有馬記念が終わって、私はいつものように控え室へ戻ってきた。
勝てなかったなーっていう気持ちはあるけど、それよりも妙に落ち着いてた。
だって、前からレースはこれで最後かもしれないなって、どこかで分かってたから。
先に控え室で待ってたトレーナーが、少し緊張した顔で私の方を見ている。
あれ、なんか言いにくそう?
「ブレイザー、本当にお疲れ様。今日のレース、いい走りだった。」
「ありがと。でも勝てなかったね。」
「まあ、そうだな…。でもお前、十分頑張ったよ。」
今まで、短距離マイルで長距離レース初めてだったしね。
にしてもトレーナーの言い方が妙に柔らかい。嫌な予感がする。
「それでさ、ブレイザー。これからのことなんだが…」
ほら、やっぱり来た。
「引退して、ドリームトロフィーシリーズに進むことになると思う。」
トレーナーの言葉が、静かに控え室に響いた。ふむふむ、なるほどね。
わざわざ距離適性のない有馬に出て、得意なマイルや短距離に戻るわけにいかないしなぁ。
年齢的には続けれなくもないけど、同年代の実績あるウマ娘もほぼ引退だろうしね。
そうか、引退か。まあ、だいたいそうなるよね。
でも、私の心はもう別の方向に向いてた。どうせなら私の好きなようにやりたいしね。
だから、私はいつもの調子で言った。
「いや、それはないな。」
「…え?」
トレーナーが目を丸くする。
たぶん、無理にでも現役続行するって思われてるのかも?
違うんだけどね。
「だってさ、私、野球やるから。」
一瞬、静寂。三女神がいるなら驚いてそうな気がする。
今までに見たことのない顔のトレーナーが狼狽えてる。
「…いや、待て待て。野球?お前、何言ってるんだ?」
「いや、そのまんまだよ。野球やりたいの。」
「ちょ、待て。レースは?ドリームトロフィーシリーズは?」
トレーナーが慌ててる。珍しいなー。でも、私も本気だから引かない。
「だってさ、トレーナー、今まで言ってたじゃん。『好きなことを全力でやれ』って。」
「それは言ったけど、それレースの話だろ!」
「レース限定なんて言ってなかったよ?」
トレーナーが頭を抱え始めた。やっぱりこうなるよね。でも、こればっかりは譲れない。
私は少し笑いながら言った。
「だってさ、親父がずっと言ってたんだよ。『お前、外野手なら最強だ』って。」
「…それ、親父さんの冗談だろ?」
「そうかもしれないけど、実際イケるだろうしね?あとさ、トレーナーもイチリツミラクル大好きだったじゃん?」
トレーナーの眉がピクリと動く。やっぱり引っかかると思った。
「…いや、そりゃ現役時代は応援してたけど。お前がプロ野球選手目指す話とは別だろ!」
「同じだって!それに私は失敗するつもりは全くないから。」
「レースに後悔はないから、次の夢を掴みたい。応援してくれない?」
トレーナーが深く溜め息をつく。
勝手に決めてごめんだけど、これだけは曲げられないのだ。
長らく渋っていたトレーナーだったが、しばらく考え込んで息を吐いた。
そして、トレーナーは私の肩をポンと叩いて言った。
「分かった。やれ、ブレイザー。ただし、俺の知らないところで野球界の伝説にでもなってこい。」
「任せといて!」
そのやり取りを終えたら、なんだか気持ちが軽くなった。
もう私の走る道は、競馬場じゃなくて野球場に続いている。楽しみだなあ、次のステージが。
とは言ったものの…
私、小学生以来ちゃんと野球してないし、ドラフト指名されないよな。
普通に準備期間はいるよね~。
私はぽつりと口にした。
「とりあえず、トレーナー、野球関係の知り合いとかいない?」
「お前、そこはノープランなのかよ…!」
トレーナーが両手で顔を覆った。控え室には再び、静かな時間が流れる――。
ドラフト会議まで…約1年
リュウデンブレイザー
ダート/芝の短距離、マイルで活躍。G1、Jpn1含む重賞13勝。
赤みのある栗毛で、跳ねた馬耳に野球ゲームのキャラ風の髪飾りをしている。長身で筋肉質。
父は元地方トレセン学園トレーナーで、母は野球好きな元競走ウマ娘。
快活で明るい性格だが、かなりマイペース。