる馬車の中、オレはというと……。
相変わらず、左腕にはユウがぴったりとしがみついていた。その温もりと、時折首筋にかかる吐息が、なんとも言えず落ち着かない。
「なぁ、ユウ……。さすがに、ちょっと暑苦しいから離れてほしいんだが……」
オレが遠慮がちにそう告げると、ユウはビクッと体を震わせ、そして……まるで世界が終わるかのような絶望に染まった表情で、オレの顔を見上げてきた。
その琥珀色の瞳はみるみるうちに潤み始め、大きな雫がぽろぽろと零れ落ちる。
「え……? ア、アスマっち……また……また、あたしを置いていくつもりなんだ……。やだ……やだやだやだ……っ! お願いだから、アスマっちの側にいさせてよぉ……! ねぇ、お願い……!」
わっと泣きじゃくりながら、ユウはさらに強くオレの腕に抱きついてくる。その力は、もはや万力並みだ。
ま、まずい……! またこのパターンか……!
オレは慌てて、まだ自由な方の右手でユウの頭を優しく撫でる。
「わ、わかった、わかったから! 大丈夫だって! 置いていったりしないから! な? ただ、ちょっと、その……暑いなって思っただけだからさ……!」
必死になだめると、ユウはようやくしゃくりあげるような嗚咽混じりの声で、「ほんと……? ほんとに、あたしを、ひとりにしない……?」と、か細く尋ねてきた。
その姿は、まるで捨てられた子犬のようで……見ていて、本当に胸が痛む。
ったく、本当にどうしてこうなったんだか……。
出会った当初のユウは、もっとこう……「しょーがないなー、アスマっちは。先輩のあたしが面倒見てあげないと」なんて、ちょっとお姉さんぶって、どこかカラッとした雰囲気だったはずだ。
それが今では、完全にオレ依存のメンヘラNPCと化してしまっている。
原因は……まあ、十中八九オレのせいだろうな……。死に場所を探して無茶ばかり繰り返してきた結果がこれだ。
本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいだ……NPC相手にだけど。
ふと、対面の席に座るリティカと目が合った。
彼女は、オレとユウのやり取りを冷めた目で見つめていたが、オレの視線に気づくと、くいっと顎でユウを指し示し、「あんたが撒いた種なんだから、あんたが責任持ってなんとかしなさいよ」とでも言いたげな視線を送ってきた。
無言の圧力がすごい……。善処します……。
そんなこんなで、オレたちはようやくリンドブルムの門をくぐり、街の中へと入った。
石畳の道、軒を連ねる商店、行き交う人々の喧騒……。いつもの馴染み深い光景が広がっている。
相変わらず、ユウはオレの左腕にべったりとくっついたままだ。
そして……おい、なんでキバまで、いつの間にかオレの右腕に抱きついてるんだよ!? さっきまで、そんなことしてなかっただろ!
キバは、むすっとした表情でユウを睨みつけながら、「……キバだって、アスマのそばがいい」と、ぼそりと呟いた。
その獣耳が、ぴこぴこと不機嫌そうに揺れている。
……うん、本当に暑苦しい。そして、めちゃくちゃ目立つ。
周囲の通行人たちが、好奇の視線を向けてくるのがわかる。やめてくれ、そんな珍獣を見るような目で見ないでくれ……。
馬車を降り、宿に向かう道すがら、リティカがやれやれといった感じで口を開いた。
「それにしても、あなたたち、本当に見境がないのね……。まあ、どうでもいいんだけど。長旅で疲れているでしょうし、今日はこのまま解散でいいわよ。わたしは、これからちょっとやりたいことがあるし」
そう言うと、リティカは一人でさっさとどこかへ行こうとする。
リティカのことだ。どうせ、街の南にある
「ああ、そうだな。オレも今日は流石に休むかな」
正直、グラドギオルムとの戦いの疲労がまだ残っている。精神的にも、かなり疲弊していた。
オレは、まだ両腕にしがみついている二人に向かって尋ねる。
「キバとユウは、何かやりたいことでもあるか?」
すると、キバは少しだけ名残惜しそうな表情を浮かべたが、すぐにいつもの真剣な顔つきに戻り、オレの腕からするりと離れた。
「……キバは、体を動かしたい気分だから。一人で鍛錬場にでも行ってくる」
そう言って、キバは足早に去っていく。
休まず特訓でもするつもりか。グラドギオルムの件で、自分の非力さに苦しんでいたからな。とめても言うこと聞かないだろうし、見送ることにした。
「あんまり無理はするなよー」
キバの背中に声をかけると、彼女は一瞬だけ足を止め、そして振り返りもせずに、
「……アスマにだけは、言われたくない」
と、それだけを返してきた。
ぐっ……! 正論すぎて、クリティカルヒットだ……! オレは、精神的にかなりのダメージを負った……。
さて、残るはユウだが……。
「ユウは、何かしたいことあるか?」
オレが尋ねると、ユウは顔を上げて主張する。
「あたしは、アスマっちと一緒なら、なんだっていいよ。アスマっちの傍にさえいられたら、あたしは幸せだから」
……うん、まあ、そう言うだろうなとは思っていた。予想通りの答えだ。
いったいいつこのNPCの好感度をカンストさせてしまったんだ。
「そっか。じゃあ、せっかくだし、久しぶりに二人で街の散策でもしようか」
オレがそう提案すると、ユウは「うんっ」と、力強く頷いた。
リードブルムの目抜き通りは、相変わらず多くの人でごった返している。さすがにこの人混みの中、腕を組んだままでは歩きにくい。
「なあ、ユウ。せめてもう少し離れてくれないか? さすがに歩きづらいし」
オレがそう言うと、ユウは一瞬だけ不安そうな顔をしたが、すぐにこくりと頷き、名残惜しそうにオレの腕から手を離した。
……と思ったら、今度はオレの服の裾をぎゅっと掴んできた。
おいおい、結局くっついてくるのは変わらないのか……。まあ、腕を組まれるよりはマシか。
オレは内心でため息をつきつつ、ユウに服の裾を掴まれたまま、人混みの中を歩き始めた。
石畳の道には様々な露店が軒を連ね、活気のある呼び込みの声や、どこからか漂ってくる香辛料の匂い、軽快な楽器の音色なんかがごちゃ混ぜになっている。
色とりどりの服をまとった人々が行き交い、獣人族の大きな尻尾がひょこひょこと揺れていたり、エルフ族の尖った耳がちらりと見えたりするのも、この街ならではの光景だ。
……うん、いつ見てもファンタジーな世界観で、実にゲームらしい。
「なあ、ユウ。さっきのエルムウィンド村の件もあるし……なにかほしいものがあれば好きに言ってくれていいぞ。お詫びに買ってやるから」
エルムウィンド村での一件は、まあ、結果的に村を救った形にはなったが、オレの行動でユウたちに多大な心配と迷惑をかけたのは事実だ。
だから、その罪滅ぼしというか……まあ、そういうことだ。
ユウはこくりと小さく頷いた。
とはいえ、この子、普段からあんまり物欲とかがあるイメージじゃないんだよな……。
こう言ってみたものの、結局なにも欲しがらないんじゃないか……? そんな気がする。
「あれ? ユウ先輩ですか?」
ふと、後ろからそんな声が聞こえた。
振り返ると、そこには冒険者風の軽装鎧を身につけた、人の良さそうな顔つきの若い男が立っていた。